子供の頃と比べて集まる機会が減ったけど、夏祭りの日だけは集まろうと約束を交わして、今でも親交は続いている。
……けれど、今年は流行している病気の影響でお祭りは中止。会う機会はめっきり減ってしまった。
どうにかして集まれないかと悩んでいた中、「デジタルワールドで集まろう」とアスカが言って、夏祭りがあった日に再会する事に。
あれから十年経って、僕らはどれだけ変わっているのかな……?
※メインストーリークリア済み推奨。ネタバレ多分にあり。
夜空に花がいくつも咲いては散って、また音を立てながら昇って咲く。夏の名物である打ち上げ花火をデジタルワールドでも見る事なんて思わなかった。
多分、十年前の僕は驚くかも。夏祭りが中止になったから、デジタルワールドで夏祭りをするなんて言ったら。
「シュウ、早くしないとお前の分もなくなるぞー!」
ヒロユキの声がして、彼の方へと目を向けた。金髪を短く整えた大柄な青年は、肉や野菜を突き刺した串を手に、小学生時代とあまり変わらない快活な笑顔を浮かべている。
相変わらず、ヒロユキは食いしん坊だな。でも、今はスポーツ選手の身だから、しっかりと食べないといけないんだろうけど。
「僕の分まで取らないでよね」
と言いつつ、僕はデジベースの出入口付近に集まっている旧友達の元へ歩み寄る。ヒロユキの傍らにあるバーベキューセットで、ユイとタクトが忙しなく具材を焼いていた。
ユイもタクトも少し前までは小さかったのに……今では二人の背は僕を追い越しそう。僕もそれなりに伸びているはずなんだけど。
「お兄ちゃん、あまり食べ過ぎないでね。アスカちゃんの分も残さないといけないんだから」
加減をしなさそうなヒロユキに
「分かっているって、ちゃんとアスカの分も残すよ」
「じゃあ、次食べるので最後にしてね。シュウもそんなに食べていないし」
「ええ~!? それは酷くね!?」
「酷くない。そう言わないとお兄ちゃん、全部食べちゃうでしょ!」
昔と比べて、しっかりしてきたというか、逞しくなったというか……ヒロユキに対する態度もよそよそしいところは一切なく、駄目な時は容赦なく叱りつける事が多くなっている気がする。
「まだ量はあるんだし、もうちょっとだけ食べても良いんじゃない?」
彼女の隣で苦笑いしているタクトは、僕より背は少し小さいけど、筋肉質な体つきなのはシャツの袖から出ている腕から見て分かる。ここのところサッカーに打ち込んでいたって聞いていたけど、結構逞しくなったなぁ……。
ふと、デジベースの方を見る。未だに人影はない。彼女はいつ来るのだろうか……いや、来ない方が良いんだけど……。
「シュウも食べてよ。アスカの事が気になるんだろうけどさ」
「タクト、ありがとう」
タクトからヒロユキが食べているものと同じ種類の串を手渡され、それを頬張りつつ、もう一度デジベースの方へ目を向けた。
言い出した本人はまだ来ない。期末のレポートを仕上げているらしく、遅れるとメールで告げられた。
今時、チャットアプリがあるのに、メールでやりとりしているのは珍しいかも。でも、少し前までは「機械は叩けば直る」みたいな事を言っていた彼女だから納得できるかな。
「ってか、アスカの奴、言い出しっぺなのに遅いな」
「仕方ないでしょ、アスカちゃんも忙しいんだから」
兄をたしなめるユイちゃんの顔に、少し大人しかった頃の面影はない。アスカ以上にしっかりしてきたというか、ヒロユキは全然頭が上がらない状態だ。僕も頭上がらない時があるけどね。
と、少しヒロユキ達のやりとりを傍観していたら、隣で肉に手をつけているタクトが静かに口を開く。
「でも、確かに遅いね。花火ももうそろそろしたら終わるでしょ?」
「肉も勿体ないし、皆で食っちまった方が良くないか?」
「アスカちゃんの分も残しておいた方が……」
