月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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サハラ「課金ガチャ、どうせ当たらないんだろうなあ………」

ジャンヌ「サーヴァント・ルーラー、ここに参上しました!」
サハラ「はい!?」
アタランテ「ふむ。貴様が主か」
サハラ「ちょ、」
ランサー兄貴「おう、よろしくな!」
プロト兄貴「なんだ、俺が二人もいるじゃねえか」
何スロット「Arrrrrrrrr―――urrrrrrr!!」
デオン「おや? 君とはフランス以来だね」
キャス子「宗一郎さま以外の方にお仕えするなんて……まあいいわ、上手く使って見せなさい」

英雄王「フハハハハハハ! (オレ)を呼び出すとは、貴様の運は尽きたな! 雑種!」

サハラ「い、いったい何事ーーー!?」


第11話「"The PIED PIPER of HAMELIN"」

 ―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、大広間。

 

 いよいよギフトゲームの開催日となった。時刻はまさに逢魔が時。これより一刻と経たず、ここは人と魔が入り乱れて争う戦場と化す。

 大広間に集まった数は五百人余り。ペストに罹って倒れた者、ジャックの様に『出展物』である為に参加条件を満たさない者などを除外して残った参加者を集めたが、全体の一割にも満たない。

 ざわつく観衆の前に、やや緊張した面持ちのサンドラが毅然を装い声を張り上げる。

 

「今回のゲームの行動方針が決まりました。マンドラ兄様、お願いします」

 

 傍に控えていたマンドラは軍服を正し、参加者側の行動方針を決める書状を読み上げた。

 

「其の一。魔王配下の相手は“サラマンドラ”とジン=ラッセル率いる“ノーネーム”が相手をする。

 其の二。他の者は、各所に設置された130枚のステンドグラスの捜索を行う。

 其の三。発見した者は指揮者に指示を仰ぎ、ステンドグラスの破壊、もしくは保護を行うこと」

「ありがとうございます―――以上が、参加者側の方針です。魔王とのラストゲーム、気を引き締めて戦いに臨んで下さい」

 

 おおおっ!! と雄叫びが上がる。ゲームクリアへの具体的な方針が決まり、こちらの指揮は最高潮に高まっていた。それぞれが勝利の為に、一斉に動き出す。

 

「奏者」

 

 振り向くと、セイバーが立っていた。傍らにはジャックと―――飛鳥に渡していたサーヴァント・ドールの姿があった。

 

「いよいよ決戦である。しかし聖杯戦争と違って、奏者の身を守りきれぬ場面もあるやもしれん。奏者には自衛の為にこやつを持っていて欲しい」

「ヤホホホ、セイバーさんと一緒に大急ぎで直しましたヨ!」

 

 いつもの様にカボチャ頭から陽気な声をジャックは響かせる。

 

「ありがとうセイバー、ジャック」

「………私は此度のゲームに参加はできません。この様な形でしか協力できない事をご容赦頂きたい」

「謝る必要は無いさ。お陰で戦力が増えたんだ」

 

 カシャ、カシャと球体関節を響かせてドールは自分の後ろに付く。

 

「あまり過信なさらぬ様に。その人形の性能では魔王や配下の悪魔の相手はできないでしょう。せいぜい壁役が精一杯です」

「分かった。気を付ける」

「病床にいる者達の看病はお任せ下さい。貴方がたの勝利を信じてお待ちしていましょう」

 

 それと―――とジャックは付け加えた。

 

「貴方のコミュニティにいた少女―――春日部耀さんでしたか? どうか彼女を助けてあげて下さい」

「それは、言われるまでもなくそうするけど………。どうして?」

 

 ジャックと耀との接点は、“アンダーウッドの迷路”で一戦を交えたくらいのはずだ。ほんの少し関わっただけの相手に拘る理由が知りたくて、純粋に聞き返してみた。

 

「いえね、彼女の瞳が少しもの寂しい色を帯びていたもので。コミュニティ柄、孤独な子供を放っておけないんですよ」

「耀が………孤独?」

「ええ。恐らく、彼女は単独行動をする事が多かったのでは?」

「それは―――」

 

