「君、いつまで気絶したフリを続けるつもりだ。H-MS構想に基づいて強化処置を施されたクローン人間が、あの程度の絞首で窒息するはずがないだろう」
やけに乗り心地の悪い、ドスン、バタンと何度も身体が飛び跳ねる空間の片隅から、ギシギシと車体の軋む音に紛れて、若い男の声が聞こえてきた。
T.I.C.Cの地下施設から、フェフによって連れ去られたプルツーは、軍用の輸送トラックの荷台に載せられていた。
車両は10t級の内燃機関式。かなり古いがどこにでも見られる型式のもので、周囲に気づかれることなく悠々とTシティの郊外に向かってひた走っていた。
骨組みを幌で覆うことにより、3mほどの高さを確保した空間には、彼女以外には何も積載されていない。
そのため、車体を支えるサスペンションに十分なウェイトがかからず、例え舗装路であっても、路面の細かな凹凸を次々と拾ってしまう。
先ほどの地下施設において、連邦軍のMEXに首を絞められたプルツーは、一瞬だけ気絶しかけたものの、強靭な肉体と心肺機能によって、すぐに意識を取り戻していた。
ところが、そんな最中になぜかアキバ横丁で出会ったフェフが突入してきた挙句、暴徒化した民衆までもが押し寄せたことで、地下施設は大混乱に陥った。
不幸中の幸いとでも言うべきか、プルツーはこの機に乗じて、その場から逃げ出すことも考えたのだが、P部隊の正確な位置がわからない上、チェナやアーグレットの会話から、フェフという人間が重要なキーパーソンであるという事実が明らかになったことから、急きょ作戦を変更。
リスクを承知で情報収集を継続することとし、気絶したフリを装い続けながら、自分を連れ去ろうとする彼にあえて身柄を預けることにしたのである。
本当は、P部隊への継続的な位置情報の発信も試みたかったのだが、トラックに載せられてからというもの、地下施設の時よりも複雑なアルゴリズムで構成された妨害波長に邪魔されて、上手く機能させることができない。
原因を探るべく、薄目を開けながら周囲を観察すると、荷台を覆っている幌の天井内側に、長さ30㎝くらいの、アンテナ状の長針がぶら下がっているのが確認できた。
(あれか・・・あんな単純なシステムで、サイコウェアで増強した感応波を妨害していたとは)
アンテナから這わされた配線は、荷台の隅を伝い、トラックを運転するフェフの助手席に置かれた、金属製の箱に無造作に繋がれていた。
箱は1つしかないが、アキバ横丁の空き家で見かけた物と同じ箱である。
恐らくはこれが、感応波を遮蔽する装置の本体なのだろう。
この時点では、プルツーはまだ、それが改良型のサイコミュ兵器であるという情報を、マリーダたちから得ていなかったが、すでに持っていた知識を動員することで、朧気ながらそのメカニズムに気づき始めていた。
とは言え、現時点では対策のしようがない。
下手な小細工を試みるよりも、このまま気絶するフリを続けようと考えたプルツーだったが、延々と続く車の乗り心地の悪さに加え、すでにフェフ自身にも演技していることがバレていたことから、覚悟を決め、彼と直接対峙することにしたのである。
「ふん、気づいていたのかい。私に意識があるとわかっていながら、身体拘束どころか武装解除すらしないなんて・・・いったい、どういう腹づもりなんだろうね? 私は確かに妹の命を助けてやったかもしれないが、状況的に見て、今のあんたは、一方的に身柄を拘束した敵対者なんだよ」
上体を起こした瞬間、プルツーは間髪入れず運転席の背後に回り込んでいた。
そして、サイコウェアの中に隠し持っていた、薄型の電磁式コンバットナイフをいつでも起動できる状態にしながら、柄の部分をシートの背後からフェフの背中に向かって押し付けた。
バックミラー越しに、持前の鋭い眼光で睨みつけながら、問い質す。
軍の地下施設に単独で潜入したり、MEXの脆弱部分を的確に狙撃していた行動を見る限り、フェフもそれなりの訓練を受けていることは間違いなかったが、彼自身は強化人間でなければ、ニュータイプでもないようだ。
体格差はあっても、遺伝子レベルで肉体改造されたプルツーと、このような狭い空間で揉み合いになれば、勝負は比較的短時間で決めてしまうことができるだろう。
