「プル、これを食べろ」
「何これ? アイスクリームじゃん。マリーダ、こんなのどこに積んであったの?」
「今はそんなこと聞くな。細かいことを言わずに、みんなも食べろ! ほらっ!」
作戦上は、ひとまず
プルを救出し、T.I.C.Cから一度は撤退したP部隊は、そのまま市街地の一角に放置されていた、解体途中のビルの廃墟を臨時の待機場所として選んでいた。
廃墟と言っても、建物自体はほとんど取り壊されていて、建っているのは骨組みとして使われていた数本の太い鉄骨だけ。
だが、解体時に残されたコンクリートの瓦礫が、四方に山積みされていたため、ちょうどその陰に隠れる形で、身を潜めることができた。
下手に上空を飛び回って庁舎に戻ったり、人目を避けようと郊外へ逃げた方が、軍の警戒態勢が及びやすいと考えた末の行動であったが、その予想は的中し、軍からの追跡を知らせる警報が遂に鳴ることはなかった。
とは言え、プルツーを助けに行く以上は、再びあのT.I.C.Cに戻らなければならない。
問題は、どのようにして侵入するか。
チェナと連邦軍は、すでにP部隊の再来を予想して警備体制を強化しているだろうし、プルツーの身柄も地下施設に移してしまったため、危険を伴うリスクは確実に高まった。
面倒なのは、地下での戦闘は、上空に待機中のS-7による援護が、一切期待できなくなることだ。
せいぜい、EMPによる電磁攻撃か、
無論、いずれも、今さっき手の内を晒したことや、プルツーごと殺傷してしまう恐れがあり、現実的ではない。
地下施設の構造は、ある程度把握しているが、攻略するとなると多くの人員が必要になるため、情報を持っていた所で、絵に描いた餅に過ぎないのだ。
かつてチェナがプルツーに指摘した通り、いかに優れたテクノロジーや類まれな戦闘力を誇る部隊も、人的資源や蓄積された経験が絶対的に不足していては、戦術のレパートリーに制限が生じてしまう。
ここへ来て、初めて自分たちの限界を突きつけられた気分になったマリーダは、これまで優秀な情報機関を自負してきたプライドが傷ついたことと、プルツーを残してきた無念によってストレスが増大し、作戦終了後にみんなで食べようと思って持参したアイスクリームを、無意識に食べ始めてしまった、という
ちなみに、アイスの保管方法は、ヘリの冷却システム内に無理やりスペースを作ったらしい。
「くそっ。時間がなかったからカップに入れて持ってきたが。外で食べる時は、やっぱりコーンにすべきだった。サクサク感が、香ばしさが足りない。こうしてる間にも、プルツーが軍のケダモノたちに辱めを受けているかもしれないというのに・・・くそっ!」
精神的な病み上がりの直後であるばかりでなく、(一応は)敬愛する姉の身にも危険が迫っていることで、焦りから来る情緒不安定が発芽してしまったのだろう。
使い捨てのスプーンを、アイスの頭に何度も突き刺しながら、マリーダは急ぎたいのか休息したいのかよくわからない論理を、ブツブツと口にし始めた。
それを見ていたプルや、他の姉妹たちは、末っ子の全身から放たれる禍々しいオーラに恐れをなしてしまい、半ば無理やり突きつけられたアイスを、まったく味わうことができずにいた。
「マ、マリーダ。いちおう私たちも年頃の女の子なんだからさ、あんま
結局、撤収直後にはプルの精神的な落胆をマリーダがフォローしていたのに、今では逆にプルが気持ちを切り替えて、マリーダの背中をさすって慰めるという構図になっていた。
と、その時。
ホログラム迷彩していたヘリの中から、本部の着信を知らせる通知音が鳴り、ジンネマンの声が聞こえてきた。
やけに慌ただしい様子で、プルとマリーダの名前を呼び続けている。
「二人とも、聞こえるか? 大変なことがわかったぞ」
「あ、パパだ。どうしたの? 何かあった?」
なかなかアイスへの執着から切り替えられないマリーダをいったん放置し、プルが仕方なく応答に回った。
ヘリに乗り込み、内部を覗き込むと、全天周囲モニターの画面に、ジンネマンが映っている。
彼は、突然カップとスプーンを握りしめたまま現れたプルを見て、一瞬、目を丸くしていた。
だが、外で縮こまっていたマリーダの背中を見て、すぐに何かを察したらしく、話を続けた。
「プル。環境フォーラムで、アーグレットを襲った女と男だがな。奴らを操った感応波が、どこから発信されたのか、座標を特定したぞ。アキバ横丁で、お前とプルツーが迷い込んだ、路地裏の空き家だった。そこからはサイコ・ジャマーに似た妨害波長も発せられていて、よほど精度の高い設備でなければ、誰も感知できないような防御対策が施してあった」
