月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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過去最多の文字数。しかし彼女との再会にはこれでも足りないと思う。

そんな第10話。

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第10話「幕開けの時」

 ――――――そんな、悲しい夢を見た気がした。

 

 朝日が目に射し込み、寝袋の中で目が覚ます。辺りは広々とした草原。昨夜は幸いにも雨は降らなかった様だ。

 グライアイの住処を目指して一日が過ぎた。地図によれば、あと三時間くらい歩けば目的地へ到着するだろう。自分の脚力を増強する『コード:move_speed()』を使えば時間を短縮できるが、その後にグライアイのギフトゲームに挑む事を考えると余計な消耗は避けたかった。

 寝袋から這い出て、朝食代わりの携行食糧をギフトカードから取り出しながら周囲を見回す。人影どころか、動物の影すら見られない誰もいない草原。そこは、夢で見た少女が自害した場所を彷彿させた。

 

「何だったんだろうな、あの夢は………」

 

 答える人間などいないと分かっても、つい一人ごちてしまう。夢で見た少女の結末は、あまりにも報われないものだった。彼女はただ国民に愛して欲しかっただけだ。そのやり方が、あまりにも情熱的過ぎた。いっそ苛烈と言えるくらいに。

 それはまるで炎だ。全てを与える代わりに歩み寄る者の全てを焼き尽くす、情熱の炎。

 頭を振って、雑念を払う。今は夢の事よりもグライアイのゲームの方が重要だ。黒ウサギとレティシアの為にも、今日のゲームは必ず勝たないといけない。

 手短に朝食を済ませると、寝袋をカードに仕舞ってグライアイの住処へ歩き出した。

 

 ―――奏者よ。余は、ここにいるぞ? なのに何故………。

 

 

 

 グライアイの住処は、海辺の近くにあった。箱庭は平らな大地だったはずだから、この海の先には十六夜が以前見たという世界の果てがあるのだろう。ゴツゴツとした岩が無造作に転がる荒れ果てた岸部に、それはいた。

 

「フェッフェッフェッ、よく来たねぇ。こんな最果てにお客さんなんて何十年ぶりだろうねぇ?」

 

 キイキイとガラスを引っ掻くような声が耳朶に響く。声の主は黒いローブを着た三人の老婆だった。フードを深く被って顔は見えないが、ローブの裾から伸びた手は皺だらけな上に深海の藻を思わせる緑色だ。見た目も気配も人間離れしている。

 

「貴方達がグライアイ?」

「ああ、そうさ。私が長女のパムプレード」

「次女のエニューオだよ」

「で、アタシゃ三女のデイノーさ。よろしくね坊や」

 

 きひひひ、と気味が悪い笑い声を上げるグライアイ三姉妹。高台にいるから自分を見下ろす形になっているが、同じ目線の高さになっても彼女達は岸波白野を下に見ているだろう。そんな事を感じさせる様な笑い声だった。そんな考えを顔に出さない様にしながら声をかける。

 

「早速だけど、“ペルセウス”に挑む為に貴女達の試練を受けに来た。挑戦させてくれないか?」

「おや、久しぶりだね。今の若大将の代になってからアタシ達の試練を受けに来る奴なんて居なかったのに」

「どうする? パムプレード姉さん。この坊や、あまり強そうには見えないよ」

「まあまあ、エニューオ。せっかくの参加者だ、丁重に持て成すとしようかねぇ」

 

 お互いに何やらヒソヒソと話し合うと、グライアイ達は腕を一振りして契約書類(ギアスロール)を取り出した。自分の手元へ飛んできた契約書類を受け取り、目を通してみる。

 

『ギフトゲーム名“グライアイの瞳”

 

・プレイヤー一覧 岸波白野

 

・クリア条件 ホストの持つ宝玉を奪う。

 

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。敗北条件を満たした場合、ホストからのペナルティが発生します。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

                          “ペルセウス”印』

 

「単純なゲームさ。坊やは私が持つ、この宝玉を奪えばいい。力で奪うも良し、こっそりと盗むも良し。舌先三寸で騙し取るも良しと何でもありさね」

 

 そう言って長女のパムプレードは懐から“ペルセウス”の刻印が入った、リンゴ程の大きさの青い宝玉を取り出した。あれが挑戦権となるギフトだろう。

 

「伝説の様にグライアイの目を奪ってみせろ、ということか………このペナルティというのはどんな?」

「ああ。それだけどね………」

 

