プルクローンズ・アフターライフ   作:ユトリノ・ニワカ

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難民たちの理想郷

「わかった? マリーダがそこんトコ自覚してくれないから、こんなことになったんだよ!?」

「わ、わかったから! そんなに怒んないでよ、姉さん!」

「マリーダの言う通りだ。少し落ち着いてくれ、プル!」

 アーグレットの案内によって、P部隊はようやくプルツーの追跡を再開することができた。

 謎多き人物であるフェフと、その背後に身隠れする組織の輪郭が徐々に明らかになり、いよいよ彼らとの対峙が現実味を帯びてきたことで、ヘリの中はさぞ緊張感に包まれている・・・。

 と思いきや。機内は緊張感どころか、年下の姉と年上の妹、そして親馬鹿の中年軍人という、個性溢れる連中による言い争いに席巻されていた。

 事の発端は、まったくもって些細なことであった。

 マリーダが、プルツーとはぐれてしまった現在に至るまでの経緯を改めて振り返り、そもそも姉二人が、休日にも関わらず単独で環境フォーラムにまで足を踏み入れていたきっかけに対して、「なぜ、そんな無茶なことを」と、口を滑らせたことがきっかけだった。

 そう。ついさっき、こことは離れた場所にいたプルツー自身が痛感していた、姉妹同士の、暗黙の了解によるコミュニケーション上の齟齬(そご)について、こちらでも、その綻びが顕在化していたのである。

 当然、マリーダの一言に対して、プルは立腹し、「お前が大昔の出来事でウジウジしていたからだろ」などと、ニュータイプ特有のオーラを放ちながら怒り始めた。

 もちろん、この時のマリーダに悪意はなく、自分に気を遣ってくれていた事を承知の上で、よもやプルツーのようなしっかり者に限って、「何か別の狙いを持っていたに違いない」と考えたに過ぎなかった。

 要するに、一種の深読みが根底にあった訳だが、いざ蓋を開けてみると、姉は二人そろって、自分たちに終始遠慮していただけで、その他には特別な狙いなど何もなかったという顛末(てんまつ)

 片や、妹の体調を慮るあまり、素性の知れない相手に捕まり、片や、姉の能力を過信して、結局その予想が外れた挙句、(ある意味で)一番怒らせたくない姉の怒りを買うという、やけに人間臭くも工作員としては致命的な仲違いを起こすに至ったのである。

 唯一、全員が揃って立て続けに同じ問題に直面するあたり、一卵性の多胎児における行動遺伝学上の同一行動として、今後のリスクマネジメントに応用することはできそうだったが。

「で、でも! プルはそうやって一方的に私ばかりを責めるけど。そっちだって、ジュドー・アーシタに未練たらたらじゃないか! 私は、姉さんがいつの日かリィナに代わる正真正銘の妹になれるよう応援しているし、わざわざコロニー経由で木星の管理システムをハッキングしてまで、ジュドーの身辺調査をしてあげているんだ。いつもはもっと優しいのに。こういう時に限って、そんな厳しい言い方しなくたって・・・」

 プルの猛攻に対して、今回ばかりは、さすがのマリーダも食い下がる。

 かつての暗黒時代を懸命に生き抜いた彼女としても、自分の内情を吐露することで、何とか共感を得ようと必死だった。 

 とは言え、そんな主張を、あの天真爛漫で自己中心の権化(ごんげ)が聞き入れるはずはなかった。

 プルはジュドーの身辺調査という、P部隊の任務とはあまり関係ない公私混同行為をマリーダに暴露されたことで、一瞬ギクリとしていたが、長女としての強大な権力を隠れ蓑に反論を一蹴し、焦燥混じりの赤面で、(まく)し立てた。

「お・・・お、お姉ちゃんに口答えしたわねっ! しかも論点をすり替えてまで言い返してくるなんて、良い度胸だわ。私が言いたいのは、そういうことじゃないの。ただの姉と妹の関係じゃなく、この戦乱の宇宙世紀に生きる運命共同体として、あえて制裁を科してあげているの! これ、言ってる意味わかる?」

