月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

36 / 76
 二次小説を書くのに必要なもの。
 原作への愛情と情熱、小説を書く時間とやる気。
 そして深夜のテンション。

 そんな15話。

 指摘を受け、一部文章を差し替え。(11/21)


第15話「そして幕は落ちる」

「ハァ、ハァッ………!」

 

 ハーメルンの街の上空。ペストは肩で息をしながら、荒い呼吸を整える。

 身体は鉛の様に重く、呼吸する度に肺が軋む。

 

「ハアアァァァッ!!」

「やああぁぁぁっ!!」

 

 ペストの左右から黒ウサギとサンドラが襲い掛かる。

 左から“疑似神格(ヴァジュラ)金剛杵(レプリカ)”の放つ轟雷が。

 右から“龍角”から放出された紅蓮の炎が。

 触れれば跡形もなく焼き焦がす熱量をもってペストへと迫る。

 

「くっ、しつこい!!」

 

 だがペストが腕を一閃させると黒い旋風が生まれ、二つの奔流を打消し―――そのまま消失した。

 

「………っ!」

 

 ギリッと、ペストは奥歯を噛み締める。

 先程の旋風は自分の渾身の力を込めた一撃だ。本来なら轟雷と火炎をそのまま押し返し、黒ウサギ達に傷を負わせるくらいの威力があった。事実、先程まではそうやって黒ウサギ達を牽制していたのだ。

 そう―――街の上空に太陽が上がるまでは(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「忌々しい………太陽めっ!!」

 

 苛立ちに任せ、ペストは太陽の元へと飛ぶ。

 神霊であり、魔王であるペストには唐突に出現した太陽のカラクリが解けていた。

 あれは何らかの恩恵(ギフト)で作られた偽りの太陽。

 そんな恩恵(ギフト)を持つ相手を見逃していた事自体が痛恨のミスだが、所詮は偽り。

 張り子の虎の様に不確かな存在故に、破壊すればそれで終わり。

 そして神霊である自分に砕けぬ物ではないと見抜いていた。

 

「させませんっ!!」

 

 ペストの行く手を遮る様にサンドラの炎が火柱を上げる。当たれば霊核ごと焼き尽くされる炎に、ペストは舌打ちしながら後退してやり過ごす。そこへ更に黒ウサギが轟雷を迸らせて追撃をかける。ペストは黒い旋風を直接身に纏い、腕に纏った風をドリルの様に回転させながら轟雷を弾いた。

 今、空に浮かぶ太陽がペストを弱体化させている事は黒ウサギ達も理解していた。それ故に、黒ウサギ達は出現した太陽を守る様に立ち回り、ペストは黒ウサギ達を牽制しつつも太陽を破壊しようと立ち回る事で両者の戦力は完全に拮抗していた。

 

(どこの誰のお陰か知りませんが、これは紛れもない好機。後一手・・・・・・・・・魔王の動きを封じる、後一手があれば―――!)

 

 ペストに悟らない様に、黒ウサギは懐のギフトカードをギュッと握り締める。

 “擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)”。

 “月の兎”として黒ウサギが持つ必殺の神槍(ギフト)。この神槍に貫かれた者は、槍が供給する無限のエネルギーの前に敗北する。正に勝利を約束する恩恵(ギフト)だ。

 だが、強すぎる加護には代償がある。

 それは、この神槍を使えるのがゲーム中に一回限りだという事。外してしまえば、後が無いのだ。

 

(だから、完全に不意をつくか身動きが出来ない様にする必要があるのですが・・・・・・・・・)

 

 三者は建物の屋根に降り立つ。その時、黒ウサギはペストの顔を見た。

 その顔には疲労と焦燥感が色濃く出ているが、沸き上がる殺意は全く衰えていない。まるで手負いの獣だ。隙を見せれば、屍を晒すのは自分達になるだろう。

 せっかくの好機だというのに、迂闊に動けない今の状況に黒ウサギ達は歯噛みするしかない。

 その時だった。

 

「……っ!」

 

 何かに気付いたかの様に、ペストはその場から唐突に飛び退いた。

 一拍遅れる様に、ペストがいた場所に地面から巨大な氷柱がせり上がった。

 

「チッ、外したか。あの斑ロリ、上手く避けやがる」

「キャスター。それ、悪役のセリフ」

 