 自分に聞かれたパムプレードはフードから素顔を出す。それを見た瞬間、驚きの余りに息を呑んだ。

 パムレードの顔は人間の老婆に近かった。ただし本来なら目がある場所には何もなく、底なしの闇を思わせる真っ黒な眼孔だけが顔についていた。

 

「見ての通り、私達には目玉が無いんだよ。なにせペルセウスの奴がどこかに捨てたからねぇ」

「だから、もし坊やがゲームをクリア出来なかったら………坊やの目玉をくり抜かせて貰おうか」

「安心しなよ、くり抜いた後はちゃんと坊やのコミュニティの門前まで送ってあげるからさ!」

 

 残った二人もフードを脱ぐ。やはりと言うべきか、二人は姉と同じ様に目が無かった。ここで負ければ、自分も同じ様な顔になってしまうだろう。けれど、

 

「………その宝玉を奪えばいいんだな?」

 

 確認する様に聞くと、グライアイ達はおや? と眉を動かした。

 

「やる気満々だねぇ。冗談抜きで目玉を抉り取るよ? 坊やのコミュニティの門前に転がして晒し者にするよ? それでもいいのかい?」

 

 ニヤニヤと目の無い顔でこちらを嘲笑うグライアイ達。岸波白野が勝てる可能性など万に一つも無いかもしれない。それでも、黒ウサギやレティシアの事を思うならば。ここで引けるはずが無い。

 

「構わないよ。遠慮せずに始めてくれ」

「若い子は元気が良いねぇ。はてさて、その威勢が何時まで持つやら」

 

 笑いながら、パムプレードは宝玉を懐へ仕舞直した。それが、ゲーム開始の合図だった。

 

「コード:move_speed()、実行!」

 

 脚力を強化する魔術(キャスト)を自分にかける。相手から宝玉を奪いさえすれば良いんだ。まずは距離を詰めないといけない。そう考えて、パムプレード目掛けて一気に走り出す。

 

「甘いよ!」

 

 次女のエニューオが叫ぶと同時に、彼女の両手から台風の様な強風が吹き出した。立っていられなくなり、堪らずにその場に伏せる。この風をどうにかしないと!

 

「くっ、コード:sho、」

「おおっと、アタシもいるよ!」

 

 エニューオに向けて相手を麻痺させる魔術(キャスト)を撃とうとすると、今度はデイノーの手から鉄砲水が飛び出す。消防車のホースの水で押し出される様に身体が転がり、近くにあった岩に叩きつけられる。

 

「ガハッ、………!」

 

 衝撃で肺の中の空気が押し出され、堪らずに咳き込んでしまう。そこにグライアイ達の嘲笑が頭上から降ってきた。

 

「なんだい、なんだい! 威勢が良い割にはてんで弱いじゃないの! ホラ、諦めて帰んなよ!」

「エニュー姉さんの言う通りだよ! 今なら命までは取らないからさ! 目玉は取るけどね!!」

 

 耳障りな笑い声を無視して立ち上がる。作戦変更だ、まずは二人の妨害を止めさせないといけない。その為には、

 

「コード:gain_con()、実行!」

「ふぅん? 見たところ、防御を強化したみたいだけど、守りを上げて持久戦かい? いいねぇ、ちょいと遊んであげるよ!」

 

 笑い声と共に、再び暴風と洪水を振るう二人のグライアイ姉妹。自分はそれにまっすぐと突っ込んで行った。

 

 

 

 もう何度、地面に叩きつけられただろうか? 

 もう何度、銃弾の様な放水を浴びただろうか? 

 いずれにせよ、数えるのも馬鹿らしい回数だろう。それなら気にしない事にする。

 

「こ、この………まだ立ち上がるのかい。いい加減に倒れなよっ!!」

 

 苛立ちを隠しきれない声で、エニューオが再び暴風を発生させる。為す術なく体が宙へと飛ばされ、そのまま落下した。

 ゴシャッ、と嫌な音が近くから聞こえた。立ち上がろうとすると、視界の半分が赤く染まった。どうやら頭から落ちて、頭皮が切れたらしい。

 

「ハァ、ハァ………フ、フン! 見上げた根性だったけど、ここまでだよ。さあ、もうアンタに勝ち目なんて無いんだ。さっさと降伏して、」

「エ、エニュー姉さん!」

 

