プルクローンズ・アフターライフ   作:ユトリノ・ニワカ

8 / 22
宇宙世紀のエクスティンクション・リベリオン

「ええ。はい。了解しました。では、そのまま他の交通機関に乗り換えて学校へ向かいます。マスターは、先ほどの所属不明のモビルスーツについて、記録した映像の具体的な解析をお願いいたします。今のところ、私たちが把握している内容としては、機体が使用した装備品は、概ねどれも旧式で、一年戦争の中~末期に使用されていたものとほぼ同じ。ミサイルやビームライフルも全て目視によって標的を狙ったものと推測されます。自律航行はしても、電波の屈折を利用した痕跡はなく・・・」

 登校初日から、謎のモビルスーツによる空対地ミサイルの洗礼を受けた、三人の姉妹たち。

 高架橋が寸断されてしまった事により、モノレールは運転不能になってしまったため、いったん地上に降りて、バスによる登校に切り替えることとなった。

 他の乗客は、消防局のはしご車や、救助用のモビルスーツの掌に乗ったりして、順番に降りて来なければならなかったが、マリーダたちは、強化された肉体を持っていたため、救助が来る前に自らその場を去っていた。

 だが、被害の状況や、その場に残された敵の痕跡について、警察当局が手を付ける前に、生の情報を収集する必要があった。

 結局、その作業に30分以上も余分に費やす結果となり、学校には完全に遅刻する羽目になったのである。

 スケジュールが大きく狂った事により、その後の対応に困ったマリーダは、一度本部に連絡し、ジンネマンに一旦指示を仰くことにしたのであった。

「・・・ところでマスター、ここからは補足事項ですが。朝食はちゃんと食べましたか? 非番だからって不摂生はしないで下さい。調理室の棚にある菓子類は、私たちが帰るまで食べてはダメですよ。え? いいえ、冷蔵庫の物も同様です。私専用のアイスクリーム精製器にも、一切手を付けてはいけません」

 ジンネマンからの指示を仰ぐはずが、いつの間にか、彼の食生活への助言にすり替わっている。

 元々大柄な身体のジンネマンは、最近、仕事がない日となると、どうしても食生活を中心に気が緩みやすくなるらしい。

 そのため、マリーダは事あるごとに彼の栄養状態を逐一チェックしており、例え別件でのやりとりの際にも、最後には補足事項として、食べ物の摂取量を聴取するなど、任務の一部として徹底的に処理するようになっていた。

 一方のプルとプルツー。

 二人は、マリーダが本部と連絡を取っている間、建物の陰に隠れながら待ちぼうけを食っていた。

「くそっ。私もモビルスーツに乗っていれば、あんな雑魚など蹴散らしてやったのに。サイコウェアが着用できないこの薄っぺらな衣服のおかげで、UMMSも操作できず、ほとんど手出しできなかった」

 爆撃によって折れ曲がった高架橋を見上げながら、プルツーは口惜しそうに土埃(つちぼこり)に覆われた地面を蹴った。

「仕方ないよ。制服の下にあんなの着たら、ゴワゴワになっちゃう。だから、せめて下着くらいは感応波を受信できるように、特別に薄型コンパクトの代用品を造ってもらったんじゃない」

 プルがそう言って自分の制服の襟元を引っ張ると、中から、黒っぽい鋼色のブラジャーが顔を覗かせた。

 女性用の下着としては禍々しい色合いだが、実はこれもサイコウェアの一種で、衣服の下からでも着用できるように再設計された簡易バージョンだった。

 通常のサイコウェアの場合、性能を引き出すには、肌の上から密着させるように着こまなければならないが、ウェア自体はパイロットスーツ同様、それなりの大きさと厚みがある。

 加えて、必要時には収納された装備品を頻繁に脱着するため、上から別の衣服を羽織ることは物理的に不可能だった。

 しかし、プルシリーズはニュータイプとして脳波を活用した戦術が不可欠であることから、最低限の付加機能を維持させるためにも、ウェアそのものの着用は選択肢として外せなかった。

