『正義のサイヤ人』~仲間の夢を未来へつなぐのは間違っているだろうか~ 作:灰色パーカー
目を覚まし、真っ先に目に入ってきたのは、知らない天井だった。少なくともここはホームではなく、かと言ってバベルにある医療系ファミリアの病室でもなく………
とりあえず起き上がる。どういう訳か、着ている服が変わっている。まあ当然か。倒れた人間を寝かせるのに、着の身着のまま寝かせることは無いだろう。
(倒れた?……そうだ、僕は………あれ?何してたんだっけ)
倒れる前の事を思い出そうとするが、なかなか思い出せない。頭に靄が掛かっているような、というよりどこか思い出すことを拒んでいるような………
「ポーロット!起きたの⁉」
「おぉ⁉」
突然大声で名前を呼ばれ、ビクついてしまう。扉が開け放たれた部屋の入り口には、アストレア・ファミリア団長アリーゼ・ローヴェルが立っていた。
「起き上がって大丈夫?かなりの疲労が溜まってたみたいだけど?」
「は、はい(疲労?)。おかげさまで」
「アリーゼ、ポーロットが起きたと聞こえましたが?」
少ししてやって来たのは同じくアストレア・ファミリアの団員リュー・リオンだった。
「あらリオン、あなたが一番に来るなんて珍しい!あ、私が一番だから二番目かしら」
「あんな大声を出したら誰だって見に来るでしょう。私が一番近かったというだけです」
「もお~つれない事言っちゃって~ポーロットを熱心に介抱してたくせに~」
「そっ、それは!アリーゼも同じでしょう」
「まあね~」
アリーゼさんとリューさんが言い合っているのを傍から見ていたが、気になっていたことを尋ねた。
「あの………ここは、何処なんですか?」
「あれ?言ってなかったかしら?」
「アリーゼ………ここは我々のホームです、ポーロットさん」
アリーゼさんに呆れながら、リューさんが返答してくれた。リューさん達のホーム、すなわちアストレア・ファミリアの本拠地であると。しかし……
「なんで僕がここに、アストレア・ファミリアのホームで寝てるんですか?」
「…………覚えてないの?」
途端、アリーゼさんの雰囲気が変わる。先ほどまでの明るく溌剌なものとは打って変わり、暗く重たいものとなった。傍にいるリューさんも似たり寄ったりだ。
「………あなたは、倒れたんですよ。あなた自身のホームで、エイレーネ・ファミリアのホームで」
「ホームで?………でも……じゃあなんでわざわざアストレア・ファミリアのホームに運んだんですか?ホームで倒れていたのなら、そのままエイレーネ様や団長に引き渡せば………」
なぜだか………二人と話せば話すほど、どんどん体が強張っていく。これ以上話を続けてはならないと、漠然とそんな気になっていく。
「………覚えていないのね、やっぱり」
「覚えてないって………何なんですか……さっきから」
「「………」」
アリーゼさんもリューさんも押し黙ってしまう。それにどこか話すことを躊躇っているように見えるのは何故だ。
「………ポーロット、あなたが自分のホームで倒れたのはね、ジーベル達の遺体を見たからよ」
「………………はぁ?」
ジーベルさん達の遺体?………一体、何を言って………
「ジーベル達は闇派閥の連中に殺された。その上あなたのホームに火を放って」
「そんなっ………何言ってるんですか………だって……」
しかし話を聞くうちに蘇る記憶。廃墟と化したホーム、焼き払われた中庭。そして………中庭に並べられていた遺体、その中にジーベルさんやマイス達の姿があったことを……
「ジーベルさん達だけではない………あなたの主神、神エイレーネも、奴らに………」
「あぁ…………ああぁ………」
リューさんが告げた、主神エイレーネの死。禁忌とされる『神殺し』、よりにもよってエイレーネ様が闇派閥の奴らに……
全て思い出した。倒れる直前に見たことも、至った真実も、何もかも。
僕以外の皆が殺された。家族が殺された。大恩人が殺された。そして主神が殺された。
「くっ………うぅ………」
