月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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あれだ、色々な要素を詰め込み過ぎ。それと書き過ぎ。
そんな13話。
あと今回は三人称にチャレンジしてみました。



第13話「水天日光天照八野鎮石」

 ―――Interlude

 

 ―――境界壁・舞台区画・“暁の麓”。美術展・出展会場・隠し部屋

 

「ふう………」

 

 洞窟の中で、飛鳥は額の汗をぬぐった。

 着ている深紅のドレスは所々がほつれ、泥や埃で汚れていた。

 本来なら今の自分の格好を恥と思う飛鳥だが、今は事を成し遂げた後の満足げな表情であった。

 そんな飛鳥の前に、一枚の契約書類(ギアスロール)が浮かぶ。

 

『ギフトゲーム名“奇跡の担い手”

 

   勝者:久遠 飛鳥

 達成条件:“ディーン”の服従』

 

「これで文句は無いでしょう?」

「―――はい。お見事です、“ノーネーム”の御嬢さん」

 

 飛鳥の言葉に応える様に、洞窟の四方八方から涼やかな声が響く。

 

「どうか彼をお役立て下さい。そして、偽りの“ハーメルンの伝承”に終止符を。我等、“ハーメルンの御霊”が正しい時代に戻れる様に、どうかお願いします」

 

 静かに、そして切実に響く声に飛鳥は短く首肯する。

 そして、傍らに控えていた鋼の巨兵に声をかけた。

 

「さあ―――いくわよ、“ディーン”!!」

「―――――DEEEEEEEEeeeeEEEEEEN!!」

 

 ―――Interlude out

 

 

 

「ご主人様! ご無事ですか!?」

 

 突然、現れた狐耳の少女は飛び掛かる様な勢いで白野に抱きついた。

 何とか受け止めた白野は、困惑しながらもされるがままとなった。

 

「えっと、君は………」

「はい! ご主人様の召喚(ラブコール)に応え、花も嵐も超えて一直線! 自他共に認める良妻サーヴァント、キャスター! ここに罷りこしましたー!!」

 

 ブンブン! と音が聞えそうな程に狐の尾を振って嬉しさを伝える少女―――キャスター。

 自分の胸板に頬擦りしながら親愛の笑みを浮かべるキャスターに、白野はただ困惑していた。

 何故なら―――白野はこの少女の事を知らない。

 いきなり出てきた少女に、ここまでフレンドリーな対応をされて困惑するなと言う方が無理な話だが―――

 

(いや………でも、何だろう。この感じ、懐かしい様な―――)

 

 ドオオオオォォォォォンッ!!

 

 安っぽい爆発音と共に、亜人の群れが宙を舞った。

 倒れ伏した亜人達を踏み越えながら、セイバーが白野へと近寄る。

 

「奏者よ。今しがたの危機に駆けつけなかったは悪く思うが―――」

 

 セイバーの後ろから、先ほどまでセイバーを押さえつけていた巨躯の亜人が飛び掛かる。

 セイバーは振り向きざまに体を一回転させながら、亜人に剣で当身を喰らわせる。

 

 ドゴォ!

 

 亜人は人体から発してはいけない音を響かせながら、長屋の壁に頭からめり込んだ。

 死んではいない………と、思いたい。

 

「そのサーヴァントは何だ?」

 

 コホン、と咳払いをして剣の切っ先でキャスターを指差す。よく見ると口元が引き攣っている。

 

「はあ? 誰ですか貴女? ご主人様との感動の再会を邪魔するとか、マジ空気読めて・・・・・・・・・んんん?」

 

 嫌そうな顔でキャスターはセイバーへと振り向き、唐突に目を細めた。

 魔術師のクラスを冠する彼女には一目で看過できた。

 このサーヴァント―――セイバーと岸波白野が、契約を結んだ状態にある事を。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ねえ、ご主人様?」

 

 ゾクゥ! と白野の背筋に冷たい物が走った。

 キャスターは白野に抱きついたまま、ニッコリと微笑む。

 

「あのサーヴァント、誰ですか? なーんか私がいない間に新しい側室を作ったのかなー?」

「え、えっと、その・・・・・・・・・」

 

 そもそもこの少女は誰なのか。なぜ自分を主人と呼ぶのか。そして覚えが無いのに、何故冷や汗が止まらないのか?

