プルクローンズ・アフターライフ   作:ユトリノ・ニワカ

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登校初日の空対地ミサイル(ASM)

「うわぁ~! マリーダ、その格好、すごい似合ってる! メイクも、大人の女性って感じ!」

「そ、そうかな?」

 P部隊による、正式な任務がいよいよ始まった。

 プルとプルツー、マリーダの三人は、揃ってTシティの住人になりすまし、市内の学校へ通うことになった。

 その目的とは、ある人物に接近し、情報を集めることにあった。

「プルも、そのセーラー服似合っているじゃないか。髪型と言い、Tシティに暮らしている若者と遜色(そんしょく)ないと思う」

 任務当日の朝、庁舎の居住フロアにて、食事を済ませたプルたちは、登校のための準備として、それぞれの正装に身を包んでいた。

 プルとプルツーは、白のセーラー服に紺色のスカート、マリーダはキャリアスーツである。

 偽装の戸籍上は、三人は姉妹ということになっている。

 しかし、クローンゆえに酷似した外見から更なる差別化を図るべく、それぞれにメイクやヘアスタイルなどのアクセントを施すこととなった。

 プルは前髪にヘアピン、頭部を髪留めすることで、素朴な雰囲気を演出していた。

 また、マリーダは、年齢より少し高めに見えるよう、薄めの化粧をしていた。

「本当? 私、アクシズにいた頃はパイロットの訓練やら生体実験やらで普通の学校とは無縁だったから、何か楽しいなぁ。それにしても、プルツー遅いね。髪型をどうしようか悩んでいるのかな?」

「ああ。マスターに指令を出された直後から、夜遅くまでオンライン記事や雑誌を眺めては、この地域のトレンドを調べていたからな。私たち三人ともファッションなんか気にする環境にはなかったし、手間取っているんだろう」

 やがて、五分ほどが経過した後だろうか。

 プルとマリーダが階下に続くエレベータの前で待っていると、ほどなくして、プルツーの部屋の扉が開いた。

 それを見たプルとマリーダが、すかさず駆け寄っていく。

「ま、待たせたな、二人とも」

「もう、遅いよプルツー。早く学校に・・・!?」

 部屋から出てきたプルツーの姿を目にした瞬間。

 プルとマリーダの足がピタリと止まった。

「プ、プルツー? ホントにプルツーなの?」

 プルが自信なさげな口調で問いかけると、プルツーは恥ずかしそうに頷いた。

 マリーダも、現実を受け止めるために、目を何度も瞬きさせていた。

 無理もなかった、二人の前に現れたプルツーの姿。

 それは、トレードマークのもみ上げを三つ編みにし、目には赤縁の伊達眼鏡をかけるという、三人の中でもかなり凝った演出の格好だったからだ。

 更に、足元のソックスはキャラクター入りで、キュベレイをデフォルメしたイラストが描かれている。

「わ、私なりに色々調べてみたんだけど。どれも子供っぽい感じがして。かと言って、背伸びしている雰囲気も避けたかったし。年齢相応で知的に見える格好となると、これくらいしか浮かばなかった。この眼鏡とソックスも、当日配送の通販で買ったんだ・・・」

 珍しく顔を赤らめるプルツーを見て、プルとマリーダは「別にそこまで凝らなくても」と互いに視線を合わせた。

 しかし、よくよく見てみると、本来は勤勉で真面目な性格のプルツーに似合わなくもない。それどころか、むしろマッチしている方だ。

 それに、わざわざ伊達眼鏡やキャラクター入りのソックスまで準備する所が、普段から入念な下準備を欠かさない彼女らしい性格だとも思い、それ以上は何も言わず、登校することにしたのだった。

「さてと・・・それじゃあ皆、行ってくるから。各自、指示した通りの任務遂行を頼む。3(スリー)から6(シックス)までは、制御室からUMMSを衛星経由で操作して、私たちを上空からサポート。それから、7(セブン)8(エイト)は、新聞・雑誌・テレビ・オンラインなどのメディアを継続的にチェックして、情報収集に努めること。このオープンソース・インテリジェンスは退屈だが、諜報活動の基本中の基本だ。そして9(ナイン)から11(イレブン)まで。マスターは今日非番だから、八時半まで起こさないでいい。諜報業界のスキルを身に着けるために、慣れない勉強で疲れているようだ。ただし、間食は制限するように。『袖付き』の時代と違って、今はデスクワークが多い。カロリーが消化されにくい環境で、これ以上の体重増は病気のリスクになる。私の方で、運動不足を解消する手段を考えておくから」

