プルクローンズ・アフターライフ   作:ユトリノ・ニワカ

9 / 22
環境少女の葛藤

「皆さん、今日も集まってくれてありがとう! 地球と宇宙の未来は、あなたたちにかかっています。これからも一緒に頑張りましょう!」

 プルたちが、学校で在校生による(不本意な)歓迎を受けてもみくちゃにされている頃。

 アーグレットは、自らがリーダーを務める非政府組織ネイチャー・リベリオンの定例活動に参加していた。

 定例活動とは、Tシティの中であらかじめ選定されたセクターにて、現地の支持者とデモ行進を行う運動を指す。

 その後、彼らの前で、アーグレット本人から反戦・環境保護を訴える演説を発表することで、結束を確認する手順になっていた。

 定例活動は日に日に支持者が多くなっていき、今や若者と貧困層を中心に、一度に数千人規模が集まるまでになった。

 ESM社を中心とした放送各社の報道も大々的になっていき、テレビカメラや記者が多数押し寄せることで、さながら一大イベントのような様相を呈していた。

 一方、活動の中心から一歩離れた場所では、ネイチャー・リベリオンの活動を批判する人々が多数集まり、反対の意思を表明する一幕も見られた。 

 両者は、互いの存在が接近するたび、罵声を浴びせ合ったり、物を投げつけるなどの行為に及ぶため、そこかしこで乱闘騒ぎが発生していた。

「そうですね。はい。これからも環境破壊に懐疑的な政府や企業を正すべく、活動を続けていきたいと思います」

 今日一日の活動が終わり、アーグレットは恒例のインタビューを受けていた。

 いつも同じ内容の、薄っぺらな台本通りの質問の連続。

 今こうしてアーグレットを囲いながら、熱心にマイクやカメラを向けてくる記者たちには、環境問題の意識などこれっぽちも存在ない。

 彼らの中にあるのは、世界中に情報を発信する役割に対する幻想や自惚れ、あるいはカメラの画角いっぱいに自身の姿を目立たせることで、視聴者や上司への存在感をアピールするという、自己顕示欲や出世欲だけなのだ。

「それじゃ私、別のスケジュールがあるから、あとの質問は他のメンバーにお任せします」

 一通りの質問に回答した後。

 頃合いを見ながら、アーグレットは来ていたパーカーのフードを被った。

 小柄な体格を生かし、身を屈めながらギャラリーを装って人気のない場所へと歩いていく。

 と、その時。

「待ちなさい。アーグレット」

 あと一歩の所で、姿を隠すことのできそうな路地の曲がり角へ差し掛かりかけたアーグレットの背後から、女の呼び止める声がした。

 振り向くと、そこにはキャリアスーツに身を包んだ、細見で長身の女が立っていた。

 金色の長い髪の毛を後ろ一本で縛っている所は、アーグレットと同じだが、その表情と目つきは、何とも形容しがたい冷たさが立ち込めていた。

「か、母さん。来ていたの?」

 女の姿を目にした途端、アーグレットが瞬間冷凍されたように硬直した。

 先ほど、大勢の観衆の前で雄弁をふるっていた時には、まったく見せることのなかった、怯え切った態度。

 それは例えるなら、肉食獣に完全に間合いを詰められたことで、逃げる気力すら喪失した草食動物のようであった。

「いつもなら、もっと大きな会合にしか参加しないはずなのに・・・ど、どうして今日に限って定例会に? 仕事で忙しいんでしょ?」

 母と呼ぶ女に対して、アーグレットはぎこちない口調を修正できないまま、無理やり声を絞り出すように尋ねた。

 それを眺めていた女は、瞬き一つせず、射貫くような視線をアーグレットを向け、腕組をしながらゆっくりと近づいてきた。

「そりゃあ、忙しいに決まってるけれどね。大事な娘が、集会の後にしょっちゅう行方を眩ませている、なんて報告を受けていたら、居ても立ってもいられないでしょう。ラプラス事変以降、情勢の不安定な状態は今も続いていることだし。いつ、どこで危険な輩に狙われるかと思うと・・・」

 冷徹な視線とはおおよそ不釣り合いな、不気味なほどの優しい口調で、女は答えた。

 アーグレットは、なおも身体を動かすことができない。

 やがて、背後から近づく足音が、すぐ傍で止まった時。

 女は細身の長針を少し前に倒し、フードを被っていたアーグレットの耳元に口を近づけ、ささやくような声で言った。

「そう言えば、アーグレット。あなた、午前中に起きたモノレールの事故現場に一人でいたそうじゃない。皆心配していたのに、あんなところで一体何をしていたの?」

 女の質問に、アーグレットは黙っている。

「・・・まったく。いい? あなたはね、私や父さんにとって、大事な大事な我が子なの。それと同時に、今のあなたは民衆の力によって世界を変えるほどの力を持ちつつある。もしその力を間違った方向に使わせようと企む連中が居たとしたら・・・私は持てる力を注ぎこんで、そいつらを排除しなければならない。例え、あなたが巻き添えになってもね。これがどういう意味か、わかるでしょう?」