 グライアイ達の声を聞き流しながら、コード:heal()を発動させる。傷が塞がったものの、何度も地面や岩に叩きつけられて疲弊した体は泥の様に重かった。

 それでも、両足を踏ん張って立ち上がる。

 

「くっ………いい加減におし! 弱いくせに何度も何度もゾンビみたいに立ち上がって鬱陶しいんだよ! 見苦しい、いい加減に諦めたらどうだい!?」

 

 諦めろ、お前は弱い。そんな声が耳と心に響いてくる。確かにその通りだ。自分には十六夜や耀の様に圧倒的な身体能力は無い。飛鳥みたいに問答無用で相手を屈服させる様な特殊な力だってない。肉体は凡庸で、使えるギフトも凡そ人外の相手との直接戦闘に向かないものばかり。それが岸波白野だ。けれど―――

 

「……め、ない。諦め、ない………っ!」

 

 口の中の血塊を唾と一緒に吐き捨てながら、精一杯に虚勢を張る。ここで負ければ、“ペルセウス”は自分達を警戒してギフトゲームを取り下げる可能性だってある。そうなれば黒ウサギとレティシアの両方を助ける道は閉ざされるだろう。こんな所で、諦めてなんてやれるものか。

 

「こ、この………!」

「おどきよ。エニュー、デイノー」

 

 ゲーム開始からずっと後ろで控えていたパムプレードが前に出てくる。

 

「パム姉さん………」

「こういう輩は何を言っても無駄さね。諦める、なんて選択肢が頭に無いんだ。そういう奴をどうにかしたいなら………意識ごと刈り取るしかないよ」

 

 パムプレードが両手を前にかざすと、そこから雷光が迸る。パリッ、パリッと音を立てながら雷の球体は徐々に大きくなっていく。

 

「坊やの目玉は綺麗だったから余計な傷はつけたくないんだが………恨むなら自分の往生際の悪さを恨みな」

 

 かざした手をこちらへ向けると同時に、雷撃が自分に迸った。頭の先からつま先まで突き抜けるような衝撃と共に、肉の焦げた様な臭いがする。間近で落雷の様な音がして、耳がおかしくなってくる。筋肉が痙攣したのか、手足が出鱈目に動いて無様なダンスをしながら自分は地面に倒れた。

 

「まあ、ざっとこんなもんさ。さ、これでこのゲームは私達の勝ちだ。さっそく坊やの目を………」

 

 もう一度、立ち上がる。雷撃で神経に異常が出たのか、立っているという感覚すら無かった。好都合だ。これで痛みに気絶しそうになる事は無くなった。

 

 自分は弱い――――――いつもの事だ。

  見苦しい――――――格好良く戦えた事なんて無い。

   諦めろ――――――それだけは出来ない。

 

 そうだ。なんとなく、思い出してきた。自分に戦う力なんてない。出来るのは、いつだって前に進むことだけ。それだけを頑なに守ってきた。それだけが自分の誇りだった。

 だから―――前に進める内は。体がまだ動く内は。自分から諦める(止まる)なんてことは、絶対にしたくない!

 

「………予定変更だよ。エニュー、デイノー」

「パム姉さん?」

「本当にしつこい子だね。まるでゾンビだ。それなら………肉体ごと消滅させようじゃないか」

 

 パムプレードの言いたい事を察したのか、グライアイ姉妹は全員で両手を天に掲げる。それぞれの両手から出された水、風、雷が空中で混ぜ合わさり、巨大な竜巻が出来ていく。エニューオによって押し固められた竜巻に、デイノーの洪水が合わさって激しい水流となる。そこへパムブレードの雷撃が加わり、まるで大嵐を無理やり押し込んだ様な竜巻となった。

 

「坊やの目は本当に惜しいんだが………流石の坊やもこれで終りだよ」

 

 目の前で作られていく竜巻に体が震える。あれをくらえば自分は跡形なく砕け散るだろう。かと言って、避ける事も出来ない。コード:move_speed()で強化した脚力程度では、あの暴風雨を避け切れない!

 ここまで、か? 自分にはもう為す術はないのだろうか? 

自分の無力さに膝をつきそうになった、その時だった。

 

 ―――奏者よ、早く余の名を………! これ以上は干渉できぬ………! そなたの力が必要だ!

 

「くっ、また………!」

 

 あの声だ。昨日から聞こえてくる幻聴が、今度は頭痛と共に耳に響いた。こんな幻聴を、今は聞いている場合じゃないのに!