 珍しく難しい言い回しでプルが問い質すも、マリーダは頑なに首を横に振っている。

「つまりこういうことよ。あなたは若くして無理やり娼婦にされて大変な思いをしたかもしれないけど、もう当時の肉体とは違って、今はピチピチでムチムチのバージンに造り替わっているんだから、何の問題もないはずなの。そうでしょう? 確かに、心の傷は癒えてないかもしれない。でもそのことだって、元はと言えば宇宙空間でゲーマルクと交戦中に一人だけ逃亡したからでしょうが。(スリー)から11(イレブン)までの子たちが、どれだけ大変な思いをして死んでいったか・・・いいえ、戦線離脱は私やプルツーも前科があるから、目をつぶるとしてもよ。そんなに娼婦になるのが嫌だったなら、隙を突いて逃亡するなり抵抗すべきだったのよ。あなたは一見クールでしっかり者に見えて、どこか心が迷っている。そんなだから、後々()()()()()()()()()()()()とかっていうオバサンにも、利用される羽目になったんでしょ!?」

 怒りが冷めやらぬ様子で、マリーダの豊満な身体を突き回しながら、プルはそれっぽい理屈で説教を垂れている。

 言わずもがな、彼女としても、プルツーの傍にいながら単独行動を止められなかった悔しさを常に抱えていた上、結果として敵の元に残してきてしまったこと、そして生理的に最も忌避すべき汚水管への突入という行動に身を投じたことなど、鬱積していた感情が抑えきれなくなったようにも見えた。

 一方、激怒する姉から矢継ぎ早に非難され、挙句、自らの過去まで全否定されたマリーダは、身も心もすっかり()()()()()()()()()()()()に戻ってしまい、「ぐすっ・・・だから、ビスト財団のマーサだってば」などと、割合どうでもよいポイントへの反論に終始しながら、両目にため込んだ涙を何度も拭っていた。

「何よもぅ! 昔の話になるとすっかり女々しくなっちゃって。って言うかパパ! さっきから黙ってるけど、これはパパにも責任があることなのよ。何かにつけて鼻の下伸ばすから、マリーダがすっかり甘えんぼの女の子になっちゃったじゃない。私たちがパパを刑務所から出したのは、メンバー全員の()()()()()()になってもらうため。私もプルツーも、まだ子どもなのに愛情教育ってものを受けたことがないんだから。聞いてる? UC親子だけで感傷(センチ)な気分に浸るんじゃなくて、もっとZZ世代に愛情を注いでくれって言ってるの。そうじゃないと、私たち、ヤキモチ焼いてまた勝手な行動に突っ走るんだからね!」

「UC親子・・・い、いや、そうだな。面目ない。すまなかった」

 マリーダへの説教だけでは飽き足らず、プルはモニター越しに様子を見ていたジンネマンに対しても、矛先を向けた。

彼女なりに自己認知をし、P部隊の抱える慢性的な愛情不足についても分析はしていたようだ。

 姉妹の中で最も遊び惚けているように見えても、プルは一度決めると頑としてそれを主張する。

 さすがは、解体中の機体で巨大モビルスーツに特攻をかけたほどの度胸を持ち合わせているだけあり、透き通った大きな瞳を血走らせながら大声で怒鳴り散らすその姿は、古参軍人を威圧するには、十分な説得力と破壊力を持っていたのだった。

「・・・」

「・・・」

 なかなか怒りが収まらないプルに、片やすっかり意気消沈して泣き崩れるマリーダと、同様に俯くジンネマン。

 その様子を見ていた他の姉妹たちは、さすがにその姿が可哀想になってきたのだろう。

 ヘリを自動操縦に切り替え、自ら仲介に入り始めた。

 仲介と言っても、プルは今もって鼻息を荒くしているので、もっぱら涙を流すマリーダの頬をハンカチで拭いてやったり、慣れた動作で頭を撫でるなどのフォローに終始するしかなかったが。

