「中央情報局? ってことはマリーダ。お前、連邦の軍人になったのか!?」
刑務所を飛び立ってから、約1時間。
陸地へ向け、海上を高速で移動中のヘリの機内。
それまでの歓喜の声色から一転、ジンネマンの悲壮に塗れた叫び声が、機内に反響していた。
ラプラス戦争の間際、自ら搭乗していたモビルスーツNZ-666≪クシャトリヤ≫と共に、宇宙へと散ったはずの愛娘マリーダ・クルス。
その彼女がなぜか再び姿を現し、同じ遺伝子情報を持つ姉のエルピー・プルやプルツーと共に、ジンネマンの収容されていた刑務所を襲撃。彼を半ば強引に脱走させた。
それだけでも、ジンネマンにとっての出来事としては衝撃的だったのに、あろうことかマリーダは、他の姉妹と共に、かつて彼が憎んでも憎み切れなかった、連邦側の所属になっていたのだ。
無論、その
「安心してください、マスター。まず私たちは、厳密には軍人ではなく、強化人間の能力を特殊部隊員向けに再調整した、
マリーダが言うには、連邦は、かねてより彼女たちを生み出したネオ・ジオンの将校グレミー・トトの研究施設にスパイを送り込んでいて、クローン技術に関するデータの数々を押収・解析することで、いわば『連邦版プルクローン』とでも言うべき同じ個体を、12人全員培養することに成功していたのだという。
新型のプルシリーズは蘇生後、第一次ネオ・ジオン抗争が一旦は終結したことや、予算のカットなどの諸事情から
マリーダたちが目を覚ました時には、筋肉や臓器も完全に機能していて、過去の記憶すら取り戻していた。
連邦とは敵対関係にあったマリーダらとしては、自分たちを勝手に蘇らせた連邦に、最初こそ反発心を覚えていたが、下手な抵抗をすれば、廃棄処分にされてしまう。
そこで、姉妹全員で話し合い、再びこの世に
今ジンネマンの目の前には、12人のうち数人しかいないようだが、残りのメンバーは拠点に待機していて、ヘリと交信しながら、ナビゲーションを務めたり、さっきまで小型モビルスーツを操っていたプルツーに代わり、基地からの遠隔操縦を担っているらしい。
すでに一組織として、運用に必要なおおよその体制は築かれているようだ。
「わかっていただけましたか? ですから、所属は連邦でも、彼らに魂まで売った訳ではありません。過去にあったような、洗脳や刷り込みをかけられている訳でもない。あなたに地獄から救われ、そして一緒に戦火を潜り抜けた、マリーダ・クルスそのものなのです。突然のことで驚かれたでしょうが・・・そのことだけは、どうか信じて欲しいのです」
そう言って、マリーダは自らの存在を確かめさせるかのように、ジンネマンの手の平を固く握った。
強化人間らしい、力のこもった、それでいて可憐な手。
それはかつて、ジンネマンと共にラプラス戦争以前を過ごした時代の、あの手に相違なかった。
「そうだったのか・・・わかった。そこは信じよう。だがな、マリーダ。俺はまだ合点がいかないことがある。クローン技術は肉体の再生は容易でも、過去の記憶までは復元不可能なはずだろ。確かにこうして話をする限り、お前はかつての俺の娘には違ぇねぇが・・・俺やバナージ、ガランシェールの仲間たちと過ごした記憶まで、一体どうやって取り戻したと言うんだ? クシャトリヤが破壊された後、思念体となって現れたお前の姿。あれが再び、その身体に降り立ったということなのか?」
マリーダの真摯な説明に、ジンネマンは、大方の真実を受け入れたようだったが、目の前の女性が真の意味でのマリーダ・クルスであるのか、更に踏み込んだ判断材料が必要だった。
無理もなかった。死んだ人間が当時の記憶を持って蘇るなど、神か仏のみに許されるレベルの、人智を超えた