 そこで、今回の潜伏活動に合わせて、通常版よりも大幅に表面積を削減した、下着タイプ(ブラジャーとパンツ)のものを開発したのだが、案の定、試作品の段階で機能不足が指摘されており、それを今回の戦闘でプルツーが証明してしまった、という経緯である。

「確かにそうだけど。こんなローテクの簡素品を身に着ける必要が、どこにある? さっき使ったハンドガンも感応波と連動できるはずなのに、全然波長が同期しない。形だけ下着に似せた所で、柔軟性は皆無だわ、通気性も悪くて蒸れやすいわ・・・第一、あたしの胸のサイズに全然合ってないんだよ、これ! キツキツでもう嫌になる!」

 敵の襲来に満足な反撃ができなかったことが、よほど腹立たしかったらしい。

 プルツーは膨れっ面で、傍に落ちていた、破損した高架橋の残骸に腰かけた。

 それを聞いていたプルが、首を傾げた。

「え~? それはおかしいよ。マリーダ以外は、下着のサイズって皆一緒のはずだもん。でもプルツーより胸が大きい私でも余裕があるのに、キツキツなんて事がある訳ないと思う」

 プルとしては、外見はほぼ一緒でも、細かい体つきについては自分の方が優れていると思っているらしい。

 常人はそれを口に出さないものだが、相手の立場に立った発言ができないことで有名な彼女ということで、今回もその例に漏れず、歯に衣着せぬ論理を展開し始めた。

「何だと? お前、あたしの胸のサイズを図ったことがあるのか!? 尻の大きさは確かにプルかもしれないが、胸に関しては私の方が少し大きいはずだろう!」

 案の定、先の戦闘にも対して参加できなかったプルの放言に、プルツーは激しく憤り、大きな瞳を見開いて、いきり立った。

 しかし、プルも後には退かない。

「違うよ! おっぱいの大きさも、プルだもん!」

「そんなことはない! プルツーだ!」

 互いに罵声を浴びせながら、今にも取っ組み合いを始めそうな雰囲気でジリジリと距離を縮めていく。

 もはや仲良しの裏返しとも言えなくもない、二人の不毛なケンカが再び始まろうとしていた。

 と、その時。本部との連絡を終えたマリーダが小走りで近寄ってきた。

「姉さんたち、こんな町中で、何を胸の大きさなんかで騒いでいるんだ。マスターから指令が出たぞ。()()()()()ケンカはやめて、とりあえずは、このまま学校へ登校することにしよう」

 突然、割って入ってきたマリーダに諭され、プルとプルツーはほぼ同時に大人しくなった。

「う、うん」

 力なく返事をする二人。

 そんな彼女たちの視線の先には、マリーダの、スーツの下から強調される豊満なバストがあった。

 二人は、マリーダの忠告に従ったというよりも、彼女の体つきを見て、自分たちの争いがどんぐりの背比べであることを自覚したのだった。

「ところでマリーダ。もしかしてキャプテンは、非番だからって今まで寝ていた訳じゃないだろうな? いくら生死を共にした義理の父親だからって、今やP部隊全員の命を預かっているんだから。あまり甘い顔をするのも困るぞ」

 気を取り直したプルツーが、マリーダに問い質した。

「大丈夫。マスターは私たちがエレカに乗っている時には、もう起きていたみたいだ。それに、プルツーと私が敵に対処するために発砲したり、本部と通信していた姿が世間に広まらないよう、報道管制も敷いてくれたらしい。あの方も、日に日に諜報スキルを身に着けているんだよ・・・それにしてもプルツー、敵がミサイルを撃ち込んできた時、自分の待避よりも先に、乗客に向かって身の安全を警告していただろう? その事をマスターに報告したら、とても喜んでいたぞ。流石は、P部隊の模範となるべきエリートだって」