しかし、彼自身もそれはわかっているはずなのに、あえてトラックの荷台に野放しにするというのは不自然だ。
相手の意図を計りかねていたプルツーは、必要とあらば、いつでも彼を殺せる体勢を保持しつつ、その真意を確認することにしたのである。
一方のフェフは、返事次第で殺されかねない状況にも関わらず、取り乱す素振りを一切見せないどころか、むしろ落ち着き払った態度を貫き通していた。
彼は、トラックのハンドルを捌きつつ、迫り寄るプルツーに視線を合わせ、言った。
「さすがに動きが早いな。無論、俺なりに警戒はしているよ。しかし、むやみやたらと手足を縛ったり、鎮静剤を打つことだけが、抑制を促す手段とは限らない。それに、そもそも俺は、君を敵とは思っていないし、君もまた、今すぐ俺を殺すことはできないはずだ。こちらが手荒な真似さえしなければな」
「へぇ。随分と都合のいい解釈をするじゃないか。一応、理由だけ聞かせてもらいたいね」
プルツーの反問に、フェフが答える。
「俺は、君が地下施設に連行された時、隣の部屋で、尋問の内容を聞いていた。その場所にはアーグレットもいたから、音声は遮断されていたが。読唇術を使っておおよその会話は理解できた。君は、俺の母親・・・いや、チェナ・トゥインベルとの会話から、
理路整然とした、フェフの返答。
それを聞いて、プルツーは図星を突かれつつも、その簡単過ぎる理由に、苛立ちを覚えた。
「自分が情報提供者だから? たったそれだけの理由で、私が危害を加えないと思ったって? バカにするのも大概にしな。あんた、私とチェナとの会話を盗み見していたんだろ。私は、紛れもなく情報機関の工作員だ。暗殺を含めたあらゆる破壊行為を熟知しているし、必要があれば、組織に対する脅威の除去を優先する。実の妹を置き去りにしておきながら・・・リスクを放置してまで、目先の情報を手に入れようとするロクデナシ連中なんかと、一緒にしてもらいたくはないね!」
次の瞬間。プルツーが、冷静さを失った様子で、もう片方の腕を振り回し、助手席を殴った。
強化人間から繰り出された拳によって、ヘッドレストがバキッという音と共に根元から折れ、地面に転がった。
この時、プルツーは、まるで自分を手なずけるかのような態度を続けるフェフに、反発心を抱いていた。
それは、フェフという男の雰囲気が、(見た目こそ違えど)かつてのネオ・ジオン時代の上司であり、産みの親でもあるグレミー・トトと似ていたということも、理由の一つだった。
グレミーは、日頃から何かと世話を焼いてはくれたが、それは自らの野望の実現のために、プルシリーズを育成するという大義が横たわっていたからで、本心から出た行動ではなかった。
当時のプルツーが懸命に認めてもらおうと努力しても、常に上から眺めていて、視線を合わせることなく、冷たくあしらわれてしまう。
同様にフェフも、グレミーとは性格が違うが、どこかプルツー自身を、年長者ぶって宥めようとする態度が見え隠れしているのが気に入らなかった。
しかも彼は、アーグレットという妹を持ちながら、暴徒が押し寄せるT.I.C.Cに置き去りにしてきた。
自分の目的のためなら、肉親をも切り捨てようとする行為は、自らもかつて政治的に利用されていたプルツーにとって、生理的に最も嫌悪すべき所業だったのだ。
「おい! 何とか言ったらどうなんだ!」
次第に激高し、今にもその首元をへし折ってしまいそうなほどの怒気を醸し出しながら、プルツーはフェフを睨み続けている。
だが、それでもフェフは、終始冷静な態度を崩そうとはせず、「落ち着け。それは誤解だ」とプルツーを諫めた。
「アーグレットを地下施設に置いてきたのは、後から君の仲間がやってきて、救出してくれると思ったから、あえてそうしたんだ。なぜか? 君は、俺が頼んだ訳でもないのに、環境フォーラムでアーグレットの命を助けてくれただろう。あの光景を、俺は離れた場所から見ていたんだ。それで理解した。この者たちは俺たちの敵ではない。それどころかむしろ利用できるかもしれないと」
と、ここでナイフの柄を握っていたプルツーの手が、緩んだ。
全身に込められていた怒りと緊張が解け、前のめりだった姿勢が少しのけ反る。
それと同時に、彼女の中で、ここに至るまでの経緯が次々と呼び起こされた。
