プルクローンズ・アフターライフ   作:ユトリノ・ニワカ

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新生プルシリーズの足跡

「ふざけるな! あなたたちはどこまで腐っているんだ!」

 プルたちが居住フロアで夕食の準備を始めた頃。

 時を同じくして、庁舎の最上階にある第203戦略会議室。

 刑務所から救出したジンネマンの処遇及びP部隊の今後について、連邦政府の関係者と議論している最中、マリーダが力任せに机を叩いた。

 強化人間によって拳を叩きつけられた机は、想定以上の強い衝撃によって天板に大きな亀裂を生じさせていた。

 マリーダは、自らの所属するP部隊にジンネマンを招聘(しょうへい)しても良いと約束していた連邦上層部が、ここへ来て翻意し始めたことに、激昂していた。

「まぁ落ち着きたまえ、マリーダ君。確かに我々はそこにいるジンネマン君をP部隊に迎えても良いと言ったよ。しかし、だ。敵陣地への強襲ならまだしも、連邦軍が管轄する刑務所にあれだけの攻撃を仕掛けてしまっては・・・幸い死傷者は出ず、軍も今回の犯人を、ミネバ・ザビを支持するテロ組織の仕業と錯覚してくれたようだが。一歩間違えれば、我々連邦政府との間で、内紛が起きかねない事態に直面する所だったんだぞ」

 連邦の制服を着た、白髪交じりの中年の男が、諫めるように言った。

 マリーダとジンネマンの座る席の前には、『戦略会議室』という呼称に相応しい、円卓状の机が弧を描いていて、そこには一席間隔で、10名ほどの中・壮年男女が座っていた。

 いずれも、中央情報局並びに連邦政府の上層部の人間たちで、P部隊の創設に携わった権力者たちである。

「内紛? 何を今になって! お言葉ですが、副局長。今回の襲撃に関しては、ある程度の被害は想定していたはず。以前にもお話した通り、あのメガフロート・プリズンの所長は、多額の予算を要求しては、その一部を横領したり、収監されている囚人を優遇する代わりに、反政府組織から金銭や内部情報を受け取るような汚職まみれの輩。あなた方政府の人間に対しても、かねてから軍の意向を楯に独善的な態度を取るから、作戦を実行するにあたっては多少のお灸を据えることは目をつぶる、との保証をいただいた。だから我々は、破壊行為はしても、P部隊としての物的証拠を残さないよう作戦を完遂した。それのどこに問題があるというのです!?」

 マリーダがなおも踏み込んで、回答を要求するも、男はのらりくらりとした口調で、それをかわした。

「いやぁ、それもそう言ったが、帰還する途中で連邦軍のレーダーに引っ掛かり、挙句、彼らのモビルスーツに損傷を負わせてもいる訳だしな。それと、以前から、マリーダ君には再三忠告していたことだが。P部隊の創設には、これまで莫大な費用がつぎ込まれている。研究開発費だけでも相当の金が飛んでいるのに、浴室だの休息施設だの、わがまま放題の姉妹たちによる傍若無人な要求が重なり、一年分の予算はすでに使い果たしてしまった。おまけに、我々が用意した最初の上官を病院送りにもして・・・この辺りの貸しは、いつの機会に返してくれるつもりだね? まして、今回の行き過ぎた救出作戦によって、危うく我々の地位すら脅かされた。これらのことを総合的に勘案しても、そこの政治犯を部隊に加える見返りが、君らの『絶対的従属の保証』のみでは・・・いくら何でも、貢献が不足しているんじゃないのか?」