「サイコ・邪魔?」
聞き慣れない言葉に、プルが首を傾げる。
「サイコ・ジャマーだ。ラプラス戦争時、ローゼン・ズールというモビルスーツに搭載されていた、アンチ・サイコミュ・システムの一つでな。ニュータイプの感応波を妨害できる兵器だった。お前とプルツーが、空き家に足を踏み入れた時、それまで聞こえていた子どもの声が、突然消えたと言ってただろう? 恐らくは、そのサイコ・ジャマーを応用した技術によって、脳の働きを攪乱された可能性が高い」
ジンネマンの噛み砕いた説明によって、プルはようやく合点がいった様子で、「あーなるほど!」と手を叩いた。
やがて、その会話を遠くから聞いていたマリーダも、さすがに気を取り直したらしく、食べかけのアイスを丸呑みして、二人の会話に割って入ってきた。
「しかし、マスター。その空き家には、フェフという男がいたはずです。プルの説明では、フェフはアーグレットの肉親。そうなると、空き家に唯一残っていた彼がサイコミュ・ジャックの応用技術である対人ジャックを使い、アーグレットを襲わせたという理屈が成り立ってしまうと思うのですが」
マリーダの問いかけに、プルもまた相槌を打った。
そんな二人の反応を、ジンネマンも想定していたようで、モニターに、ある映像を映し出した。
先日の、市街地を爆撃した、所属不明機である。
「マリーダ。それは、むしろ逆だ。俺はフェフという男が、対人ジャックを停止させるために、その場に居たと考えている。実はな、お前たちが先日、モノレールで爆撃を受けた地域。あの一帯からも、今回と同じ波長の人工感応波が発せられた痕跡を確認したんだよ。あの所属不明機は、どうも発信装置を狙って
「とりあえず、これを見ろ」ジンネマンがそう言って、爆撃時の映像を再生した。
それは、当時、上空を飛行していたS-7が撮影したもので、高度から市街地を見下ろした視点になっていた。
亜音速で接近した所属不明機によるASMが着弾し、激しい火花を散らす。
直後、一部の領域から、空間の揺らぎのようなものが放たれているのが見えた。
まるで水が波打って波紋を広げているような現象である。
「う」
と、その時。
メンバーが、映像を食い入るように眺めていると、不意にプルが呻き声を上げ、慌てて画面から目を逸らした。
「どうした、プル? 大丈夫か?」
マリーダが、駆け寄って声をかける。
「う、ううん。気のせいだと思うけど。建物が破壊された時、
顔面を蒼白にしながら、プルは憑き物を払うようにして、肩をほろったり、首を横に振った。
謎の声が、まさか過去の映像を介してでも聞こえたというのだろうか?
半ば信じられない気持ちを抱きつつ、マリーダは、自らもその声を確かめるべく、サイコウェアの感度を高めた。
同じシーンまで巻き戻し、再生する。
すると――。
「な、何だこれは。誰かの記憶? しかも一人ではなく、複数の人間によるもの・・・!?」
マリーダが感じ取ったのは、子どもの声ではなかったが、代わりに何者かによる記憶と思しき、日常風景の光景だった。
誰かの過ごした体験が、まるで走馬灯のように次々と脳裏に現れては消えていく。
しかも、その内容は、多くが哀しみや混沌に満ちていて、戦場のような場所で凶弾に晒されたり、暗がりの場所で、誰かに追い回されているものばかりだった。
ほとんどが相手を見上げている視線であることを察するに、やはり子どもの記憶のように思われた。
「一体、何なんだ? この波長は。どんどんこっちの頭の中を侵食してくる」
次々と押し寄せる光景に気を取られているうち。
そのあまりに悲惨な内容に心が引っ張られ、自身の精神まで不安定なり始めたことを自覚したマリーダは、思わずディスプレイの映像をオフにし、その場から目を逸らした。
「マ、マスター。これは?」
プルと共に、強烈な疲労感に襲われたマリーダは、いったん空に向かって顔を上げ、大きく深呼吸した後、再びジンネマンに尋ねた。
ジンネマンは、そんな二人の様子を見て、「やはり見えたか」と呟いた。
「突然、すまなかったな。だが、今お前たちが頭の中で見聞きした声や映像。それこそが、一連の対人ジャックで使用された
「感応波の・・・持ち主?」
マリーダの問いに、ジンネマンが小さく頷く。
「そうだ。謎の装置から発せられていた波長は、全てを機械によって作り出していたのではなく、生きた人間から発せられた感応波をベースとして、機械的な演算処理によって追加工した、
ジンネマンの説明を聞いて、マリーダはますますわからなくなった。
感応波自体は、生きた人間によるものであるとするならば、その場には生身の肉体があるはずだ。
