月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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 お久しぶりです。
 気が付けばFateのアニメは二期に入り、Grand/Orderも今年の夏に稼働が決まりました。
 また私の小説に、付き合っていただければ幸いです。

 今回で登場する、あるサーヴァントは原作とは大分違うものとなります。
 どうか、ご容赦の程をよろしくお願いします。


第8話「影のサーヴァント」

 異変は突然に起きた。空から降る黒い契約書類を確認すると同時に、白夜叉を中心に黒い旋風が巻き起こる。

 

「なにっ!?」

 

 旋風は激しさを増し、竜巻となって白夜叉を閉じ込めた。同時に、周りにいた自分達は空中へと弾き出される。

 

「うわっ!?」

 

 浮遊感はすぐに落下の感覚に変わり、まっすぐに地面へと落ちて―――誰かに受け止められた。

 

「セイバー!」

「怪我は無いか、奏者よ」

 

 横を見ると、飛鳥を抱えた十六夜が舞台上に降り立っていた。舞台袖から自分達に走り寄るジンくんの姿もある。

 

「すまぬが回復を頼む。傷をおして戦える相手では無さそうだ」

「わ、分かった」

 

 すぐさまコード:heal()を実行する。傷の治療と共に、出血でまだら模様になった花嫁衣装が純白に変わった。

 

「魔王が攻めて来たんだな?」

「はい」

 

 十六夜が確認する様に聞くと、黒ウサギは首肯した。

 観客席は大混乱に陥っていた。我先にと逃げ出そうとする様は、沈没する船から逃げ出すネズミの様だ。

 阿鼻叫喚が渦巻く会場の中心で、十六夜は軽薄な笑みを浮かべる。

 しかし瞳にはいつもの余裕が見られなかった。真剣な瞳のまま、黒ウサギへと視線を向ける。

 

「白夜叉の主催者権限(ホストマスター)が破られた様子は無いんだな?」

「はい。黒ウサギがジャッジマスターを務めてる以上、誤魔化しは効きません」

「ってことは、ルールに則って侵入したわけか。流石は魔王様、期待を裏切らねえ」

「どうする? ここで迎え撃つか?」

「そうしたいが、役割分担をした方が良いだろ。俺とレティシアは魔王の相手。黒ウサギはサンドラを探す。他は白夜叉の所に向かってくれ」

「分かった」

 

 各々が目的の為に走り出す。その時だった。

 

「見ろ! 魔王が降りてくるぞ!」

 

 観客席から聞こえた悲鳴で、頭上を見上げる。上空から人影が落下してきた。

 

「んじゃいくか! レティシア!」

「了解した、主殿」

 

 十六夜は嬉々として上空の人影へと跳躍して行った。後を追う様に、旋風と共にレティシアが飛び上がっていく。

 

「よし、それじゃ俺達も―――」

奏者(マスター)ッ!!」

 

 セイバーが突然叫び、突き飛ばされる様に前へと投げ出される。ほぼ同時に、背後から爆発する様な魔力の奔流が巻き起こった。

 地面に転がった痛みに顔をしかめながら、後ろを振り向く。

 そこに、一つの黒い影が立ち上がっていた。

 影は虫の羽音の様な耳障りな音を立てながら、人の形を象っていく。

 

そこを動くな(・・・・・・)!」

 

 飛鳥の一喝で、影の動きが止まる。だが自分を押さえつける力に抗うかの様に、影はブルブルと振るえていた。

 

「これは―――魔王の手下ですか!?」

 

 ジンくんが横で焦った声を出していたが、耳には入らなかった。自分の意識は目の前の敵に釘づけになっていたからだ。

 そんな馬鹿な―――心の中で、その言葉だけが繰り返される。

 相手の姿形も感じる魔力の感触も(いびつ)

 しかし、一目見て分かった。分からざるを得なかった。この敵は紛れもなく………。

 

『ギッ、ギッ、ギッ!』

「くっ、動くな(・・・)!」

『ガギッ!?………ガギッ、ガガギッ、ギィィィッ!!』

 