 マリーダが嬉しそうに伝えると、プルツーは思いがけない評価をもらっていたことに面食らった様子で、頬を見る見る赤くさせていった。

「よ、余計な事まで報告しなくていい! 私は、敵に対しては遠慮しないが、一般市民への被害は最小限に抑えたいという気持ちは、ネオ・ジオンの時代からずっと持っていたんだ。ただ、今の仕事になって、彼らの日常に直接触れる機会が多くなったから、それだけ注意を払うようになっただけだ!」

 プルツーは吐き捨てるような素振りでそう言った後、恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 そんな姉の様子を、マリーダは微笑ましく眺めている。

 すると。今度はそのやり取りを見ていたプルが、ニヤニヤとした顔つきで近寄ってきた。

「へ~。私が寝てる間に、そんなことがあったの? やっぱプルツーって優しいね。ネオ・ジオンの時も、グレミーが反乱起こす前に女の子助けたりしてたよね。さすが、お姉ちゃんの自慢の妹! ホントにもうっ、大好きだよっ!」

 切り替えの早さもまた、プルの悪癖でもあり特技の一つだ。

 先ほどの言い争いなど、忘却の彼方へ追いやってしまった様子で、プルはプルツーの腕に絡みついた。

 そして、慌てふためく彼女の身体を強引に引き寄せ、頬にキスまでしたのだ。

「!? 小賢しいよ! しかもお前、何でルチーナの事を・・・やっぱり気持ちが悪い! おい、マリーダ! ぼーっと見てないで、さっさとこいつを再調整するか、コールドスリープにぶち込んでくれ!」

 

 

 モノレールが不通になったことで、強制的にバスへの乗り換えを迫られた三人は、とある停留所にて次の便が来るのを待っていた。

 ジンネマンの方で報道管制を敷いたと言っても、不用意に乗客の目に触れない方が余計な情報漏洩をせずに済むと考えたために、あえてモノレールの高架橋が通っていたメイン通りから少し外れた、別の場所に移動していたのである。

 しかし、待てど暮らせど、一向に迎えが現れる気配がない。

 時刻表の通りなら、もう到着しても良いはずなのだが、先ほどからバスはおろか車一台通らない。

 三人の心の内に、少しずつ焦りの色が芽生え始めていた。

「ねぇマリーダ、もう10分も過ぎたよ。本当にここでイイの?」

「い、いや。ここに運行時間が書いてあるし。もう来ても良いはずなんだけどな」

 プルの指摘に、マリーダは不安げな口調で、時刻表と電子端末の両方を見比べた。 

 もはや学校の登校時間は2時間近く遅れていて、正午にも達しそうだ。

 このまま長居すれば、アーグレットへの接近もままならず、今日の任務そのものが破綻してしまう。

 危機感を募らせたマリーダは、とうとう電子端末をしまい、他の停留所を探すことにした。

「仕方ない。二人とも、いくら調べてもバスは来そうにないから、一旦あきらめて、メイン通りで別の停留所を探そう」

 マリーダは、プルとプルツーに、そう告げて別の場所への移動を促した。

 二人もまた、腰を上げてそれに追従した。

 と、その時。

 元来た道へ戻ろうと三人が歩き出した背後から、聞き慣れない声がした。

「あなたたち、第5ジュニア・アカデミーの転校生と新任の先生でしょ? 10分待たされたくらいで、ずいぶんせっかちなのね」

「? お前は・・・!?」

 声の方にいちはやく振り返ったプルツーが、声を上げた。

彼女達の目線の先に立っていたのは、一人の少女だった。

 見た目は10代前半で、プルやプルツーと同じくらい。デニムのパンツとフード付きのパーカーに身を包んでいて、長い髪を後ろで一本に縛っている。

 間違いなかった。その少女は、P部隊が事前の打ち合わせで、潜伏活動のターゲットとして選んだ人物であり、これからまさに接触を試みようとしていた反戦・環境活動家、アーグレット・トゥインベル本人だったのだ――。

