月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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元の展開にたった二人の登場人物を追加するだけで、出番の調整は難しくなるのだなぁと思いました。

それでは第二章、お楽しみ下さい。


第二章『あら、魔王襲来のお知らせ?』
第1話「“火龍誕生祭”へのお誘いですよ?」


「ふぁあ・・・・・・」

 

 日が昇り、仕事始めの準備に出向く人々の波に逆らう様に、自分とセイバーは“ノーネーム”への帰路を歩いていた。ペリベッド通りでは既に開店準備を終え、仕事に精を出す店もあった。

 

「随分と眠そうだな、奏者よ」

「流石に徹夜はね・・・・・・そう言うセイバーは平気なのか?」

「夜通しの宴など珍しくなかったからな。この程度は疲れの内には入らぬわ」

「ああ、そう・・・・・・」

 

 流石は元・皇帝。徹夜明けだというのに、そんな素振りを微塵に見せず堂々として佇まいを見せている。セイバーの整った容姿も相俟って、こうして歩いているだけでも一葉の絵画になりそうだ。事実、先ほどからすれ違う人々は皆、セイバーに目を奪われていた。隣を歩く自分もみっともない姿は見せられないと、精一杯あくびをかみ殺しながら背筋を伸ばす。

 

「それにしても、あのカジノの店長は傑作だったな! 最後は顔がグニャ~と歪んでいたぞ!」

「ははは・・・・・・少し気の毒な気もしたけどね」

 

 先ほどまでのギフトゲームを思い返す。

 違法な手段だったとはいえ、近隣で最大だったコミュニティ・“フォレス・ガロ”の亡き後、一時的に治安が乱れた。“フォレス・ガロ”という抑止力が無くなったならば、と今まで陰で悪事を働いていた連中のタガが外れたのだ。主だった勢力は階級支配者(フロアマスター)の白夜叉に粛正されたものの、細かい所まで手が回りきっていないのが現状だ。

 今回、白夜叉からの依頼でイカサマをして荒稼ぎをしていた賭博コミュニティを潰してきた。なにせセイバーがいれば相手がどんなイカサマをしようが、ことごとく勝ってしまうのだ。相手も最初は契約書類(ギアスロール)に違反しない程度だったが、カジノの金庫を丸ごと持ち去りそうな勝利をするセイバーに焦って露骨なイカサマまで行い、それがその場にいた客全員にバレて自滅した。

 白夜叉の憲兵に連行される際に、コミュニティのリーダーは「夢だろ・・・・・・これ・・・・・・夢に決まってる・・・・・・・・・!」と譫言を呟いていたな。

 ところがどっこい・・・・・・夢じゃありません・・・・・・・・・!

 

「しかし惜しい事をしたな。あの賭け金をそのまま持ち帰れば、“ノーネーム”の懐も潤うというのに」

「まあ、もともとあれは他のコミュニティから巻き上げていたお金だし・・・・・・。白夜叉が、“ノーネーム”の名義で被害者達に返金すると言っていたから、“ノーネーム”の名前を売れただけ良しという事にしようよ」

「それだ。余はそれが不満なのだ」

 

 立ち止まり、セイバーは自分へと振り向く。

 

「この1ヶ月、“ノーネーム”の財政を回復させる為とはいえ小さなギフトゲームに挑んでばかりではないか。此度のゲームは少しは楽しめるかと思えば、相手が粗末な上に手元にはシロヤシャからの依頼料しか残らぬ。余はつまらぬ」

「とは言ってもね・・・・・・白夜叉から報奨を貰わないと、あと三日で金庫が空になるくらいウチは貧乏だし」

「ハァ・・・・・・どこぞに“ペルセウス”くらい大規模なギフトゲームは無いものか」

「まあ、今は“ノーネーム”の懐具合を回復させる事に専念しよう」

 

 溜め息をつくセイバーを元気づける様に肩を叩く。

 セイバーの不満も分からないわけでもない。“ノーネーム”がある七桁の外門は、箱庭の最下層にあるためか小規模のコミュニティが多い。当然、用意されるギフトゲームも報奨のチップも大したものが無い。聖杯戦争を勝ち抜いたセイバーにとって、それらのゲームは児戯に等しいのだ。

 

(・・・・・・・・・?)