「いや、もう食べた方が良いんじゃないかな。ユイちゃんやタクトだって、そこまで食べていないなら食べなよ」
きっと彼女は来ない。そんな予感がする。いや、むしろ予感が的中して欲しい。
何せ、一番危ないのはアスカだ。十年前に初めてデジタルワールドに訪れて、体に異常をきたしていたのは、彼女もだから。ユイちゃんのデジコーマはまだ薬があるから良いけど、アスカの場合は……。
いや、これ以上考えるのは止めよう。今は肉や野菜の味を楽しみながら、花火を楽しまなくっちゃ。
それからしばらくして、食材もなくなり、空に広がる火の花も姿を消した。生来の静寂が訪れていく。
「花火終わっちゃったね……」
「結局、アスカも来なかったね」
ユイちゃんやタクトの残念そうな語調が
けど、僕は少し安堵していた。このままだと言葉が正直に出ちゃいそうだから、何も言わないまま片付けを進め、パンダモンに借りた機材を返しにいく。
リアルだったら、別に心配事はなかった。いや、現実に流行している病気の事はあるけれど、それがなかったら特に頭を抱える事はない。
デジモンと関わる事がないから。同調する相手がいなければ、彼女の身がまた大変な事にならないはず。多分だけど。
片付けも終わり、僕らは少しだけ夜風を浴びながら談笑。雰囲気もお開きな感じがして、皆そろそろ帰ろうと考えていた頃、見慣れた姿がデジベースの出入り口から出てきた。――アスカだ。
「あ、えっと、その遅れてごめん」
「人に遅刻すんなよって言っておいて、お前が一番遅刻してんじゃねえか!」
「う、うるさいわね! 私だって、好きで遅刻した訳じゃないわよ!」
遅れてやってきた彼女にヒロユキが開口一番に文句を言って、二人は小学生の時から変わらず喧嘩に突入。
いつも通りの二人のやりとりには苦笑いしかできない。でも、アスカが元気そうなのは良かったかな。ちょっと複雑なところはあるけれど。
「アスカちゃん、元気そうで良かった」
「うん、そうだね。相変わらず、ヒロユキと喧嘩しているし」
最年少組が呆れつつも安堵したように嘆息を漏らす。ヒロユキ達を見ている彼らの
「シュウも良かったね。アスカが来てさ」
「あ、うん、そうだね。よ、良かったよ」
いきなりタクトに話しかけられ、思わず胸の中にある言葉を吐き出しそうになった。アスカの事に関しては、素直に笑って歓迎できないところがある。だから、声が上ずって、上手く笑えなかった気がする。
僕の心情を
「もしかして、アスカと何か喧嘩したの?」
「いや、そうじゃないんだ。ただ……」
「ただ……?」
「できれば、デジタルワールドに来て欲しくなかったかなって」
そう言うと、タクトは意を理解したように頷き、
ちょっと言葉が足りなかったから、伝わらなかったらどうしようかと不安があったから。僕もそんなに大人なっていないなと実感してしまう。
やや間が空いた後、彼はまだ眉間に皺を作ったままおもむろに話し出した。
「操られていたというか、おかしくなっていた時の事を気にしているの?」
「……そうだね。デジコーマにかかっていたユイちゃんの方を気にすべきなんだろうけど……」
「ユイちゃんは大丈夫だよ。あの時と比べて、大きくなったし、それなりに耐性もあるはずだから」
タクトは
「アスカの場合は、耐性どころじゃないし、シュウが心配してもおかしくないんじゃないかな」
彼の意見に理解してもらえた安堵で心中が穏やかになっていく。と同時に物凄くタクトが頼もしく感じた。
眠ってしまった女の子を一人で守ろうと頑張ってきた彼だったから、きっと僕の心配も分かってくれたんだろう。アスカと違った頼もしさがあって、十年前がまだ小学一年生だったなんて信じられないくらいだ。
「それにシュウの方が、何か知っているでしょ?」