 違う、とは言い切れない。というより分からない。考えてみれば耀の事を自分はあまり知らない。それは十六夜や飛鳥にも言える事だろう。自分にとって彼等は会ってまだ日の浅い友人でしないのだ。お互いがどんな道を歩んできて、どうして箱庭に来る事になったのか。それも話し合った事がない。

 

「仲が良い事と協調できる事は別物です。彼女はどこか、壁を作っている様に見える。それが少々心配で、御節介を焼いてしまうのですよ」

 

 以前、耀は人間の友達はいなかったと言っていた。それがどういう意味なのか。憶測や想像しかできない自分が勝手に語って良い物では無いだろう。

 

「すいませんね、ゲームの前にこんな事を言って。とにかく、皆さんが帰ってくるのをお待ちしておりますよ」

 

 そう言ってジャックはフワフワと飛びながら、その場を離れた。

 あまりボヤボヤしてはいられない。自分達も急いで持ち場へとつく。

 ただ―――ジャックの言った事が、少し心に引っかかっていた。

 

 

 

「北へまっすぐ。そこにステンドグラスがある」

「はい! 皆さん、行きますよ!」

 

 ジンくんの号令を受け、“サラマンドラ”の兵士達と街道を走る。そこには情報通り、ネズミ取りの道化が描かれた道化師のステンドグラスが置かれていた。

 

「それは“偽りの伝承”です! 砕いて大丈夫です!」

 

 パリン、とガラスの砕ける音がすぐに響いた。これで十か所目だ。

 ゲーム開始と共に、街があっという間に作り替えられた。閃光と轟音がしたと思えば、全く見覚えのない木造建築の街に変わっていたのだ。十六夜の推測によれば、ここは十五世紀(・・・・)のハーメルンの街。開始と同時に、自分達のフィールドへと参加者達を転移させたのは、流石は魔王というべきだろう。

 しかし、自分達は全く焦っていなかった。

 

「岸波さん、次のステンドグラスは?」

「待って………よし、この道の先だ。そこに二つある」

「分かりました。皆さん、こっちです!」

 

 手元に浮かんだホログラムディスプレイに表示された地図を元に、自分とジンくん達はハーメルンの街を駆ける。

 コード:view_map()。もはや御馴染みとなりつつあるこのコード・キャストは、ハーメルンの街の地図を完璧に再現し、さらにはステンドグラスの位置まで割り出していた。

 

 ドオオォォォン!!

 遠くから落雷の様に激しい爆発音が響く。恐らく、十六夜が本物のハーメルンの笛吹―――ヴェーザー河の化身と戦い始めたのだろう。

 

「岸波さん………」

「大丈夫だ」

 

 ジンくんが不安そうに目を向けるが、安心させる様に答える。ヴェーザー河の化身が本物のハーメルンの笛吹である以上、何らかの強化を行って戦力を倍増させた可能性はある。しかし、十六夜が一度戦った相手だから任せろと言った以上は彼を信じるしかない。何より―――

 

「十六夜が、簡単に負けるはずがない」

「そう、ですよね」

 

 ジンくんは少しためらいながらも頷く。

 

「僕達は、僕達の出来る事をしましょう」

「ああ、そうだな」

「っ、奏者よ! 敵だ!」

 

 先行していたセイバーが警告を出す。すると数秒としない内に―――

 

「はぁい♪ 皆様、御機嫌よう♪」

 

 ハッと街道の脇にある建造物を見上げる。

 屋根の上に立つのは、扇情的な服装をした白装束の女。ジンくん達の証言から、彼女こそがネズミ取りの伝承から生まれた悪魔―――ラッテンだろう。

 

「現れたな、ネズミ使い!」

「お前は………! 飛鳥さんと耀さんはどうした!?」

 

 セイバーとジンくんが叫ぶが、ラッテンはクスクスと笑うばかりで答えようとしない。やがて、マップを出している自分の手元をじっと見つめ出した。

 

「ふうん? さっきからサクサクとステンドグラスを壊していると思ったら、アンタのギフトのお陰だったわけね。なるほど、マスターの御眼鏡に適っただけはあるわね」

「君の言うマスターというのは………」

「あら? 一度会ってるんじゃないの?」

「っ、やっぱりか―――!」

 