「は、はい」

 女から、畳みかけるようにして再び問いかけられると、アーグレットはここでようやく返事をした。

 直後、彼女は心の奥底から、急激に込み上げてくるものを感じた。

「ご、ごめんなさい! もう行きます!」

 急に緊張の糸が切れ、アーグレットは背後に佇む女を振り切るように、全力で走り出した。

 それまでこみ上げてきたものが、嗚咽やら涙になって、急に顔中からあふれ出る。

 親に対する感情とは思えない、無限大の恐怖。

 心が張り裂けそうな想いに駆られながら、アーグレットはようやく集会の場所から逃れた。

「はぁ、はぁ・・・げほっ、げほっ」

 もうどれくらい走り続けただろうか。

 後から誰も追ってこないことを確認し、ようやく足を止めたアーグレットを、激しい咳が襲った。

 必死に息を整えながら、やっとの思いで、道路沿いに置かれていた木製のベンチに腰掛ける。

 彼女が座った場所は、先ほど、プルたちを案内した路線とは別の停留所であった。

 Tシティでも比較的繁華街にありながら人気がなく、建物の陰に隠れてわかりにくい場所だ。

「ふぅ。もう嫌! こんな人生。ママはどうしてあんなに私に冷たいのかしら」

 アーグレットはそう言って、ため息をつきながら天を仰いだ。

 プルたちの暮らす行政立法区域ほどではないものの、中心地に近ければ民間居住区域の建物も高層ビルの規模を誇る。

 空に向かって一様に聳え立つ摩天楼を眺めながら、アーグレットは辺りに漂う空気が、以前よりも汚れていることに気付いた。

「・・・ここも、以前は空が青かったのに。だんだんと紫色になっている。一時は戻りつつあった昆虫や鳥も少なくなったし。やっぱりこれも、郊外の土地の再開発を、自然の回復スピードを待たずに進めている証拠なのかしら」

 先ほど、マリーダたちと出逢った場所と同じように、ここでもアーグレットは自然界が発するSOSについて、全身で感じ取っていた。

 すぐさま懐から記録用の地図を取り出し、辺りの様子を記録する。

 彼女には、環境の変化を可視化することができた。

 空気や風の色はもちろん、小さな動物も、足音や羽音で、どれくらいの数が生息しているのかを聞き分けることができる。

 なぜ、自分がこのような力を持っているのか。幼い頃はこの能力のせいでひどく虐められたが、今では葛藤を繰り返し、自然の声を聴くことについては、(おおむ)ね受け入れることができた。

 しかし、その一方で、長年のアーグレットの勘を以てしても、未だ解明できない現象が起き続けていることも、事実であった。

「でもおかしいわ。今まで色んな地域へ行ったけど、この辺りは自然破壊の異変に加えて、空気の振動みたいな物をいつも感じる。まるで、そこら中の空間が、とてつもなく大きな力によって引き裂かれているみたいな」