 

 ―――奏者よ、思い出せ! というか、何故余のことを忘れているのだ!? 余はそなたの名前はおろか、そなたの事を考えぬ時などないというのに!!

 

「この、声………」

 

 どこかで聞いた事がある。そう思って思考の海へとダイブする。今朝の夢? 違う、それよりも前だ。いやそもそも、あの夢は■■■■の過去を聞いた時に見た―――

 

「うぐっ!」

 

 突然、頭痛がして頭を抑える。まるで五寸釘を打ち込まれている様だ。ズクン、ズクンと痛みが増していく。そして脳裏に、こことは別の場所の映像がフラッシュバックする。

 

(これは……“フォレス・ガロ”のゲームの時と同じ………!)

 

 目の前には、もう少しで完成する圧縮された巨大な暴風雨。こんな映像を見ている場合じゃないはずなのに、何故かそれに心を奪われた。

 

 聖■戦争の予選で倒れ伏し、ただ死を待つだけの自分に手を差し伸べてくれた■■バー。

 仮初めとはいえ、友人に手をかけて泣く自分に優しい涙だと言ってくれた■イバー。

 最期の時、電子の海へと融けていく自分に付き添ってくれた――――――。

 

 ―――ええい、いいから思い出せ! そして万感の思いを込めて呼ぶのだ! そなたの剣を! 至高のサーヴァントたる、余の名を!

 

 その声を知っている。その少女を知っている。誰よりも誇り高く、誰よりも美しく生きようとした少女。彼女の名は―――。

 

「これで、トドメだよっ!!」

 

 出来上がった暴風雨をグライアイ三姉妹達が自分へ解き放つ。触れた先の物を全て粉砕する竜巻を前に、自分の心は凪の様に落ち着いていた。

 そう、いま思い出した。自分とあの少女がいれば、この程度の攻撃は容易く切り抜けられる。

 ギフトカードから、“ノーネーム”の保管庫から持って来た長剣を取り出す。

隕鉄の(ふいご)原初の火(アエストゥス・エストゥス)

 これこそが、彼女を呼び出せる英霊の象徴(シンボル)―――!

 

「来い………」

 

 目の前に迫った、巨大な竜巻を前に万感の思いを込めて声に出す。

 

「来い………セイバーッ!」

 

「―――うむ! その叫び、待ち焦がれたぞ奏者よ!」

 

 その瞬間、剣から爆発的な光の奔流が起こる。目を凝らすと、光は0と1で形成された無数の数式(コード)だった。数式は互いを織りなす様に重なっていき、やがて真紅の絢爛な衣装を着た金髪の少女が実体化する。

 

花散る天幕(ロサ・イクストゥス)!」

 

 少女―――セイバーは実体化が終わるや否や、手にした長剣で目前に迫っていた竜巻を横凪に斬りつける。

 一閃。それだけで、グライアイ三姉妹が作り出した竜巻は消滅した。

 

「ば、馬鹿な―――!?」

 

 目の前の出来事が信じられず、愕然となるグライアイ達。その隙を、見逃せるはずが無かった。

 

「セイバー!」

「うむ!」

 

 名前を呼んだだけで何をしたいのか察したセイバーは、パムプレード目掛けて疾風の様に駆け寄る―――!

 

「くっ、この………!」

 

 迫りくるセイバーに目掛けて、パムプレードは片手を突き出して雷を放出する。その威力は慌てて放ったとは思えない程だ。人間がくらえばショック死しかねないだろう。

 だが、その雷撃はセイバーに当たる前に彼女自身の対魔力でガラスが砕ける様な音と共に霧散する。

 

「な、なんで!?」

「ハアアァァッ!!」

 

 パムプレードの疑問に答えることなく、セイバーは突き出された腕に剣を振り下ろした。

 

「ヒッ、ギ、ギャアアアアアアッ!!?」

 

 腕を切り落とされた痛みの余りに、悶絶するパムプレード。その懐から宝玉が零れ落ちる―――!

 

「shock()!」

「ギャッ!?」

「エニュー姉さん!?」

 

 パムプレードに気を取られていたエニューオへ雷球の弾丸を当てる。そして同時に、用意していた魔術(キャスト)を発動させた。

 

「コード、move_speed()ッ!!」

 

 瞬時に強化された脚力で、地面へと落ちていく宝玉へと疾走する。こちらの意図にようやく気付いたデイノーが、慌てて発生させた鉄砲水を放つが、走り幅跳びの要領で大きく跳んで回避する。あと十メートル、五メートル、そして―――!