 ガランシェールに乗っていた頃は、忠実な部下であり、義理の娘であったにも関わらず、今やほとんどジンネマンの女房役と化したマリーダが、プルシリーズに向けて的確な指示を下した。 

 居残り組に見送られ、庁舎の外に出ると、コロニーとは違う地球の朝特有のひんやりとした空気が、三人を出迎えた。

 前には、連邦政府のロゴが入った、一台の無人電気自動車(エレカ)が停車していた。

 プルシリーズの暮らす、中央情報局東アジア統括本部庁舎は、Tシティのほぼ中心にあり、そこは極東地域における連邦の政治的中枢を担っていた。

 Tシティにおいて中心地は『行政立法区域』と呼ばれており、政府や軍の関係者しか入れない。

 一般市民が暮らす区域は、そこから更に外側の『民間居住区域』で、学校もそこに建てられていた。

 プルたち三人は、自分の素性が知られないよう、まずは連邦政府専用のエレカに乗り、民間居住区域との境界まで出た後、そこから公共交通機関に乗り換えて、学校へと向かう手筈になっていた。

 周囲を高層ビルに囲まれた、片道四車線もの広いアスファルトを走る車内において、三人は改めて地上の景色を眺めていた。

 彼女たちの乗るエレカは、前席と後席二人ずつ乗れる仕様になっていて、この時は、前にプルツーが、後ろにプルとマリーダが乗っていた。

「それにしても、やっぱ地球って広いよね~。エゥーゴに居た時も、砂漠とかしょっぱい湖とか行ったことはあったけど。この辺りは風がとっても気持ちいい。こんなに長くて幅のある道路だって、他じゃ見たことなかったもの」

 車中の窓から、外の景色を眺めつつ、プルが感嘆の声を漏らした。

「そう言えば、プル。以前、庁舎に浴室が無いからって、民間居住区域の銭湯(スパ)にまで出かけていたと思うが。当時はエレカの使用は禁止されていたし、徒歩だと何キロも歩かなければならなかっただろ。いったいどうやって移動していたんだ?」

 マリーダが、窓に張り付いているプルの背後から顔を覗かせる形で、尋ねた。

「え? 歩いてなんか行かないよ。このエレカは偉い人専用の車両もあって、行政立法区域と民間居住区域の両方に配置されているでしょう? だから、行きは民間居住区域に出張していた人を迎えに行く無人の車両に紛れ込んで、帰りは、逆に行政立法区域から出発する人を迎えに行く側の車に紛れ込めば、誰にも知られることなく往復ができるってワケ」

 プルは呆気らかんと答えているが、話の内容的には、スパイ顔負けの高度な潜入技術である。

「まさか? それじゃあ、政府機関専用エレカの割当番号を事前に調べたって言うのか? しかも要人向け車両ということは、それだけセキュリティも万全なはずだろう。民間居住区域と言っても発着地点は様々だし、事前に運行ルートも調べておかないと、おかしな場所に行ってしまう可能性が・・・」

 マリーダは信じられない様子で、プルの方を見ていたが、プルは余裕の表情を崩さずに、人差し指を左右に振った。

「チ・チ・チ。そこはね、プルツーが根回ししてくれたのよ。連邦政府交通局のサーバーに侵入して、エレカの管理番号と運航スケジュールを調べてくれたの。その時に、ちゃんと偉い人達に割り当てられているセキュリティ・キーも調べてくれたってワケ。検問所以外の抜け道もね。ねぇ、プルツー?」

 そう言ってプルは、前の席に座っていたプルツーの肩を叩いた。

「まあな。プルがこの辺りでしか食べられない『羊羹(ようかん)』とか言うお菓子や、アナハイム・エレクトロニクス社の製造ラインから漏れた()()()()()()()()とか、お土産を色々買ってきてくれるものだから・・・つい協力してしまった」

 三つ編みに伊達眼鏡という、いつもと違う姿のプルツーは、慣れない格好にまだ戸惑っている様子で、しきり髪や眼鏡の位置を直しながら、ややせわしない口調で答えた。

「ふぅん。そうか。この任務が決まった時、プルツーはマスターに掴みかかってまで抗議していたのに。それを服装に気を遣ってまで急に乗り気になったのは、自分で買い物ができると思ったからなんだな」