 まだ10代前半ながら、環境保護活動のため、世界各地を渡り歩いてきたアーグレットにとって、Tシティにおける自然界の叫び声は、特殊なものであった。

 強いて言えば、エネルギーの蠢く音。昔、テレビやインターネットで、核融合炉やコロニーレーザーの映像を見た時に、似たようなものを感じたが、それとは比べ物にならない。

 しかも、日を追うごとに音の大きさが増してきているから、そのうち地球ごと引き裂かれてしまうのではないかと思うほどだ。

 言い知れぬ不安に苛まれつつ、アーグレットが不安げに辺りを見回している時だった。

「あ、またあの人がいる。最近はあまり姿を見せなかったのに」

 周囲に気を取られていたアーグレットが、気配に気づいてふと視線を向ける。

 すると、道路を挟んで、ちょうど反対側に、いつの間にか少女が立っていることに気付いた。

 見た目には16~17歳と言った所だろうが、佇まいはもっと大人っぽく見える。

 アーグレットには、その人物が生身の人間ではないことはわかっていた。

 それだけなら、もう何度も現れるので慣れっこなのだが、厄介なことに、その少女の容姿は、どこかアーグレット本人と瓜二つなのだ。

 服装は、その時々で変化するが、だいたいは粗末で古臭いワンピースを着ていることが多く、足はほぼ裸足である。

 頬も痩せこけ、まるで貧民地区から出てきたような姿をしているから、どこか気が気ではいられない。

 この謎の少女は、口が利けないようで、代わりに事あるごとにアーグレットの前に突然現れては、あちこちを指差したり、手招きをしてやたら連れ回そうとしてくる。

 実は、マリーダたちと出会いも、元々別の場所でフィールドワークをしていた所に少女が現れたため、後を追いかけていた矢先に起きた出来事なのだ。

「消えた。今回は様子を見に来ただけなのかな」

 アーグレットがふと瞬きをした時、いつの間にか少女の姿は消えていた。

 辺りを歩き回って探しても、やはり見つからない。

 そうこうしているうち。停留所にバスがやってきた。

「! いけない」

 不意を突かれたアーグレットは、急いで元の場所へ戻り、慌ててバスに乗り込んだのであった。 

 

 

 道を走るにつれ、周囲の景色が荒れた平地と変わっていき、ビルはおろか住宅地すらもその姿を消していく。

 やがて、土と草の荒れ地だけが辺りを占めるようになった後、地平線の向こう側から、茶や黒、銀と言った無機質な色に染まった建物の数々が近づいてきた。

 どうやら、何かの工業地帯のようであった。

「お嬢ちゃん、ここが終点だよ。この辺は得体の知れない連中が(たむろ)する危険な場所だ。何でもゲリラ組織だか怪しい宗教団体だか、砂の下に隠された西暦時代の研究所をアジトにしているとか・・・本当にこんな所で降りるのかい?」

 バスが停車し、運転手が、ミラー越しにアーグレットの方を見やった。

 彼は、フードを被っていた人物が、アーグレット本人とは気づかなかったようで、年端のいかない少女が、このような人里離れた場所で降りることに、懸念を抱いていたのだった。

「ここでいいの。わざわざ遠くまでありがとう。それよりこのバス、電動式に変わったんですね。地方路線は採算が取れないと聞いていたのに。あなたたちのような勇気ある大人に対して、若年者の一人として敬意を表します」

 アーグレットに、大げさとも言える手厚いお礼を返されたことで、運転手はずいぶんと驚いた様子だった。

 そんな彼の反応を見て、アーグレットはフードを被ったまま軽く頭を下げた後、早々にバスを降りていった。

 外に出た途端、砂の交じった乾いた空気が、目や頬を突ついてくる。

 実は、アーグレット自身も、こういったTシティの郊外には近づきたくはなかった。

 先ほどの運転手の言うような、ならず者が徘徊しているということが原因ではない。

 さっき、街中で感じた空気の振動みたいなものが、この辺りではさらにひどく感じられるからだ。

 頭の中にひっきりなしに入り込んでくる不快な痛みに耐え忍びつつ、アーグレットは意を決したようにひび割れたアスファルトに足を踏みしめ、歩き出した。

 停留所の前に広がる工業地帯は、長方形の巨大な倉庫がいくつも並んでいた。

 この辺り一帯は、どこも廃墟になっているらしい。どの敷地を見てもすべて閉鎖されているようで、皆、高さ十メートルはある金網の塀によって、四方を厳重に囲まれていた。

 そのような不気味な場所であるにも関わらず、アーグレットは物怖じすることなく、数ある工場の一つへと向かった。

 金網の一部が破損した場所から、小柄な体を生かしていとも簡単にすり抜けていく。

 何年も放置された、自分の背丈を同じくらいに伸び切った草むらをかき分けていき、敷地内を再び走り出す。

 程なくして。

 アーグレットは敷地内に立ち並ぶ倉庫のうち、ある場所の前で立ち止まった。

 いくつかある中で、なぜかその倉庫だけが、通用門が開錠されていたのだ。

 アーグレットは、迷わずその扉を開け放ち、中へ入った。

「兄さん、いるんでしょ!?」

 あたかも泥棒か幽霊でも探し出すかのように、アーグレットは突然、声を荒げた。

 無人の屋内に、少女の甲高い声が反響した。

 倉庫の中は、旧式の物と思われるメーター類の配置された発電機や、人間の身長の優に数倍はあるタンクが放置されていて、何か複雑な物を造っていた形跡があった。

 アーグレットはそれらの設備には目もくれず、奥の方にあった別の扉に向かった。

 ノブに手をかけ、扉をくぐっていく。

 すると――軋み音と共に扉が開き切り、代わりに広大な空間が現れた。

 どうやらそこは昔、宇宙用の艦船を建造していたようで、十数階建てのビルにも相当するほど高さを持った、巨大な船の残骸が、途中まで組み立てられた状態のまま、塗装もされずに鎮座していた。