脳裏に昔ドースと話した事がよぎり、胸の中が不安で騒ぎ出しそうになるのを堪えて「そうだね」と言い、視線をアスカ達の方へ向ける。アスカもヒロユキもこっちに近づきながら空を見ていた。
「あ~あ、花火終わっちゃったか……」
「ついでにバーベキューも終わったぞ。お前の分の肉はない」
「別に良いわよ、それは。そこまで食欲ないし」
苦笑いを浮かべたアスカの頬は少し痩せた気がする。たまにご飯抜く事があるって聞いていたし、熱中すると寝るのも忘れているって言っていたような気も……。会っていないから、痩せたと感じるのは気のせいのかもしれないけど。
するとユイちゃんが大股でアスカに歩み寄っていく。アスカより少し高く、見下ろして……何か怒気を発している? 傍らにいるタクトも顔を強張らせていたし、僕も背筋に悪寒が走った。
きっと、今のユイちゃんは目尻を上げて、眉根を
今から何を言われるのか僕も分からないけど、怖い。場が凍てつくような怒気がひしひしと伝わってくる。
「アスカちゃん、またご飯ちゃんと食べていないんでしょ」
「授業のレポートが忙しくて、つい忘れちゃって……」
「ご飯はちゃんと食べて! リアルに帰った後にシュウと一緒にご飯食べに行くとかして……」
「え!? 僕!?」
まさか僕の方に話が飛んでくるとは思わなかった。アスカが困ったような笑みでこっちを見てくるの、何か気恥ずかしいし、ヒロユキが茶化すようにニヤニヤしている。お前、後で覚えておけよ……。
「だって、俺達、今から帰るし」
「ごめん、シュウ。僕もユイちゃんとヒロユキと一緒に帰るから」
「あ~、そっか。そんな時間か……」
デジヴァイスに表記されている時間を見て、納得する。時間の流れは、リアルの方が遅いからそこまで遅い時間ではないけど、こっちだと結構良い時間だ。夜はかなり深まって、辺りは僕らの話し声しか響いていない。
帰宅していくヒロユキ達に「またね」と挨拶を交わして、彼らの背を見送る。昔はずっとここで遊んでいようと言っていた頃が懐かしく感じるけど、いつまでもデジタルワールドにいる訳にはいかないんだよね。
どこか寂しく感じながら僕は、背中が見えなくなるまでずっと眺めていた。十年前とは違うと感じながら。
森閑としたデジベースの正面玄関前の広場。久々に顔を合わせた僕らは、互いに言葉を探して閉口していた。
何も音が聞こえない間が辛い。けど、何を言い出せば良いのか分からない。喉元で言葉が詰まってしまう。
来て欲しくなかったなんて言えないんだから、何を言って誤魔化そうか。心中にある言葉を言わないように、僕から話を切り出した。
「いや、その、春以来かな……?」
「家、近所でちょくちょく会っているのに、何言ってんのよ」
「でも、こうしてちゃんと会ったのって、久しぶりじゃない?」
「それもそうよね。大学も授業がオンラインになったから、顔を合わせる機会減ったし」
苦笑いする彼女の笑顔は、十年前へと変わらない。飾り気のないところも相変わらずで、黄色のパーカーにシンプルな無地のTシャツ、ジーンズにスニーカーとかなりラフな格好をしている。
僕もそこまでファッションに気を遣っている訳じゃないし、流石に口に出すのは気が引ける。でも、どこか安堵しているところがあって、変にお洒落にならないで欲しいと心のどこかで願っていた。
また少しだけ間隙が生まれる。夜風が僕らの髪を撫でていく。緩やかに目の前の茶髪が流れて、飾り気のない彼女をちょっとだけ大人びさせていた。
何故か口から言葉が出なかった。その一瞬を見て、今から何を話そうか忘れてしまい、ただ彼女を眺めるだけ。別に大した事じゃないのに、そんな言葉すら忘れてしまうのは少し年を取っただろうか。
僕が言い出せない代わりに、アスカが穏やかに笑って声をかける。少し快活な声音は僕の胸中を底から温めていく。