 上層部の別の男がそう言って、のけ反りながら腕組を始めた。

「じ、上官の病院送りに関しては、あなた方が勝手に私たちの記憶を削除したからで・・・!」

 男の追求に、マリーダはなおも、反論を試みようとしていたが、水掛け論や感情論に走ってしまう危険性を避けたのか、それっきり顔を強張らせたまま、押し黙ってしまった。

 そんなマリーダの様子を、横に座るジンネマンは、何も言わずに見守る形で、時々目をつぶったり、上層部の他の連中に目配せしていた。

 今のマリーダと連邦のやり取りについては、詳しく聞いていないのでわからない。

 だが、少なくとも今の彼には、連邦が約束を破ることなど、日常茶飯事の出来事としてわかっていた。

 巨大組織を動かしている人間たちの傾向として、上に行けば行くほど変化を嫌い、現状維持を優先したがるものだ。

 もちろん、人間であれば誰しも保身に走ろうとする傾向を持っているものだが、付与されている権力の大きさが上と下では異なるため、影響力は下位の者たちの比ではない。

 まして、ジンネマン自身もプルシリーズも、元は敵国の所属だった者。

 連邦の仲間同士でさえ、腐敗や権力闘争が起きているというのに、我々との交渉になど、まともに取り合うはずがない――。

 幾多もの戦火を潜り抜け、数々の交渉にも参加してきた古参の兵士にとっては、至極当然に行き着く結論であった。

「マリーダ。もうその辺にしておいたらどうだ。今の話を聞く限り、これまでのお前たちも、相当の命令無視を働いたようじゃねぇか。従うべき立場の人間が、命令を下す立場の人間に条件をつけるなど、そもそも組織の一員としてはあってはならんことくらい、かつて俺も教えたことがあっただろう」

「!? マスター! 一体何を・・・」

 それまで様子を見守る立場に過ぎなかったジンネマンが、連邦の肩を持っているかのような発言を始めた。

 マリーダは最初、驚きと焦りの入り混じった表情で彼を見たが、直後に何かに気付いた様子ですぐに言葉を引っ込め、それ以上は何も言わなかった。

 この時、マリーダは、ジンネマンが別の意図を持って、この場を落ち着かせようとしていることを理解した。

「ほう。これは奇妙な光景だ。我々の技術の粋を集めた精鋭部隊のリーダーよりも、連邦を転覆させるための政治犯罪者の方が、このような厳かな会合のマナーというものを、理解していると見える」

 上層部の男がそう言って、ニヤリと笑った。

 そして、マリーダからジンネマンに視線を移し、問い質した。

「せっかくだ。スベロア・ジンネマン君。この際、君の意見も聞いておこうじゃないか。マリーダ君以下、P部隊の忠誠心に欠ける行動の数々、果たして君の力で制御できると思うかね?」

 男に聞かれて、ジンネマンは一瞬、マリーダの顔を見た後、答えた。

「その前に、まずは連邦の御方々に私から謝罪をしたい。このマリーダ・クルスは、私の義理の娘でもあり、かつて共に戦場を駆け抜けた戦友です。我々の絆が強過ぎたばかりに、彼女は今こうして私との再会を果たしたことで、つい熱がこもってしまったようだ。先ほどのあなた方に対する無礼な態度は、この後、私の方から厳しく言って聞かせる。私の処遇は、どう決めて頂いても構わない。だから、ひとまず今回の所は、彼女のことを大目に見てやってもらいたい」

 重苦しい沈黙が漂う中、ジンネマンがそう言って頭を下げた。

「それから・・・今しがたの副局長殿からの質問についてお答えさせていただくが。正直、私の力で連邦政府の精鋭部隊がまとめられるのかどうか、それはわからない。しかし、これだけは言える。マリーダ以下、生まれて間もない彼女たちに必要なのは、戒律の厳しい命令やロボットの如き冷酷さではなく、人の温もり、すなわち愛情です。私はかつて、あなた方の仲間たちによって、家族を奪われた。当時はあなた方の事が憎くて仕方なかったが・・・ラプラスを経て、長らく憎悪というものに取りつかれた自分に、改めて愚かさを感じた。いかに兵士と言えど、人は憎しみだけでは成長できない。これまで私が体験してきた戦争の記憶を彼女たちに伝えていくことで、守るべき者のために戦う意思を芽生えさせてやりたい。例え理不尽な出来事が起きたとしても、自分たちに再び生きる機会を与えてくれた連邦政府に報いる心を、まずは教えてやりたいと考えております」