 大祭の前。飛鳥を探していた時に会った、あの少女。彼女が魔王だったのだ。まさかあんな小さな少女が魔王なわけがないと、無意識に考えない様にしていた可能性が目の前で現実となったわけだ。

 

「さて。マスターからもう聞いてると思うけど、降参する気はないかしら? 今なら高待遇で迎えてくれるそうよ?」

 

 こちらを見下しながらラッテンを降伏を迫る。もちろん答えは決まっていた。

 

「断る! お前達を倒して、飛鳥達を取り戻す!」

 

 スッとラッテンの目が細まる。

 

「気に入らないわ」

「なに………?」

「気に入らないわね。こちらに勝てる保証があるわけでもない、かと言って蛮勇で言っているわけでもない。あくまでも私達に屈しない、というだけで立ち向かおうとする。なるほど、マスターみたいに好意は抱かないけど………踏みつぶしたくなりました♪」

 

 ニィ、とラッテンは嗜虐的な笑みを浮かべる。

ゾクッと背筋に嫌な悪寒が走る。

 

「ともあれ、ようこそハーメルンの舞台へ。皆様には素敵な同士討ちを経験して頂きます♪」

 

 パチン、とラッテンが指を鳴らすと屋根から何十匹もの火蜥蜴が姿を現した。屈服させられた“サラマンドラ”の同士達だろう。すぐさま同行していた捜索者達が迎撃しようと武器を構える。ところが―――

 

「だ、駄目です! 参加者を相手取っては、」

「そんな事を言っている場合か!? 魔王の配下に操られている以上、倒すしかない!」

「違います! ここで同士討ちしては貴方達も失格になってしまいます!」

 

 そう、ジンくんの言う通りだ。改正されたルールには『自決・同士討ちによる討死』がはっきりと禁止事項に加わっている。唯でさえ少ない人員が同士討ちで減少すれば、捜索そのものが成り立たなくなっていく。

 

「さあ! 仲間同士で戯れてごらんなさい!」

 

 ラッテンの号令と共に、屋根から一斉に火球を吐き出す火蜥蜴。

 人一人を簡単に焼き尽くす豪火が迫り―――疾風の様に振るわれた剣戟に全て斬り払われた。

 

「何ッ………!?」

「そなた、先ほどから好き勝手にほざいていたが―――」

 

 ブンッ、と原初の火(アエストゥス・エストゥス)を振るいながらセイバーはラッテンを睨む。その顔には、絶対零度にまで冷え込んだ憤怒。

 

「ここで自分が踏みつぶされるとは予想していなかったか?」

「ヒュウ♪ やっるー♪」

 

 ケラケラと笑うラッテン。その顔には、まだ余裕の笑みが浮かんでいた。

 

「じゃあ………これならどうかしら♪」

 

 ラッテンは唇に魔笛を当て、奏で始める。

 高く低く、疾走する様にハイテンポなリズムを刻む曲調は、まるで何かを目覚めさせる様だ。やがて、地響きを伴いながら地面から陶器で出来た巨人がせり上がる。

 その数は十体を軽く超えている。

 

「「「BRUUUUUUUUUUUUUM!!」」」

 

 嵐の様に全身の風穴から放たれた雄叫びは、猛烈な突風となって辺りに吹き荒れる。

 ステンドグラスを探していたコミュニティから各所で悲鳴が上がった。自分も吹き飛ばされない様に踏ん張るだけで精一杯だ。

 

「さあ、素敵なオペラを始めましょう♪」

 

 芝居ががった仕草で一礼をするラッテン。主の命を受け、陶器の巨人達がセイバーにせまる。

 

「調子に乗るなよネズミ使い(ラッテン)!!」

 

 セイバーが迎撃しようとし―――空から無数の影の刃が陶器の巨人を貫く。

 

「もう、何なのよさっきから!」

 

 怒りと苛立ちで空を見上げるラッテン。そこには、

 

「レティシア!」

「すまない、遅くなった」

 

