月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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 本来は前話と繋げたかったので、前話の後編とさせて頂きました。そんな第5話。


第5話「飛鳥はちゅーちゅーされるそうですよ? 後編」

ーーーInterlude

 

 大空洞内の展示場では、二つの人影が夥しい数のネズミを相手に奮闘していた。一つは飛鳥。手にした白銀の剣でネズミ達を迎え撃つ。そして、その背中を守る様にもう一つの人影があった。

 

 人影の正体は白野達から贈られたギフト、“サーヴァント・ドール”だ。目鼻の無い顔、デッサンの人形を思わせる簡易な人型。これこそが飛鳥の新しい武器だった。

 ドールは腕を鞭の様にしならせて、襲いかかるネズミを叩き落としていく。真正面からでは適わぬと見たのか、ネズミ達は飛鳥の頭上からも飛びかかってきた。

 

「ドール、上!」

 

 飛鳥の命令に、ドールは声なく応える。両腕を伸ばし、上半身だけ回転しながらネズミ達を薙払っていく。まるでヘリコプターのプロペラだ。無防備に飛び込んだ者を、容赦なくミンチにしていく。関節が曖昧な人形だからこそ出来る所行だった。

 

 しかし相手を一匹も寄せ付けない快進撃だというのに、飛鳥の顔は優れなかった。

 

「数が、多すぎる・・・・・・!」

 

 そう。いかに飛鳥達が一方的な戦いを演じても、相手は何万匹もの大群。飛鳥達に襲いかかって潰された数も、この大群には毛ほどの損害だろう。

 

(ネズミ達にギフトは効かなかった。でもギフトカードを見る限り、私の力が無くなったわけじゃない。最初に聞こえた不気味な声・・・・・・恐らくネズミ達を操っている術者がいるのね)

 

 目の前に飛び出した一匹を斬り伏せながら、飛鳥は考えた。

 

(他の来場者もいたのに、さっきから私しか襲わない。術者が言っていた、ラッテンフェンガーを名を騙る不埒者・・・・・・だとしたら、狙いはこの子?)

 

 チラリと、肩の上にいるトンガリ帽子の精霊を見る。トンガリ帽子の精霊は、泣きそうな顔になりながら飛鳥にしがみついていた。手の平サイズしかない彼女にとって、ネズミといえども大型の肉食獣と変わらないのだ。

 

「・・・・・・っ」

 

 狙いがこの精霊ならば、肩から振り落とすだけで飛鳥は難を逃れられるだろう。しかし、怯え震える幼い精霊を見捨てて逃げるなど、飛鳥のプライドが許さなかった。

 脆弱な意思を振り払い、服の胸元へ大胆に精霊を押し込む。

 

「むぎゅっ!」

「服の中に入っていなさい。落ちては駄目よ! ドール、退路を切り開きなさい(・・・・・・・・・・)!」

 

 飛鳥の命令を受け、ドールは前に出て出口までの道にいるネズミ達を駆逐していく。その背中を追いかける様に、飛鳥はまっすぐと走った。

 しかし、飛鳥の肉体は年相応の少女のものでしかない。すぐにネズミ達に追い付かれてしまう。真紅のドレスから露出した手足は、小さな歯にかじられて所々から出血していく。

 

「痛っ! この、近寄らないで(・・・・・・)!」

 

 飛鳥の一喝。しかし、ネズミは飛鳥の命令に従う様子は無かった。

 

(やっぱり、私のギフトが効かない・・・・・・!)

 

 予想通りの結果だったが、再度つきつけられた事実に飛鳥は歯噛みする。間違いない。ネズミ達を操る術者は、飛鳥のギフトを上回っているのだ。

 ネズミの群れ風情に追い立てられている現状に、飛鳥の胸中は恥辱に染まる。だが、幼い精霊を魔性の群れから守ると決めた以上、そんな事に構っていられなかった。

 

「あと・・・・・・もう少し!」

 

 背中に追いすがるネズミ達を振り払い、出口を目指す。

 その時だった。突如として影が這い寄り、無尽の刃が迸る。

 

「ーーーネズミ風情が、我が同朋に牙を剥くとは何事だっ!!」

 

 迸る影は、さながら一迅の風だった。細い洞穴をミキサーの様に駆け巡り、鋭利な杭となって魔性の群れを串刺しにしていく。

 瞬きの間もない一撃は、展示品を一切傷つける事なく敵を粉微塵にしたのだ。

 飛鳥は風で舞い上がる髪を抑えて驚嘆の声を漏らす。

 

「か、影が・・・・・・あの数を一瞬で・・・・・・!」

 