しかし、マリーダはそんな父の葛藤を温かく見守るように、困惑の表情一つ作らず、ひたすら親身になって耳を傾けていた。
あと一歩のところで現実を受け止め切れずにいるジンネマンだったが、マリーダとしては彼の様子は想定済みだったようで、少しも慌てる素振りを見せようとはしなかった。
「どうなんだ? マリーダ?」
「それは、お父さん」
ジンネマンに改めて真意を問い質され、マリーダが口を開こうとした時だった。
操縦席から、プルツーの声が割って入ってきた。
「ジンネマンさんよ、義理の娘との再会を懐かしんでいるところ悪いんだけど。そろそろ
言われて、ジンネマンが窓の下に視線を移すと、さっきまで飛行していた海の上は通り過ぎ、代わりに草原と砂漠の入り混じった陸地が広がっているのが見えた。
プルツーの言う通り、その荒涼とした大地の至る所には、ミノフスキー粒子の登場以来、無用の長物と思われた、レーダーを送受信するためのアンテナが建っていた。
だが、それより奇妙だったのは、アンテナから離れた場所に、高さ百メートルくらいの巨大な灰色の四角錘をした建造物が点在していて、1キロほどの間隔で並べられていたことだ。
宇宙空間はもちろん、これまでの地上でも目にしたことがなかった、古代の遺跡のような物体。
いったい、あれは何なのだろうか・・・そんなことを考えながら、しばらく光景を眺めていると。
地平線の向こうに、大都市を思わせる高層ビル群の影が見えてきた。
ようやく目的地が近づいてきたらしい。
「全機、聞こえるか? こちらP-1機。あと1分40秒で連邦軍の特別警戒防空圏に入るよ。今から私が合図した3秒後に、ヘリは外装を民間機塗装のホログラムに変更するから、各機体は透過迷彩にカモフラージュ。以後、順に北北東のN-7ルート及びY-14ルートに離脱すること。用意は良いか? 1、2、3・・・セット」
プルツーの的確かつ手慣れた指示によって、編隊を組んでいたヘリの機体がぼんやりと光り始め、それまでの黒色から、やや薄汚れた基調の、平凡な薄い緑色に変化した。
傍を飛んでいた小型のモビルスーツも、辺りの景色をそのまま透過させる色合いになり、人の目視では判別が難しいほど周囲に同化した。エンジンを停止したことで、熱の発生源も完全に断ち、機体はそのまま静かに離脱していった。
宇宙世紀にはあまり見慣れない、ミノフスキー理論が登場する直前のステルス技術だが、この界隈ではこの方が見つかりにくいらしい。
「マリーダ、お前達は連邦の人間なんだろう? だったらなぜ堂々と通過しない? 俺がぶち込まれていたあのブタ箱も、管轄は連邦軍だったはず。そこをわざわざ散開するなんて・・・レジスタンスじゃあるいまいし。行動が矛盾しているじゃねぇか」
さっきよりも小声で、ジンネマンが尋ねた。
地球連邦の東アジア地域に位置する日本列島及びその都市である『Tシティ』は、現状、目立った戦闘が起きておらず、連邦軍によって制空権及び制海権を完全に掌握されているはずだった。
友軍であれば危険などないはずなのに、それを、わざわざ味方の目を掻い潜ろうとするとは。
マリーダたちの行動は、ジンネマンのような戦闘のプロでなくとも、明らかに不可思議な行動に思えた。
「マスター。私たちの部隊は、その特性上、連邦軍に
「手当はわかっているが。あっと、いててて」
刑務所を脱出する際の混乱で、ジンネマンは全身に擦り傷を負っていた。
彼の体調を鑑みて、まずは関心をいったん逸らす方が優先だと判断したマリーダは、後部に控えていた他のメンバーに合図を送った。
ほどなくして、一人の少女が医療品の入ったジュラルミンケースを持って駆け寄ってきた。