 マリーダが呆れた口調で問い質すと、プルツーは図星を差された様子で、別の話題にすり替え始めた。

「い、いや。あの時は興奮していたから・・・そんなことよりマリーダ! 今後の段取りをもう一度確認しておかなくて良いのか? お前の横に座ってる、機体の操縦にかけちゃ超一流の、我らが()()()()様は、チームワークと理性が大前提の諜報活動には、予習と復習が欠かせないぞ」

「あ、ああ。そうだな。そうだった。プル、今から打ち合わせをしよう」

 プルツーの忠告を受けて、気を取り直したマリーダは、窓の外に向かって鼻歌を歌っているプルに呼び掛けた。

 そして、自分の持っていたビジネスバッグの中から携帯用の電子端末を取り出した。

「我々が今回潜入するのは、民間居住区域にある『Tシティ第5ジュニアアカデミー』だ。この地域ではごくありふれた普通教育課程の学校で、全校生徒は約1000名ほど。しかし、学校そのものに用がある訳じゃない。私たちが探るのは、この学校に通っている、アーグレット・トゥインベルと言う少女についてだ」

 マリーダが電子端末に指をかざすと、標的となる人物の顔が映し出された。

 年齢的にはプルやプルツーとほぼ同じくらいで、長い金色の髪を後ろで一本に縛っている。

 写真には、その少女が大勢の民衆の前で演説している姿が映し出されていた。

 何かを訴えかけているのだろうか。

 怒りに満ちた、鬼気迫るその表情を見る限り、かなり激情的な性格にも思われた。

「この、アーグレットという少女は、まだ10代前半の年齢でありながら、連邦政府に対する反戦活動及び環境保護活動を展開する非政府組織『ネイチャー・リベリオン』のリーダーを務めている。何でも、自身が小さい頃に、人類がアースノイドとスペースノイドに分かれて争うという構図を理解できず、心を病んだ経験があるらしい。以来、有志を募りながら、人類の平等と戦争の完全停止、そして自然環境の保護と回復をスローガンとした非暴力運動を始めた。それが今では、全世界的な広まりを見せたということだ」

 マリーダが説明をしている最中に、プルが身を乗り出してきた。

「へ~。すっごく立派な子じゃない。私、尊敬しちゃうな。自分とほとんど年齢一緒なのに、モビルスーツを使わないで世界を変えようとするなんて。そんな子を、どうして私たちが尾行しなくちゃいけないのさ?」

「いや、プル。それは昨日・・・」

「・・・」

 マリーダとプルツーが、一様に沈黙した。

 実はプルは、昨日のミーティングでも同じことを聞いていた。

 その際にも、マリーダから再三に渡って理由を説明していたのだが、当の本人はすでにそのことを忘れてしまったらしい。

 やっぱりプルツーの言う通り、繰り返し教えておいて良かった――。

 マリーダはこの時、例えようのない安堵と、自分に忠告してくれたプルツーの存在に改めてありがたみを感じていたのだった。

「確かに、このアーグレットだけが尾行対象なら、我々が部隊総動員で情報収集する余地は少ない。だがプル、核心はここからだ。活動家のアーグレットと、彼女がリーダーを務めるネイチャー・リベリオン。これらには実は、連邦軍と、軍に関わりのある民間企業が深く関与しているんだ」

「連邦軍が?」

 マリーダが頷いた。

「ああ。表向きは公表していないがな。連邦軍はこの所、政治的主導権を握るために、最高統帥機関であるはずの連邦政府に対する世論操作を進めている。長年の戦争の成果を自画自賛する一方で、政府の対応を批判するキャンペーンを展開しているんだ。しかし、表立ってそれをやれば、内紛が起きかねない。そこで、民間の報道機関を取り込むことで、政府への批判を民意であるかのように偽装することにした。そうして軍が狙いをつけたのが、ネイチャー・リベリオンに対する最大の支援団体であり、東アジア地区最大の放送会社でもある『アース&スペースメディア(ESM)社』だ。ESM社は元々、アナハイム・エレクトロニクス(AE)の通信事業を下請けする、一介の広告代理店だったが、アナウスという人物が社長に就任してからは、メディア企業としてもその頭角を現し始めた。この会社は、広告代理店としてのノウハウを生かすことで、軍を賛美する報道に力を入れる代わり、彼らから莫大な資金援助を引き出すことに成功した。今日ではESM社は、ほとんど軍の外郭団体と化したと言っても過言ではない」