 振り向く飛鳥。そこで二度驚く。

 声からレティシアが駆けつけたと思ったのだが、その姿の変わりように絶句した。

 彼女の姿は普段の幼い容姿のメイド姿ではなかった。

 愛らしい少女の顔は、妖艶な香りのする女性へと変貌し、砂金の様な金髪がリボンから解かれて風に揺れていた。

 服装も、メイド服から紅いレザージャケットと拘束具を思わせる奇形のスカートへと変化していた。

 レティシアは普段の温厚なメイド姿から想像がつかない憤怒の形相で叫んだ。

 

「術者は何処にいるッ!? 姿を見せろ臆病者めッ!! このような往来で強襲した以上、相応の覚悟あってのものだろう!? ならば我らが御旗の威光、私の爪と牙で刻んでやる! コミュニティの名を晒し、姿を見せて口上を述べよ!!!」

 

 激昂したレティシアの一喝が洞穴内に響く。あれほどいたネズミ達は、影が迸ると同時に逃げ去っていた。

 洞穴内を沈黙が満たす。

 

「・・・・・・白野、どうだ?」

「駄目だな。周りには俺達しかいない」

 

 レティシアに声をかけられ、展示品の物陰から白野が姿を表した。白野の手元のマップからは、敵を示すマーカーがすっかり消えていた。どうやら術者は逃げたらしい。

 一方の飛鳥は息を呑み、言葉を失いながらも、激変した彼女の背に話しかける。

 

「貴女………レティシアなの?」

「ああ。それより飛鳥、何があったんだ?多少数がいたとはいえ、鼠如きに遅れを取るとはらしくないぞ」

 

 先程の激昂が嘘の様に、穏やかな表情で振り返るレティシア。飛鳥を気遣う様な口調だったが、今の飛鳥には叱責に等しかった。この程度の敵に手こずったのか、と。

 

「飛鳥? どうかしたのか?」

「・・・・・・いえ、何でも無いわ」

 

 黙ったままの飛鳥を不審に思ったのか、レティシアは心配そうな顔をする。だが飛鳥は自身の胸中を悟られたくはなかった。

 

 箱庭に来る前、飛鳥にとって不可能な事など数える程も無かった。あらゆる人間を支配できるギフトのお陰もあったが、持ち前の負けん気と良家の淑女としてのプライドが出来ない事を出来ないままにする事を拒んだ。

 十の結果を求められれば、二十の修練で挑み。

 二十の結果を求められれば、四十の修練で挑み、結果を出す。

 そうした努力を基に自分を奮い立たせたからこそ、支配の力は最後の手段として使い、それ以外なら自分の力で道を切り開けるという自信があった。

 

 だが、その自信も今回の事で揺らぎつつある。飛鳥にとって切り札とも言える“威光”のギフトを用いても、ネズミ一匹も操れない体たらくだ。レティシアが来なければ、飛鳥は一人では逃げ切れなかっただろう。プライドの高い彼女にとっては、その事がこれ以上にない屈辱だった。

 

「あすかっ!」

 

 キュポン! と飛鳥の胸元からトンガリ帽子の精霊が飛び出す。

 

「あすかっ、あすかっ!」

 

 半泣きになりながらも抱きついて感謝の意思を示す精霊。その頭を撫でながらも、飛鳥の心は慚愧が占めていた。

 

(ごめんなさい。私は、一人では貴女を守れなかった・・・・・・!)

 

ーーーInterlude out

 

 

 

 断章ーーー『ドール制作秘話』

 

『アスカには新たなギフトを作ろうと思っている』

 

 岸波白野達が北側へ行く一週間前、“ノーネーム”の工房に呼び出された飛鳥は、セイバーにそう切り出された。

 

『新たなギフトって・・・・・・今の私に必要かしら? 今のところ、ギフトゲームでは連戦連勝しているわ』

『うむ、見事なものよな。しかし格下が相手だからという事もある』

『それは・・・・・・まあ、否定しないわ』

『これから先、格上との戦う事もあろう。そなたの身を守る術が剣だけ、というのは貧弱すぎる』

 

 ストレートな物言いに飛鳥はムッとするが、事実だった。

 相手を意のままに操る“威光”は強力なギフトだが、“ペルセウス”のルイオスの様な格上には通用しない。逆廻十六夜や春日部耀と違って、同年代の少女と変わらない身体能力の飛鳥では“威光”が通じない相手とは勝負にならないだろう。その点では岸波白野も同じだが、補助能力が主体とはいえ、コード・キャストという自衛手段が彼にはあった。