その少女もまたプルシリーズと思われる個体で、少し髪型や目つきは異なるが、プルやプルツー、昔のマリーダと瓜二つの外見をしていた。
(・・・なぁプル。マリーダの父親って、図体の割に、随分と心配性に見えないか? 愛する娘が生き返ったんだから、抱擁の一つや二つしてやれば良いのに。ヘリに乗り込んでから質問ばっかり。あんな情緒不安定な熊みたいな男に、部隊のキャプテンが務まるとは思えないな)
無言になった機内の中で、操縦席のプルツーが、疑問と後悔の入り混じった調子で、隣のプルに意思疎通を始めた。
ニュータイプのみに許された、発語を介さないテレパシーによるコミュニケーションである。
(仕方ないよ、プルツー。あの人もマリーダも、私たちが宇宙をさまよっている間、たくさんの戦争を経験して、数えきれないほど友達の死を目撃してきたんだから。私たちみたいに、たった10年そこそこの人生しか経験していない女の子になんか、共感し得るレベルの心境じゃないと思う)
プルの返事は珍しく的を得た内容だった。
だが、自分の意見に同意してくれることを期待していたのか、プルツーはその返事に納得できない様子で、口元を尖らせながら、つっけんどんに返した。
(フン、知ったような口を利くじゃないか。言っておくけどな、ネオ・ジオンを早々に裏切って、エゥーゴでジュドーたちからチヤホヤされていたプルと違って、私はあの
どうやらプルの人生経験と、自分が経験した苦労を一緒にされたことに、プルツーはひどく不快感を覚えたらしい。
彼女は、マリーダやその他の個体を指差しながら、持ち前の激情的な態度をむき出しにして、プルを
(何よそれ!? だからあたしは何度もプルツーを説得したんじゃない! あなたがグレミーに依存して、いつまでも
プルとしては、かつて自らが命を賭してまで救おうとした努力に感謝するどころか、人格否定にまでこぎつけて批判してきた妹の口調に、聞き捨てならない様子だった。
(あたし、知ってるんだからね。プルツーがあんな
さすがは奔放たる言動で一世を風靡した、プルシリーズ長姉の歯に衣着せぬ猛口撃。
てっきり、自分以外には誰にも知り得ないと考えていた秘密を、姉によって白日の下にさらされ、プルツーは急激に顔を青ざめさせていった。
(ど、どうしてそれを・・・まさかお前、思念体を飛ばして、人の私生活を覗き見る技でも持っているのか!?)
顔面蒼白から一転。
今度は大きな瞳の奥に地獄の業火を灯らせ、プルツーは鬼の形相で問い質した。
そんな妹の殺気を感じたプルは、勢いのあまり、触れてはならない妹の心の奥底にまで踏み込んでしまったことに気づき、途端に辺りをキョロキョロと見渡しながら、話題を逸らし始めた。
(ええと・・・あっ。何だろう、胸がキュンキュンしてきた。この辺りにジュドーがいるのかも)
(ふざけるんじゃない! ジュドーは今、7億5000万キロも離れた木星だよ! 貴様、覚えてろ! 本部に戻ったら、その甘ったれた考えを徹底的に修正してやるからな!)
プルによって忌まわしい過去の記憶を掘り起こされたプルツーは、とうとう怒りを爆発させ、顔色をネオ・ジオン時代に着用していたパイロットスーツと同じ、真紅のそれへと変貌させた。
そして、気持ちの行き場を求めるように、自らの拳を振り上げては、プルの腿や肩を何度も叩き始めた。
ちなみに強化人間であるプルツーの腕力は格闘家並だが、それを受け止めるプルの華奢な体つきも、相応に丈夫である。
(いったぁ~い! ふんっだ。修正できるものならやってみなよ。事あるごとに私のこと見下して。それ以上おかしな真似したら、今の話を他の子たちにも言いふらしてやるんだから! や~い、ムッツリプルツー! 変態妹!)
(ぎーっ!! このクソ姉! 小賢しいんだよ!)