 そんな、妹たちの姿を目にするうち、プルもようやく、ここへ来て熱が下がってきたようだ。

 一度大きく深呼吸をした後、「ふんっだ。皆も甘いのよ」などと捨て台詞を吐いた後、機体の座席に座ってふんぞり返ったのであった。

「あ、あのぉ。皆さん、お取込み中の所、申し訳ないのだけど。そろそろキブツへの入り口が見えてくると思う」

 見た目には、パイロットスーツばりの禍々しい装備に身を固めた少女たちが、なぜか世俗的な痴話喧嘩に終始するという、ギャップも甚だしい光景に戸惑いつつ、ようやく沈静化した雰囲気を見計らってアーグレットが声をかけてきた。

 それを聞いて、全員がハッとなり、互いに少し恥ずかしそうにしながら、いそいそと持ち場に戻り始めた。

「チーン・・・ズズズズ。み、見苦しい所を見せたな、アーグレット。今の醜態は私たち一家の問題だから、記憶から消し去ってくれ。ところで、入り口はどこだ?」

 姉たちから渡されたティッシュで何度も鼻をかみつつ、マリーダは両目を真っ赤にしながら、アーグレットの指差す方向に視線を向けた。

 そこは、プルツーがフェフに連れられて入っていった、荒れ地の工業地帯であった。

 数多く立ち並ぶ倉庫の前に停められた、一台の軍用トラックを指差して、アーグレットが言った。

「あそこよ。あの廃墟の地下に、キブツがある。兄さんたちも多分、あのトラックを運転してここまでやってきたんだわ。ちょうど入口の場所も一致しているし、間違いないと思う」

 何度か上空を旋回しながら、マリーダは周囲を見渡し、脅威がないかを念入りに探索する。

 すでに陽が暮れかけていることに加え、相手はミノフスキー粒子はもちろん、感応波を無効化したり、一般人のマインドコントロールまで可能なシステムを保持している集団であるから、おのずと警戒心も高まるのは当然であった。

 しかし、それよりもマリーダの不安を増幅させる原因が他にあった。

「外敵はいないようだ。しかし、この建物から放たれる異様なエネルギーの脈動は何だ? 思念体の気配にも似てなくもないが・・・断続的に聞こえる地鳴りにかき消されているようだ」 

 その地鳴りは、まるで地球全体を振動させるほどの、大きく暗い音で、直接マリーダの頭に響いては吐き気さえ催させる巨大な気配であった。

 にも関わらず、その地鳴りに紛れて、人々の楽しそうな声が聞こえてくる。どこの言語とも似つかない、不思議な声だ。

 あまりの不快さに、思わず立ち眩むマリーダ。プルや他の姉妹たちも、同様に不快な表情に変わっている。

「やっぱり、皆にも聞こえるのね。良かった。てっきり私だけかと」

 P部隊の様子を見回しながら、それまで強張っていたアーグレットの表情が少し和らいだ。

「マスター、先ほど目を通した資料が事実ならば、メンシュハイト啓明結社が存在したのは、西暦1700年代です。ジオンの残党でもない大昔の政治団体が、先進的な兵器を保持しながら活動を存続しているなど、到底考えられないのですが」

 不快な気持ちを払いのけるように、首を大きく横に振った後、マリーダは、胸元から電子端末を取り出し、画面に出された英字文書に目を落とした。

 アーグレットの口から発せられた『メンシュハイト啓明結社』という組織。

 それは、記録上は大昔に存在した、過去の遺物という事実だったのだ。

 マリーダたちは、この組織の情報を、軍のサーバーではなく、西暦時代から引き継がれた、電子版の公記録保管所(アーカイブス)で見つけた。

 公記録とは、時の各国政府が、その時代を記録した文書や映像などを保存・活用する施設や機能のことで、いわゆる公文書図書館などに保管された史料のようなもの。

 日頃から新聞やテレビなど、オープンソースとしての情報には目を通しているP部隊も、数百年も前の古文書から見つかるとは想定外だった。

 ありきたりのテレビゲームでもあるまいし、古代の組織が現代まで存続していたなどと。

 だが、そんな疑念を拭いきれずにいたマリーダたちの様子を、黙って眺めていたのがジンネマンである。

 彼は、画面越しにしばらく考え込んだ末、ふと「いや、あり得るかもしれない」と呟いた。

「確かに一般論として、中世に出現した組織が、誰にも見つかることなく何百年間も活動を継続していたとは考えられん。しかしマリーダ、相手は改良されたサイコミュ兵器を使って、大勢の人間たちを欺く技術を保持している。連中がなぜ、連邦軍も実用化していない技術を保持するに至ったのか? もしかすると、宇宙世紀において多く発生した、()()()()()()の仕業かもしれねぇぞ」