 アーグレットはいったんそれを見上げた後、視線を戻し、船のすぐ傍に置かれていた、高さ20mほどのモビルスーツに目をやった。

 膝をつくようにして身を屈めていたそれは、長期間放置された船とは違い、先ほどまで動いていた様子で、焦げ臭い匂いと共に、所々から小さな異音や僅かな煙を放出していた。

 間違いなかった。それはモノレールの高架橋を破壊し、プルツーやマリーダらのP部隊と交戦した、あの謎の機体だったのだ。

「兄さん! どうしてあんなことをしたの!? 市街地を爆撃するなんて、正気の沙汰じゃない! どれだけの人がケガをしたと思っているのよ!?」

 照明のない、倉庫の壁に据え付けられた窓から差し込む陽の光を頼りに、アーグレットはモビルスーツの足元に佇んでいた、長身の男に詰め寄った。

 男はちょうど、P部隊のUMMSによる攻撃を受けた箇所を修理していたようで、声に気付いた直後の目つきは細く、鋭かった。

 だが、アーグレットと目が合った途端、心なしかその顔つきを和らがせた。

「声が大きいぞ。アーグレット。少し落ち着け。大丈夫だ、死者は出ていない。あくまでも、お前に危害を加えようとする、急進的な既得権層(エスタブリッシュメント)をけん制しようとしただけだ」

 男はそう言って、モビルスーツから飛び降り、アーグレットの傍へと歩み寄った。

 窓から差し込む光に照らされた男の年齢は、18~19歳くらい。

 目と耳にかかる長さの、黒いストレートの髪型をしていて、細長い長身はやや痛みの目立つパイロットスーツで覆われていた。

「アーグレット。なぜあんな場所へ一人で行った? あのセクターは元々化石燃料によって栄えた地域だから、環境保護には懐疑的な連中が多いんだ。前にも注意したはずだろう? 俺が、たまたまこいつの試験飛行で近くを飛んでいなかったら、それこそ前みたいに、拉致や脅迫まがいのことをされたかもしれなかったんだぞ」

 怒りに震えるアーグレットを諭すように、男は自らの両手を彼女の肩に置いた。

 だが、アーグレットは黙ったまま、なおも男の顔を睨み上げている。

「アーグレット・・・? お前もしかして、まだ()()()()()()()()()()とか言うのを探しているのか? そんなことをしても、余計な執着が増すだけだ。お前は、これからの地球を救い、宇宙にまで広がった人類を再び繋ぎ止める、新しい価値観を持った人間。過去に囚われてはいけない。今を大切に生き続けることで、日の目を見ることなく力尽きていく人々に、希望という活力を与えなければならないんだよ」

 男がそう言って微笑みかけると、アーグレットは我慢できなくなった様子で彼の手をはねのけた。

「希望? こんな、人間も自然も破壊する機械を操縦している兄さんから、そんな言葉が出るとは思わなかったわ。確かに私は自分の活動に誇りは持っている。でもね、私は元々、誰かに希望を与えたくてこの活動を始めた訳じゃないの。ただ単に、この世界は矛盾がたくさんあって、居心地が悪いと思ったから。それなのに、反対派の人々を攻撃する姿ばかりが注目されたり、不特定多数の人々の救いになることが責務のようになってしまって・・・この気持ち、わかる? 私を持て(はや)したいのなら勝手にすれば良いけど、私自身がどこで何をしようが、文句は言わせないわ。これは私の人生なんだもの。人殺しの武器なんかで、世の中を正そうと勘違いしてる兄さんのように、簡単な悩みじゃないのよ!」

 男から掛けられた言葉が、よほど気に入らなかったのか。

 アーグレットは心の抱えていた不満をぶちまけ、すぐさま踵を返した。

 そして、元来た道を、全速力で走りだした。

「! 待て、アーグレット!」

 男は、立ち去ろうとするアーグレットを引き留めようとしたが、すでに遅かった。

 怒りや悲しみを振り切るように駆け出したアーグレットは、男を残し、そのまま倉庫の外へと飛び出してしまった。

 

 

 そして、夕方のP部隊庁舎。

 人生で初めての学校が終わり、プル、プルツー、マリーダの三人は、這う這うの体で帰宅した。

 今日一日で、慣れない正装に身を包み、検問所で素性を知らない下っ端の兵士と口論になり、モノレールで移動中に謎のモビルスーツから空爆を受け、挙句に学校に辿り着いた矢先、ターゲットとして接触を試みようとしていたアーグレットが休学していた事実を知るという、さしもの強化人間でも、相当の心身的疲労を免れない、奇想天外な出来事が満載であった。