第一次ネオ・ジオン抗争時、自分たちの存在意義を巡って、壮絶な殺し合いを繰り広げた姉妹。
その二人が、十数年の歳月を経て、幼稚な取っ組み合いを始めた。
そうこうしているうち、いつしかプルツーの手から操縦桿が離され、ヘリが大きく蛇行を始めた。
プルも管制の役割を放置したため、完全に方角を見失ってしまったようだ。
ここで、異変に気付いたマリーダが慌てて席を立ち上がり、二人を制止に向かった。
(姉さ・・・プルにプルツー! 落ち着け! 連邦のレーダーに捕捉されるぞ!)
三人の姉妹が三つ巴となり、無言のまま互いの身体を激しく揺さぶり始めた。
それは背後から見ていると、まるで新手のジェスチャーゲームを彷彿とさせた。
「おい。さっきから機体がジグザグに動いてるぞ! お前ら、一体何をやって・・・!?」
いっこうに落ち着く気配のない三人の様子を、更に手当を終えたジンネマンが宥めようと立ち上がる。
と、その時。
彼は、ふと窓の外に、黒い二つの点が近づいてくるのを見た。
明らかに連邦軍の正規のモビルスーツ。
しかも、なぜか単体で滑空している――!?
「お前たち! それ以上、ケンカしてる場合じゃねぇ。追っ手が近づいてきたぞ!」
「えっ!?(×3)」
ジンネマンの声に、それまで言い争っていた三人が、慌てて窓の外に目を向けた。
確かに二つの機体が、高速で近づいていた。
「しまった、私とした事が! すでにTシティの
熱核ジェットを用い、まるで宇宙空間のように自由自在に飛び回るモビルスーツを見て、マリーダが悔しそうに舌打ちした。
実は、ジンネマンが先ほど目にしたピラミッド状の構造物は、元来、艦船などに用いられていた重力遮断効果、ミノフスキー・エフェクトを発生させるための要塞で、陸上型ミノフスキー散布基地とか、MP(Minovsky particle)アショアと呼ばれる、一種の防空コンポーネンツだった。
ミノフスキー・エフェクトを発生させる装置を機体に搭載するには、艦船並の構造スペースや莫大な電力が必要となる。
しかし、装置自体を大規模な要塞化し、地上に建設する形で運用すれば、散布量を無限大に増やすことができるだけでなく、その分必要となる電力も、各発電所から電送ケーブルを通じて無制限に供給できる。
更には、複数の装置を並行稼働させることにより、領域全体の重力を丸ごと遮断したり、レーダーを攪乱することも可能となるのだ。
反面、基地そのものは自立移動できないために、敵の攻撃を受けやすくなるものの、MPアショアには重力遮断する対象を
「どうしようプルツー、見つかっちゃったよ!」
「くそっ! プルのせいだぞ! 仕方ない、ホログラム解除! 急いで逃げるよ!」
言わずもがな、プルたちの乗るヘリはモビルスーツではない上に、隠密行動から自由浮遊領域の適用を受けられない。
プルツーは焦燥した様子で、足元から突き出ていたレバーを力任せに引っ張った。
すると、民間機仕様だったホログラムが緊急解除され、元の形状に戻った。
続けて、間髪入れず搭載されていたターボシャフトエンジンが全開となり、ジンネマンたちの身体が一斉に後方に向かって押し付けられた。
しかし、ヘリに搭載されているターボシャフトエンジンは、古めかしいガスタービン方式で、旧世紀の枯れた技術だ。
重力遮断の恩恵を受けた、熱核ジェットエンジンによる莫大な出力を発揮してくるモビルスーツに比べれば、火力も出力も月とスッポンに過ぎなかった。
「警告、警告、貴機は連邦の領空を飛行している。所属と識別番号を返答せよ。さもなくば、射撃を加える」
ほんの数十秒前には、姿形すらよく見えなかったモビルスーツの輪郭が、見る見る明瞭になっていく。