 飛鳥の再三の命令(ギフト)を受けたのにも関わらず、黒い影は油の切れたブリキ人形の様にギクシャクとした動きながらも、こちらへと迫っていた。

 

「このっ―――!」

「駄目です! 相手の霊格は飛鳥様より上の様です、これ以上はギフトの無駄撃ちです!!」

「ならば、これでどうだっ!」

 

 黒ウサギが飛鳥を制止する隣を、セイバーは弾丸の様に飛び出す。

 その手に握った『原初の火(アエストゥス・エウトゥス)』を振りかぶり、そのまま黒い影を真っ二つに斬り裂いた。

 

「なんだ、ずいぶんとあっけなく―――何ッ!?」

 

 すんなりと入った斬撃の感触を訝しんでいたセイバーは目を(みは)った。

 黒い影は唐竹割りにされたというのに、血を吹き出す事もなく平然と立っていた。

 それどころか、斬られた先からアメーバの様に分裂していくではないか! 

 そして、影がグニャリと形を崩したかと思う矢先、セイバーに覆いかぶさる様に飛び掛かる!

 

「―――Ya,hoooooooooooo!!」

 

 影の横から特大の火の玉が牙を剥く。

 あっと言う間もなく、影は蒼炎に呑みこまれた。

 蒼炎は蛇の様にまとわりつき、業火の中で暴れる影を閉じ込め、一層に燃え上がる。

 やがて炎が収まると、そこには焼け焦げた跡だけが残った。

 

「ヤホホホ、間一髪でした」

「ジャックか!」

 

 セイバーの横に、顔を欠けさせたカボチャ頭がスゥ、と近寄った。

 

「どうやら相手は実体のない死霊(レイス)の様です。貴女にとって、相性は悪いみたいですな」

「む、何を言うか! 余の剣に斬れぬ物などほとんど無いわ! あの影に後れを取っても逆転する策はあったぞ! 本当だぞ! ………ま、まあ、助太刀した事に礼を言ってやらんでもないが」

「ありがとう、ジャック・オー・ランタン。助かったよ」

 

 そっぽを向きながらゴニョゴニョと口ごもるセイバーに代わって、頭を下げる。

 

「ヤホホホ! 御礼は是非とも我が“ウィル・オ・ウィスプ”と大口契約を………と言いたい所ですが、そんな場合ではありませんね」

 

 ジャックはスッと佇まいを正すと、真剣な顔(カボチャ頭は笑顔のままだが)で黒ウサギへと向き直る。

 

「魔王を迎え撃つのであれば、我々“ウィル・オ・ウィスプ”も協力しましょう。いいですね、アーシャ」

「う、うん。頑張る」

 

 ジャックの後ろに控えていたアーシャは少し震えながら、首を縦に振った。

 

「それなら、お二人は黒ウサギと一緒に―――」

「いや、ジャックは俺とセイバーと一緒に残ってくれ。アーシャは黒ウサギと一緒にサンドラを探して欲しい」

 

 一同が驚いた様に自分の方へと振り向く。でも、ここは譲れない。もし予想が外れてなければ、恐らく―――!

 

「みんな! あれを見てっ!!」

 

 耀が指差した先に、さっきジャックが燃やし尽くしたはずの黒い影が地面から湧き出る様に立ち上がっていた。

 それどころか、体を分裂される様に分けながら次々と数が増えていく!