 

『となればアスカの楯となる者が必要だ。そなたに代わり、肉弾戦を行う者がな』

『理屈は分かったけど・・・・・・十六夜君や春日部さんに護衛を頼むわけにいかないわよ』

『その点は同意だ。余がついてやれば完璧な布陣となるが、余は奏者のサーヴァントだからな。そこでこの様な物を用意した』

『・・・・・・? これは、作りかけの人形かしら?』

『うむ。名は“サーヴァント・ドール”と言う』

 

 未完成の人形を前に、セイバーは自信あり気に胸を反らした。

 

『奏者のコード・キャストは、元々は礼装と呼ばれる道具に込められた力だ。器を用意すれば、誰にでもコード・キャストが使える様になるそうだ』

『それって、ギフトを持った道具を作れるということなの?』

 

 飛鳥は驚いて目の前にある作りかけの人形を見た。岸波白野が、優れた補助のギフトを持っているのは知っていた。しかし、それを万人に使える道具に出来るとは夢にも思わなかったのだ。

 

『岸波君って、見かけによらず器用なのねえ・・・・・・』

『・・・・・・そんな事は無かったはずだがな』

『? 何か言ったかしら?』

『いや、何でもない。とにかくこれが完成すれば、強敵との戦いに重宝しよう。アスカに是非とも受け取って欲しい』

『そんな・・・・・・いいの? セイバー達だって忙しいんじゃない?』

『構わぬ。そなたの武器を作る事は、“ノーネーム”の為にもなろう』

 

 それに・・・・・・と言葉を区切ると、セイバーは照れくさそうに咳払いをした。

 

『アスカは余の大事な友人だらな。友の為ならば、多少の手間も惜しくはない』

『セイバー・・・・・・』

 

 ストレートな物言いに、飛鳥は胸が暖かくなるのを感じた。

 箱庭に来る前、財閥の令嬢として飛鳥は高価な品をたくさん受け取ってきた。しかし、ほとんどが飛鳥のギフトを利用しようという下心が見え透いていた贈り物だ。いかに高価な品だろうと、そんな物を贈られては飛鳥の心は冷え切っていくばかりだった。

 だがセイバーはどうだ。純粋に飛鳥の事を案じて、ギフトを作りたいと言ってくれた。打算も下心もない言葉は飛鳥にとって、最高の贈り物(ギフト)だった。

 

『ありがとう。大事に使わせて貰うわ』

『よいよい。そうと決まれば、最高のギフトにしようではないか』

 

 そして、セイバーは作りかけの人形に向き直ると、ブツブツと呟き出した。

 

『さて造形だが、ここは予選にいた人形を参考にするべきか? それだとシンプル過ぎるが、実用性が第一だからな。だがローマ帝国一の芸術家である余の作品がそれで良いだろうか? ここは一つ、人型を無視してみるか・・・・・・おお、それが良い!』

『ええと、セイバー?』

『やはり獣の形にするか・・・・・・いや、それではありきたりだな。今までの人形に無さそうなもの・・・・・・蜘蛛だ! それならば余も作った事がないしな!!』

『セイバー、ちょっと待って』

『しかし普通の蜘蛛では詰まらぬな。いっそ人と蜘蛛を合体させた形にしてみるか。うむ、六本腕とか良いな。これで相手の脚と腕、首を掴んで必殺のばすたーが』

『セイバー!』

 

 何やら不穏な方向に思考を進めているセイバーを、飛鳥は肩を掴んで自分の方へ振り向かせた。いかに心の籠もった贈り物だろうと、自分の護衛役となるギフトを某魔界の王子にしたくはなかった。

 

『セイバーも忙しいだろうから、簡単な造形で良いから。ね?』

『遠慮しなくても良い。創作は時と疲れを忘れさせてくれる。それにやるからには余の全力を尽くしたいのだ』

『そ、それなら造形は普通の人形でいいから! むしろセイバーが普通の人形を作る所を見てみたいわ!』

『むぅ、そうか。アスカがそう言うならば、今回はそうしよう・・・・・・しかし六本腕も良いと思うがなぁ』

 

 その後、事情を知った白野の必死な説得も加わり、“サーヴァント・ドール”は聖杯戦争の予選で見た形に落ち着いた。




力~力力力ッ。というわけで、第5話終了です。やりたいシーンは頭に浮かんでいるけど、いざ書くとなると上手く文章にできませんね。

でも、このSSは自分が書きたかった物なので、何があっても更新は続けます。

感想の返信が滞りがちになっていますが、近日中には纏めて返信いたします。それでは失礼。

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