 マリーダの説明に、プルツーが補足を加えた。

「そして、そのアナウスという人物の本名が、アナウス・トゥインベル。私たちが接近を試みる、アーグレット・トゥインベルの父親という訳だな。マリーダ」

「そういうことだ。アーグレットと、彼女がリーダーを務めるネイチャー・リベリオンが、間接的にしろ、連邦軍独自の支援を受けているとなれば、平和主義と言えども反政府的キャンペーンを続ける組織に、国家の暴力装置が関与している証拠に成り得る。すでにESM社の経営陣には、退役軍人が多数参加しているのは周知の事実だし、アナウスの妻も、軍の関係者という噂を聞く。これでわかったか、プル? これから私たちがすべきことは、軍がESM社を通してどこまで影響力を広めているのか。そして連中によるプロパガンダが、民衆にどの程度浸透しているのか。それを把握することが、当面の任務なん・・・」

 と、それまで説明を続けていたマリーダが、口を止めた。

 ちょうど、持っていた電子端末を見ながら説明していた彼女は、ふと、自分の下半身に重みを感じていたのだ。

「? どうしたんだ、マリーダ?」

 プルツーが背後を振り向く。

 見ると、それまで話を聞いていたはずのプルが、いつしか隣に座っていたマリーダの膝に頭をもたげていた。

 どうやらマリーダの話に飽きてしまったようで、すっかり眠りこけてしまったらしい。

 その、愛くるしくも間の抜けた寝顔には、つい先日、高性能なUMMSを手足のごとく操っていた、プルシリーズ最強の面影など、どこにもありはしなかった。

「・・・むにゃむにゃ。マリーダの太ももあったかぁ~い・・・」

 今までの説明は、一体何だったのだろう。

 幸せそうな素顔で眠るプルを見て、マリーダとプルツーは気まずそうに顔を見合わせた。

「プルツー、私たちって、遺伝子操作の段階で知能レベルも高く設定されたはずだろう? 確かIQ換算で135~160くらい。それなのに、理詰めの話し合いに関しては、プルは全然ダメだ。マスターはなぜ、姉さんを諜報活動に加わらせたのか。っていうか、スーツに(よだれ)を垂れないで欲しい・・・」

 マリーダが不安そうな口調で、持っていた電子端末をバッグにしまった。

 そして代わりに『プル用』と書かれたハンカチを取り出して、熟睡するプルの頬を拭いてやった。

 その光景を眺めていたプルツーは肩をすくめた後、少し微笑んで言った。

「心配するな、マリーダ。私はむしろプルをメンバーに入れたキャプテンの判断は、正しかったと思うぞ」

「え? それは一体どういうことだ?」

 てっきり、自分の意見に同意してくれると思っていたプルツーが、反対の意見を言い出した。

 少し吃驚している様子のマリーダに、プルツーは一瞬目を合わせた後、再び前を向いて言った。

「確かに、私たちのこれからの任務は、対象となる組織の内部に潜入することだ。これが昔のように、生きるか死ぬかの最前線だったなら、豊富な専門知識と理性的な判断力が物を言っただろう。でも今回は、ごく一般的な民衆の生活環境で、生徒や教師から日常的な情報を得ることが前提。ってことは、庶民的な言動で周りと打ち解ける能力が欠かせない。いくらIQが高くたって、転校してきた輩が、しかめっ面の不愛想だったら、近寄りがたい存在として逆に目立ってしまう。その点、こういうプルみたいな、誰とでも人間関係を築ける存在がいれば、周りの余計な警戒心を相殺できるってキャプテンは考えたんだよ。知能レベルばかり高くても、世間一般じゃ嫉妬の的になるだけ。場合によっては、他人を振り回したり、周りから心配される人間の方が、余計な警戒心を与えずにやり過ごせる、という訳だ」

「そ、そうか・・・それもそうだな」

 プルツーの話を聞いて、マリーダはようやくジンネマンの意図を理解したと同時に、改めて姉の分析力にも感嘆した。

 加えて、プルツーが自分の事を遠回しに''不愛想''と自覚していることについても、妙な可笑しさを感じていた。

 

 

「さて、そろそろ到着だな」

 プルツーが合図すると同時に、三人を乗せたエレカは、行政立法区域の停車場に到着した。

 民間居住区域との境界には、検問所がある。

 道路を格子状のゲートが塞いでいて、すぐ傍には、連邦軍の兵士数名と、警備用のモビルスーツが待機していた。

 兵士の一人が近寄ってきて、身分証の提示を求めてきた。

 マリーダが持っていた電子端末に三人の情報をセットすると、送信された信号が検問所のサーバーを通じて、兵士の持っている端末に青い『PASS(許可)』の文字が表示された。