「利用だと? ということはまさか、貴様が私たちに環境フォーラムのことを教えたのは、計算した上での言動だった言うのか? アキバ横丁で出会った時には、すでに私たちが一般人ではないことを把握していたとでも?」
意表を突かれた様子で、プルツーが絶句した。
それをミラー越しに見ていたフェフは、少し安堵した表情で「そうだ」と答えた。
「ようやく理解したようだな。俺は君たちと出会う前に、アーグレットから、新しく転校してきた双子の姉妹について聞かされていた。そして、両親が転勤族という紹介に、違和感を覚えていた。アキバ横丁でも話したと思うが、Tシティは大企業の力を復興に生かすべく、極端な減税を実施したことで、地元の企業はほとんどが倒産か吸収合併されている。ということは、大陸からわざわざ転勤してくる人間というのは、間違いなく世界中に支所を置く大企業か、高級官僚しかいない。だがこうした連中には本来、Tシティの貧民地区には近づかないよう政令が出ているはずなんだ。もちろん、アキバ横丁の一部もそれに含まれていたのに、君たちは路地裏の空き家にまで忍び込んできた。しかも、プロの工作員を思わせる殺気と隙の無さを引っ提げてな・・・いよいよ敵対者の侵入を確信した俺は、屋内におびき寄せてから殺すことを想定したが、実際に接触してみると、どうやら勇み足で侵入してきたらしいことがわかった。そこで作戦を変更し、いったんは逃がすことで恩を売り、後々協力関係を築けないか様子を見ることにしたんだ。環境フォーラムにおけるアーグレットの襲撃計画に対しては、俺は身動きが取れなかったからな」
信じられなかった。
すでにフェフは、初めて対面する時よりも前に、自分たちの正体をある程度見破り、利用するためのオプションまで準備していたのである。
プルツーは、愕然とした。
それは、駆け引きという行為が生死を分ける情報機関の人間として、最も恥ずべき事実であり、ある意味において敗北を喫した瞬間でもあった。
結局、この会話の直後、プルツーはショックのあまり何も言い出せなくなり、知らず知らずのうちに、想定していなかった領域へと入り込んでいた現状を、ようやく自覚した。
そして、しばらく頭の中が混乱した状況に陥ったまま、再びトラックの振動に身を任せていたのだった。
(何というバカなんだ、私は。マリーダたちに対するほんの些細な遠慮が、ここまで深みにハマる結果を招いてしまったなんて)
市街地を抜け、辺りの景色が、いよいよ砂と枯れ草だけになった頃、プルツーは自らの置かれた立場に、激しい後悔の念を抱いていた。
考えてみれば、事の発端となるアキバ横丁への訪問は、休日だった故の単なる暇つぶしであって、誰かに命令された任務ではなかった。
その前日に、アーグレットの姿を見たマリーダが過去の記憶をフラッシュバックさせ、体調不良に陥ったために、看病するジンネマンと親子水入らずで過ごさせてやろうと思いついたのがきっかけである。
本来なら、非番であっても、どこにどんな目的で外出するのかは、事前に報告しておくものであり、それはモビルスーツのパイロット時代と変わらない原則だ(中には、プルのように生まれ変わっても相変わらず飛び出してしまう者もいたが)。
先日のプルツー自身、それは重々承知の上で、目当ての物を買ったらすぐに帰るつもりでいたのだが、喫茶店でプルとパフェを食べている最中、頭の中に謎の声が反響したことで、引き寄せられるまま、危険区域の路地裏へ入り込んでしまった。
この時、余計な遠慮などせずに、本部へ連絡を入れるべきだったにも関わらず、ここでも寝込むマリーダに対する姉としての配慮が判断を鈍らせ、「あくまで様子を見るだけにしておけばいい」と言う、情報収集優先の使命感に流されてしまった。
恐らくは、この使命感こそが、実は深層心理における「一人でできる」という奢りに起因するものであり、そこにセルフコントロールを展開しなかったことが、全ての間違いだった。
結果、フェフという、それまでの諜報活動上はノーマークだった男と遭遇し、ネイチャー・リベリオンのスケジュールに対するチェックの甘さが重なったこともあって、まんまと環境フォーラムに忍び込まされた。