「ほゥ・・・素晴らしいな。それは良い心意気だ」

 ジンネマンが渾身の演技を見せたことで、連邦の上層部の者たちは、一同に関心した様子で、深く頷いていた。

 ジンネマンのとっさの機転に、それまで予想に反する流れだった風が、マリーダたちに向き始めた。

 この時、マリーダはジンネマンが自分のフォローをしてくれていることに安堵したが、一方で一抹の不安も感じていた。

 まだだ。まだ()()が足りない。

 あと一歩だ。あと一歩だけ、彼らの背中を押す()()ががあれば——。

 そう確信した時、それまで黙っていたマリーダは、自らもジンネマンに追従すべく、演技を始めた。

 彼女は突然、肩を震わせ始め、俯いていた目に涙を浮かべながら、何度も嗚咽をもらし始めたのだ。

「う、うゥ・・・お父さん。ごめんなさい! 私、間違ってました。これからはもっと連邦のために尽くします!」

 マリーダは、ジンネマンの訴えに感極まった様子で、自ら破壊した机に突っ伏した。

 突然マリーダが泣き出したことで、上層部の者たちは一堂に驚いた様子で彼女の方を見た。

 今度は、そんなマリーダの様子を見ていたジンネマンが反応した。

 彼は、阿吽の呼吸を思わせるタイミングで、マリーダの肩を掴み、壊れた机ごと彼女の身体を揺すっては、同じように涙をこぼし始めた。

「おぉ、我が愛する娘・・・! わかってくれたのか。これからは私たちに新しい人生を与えてくれたこの方々に、一生をかけて報いようではないか! しかし、それもこれも、私がP部隊に加わる許可が得られれば、の話だが・・・」

 ジンネマンとマリーダは、揃って、役者顔負けの()()()を展開しつつ、チラチラと上層部の反応に目配せした。

 もちろん、二人は、はなから連邦に忠誠を尽くすことなど考えていなかった。

 怒りによって正面突破が難しければ、今度は卑屈な程に下手に出ることで、相手の同情を惹くことが得策だと考えただけ。

 押してダメなら引いてみろ――ジンネマンが長年の戦争経験で見出した手法である。

 はたから見れば、ややわざとらしさが感じられない訳でもない義理の父娘による迫真の演技。

 しかし、そうした二人の連携が功を奏したらしい。

 上層部の連中は、一気に従順になったマリーダの様子を見て、一定の感心を示した様子だった。

「なるほど。ジンネマン君の一言で、あれほど血気盛んだったマリーダ君が見違えるほど大人しくなった。一時は、野犬のように手を付けられなかったのに」

 そう言って、上層部たちは、それぞれがしばらく考え込んだ後、互いに小声で話を始めた。

 そして5分間ほど話し合いを続けた後、中央に座っていた男が口を開いた。

「よろしい! マリーダ・クルス君、スベロア・ジンネマン君。我々も鬼ではない。看過できなかった問題も多々あるが、今回はジンネマン君をP部隊に据えるという要望については、暫定的な処置としていったん認めることとしよう」

「えっ、ほ、本当に!?」

 思いがけぬ上層部の結論を聞いて、それまで大泣きしていたマリーダが、途端に泣くのを止め、歓喜しながらピョンと席を飛び上がった。

 マリーダの早すぎる切り替えに、ジンネマンがすぐさま服を引っ張り、着席させる。

「本当だよ、マリーダ君。ただし。何度も言うが、あくまでも暫定的な措置だ。今後おかしな真似をすれば、ジンネマン君は再逮捕し、即日銃殺刑を執行する。君たちも、()()()としての廃棄処分は免れないと思いたまえ」

 ジンネマンに戒められつつ、なおも気持ちの高揚を隠せないでいるマリーダに、上層部の男は釘を刺した後、念を押すように言った。

「正直な所、我々としてもいったんP部隊を解体して、一からやり直す暇はないのだ。知っての通り、我々は、今後の戦争の在り方における新しい概念『H-MS(ヒト・モビルスーツ)統合戦略構想』を迅速に推進していく必要がある。これ以上、()()()()()()と化した、大艦巨砲主義的な戦争形態からは脱却し、代わりに我々が主導する、低コストかつ洗練された強化人間による軍隊の基本形を形作らねばならないのだからな」

 そう言い残した後、連邦の上層部たちは、次々と席を立ち、会議室を出ていった。

 関係者たちが去り、二人だけの空間となった会議室に、静寂が訪れる。

 連中の気配が消えたのを見計らい、ジンネマンがようやくマリーダに声をかけた。

「良かったな。マリーダ。とっさに考えた作戦だったが。よもや成功するとは思わなかった。さっきの演技もなかなか上手かったぞ」

 ジンネマンがそう言って、笑って見せた。

 マリーダも安堵した様子で、ジンネマンの顔を見た。

「マスター。お見苦しい所をお見せしました。私としたことが、マスターを部隊に引き入れようとする余り、焦りに負けてしまった。このような交渉の場では、駆け引きや冷静さが全てを決するというのに」