 煌々となびく金髪の姿。純血の吸血鬼、レティシア=ドラクルが翼を広げていた。

 

「セイバー、ハクノ。ここは私に任せてくれ」

「レティシア?」

「大丈夫だ。あの程度、私一人でも十分だ」

 

 普段の温厚さを消し、冷たい瞳でレティシアはラッテンを睨む。セイバーとジンくん達と顔を見合わせ、一度だけ頷くとレティシアに背を向けた。

 

「ああ、そうだ。一つ聞き忘れていたが―――」

 

 ふと、レティシアをこちらに振り返った。

 

「別に、倒してしまっても構わないだろう?」

 

 いっそ余裕すら感じる様なシニカルな笑みを浮かべるレティシア。それが何故かおかしくて、こんな最中だというのに少し噴き出した。

 

「ああ。コテンパンにしてやれ、レティシア!」

 

 

 

 ―――Interlude

 

「まさか見逃すとはな」

 

 白野達が立ち去った後、レティシアはラッテンを睥睨しながらギフトカードから槍を取り出す。

 対してラッテンはにやにやとした笑みを隠そうともしない。

 

「べっつにー? 私達はタイムアップを狙うだけで勝てますし? それに、この状況じゃあ“箱庭の騎士”でも負ける気がしないからねー♪」

 

 一人残ったレティシアに火蜥蜴達が群れをなして取り囲み、さらに陶器の巨人達―――シュトロムもいる。ラッテンからすれば、相手が“箱庭の騎士”とはいえ御釣りが来る様な戦力差だ。

 しかし―――

 

「ネズミ使い。飛鳥と耀を攫ったのはお前か?」

「だったらどうするの吸血鬼さん? “箱庭の騎士”の力を見せてくれるのかしら?」

 

 フッ、とレティシアは笑った。

 

「生憎と、今の私が持つギフトは全て三流のまがい物でな。唯一、戦力になりそうなのは………この“影”のギフトくらいだ」

「影………?」

 

 ラッテンの視線は自然とレティシアの影へと落ちる。

 すると、レティシアの影が無数の刃へと変わっていく。

 数多の刃がこすれ合う姿は、刃というより―――

 

「その“影”……“顎”? いえいえちょっと待った! そもそも吸血鬼に影なんて無いはずじゃ、」

「如何にも。これでも昔は系統樹の守護者、“龍の騎士(ドラクル)”まで昇りつめた事があってな。この“遺影”はその時に信仰していた龍だ」

 

 ラッテンの余裕が一転する。聞き間違いかと思った一瞬の隙に、レティシアの影は膨張して姿を変える。

 レティシアの温厚な表情は一変して険しいものになり、

 

「この前の御礼参りだネズミ使い。我が同士を傷つけた報いをここで受けるがいいっ!!」

 

 無尽の刃は巨大な龍の顎となり、平面上に広がって周囲を薙ぎ払う。

 周囲にいたシュトロム達は龍の顎に噛み砕かれ、一撃で消滅した。

 

「龍の騎士に、無尽の刃を持つギフトですって………!? 貴女、まさか魔王ドラキュラだとでも言うの!?」

 

 慌てて操っている火蜥蜴の群れの後ろに避難しながら、ラッテンは素早く思考する。

 

(マズイっ! 相手が純血の吸血鬼だと思って油断した! もうシュトロムじゃ相手にならない! こうなったら………!)

 

 “奥の手”を出すしかない、とラッテンの理性が警鐘を発する。しかし、頭の別の所でソレを出す事に待ったをかけていた。

 確かに“奥の手”を使えば、目の前の吸血鬼に勝てないまでも足止めはできるだろう。だが、それを使えばゲームに勝った時に手に入る人員に支障が出る。

 “グリモワール・ハーメルン”は新興のコミュニティだ。世界の理としていずれ敗北する(・・・・・・・)事が確定していても、まだ滅ぶ気は無い。その為にも大勢の人員が必要なのだ。“奥の手”を使ってしまうと、いくらかの有能なギフトが無駄に―――

 

「っ!!」

 

 眼前で最後のシュトロムが、龍の顎に頭から喰われた。もう一刻の猶予もない。ラッテンは覚悟を決め―――唇に笛を当てた。

 

「何―――?」

 

 その笛の旋律は、レティシアにも聞こえていた。速く、高くと吹かれる曲調は、先ほどシュトロムを呼び出した曲と異なっている。しかし徐々に周囲から恐ろしい気配が場を支配する。

 

(この期に及んで、まだ何かを召喚させる気か? なんにせよ、やらせはせんっ!)