 色々な疑問が頭の中をぐるぐると回り、白野は上手く言葉に出来なかった。

 そんな白野の態度を勘違いして、キャスターは抱き締める力に徐々に力を込める。

 

「ささ、ご主人様。一応は聞いて上げますから、どうぞ弁明を。良妻サーヴァントを放って、ご主人様は何を使役してるのかなー?」

「ちょ、首、締まっ・・・・・・ギブ、ギブ!」

「ん~? 聞こえませーん♪ ホラホラ、早く吐かないとタマモ式必殺技の十三番・浮気壊体固めが極まっちゃいますよ~?」

「ええい、余の奏者から離れろ! この駄狐!」

 

 端から見ると抱き合っている二人を引き離そうと、セイバーが近寄ろうとし―――後ろから疾風の様に迫った相手を剣で受け止めた。

 

「・・・・・・・・・ッ!」

「ッ、ヨウ!」

 

 耀の爪をガードして鍔迫り合ったセイバーは奥歯を噛み締める。

 耀の顔は人形の様に無表情だったが、その目からはとめどなく涙が流れていた。

 よくよく見れば、天然痘に侵された体で無理に動いた為か、痘痕から出血して純白だったジャケットにどす黒い斑尾模様を作っていた。

 乗っ取ったサーヴァントは、明らかに耀に限界以上の行動を強いている。

 

「このッ、ヨウの体から出ていけ、痴れ者が!」

 

 セイバーは鍔迫り合いの状態から耀を押し返し、剣を一閃させる。耀はバックステップ、さらにはバック宙と猿の様な身のこなしでセイバーから距離をとった。

 見れば、倒れ伏していた亜人達も次々と起き上がっていく。

 骨折したのか、片手をダラリと垂れ下げながら武器を構える者。

 頭から尋常でない出血しながらも、傷口を塞ぐ事もなく拳を構える者。

 病気の苦しさからか、出来損ないの笛の様な呼吸をしながら牙を剥く者。

 いずれにせよ彼等の体の限界は近く、そして憑依したサーヴァントはそんな事を気にも留めてない事が見て分かった。

 

「あ、あれ? ひょっとして、今ってスゴくピンチだったりします?」

 

 周りの状況を察知したキャスターは、ようやく白野から離れた。そして、白野の体が傷だらけな事に気付く。

 

「ご主人様、そのお身体は!?」

「俺の事はいい! 君・・・・・・えっと、キャスター!」

「は、はい!」

「あの人達にはサーヴァントが取り憑いている! サーヴァントの正体は病原菌だ。何とか出来ないか!?」

 

 自分にコード・heal()をかけて傷口を塞ぎながら、白野はキャスターに頼った。

 重ねて言うが、今の白野はキャスターの事を知らない(覚えていない)

 だが・・・・・・・・・何故か、この少女ならば打開策を持っていると白野の直感が訴えていた。

 キャスターは白野の必死な顔を見て、表情を引き締めた。

 

「―――なるほど。詳細な説明をプリーズとか、今北産業とか色々言いたい事はありますが、どうやらのっぴきならぬ状況の御様子」

 

 スゥと目を細めて、キャスターは取り憑かれた参加者達を観察する。

 参加者達はキャスターを新たな脅威として警戒しているのか、白野達を遠巻きに取り囲みながらジリジリと包囲網を狭めていた。

 

「相手は出来の悪い疫病神と見ました。これなら―――一網打尽にした方が早いですね♪」

「・・・・・・・・・出来るのか? 耀達を、参加者達を誰も殺さずに」

「はい♪ 『ユーザーが選ぶ使えない宝具ナンバーワン』な私の宝具ですが、今回の相手にはバッチリ相性が良いです!」

 

 おどけて応えるキャスターに白野はそうか、と小さく頷く。

 そして、顔を上げて指示を出し始めた。

 

「セイバー、君は耀だけを相手してくれ。他の参加者達は素通りさせていい。キャスター、君は宝具の解放を頼む。解放にはどのくらい時間がかかる?」

「へ? は、はい! 詠唱に専念すれば、一分くらいです」

「分かった、その間は俺が全力で守る」

 