 自らの過ちを悔いるように、マリーダはそう言って視線を落とした。

「なに、モビルスーツのパイロットが本業のお前には、到底難しかったことさ。その点、俺は一年戦争の前から、あんな年寄り連中とは比べ物にならない野獣共とぶつかり合ってきたからな・・・とは言え、あの上層部の態度を見た所、最初から俺を迎え入れる腹づもりだったようだ。恐らく、わざと動揺を誘うことで、俺たちをけん制し、本音を引き出そうと試したんだろう。昔から、そういう所だけは頭の回る連中さ」

 長年の経験から、ジンネマンは上層部の思惑が見て取れた。

 何にせよ、自分たちの要求が通ったことは、大きな成功である。

 ジンネマンとマリーダは、ひとまず会議室を出ることにした。

 会議室を出ると、さっきまで煌々と電気が照らされていたはずの廊下は、ほとんど照明が落とされていた。

 まだ二人が残されているのを知っていて、この仕打ちである。

 話し合いが解決したとは言え、ジンネマンもマリーダも所詮は部外者に過ぎないということが、嫌でも理解できた。

 悶々とした思いに駆られながらも、窓の外から差し込んでくる、他のビルの照明を頼りにしながら歩いていく。

 そんな最中だった。

 ジンネマンはふと思い出したように、再びマリーダに話しかけ始めた。

「そう言えばマリーダ。さっきの話の中で、記憶を削除されたとか、上官を病院送りにしたとか言ってたな。あれは一体どういう意味なんだ? 俺が刑務所に入れられている間、何かひどいことでもされたのか」

「え? あ、それは・・・」

 マリーダとしては、その話はあまり聞かれたくない内容だったらしい。

 しばらく気まずそうな表情を作っていたが、ジンネマンの質問とあっては誤魔化すことはできなかったようだ。

 彼女は、観念したように暗がりの廊下でいったん立ち止まり、窓の外に目を向けながら口を開いた。

 

 

 ジンネマンが来る前の、マリーダと上層部による駆け引き。

 それは、P部隊結成直後から救出作戦の直前にまで、いったん時計を巻き戻さなければならない――。

 冷凍保存されていたマリーダたちプルシリーズが、覚醒した直後のこと。

 連邦政府の上層部の間では、ラプラス事変における第一級政治犯であるジンネマンを部隊の一員とする計画など、議題にすら上がっていなかった。

 組織の慣例として、同じ中央情報局の管理職の者が、横滑りする形で配置されていたのである。

 だが、この安易な決断が、後に重大な事件を引き起こすことになった。

 クローン技術自体は、ネオ・ジオンから盗み出した資料を元に、高度に発展させていた連邦も、実際にプルシリーズを運用するノウハウまでは、保有していなかった。

 刷り込みや催眠による行動の統制は、すでにグレミー・トトの時代によって実行されていたが、結果はプルやプルツーの造反という形で、明らかな失敗に終わっていた。

 これだけの歴史的事実が明らかになっているにも関わらず、上層部は、「いわゆるグレミー方式の失敗は、ジュドー・アーシタ及びスベロア・ジンネマンら、特定の『キーパーソン』との遭遇による、想定外の心理的動揺及び安寧を保持し続けたことが原因であり、新しいプルシリーズは、それらキーパーソンの記憶を削除した上で、外界との接触を一切遮断し、より強力な心理操作を用いれば成功する」との根拠なき妄信が大勢を占めていた。

 上層部は、プルシリーズを即戦力として前線投入したい思惑から、胎児の段階で育成する過程を、経済的・時間的コストの観点から省略。それぞれの個体がかつて死亡した時点の肉体年齢にまで、あえて人工的に成長を早めた上で、覚醒させた。

 彼女たちの記憶についても、94.66%の確率で復元に成功しており、それぞれの個体が搭乗していたモビルスーツの残骸や、生活の痕跡、通信記録に残された音声を解析したり、サイコミュ兵器内や宇宙空間に残留したニュータイプ特有の『意思の片鱗』を収集し、データ変換することで、ほぼ完全に近い形で、生前の状態を再現していたのである。