「ちょっとだけ話そうか?」
首肯して、彼女と一緒にベンチに座った。昔は一緒に座る事なんて当たり前だったのに、何か今は照れくさい。
幼馴染……と言えば、幼馴染の間柄で別に変わったところがある訳じゃないのに。いや、アスカの場合は僕が引っ越してきてからの腐れ縁と言った方が良いかもしれない。
同級生で一番付き合いが深いのは彼女だからね。通っている大学も一緒で、アスカのいとこであるヒロユキより深い付き合いをしている気がする。流石にヒロユキと比べて、そこまで長い付き合いではないけど。
ふと隣を見る。アスカは
静清とした空気の中、数え切れない程に瞬いている星々。一つぐらい盗んでも気付かないぐらいに、夜空いっぱいに広がっていた。
小学生の頃、夏休み中に裏山へ行って、皆で流星群を見ようとはしゃいでいた時の事を思い出す。
流石にユイちゃんとタクトは連れて来れなかったけど、ヒロユキとアスカと一緒に行って、大人達にバレないようにしながら見ていたあの空。今見ている星空と同じくらいに綺麗で、雨のように流れていく星々を見た感動が忘れられない。
思い出に浸っている中、隣で星を眺めているだろう彼女の口から昔を懐かしむような語調で話が流れてくる。
「昔、裏山に流れ星が落ちたよね。デジシップだったけど」
「うん。あそこから冒険が始まって……それから十年も経ったんだね」
「十年って、こんなに早く経つんだぁ……もうちょっと先の話だと思っていた」
「僕ももう少し先だと思っていたけど、気付いたらそんなに経っていたのに驚いたよ」
気が付けば、僕達がデジタルワールドに訪れて十年。もう皆、大きくなって、あの頃のようにはずっとこの世界にはいられない。
デジモンとの絆が絶たれる訳じゃないけど、僕らは現実世界でも生きていかなきゃいけないから、距離は離れていくのは確か。それでもデジモンと関わっている大人はたくさんいる。だけど、そうじゃない大人の方が圧倒的に多い。
一番この世界を遊び尽くそうと言っていたヒロユキは、もうリアルの方へと帰っているし、ユイちゃんやタクトもそれぞれ事情がある。
その中で僕とアスカだけがデジタルワールドへと繋がって、僕らなりの考えでデジタルワールドを残していきたいと二人でデジタルワールドと現実世界を行き来していた。
僕としては、アスカにはあまり関わって欲しくなかったけど、強くは言えない。それに彼女が簡単に折れるとも思えないから、できるだけ危険がないように二人で来るようにはしているけど……。
そういう事を考えるのはよそう。今は少しだけ十年前の冒険を思い出してみようか。僕はできるだけ、穏和な声音で十年前の事を振り返る。
「皆とはぐれて、タクトとは戦う羽目になったし、ユイちゃんはデジコーマにかかって大変だった」
「それにヒロユキは、勝手にユイちゃん達を探しに行って、行方をくらましたよね」
「アスカもヒロユキ捜していた時に攫われて……何か様子がおかしくなっていたから、驚いたよ」
「あの時の事は……あまり覚えていないかな。何か思い出そうとすると、頭の芯が痺れる感じがする」
彼女の方を見ると眉根を寄せて、思案するように顎に指の腹を添え、俯いていた。
あの時の彼女は操られているというか、何というか……無機質で虚ろな瞳で僕らを見て、戦いに対する一種の狂信を口にしていた。
ヒロユキですらおかしいって言っていたぐらい、アスカの様子は一変していたのは確か。あの後、イーストシティで戦って勝って正気に戻したけど、頭の芯がぼんやりするって言ってデジベースでしばらく休んでいたはず。
ただアスカの事だから、すぐに復帰してデジベースの皆の手伝いをしていたような気がする。少なくとも僕がサウスシティに辿り着いた時は、ヒロユキが何かしでかさないように見張りつつもテイルモンの手伝いをしていたから。