「よし、ミーティングを始めるぞ。外勤だった三姉妹は・・・まだ七時なのに、もう寝に入る格好か。ま、まぁ今日は色々なことがあり過ぎたし、多めに見よう」

 厚さにして10ページ程にまとめられた冊子を人数分抱えたジンネマンが、メンバーを招集して、今日一日の振り返りを始めた。

 P部隊のミーティングは、本来ならば専用の会議室で、三次元プロジェクターなどを使って行われるのだが、最近は、時間までに夕食の片付けが終わらない他の姉妹たちや、会議中に間食をして、辺り一帯を散らかしてしまうプル及びプルツーを警戒して、キッチンのある食堂で開かれることが多くなった。

 それに加え、今日はプルとプルツー、マリーダはすでに風呂上がりのパジャマ姿にスリッパと言う完全な就寝スタイルだから、光景としては情報機関のミーティングというよりも、もはや部活動の合宿か修学旅行の班会議に近かった。

「まずは、今配った資料を見てくれ。今日の午前中に、市街地を爆撃したモビルスーツを構造解析したものだ。超硬スチール合金、チタン合金セラミック複合材、ガンダリウムはα及びβ。歴代の様々なモビルスーツに使われた素材が、至る箇所に確認できる。しかし素材同士を無理やり接合している所を見る限り、何らかの意図があってそうした訳ではなく、単に資源的欠乏状態から、止むを得ずの措置だった模様だ。動力(ジェネレータ)こそ、ミノフスキー・イヨネスコ型核反応炉を搭載しているようだが、これも新規に開発されたものではなく、戦場で酷使された流用品で、本来の性能の20%しか発揮できちゃいねぇ。ただし、それでも離脱時の瞬間最高出力は4000kw近く出ていて、しかも発生エネルギーのほとんどを推進力に充てていたから、同規模の機体よりも、巡航速度や最高速度の面で優れていただろう。その他、ミサイルやビームライフルなどの兵装も、精密誘導のためのパーツは極力排除し、とにかく機動性を追求した設計になるよう、軽量化されていたようだ」

 紙の大きさにしてA3版ほどの資料には、昼間の戦闘でプルたちを援護したUMMSによって撮影された、敵の画像や、その後のデータ解析によって導き出された機体の構造についての記述が、所せましと書き込まれていた。

 ここで、ジンネマンの説明を聞いていたプルツーが、手元のオレンジジュースを(すす)りながら、首をひねった。

「20%で4000kwという事は、完全な状態なら約20000kwということか? 私が昔乗っていた、≪サイコガンダムMk.Ⅱ≫や≪クィン・マンサ≫とほぼ同じ出力じゃないか・・・どうりで機体に不釣り合いな動力を搭載していると思ったよ。キャプテン、一体何なんだ、この機体は? とりあえずガンダリウム合金の材質がαとβなら、古めかしいモノコック構造であることは確かなようだが。塗装下部の透過画像を見る限り、接合部はどこも不完全だし、各関節域の隙間から、収納しきれなかった配線が保護しきれずに露出したままになっている。まるで素人がスクラップをかき集めて組み立てた、模造品にしか見えないな」

 眠そうな目をこすりながらプルツーはそう言って、視線を資料からジンネマンの顔へと移した。

 それにつられて、他の姉妹たちも、ジンネマンの方を見た。

「確かにプルツーの言う通り、これは、正規の経路において製造された機体じゃねぇ。恐らく、戦場で廃棄されたモビルスーツを専門に回収する業者から、パーツ単位で横流しを受けたものを加工し組み立てたんだろう。連中は一年戦争の頃までは、互いの情報漏えいを恐れた連邦及びジオンの両政府によって、廃品回収を厳しく制限されていたが、グリプス戦役以降、戦線が拡大するにつれ、監視の目を搔い潜るようになった。今では、高度なリサイクル技術を確立して、逆に製造元に再生(リビルト)品を納入する業者も現れたほどだ。一口にモビルスーツと言っても、旧世代の機体なら、その辺りの町工場で組み立てることは可能な時代だ。とりわけこのTシティは、軍やアナハイム・エレクトロニクスで働いていた経歴を持つ技師も多いと聞くし。幸か不幸か、それだけ技術のスピンオフが進んだってことだ」