 

 ふと、有り得ない光景を幻視する。それは聖杯戦争の七回戦目。予選から後ろ姿を追っていた少年王と太陽の騎士の主従と戦った時の記憶だ。ただし自分の傍らにいるのはセイバーではなく、獣の耳と尻尾を持ち、特徴的な装束に身を包んだ■■■■■。呪術をメインに戦う■■■■■にとって、白兵戦では最強と謳われた太陽の騎士は相性が最悪にもかかわらず、果敢に立ち向かっていく---。

 

「聞いておるのか、奏者よ!」

「え・・・・・・?」

 

 ハッと現実に引き戻される。見ると、セイバーが頬を膨らませていた。急いで頭の中から先程の映像を振り払う。

 

「あ、あー・・・・・・ごめん。ちょっと、寝ぼけていたみたい」

「まったく・・・・・・と・に・か・くだ! 余は歯応えのある相手を所望するぞ! せっかく奏者と異世界まで来たというのに、相手が三流では舞台も映えないではないか」

「分かった、白夜叉に頼んで大きなギフトゲームを紹介して---」

「岸波くん!」

 

 聞き覚えのある声に呼ばれ、そちらを振り向くと、そこには飛鳥が立っていた。その後ろには耀と十六夜、それとどういうわけか十六夜に首根っこを掴まれる形でジンくんまでいた。飛鳥は、悪戯を思いついた子供の様に目を爛々とさせながら宣言する。

 

「北側に行くわよ!!」

「・・・・・・・・・はい?」

 

 

 

「火龍誕生祭?」

「そう。『北側の鬼種や精霊達が作り出した美術工芸品の展覧会および批評会に加え、様々な“主催者”がギフトゲームを開催。メインは“階級支配者”が主催する大祭を予定しています』ですって!」

 

 朝食がまだだった自分とセイバーは、飛鳥達と噴水広場の“六本傷”のカフェに来ていた。運ばれてきたベーコンレタスサンドを頬張りながら、飛鳥から話を聞いた。

 飛鳥が持つ招待状には双女神の印が刻印されており、それが“サウザンドアイズ”からの招待状である事を示していた。

 

「面白そうではないか。最近、細々としたゲームばかりで退屈していたところだ」

「でしょう? こんな面白そうな事を逃す手はないわ」

 

 食後の紅茶を優雅に飲みながら、セイバーが同意する。自分もまた、箱庭世界の大祭と聞いて興味が湧いた。北側とはどんな場所なのか? 鬼種や精霊が作った美術工芸品はどんな物なのか? 想像するだけで、胸の鼓動が高まっていく。

 

「さて・・・・・・北側にはどうやって行けばいいんだ? 御チビ様?」

 

 ニヤニヤと、悪巧みをしてますよといった笑顔で十六夜はジンくんに問い質す。先程まで振り回されていたのに疲れたのか、テーブルに突っ伏していたジンくんは恨めしげな表情でムクリと身体を起こした。

 

「一応聞きますけど・・・・・・・・・北側の境界線までの距離って、知ってますか?」

「知らない。遠いの?」

 

 小首を傾げる耀に対し、ジンくんは深々と溜め息をつく。

 

「やっぱり・・・・・・・・・何も知らずに出てきたんですね。初めに、箱庭世界の表面積が恒星級だという事は知ってますか?」

「・・・・・・・・・こ、恒星?」

 

 面積の表現をするのに可笑しな単語が出たので、思わず聞き返す。恒星と言われて、真っ先に思いつくのが太陽だ。もしも箱庭世界がそれと同等と言うなら、地球の13000倍の表面積を持つ。全員が嫌な予感を感じながらジンくんの話の続きを聞くと、とんでもない爆弾発言をされた。

 

「この箱庭都市は世界でも最大級の都市ですから、ここから北側までだと・・・・・・・・・大体、980000kmですね」

 

 きゅうじゅうはちまんきろめーとる。余りの数字の大きさにクラリときた。アラビア数字は凄いね、平仮名だと17文字も使う数をたった8文字に収めたのだから。

 

「い、いくらなんでも遠すぎるでしょう!!」

「落ちてきた時に見た箱庭都市って、そんなに大きかったっけ?」

「都市の見た目は遠近感が狂う様に出来ているんです。都市の天蓋も、中心の“世界軸”も見た目よりずっと遠くにあるんですよ」

 

 飛鳥と耀の抗議を、ジンくんは溜め息をつきながら受け流す。つまり、箱庭都市は自分達が考えているよりもずっと巨大だったわけだ。いまテラスから見える“世界軸”も、見た目通りの距離には無いのだろう。

 

「それならば“ペルセウス”の時の様に、転移を行えばよいのではないか? それならば時間はかかるまい」

「ひょっとして、“境界門(アストラルゲート)”の事を言っています?」

 