「エリート難民?」

 ジンネマンの問いに、マリーダは妙な表情をした。

「そうだ。地球連邦もジオンも、互いに武力による戦争を繰り返してきたが、自らの内政においても同じくらい権力闘争に明け暮れていた。その結果、数えきれないほどの官僚や軍人、そして技術者たちが中枢を追われることになった。そいつらの中には、ジオンの残党に合流した連中もいたが・・・地球連邦という超国家的組織が民衆にもたらしたのは、アイデンティティの喪失によって強化された帰属意識への飽くなき欲求だ。かつてメンシュハイト啓明結社が出現した中世も、絶対王政や封建制が幅を利かせていた時代。当時の状況と、今の状況とでは、人種や民族の多様性を、支配的な政治構造の下で単一視している意味において、似たような境遇にあるんじゃないかと思ってな。いや、18世紀に比べて、今は人口の増加に伴う生存圏の規模が宇宙空間にまで拡大した分、人々は昔よりも心の居場所を渇望している。こうした中で、連邦からもジオンからもはみ出した潔癖な亡命者たちが、かつて世界を救済しようとした政治結社に、美化された回顧的共感を見出すのは、自然な流れだとは思わないか?」

 地球連邦が誕生し、アースノイドとスペースノイドによる対立が始まった直後から、人類は新しい形の安住の地を模索していた。

 その思想から生じた結果の一つが、ジオン公国だった訳だが、やはり彼らの国家も、人間によって作られた社会システムの範疇を出ることはなかったため、戦争を含めた様々な摩擦によって、住処を追われた者たちが続出した。

 地球連邦の規模があまりにも大きすぎた故、思想の違いによって出現したジオンも、文化的・文明的基礎を形成する間もなく、独立国家としての体をほぼ失ったのである。

 ジンネマンは長年における宇宙世紀を見続けてきた人間として、ここに、人種や国籍に関係なく、人々の多様性を受容しきれない脆弱性を見出していた。

 確かに、西暦の時代にも人類は戦争を繰り返していたが、当時は連邦という統一政府がなく、数多くの国家が乱立していたために、(意図はどうあれ)そうした迷い人を受け入れる風土が残っていたことも事実である。

 だとするならば、当時に比べて科学が格段に発達し、生存圏の拡大も進んだ今、連邦でもジオンでもない居場所を求めた心の難民(マインドレフュージーズ)たちが、まったく新しい形態の理想郷を自ら開拓しようと考えるのは、当然かもしれない――。

 今すぐにでもプルツーを助けたいという欲求に駆られながら、マリーダはこの時、ジンネマンの忠告を受けて、眼下に佇む工場跡に潜む組織が、自身の考えていた以上に強大な力を持っているのではないかということを自覚していた。

 しかしその一方、プルツーを助けたいという意思が、より強固になった感覚も覚えていた。

「アーグレット。聞いての通りだ。私たちは、メンシュハイト啓明結社という組織に対して、予備知識があまりにも少ない。本来なら、無茶な突入は避けたい所だが、プルツーが捕らえられている以上、このままお前の助言を頼りに潜入を試みようと思う。だが、勘違いしないで欲しいのは、我々はお前に信頼を寄せている訳ではない、ということだ。お前は、ここに来るまでの間、兄のフェフ・トゥインベルが、所属不明機を使ってTシティの空爆したこと、そして彼が、対人ジャックを始めとしたサイコミュ兵器の開発に携わっていることを打ち明けてくれたが、そこにお前自身との共謀が一切なかった、という証明もできない状況にある。つまり、私たちの部隊に同行させるのは、その是非を把握することが狙いだ。従って、状況によっては戦闘に巻き込まれるかもしれないし、拘束することもあり得る。残酷なことを言うようだが、現状において、君の命よりプルツーの命の方がずっと優位なのだ。こんなことを言うと、情に厚い本人には怒られるかもしれないが・・・そのことを、重々肝に銘じておいて欲しい」