「あんた方、政府のお偉いさんの子女か? 俺たち軍人が、こうして最前線で汗水流している時に、行政立法区域の宿舎から直々のご登校とは、優雅なものだな」

 やけに馴れ馴れしい口調で、窓越しに兵士が話しかけてきた。

 プルツーとマリーダは、ほぼ同時に彼の顔を睨みつけた。

 そんな二人の反応を見て、兵士は話を止めるどころか、むしろ饒舌(じょうぜつ)になった。

「見た所、普通科の学校に通っているみたいだが? おっと、怒らないでくれよ、お嬢ちゃん達。もっと偏差値の高い学校は、制服のデザインや生地の質感も上等だからさ。特権階級でも成績は平凡なのかと思ってな。ははは」

 兵士は三人を見て、見下したような態度で高笑いを始めた。

 彼は、マリーダたちが立場的には目上であることを理解しているはずだったが、あえて敬意など微塵も感じさせない言動を繰り返すことで、挑発している様子だった。

「まったく、我々の素性も知らないでペラペラと。プル、おい、プル。起きるんだ。早くここから出よう」

 自分の脚にもたれ掛かっていたプルを呼び覚ましながら、マリーダは少しいら立ちを覚えた様子で、足早にエレカから降りた。

 にやけている兵士とは目を合わせず、無言のまま、ゲートの方へと向かう。

 と、その時。

 マリーダは、プルツーが降りてこないことに気付いた。

「プルツー? どうしたんだ?」

 不思議に感じて、エレカの方を振り向くと、彼女は、やけに落ち着き払った様子で、悠然と座席を降りていた最中だった。

 そして降りた後、通り過ぎる間際に兵士を一瞥し、不敵な笑みを浮かべ言った。

「お兄さん、偏差値で制服が違うって言う話はおかしいね。Tシティの学校は全て連邦政府による公立だから、指定された制服も、限られた種類を似たような品質で作っているはずだよ。もしかして、自分の偏差値の低さにコンプレックス感じすぎて、ちょっとばかり作りの良い服装は皆、優秀な学校の制服だと思っているんじゃないの?」

「何!?」

 プルツーに言われて、兵士の顔つきが変わった。

 しかしプルツーは、涼しい顔を保ったまま、なおも攻撃を止めようとしなかった。

 彼女は伊達眼鏡の奥から、意地の悪い目つきで兵士の上半身を見回し、階級章に目を止めてから溜息をついた。

「あれ? あぁ~なんだ。兵長さんだったのか。階級的には、下から数えるくらいの・・・それなら勘違いしても仕方ないよね。使い走りの一兵卒には、あたしたち特権階級の()()()()()()()()()情なんて、理解できる訳がないもの」

 プルツーの畳みかけるような猛攻。

 年端もいかない少女からの思わぬ反撃を受け、兵士は顔を見る見るうちに真っ赤にさせていった。

「この、ガキ! 調子に乗るのもいい加減に・・・!」

 怒り心頭になった兵長は、背後からプルツーに掴みかかろうとした。

 が、直後にすぐさま動きを止めた。

 プルツーの背中全体から、何か得体の知れない雰囲気が滲みだしていたからだ。

 兵長は思わず怯んで、その場で硬直した。

 それを見ていた別の兵士たちが、慌てた様子で制止に入った。

「兵長! その辺にしておけ。この娘たち、何か様子がおかしいぞ。あまり関わらない方が良いかもしれん。お前ら、もういいからさっさと行くんだ!」

 プルツーの異変に気付いた別の兵士が、兵長の腕を引っ張りながら、マリーダたちにゲートの方を指差した。

 悪びれた素振りも見せず、プルツーは堂々と道を歩いていく。

 その様子を見ていたマリーダも、寝ぼけたプルを抱えながら、慌てて後に続いた。

 格子状の扉がゆっくりと両端に開いていき、三人はようやく検問所を通り過ぎることができた。

「ふんっ。他愛のない奴らだ。あんなことやってるから、いつまでも検問所の護衛止まりなんだ。同じ階級でも、兵士の質は少数精鋭のネオ・ジオンが上だったな」

 マリーダが相槌を打った。

「やっぱり政府と軍の関係が悪化しているという情報は、確かみたいだな。もし私たちが本当に政府要人の家族だったら、あんな言動は戒告や減給処分じゃ済まない。連中もそれくらいはわかっているはずなのに、あえて遠慮しないということは、軍の影響力が強まっている何よりの証拠だ」