 

「このゲーム………俺の、俺達の勝ちだッ!」

 

 手の中に握られた宝玉を高々で掲げて、自分は勝利宣言をした。

 

 

 

「奏者よ! 会いたかった………ずっと、ず~~~っと会いたかったぞ!!」

 

 自分を抱きしめ、涙ぐむセイバー。彼女の頭を撫でながら何を言おうか迷い………結局、一言だけに済ませる事にした。

 

「久しぶり、セイバー」

「うむ! 余こそがアポロンに匹敵する芸術家にして、ミネルヴァに勝る剣の使い手! そなたのサーヴァント、セイバーだ!」

 

 ドヤッ! と効果音がつきそうな顔で不敵に笑うセイバー。その笑顔に苦笑しながら、さっきから気になっていた事を口にする。

 

「セイバー、どうしてここに? ここはセラフじゃないから君が出てこれるはずはないし、それに記憶が確かなら俺は………」

「そんな物は知らぬ。奏者がここにいる。NPCでも、霊体でもない実の肉体をもって、だ。そして余は奏者の元へ参じる為にここに来た。都合よく、余の遺品が奏者の近くにあったからな」

 

 ようやく取り戻した自分の記憶に戸惑いを覚えながら事実関係をはっきりさようとすると、セイバーは何でもない事の様に言った。

 

「余はここにいる、奏者もここにいる。二度と会う事は無いと思った二人がこうして再会できたのだ。今はそれで良いではないか」

 

 自分がいる以上、それ以外の事は些細な事だとセイバーは言い切った。相変わらずだな、セイバーは。記憶と変わらぬ彼女の姿に、つい顔が綻んでしまう。

 

「そ・れ・よ・り・も、だ! 奏者よ、余の事をつい先ほどまで忘れていたとは何事だ! あれ程の時を共にいながら、余の傑作である原初の火(アエストゥス・エストゥス)を見ても何も思い出さぬとは………ええい、この不忠者めっ!!」

 

 怒ってますよ、と言わんばかりにセイバーはふくれっ面になる。どう言い訳したものかと考え始めた矢先、

 

「このっ………卑怯者が!」

 

 突然の罵声に振り向くと、デイノーが目の無い顔を怒りに歪ませていた。その後ろでセイバーに腕を斬り落とされて気絶したパムプレードが、エニューオの治療を受けていた。

 

契約書類(ギアスロール)にはプレイヤーはアンタの名前しか書かれていないじゃないか! それなのに、途中から助っ人を参戦させるなんてルール違反じゃないかいっ!! アンタの反則負けだよ! 分かったら、さっさと目玉を寄越しな! ついでに腕を斬り落して、パム姉さんの代わりの腕にしてやるからさっ!!」

 

 口角泡を飛ばす勢いで、こちらへ詰め寄ってくるデイノー。セイバーが自分の前に出て身構える。するとそこへ、

 

「………お止しよ、デイノー。その坊やはルール違反はしちゃいないよ」

 

 弱弱しい声でパムプレードが仲裁に入った。

 

「パム姉さん、でもっ!」

契約書類(ギアスロール)のクリア条件には、『ホストの持つ宝玉を奪う』としか書かれていないよ。それにどんな手段を取ってもいい、と言ったのは私さね。いきなり助っ人を出そうが、何ら問題は無いよ」

 

 長女に(たしな)められて、デイノーは黙りこくった。寝たままの体勢で、パムプレードはこちらへ顔を向けた。

 

「坊や達の勝ちさ。そのギフトは遠慮なく持って行きな」

「ゲームに勝っておいて言うのも難だけど、いいのか? 貴方達は“ペルセウス”からこれを死守する様に言われてるはずじゃ………」

「フン。前のリーダーならともかく、今の若大将(ルイオス)相手にそんな大層な忠誠心なんて持ち合わせていないさ。それに、坊やはアタシのゲームに勝ったんだ。勝者が敗者を気にするもんじゃないよ」

「ふむ。そなた達は容姿が醜いが、見上げた心意気を持っているな。魔術もキャスターより数段と落ちるが、その魂は良い。褒めて遣わすぞ」

「………ペルセウスを思い出させるくらい生意気な小娘だよ、ったく」

 