「も、もしかしてアーグレットか? なぜ私たちのことを知っている?」

 プルツーが尋ねた。

 すると、アーグレットは一瞬驚いたような表情を作った後、肩透かしを食らったように残念そうな顔をした。

「なぜって。ちゃんと制服の胸ポケットに大きく『No.5』って刺繍があるじゃない。にしても、あなたたちこそ、テレビかオンラインで私の活動を見たんえしょう? せっかく転校生と、初対面の風情を味わるところだったのにね。まぁいいわ。その通りよ。私はアーグレット・トゥインベル。あなた達、ここでバスを待っているんでしょ? ここのバスはね、資源の消費量を節約するために、1台で色々な運航ルートを巡回しているから、必ず15分くらいは遅れるの。だから、もうちょっと待ってみて。そろそろ来ると思うから」

「ほら、噂をすれば」アーグレットがそう言って、背伸びしながら通りの向こう側を指差すと、待っていたバスがこちらへ向かってくるのが見えた。

 やけに古びたデザインの、化石燃料による内燃機関を搭載した旧式の車体である。

 燃焼不足の黒煙を吐きながら、ゆっくりと近づいてきたそのバスは、ギィ、ギシ、ギィという、サスペンションの軋む音を漂わせ、やがて停留所に停車した。

 そして、錆びついた乗降口の扉を開き、四人に搭乗を促した。

「よいしょ。ちょっと運転手さん! この車両、以前にも排ガス用の微粒子除去装置を付けていなかったでしょ? ネイチャー・リベリオンからの環境保護違反通知書、会社に届いてないの? あの通知書、ちゃんと法的拘束力があることは皆知ってると思うけど。違反を指摘されて3か月以内に対応策を講じなければ、オンライン上で履行義務違反法人として掲載され、さらに半年経っても放置した場合、車両自体が走行禁止になるのよ。それでもいいの? これから会社に戻ったら、すぐに問題を対処するように伝えて!」

 乗降口の階段を登り切った直後。

 アーグレットはいきなり強い剣幕で運転手に対応を促した。

 突然の事態に、他の席に乗っていた乗客も目を丸くしている。

 運転手などは中年の男性だったが、自分の娘ほどの年齢に過ぎないアーグレットの迫力に押され、思わず身体を身震いさせたほどだった。

「ホントに、大人たちは。自分たちの傲慢が、下の世代にどれだけのハンディを背負わせるのかまだわかっていないみたい・・・あっ、ごめんなさいね、あなたたち。本当はこんな環境に悪い車乗りたくないんだけど、皆急いでいるみたいだし。仕方ないから乗りましょ。私もちょうど同じ方向に行く予定だったから、学校まで案内してあげる」

 そう言ってアーグレットは三人を手招きしながら、バスの座席に乗り込んだ。

「・・・思った以上に激しい性格のようだな、プルツー」

「・・・ああ、私も人のことを言えた義理ではないが。活動家らしい気構えを持っていることは、十分すぎるほど伝わってきたよ、マリーダ」

 突然のアーグレットの登場に加え、彼女の性格の一面も垣間見たことで、プルツーとマリーダはしばしの間、呆気に取られていた。

 とは言え、こちらから接触する手間が省けたことに加え、これで学校に向かう目的はほぼ達成されたため、とりあえずアーグレットの後についていくことにしたのだった。

 

 

 学校へ向かう路線バスの車内にて。

 アーグレットと三人の姉妹たちは、互いに自己紹介をすることで、表面上は自らの身の上話に花を咲かせていた。

 ちなみに偽の設定上は、プルとプルツーは双子の生徒、マリーダは彼女たちの姉で、昨年養成校を卒業した新任の教師ということになっている。

「プルに、プルツー?? マリーダ先生はともかく、二人とも、何か変わった名前ね。じゃあ、あなたは双子の妹だから、『プルⅡ号』って意味でプルツーになったの? 数分生まれるのが遅れたばっかりに、何か気の毒かも・・・ところで、ここに来る前はどこに住んでいたの?」