……でも、サウスシティで通信した時、ちょっとふらついていたところを見ちゃったのは本人に内緒だけど。絶対に意地張って認めてくれなさそうだし。
そんな彼女はやっぱり思い出そうとうんうんと唸っている。一度熱中すると、ずっと考え込んでそうだし、またユイちゃんに怒られるよ。なんて、思いつつも僕はアスカの耳にハッキリと届くぐらいの声量で話しかけた。
「無理に思い出さなくて良いよ。デジモンと同調しちゃっていた時期なんだし」
僕の声で現実に戻ったらしいアスカは、「それもそうね」と言って顔を上げて、僕と視線が合せる。薄紫の瞳は十年経った今でも意志の強い光を宿していていた。十年前の冒険もこの光があったから、どんな困難も立ち向かえたと改めて思う。
彼女はその
「そういえば、何か浮かない顔していたけど、どうしたの?」
「へっ? 浮かない顔って、何?」
「ほら、さっきタクトと何か話していたじゃん。その時のシュウの顔、何か悩んでいる感じがしていたから」
心臓が跳ね上がる。別に悪口とか言っていた訳じゃないけど、彼女にとって好ましくない内容の可能性がある話はしていた。まさかヒロユキと言い争っている中で、僕達の事を見ていたなんて……正直、驚いた。
でも、いつも周りを見てくれている彼女だから、気付いたかもしれない。そんな彼女に内心がバレないように、平静を装って苦笑いをしながら返す。
「もう皆が帰っちゃう頃だったからね。ちょっと寂しいなって、思ったんだよ」
「本当に? 実は私が来たから、ちょっと嫌だったんじゃないの?」
喉元にあった言葉は一瞬に引っ込んで、口を開けなくなってしまった。そんな事じゃないけど、来て欲しくなかったのは確かだから、否定はできないところはある。
どう言えば、上手く伝わるのだろうか。素直に話したら、彼女を傷つけてしまいそうで怖い。けど、話さないと誤解されたままになってしまうかもしれない。
一歩が上手く踏み出せなくて、僕は地面を見つめてひたすら沈黙を守るしかなかった。
「え? 図星?」
何も言えない僕を見て、アスカは心底驚いた調子で訊ねる。上手く言葉にできなくて、頭の中は空回りし続けていく。
すると、立ち上がった気配を感じた。慌てて顔を上げて、「待って!」と手を伸ばして彼女の腕を掴む。思ったより
視線を上に向けて、薄紫の瞳とぶつかる。とても驚いて僕を見つめているアスカの
「えっと、アスカが嫌いとかそんなんじゃなくて……怖かったんだ。またあの時みたいになったらって」
面と向かって言うのが怖くて、目を逸らしてしまう。……自分の臆病さや不器用さに
ヒロユキやタクトならきっと素直に言えたんじゃないかなと考えると、余計に自分が情けない。
「平気よ。ユイちゃんみたいな病気じゃないんだから」
そんな僕の心情を察したのか、アスカの声音は朗らかなままにどこか優しい。きっと目線を合わせたら、困ったような笑みを浮かべている彼女の顔が見えるだろう。けど、今はアスカと目を合わせる勇気が足りない。
せめて、彼女がどこかへと消えてしまわないように、少しだけ腕を握る力を強めた。ここにいるんだと言い聞かせて。
「だからだよ。もしかしたら、次デジモンと同調しちゃったら……」
思い起こされるドースとの会話、僕が中学生になった時に彼と再会した日の事。
彼から「彼女は元気デスカ?」と訊ねられて、「元気だよ」と返答した時、凄く安堵した表情になったのを覚えている。
曰く、「デジコーマより厄介」と言っていて、下手をすれば廃人になっていたかもしれないと……。テリアモンから聞いた時は笑っていたけど、あの時に話を聞いてから恐怖心が心の中に滞在していた。
データの一部を共有している状態だから、デジモンと息の合った連携が取れるけど、逆にデジモンに呑み込まれる可能性がある。