 マリーダは、ゲートの向こう側からなおもこちらを睨みつけている兵士たちを目で追いつつ、政府と軍の険悪な関係について、意外なタイミングで確認できたような気がした。

「むにゃむにゃ・・・マリ~ダ~、もう着いた~?」

 

 

 行政立法区域を離れた三人は、民間居住区域の駅から、高架橋を走るモノレールに乗り込んだ。

 Tシティにおける二つの区域は、海抜が異なっているため、より高い位置にある行政立法区域から向かうには、高さ60mほどの高架橋から降りていく必要があった。

 橋の上から見下ろす民間居住区域は、白や灰色の建物が所狭しと密集していて、それが、地平線の向こうまで広がっていた。

 行政立法区域ほどではないが、数十階規模の高層建築物も、そこかしこに林立している所を見ると、やはりTシティは、東アジアの拠点の一つだけあるという事実を実感させられた。

 ただし、この都市には政治・経済における()()()()が生じている。

 元々は、復興特区のモデル都市として様々な規制が緩和されたことで、連邦の機関だけでなく、アナハイム・エレクトロニクスを始めとした、世界中の民間企業が多数進出した。

 そのため、比較的短期間で経済的に潤い、大規模な再開発によって土地の回復に成功。限られた領域ながら、農業や牧畜の再生産も可能にしていた。

 一方で、権力者や大企業が、体制を維持するための新しい金融・経済サイクルを導入したことにより、乗り遅れた者は失業者となっていった。

 職を失った者たちの増加は留まることを知らず、寄り集まった同士で貧民街を形成。Tシティ全土から運ばれてくる廃棄物の山を漁りながら、その日限りの生活を余儀なくされていく。

 こうした経済格差に対する政府の救済はほぼ皆無であり、むしろ新しい開発計画の邪魔者として強制退去させられたことにより、失業者たちは徐々に郊外へと追いやられていった。

 一つ区画(セクター)を跨ぐごとに、住民の服装や住んでいる建物が退廃してゆく光景を目の当たりにしていたプルツーとマリーダは、地球が抱える独特の社会問題について、改めてその根深さを感じ取っていた。

「こういう光景を見ていると、連邦もジオンも、戦争で死んでいった者たちの虚しさが、改めて身に染みてくるよ。最初、この街を上空から見下ろした時には、てっきり全市民が豊かさの恩恵を受けているように見えたが。地球に住む者同士でさえも、ある者たちが別の者たちを搾取し、それに対して誰も異を唱えられないという構図からは抜け出せないんだから。所詮、アースノイドだのスペースノイドだの、あまつさえニュータイプからオールドタイプまで。結局はすべて、社会階層(ヒエラルキー)という鎖に繋がれている動物として一括りにできてしまう。これじゃあ、戦争を繰り返してでも外の世界に不満をぶつけない限り、歪んだ社会構造を維持することなんて・・・要するに私たちは、何かを得るためじゃなく、()()()()()()()()()()()を手伝わされていたにすぎなかったんだ」

 プルツーが、窓から景色を見下ろしたまま、皮肉交じりの口調でマリーダに問いかけた。

「ああ。過去の私たちには地球の復興施策など知る術もなかったが。月やコロニーよりもずっと複雑な事情を抱えているように見えるな。それにしてもこのTシティは、会計予算の85%以上が民間企業からの法人税だが、その納税元はESM社同様に軍との癒着を囁かれる企業ばかりだ。MPアショアや迎撃兵器も、政府の承認を待たずに軍主導で配備しているケースもあるようだし。こうなると、復興と言うのは表向きの大義名分で、その実、Tシティをある種の軍郷(ぐんごう)として生まれ変わらせたい意図すら透けて見えてくる」

 プルツーの意見に同意しつつ、マリーダもまた、手元の電子端末をスワイプしながら、この界隈における政治的な異様さにただならぬ脅威を覚えていた。

 ちなみに軍郷とは、軍事都市や軍都とも言い、軍の諸機関や施設を中心として発展した都市のことだ。

「それにしても、プルはよく寝るなぁ。よほどマリーダの膝枕が気に入ったらしい。それで? 学校には、あと何駅で着くんだ?」

 プルツーに聞かれて、マリーダは車内の壁に据え付けられた、電光掲示板を確認した。

「ちょっと待って。ええと、第5ジュニアアカデミーには、ショッピングモールの前を通り過ぎるから・・・あった。あそこに書いてある『アキバ横丁第16セクター』。あそこで降りれば良いと思う。だから、あと3駅ほどで到着すると・・・」