 ちなみに、プルとプルツー、マリーダに関してはキーパーソンの記憶のみを排除することで、グレミー時代に培っていた強化人間としての戦闘スキルのみを保持した個体へと仕立てていた。

 ところが、そのような理想的な状況は長くは続かなかった。

 肉体と記憶を再生することには成功したが、プルシリーズは目覚めた時点で予想以上に人格形成が完成しており、催眠や刷り込みを強制できる余地は、ほとんどなくなっていた。

 とりわけ、プル、プルツー、マリーダは、生前において様々な葛藤や仲間たちとの出会いを繰り返し、独自の正義心や嗜好、主義主張などが醸成されていたため、削除したはずのキーパーソンの記憶が、それ以外の記憶の断片によって補完・復元するという現象が起きてしまった。

 つまり、ジュドーやジンネマンの記憶が、勝手に蘇ってしまったのである。

 当然ながら三人は、連邦が意図的に記憶を削除したことに気付き、激しく憤った。

「私たちからジュドーの記憶を消すなんて! 死ねええ!」

「気持ち悪い奴め! いなくなれぇぇ!」

 中でも、ジュドーの記憶を消されていたプルとプルツーは、年齢的にまだ幼かったことからその怒り方が尋常ではなく、強化された肉体も相まって、おおよそ十代そこそこの少女とは思えない腕力で当時の隊長に揃って暴行。

 当人に内臓破裂、眼窩底骨折など全治四か月の大けがを負わせ、ついに依願退職させてしまったのであった。

――連邦の新型(プル)は化け物か――。

 それが、前隊長の残した、最後の言葉であった。

 その後、貴重な管理職を失ったことで上層部が後任選びに四苦八苦する中。人材育成が遅れたP部隊は、いつしか()()()()の集まりと化してしまった。

 止むを得ず、個体の中で最も理性的と思われたマリーダを責任者に据え、姉たちの怒りを鎮めることに奔走する。

 前章で述べた、豪華な浴槽や自販機の設置にも許可が下りたのはそのためなのだが、問題がそれで解決しなかったのは周知の事実。

 自分たちの要求が通ったのち、プルたちは更生するどころか今度、わがままを加速させていき、P部隊一年分の予算を食いつぶしてしまったのである。

 原因としては、彼女たちがアクシズに住んでいた頃の生活水準がかなり高かったことや、ジュドー以外にも、自分の記憶が消されているのではないかと不信感を抱いたことが理由であり、居住スペースにほとんど籠城したまま、上層部によるアプローチを一切受け付けようとしない状態が続いたのであった。

 そんなこんなで両者の膠着状態が続く中、とうとう上層部は堪忍袋の緒が切れた。

 ある日、彼らに呼び出されたマリーダは、「一週間以内に事態を打開し、我々に服従させなければ、現在のプルシリーズをいったん廃棄処分とし、新たな個体を培養する手続きに入る」と告げられた。

 マリーダは、上層部が、自分たちを人間として見ていないかのような態度を示したことに腹立たしさを覚えたが、同時に、例えようのない不安も覚えていた。 

 彼らの言う廃棄とは、言うまでもなく死。これは自分たちが用済みとして殺されてしまうことを意味する。

 いや百歩譲って、本当に殺されてしまうなら、まだいい。

 しかし腐敗の進んだ連邦のことだ。もし、廃棄の過程で個体が意識を失ったまま外部に横流しされ、人身売買業者の手に渡ったとしたら、どうなってしまうだろう。 

 かつてマリーダ自身が強いられたような、人間の醜悪が渦巻く()()()()へ、姉妹ともども追いやられるようなことになるかもしれないのだ。

 せっかく再会した姉たちに、そんな想いはさせられない――。

 危機感を覚えたマリーダは、どうにかしてプルたちを改心させようと三日三晩悩んだが、なかなか妙案は浮かばなかった。

 そんなある日、悩みすぎて眠りに落ちかけていたマリーダの下へ、自分の部屋に籠城していたはずのプルツーが訪れた。

 彼女はマリーダに、あるネット記事をプリントアウトしたものを見せてきた。

「これ、お前の義理の父親だろ? 近くの刑務所に収監されてるみたいだぞ」

 言われて記事を見たマリーダは、目を疑った、その記事は、かつての義理の父であるジンネマンが連邦によって拘束され、死刑判決を受けたという情報だった。

 プルと共に、上層部に反発しているかのように思われたプルツーは、実は籠城などしていなかった。

 マリーダ同様、危機感を感じていた彼女もまた、現状を打破すべく情報収集を続けていたのだ。

 更にプルツーは、自前のコンピュータを駆使して政府のサーバーを経由した後、連邦軍の中央システムにも侵入していた。

 そして、ジンネマンが、P部隊の拠点であるTシティからわずか130km離れた海上刑務所に収監されていて、そこの所長が連邦政府の予算を使って、長年に渡る汚職に手を染めているという内部事情までも調べ上げていたのである。