しかし、これまでの情報から察するに、装置が置かれていたとされるいずれの地点にも、フェフ以外の人間がいた形跡はない。
仮に証拠の隠滅を図ったとしても。ミサイルが命中したとなれば、肉片や血痕が残されて当然である。
では一体、何が感応波を発していたというのか。
マリーダが考え込んでいると、隣にいたプルが小声で呟いた。
「・・・あの箱」
「箱? 空き家で見たと言っていた、棚に重ねられていた金属製の箱か」
マリーダの問いかけに、プルが頷いた。
「うん。あの箱、一つ一つに、心電図みたいな画面がついてて、部屋の真ん中に置かれたコンピュータで何かを制御しているみたいだった。もしかしたら、箱の中に入っていた
話を終える前に、プルは急に気分が悪くなったらしい。
彼女は、「おえっ」などと両手で口を押さえながら、その場にしゃがみ込んだ。
他の妹たちも、同様にイメージが沸いてしまったらしく、次々と顔をしかめていた。
マリーダも、背筋に冷たいものを感じる。
それと同時に、彼女はある結論に辿り着いていた。
(そうか。どうやら今回の一連の事件には、共通性があったようだな。対人ジャックの痕跡が、モノレールの近くと、アキバ横丁の二か所で発見されたということは、同様の装置は更に他の場所にも配備されている可能性がある。だが、そうだとするならば、そんな大規模な仕掛けを、アーグレットの命を狙うためだけに準備はしないはずだ。確かに彼女は著名人であり、連邦軍やESM社の
この時、マリーダは確信していた。
一連の出来事は、単なる連邦政府と軍の主導権争いではない。
その混乱に乗じて、第三の組織が陰で動いている。
プルシリーズの中で、最も多くの戦場を潜り抜けてきた者の直感が、そう語っていた。
ということは、このような場所で
一刻も早く、プルツーを助け出さなければ――。
そう感じた瞬間、マリーダは何かに突き動かされたように身支度を始めた。
ヘリのコックピットへ飛び乗り、自ら操縦桿を握る。
そして、呆然と立ち尽くしていたプルたちに向かって「早く乗れ!」と檄を飛ばした。
「マリーダ!? 乗れって・・・一体どこへ行く気なの?」
急激に回転数を増していくローターの風に煽られながら、プルが慌てた様子で尋ねた。
「決まってるだろう。プルツーを助けに行く!」
マリーダが、さも当然のような口調で答える。
「で、でも。地下に侵入するのは難しいんじゃ」
うろたえるプルを尻目に、マリーダは全天周囲モニターを操作し、T.I.C.Cの地下の図面を呼び出してから、「ここを見ろ」と言って、ある場所をポインターで囲った。
建物の一画に、随分と細長い、人一人がギリギリ入れる狭さの、通路である。
もしかすると、通路ですらなく、何かを送るための管のようだ。
「マリーダ、ここっていったい?」
目印で色付けされた通路を凝視しながら、プルが不安そうに尋ねた。
「決まっている。下水管だ。ここなら監視システムは設置されていないし、水の音で探知されることもない。その代わり、通路は狭く、汚水の中を匍匐前進で進むことになるがな。プルツーを助けるためだ。汚物塗れになるのは、我慢しろ!」
「!? ひぎゃー!」
ただでさえ風呂に入れていないプルにとって、それは死よりも辛いミッションであった。
彼女は、驚きとショックの余り、一瞬発狂していた。
同様に、他の妹たちも一様に戸惑っている
だが、すでにヘリに乗り込み、今にも飛び立つ勢いのマリーダに、文句など言えるはずがなかった。
この非常時に、「汚いから嫌」などという年頃の少女の理屈が通るはずもない。
画面越しのジンネマンはジンネマンで、急に張り切った様子になり、「安心しろ、風呂の準備はしておく!」などと言い残して、早々に画面を切ってしまった。
恐らく、彼にとっては下水に浸かるなど、さして難しい任務ではないのだろう。
唯一、マリーダに命令できる立場の人間が通信を切ってしまったことで、いよいよT.I.C.Cに向かわなければならなくなった。
「もう! どうなっても知らないんだから!」
しばしの葛藤の末。とうとう、覚悟を決めたらしい。
プルは、身体が汚れることよりも、プルツーを助ける気持ちを優先させるよう自分に言い聞かせ、意を決したようにマリーダの操縦するヘリに飛び乗った。
他の妹たちも、仕方なしにそれに続く。
全員が乗り込んだのを確認したヘリは、勢いよく空へ舞い上がった。
プルツーを助けるべく、P部隊が再び出動する――。
ちょうど彼らのすぐ傍で、あの謎の装置が、Tシティの中心に向けて強力な電波を発しているのも知らずに。