思い出した記憶が、変わりようの無い事実が、僕の心を締め上げる。涙が後から後から零れ落ちる。目元を手で覆っても止まってくれない。
「うぅ………ひっく………グスッ」
「ポーロット………」
「………………」
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どれほど泣いていたのだろう。ようやく涙も止まり落ち着いてきた。
「す、すみません……………見苦しいところを……」
「そんなことないわ。泣きたいときは思いっきり泣きなさい」
涙が零れるのは止まったが、皆が死んだ事実は心に重くのしかかったままだ。
「ちょっとあたし、アストレア様の所にいてくるわね。ポーロットが起きたよーって!リオンはポーロットの相手しといてあげて」
「え⁉あ、アリーゼ⁉」
そう言ってピューっと走っていくアリーゼさん。残されたリューさんも困惑している。
「「………………」」
僕らの間に重たい空気が漂い始める。気を使ってか、あるいは単に話すことがないからと黙っているだけか、リューは何も言わず側にいてくれた。
「あの……エイレーネ様やジーベルさん達がどうやって死んだのか、わかりますか?」
「…………申し訳ありません。それはまだわかっていないのです」
アリーゼさんとアストレア様を待っている間、リューさん達が廃墟になったホームの調査をしていたことを思い出した。事件の詳細について聞いたのだが、まだわかっていないらしい。
「ですが…………検死の結果、あなたの仲間が亡くなった直接の原因は焼死ではありませんでした」
「……焼死じゃない?」
「はい。彼らは皆、体に重傷を負っていた。それが亡くなった直接の原因だと思われます。」
どういうことだ。じゃあ犯人達はジーベルさん達を殺した後、更に火をつけて遺体を燃やしたとでもいうのか……………
(ふざけるな……)
嫌でも怒りが湧いてくる。人を殺した上に、遺体を燃やしただと……人の尊厳を、何処まで踏みにじれば気が済むのか……
「ポーロット」
闇派閥への怒りで頭が一杯になっている時、耳に響いた優しい声音。顔を上げると、入り口に一柱の神が立っていた。
「……アストレア、様」
正義と秩序を司る神アストレア。胡桃色の髪をまとめ、藍色の瞳を持つ気品あふれるその神は、僕の前に座り真っすぐにこちらを捉えてきた。
「ポーロット、今回の事は、私も重く受け止めているわ……………闇派閥によるファミリアの壊滅は今までにもあったけれど、神の殺害なんて一度も無かった」
「………………」
優しい口調で、しかしはっきりと話し始めるアストレア様。どう言おうと、決して真実は変わらない。それがわかっているからこそ、アストレア様は言葉を濁さない。
「……あなたの心の痛みはよくわかるわ……エイレーネとは天界にいた頃からの付き合いだから。あの子がいなくなった辛さは私も同じよ」
ホーライ三姉妹。アストレア様は天界でエイレーネ様、更にはエウノミアー様と共にそう呼ばれ、一緒に過ごされたと聞く。
「あなたのファミリアとは幾度となく共闘した……互いに互いの窮地を救ったこともあった……一度はファミリアの合併を本気で考えたこともあったのよ?」
「そう、ですか」
共通の神物を失ったからか、昔のことを話し出すアストレア様。彼女の話を聞きながら、僕もまた皆がいた頃を思い出す。
初めて皆に会った時のこと、初めて一緒にダンジョンに潜った時のこと、ランクアップした時皆が誉めてくれたこと、死にかけて本気で心配させてしまった事、その後ステータスが大幅に上がっていて驚かれたり嫉妬されたこと……
皆との思い出が、後から後から蘇ってくる。
「…………ポーロット、あなたは………これからどうするの?さっきの今で、いきなり聞かれても困るでしょうけど」
「……これから」
これから…………そんな事一つも考えていなかった。
「…………わかりません」
「そう…………」