 軍事技術の民間転用(スピンオフ)は、戦争が長期化した宇宙世紀において、もはや当たり前の現象であった。

 人類がかつて、宇宙へ進出するべくロケットの開発に国家の威信をかけていた時代も、二大大国による冷戦が背景にある。

 当時、生み出された最新技術は、その後、半世紀ほどで民間の企業が担うまでに普及した。

 それと同様に、数世代前のモビルスーツであれば、小規模の民間企業でも単独で開発が可能になっていた。

 プラットフォームさえ共通で、かつ既存のパーツが残っていれば、組み立てそのものは困難ではなかったのである。

 もちろん、時間が経っても入手しにくい部品があったり、パイロットの育成問題も解決しなければならないが、戦争が長引くということは、それだけ当時最先端だった技術や、帰還した兵士たちが、行き場を無くしたり、管理しきれずに民間の領域に溢れ出ていく、ということなのであった。

「ところで、お前たち。今日は、予想外の出来事ばかりで大変だったと思うが。どうだ? アーグレットについての収穫は何かあったか?」

 所属不明機の解析報告が一通り行われた後、ジンネマンがアーグレットの話題に移った。

 話を振られて、まずは隣に座っていたマリーダが、手元にあったファイルを手際よく開いた。

 少し居眠りしていたらしく、慌てて口元の(よだれ)を拭いてはいたが。

「端的に言って、事前の情報通りでした。アーグレットは、周囲から慢性的に孤立している少女のようです。学校に保管されていた資料によると、歯に衣着せぬ発言で、同世代にも年長者に対しても、疎まれやすい性格とのこと。実際に、路線バスの運転手に対して、排ガス規制の対処を迫る姿も確認しました。地球規模で見れば、国際的知名度の高い人間ですが、それと同じくらい敵の数も多く、過去に拉致や脅迫まがいの事件に巻き込まれたこともあったそうです。そうだな、プル?」

 そう言ってマリーダが、プルの方を見た。

「ん? え? あ・・・ああ。そうそう!」

 急にマリーダから話を振られて、プルは風呂上りに(くわ)えていたアイスキャンディを、思わず落としそうになっていた。

 愛想笑いを浮かべなら相槌を打った後、慌ててポケットの中に手を突っ込み、通学に合わせて購入した携帯端末を起動し始める。

 映し出された画面には、プルがクラスメートたちに向けて聞き取りをした、アーグレットに関するメモが羅列されていた。

「あったあった。え~っとね。私も、色々なクラスメートにアーグレットについて聞いてみたけど、あんまり良く言う人はいなかったよ。例えば、私が一番最初に仲良くなった、ティファちゃんとラクスちゃんって言う子は、アーグレットを何回か遊びに誘ったんだけど、そのつど『行かない』って言われて、一度もOKしてくれなかったんだって。他にも、一学年上のカーン先輩やルース先輩も、両親の会社が環境保護に消極的なのを咎められたみたいで、()()()()()()()()()()()って言ってた。ゾクブツって言うのが、どういう意味なのかわからないけど・・・その他にも、頑張って130人くらいの人たちと連絡先交換したけど、アーグレットに対しては、どれも似たような感想だった。見知らぬ大人たちに脅迫されたって話も、その時に聞いて、後でこっそりマリーダに確認してもらったんだよ」

 一通りの報告を終えた所で、プルはマリーダに小声で「も~ぅ、マリーダ。急に振らないでよ。ビックリしたじゃん」などと文句を言った後、再び持っていたアイスキャンディを口の中に突っ込んだ。

 報告を聞いたジンネマンとしては、たった半日で、プルが130人もの人間と知り合いになったという、人たらしぶりにも驚愕したが、同時にアーグレットの評判についても、事前のイメージ像を裏付けられたことに安堵していた。

「やはり、周囲との関係は芳しくねぇか。人類共通の問題に取り組む人間ほど、かえって近しい者たちから、後ろ指を差されやすいという皮肉を抱えているものだな。聞いたところによると、この極東地域は、良くも悪くも()()()()()()という民族性が特に色濃い。お前たち三人とアーグレットが出会った区域が、かつて化石燃料によって繁栄した旧市街地であり、環境保護に対して特に懐疑的な意見を持つ者が多いという事実も踏まえると、今回の所属不明機が、やはり彼女を標的にしていたという可能性は、排除しきれねぇか」

 持前の太い腕を組みながら、ジンネマンはそう言って、一息ついたように天井を見上げたが、少しまだ頭が混乱している様子だった。

 無理もなかった。今朝までは、アーグレットへの接触はあくまでも軍やESM社との繋がりを調べるためで、学校への潜入という単純なファーストステップだったのに、登校前から、いきなり訳の分からないモビルスーツが市街地を暴れ回り、挙句、不自然なタイミングでアーグレット本人まで出現したのだから。