 あっけらかんと言うセイバーに、ジンくんはピクリと肩を震わせた。

 

「“境界門”を起動しろと言うなら、断固却下です! 外門同士を繋ぐ“境界門”の起動にはもの凄くお金が掛かるんですよ! 一人につき、“サウザンドアイズ”製の金貨が一枚! 六人で六枚! コミュニティの総資産を上回っています!!」

「う、うむ。そうか・・・・・・」

 

 涙を流しながら気炎を上げるジンくんに、セイバーも押し黙る。しかし、そうなると打つ手が無いな。流石にコミュニティの金庫を空にさせてまで、北側へ行こうとは思わないし。

 

「今ならまだ笑い話で済みますから・・・・・・皆さんでコミュニティに戻りませんか?」

「断固拒否」

「右に同じ」

「以下同文」

「なんだか知らぬが、余も諦める気は無いぞ?」

 

 なんとか宥めて帰ろうとするジンくんに対し、十六夜達は見事な連携プレーで拒否する。セイバーも、面白そうな大祭と聞いたからには引く気は無いようだ。

 

「あんな手紙を残した以上、後には引けるものですか!」

「あんな手紙?」

「なあに、こっちの話だ」

 

 飛鳥が言った“あんな手紙”とやらを詳しく聞こうとすると、十六夜にすんなりとかわされてしまった。何だろう、そことなく嫌な予感がする様な・・・・・・。

 

「こうなったら、駄目で元々! “サウザンドアイズ”に路銀を貰いに行くぞゴルァ!」

「行くぞコラ」

「行くぞ、者共! 出陣だ!」

 

 自棄気味にヤハハと笑う十六夜に、明らかにその場のノリでテンションを上げる耀とセイバー。ジンくんを引きずって“サウザンドアイズ”へと歩く四人に溜め息をつきながら、自分も後を追った。

 

 

 

「良いぞ。私が路銀を払おう」

 

 即答だった。入り口で店員に睨まれながら入った“サウザンドアイズ”の白夜叉の私室で、白夜叉に北側への路銀を請求するとあっさり快諾された。

 

「・・・・・・ずいぶん気前が良いな。何が狙いだ?」

「そう身構えるな。東側の階級支配者(フロアマスター)として“ノーネーム”に依頼したいだけだ」

 

 訝しむ十六夜に対し、白夜叉は含み笑いをしながら胸の内を明かした。

 

「さて・・・・・・本題に入る前に一つ問いたい。ジン=ラッセル」

 

 白夜叉は、スッと目を細めるとジンくんを直視した。

 

「本題の前に一つ問いたい。“フォレス・ガロ”の一件以降、御主が魔王とのギフトゲームを引き受けるとの噂が広まっているが・・・・・・真か?」

「ああ、その話? それなら本当よ」

 

 白夜叉の問いに、飛鳥はあっさりと首肯した。白夜叉は小さく頷き、視線をジンくんへと戻す。

 

「ジンよ。それはコミュニティのリーダーとしての方針か?」

「はい。名と奪われた旗を取り戻す為には、この手段が最善だと思います」

「・・・・・・その過程で関係ない魔王と戦う危険があってもか?」

「覚悟の上です」

 

 元は十六夜の案だが、ジンくんは自分で決めて承認した方針だと頷く。まだ危なっかしい所はあるものの、ジンくんもコミュニティのリーダーとしての貫禄が出始めた様だ。

 

「そうか。これ以上の心配は老婆心というものかの。では、東側の“階級支配者”として改めて依頼しよう、()()()()()()()殿」

「は、はい!」

 

 いつになく真剣な白夜叉の表情に、ジンくんだけでなく一同で姿勢を正す。白夜叉はどこから話を切り出すかと少し迷う素振りを見せ、やがて思い出した様に話し始めた。

 

「ああ、そうだ。北側の“階級支配者”の一角が世代交代をしたのは知っておるか?」

「え?」

「急病で引退だとか。まあ、亜龍にしては高齢だったからのう。寄る年波には勝てなかった様じゃな。此度の大祭は新たな“階級支配者”となる、火竜の誕生祭というわけだ」

「「「「龍?」」」」

 

 好奇心からか、十六夜達とセイバーの目が光る。自分の世界でもお目にかかる事はない龍種という存在に、期待が高まるのだろう。しかしセイバーは覚えてないだろうけど、自分達は月の裏側で龍の因子を宿した英霊に会っているんだよなあ。まあ、今は関係ないか。

 