実際そう答えるしかなかった。皆が逝ってしまったことをまだ受け止め切れていないのだ。まして、これからの事なんて…………
「ポーロット……これは私の主観だけど、あなたはこの町を出るべきよ」
黙ったままの僕に対し、アリーゼはそう言った。いつもの溌剌とした雰囲気は鳴りを潜め、重苦しい声音で彼女は続けた。
「闇派閥がエイレーネ・ファミリアを全滅させた以上、生き残りであるあなたも殺そうとする可能性は高いわ。そうでなくても、今のオラリオで恩恵どころか暮らす場所すら持たないのはあまりに危険すぎる」
主観とは言っていたが、十分客観的な理屈だった。何もかも失い、前すら向くことができていない奴は、遅かれ早かれ命を落とす。そういうことだろう。だからオラリオの外へ脱出し生き延びろということだ。
「もちろん暫くはここに居てくれて構わないわ。私達にとっても色々と都合が良いし……でも、あなた自身ずっとそのままって訳にはいかないでしょ?」
「……………………」
反論の余地無く、ぐうの音も出ないほどに、徹頭徹尾その通りだ。
このままアストレア・ファミリアの厄介になる訳にはいかない……
「…………とにかく今は休みなさい。後の事はまた明日考えましょう」
アストレア様の言葉を最後に、この場はお開きになった。だが、確かにこのまま彼女達の下にいるべきではないだろう。
今やアストレア・ファミリアは僕以上にその身を危機に晒している。闇派閥にとって目の上のたん瘤である、三柱のうち一柱とそのファミリアがいなくなったのだ。
残った二柱のファミリアのうち、少人数であるアストレア・ファミリアが狙われる可能性は十分あり得る。
彼女達が万全であればそうそうやられることは無いだろうが、僕というお荷物を抱えたままでは、それはもはや万全とは言えないだろう。
そこまで考えれば、少なくとも今、僕が優先すべきことは一つだけだ……………
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夜も更けた頃、僕はアストレア・ファミリアのホームから抜け出した。洗濯されていた自分の服に着替え、手元に残った僅かな装備を携え、自分を救ってもらった人達の下を去る。
寝ている彼女達を起こさぬよう、悟られぬように、細心の注意を払いながら、外へ出る。
(……………お世話になりました)
ホームの前で、ペコリと頭を下げて歩き出した。この先の事はまだ何も考えていない。何処へ身を置くかも、どうするのかも。ただ目の前の課題に対処することしか、今は考えられなかった。
「何も言わずに出ていくとは、礼儀知らずですね」
「!」
辺りに響く凛とした声音。驚いて振り向くと、木刀を携えたリューさんがいた。
「あなたは、そんなことも教わらなかったのですか?」
細心の注意を払っていたつもりなのだが、普通にバレていた。これもステータスが封印された影響だろうか。満足に気配も消せないとは……
「リューさん…………」
「アリーゼも言っていたはずだ。しばらくはここに居て構わないと………今のあなたが街に出たところで露頭に迷うだけだ」
半端な理由であるのなら、行かせない。無理にでも連れ戻す。そんな目で一歩一歩静かに迫ってくるリューさん。
「確かに……僕に戻る場所なんてない……けれど、今やるべきことだけは、はっきりわかる」
嘘を並べても看破される。建前を言っても通じない。だから、はっきりと伝える。小細工などせずに、正面から豪語する。
「アストレア・ファミリアから離れること……それが今、僕がなすべきことなんです」
「…………どういう意味だ」
リューさんの声は先ほどまでのような凛とした声では無かった。底冷えするような重たく冷たい怒気を孕んだ声音だった。
「僕がアストレア・ファミリアに厄介になって、皆さんの足手纏いになる訳にはいかない」
「……あなた一人を保護したところで、私達には大した負担になどならない。あなたが男性であることを考慮に入れたとしても、それは変わらない」
…………その辺は割と負担なのでは?