 

 レティシアは双掌で影を巧みに操り、ラッテンへと奔らせる。

 だが、それより先に―――

 

『『『ギョオオオオオオオオッ!!』』』

 

 地面から噴き出る様に湧いた羽虫の群れが、その体で龍の影を受け止めた。勢いを殺し切れず、体の半分以上を削られたが、羽虫の群れはしっかりと立っていた。

 

「これは―――ハクノから聞いた影の使い魔か! だが今更そんなモノを呼び出した所で、」

「ええ、だから………こうするのよっ!」

 

 言い終わるや否や、ラッテンは素早く曲を奏でる。すると曲に合わせる様に、影の使い魔―――“プレイグ”の姿がグニャリと歪み、火蜥蜴達へと覆いかぶさる。

 

「グッ、ギッ……ガアアッ!!」

「ギイイィィィ、ギャ、タイイタイイタイイタイッッ!!」

「ゴポッ、グ、ブ、ゲボオォォォッ!?」

 

 羽虫の群れに纏わりつかれた火蜥蜴達から、一斉に苦しみにのたうつ声が上がる。すると火蜥蜴達の体から、一斉に疱瘡が噴き出した。

 

「いったい、何を―――!?」

「グ、ガアアアアアアアアアッ!!」

 

 ラッテンに問い質そうとしたレティシアに、先ほどまで苦しんでいた火蜥蜴が飛び掛かる。全身から膿を噴出させた痛々しい姿になりながらも、その速度は野生の獣よりも遥かに俊敏だ。

 

「くっ―――!」

 

 レティシアは影を引っ込めて、ギフトカードから槍を取り出す。龍の遺影のギフトでは、破壊力が大きすぎて無傷で押さえるのは難しい。

 だが、

 

「な、にっ!?」

 

 レティシアから苦悶の声が上がった。火蜥蜴の突進をガードして受け止めたものの、予想以上に力が強い。元の種族としての膂力もあるだろうが、それでも吸血鬼であるレティシアに踏鞴を踏ませる様な力など無いはずだ。

 

「あ~あ………まさか“プレイグ”を使う事になるなんて」

 

 ハア、とラッテンは火蜥蜴達の後ろで溜息をついた。

 

プレイグ(疫病)、だと!?」

「そ。プレイグ(疫病)。見て分かると思うけど、そいつは自我の発現に失敗した病魔でさ。命令された通りにしか動かないのよ」

 

 でも、とラッテンは口元を歪めた。

 

「ナントカと鋏は使い様ね。そいつにはちょっと面白いギフトがあって、自分に感染した相手から魂を吸収できるのよ。しかも―――応用で、感染者の乗っ取り(・・・・)もできるわけ」

 

 ハッ、とレティシアは眼前の火蜥蜴を見る。噴出した膿の痛みの為か、荒い呼吸を繰り返す火蜥蜴。しかし、その瞳は虚ろで自分の意思では無い事がはっきりと見て分かった。

 

「まあ、これをやると乗っ取った相手がただの操り人形になるから使いたくなかったのだけれど………そんな事も言ってられませんしね♪」

「ラッテン、貴様ァ!!」

 

 参加者をコマとしてしか見ていないラッテンの言葉に、レティシアが怒りの形相でラッテンへと襲い掛かる。

 だが、その行く手を阻む様に全身に膿を噴出させた火蜥蜴達が一斉にレティシアへと飛び掛かった。

 

「プレイグは乗っ取った相手の事なんて考えないから、限界を超えた動きをさせられるわ。さあて、“箱庭の騎士”様は痛みを知らない狂戦士と化した参加者達をどう捌くのかしら?」

「この、邪魔だ!」

「あはははは! ほらほら、ダンスの相手は次から次へと出てきますわ! なにせ、最初にプレイグが憑りついた女の子が苗床として優秀でしたから♪」

「何―――!?」

 

 聞き捨てならない言葉を聞き、レティシアの動きが一瞬だけ止まる。影の使い魔―――プレイグが最初に憑りついた相手。魂を喰らって増殖するこの使い魔にとって、優秀な苗床になる様な女の子と言えば―――!