それと同時に、ヘリの中にけたたましく照準を警告するアラート音が鳴り響き、スピーカーから敵からのメッセージが幾度となく発せられてきた。
「ふんっ、どこのバカが識別番号を報告しながら領空侵犯するってんだい。マリーダ! これ以上の隠密行動は無理だ。さっさとその機銃で迎撃しな!」
「了解した!」
プルツーの指示を受け、マリーダはヘリの側面に据え付けられていた対空用の指向性エネルギー機銃を手に取った。
直後、高熱の光の筋が、一直線に敵のモビルスーツに向け放たれた。
「! 外したか!」
マリーダがまたも舌打ちした。
こちらからの攻撃がなかなか当たらない。
詰まれている機銃そのものはビーム方式だが、発電機が核融合ではないため、威力や出力に限界がある。
言わずもがな、サイコミュも搭載されておらず、ニュータイプによる同調制御は不可能だ。
一方で、敵のモビルスーツも、型式自体は第3世代の旧式だが、自由浮遊領域によるミノフスキー粒子の恩恵を受けている上、地上戦を熟知したパイロットが操縦しているらしい。
彼らは空気抵抗を上手く使いながら、なかなか照準を定めることができなかったマリーダをあざ笑うかのように、ビームライフルを次々と打ち込んできた。
「ダメだ、マリーダ! 性能差が違い過ぎる。こんな化石みたいな機体じゃ、迎撃どころか振り切れそうにもない!」
プルツーが操縦桿を縦横無尽に動かしながら、叫んだ。
プルも、補助装置を駆使しながら、恐怖ともどかしさで両足をジタバタさせていた。
「嫌だよ~私、こんな所でやられるなんて! 生まれ変わってからまだ一度もジュドーに会えてないんだから~!」
プルとプルツーの表情に、徐々に焦りの色が浮かび始める。
「くそっ! そうはさせない!」
二人の様子を見て今一度奮起したマリーダは、再び機銃を手に取り、追っ手に向けて発砲した。
だが、現実はそう簡単には変わらず、弾は一つも当たらなかった。
そのうち、弾丸を放つための貯蔵電力が、底を尽き始めた。
動力のための燃料も見る見る減っていき、ヘリはふらふらと宙を蛇行し始める。
状況を察知した敵のモビルスーツが、勝利を確信した様子で、一気にその距離を縮めてくる。
もうここまでか――。
激しく翻弄されるヘリの中で、誰もがそう思い始めた時だった。
「どけ! マリーダ! 俺にやらせてみろ!」
「え? マスタ・・・あっ!」
直後、野太い男の声が聞こえたかと思うと、無理やりマリーダの身体が機銃から引き離された。
代わりに引き金を手に取ったのは、他ならぬジンネマンだった。
「マリーダ、それに小娘共。お前ら若い奴ァ、モビルスーツの扱いや感応波を使った戦闘にかけちゃ一人前だが。どうにも旧式の使い方ってもんをわかっちゃいねぇ。いいか? こういうアナログの環境っていうのはな、
そう言って、ジンネマンは機銃の照準器を覗き込み、モビルスーツの一機に狙いを定めた。
しかし、すぐには撃たなかった。
彼は敵機が十分近づいてくるのを、ひたすら待った。
やがて、相手の持つビームライフルが、ヘリに向け放たれようとした時。
「野郎、落ちろ!」
数秒の沈黙の後、ジンネマンが引き金を引いた。
放たれた光線は、やや曲線に軌道を描きながら、モビルスーツの脚部に命中した。
「やったぁ! 当たった! すごいよ、パパ!」
「何だ、あの軌道は!? 指向性エネルギー銃で、あんな当て方ができるなんて・・・」
プルとプルツーが、揃って感嘆の声を上げた。
「喜んでる暇はねぇぞ、小娘共。撃てるのはあと1発だ。それで勝負を決めるぞ!」
休む間もなく、ジンネマンは間髪入れず、2機目のモビルスーツに狙いを定めた。