そうでなくとも、かなりなストレスだと思うのだが。団員11人(全員女性)に対してよそ者一人(唯一の男子)…………負担だろう。
だが、そんな理由では無いし、そういう話でもないのだ。
「………今、この町には『正義の味方』が必要なんです」
「……は?」
ゆっくりとこちら近づいていたリューさんの歩みが止まる。脈絡の無い僕の言葉にリューさんも訝しむ。
「今この街の人たちは不安を抱えている。闇派閥と戦ってきたファミリアのうちの一つが無くなったことで、今まで以上に闇派閥の犯罪が増えるんじゃないかって」
ある意味、均衡が崩れたと言っても良いだろう。犯罪者達とそれを捕まえる者達。この両者のバランスが取れていたからこそ、闇派閥も迂闊に行動を起こせなかった。
しかし、エイレーネ・ファミリアが壊滅した今、その均衡は崩れ闇派閥は攻勢を強めるだろう。
「だからこそ、人々が迷い苦しんでいる時にこそ、正義の味方という存在が必要なんです。何かあっても守ってくれる、何とかしてくれる、そういう希望を与えるのが正義の味方なんです」
「…………」
僕の言っていることに、リューさんも思う所があるのだろう。何も言わず、じっと話を聞いている。
「アストレア様は正義の神。その眷属たるアストレア・ファミリアのメンバーはまさに正義の味方たり得るんです…………でも、僕が側にいたんじゃその存在を消してしまいかねない」
「……どういう意味ですか?……自分を矮小な存在だと思い込んで、自分を卑下しているのならそんなことはやめなさい」
まるで僕を諭すように、あるいは叱るようにリューさんは言った。
だが違う。そんなことを言っているんじゃない。そんな低い次元の話をしているんじゃない。
「そうじゃない………僕がここに残れば、必ずアストレア・ファミリアの弱点になる。闇派閥の次の標的がアストレア・ファミリアなら、奴らは必ず力を失った僕を人質にする」
もしもこのままアストレア・ファミリアに保護されているなら、闇派閥の連中は僕を使ってリューさん達を無力化し、彼女たちを殺そうとする。
「そうなった時、リューさん達は僕を見捨てはしないでしょう。いや、見捨てるという選択肢を
「なっ!それは…………」
リューさん達は人々を守るために戦っている。自分達の手が届かずに守り切れない命も当然あるだろう。だが、手が届き得る命を諦めてまで悪を討とうとは絶対にしない。
もちろんそんな状況になったら、僕だって見捨てることはできないだろう。誰だってそうだ。たとえ無関係な人間であったとしても、殺されそうな人を見て見ぬふりなんてできる訳が無い。
「だから、そうならないために、僕は出ていくんです」
「し、しかし!あなたが出ていこうと、街であなたが攫われたら同じだ!それならばまだ私達と一緒にいた方がマシだ!」
アストレア・ファミリアの庇護から離れようと人質にされたら結局は同じ結末だと言いたいのだろう。どうせ同じことなら一人でいるよりも、まだ一緒にいた方が守れる可能性があると。
「同じじゃないよ。今僕が自分の意思で出ていくことが最良なんです。それが一番闇派閥の認識を誤魔化せる」
「どういう…………」
「……僕がアストレア・ファミリアに保護された時点で闇派閥の連中は僕とリューさん達との関係を疑う。でも、僕がすぐにあなた達の下もとから去り、更に一切の接触を断てば、連中は僕には利用価値が無いと判断する。そうなれば奴らも僕には接触してこない。利用価値も無く、まして力を無くした人間に何て興味無いですよ、アイツらは」
「……………………」
僕が言い終わると、リューさんは押し黙ってしまった。彼女も何となくわかっているのだろう。それが、ある意味一番安全で、互いにとっても良い判断であることが。
「しかし………あなたは…………」
それでも納得がいかないといった様子だ。今のあなたは一般人と同じ、か弱い存在なのだと。まして自分達がよく知る相手を放ってはおけないとでも言いたげな表情だった。
「………大丈夫だよ、リューさん。別に死にに行くわけじゃない……………さようなら、どうかご無事で」
それが最後の言葉だった。言い終わった僕は街の方へと歩いていく。振り返りはしなかったが、リューさんはもう追っては来なかった。
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