 サイコウェアを着込み、装備品のチェックを続けながら、マリーダはアーグレットの背中に、手の平大の透明な固形物を軽く押し付けた。

 ゼリー状をしたその物質は、アーグレットの背中に付着した途端、一人でに引き延ばされていき、首筋からつま先まで、彼女の全身をくまなく覆った。

 見た目にはほとんど目立たないが、対象となる人間の身を守るための、特殊な増強スーツである。

 このスーツは、特殊作戦時に人質を救出したり、逆に、重要参考人を連行する際、敵から身を守るために開発された。

 防弾性能を備えているほか、P部隊の行動に追随できるよう、必要に応じて人工筋肉の働きを再現したり、逆に抵抗した場合には、硬直化させることで身動きを封じてしまうこともできる、優れた代物だった。

「姉さん、出撃の準備はいいか? 言っておくが、さっきのまで話は、私としてもまだ納得できた訳じゃない。特に、お父さんにまで批判の矛先を向けたのは、看過できなかったぞ。だが、ここはプルツーを助け出すまでの間、いったん休戦しよう。そして、彼女と再会を果たした後、改めて三人で議論しようじゃないか。どっちが心理学的コンプレックスを克服すべきなのか・・・いや、私がマスターへの依存を乗り越えるべきなのか、それともプルがジュドー・アーシタを諦めるべきなのかということを!」

 突入の準備を終え、アーグレットの身体を抱きかかえながら、マリーダがプルに視線を向ける、

 プルも、彼女に言われるまでもなく、全てを整えており、ライフルを背負いながら、妹の挑戦状を一笑に付した。

「ふふん。いいの? そんな約束して? プルツーはいつも私の味方だし、あの子だってジュドーが好きなのよ。まぁ、身辺調査については内緒にしてたけど・・・そんなに白黒はっきりさせたいのなら、さっさとこの仕事終わらせて、皆で家に帰らなきゃね。でも、これだけは言っておくわ。次に泣いた時は、もう何があったって許してあげないんだからね。そこんトコ、覚悟しておきなさいよ!」

 敵地への潜入を目前にして、マリーダとプルが、激しい火花を散らした。

 恐らく初めて見るであろう、長姉と末妹による真正面からのケンカ。

 それを見ていた周囲の妹たちは、その気迫に戦慄を覚えながらも、「あぁ。要するにファザコンとブラコンの背比べかぁ」などと気付き始めていたが、なぜか二人から余計な遠慮や馴れ合いが消え去っていたことも察知していたため、「もぅ、好きにさせておこうよ」と互いに相槌を打っていた。

 一方、マリーダとプルのやりとりを横目で眺めつつ、アーグレットは衣服を汚さずに付着しているスーツの感触を確かめながら、眼下の工場跡に視線を落とし続けていた。

(兄さん。やっぱり貴方は、こうなることを望んでいたのね。自分の代わりに、道に迷った人々を導く時を待っていた。そんなの、ただの欺瞞でしかないというのに・・・)

「よし、行くぞ!」

 やがて、アーグレットの心の声をかき消すかのように、彼女の身体を抱えたマリーダと、プルがヘリから飛び降りた。

 ロープを使わずにスラスターを起動させ、地面へと着地する。

 すかさずアーグレットがマリーダの腕から解放され、道案内をすべく先頭を走りだした。

 周囲はすでに日没で、辺りには漆黒の闇が広がり始めている。

 夜の作戦はかなり危険だが、それでもあと少しでプルツーの下へ辿り着くことができる。

 仲たがいを起こしながらも、共通の認識を持った姉妹は、迷うことなく工場跡を走り抜けていった。

 そして、ヘリの中から見張りの役割を与えられた姉妹たちが見守る中、周囲の闇よりも更に暗い倉庫の中へと消えていった。


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