「五桁の五四五四五外門に本拠を構えたコミュニティ---“サラマンドラ”が此度に代替わりしたコミュニティだ」

「そうですか・・・・・・“サラマンドラ”とは以前から親交はありましたが、頭首が亡くなられたのは初耳です。それで、次代の頭首は誰が? 長女のサラ様か、次男のマンドラ様でしょうか?」

 

 先代のリーダーの娘や息子の名前を挙げるジンくんに対し、白夜叉は否と首を振る。

 

「新たに“階級支配者”となったのは、末娘のサンドラだ」

「サンドラが!? 彼女はまだ11歳ですよ!?」

「あら、ジンくんだって11歳で私達のリーダーじゃない」

「そ、それはそうですが・・・・・・」

 

 飛鳥は何でもない様な風に言うが、ジンくんの場合は黒ウサギを除いて彼以外に年長者がいないからリーダーとなったのだ。普通のコミュニティで、それも年上の兄弟を差し置いて11歳の少女が頭首となるのは箱庭でも異例な事だろう。

 

「そのサンドラだが、此度の大祭で東側の“階級支配者”である私に、共同の主催者(ホスト)を持ちかけてきた」

「え? それは・・・・・・可笑しな話ですね」

 

 不審そうな表情で、ジンくんは首を傾げる。

 “階級支配者”というのは、下層のコミュニティを支配・管理する存在だ。大きな権限を持つ彼等は、引き換えとして魔王などの脅威が出現すれば真っ先に矢面に立つ義務がある。言うなれば、箱庭都市の警察みたいなものだ。

 

「北側は多種族が混生している為に、治安が悪いんです。ですから、“階級支配者”も北側には複数います。それなのに同じ北側のマスターではなく、東側のマスターを共同主催者にするなんて・・・・・・」

「ふん、何の事はあるまい」

 

 今まで静観していたセイバーが、ジンくんの疑問に鼻を鳴らした。

 

「北側のマスター達とやらは、新しく生まれた“サラマンドラ”の少女を認めてないというだけであろう。だからわざわざ東側の白夜叉に話を持ち掛けたのだろうよ」

「要は11歳の小娘と対等な扱いをされるのが、面白くないだけだ。箱庭の長達も思考回路は人間並みって事だ」

 

 セイバーに続き、十六夜も皮肉った笑みを浮かべる。図星なのか、白夜叉は頬を掻きながら苦笑いになっていた。

 他の北側の“階級支配者”がどんな相手かは知らないが、箱庭の修羅神仏と言えども人間と大差ない様だ。その事に奇妙な安堵感を覚えていると、白夜叉が咳払いをした。

 

「とにかくだ。その様な事情があって、此度の大祭が開かれ---」

「ちょっと待って。その話、長くなる?」

 

 話を続けようとした白夜叉を遮り、耀がとつぜん時間を気にしだした。

 

「うむ? 手短に一時間程で済ませるが?」

「拙いかも・・・・・・あまり悠長にしていたら、黒ウサギに追いつかれる」

 

 ん? 何か不穏な言葉が聞こえたぞ? 十六夜と飛鳥も、しまったと言わんばかりの顔をしているし。ジンくんは咄嗟に立ち上がり、

 

「し、白夜叉様! どうかこのまま、」

「ジン君、()()()()()!」

 

 飛鳥のギフトで無理やり下顎を閉じさせられた。

 

「お、おい飛鳥!?」

「白夜叉! すぐに北側へ向かってくれ!」

 

 抗議の声を上げる自分を無視して、十六夜が白夜叉を急かした。

 

「構わぬが、内容を聞かずに受諾して良いのか?」

「構わねえ! その方が面白い! 俺が保証するから早く!」

「余も乗った! 台本の無い舞台は心躍る!」

「セイバーまで・・・・・・」

 

 ああなった以上、誰にも二人を止められないな。もう好きにしてくれと溜め息をついていると、白夜叉がカラカラと笑っていた。

 

「そうか、面白いか。いやいや、それは大事だ! 娯楽こそ我等神仏の生きる糧だからな。ジンには悪いが、面白いなら仕方あるまい!」

「---!? ---、---!!」

 

 口を閉じたまま、無言の抗議をするジンくんを悪戯っぽい目で流し見ながら、白夜叉は柏手を叩いた。

 

 そして---自分達は、箱庭の北側へと着いた。

 




日常編を期待されてた方、ごめんなさいね。
間髪を入れずに2巻の内容に突入です。
やりたいネタはあるので、どこかで折を見て日常編を入れます。

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