 

「行ってくれ、ここは俺達に任せて!」

「で、ですが―――」

「いいから! こいつが相手なら、どうにか出来る! 早く白夜叉達の所へ!!」

 

 黒ウサギは一度だけ、こちらを心配そうに見つめ―――すぐに落ち着きを取り戻した。

 

「分かりました。白野様、セイバー様、ジャック様。ここはお任せします。耀様と飛鳥様、ジン坊ちゃんは白夜叉様の所へ向かって下さい。アーシャ様は黒ウサギと一緒にサンドラ様を探しましょう」

 

 視線を交わしたのは一瞬。各々が頷き、自分の役目に従って走り出す。

 その時だった。

 

『ギョオオオォォォッ!!』

「っ………!」

「春日部さん!? 平伏しなさいっ!(・・・・・・・・)

 

 飛鳥のギフトで、耀に襲い掛かった影は潰れる様に地面に張り付いた。

 

「春日部さん、大丈夫!?」

「平気。少し腕をかすっただけ」

 

 心配そうな飛鳥を安心させる様に、耀は影に触れられた腕を擦った。

 

「耀、いまコード・キャストを」

「大丈夫。何ともないから」

「でも、」

「本当に平気。白野は目の前の敵に集中して」

 

 静かに、真剣な瞳で耀に言われて頭に冷水をかけられた様な衝撃を受けた。

 同時に、動揺していた心が落ち着きを取り戻した。

 そうだ、いま自分がする事は仲間を心配する事じゃない。仲間の為に、影達を足止めしないといけない。

 

「―――分かった。気を付けて行ってきてくれ」

「うん。また後で」

 

 耀は短く頷くと、飛鳥を抱えて一気に跳躍して舞台上から姿を消した。あれなら心配ないだろう。

 

「さて―――奏者よ、気付いているか?」

「―――ああ」

 

 舞台上に取り残された自分達を囲む様に増殖していく影を見ながら、セイバーに頷く。

 セイバーの顔も硬い。何故なら―――

 

「こいつら………全員、サーヴァントだ」

 

 影達をまっすぐと見据え、断言した。

 相手の姿形も感じる魔力の感触も(いびつ)

 しかし、一目見て分かった。分からざるを得なかった。

 何故なら箱庭世界の相手では見る事がなかったステータス表が、自分の霊視を通してはっきりと見えていた。

 

「基礎ステータスは宝具以外はオールE(最底辺)。でも、さっきの動きを見る限りEランクに届いてすらないと思う。性能だけならセイバーの敵じゃないよ。ただし―――」

「あやつには分裂能力がある。特殊な宝具か、あやつ自身のスキルか………やっかいな相手だな」

 

 フン、とセイバーは鼻を鳴らす。

 三回戦で戦ったキャスターを思い出しているのだろう。

 あれもサーヴァント本人の能力は低かったが、キャスターの宝具によって何度も苦しめられた。

 

「何か策はありますかな、ミスター?」

「策ってほどじゃないけど………あの影の弱点は、やっぱり火だと思う。だからジャックには残って貰いたかった」

「確かに先程は効いた様に見えましたが、ああやって復活している所を見ると無駄なのではないですかな?」

「いや、あれは復活したわけじゃない」

 

 じりじりと円陣を組んで向かってくるサーヴァント(黒い影)達を見据えながら、ジャックに断言する。

 まるで獣の群れが一斉に飛び掛かるタイミングをうかがっている様な影の群れをもう一度、霊視する。

 

「あの影達は元々一体だったものが、自分自身を分裂させる事で出来た軍勢だよ。さっきジャックに焼き払われた奴は、あの中にはいない」

「ふむ。ということは、あれらを全て倒せば良いと?」

「今のところはね」

 

 我ながら酷い作戦だと思う。

 一体ずつなら大したことは無いと言っても、敵は目視できるだけでも50体以上。

 これが総数とも限らない相手に対し、三人で全てを相手取ろうとしているのだ。

 どちらかの体力が尽きるまで戦うマラソンマッチだ。

 

「黒ウサギか白夜叉か………どっちかが、この事態に打開策を見出すはずだ。それまでこいつらを好きにさせなければいい」

「現状ではそれしかありませんね。それに………」

 

 チラリと、ジャックは周りを見渡す。

 影達はお互いの肩がピッタリとくっつきそうなくらいに寄り添いあい、自分達を囲んでいた。

 

「向こうは待ってくれそうにないですし」

「セイバー、君は皇帝特権で取得して欲しいスキルがある」

「ほう、それはどんなスキルだ?」

 