僚機をやられた敵が、慌ててヘリの死角に身を隠したのが見えた。
「へっ、それで隠れたつもりか。おい、小娘・・・いや、プルツー! ヘリの機体を左45度に傾けろ! 大地に寄りかかって、太陽を仰ぐんだ!」
「わ、わかった!」
ジンネマンが再び指示を飛ばすと、それに応じたプルツーが機体を傾けた。
一瞬の無重力が、マリーダたちを翻弄する。
ジンネマンは、急激な斜め横からの重圧に身体をよろめかせながらも、体勢を崩すことなく、機銃を放った。
銃口を飛び出したビームは今度、上空に向かって真っすぐに突き上がっていった。
死角に入り込んだと油断していたモビルスーツは、突如として向きを変えたヘリの陰から飛んできた光線に回避もままならず、頭部を吹き飛ばされた。
「センサーをやられた! 撤退する!」
それぞれの機体に損傷を負った連邦軍のモビルスーツは、慌ててヘリに背を向け、あっという間に地平線の向こう側へと姿を消した。
「ふ~ぅ。何とか追っ払ったか。やれやれ」
「マスター、大丈夫ですか!? 傷口の方は?」
圧倒的不利な立場に追い込まれた空中戦が何とか終わり、その場に腰を下ろしていたジンネマンの下へ、マリーダが駆け寄ってきた。
「大丈夫だ。こんな戦いは慣れてる。むしろ、刑務所でなまり切っていた身体の運動になったってもんよ」
心配そうな表情で顔を覗き込んでくるマリーダに、ジンネマンは余裕綽々の表情で応えて見せた。
実のところ、先ほど手当した傷口が少し痛んでいたが、この程度のケガなど、一年戦争の以前から兵士を務めてきた歴戦の猛者にとって、大したことではなかった。
「まったく・・・プルにプルツー! 二人とも、どういうつもりだ? 姉さんたちがくだらん痴話げんかなど始めるから、敵に発見され、挙句マスターや仲間を危険な身に晒したじゃないか!」
「ご、ごめんなさい。怒っちゃ嫌だよ~マリーダ~」
「ちっ、悪かったな。プルのせいだぞ、まったく」
いきり立ったマリーダに一喝され、姉であるはずのプルとプルツーは、返す言葉もなく、ひたすら肩を落としていた。
幸い、敵機はそれ以上追っては来なかった。しかし、予断を許さない状況には変わりなかったため、ヘリはジンネマンの助言の下、敵に見つかりにくい飛行ルートに変更した。
しばらく飛び続けると、先ほどまで地平線の向こうにあったTシティの街並みが、すぐそこまで迫っていた。
宇宙世紀が始まる前、西暦の時代には、世界有数の一千万都市が栄えた場所。
郊外こそ、他の地域同様に荒廃著しいが、繁華街は戦争の被害を感じさせないほど復興している。
だが、それ以上に奇妙だったのは、配置されるモビルスーツの数が、市街地に近づくほど、少なくなっていることだ。
その代わり、あらゆる建造物の壁には、窓ガラスを合間を縫うように、数メートル四方の深緑をした金属板が張り付けられている。
無論、この金属板の正体こそが、プルツーの言っていた、透過型メタサーフェス屈折板という装置で、通信電波を迂回させる素材。
そして、防衛用のモビルスーツに代わって、街中の広場や公園には、迎撃ミサイルやレーザー兵器、
要するに、この都市ではミノフスキー粒子によるレーダーの妨害に対抗できる手段を保持しているために、配置スペースを占有するモビルスーツを市街地に配置するよりは、コンパクトな通常の対空兵器を配備する方が合理的、という体制なのである。
「マスター、あれが連邦政府中央情報局の東アジア統括本部です」
マリーダが指差した方向には、連邦の所有と思われる、ひときわ大きなビルが何棟か立っていた。