その後は、周知の通り。アーグレットの襲撃阻止に介入した挙句、その様子をTシティ全土に放映されるという騒ぎにまで発展してしまったのである。
当然ながら、この一連の経緯について、フェフがどこまで計算していたかは定かでないし、彼自身がP部隊の存在について全て理解していたとは思えない。しかし、少なくともプルやプルツーがただの女学生ではなく、特殊な力を備えているという事実を突き止めていて、それにプルツーがカウンターを放てなかったことは事実だ。
モビルスーツによる戦場と同様、例え敵の持つ情報が僅かでも、味方の側がそれを察知できなければ、あっという間に手の内で踊らされてしまう所が、諜報世界の恐ろしい所である。
地下施設でチェナと対峙した時のように、とっさの判断で少しでもフェフに対する情報を把握しておけば、その後の行動も間違いなく変わっていたかもしれないのに。
この時、プルツーは、プルシリーズという個体が、互いの死を乗り越えたという意味において、あまりに強い絆で結ばれていたが故に、妙な思いやりに縛られていた事実を自覚した。
そして隙のない強固な体制を維持するためには、余計な配慮は時として諸刃の剣になり得るという現実を、改めて心に刻んだのであった。
「さぁ、ついたぞ。あそこが目的地だ」
悶々とした思考がプルツーの頭を駆け巡る中。
フェフの運転するトラックが、少しスピードを上げたのがわかった。
日が暮れかけているため、見えにくいが、延々と続いていた荒れ地の向こうから、突如として、廃墟と化した工業地帯が現れた。
さび付いた柵の扉を開き、無人と化した無機質な建造物の中を、更に駆け抜けていく。
やがて、いくつか並んでいた巨大な倉庫の一つの前で、トラックが停車した。
「ここで降りてくれ」
赤茶けた倉庫の壁に構えられた、作業員用の出入り口が、ギギギというぎこちない音と共に開け放たれる。
荷台から降りたプルツーは、砂埃の舞う、薄暗闇の室内に向かって、先導されるがまま、フェフと共に中へと入っていった。
見た所、軍関係の工廠跡のようだが、設備も古く、とっくの昔に稼働を停止したようだ。
こんな場所に、何があるというのか。
もしかして、ここで仲間たちと合流するつもりなのだろうか?
様々な思案を巡らせながら、プルツーは徐々に警戒心を強めていく。
「こっちだ」
薄暗い、古びた機械の並んだ空間を通り抜けると、さらに奥の部屋へと通じる扉が現れた。
そこを抜けると、先には薄暗い、しかし広大な空間が広がっていて、宇宙へ行くための戦艦の
やはり、軍の施設だった。
ここから先に通じる道はなさそうだが、まさかこの船が動くわけではあるまい。
辺りをくまなく見回しながら、プルツーが思いを張り巡らせていると。
「! 何だ? 床が!?」
暗がりの中、静まり返った倉庫に、突然、轟音が響き渡ったかと思うと、鑑定を支えていたはずの床部分が、船体ごと突如として真っ二つに割れ始めた。
そして、その下から、底の見えないほど真っ暗闇の空間がポッカリと口を開けたのだ。
直径にして、約数十メートルはあろうかという巨大な穴。
どうやら、艦橋そのものは穴を隠すためのダミーだったらしい。
プルツーは呆然としつつも必死に我心を保ち、穴の下を覗き込んだ。
「空爆に備えて、非常時の為に建設したのか。しかし、こんな場所に、いったいどうやって降りていくんだ・・・?」
穴には、エレベーターのような昇降装置もなければ、階段すら取り付けられていなかった。
疑問に思ったプルツーが、フェフに尋ねてみようと辺りを見回すと。
いつの間にか、彼の姿が消えていることに気付いた。
「おい・・・おい! どこへ行った!?」
声を張り上げ、彼の居場所を確かめようとする。
と、その時。
倉庫の更に奥まった場所で、何か機械が起動したような音が聞こえてきた。
間違いなくモビルスーツが起動した音だ。
目を凝らして確認しようとするが、暗がりでよく見えない。
巨大な穴に落ちないよう、注意しながら、プルツーは音のする方向へと歩いていく。
すると。
「!? あ、あれは!」
ようやく、隠れていた物体の輪郭がはっきりと見えてきた時。
プルツーは驚愕した。
それは確かにモビルスーツだったが、ただの機体ではなかった。
以前にモノレールを爆撃した、あの所属不明機だったのである。