 プルツーの助力を得たマリーダは、すぐさま上層部に掛け合い、所長のスキャンダルを暴露。さらにはジンネマンを部隊に迎えることで、いかにP部隊が統制されるかを熱弁した後、救出作戦の許可を取り付けたのであった――。

「・・・というのが、マスターが刑務所にいた頃の話です」

 マリーダから初めて明かされた、救出作戦が実行される前の、プルシリーズによる奮闘劇。

 ジンネマンは、その話に感心しながらも、いつ連邦に命を狙われてもおかしくない状況下において、贅沢三昧をして予算を使い切ってしまったというプルたちの強欲さにも、呆れ返っていた。

「そ、そうか。あの小娘たち、その時から随分(たくま)しく生きていたのか。マリーダも色々大変だったみたいだな」

 会話がひと段落ついた所で、二人は再び前に向かって歩きだした。

 と、ちょうど廊下が突き当った先で、エレベーターの扉が開いたのが見えた。

 そのまま乗り込み、階下へのボタンを押す。

 数階下った後、目的のフロアに辿り着いた所で合図が鳴り、再び扉が開いた。

 すると、明るい光が差し込んできて、温白色の電灯に照らされた、暖かい色合いの廊下が、目に飛び込んできた。

 そこは新生プルシリーズの暮らす、居住フロアだった。

 コンクリート調の、無機質な上階とは正反対の生活感溢れる雰囲気に、ジンネマンは驚きつつも、空腹感に襲われた。

 どこからともなく、美味しそうな料理の匂いが漂ってきたからだ。

 エレベーターから降り、廊下に一歩を踏み出す。

 前を歩くマリーダに追従しながら、改めて辺りを眺めてみると、壁にはプルシリーズの誰かが描いたと思われる絵画やアートが、額に入れて飾られていた。

 実は、3(スリー)11(イレブン)までの、主要な三人以外の個体は、抗争時にゲーマルクによって撃墜された記憶が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を引き起こしていたため、心理療法で情緒の安定を図る必要があった。

 廊下のアートもその時に製作されたものなのだが、それらは素人が描いたものとは思えないほど精巧で、フロアを彩る装飾品として、立派に成立していた。

 そこで、マリーダが照明や壁紙の雰囲気とマッチさせながら、空間全体をコーディネートするために取り入れたのである。

 以降、彼女たちのフロアだけが、お堅い印象しかなかった連邦の庁舎からはまるで想像のつかない、お洒落で家庭的な空間へと昇華した。

 さっきから漂ってくる料理の匂いと言い、刑務所はもちろん、ガランシェールの時代でも経験できなかったその雰囲気。

 ジンネマンは、少女兵として育てられたプルシリーズが発する、人間的な優しさのようなものに、今日一日を戦い終えた心が癒されたような気がしていた。

「そう言えば、マリーダ。もう一つだけ聞いて良いか?」

 と、その時。

 食堂に向かう足取りで、ジンネマンがマリーダに尋ねた。

「何でしょうか、マスター」

「さっき、お前たちの記憶を復元するために、当時の音声記録やら意思の片鱗をデータ変換したとか言ってたが。クシャトリヤが破壊された後、俺の前に現れたマリーダの思念体、あれはどこに行ったんだ?」