 そんな、ジンネマンの悩める心境を察したのだろうか。

 ここへ来て、プルツーが見解を述べ始めた。

「キャプテン、悩む気持ちはわかるけど。今は当初の計画通りに動いた方が良いと思うよ。所属不明機とアーグレットの間に関係性があるという仮説には同意するが、私にはあの機体が、アーグレットの命を狙うために空爆を実行したとは思えない。彼女が私たちの前に現れた時、その場所は、爆撃された地点から1㎞も離れていなかった。破壊された高架橋の光景も、目を凝らせば確認することができたし、爆発音なんかは、間違いなく聞こえたはず。よほど鈍感な者でもない限り、相当の動揺や不安を感じて然るべき距離。にも関わらず、アーグレットはその事には一言も触れず、終始冷静に私たちを学校まで案内した。あんな態度は、市街地が空爆されるのを事前に把握していたか、『自分を攻撃しに来たのではない』という心理的担保でもない限り、絶対に不可能。あの機体はどう考えても、アーグレットを守ろうとしたか、少なくとも()()()()()()()という保証が可能な、身内に違いないんだよ。それこそ、別の場所に彼女の命を狙う連中がいて、それを排除するためにやって来たというのが、自然の推察だと思う」

 プルツーの意見を聞いて、マリーダもそれに無言の同調をした。

 確かに、理に適った考え方には違いなかった。所属不明機が、あれだけ市街地を飛び回っておきながら、早期警戒体制が発令されなかったことを考慮しても。軍が関与している可能性を否定できない。

 ジンネマンは、しばし沈黙し、再び考え込んでいた様子だったが、数分ほど経ってから、やはりプルツーの意見に最も整合性を感じたらしい。

 彼は席に座る姉妹たちに視線を合わせ、軽く頷いた後、今後の任務の方向性について、全員に語り始めたのだった。

「よし。わかった。今しがたのプルツーの話は、かなり的を得た内容と言える。もしかすると、襲撃そのものはモビルスーツ側の独断で、アーグレットはその事実を隠さざるを得なかったかもしれない。あの機体がなぜ、Tシティの自由浮遊領域を飛行できていたのかという疑問も残っているしな・・・いずれにせよ、まずはこの推測を元に、当初の想定のまま活動を継続していくのが得策だな。これから先は、アーグレットの身辺をより深く探っていく作業も必要になる。そうすれば、おのずと連邦軍による影響や、アーグレットの父であるアナウスについての情報とも繋がりが出てくるだろうからな」

 現状、これ以上の試行錯誤は、憶測の域を出ることはできないという結論に達したジンネマンは、そう言って手元にあった資料を閉じた。

 そして、隣に座っていたプルとプルツー、そしてマリーダを含め、改めてP部隊全員を労った。

「お前たち。今日はよくやってくれた。正式始動した部隊の初任務としては、よく連携できたと思うぞ。外勤組の三人に関しては、明日は一度休暇を取って、ゆっくり休め。そして、明後日からは、ネイチャー・リベリオンへの潜入を試みて欲しい。あの組織が毎週実施している、デモ行進や集会について、日程のスケジュールを入手することができたから、後で渡そう。それから、学校にはもう行かなくてもいい。現地に本人がいない以上、通っても得られる情報は限られているからな」

 ジンネマンが指示すると、プルが驚いた様子で聞き返した。

「え? それじゃあパパ、明日から私たちは欠席扱いになっちゃうってこと? いいのそれで? 今日の時点で、色んなお友たちに顔が知られちゃってるよ? 特に私なんて、100人以上の人と知り合いになっちゃったんだから。今三人揃って休んだら、それこそ怪しまれちゃうんじゃない?」

 プルに続く形で、プルツーも反問する。

「プルの言う通りだ、キャプテン。ただでさえ、私たちは制服姿で所属不明機に応戦して、乗客たちに姿を晒したんだ。報道管制を敷いたとは言え、Tシティはオンライン情報の伝達も早い。これ以上、不用意に騒ぎを起こすような真似は、極力控えた方が良いと思うよ」

 プルとプルツーが揃ってジンネマンに再考を促すも、彼は、落ち着き払った様子を崩さず「大丈夫だ」」と言って、余裕の笑顔を作った。

「安心しろ。教室の席を空けるようなマネはしねぇ。P部隊には、お前たちと見た目も声も瓜二つの妹が、こんなに揃っているじゃねぇか。こいつらに交代制で通学してもらえば、誰にも真相を知られることなく、任務を継続できる。居残り組は、実戦スキルこそプルたちに譲るが、その分、真面目でひたむきだし、知能指数は同等だから、学校での勉学程度、十分にこなせる。教師役だったマリーダに関しても、あの学校は連邦政府の公立だからな。急きょ人員不足の学校に派遣されることになった、とでも説明しておけば良い。こういうケースはな、日常的な()()()()()として、代案なぞいくらでも取り繕えるんだよ」