その中でも、ヘリが降り立つ東アジア統括本部はひときわ容積が大きく、三つの建物を渡り廊下で繋いだ構造の外観をしていた。
それぞれの棟には、通信用のアンテナとは異なる、電波塔のような物が伸びている。
ジンネマンを乗せたヘリはいったん上昇し、ビルの屋上に設置されたヘリポート上で着陸許可が下りるのを待った。
眼下には、すでに途中で別れた他の機体が到着していた。
20秒ほど上空に待機した後、ヘリポートの四隅に設置された『着陸許可』の信号が赤から青に変化したのを見計らい、降下を始めた。
「P-1号機、着陸開始。高度70メートル、67、54・・・」
と、その時。
ヘリが降下を始めてから間もなく、それまで管制役を強めていたプルが、突然、機体のドアを開け、外に飛び出した。
「プルツー、マリーダ! あたし、もう待ちきれないから先降りるね!」
屋上までは、まだ十数メートルの高さが残っている。
上空から見下ろすヘリポートは驚くほどその範囲が狭い。ましてや広い地上に降りるのとは違い、もし突風が吹いて着地点を誤れば、そのままビルの合間を真っ逆さまだ。
「ひゃっほ~! お風呂、お風呂! アイスにチョコパフェ! プルプルプル~」
だが、よほど着地に自身があったのだろう。
まるで遊園地の絶叫マシンに乗っているかのような感覚で、プルはいかにも楽しげな声を上げながら落下していった。
「あ、あの小娘、こんな高さから飛び降りやがったぞ!」
予想だにしないプルの行動に、ジンネマンも思わず声を上げた。
だが直後、彼の心配は杞憂に終わった。
飛び降りたプルが屋上に到達する直前、落下速度が不意に和らいで、彼女の身体がフワリと持ち上がった。
姿勢を立て直して地に足をついた後、再び何事もなかったかのように走り去っていく。
「何だ、あれは? 突風・・・いや、スラスターを使ったのか?」
呆気にとられるジンネマンに、操縦席のプルツーが答えた。
「そういうこと。ただし、モビルスーツのとは原理が全然違ってて、マイスナー効果を応用した音波浮揚だけどね。あたしたちが着ているこの『サイコウェア』は、防弾機能や小型の噴射装置に加えて、ニュータイプの思考を増幅させる補助機構としての役割も持っているんだ。刑務所にあんたを助けに行った時に使ってたファンネルや、後で紹介する『UMMS』の操縦も、こいつを通じて制御していたって訳。ま、その分、着ている時は頭が疲れやすくなって、ついカっとしやすくなるんだけど」
ヘリから飛び降りたプルを視線で追いながら、プルツーはそう言って少し照れ臭そうな面持ちでヘリを着陸させた。
ほどなくして、プルが出ていった階下への扉から、入れ替わるように外見そっくりの少女たちが走り寄ってきた。
それぞれが役割を与えられているようで、機体の点検から、積み込んだ銃器の撤収を始めている。
「到着しました。マスター、ここが私たちの新しい住処となる、中央情報局特殊作戦執行部です」
マリーダに言われて、ジンネマンは座席を立ち、地上となるビルの屋上に一歩を踏み出した。
降りた途端、回り続けるローターと共に、高層ビルの谷間から吹き荒れる強風が、ジンネマンの身体をあちこち翻弄してきた。
空を見上げると、すでに日は傾きかけていて、わずかに赤みがかった太陽が、地平線の向こう側に隠れ始めている。
「やれやれ、ようやく着いたか。長い一日だった。こりゃ明日からの生活もどうなるか、わかったもんじゃねぇな」
突然の刑務所からの脱出劇から始まって、圧倒的不利な状況下における撃墜寸前の空中劇。
数年前に拘束されて以来、久々に戦場というものを体験した気がしたジンネマンは、自らに再び前途多難な人生を課せられた予感がしてならなかった。