 かつて、ラプラス戦争時にモビルスーツごと宇宙(そら)へ散った、光に包まれたマリーダの姿。

 目の前にいるマリーダが偽物とは思わないが、一度死後の彼女を見ているジンネマンにとっては、どうしてもそこが気になった。

 もし、マリーダがその記憶について「知らない」と答えたのなら、やはり目の前のマリーダは別の存在ということにもなってしまう。

 ある意味において、この質問はマリーダの真意を確認するための、最後の関門であった。

 だが、不安げな表情を作るジンネマンに、マリーダは、微笑みかけながら答えた。

「もちろん、あの時の私も、この身体に宿っています。今の私には、死後、マスターの前に現れたマリーダと、元々宿っていた別のマリーダとが、()()しているのです」

「共存だと?」

 マリーダが頷いた。

「先ほど言った、記憶の復元率というのは、物理的な記憶の総体量に過ぎません。人の脳は、記憶さえ取り戻せば元の人格や振る舞いまで得られる程、単純ではない。それはちょうど、高性能のモビルスーツに大量の火器を搭載しても、それを操れるパイロットがいなければ、宝の持ち腐れになってしまうのと同じ。記憶を整理し、それを必要に応じて引き出せる()()がなければ、かつての生き方など再現することはできないのです。ですが、その意思と言うは、人生経験と共に相互に積み重ねてられていくもの。完成したばかりのプルシリーズは、文字通り()()()()()()()()()()()()()()の状態。連邦の上層部は、そのことを理解していませんでした」

「じゃあ、今のお前たちはどうやってその意思を獲得したというんだ?」

 ジンネマンが問い質すと、マリーダは天井を仰ぎ、言った。

「これは本当におとぎ話みたいな感覚ですが・・・ある時、肉体を離れていた私の下へ、この身体に元々宿っていたマリーダの意思が、助けを求めてきたのです。彼女は私と同じ記憶を持っていても、意思が未発達でした。彼女は、このままでは自分たちは失敗作として殺されてしまう。だから力を貸して欲しい、と懇願してきたのです。それまで私が、一体どこで何をしていたのか、今となっては知る由もありませんが・・・とにかくその時の私は、彼女たちを助けたいという一心だった。だから、連邦の技術だけでは、私たちは蘇生し得なかったのです」

「ですから」マリーダが続けた。

「最終的には、科学では到底解明できない過程(プロセス)によって、第2のプルシリーズに命が吹き込まれた、ということなのでしょう。このやり取りは、恐らくプルやプルツー達も知らないことです」

 そう言い残して、マリーダは再び前に向かって歩き出した。

「科学では到底解明できない過程(プロセス)か・・・」

 生まれ変わった娘の背中を眺めつつ、ジンネマンは立ち止まったまま、しばらく何かを考えている様子だった。

 しかし、すぐに気持ちを切り替え、想いを振り切るようにマリーダの後に追いついた後、彼女の肩に手を置いた。

「マスター?」

 ふとマリーダが振り返ると、ジンネマンがにこやかな笑みを浮かべていった。

「もう十分だ、マリーダ。俺はこれ以上、何も聞かねぇ。だからお前も、それ以上、深く考えすぎるな。誰が何というと、お前はお前。そして、俺の娘だ」

 ジンネマンの優しさに満ちた声。

 それを聞いて、それまでどこか切なげだったマリーダの表情が、みるみる晴れやかになった。

「はい。私は・・・私は、マリーダ・クルス。スベロア・ジンネマンの娘です」

 二人はしばし見つめ合った後、再び食堂に向かって歩き出した。

 死んだはずのマリーダが、こうして目の前に現れた理由を全て理解したジンネマンは、もはやこれ以上マリーダには何も問うまいと決心した。

 それが、彼女の存在を受け入れる何よりの証になるからだ。

 恐らくマリーダも、それを望んでいるに違いない。

 すべてを受け入れたジンネマンは、今度は自分がマリーダ達の助けになる番だと固く誓った。

 そして、しっかりとした足取りを維持したまま、食堂へ通じる扉を元気よく開け放ったのだが――。

「マリーダのパパ! 隊長就任おめでとう!」

「何・・・うおぉ!?」

 食堂のドアを開けた直後。

 パン、パン!という乾いた破裂音が聞こえてきたかと思うと、ジンネマンとマリーダに向かって色とりどりの紙テープやら紙吹雪が降り注いできた。

 僅かに焦げ臭いにおい。クラッカーだ。

 銃声を思わせる音に、ついさっきまで、上層部との緊迫のやり取りを強いられていたジンネマンは、てっきり自分が発砲でもされたのではないかと勘違いして、一気に血圧が下がる思いがした。