 数十の集団を自分が相手にすると臆面なく、白野は言い切った。図らずも白野達がいる場所は“真実の伝承”が置かれた井戸の前。防衛するにはうってつけの場所だが―――

 

「確かに先程の乱戦よりはマシだろうが・・・・・・・・・出来るのか? そなたが一分も参加者達の猛攻を耐えるという事だぞ?」

「そうです! ご主人様のお身体はもうボロボロじゃないですか! ここは私に任せてご主人様はお下がり下さ―――」

「出来る。いや、やってみせる」

 

 セイバーとキャスターの苦言を遮って、白野は断言した。

 その瞳には、二人がかつて―――聖杯戦争の最中で見た、意志を込めた強い輝き。

 

「セイバー一人だけじゃ、全員を相手取るのは無理だ。キャスターの宝具は、詠唱に専念しないと発動に時間がかかるものだろ?」 

「それは、そうですけど………」

 

 口ごもるキャスターを尻目に、白野は参加者達に目を向けた。

 先頭には、荒い呼吸をしながら血だらけの身体で拳を構える春日部耀の姿。

 

「もう耀達の体も限界だ。これ以上、友達が苦しんでいる姿を見たくない。だから・・・・・・・・・頼む」

 

 白野はセイバー達に頭を下げた。

 

「俺を、信じてくれ」

 

 真摯に、そして必死に二人に頼み込む白野。

 その姿に、セイバー達は覚悟を決めて頷いた。

 

「頭を上げよ。()は、そなたのサーヴァントだ。そなたが命を懸けると言うならば、これを全力で支援するのが私の務め」

「無茶を断行して、不可能を可能にする。そんな貴方だからこそ、私は心から慕っているんですよ、ご主人様(マスター)

 

 そして、セイバーとキャスターはお互いに初めて正面から向き合う。

 

「ヨウは余が止める。そなたは宝具の解放を急げ、キャスター」

「ええ、あの不出来なサーヴァントに鉄槌を下しましょう、セイバーさん」

 

 お互いに頷き、セイバーは白野とキャスターを守る様に前へ。キャスターは詠唱に専念する為に白野の後ろへと下がる。

 

「キャスター・・・・・・・・・ありがとう。宝具を解放するまで、俺が必ず守るよ」

「くぅ~、ご主人様から守る発言キター! タマモちゃんの脳内動画に即マイリスト入りです!」

 

 キャッホー! と一人テンションを上げるキャスターに、白野は苦笑し・・・・・・・・・同時に罪悪感が芽生える。

 目の前にいる少女―――キャスターは、自分の事が大好きなのだろう。それくらいは白野でも見て分かった。それなのに・・・・・・・・・。

 

「あのさ、キャスター。実は、」

「私の事を覚えていらっしゃらないんですね」

 

 白野は驚いてキャスターを見る。

 キャスターは静かに―――そして、寂しそうに微笑んだ。

 

「私の宝具の事を覚えていなかったから、ひょっとして・・・・・・・・・と思っていたら、図星でしたか」

「・・・・・・・・・ごめん。君が俺に会いたかったのは、分かる。でも、」

 

 尚も謝罪の言葉を続けようとした白野。その口に―――キャスターは軽く人差し指を当てた。

 

「皆まで言わなくて良いです、ご主人様」

 

 先程までのハイテンションが嘘の様に、キャスターは清楚に微笑む。

 

「たとえご主人様から忘れられても、私は貴方のサーヴァント。貴方の魂に恋い焦がれ、貴方に全てを捧げると誓った事には変わりません」

「キャス、ター・・・・・・・・・」

 

 その姿に、白野はしばし見とれ―――

 

「「「「シャアアアアアアアアアァァァァァッ!!」」」」

 

 痺れを切らした様に、参加者達―――プレイグが絶叫する。

 耀を先頭に、亜人の群れが地響きを響かせながら、白野達へと走り出した。

 

「キャスター、頼む!」

「お任せ下さい、私のご主人様(マイマスター)!!」

 

 キャスターが力強く頷くのを確認して、白野はアゾット剣を地面に突き立てた。

 白野自身の唯一の武器―――コード・キャストは、箱庭に来てから変質している。

 かつては礼装を通してでしか出来ない術を空手で行える様になり、道具や地面への呪術付与(エンチャント)も出来る様になっていた。

 そして今、アゾット剣を触媒にし、

 

「コード―――」

 

 新たなコード・キャストとして、発動させる!