 と、その時だった。

 停車駅の説明をしている途中で、マリーダがふと、声を止めた。

「何だ? 急に黙って。何か見えたのか?」

 異変に気付いたプルツーが、マリーダの顔を覗き込んだ。

 マリーダは、ある一点を見つめたまま、妙な視線を送っていた。

「プルツー、電光掲示板の横にある窓の外側を見てくれ。あの建物の上空に浮いてる黒い点。あれはモビルスーツじゃないか?」

「何だって? モビルスーツ?」

 マリーダの指差す方向を、プルツーが見やった。

 確かに、窓の外を見ると、黒い人型をした物体が、区域の上空を漂っている。

 高度は300mくらい。大きさ的にはUMMSではなく、通常のモビルスーツのようだ。

 因みに、他の乗客にはまったく見えていない。両目の視力が5.0を誇る新生プルシリーズにしか判別することのできない大きさである。

「連邦軍のパトロールか? いや、それにしては、高度が低すぎる。それどころか、徐々に降下しながら、高速でこちらに近づいてきているようにも見えるな」

 物体を改めて確認しようと、プルツーが席から身を乗り出した。

 ざっと見た所、全長は20m弱。やはりモビルスーツに違いなかった。

 かなり出力の高い機関を搭載しているのだろうか。時速にして亜音速域に近いスピードを維持したまま、高度を急激に下げていて、地上すれすれを滑空しながら迫ってきている。

 その異様な光景は、まるでこれから低空爆撃でも仕掛けてくるかのようだ。

 乗客はまだ誰も気づいていない。

 何かおかしい――。

 プルツーとマリーダは、心拍数が少しずつ上昇し、アドレナリンが放出されていく感覚を覚えていた。

「ん? 何か発射した?」

 ほどなくして、プルツーが再び異変に気付いた。

 モノレールまで、あと数百メートルの位置にまで近づいてきたと思われたその物体は、突然、肩の辺りから、何かを発射したようだった。

 それはいったん機体の頭上へと舞い上がり、弧を描きながら急降下してこちらに飛んできた。

 火花と、大量の煙を吐き出しながら、高速で飛来する、円錐状の物体。

 その光景に、プルツーとマリーダはくぎ付けになった。

 同時に、ジェットの噴射音のような音が、徐々に大きくなって聞こえてきたのがわかった。

 この時点で、ようやく他の乗客たちも異変に気付き始める。

「プルツー、これはもしかして」

「ああ、絶対にあの音だな・・・!」

 二人は、ほぼ同時に顔を見合わせ、直感した。

 間違いなかった。

 その音は、かつて数々の戦場に赴いた二人にとって、命の危険を覚えるたび耳にしてきた音だったからだ。

 そう。空対地ミサイル(ASM)である——。

「おい! 全員、床に這いつくばって身を縮めろ! ミサイルが飛んでくるぞ!」

 突然、プルツーが堰を切ったように立ちあがり、モノレールの中に居た乗客に向けて、声を張り上げた。

 マリーダも、眠っていたプルを抱きかかえながら、床に転がった。

 直後、迫っていたジェットの噴射音が、最大の音量に達し、目の眩むような閃光が辺りを包み込んだ。

「!!」

 次の瞬間。

 轟音と共に、車内が激しく揺れ、割れた窓ガラスの破片が飛び散った。

 車内に悲鳴が響き渡る。

 異常を感知するブザー音が鳴り響き、車両が緊急停止した。

 異変に気付くのが遅れた乗客たちは、そのほとんどが座席から放り出され、まるで人形のように床や壁に叩きつけられた。

「あだだっ! いったぁ~い・・・へっ!? 何々、何かあったの!?」

 ここで、ようやくプルが目を覚まし、何事かと辺りを見回した。

 彼女もまた、車両の急制動によって、抱えられていたマリーダの腕を離れ、車内の隅に転がっていた。

「プル! 悪いが、しばらくそこで隠れていろ。おい、聞こえるか!? 偵察モードを解除して、すぐに攻撃に回ってくれ。敵を迎撃(インターセプト)するんだ!」

 車内の喧騒が冷めやらぬうちに、マリーダが立ち上がった。

 突然の出来事で、少し冷静さを失っていたのだろう。

 サイコウェアによる通信にも関わらず、つい上空で待機していたS-7に向け、届かない声を上げていた。

「こんな白昼堂々と、上等だよ!」

 マリーダに同調するように、プルツーも自ら腰に据え付けてあったハンドガンを取り出し、割れた窓から身を乗り出して発砲し始めた。

 だが、敵の姿は、すでに銃の届かない位置にまで上昇していた。