「何だこれは! お前ら、一体何やってるんだ!?」

 条件反射的に身構えてしまったジンネマンが改めて視線を戻すと、そこにはいくつもの大きな皿に溢れんばかりの料理が山積みされていて、壁には『祝 脱獄 祝 隊長就任』と言う、どこか人聞きの悪いメッセージが、やけに可愛げのある書体で書かれていた。

 ジンネマンの立っている位置から垂直に置かれた細長いテーブルには、プルやプルツー、そして他の姉妹たちがそれぞれ向かい合うように座っていて、クラッカーにとんがり帽、その他の変装用の小物を身に着けながら、ジンネマンとマリーダに満面の笑みを向けていた。

「何って、見て分からないのか? 上層部と話がついて、あんたは晴れてP部隊のキャプテンになったんだろ? だから私たちはこうしてパーティーの準備をして、待っていたんだよ」

「小娘・・・いや、プルツー、お前、俺たちのやり取りを見ていたのか?」

 すでに自分がP部隊に加入することをプルツーが把握していたことに、ジンネマンは驚いた様子だった。

 だがプルツーは涼しい顔で、手元にあるアップルサイダーの入ったコップを揺らしながら頬杖をついた。

「サイコウェアとの相互作用か知らないけど、新しい身体になってから、遠くの出来事が以前よりはっきり映像として入ってくるようになってさ。前は、何となくの気配でしかわからなかったのに」

 そう言って、プルツーがコップからマリーダに視線を移すと、「マリーダって、あんなに怒ったり泣いたりできるんだな」と感心したような、からかうような口調で言った。

 一方のマリーダは、さっきまで感情的になったり演技することに夢中だった時の自分が見られていたことを自覚し、思わず赤面してしまった。

「ま、別に覗き見しようと思ってた訳じゃないけどさ。それよりも、今のキャプテンとマリーダの嬉しそうな顔見てたら、誰でも上手くいったって思うし・・・」

 プルツーがそう言いかけた時。

 言葉を言い終える前に、横にいたプルが待ちきれない様子で飛び出してきた。

「はいはい! 難しい話はおしまい!」

 そう言って、ジンネマンとマリーダの腕を引っ張り、開いていた席に二人を引っ張った後、着席させた。

 プルも妹たちの料理を手伝ったのだろう。細い指先には、数か所に絆創膏が貼られているのが見えた。

「プルツーもケーキの切り分け手伝ってよ! 私、滅多に料理なんかしないのに頑張ったんだから、もうお腹ペコペコ。皆揃った訳だし、早く食べよう? ちゃんとアイスにチョコパフェもあるんだよ!」

 そう言ってプルが、席に戻り、全員の準備もままならぬ状態で「いただきまーす!」と号令をかけ、フライドチキンやケーキにがっつき始めた。

「あ、こらプル! それは私のだぞ!」

 その様子を見て、プルツーや他の妹たちも、慌ててそれに続く。

 姉妹たちの子供じみたやり取りを眺めながら、ジンネマンは思った。

 プルツー以外の子たちも、ジンネマンが上層部をやり取りする様子を見ていたのだろうか。

 しかし、無邪気に食事を楽しむ彼女らの姿を見ているうち、彼はそんな事もどうでも良くなっていた。

 もしも、今が平和な世の中なら、彼女たちにもっと別の生き方を教えてやれただろう。

 いや、もし戦争が無かったら、プルシリーズはそもそも生まれてこなかったはず。

 運命を時代のせいにせず、今目の前にある試練を乗り越えさせてやることが、自分の役目であるということを、この時のジンネマンは固く誓った。

 手元に置かれていたフォークを持ち、山積みされた食べ物を頬張る。

 美味い。刑務所生活とは比べ物にならない幸福感が、ジンネマンの腹を満たし始めた。

「・・・ん? どうしたんだマリーダ? なかなか美味いぞ、食べないのか?」

 ジンネマンがふと、横に座っていたマリーダに目をやった。

 すると、マリーダは黙ってテーブルの料理を一つ一つ確認しては、不安そうな顔つきを作っていた。

 様子がおかしい。

 てっきり体調が悪いのかと思い、ジンネマンが心配そうにマリーダの顔を覗き込む。

 すると、マリーダは彼に恨めしそうな視線を向け、呟いた。

「マスター。このパーティー、恐らく半月分の食費がかかってます・・・。明日からのご飯、どうしよう」

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