 自分がそのスキルと持ち主の名前を言うと、セイバーはふむ、と一度だけ頷いた。

 

「あやつか。確かに打って付けではあるな」

「出来るか?」

「愚問だな。余に出来ぬことなど、ほとんど無いわ」

 

 胸を反らすセイバーに少しだけ笑って、影の方に向き直る。

 

「相手は底が見えない。大技は最小限にして、持久戦をする心構えでいこう」

「奏者はどうする? 下がっていた方が良いのではないか?」

「いや、俺も戦うよ」

 

 ギフトカードから引き出したアゾット剣に魔力を込める。

 体の周りを不可視の膜が覆われていく実感を感じながら、目の前の敵を睨む。

 

「自分の身ぐらい自分で守れないと、この先も“ノーネーム”にいる事はキツそうだからね」

「ふふふ。随分と逞しくなったものだな」

 

 セイバーは、どこか懐かしむ様に目を細めた。

 

「出会った時は雛鳥でしかなかったそなたが、余と肩を並べるとはな」

「お二人とも、お話しはそこまでです。あちら様は、もう待ち切れない様ですよ」

「分かった。でもその前に………」

 

 

 ジャックにコード:heal()を実行する。

 欠けた顔が元に戻り、ニッコリと笑ったカボチャ頭が現れる。

 

「おお、これはこれは。感謝します、ミスター」

「………体力を回復できれば、と思ったけどさ。そのカボチャ頭、どうなってるの?」

「ホホホ。子供の夢と、ちょっとした不思議が詰まっているのですよ♪」

 

 おどけて言うジャックから目を離し、前を向く。

 

「よし………いくよ!」

「「応ッ!」」

 

 合図と共に、セイバーとジャックが飛び出す。

 自分はその場に留まりながらも、高速でコード・キャストを実行していく。

 

「コード:gain_mgi()、コード:move_speed()!」

「感謝するぞ、奏者よ!」

 

 魔力と速力が上がったセイバーが、あっという間に影達に肉薄する。

 

「破ァッ!!」

 

 横並びになった影達をまとめて斬る様に、剣を薙いで一閃する。

 セイバーの剣が影達へ抵抗なく通り抜ける。

 剣圧こそ影が揺らぐくらい速いが、影達はそれに痛がる様な素振りも見せない。

 これでは先程の焼き直しだ。

 ただし―――

 

 ゴウッ!

『ッ!?』

 

 それはセイバーの剣に炎が宿っていなければ、の話だ。

 セイバーの剣は、その銘を表すかの様に赤々とした炎を纏っていてた。

 

「見たか、名も知らぬサーヴァントよ! これが我が剣! 今の余は“施しの英雄”をも凌駕するぞ!」

 

 セイバーの宣言に応え、原初の火(アェストゥス・エウトゥス)から一層と炎が燃え上がる。

 その熱気が離れている自分にまで届き、舞台上は炎天下の様に陽炎が揺らめく。

 まるで地上の一切を焼き払わんとする日輪の様だ。

 そう、その炎は太陽の炎熱だった。

 セイバーの魔力が剣から噴き出し、太陽の表面の様に爆発的な炎が燃え上がっていた。

 スキル:魔力放出(炎)。

 かつて月の聖杯戦争で戦った施しの英雄のスキルを、セイバーは見事に再現していた。

 

『ギョオオオオオッ!!』

「コード:bomb()!』

 

 目の前に迫った影に爆発のコード・キャストをくらわせる。

 爆炎があっという間に燃え広がり、影はもがきながら焼失していった。

 視界の端ではジャックが炎のバネで縦横無尽に飛び跳ねながら、影達を灰に変えていく。

 あっという間に影の軍勢は、その数を半分以下に減らしていた。

 

(おかしい………いくら何でも脆すぎる)

 

 セイバー達の邪魔にならない様に周りこみながら、自問自答する様に考え込む。

 状況はこちらの優性だ。しかし、それが違和感となって頭の中で警鐘を鳴らす。

 相手は弱い。はっきり言って、アリーナにいた敵性プログラム(エネミー)の方がまだ強かった様に感じる。

 しかし、本当にそれだけだろうか? 