 連邦のものでも、ジオンのものでもない。見たことのない形のモビルスーツ。

 それは停車した車両の上空を、何度も旋回していて、腕にはビームライフルを構えたまま、何かを狙っているようにも見えた。

 ほどなくして、P部隊のUMMSが上空から2機飛来した。

 即座に標的となるモビルスーツに照準を合わせ、背後から小型のミサイルを次々と放った。

 突然の攻撃に、敵の機体は不意を突かれた様子で空爆を中止。慌てたように旋回し、回避行動を取り始めた。

 同時にミノフスキー粒子を散布するも、音波とAIを組み合わせたS-7の追尾の前には、その効果はあまり見込めなかった。

 昼間の市街地上空で、空中戦が始まった。

 体勢を整えた敵機は、再び攻撃を開始した。一方、それまで追尾していた二機のS-7は、すぐさま左右に散開し、両サイドからの挟撃に切り替えた。

 両機揃ってファンネルを駆使し、相手の動きを翻弄しながらビームを繰り出していく。

 UMMSの機動力を生かした、寸分違わぬ動き。それはもはや、先日の模擬戦闘で見せた、プルやプルツーによる操縦と遜色なかった。

 主要な三姉妹以外の個体は、わずかな期間のうちに恐るべき学習能力で機体の操縦技術を向上させていたのである。

「よし! 命中させたぞ!」

 しばらくの間、激しい攻防が繰り返された後。

 車内から上空を見守っていたマリーダが、声を上げた。

 S-7から再び放たれたミサイルのうちの一発が、とうとう敵機の右側に命中したらしい。

 衝撃により、敵はブースターを損傷したらしく、浮力を失ったことで大きくバランスを崩し、そのまま地面に落下していった。

 しかし、街中の墜落するぎりぎりの所で、何とか予備のブースターを起動、そのまま地上を滑空する形で、再上昇に成功する。

 機体は、しばらくの間、市街地を縦横無尽に飛び回りながら低空を飛行し、前線を離脱しようと航路を変更し始めた。

 それを追尾していたS-7が、再び敵機をロックオンし、第二弾の攻撃をセットする。

 と、ここで、マリーダが制止を命令した。

「いや、もう追わなくていい。敵機の解析は完了した。被害が拡大する前に、これ以上の深追いはやめにしよう!」

 マリーダが合図すると、S-7はロックオンを解除。そのまま速度を緩め、軌道から外れた。

 最新型S-7の初陣は、完全な勝利に終わったようだ。

「姉さんたち、よくやってくれた。あとはもう大丈夫だ。連邦軍に気づかれる前に、持ち場に戻ってくれ」

 言われて、S-7もまた、元の持ち場に戻っていった。

 敵機の姿も、すでにどこにも見当たらなくなっていた。

 この間、わずか数分余り。

 静まり返った車内から、今度は我を取り戻した乗客のどよめきや、泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

「・・・逃げられたか。あの判断力、並のパイロットじゃないな。おい、プル、大丈夫か?」

「えぇ~? う、うん。まぁ、平気だけど~」

 マリーダが呼びかけると、プルは床にひっくり返りながら、何とか無事を表明した。

 辺りに、粉塵と焼け焦げた匂いの立ち込める中、プルツーとマリーダは車内を見回し、乗客の安全を確認した。

 幸い、重傷者はいない様子だった。

 しかし、車両から伸びていた高架橋の線路には、敵のミサイルが直撃したらしく、鉄骨がわずか十数メートルほど先で、(ひしゃ)げて曲がっていた。

「間一髪だったな。プルツー、MPアショアによる重力遮断によって飛んでいた所を見ると・・・もしかして、軍に私たちの存在が知られたのか?」

 マリーダの問いかけに、プルツーが壊れた高架橋を眺めたまま、呟いた。

「いや、P部隊は連邦政府でも一部の者しか知らない極秘の部隊。自律航行していたからと言って、ハッキングの可能性もある。S-7の姿には直前まで気づいていなかったのは、間違いないようだが・・・」

 二人がしばらく辺りを警戒していると、眼下の街並みから、警備隊や消防局のサイレンの音が近づいてくるのがわかった。

 任務初日から始まった、突然の空爆と空中戦。

 転校生と新卒の教師として学校に通うという、平凡な日々を予想していた三人は、自分たちが工作員としての危険な世界に足を踏み入れているという実感を、この時改めて噛みしめたのであった。

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