 

「guard_shield、実行!!」

 

 アゾット剣を中心に、光り輝く半透明な壁が白野とキャスター、そして“真実の伝承”を包む。

 アゾット剣の物理・霊的加護の恩恵を基に作られた術は、生半可な攻撃を通しはしない。

 白野は前を見据えて、迫り来る参加者達を待ち受けた。

 

 

 

 耀に憑りついたプレイグは、“生命の目録(ゲノム・ツリー)”で四足獣の恩恵を宿しながら白野達へと駆ける。

 

 新しい敵が現れたが、所詮は一人。そして奴も自分と同じ(・・・・・)サーヴァント。マスターを狙えば、簡単に無力化できる。

 

 退化した思考でなく、戦闘本能でプレイグは直感した。

 

 相手は守りに入った様だが、無駄な足掻きだ。この身体は今まで取り憑いた中でもダントツで優れている上に、付属品として便利な恩恵(ギフト)まで付いている。あんな薄膜など、恩恵で重量級の獣の腕力や体重を再現して叩き割ってしまえば―――

 

 そこまで思考していたプレイグに、真紅の閃光が迫る。

 猫の柔軟さと猿の身のこなしを身体に宿し、プレイグは後ろへと飛び退いた。

 

「先程まで、ヨウの身体を慮って加減をしていたが―――」

 

 セイバーは剣を振るいながら、プレイグへと迫る。

 その速度は、先ほどと比べ物にならないくらい速い。

 

「我が奏者が覚悟を決めた以上、余はそなたを全力で止めよう! 来るが良い、ヨウ………否、病のサーヴァントよ!」

 

 その瞬間、セイバーの魔力が上昇する。あまりの覇気に、プレイグは警戒心を強める。

 一度距離を取るべきだ、と判断してグリフォンの恩恵で空へと飛び上がる。

 

「ッ!?」

 

 だがプレイグは目を瞠った。なんとセイバーが宙を駆けて、自分を追ってくるではないか!

 

「ハァッ!!」

 

 下段から振られる剣をプレイグは甲殻類の動物達の頑丈さを重ね合わせてガードする。

 だが受け止め切れず、弾かれた様に長屋の屋根へ吹き飛ばされた。

 

「空を駆けるのがそなたの専売特許と思ったか? 我が皇帝特権に、不可能は無いと知れっ!!」

 

 慌てて体勢を立て直すプレイグに駆け寄りながら、セイバーは更に剣を振るう。

 たった一分。白野が指定した短い時間を守り抜く為、セイバーは加減を捨てて耀に剛剣を振るった。

 

 

 

『―――ここは我が国、神の国』

 

 白野の後ろで、キャスターの詠唱が朗々と響く。

 コード:guard_shieldの障壁を前にした参加者達が、障壁を破ろうと手にした武器で、爪で攻撃し始める。

 

『水は潤い、実り豊かな中津国』

 

「ぐ、ッ………!」

 

 白野は苦悶の声を上げようとして、必死に呑み込んだ。参加者達の力が予想以上に強い。

 彼等は獣や亜龍の恩恵を宿す亜人だ。単純な腕力ならば人間を大きく上回る。加えて、今はプレイグによって限界以上の力が引き出されている為、その一撃は巨大な岩も容易く叩き割るだろう。それが数十人。もはや数の暴力という言葉で済ませていい戦力ではない。

 

『国がうつほに水注ぎ、高天(たかま)巡り、黄泉巡り、巡り巡りて水天日光』

 

 白野は奥歯を割れんほどに噛み締めながら魔力を更に回す。

 だが光の障壁は参加者達の度重なる攻撃で、ギシギシと嫌な音を立て始めていた。

 

『我が照らす、豊葦原瑞穂国(とよあしはらみずほのくに)

 

「ッああああああッ!!」

 

 限界以上に回した魔力が、白野の身体に押し寄せた。さながら全身の血管に溶解した鉄を流した様な不快感と激痛が白野を襲う。

 激痛で視界がチカチカと点滅し、手は血管が破れたかの様に出血し始めて―――白野は更に魔力を回した。

 

(もう……少しだ! あと少しで、宝具が発動する! その程度の時間なら………このくらい、何てことも無いっ!!)