 ジンネマンから明確な回答を得られたことで、プルとプルツーは一安心した様子だった。

 一方、そんな姉たちの様子を尻目に、一様に歓喜の声を上げ始めたのが、3~11までの居残り組である。

 P部隊として生まれ変わってから、プルたち主要な三人の戦闘補佐以外、ほとんど庁舎の外に出られなかった彼女たちは、学校に通うという、ごく日常的な生活を体験できることに、この上ない期待を寄せていた。

 早速、会議が終わるや否や、全員が揃ってプルとプルツーの下へ駆け寄っていき、登校するにあたって必要な行動について、我先にとレクチャーを求め始めた。

 プルは、友人関係について、そしてプルツーは、校舎の構造や、学校のコンピュータから生徒たちの情報をハッキングする手段について、色々と教示した。

 二人とも、ただでさえ今日の激務で疲れているにも関わらず、予定になかった引継業務までこなさなければならなくなり、迫りくる睡魔を押しての任務であった。

 しかし、最初こそ嫌々相手をしていたが、普段は目にすることのない、妹たちの爛々とした顔つきに影響されたのか、気が付くと自分たちも笑顔を作るようになっていた。

 食堂の片隅で、会話に花を咲かせるクローン体の少女たち。

 そんな和気あいあいとした光景を遠巻きに眺めていたジンネマンは、自らもまた、戦争によって失った幼い我が子の姿を重ねることで、ささやかな癒しを享受していた。

「まったくあいつらと来たら。さっきまでの会議じゃ、集中力に欠けて気分も上の空だったくせに。生き生きとした子どもみたいな顔つきになってやがる。だがそれも、年齢を考えれば当然か。戦争のない世の中に生まれてくりゃ、こんな毎日を当たり前に暮らせただろうに」

 クローン人間として生み出され、連邦政府による操り人形として生きる運命を強いられた少女たち。

 彼女たちが時折見せる無邪気な姿を見て、ジンネマンは改めて、いつの日にか本当の自由を与えたやりたいという決意を新たに固めるのであった。

「さて、マリーダも部屋に戻ったみたいだし、俺も残った仕事を片付けるとするか」

 しばし、プルたちの姿を見届けた後。

 ジンネマンは席を立ち、食堂を出て、廊下に通じる扉をくぐった。

 と、その時。

 彼はふと、居室に通じる廊下の脇に置かれていたベンチに、誰かが座っていることに気づいた。

 他ならぬ、マリーダである。

「マリーダ? まだ部屋に戻っていなかったのか?」

 ジンネマンが近づいていくと、マリーダはパジャマ姿のまま俯いていて、どうにも顔色が悪い様子だった。

 先ほどの会議中での引き締まった表情からはまるで正反対の、戸惑いや不安に覆われた表情である。

「そんな所に一人で座って、調子でも悪いのか? 疲れているなら早くに部屋に戻って横になった方が・・・」

 だが、ジンネマンの呼びかけにも、マリーダは首を細かく横に振った。

 ここまで落ち込んだ様子のマリーダを見るのは、久しぶりかもしれない。

 明らかな異変を感じ取ったジンネマンは、マリーダが座っていたベンチの横に腰かけた。

 そして、うずくまった彼女の肩をさすってやった。

 すると、程なくして。

 マリーダが、ジンネマンが辛うじて聞き取れるくらいの小さな声で、こう呟いたのだ。

「マスター。今になって気づいたことなのですが、実は、あのアーグレットという少女。以前にもどこかで見た気がするんです」

「何?」 

 普段のはっきりとした口調のマリーダからは想像もできないほど弱弱しい声。

 食堂で談笑するプル達の声にかき消されて、ジンネマンは彼女が何と言っているのか、一度には聞き取れなかった。

 再度、言葉を促すと、マリーダは、自らジンネマンの傍へ身を寄せ、顔をゆっくりと上げ、声を絞り出すように囁いた。

「・・・私はアーグレットのことを見たことがあるかもしれません。それも、私がこの時代に生まれ変わる前。ラプラス戦争よりもずっと昔の、トゥエルブ時代に」

「何だと!?」

 今度はマリーダの声が聞き取れたジンネマンは、思わず声を上げてしまった。

 その声に気づいたプルたちが、何事かと食堂から一斉に飛び出してきた。

 だが、マリーダの悲しげな表情から心情を察したジンネマンは、彼女たちに異状がないことを伝え、食堂に戻るよう促した。

 そして、プルたちが再び元の場所に戻った後、詳しい話を聞くべく、マリーダを自分の部屋に連れて行ったのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。