 いくら相手が人海戦術で来ても、これでは数分と経たずに全滅するのではないか。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 突然の悲鳴に、ハッと振り向く。

 そこには観客席で逃げ遅れていた子供に影が覆いかぶさる様に纏わりついていた。

 

「しまった! セイバー、早くあの子を、」

「待て、奏者! あれを見よ!」

 

 セイバーの指差した先にいたのは、先ほどの子供だ。

 影に纏わりつかれたその子供は、全身から膿や瘡蓋が噴き出していく!

 

「だ、(だず)げ、で………」

 

 苦しそうに声を吐き出し、その子供は倒れて動かなくなった。

 そして、その子の体から黒い影が繭を脱いだ蛾の様にユラリと立ち上がる!

 

『ギィ、ギィ、ギィ!』

「ば、馬鹿な! あれもサーヴァントだと!?」

 

 セイバーが驚愕の余りに叫ぶ。

 その影は産声を上げる赤ん坊の様にひとしきり鳴き、舞台上へと降りて影の軍勢に加わった。

 

「まさか―――これが、アイツの宝具か!」

 

 ギリッ、と奥歯を噛み締める。

 そうでないと、目の前の凶行を止めらなかった悔しさと自分への怒りで倒れそうだ。

 あのサーヴァントは一体ずつだと話にならないくらいに弱い。

 だが、その能力の低さと引き換えに、あのサーヴァントは人間を糧にして増えていく。

 恐らく、餌となる人間がいれば際限無しに。

 他者を糧にした連続召喚。恐らくそれが、未だ正体のつかめない影のサーヴァントの宝具―――!

 

「う、うわあああっ! なんだコイツ!?」

(いだ)い、(いだ)いよう………」

「だ、誰か………()に、だぐ、ないいいっ!」

 

 観客席の至る所で、悲鳴と断末魔の絶叫が聞こえてくる。

 今や影のサーヴァントは観客席からも出現し、逃げ遅れた観客達を糧に増殖を始めていた。

 老若男女、人間、亜人。

 影に纏わりつかれた全てが例外なく、全身から膿や瘡蓋を噴出させて動かなくなっていく。

 そして、その遺体から新たな影が産まれ出る!

 

「セイバー! 急いで観客席に向かってくれ!」

「馬鹿を申すな! そなたを置いて、ここを離れられるか!」

 

 セイバーの一喝に、拳を握りしめる。

 数える程しかいなかった影達は、いつの間にか軍勢を取り戻していた。

 それどころか、元の数よりも増えている。その数は、目視できるだけでも百を超えていた。

 自分だけでは、一体を倒している間に軍勢に呑みこまれるのが関の山だ。

 苛立ちをぶつける様に、目の前の影にコード・キャストをぶつける。

 あっという間に燃え上がったが、もはや無限の軍勢となった彼等にとっては毛先を掠った程度の損失だろう。

 こちらを嘲笑うかの様に、影達はざわざわと蠢いていた。

 

「――――――コロシタナ」

 

 ふと、背後から底冷えする様な声が聞こえた。

 振り向くと、カボチャ頭の道化が舞台の中央に佇んでいた。

 

「“ウィル・オ・ウィスプ”の、私の目の前で―――子供をコロシタナ!!」

「ジャック?」

 

 こちらの問いかけを無視して、ジャックの頭の中の業火が一層と燃え盛る。

 彼の視線は、先ほど犠牲になった子供の遺体があった。

 膿と瘡蓋だらけになって、以前の姿が思い描けないくらい無残な遺体。

 それを視界に収め、ジャックは地獄の底から響いてくる様な重苦しい声を出す。

 

「我が“ウィル・オ・ウィスプ”の旗印は、迷える魂の道標。我等にとって子供は何よりの宝である。その意味、その大義を知らぬと言うなら―――その命をもって、刻み付けよっ!!」