 予想だにしなかったアーグレットとの遭遇によって、プル、プルツー、マリーダの三人は、果たすべき本来の任務が、ようやく動き出したような気がした。

 プルツーとマリーダに至っては、なぜか制服を着ずに、私服で行動しているアーグレットを横目で観察しつつ、自分たちの素性が怪しまれないよう、即席で考えた会話などを披露しては、平凡な一般市民を取り繕っていた。

「あ、ああ。実は私たちは親が転勤族でね。前は赤道付近に住んでいたが、幼い頃からあちこち引っ越していて。極東に来たのは、今回が初めてなんだよ。さすが、緯度が高い地域は違う。朝晩は結構冷えて大変だよ。あは、あはは」

 プルツーが、事前に捏造しておいた自らの生活環境について、地球の用語を織り交ぜながら、それらしく説明する。

 しかし、彼女は、普段は気にも留めなかった『プルツー』という名前についてアーグレットから意外な指摘されたことで、妙なコンプレックスを感じてしまったらしい。

 一通りの質問に答えた後、一人窓の外に向かって俯いては、誰にも聞こえない声で「Ⅱ号・・・? 私はプルⅡ号・・・??」と呟きながら自問自答していたのだった。

 アーグレットが思った以上に饒舌なため、なかなか会話の主導権が握れない。

 本来ならば、こんな時こそ社交性ナンバーワンのプルの出番なのだが、あろうことか彼女もまた、乗っているバスの振動と内燃機関から吐き出される排ガス及びオイルの匂いに乗り物酔いを起こしたようで、三たびマリーダの膝の上で眠ってしまっていた。

 本当は、同世代の姉二人に話の成り行きを任せたかったが、このままでは埒が明かない。

 そう感じたマリーダは、ここは肉体的に年長者である自分の出番だと思った。

 そして、事前に練習してあった、学校の先生らしい大人びた口調を駆使しながら、アーグレットとの会話に臨むことにしたのであった。

「コホン。あ、ごめんなさいね、アーグレットさん。私たち、まだここに来てから間もないの。姉さん・・・いや、この子たちも、まだ精神的に落ち着いていないみたいで。ところで、一つ聞いても良い? さっき、停留所では偶然私たちを見かけたみたいだけど、あなたはこの辺りに住んでいるの? それとも何か事情があったとか? 普通なら、今はもう学校に居る時間なのに制服も着ていないし・・・」

 さすがは、プルシリーズの末っ子でも、人生経験は10年弱の長を持っているだけのことはある。

 マリーダはアーグレットの居住地や、あの場所に居た理由をさりげなく尋ねることで事情を探り、事前に把握していたデータとの照合を進めていたのだった。

「え? 先生方、メディアで私の活動を見たことがあるんじゃないんですか? 今の私は、学校生活よりも反戦活動や環境保護活動を優先して生活しているんです。私の家はここよりもっと東の方で、たまたまこの辺りを歩いていたのも、それが理由。私は生まれつき、環境の変化とか自然に悪影響を及ぼす物質を見たり感じたりできる力があって。Tシティのあちこちを歩き回っては、こうして感じたことを地図に書き込むことで、データを収集しているんです。いわゆるフィールドワークというやつですね」

 そう言って、アーグレットは赤や青の記号や文字が多数書き込まれた、Tシティの地図をマリーダに渡した。

 民間居住区域を中心に、セクターごとに大気の物質やその内訳、汚染濃度などがきめ細やかに記載されている。

「まぁ! こんな詳細な記録を残しているなんて。まさに草の根活動ね。でもこれを一人で作るのは大変でしょう? 今日は一人みたいだけど、いつもは他のメンバーと活動しているの?」