 

「貴様ッ!! 私の同士に一体なにを―――!?」

 

 突如、レティシアの隙を見逃さなかった火蜥蜴達の群れが雪崩をうって飛び掛かり、レティシアの声は火蜥蜴達の雄叫びに呑みこまれた―――。

 

 ―――Interlude out

 

 

 

「よし、ジンくん達はこっちの通りに向かってくれ。俺とセイバーは向こうの広場方面のステンドグラスを確保してくる」

「分かりました! でも………お二人だけで大丈夫でしょうか?」

「任せよ! 余がいるだけで百人力である。余と奏者ならば、魔王が出て来ても遅れは取るまい」

「―――分かりました。お二人とも、どうかお気をつけて」

 

 ペコリと一礼すると、ジンくんと他の参加者は指示した方向へと走り去って行った。

 レティシアから別れた後、各地に出現した陶器の巨人達によって捜索班にも少なくない負傷者が出始めていた。その為に今や最初に編成した班を更に小分けしないと、捜索の手が足りない様な状況だ。そこで、自分とセイバーはジンくん達とは別行動を取る事にしたのだ。ジンくんには“サラマンドラ”の精鋭兵士達が同伴すると言っていたから、戦力としても大丈夫なはずだ。

 

「さて、我等も行くぞ。奏者よ、ステンドグラスはどこにある?」

「待って―――うん、近くの広場に一つある!」

「よし、そこから行くぞ!」

 

 マップに映った情報を元に、セイバーと大急ぎで示されたポイントへ向かう。そこは中心に井戸があり、その井戸を取り囲む様に長屋が楕円状に連なっていた。そして井戸の上に浮かぶ様に―――

 

「あれか、奏者!」

 

 セイバーが指を指した先に、ステンドグラスが浮かんでいた。

 ステンドグラスに描かれているのは、丘から氾濫する河。そしてその河に呑み込まれる様に溺れる人々。

 

「ビンゴだ! あれが、“真実の伝承”!」

 

 ゲームのクリア条件の中で、最も重要なステンドグラスを見つけて急いで駆け寄る。

 その時だった。

 

「待て! マスターッ!!」

 

 突然、セイバーが自分の首根っこを掴み、後ろへと飛び退く。

 次の瞬間、さっきまで自分がいた場所に大岩が落ちた様な衝撃が奔った。

 

「ッ、セイバー! いったい何が起きて―――」

 

 状況を確認しようとセイバーに声をかけるが、セイバーは答えなかった。

 セイバーは正面を向いたまま、信じられない物を見た様に目が見開かれていた。

 

「そんな、馬鹿な―――」

 

 セイバーから、茫然とした呟きが漏れる。

 いったい何を見たのか気になり、自分も襲撃してきた相手を見て―――瞬間、意識が真っ白に染まった。

 

「嘘だろ………」

 

 自分の声が、まるで他人の言葉の様に聞こえる。

 襲撃してきた相手は、人間だった。拳が地面へとめりこみ、地面にはクレーターの様な亀裂を作っていた。先程の衝撃は持ち前の怪力で自分に殴りかかったのだろう。セイバーがあと少しでも遅れていれば、自分の頭が西瓜の様にかち割れていたのは明白だ。

 だが、そんな事はどうでもいい。問題は相手がよく知る相手だった事だ。

 健康的なショートヘアはやつれ、皮膚には痘痕が浮かんでいるが、まちがいない。

 白いスリーブレスのジャケットとショートパンツを履いた、襲撃者の正体は―――

 

「―――耀?」

 

 襲撃者―――春日部耀は、虫の様に無機質な瞳でこちらを睨んでいた―――。

 

 

 


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