 尊大な態度のセイバーに毒づくパムプレード。やがて真剣な顔になると、自分へ話しかけてきた。

 

「“ペルセウス”に挑戦したいなら、もう一つ宝玉が必要だ。そいつはクラーケンって化け蛸が持ってるんだけど、今の坊やじゃ話にならないね。アイツは脳みそまで筋肉で出来てる様な奴だけど、そのぶん体のデカさと力は半端じゃないんだ。そこの小娘は中々やるようだけど悪い事は言わない、一度コミュニティに帰って総出で、」

「その必要はねえよ」

 

 突然の第三者の声に振り向くと、十六夜が岩場の高台に腰かけていた。

 

「十六夜………どうしてここに?」

「そりゃ俺のセリフだぜ。謹慎中の岸波が何でここにいるんだ?」

「………そっちだって謹慎中のクセに」

「違いねぇ」

 

 ヤハハハハ、と笑いながら自分達の目の前に着地する十六夜。傷だらけの自分をジロジロと見る。

 

「随分と苦戦したみたいじゃねぇか。弱っちいんだから無理すんなっての」

「む。聞捨てならぬぞ、そこな少年よ。余の奏者は確かに肉体面では余に劣るが、魂は何者よりも勝るぞ」

「………お前は? 色々と丸見えだけど?」

「ほう? 余の戦装束に目を付けるとは良い審美眼だ。これはな、見えてるのではない。見せているのだ!」

 

 訝しむ様な十六夜に対し、バン! と胸を張るセイバー。慣れたとはいえ、時々目のやり場に困るんだよなぁ。

 

「それで、十六夜は? 偶然ここに来たわけじゃないんだろ?」

「ああ。存外に早く片付いたから、強行軍でもう一つの試練に受けに来たんだけどよ」

 

 そう言って、ポケットから何かを取り出した。“ペルセウス”の刻印が入った赤い宝玉。これはもしかして――――――

 

「それは………クラーケンの宝玉! あの化け物蛸を倒したというのかい!?」

「ああ、あの蛸か。そこそこ面白かったけど、あれなら水神の蛇の方がマシだったな」

 

 無い目を剥いて驚愕するパムプレードに、十六夜は肩をすくませる。何でもない事の様に言っているが、言う程に楽な戦いでは無かっただろうに。とはいえ、

 

「これで“ペルセウス”への挑戦権が揃ったな」

「ああ。あとは伝説の英雄の末裔とやらがどれ程のモノか、お手並み拝見といくか」

「ほう。かのギリシャ(アカイア)の英霊に縁ある者が、奏者の相手か? よいぞ。美しさに定評ある、かの地域の英雄達ならば余の舞台も映えるというものだ」

 

 頷き合う自分達に、セイバーが口を挟んだ。そういえば以前、セイバーはギリシャ神話の英霊とは何かと競い合ってみたいと言っていたな。

 

「あんま期待しない方がいいと思うぜ、お姫様? 相手は親の七光り臭いしな」

「待て。その姫というのは余のことか? 訂正せよ。余は皇帝であるぞ!」

「へえへえ、皇帝陛下(笑)」

「何だ、その馬鹿っぽいネーミングは!? 貴様、余を愚弄しているのか!!」

「じゃあ恰好から、皇帝陛下(恥)」

「よし! そこへなおれ、叩き斬ってくれるわっ!!!」

 

 ヤハハハ! と笑いながら逃げる十六夜に原初の火(アエストゥス・エストゥス)を振りかぶって追いかけっこを始めるセイバー。彼等の様子に苦笑しながら、自分は一言だけ呟いた。

 

「ただいま、セイバー」

 

 

 




お待たせしまた、読者の皆様。
いよいよ赤セイバーの参戦です! 狙ってやったわけじゃないけど、今まで焦らした甲斐がありました(笑) 
岸波白野の記憶はどうなったか、セイバーが何故ここに来たのか。それらの理由はおいおい書いていきたいと思います。

以下、設定用語になります。

『グライアイ』

ペルセウスの試練に登場。パムプレード、エニューオ、デイノーの三姉妹の老女。それぞれが雷撃、暴風、洪水のギフトを持つ。試練に挑戦しに来て敗北した者は目玉をくり貫いて、見せしめの為にコミュニティの門前に放置するという凶行を繰り返していた。この様な行いが許されるのも、一重に箱庭世界のギフトゲームだからである。

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