 

『………八尋の輪に輪をかけて、これぞ九重、天照らす!』

 

 その全てを意識の外に置き、キャスターはさらに詠唱する。

 無論、彼女には白野がボロボロになりながらも術を維持する姿が映っている。

 今すぐに白野の元へ駆け寄りたかった。今すぐに止めさせたかった。

 だが、それは出来ない。

 必ず守る、と自らのマスターは言った。そして、目の前の白野は傷つきながらもただ前を見据えている。自分の事を信じて、目の前の事だけに集中している。

 

(ご主人様に応えなくて、何がサーヴァント・・・・・・・・・なーにが良妻狐か!!)

 

 キャスターが手にした八咫鏡が一際強く輝き出す。その光は、夜明けを告げる朝日の様に燦燦と黄金色の輝きでハーメルンの街を照らした。

 この宝具こそ、神の座を捨てて英霊となったキャスターが持つ唯一の神宝。

 天照大神の神体であり、物部の十種神宝(とくさのかんだから)の原型となった玉藻静石(たまもしずいし)の力を一次的に解放した神宝宇迦之鏡(しんぽううかのかがみ)

 其の銘は――――――

 

水天日光(すいてんにっこう)………天照八野鎮石(あまてらすやのしずいし)!』

 

 キャスターが真名を告げると同時に、八咫鏡は一層に輝く。

 その輝きは、地上に降りた太陽を思わせた。

 やがて、八咫鏡から巨大な光球が飛び出し、空高く舞い上がっていった。

 偽りのハーメルンの街を覆う曇天すら跳ね除け、光球はハーメルンの街を一望できる高さまで昇り―――その瞬間、ハーメルンの街は温かな光に照らされた。

 

 

 

「これは………太陽の光?」

 

 白野は茫然と、空を見上げる。先程まで重苦しく街を包んでいた雲は退けられ、空からは燦燦と陽光が降り注いでいた。

 万象一切を焼き尽くす様な激しい太陽の熱ではなく、生命の芽吹きを祝う春の様な穏やかな恵み。

 その輝きに目がくらみ、目を覆う為に手をかざし―――そして気付いた。

 

「傷が………治っていく?」

 

 手から流れていた血が止まり、傷が消えていく。手だけではない、体中の傷が時間を巻き戻す様に完治していき、疲労も嘘の様に消えていった。

 だが変化はそれだけに留まらない。

 

「「「グ、ギ、ギシャアアアアアアアァァァァァァァアアアアアッ!!」」」

 

 突如、苦悶の声を上げだした参加者達を白野は驚いて視線を向ける。

 見れば参加者達の傷も癒され、さらには体中に浮かんだ痘痕も消えていく。

 だというのに、こうして苦しがっているのはどういうわけか?

 

「私の宝具は、本来なら死者すら蘇らせることのできる神宝中の神宝なんですけど」

 

 トンッと軽く八咫鏡を叩きながら、キャスターは白野に説明しだした。

 

「今の私じゃ、魂と生命力を活性化させるのが精一杯。結界の中に入った任意の相手の傷を癒したり、魔力を無限に供給するくらいしか出来ません」

 

 いっそ派手にビームとか出せれば良いのに、とキャスターは良く分からない独り言を呟く。

 参加者達は健康体になりながらも、何故か苦しみながら体をくの字に曲げる。

 

「今回、特・別・に! 貴方達の身体も活性化させてあげますけど―――」

 

 そう言って、白野の横に並び立つキャスターは―――ニヤリ、と嗤った。

 

「健康体になった相手に、憑りついていられるんですかねえ? 疫病神(・・・)さん?」

 

 ゴバッ! と参加者達の身体から黒い羽虫達が飛び出す。キャスターの宝具で活性化された肉体に、憑依状態を維持できなくなったプレイグは次々と逃げ出していく。

 それは、耀も例外ではない。

 

「おっと」

 