 地図をめくりながらマリーダが尋ねると、アーグレットは首を横に振って答えた。

「いいえ。フィールドワークに限って言えば、昔から私が一人でやっていることなんです。ネイチャー・リベリオンが活動しているのは、あくまでも世界中で同じ問題に直面している人々を繋ぎ止めるため。相手が政府や企業なら、こっちも相応の人数と規模が必要ですから。でも、これはデモ活動とは違う。地球や自然と会話して、時には宇宙からの報せに耳を傾けるには、何かと一人の方が感度が良いの。ま、白状しちゃうと、地球と会話してる、なんて言うと、周りから白い目で見られるからなんだけど。初めて人前でこの事を話した時、それこそ病人扱いされて、ショックで家から出られなかったから・・・って、私、初対面の人たちに何を言ってるんだろ? ごめんなさいマリーダ先生、おかしな話をペラペラ喋っちゃって。今の話は忘れて!」

 そう言ってアーグレットは照れ臭そうに笑った後、持っていた地図を引っ込めた。

 だが、そんな彼女の瞳の奥にはどことなく悲壮感が漂っていたのを、マリーダは見逃していなかった。

 そうこうしているうち。

 バスは目的の停留所に到着した。

 アーグレットに引率され、マリーダ達もバスを降りた。

 そのまま彼女の後について歩いていくと、やがて街の外れにある少し小高い丘の上に、第5ジュニア・アカデミーと思しき建物が見えてきた。

 見晴らしの良い場所で、人目につきやすいのを考慮したのだろうか。

 一見すると大きな教会を思わせる、神聖な校舎のデザインが目を引く建物であった。

(ようやく着いたか。もう昼近くになってしまった。登校初日だというのに、完全に遅刻したな。だが、気を取り直そう。ここからが本当の任務なんだから)

 アーチ状の荘厳な校門の手前で、マリーダが感慨深げに呟いた。

 ようやく元気を取り戻したプルとプルツーも、口々に期待と緊張の入り混じった心境を表明した。

(ここに来るまで色々あったが、とうとう潜入活動が始まるんだな。プル、お前の腕の見せ所だぞ)

 プルツーの呼びかけに、プルもウィンクをして応じる。

(任せてよプルツー。皆が二人を怪しまないように、私、生徒だろうと先生だろうと、学校にいる全員と仲良くなっちゃうから)

 来ていた制服とスーツの襟を正し、互いに視線を合わせた後、三人の姉妹はほぼ同時に学校の校門をくぐった。

 そして、一歩一歩を踏みしめながら、校舎の玄関に通じる通路を歩いて行った。

 ところが、その時。

「ん? あれ? アーグレットは?」

 三人が校舎に向かって歩いている時。

 異変に気付いたプルが、声を上げた。

 いつの間にか、アーグレットの姿がない。

 振り返ると、彼女は校門の外に佇んだまま、敷地の中に入ろうとしなかった。

 それどころか、三人を見届けたきり、来た道を戻ろうとしていたのである。

「アーグレット? 一緒に学校に行かないの? あなたも同じここの生徒でしょ!?」

 プルたちが声をかけると、アーグレットは笑って首を振った。

「確かに私はここの生徒よ。でも、この服装を見たでしょ? 実は私ね、自分の活動に本腰を入れたいから、一昨日から学校を休学しているの。あなた方の事は、ちょうど最後の登校日に聞いていたから、制服を見てすぐにピンときたけど。でもせっかく逢えたのに、私もう卒業式までここに来ることはないのよ。だからあなた方とも、今回が最初で最後。じゃあ、学校生活楽しんでね。さようなら」

「えっ、ええ!? 何その素っ気ない態度!? ちょっと、待っ・・・」

 予期せぬアーグレットの休学宣言。

 それまで意気揚々と校舎に向かって歩いていたプル達は、途端に大混乱に陥った。

 慌ててアーグレットを引き戻そうと校門に向かって走るも、すでに彼女の姿は街中へと消えていった。

 呆然と、その場に佇む三人。

 程なくして、外の異変に気づいた生徒や教師たちが次々と様子を見に駆け寄ってきた。

 この学校では転校生は珍しいのか、三人は歓迎する在校生たちによって、あっという間にもみくちゃにされてしまった。

 結局、彼女たちは途中で下校することもできず、任務の大義名分を失った状態で、その日一日を無意味に過ごす羽目になったのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。