それどころかデータの一部が欠損してしまい、元の生活に戻れなくなる可能性だってあるって言われて、本当に大事にならなくて良かったって思う。
ただその頃の事を思い出そうとすると、頭の芯がぼんやりするとか痺れるのは後遺症らしい。正気に戻った時も頭の芯がぼんやりするって言っていた訳だし、多少なりともデータの損傷は免れないという事も教わった。
だから、後遺症が悪化してまう事や他のデジモンと同調してまった場合を考えると、本当に来て欲しくなかった。
けど、これは僕のワガママだし、心のどこかでは来てくれた事に安堵している。相反する二つの気持ちが、より口を重たくしていた。
「よく分かんないけど、大丈夫だってば」
能天気なアスカの声音。不思議ともう一度だけ視線を合わせる勇気が湧いて、彼女の
気が強くて明朗な少女の面影を残しながら、アスカは
「今はシュウしかいないし、デジベースの中だって、見知ったデジモンしかいないから」
「う、うん。そうだね」
確かにそれもそうだ。何も十年前みたいに冒険する訳じゃないんだから、そこまで心配する必要はないか。
デジベースの中だって、デジモンがいるし、もし同調しているなら既になっているもんね。何か心配して損した。
肩の荷が下りたのと同時に余計な心配をしてしまった恥ずかしさが心中を満たしていく。本当に何を考えていたのだろうか、僕は。
また間が空く。恥ずかしさのあまり、顔が赤くなっていくの感じる。視線をまた落として、悟られないようにしなきゃ。
夜風が一陣吹いて、僕の火照った顔を冷やしていくよう。同時に頭も冷え、彼女の腕を握ったまま座っていた事に気付く。
流石にこのままだと恰好がつかないから、おもむろに立ち上がり、アスカの隣に並び立つ。十年前は彼女の方が大きかったのに、今は僕の方が大きい。
十年という月日は僕らを変えていた。いつの間に背の順も変わっていて、一番背があったアスカが今では僕らの中で小さい。僕が掴んでいる腕も細くて、この腕からヒロユキを殴り飛ばしていた力が生まれるのかと驚嘆するばかり。
本当に気付かない内に色々と変わっていて、時の流れに心が追いつかない時がある。けど、隣で快活に笑う姿はずっと変わらない。彼女が笑う姿を見て、心の底から温かくなっていく。
心が軽くなったところで、ようやくアスカの腕を解放する。彼女は星空に夢中になっているのか、全然気にしてないみたいだ。もしかしたら、腕を掴まれていた事、忘れているかも。
子供みたいに星を眺めている彼女に合わせて、僕ももう一度空を仰ぐ。満天の中、このまま見つめていたら迷子になりそう。ちょっと踏み出すだけで離れ離れになりそうで怖い。
小学生の時に天体観測しようと裏山を登っていた頃を思い出して、今度は彼女の手を握る。
あの時も道が暗くて、はぐれないように手を握っていた。ヒロユキは独断専行して先に行っちゃったけど、暗いのが苦手なアスカと初めて夜に裏山を訪れる僕は怖くて、互いの手を握り締めて歩を進めていたな。本当にあの頃が懐かしい。
ただあの頃と違うし、拒絶されるかなと思ったけど、アスカはごく自然に握り返してくれた。小さくて柔らかい手、彼女の温度が直に伝わってきて、心臓が鼓動が早くなっていく。
顔も体も熱くなって、強張っていくのを感じる。幼馴染というか友達と手を繋いだだけなのに、何でサウナにいる気分になるんだろうか。もしかして……いや、そんな事はないと押し留めて、ただじっと空を見つめた。
また沈黙が流れる。でも、今度は心地良かった。この時間がちょっとだけ続けば良いなと思ったのは、ワガママだろうか。
少しの空隙を経て、アスカが楽しそうに弾んだ語勢で「デジタルワールドの星も綺麗だね」と沈黙を破った。