 セイバーは崩れ落ちた耀の身体を支えながら、地面へと降り立つ。

 プレイグから解放された耀は痘痕も傷もすっかりと癒えて、静かに寝息を立てて眠っていた。その様子に、セイバーはホッと胸を撫で下ろしながら耀を静かに地面へと下ろす。

 

「ハン! たかが疫病神の分際で、私のご主人様に楯突こうなんて身の程知らずなんですよ~だ! 所詮はモブキャラ、いえ素人のオリキャラ! 私の前に立つには百年早、」

「いや、待て………まだ終わっていない!」

 

 白野がキャスターに注意を促す様に空を指差す。

 そこには街中から大勢の羽虫が集まり、一つの塊と化していた。

 羽虫達はお互いに折り重なる様に群れて、形を成していく。

 そして―――!

 

怨怨怨怨怨(オオオオオ)ンンンンンンッ!!』

 

 地の底から響く様な呻き声を上げながら、巨大な人影と化す!

 今や見上げる程の巨体となった人影は、怨嗟の声と共に立ち上がった。

 これこそが、プレイグと名付けられたサーヴァントの本性。

 何世紀にも渡り、人々の命を吸い上げてきた天然痘。その概念を宿した、奇形のサーヴァントの真の形―――!

 

『シ、ネエエエエエエエエエエエエエエエッ!!』

 

 怨嗟と殺意と共に、プレイグは拳を振り上げる。

 標的はもちろん、さんざん自分の邪魔をしたあの男―――!

 

「くっ………!」

「ご主人様、御下がり下さい!!」

 

 キャスターが白野の前へと飛び出す。

 回避は―――出来ない、周りには倒れ伏した参加者達が転がっている。

 彼等を放って白野だけ連れて避けるなど、自分のマスターは望まない。

 ならば、とキャスターは八咫鏡を盾の様に構える。

 呪層・黒天洞。

 相手の魔力を吸収し、防御力を高めるこの呪術ならば、強大な攻撃でも一撃くらいは耐えられる。

 キャスターは迫りくる攻撃に備える為に奥歯を噛み締め―――

 

 

「――――――止まりなさい(・・・・・・)有象無象(・・・・)!」

 

 突如、凛とした声が戦場に響く。

 それだけで、プレイグが油の切れたブリキ人形の様に動きがぎこちなくなった。

 

「飛鳥!? 無事だったのか!!」

 

 白野が声の主へと振り向いた。

 そこには魔王達によって拉致された筈の久遠飛鳥が、紅い鋼の巨人を引き連れて毅然と立っていた。

 

「ええ。本物の“ラッテンフェンガー”が匿ってくれたお陰よ。それに………」

 

 飛鳥はチラリと地面に横たわった耀を見る。

 傷こそ完治したものの、着ている服は血で汚れ、身体は泥だらけだ。

 その姿を視界に収めた後、ぎこちなく動くプレイグへと視線を向けた。

 その瞳に宿るのは、絶対零度にまで冷え込んだ怒り。

 

「私の友達をここまで傷付けてくれたんですもの。貴方にはキッチリと落とし前をつけてもらうわ」

 

 その瞬間、プレイグは敗北を悟った。

 

 マズイ! 数の劣勢もさることながら、自分はこの少女の恩恵(ギフト)に打ち勝つ手段が無い! この場での挽回は不可能だ! 一刻も早く、逃げなくては!

 

 だがプレイグの思いとは裏腹に、飛鳥の“威光”を受けた身体はゆっくりとしか動かない。

 そして、白野達がその隙を見逃すはずなど無い。

 

「コード・gain_mgi()、実行!」

「キタキター! ご主人様の寵愛(ブースト)を受けて、タマモちゃんパワー全開!」

 

 ハッ、とプレイグは白野達を見る。

 そこにはキャスターが無数の呪符を浮かび上がらせ、自分へと狙いを定めていた。

 

 

「幕引きは譲ろう。決めるがいい、キャスター!」

「言われなくても!」

 

 セイバーの声援を受けて、キャスターは魔力を最大限に回す。

 無数の呪符に炎が灯り、やがてその全てが灼熱をうたう業火と化す。

 

「護摩の焚火と参りましょう―――炎天よ、奔れ!!」

 

 キャスターの号令と共に、全ての呪符がプレイグへと殺到する。

 “威光”の為に動けず、プレイグは為す術無く業火に包まれた。

 

『GEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 炎の中から聞く者が不快になるような耳障りな絶叫が響く。

 炎はプレイグを逃がさぬ様に回転し、業火の竜巻と化す。

 竜巻の中で自身を構成する羽虫を焼かれながらも、のた打ち回るプレイグ。

 その有様は、人間が文献でしか見聞きした事の無い焦熱地獄を思わせた。

 

『GEYAAAAAAAAアアアアアア、アツイ、アツイ!』

 

 突如、炎の中から子供の悲鳴が聞こえた。

 白野達が驚いて目を凝らすと、そこには羽虫の総身を焼かれてのた打ち回るプレイグと―――その中心で、同じ様にのた打ち回る子供の人影が見えた。

 

『アツイ、アツイ、アツイヨ! タスケテ! タスケテ! タスケテッ!』

「キャスター!!」

「耳を貸してはなりません」

 

 キャスターは炎を維持しながら、白野に釘を刺す。

 

「あれは恐らく、あのサーヴァントの核となったもの。霊格が消滅しかかっている今、元の姿が剥き出しとなったのでしょう」

「それなら!」

「でも―――あの子供が、多くの人間に危害を加えた事に変わりはありません」

 

 キャスターの指摘に、白野は押し黙る。

 そう。たとえ元が子供であり、そこに至る経緯があったしても―――このサーヴァントが大祭の観客を殺し、耀や参加者達に苦痛を強いていた事は事実だ。

 どの道、ギフトゲームのクリアの為には倒すしかない。白野は自分にそう言い聞かせて―――手の皮が破けるくらいにきつく拳を握った。

 そうしている内に、子供の人影は段々と炎に呑まれて見えなくなっていく。

 

『クルシイ、クルシイ! タスケテ、タスケテ! ドオシテ!? ドオシテボクガコンナメニアウノ!? ボクハナニモ悪イ事ナンテシテナイ! ナノニ御前達ハボクヲコロシタ! ボクヲ悪魔ダトキメツケタ! ダカラ復讐シテヤッタ! 御前達ガボクヲ悪魔ダトイッタカラ、本物ノ悪魔二ナッテヤッタ!! ソウダ、コレハボクノ正当ナ権利ダ! ダカラボクハ悪クナイ!!』

 

 プレイグ―――子供の人影が言っている事は支離滅裂で、身勝手な内容だった。

 命を奪われたから、生けるもの全てに血の報復を。

 加害者と断罪されたから、自ら加害者となって全てを奪う。

 やられたからやり返すという子供らしい、単純な復讐心。

 だが―――白野はそれを、悪だと断ずる気になれなかった。

 

『ソウダ、復讐ダ! 見捨テタ奴モソウデナイ奴モ! ミンナ、ミンナマトメテ殺ス! ソレコソガボクノ存在意義ダ! ソウシテ全部コロスンダ! マスターノ為二モ、全テノ人間ヲコロス! ダカラマダ―――ア、ア、アアアイヤダイヤダイヤダ! ボクガキエル! ボクガ焼ケ死ンデイク! ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ!! 人間二治療サレルノハイイ、殺サレルノモイイ! デモ焼ケ死ヌノダケハイヤダ! イヤナンデス! ヤダ、タスケテ、タスケテ、シニタクナイ、タスケテエエェェッ!!』

 

 そうして一際甲高い断末魔を残し、子供の人影は見えなくなった。

 炎の竜巻は勢いを弱めて、やがて消失した。

 そこには羽虫の群れも子供の人影も無く、地面に焼け焦げた跡だけがプレイグのいた痕跡だった。

 

「たとえ人々から迫害されて死んだとしても、貴方は人を恨まずに成仏する道があった筈です」

 

 キャスターは静かに言い放つ。

 

「その機会を捨てて、人を喰らう魔と成り果てたのは貴方自身の責任ですよ。どこかの誰かさん」

 




コード:guard_shield

岸波白野のオリジナルコード・キャスト。アゾット剣に付与された加護の恩恵を拡張・展開して障壁を作り上げる。障壁の強度は白野の込めた魔力量によるが、最大限に展開してもサーヴァントの攻撃を耐えるのは難しい。

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