 

 怒り狂うジャックの目の前に七つのランタンが現れる。

 ランタンの蓋が開き、中から荒ぶる炎が零れ落ちた。

 

「ま、待て待て! 地獄の炎の召喚だと!? 闘技場ごと消し飛ばすつもりか!!」

「ええと………俺達も危険だよな?」

「危険どころではない! 捕まっておれ!」

 

 こちらの返事を聞かずに、セイバーは自分を抱えて大きく跳躍する。

 それと同時に、灼熱の炎が舞台上に吹き荒れる。

 地獄の淵より汲み上げた業火が燃え散らすのは、影だけではない。

 大地を焦土と化し、大気は息をするだけで焼け爛れる様な熱気と化す。

 轟々と燃え盛る炎は舞台全てに燃え広がり、観客席の影達にも悪魔の腕のごとく絡めて焼失させていく。

 

「ヤホホホホホホホホホホ! 大・炎・上ッ!!」

 

 灼熱の中心で、陽気な道化の声が響く。

 カボチャ頭と襤褸切れの身体をユラユラと揺らしている様を見て、思い知った。

 ジャック・オー・ランタンは―――本当に、悪魔が生み出した眷属なのだ、と。

 

「凄まじいものだな………」

 

 観客席の頂上。自分と共に、安全な場所へと避難したセイバーは畏怖の念を込めて呟く。

 

「あれだけの業火、下手なサーヴァントならば灰すら残るまい。カボチャ頭の幽鬼(ジャック・オー・ランタン)の名を冠するだけの事はあるな」

「ああ、そうだな」

 

 セイバーに同意しながら、舞台上や観客席を見渡す。

 あれだけいた影達は一体も残っていなかった。そして、彼等が糧にした犠牲者の遺体も。

 焼け焦げた跡を見て、知らず知らずに拳を握り締めていた。

 

「そなたが気に病む必要は無いぞ」

 

 セイバーがきっぱりと言い放つ。

 

「この襲撃は突然だった。そして、あのサーヴァントも未知の相手だから対処に遅れた。それだけだ」

「―――だとしても、助けたかった」

 

 犠牲となった子供を思い出す。

 まだ十歳になるかどうか、という歳だった。

 これから大人達の背中を見て、様々な事を学んでいく歳だ。もしくは、同年代の子供と遊び盛りだろう。

 だが、その子供の未来は無残に食い潰された。影のサーヴァントの、餌食となって。

 

「………ッ」

 

 奥歯を割れんばかりに食い縛った。

 分かっている。自分ではどうしようもなかったし、起きた事を巻き戻せるわけでもない。

 だけど、それでも―――!

 

「死者を悼むのは良い」

 

 セイバーが静かに声をかけてきた。

 

「だが、それで今を見失ってはならぬ。奏者よ、あのサーヴァントはどうなった?」

「―――ちょっと待ってくれ」

 

 心を落ち着ける為に、深呼吸をする。

 まだ終わっていない。相手はサーヴァントだけではないのだ。まだ見ない魔王も相手なのだ。

 ここで止まるわけにはいかない。

 そう自分に言い聞かせて、霊視の眼で周囲を見渡す。

 

「―――どうやら、いないみたいだ。多分、」

 

 先程の業火で燃え尽きたのだろうか。そう言葉を繋げようとした、その時だった。

 

「“審判権限”の発動が受理されました! これよりギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELN”は一時中断し、審議決議を執り行います! プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください!繰り返します―――」

 

 激しい雷鳴と共に、黒ウサギの声が遠くから響いた―――。

 

 

 

 

 




マトリクスが一部、解放されました。

  クラス:???

   真名:???

ステータス:筋力 E、耐久 E、敏捷 E、魔力 E、幸運 E、宝具 ?

  スキル:対魔力 ×

      「このサーヴァントに対魔力は無い」

       騎乗 ―

      「騎乗の才能。生物であるなら、あらゆる物に騎乗できるが、
       このサーヴァントに該当するランクは無い」

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