僕も「裏山で天体観測したみたいに綺麗だ」と昔を思い出しつつ言葉を返す。あの時もこんなに空が星で覆いつくされていた。そして彼女と手を繋いだまま我を忘れて、ずっと星を眺めていて……結局、あの頃と変わっていないかもしれない。
「十年前みたいに流れ星が流れてきたりしてね」
彼女が朗らかに笑って言うと、空に一筋の光が流れた。そして、その一筋を皮切りに次々と星が降り注いでいく。
僕らは空を見上げて、止めどなく流れていく星々をただじっと眺めていた。
「今日って、流星群だったっけ?」
「リアルだとそうは聞いていないけど……」
現実世界とデジタルワールドの天気は繋がっていないから、口に出して何を言っているだと思ってしまうけど、そんな事なんてどうでも良くなるぐらい星の雨が洗い流していく。
言葉という言葉が出てこないぐらい綺麗な雨、降り止む事を知らないかの如く、次から次へと星が尾を引いて流れる。
ここでも流れ星を見るとは思わなかったけど、まさか流星群を見る日が来ようとは……十年経って、初めてデジタルワールドで流星を見たと言ったら、きっと十年前の僕は驚く。あの頃は、空を見上げている余裕なんてなかったから。
「ヒロユキ達は残念ね。こんなに綺麗な星空見れなくて……私も花火見れなかったけど」
「僕は両方見たよ」
「シュウが一番得してんじゃん」
隣でからかうように笑うアスカ。快活な笑い声が
今年も彼女が笑う姿が見れて良かった。いつの間にか体の強張りも解け、緩やかに口の端が上がる。
アスカも
「またあの時のようにお願いしようかな?」
「三回言うの?」
「口に出したら、願い事叶わなくなるでしょ」
彼女のツッコミに「それもそうだね」と同意する。よく神社とかで願い事をしたら、口に出しちゃいけないって言うもんね。
それに言わない方が彼女の場合は叶う。だって、十年前もそうだったから。ワクワクするような冒険を密かに願っていた事を。
でも、僕はある願いを口に出そうと思う。いや、約束って言った方が良いかもしれない。とにかく、彼女に話しかける。
「ねぇ、アスカ」
「何?」
「また来年もさ、一緒に行こうね」
「うん、今度は皆で流れ星見に行こうか」
返答を聞いた瞬間、心の片隅で残念がる自分がいた。どうせなら彼女と一緒に見たかったのにと嘆いている。
いやいや、何を考えているんだ。どうせなら皆と一緒の方が楽しいに決まっているだろ。
邪な考えに自噴して抑えて、また満天を眺める。まだ空に星の雨が降っていて、尾を引いて静かに消えていく。
儚く消えていく星の瞬きを見ながら、温かくて柔らかいアスカの手を握り締めて、隣にいる彼女に内心が届かないように願う。
――どうか、いつまでも大切な人と一緒に流れ星を見られますように。
どうも、巻波です。そういえば、ロスエボも発売してから十周年だったなと思って、この度は一筆書いてみました。
珍しく一人称視点で書いてみましたが……まぁ、クオリティはお察しの通りかと。
何かパパっと筆が進んだなと思いますが、きっと構成している内容がそこまで長くなかったからだと……。
またいくつかは独自解釈があったと思います。原作や他のデジモン作品と鑑みて、多分こんな感じじゃないかと考えてみました。
ちょっとオリジナル設定すぎるかもしれませんけど……。
後、「作者、まさかアスカ推しなの……?」と思った方、大当たりです。
私、巻波はサブキャラクターの中で一番好きなのが、アスカなんです。
まぁ、序盤から一緒に行動していた仲ですし、とあるデジモンの心境も変えた子ですから……とりあえず、原作主人公とくっついてくれと願って書きました。
ちなみに育成ゲームの中ではかなりやり込んでいたゲームなので、かなり思い出深いです。
だから、少しばかりは恩返しにと。話、あれだけど感謝の意はたっぷりと込めました。
では、今回はこの辺りで筆を休めます。良ければ、感想をくださると嬉しいです。