 声がした方向へ黒ウサギは振り向く。そこには八咫鏡を滞空させ、呪符を構える狐耳の女性がいた。その側には―――。

 

「白野様! どうしてここに!?」

「遅くなった。ステンドグラスの方はもう大丈夫だ。後は魔王を倒せばゲームクリアだよ」

 

 黒ウサギに短く受け答え、白野は静かにペストと向き合う。

 

「久しぶりだね、ペスト」

「………ええ、こうして会うのは九日ぶりかしら? ハクノ」

 

 まるで十年来の友人の様に、彼等は挨拶を交わす。

 白野様、魔王と面識あったんですかーー!? と、後ろで黒ウサギが騒いでいたが、白野は無視した。

 

「ラッテンから聞いたよ。君が魔王だったんだな」

「その割には驚いていないのね。御人好しな貴方なら、もう少し取り乱すと思ったけど?」

「白夜叉からラッテンフェンガーの話を聞いた時から、もしかしたらと疑っていたからな」

 

 ペストの軽口を返し、白野は真剣な顔になる。

 

「ペスト。君のコミュニティ、“グリムグリモワール・ハーメルン”は壊滅状態だ。残っているのは君とラッテンだけど、ラッテンは飛鳥が倒す」

「・・・・・・・・・その様ね」

 

 ペストは目を閉じて静かに答えた。マスターである彼女には、彼女の配下達が次々と消滅していく様子が分かっていたのだろう。

 

「残る君もこの結界で、力が半減している。この場で全員を倒すのは君には不可能だ」

「それで?」

「降伏して欲しい」

「・・・・・・・・・へえ?」

 

 突きつけられた降伏勧告に、ペストは寒気がする様な笑みを見せる。逆鱗に触れている事を理解しながらも、白野は言葉を連ねる。

 

「もう手詰まりだ。“サラマンドラ”も、他のコミュニティも君を許さない。君が死ぬまで、徹底的に追い詰める」

 

 事実、それは正しい。

 頼れる配下は既に亡く、キャスターの宝具で弱体化した今のペストは白野達にとって打破可能な障害でしかない。

 対して白野達はダメージを負ってもすぐに回復する。お互いの戦力は完全に逆転していた。

 キャスターの宝具でゲームに参加している者は、今頃健康体となっているだろう。

 しかし、それでペストが“サラマンドラ”達を壊滅させようとした事実が消えるわけでもない。そもそも数は少ないが、プレイグによって死者を出している。

 もはやペストが自分の首を差し出さなければ、“サラマンドラ”も犠牲者の遺族も収まらないだろう。

 

「いま降伏をしてくれれば、君の命が助かる様に白夜叉に頼む。約束する」

「・・・・・・・・・それは、貴方に何の得があるのかしら? 何? 私の肢体(からだ)が目当てとか?」

「そうなんですか!? いえ、ご主人様がそういう趣味とあらば、今すぐ呪術でロリロリボデーに!!」

「うん、空気読もうか」

 

 イイデスヨー、ドーセコンナ役回リデスカラーと、のの字を書きながらいじけるキャスターを黒ウサギ達は何とも言えない表情で見つめる。

 

「俺に得は無いよ。強いて言うなら・・・・・・・・・女の子を殺すのは後味が悪いから、かな」

 

 白野の脳裏に浮かぶのは、砂糖菓子の様な白と黒の双子。

 戦いの意味すら知らない少女は、無慈悲に砕け散った。

 彼女達と違い、ペストは確固とした目的をもって魔王として戦っている。その意志を曲げさせるのは、容易ではないだろう。

 しかし、それを承知で白野はペストに矛を収めて欲しかった。

 

「ペストが君とはほんの少し、知り合った程度だけど俺は君に死んで欲しくはない。死んだらそれで終わりだけど、生きてさえいれば道はあるんだ。だから、」

「くだらない」

 

 最後まで聞く価値はないと、ペストはバッサリと切り捨てる。その瞳には、凍りつく様な侮蔑が宿っていた。

 

「死んで欲しくはない? 殺される覚悟が無くて魔王を名乗るワケないじゃない。生きてさえいれば? それは生者の・・・・・・・・・死んだ事のない人間の傲慢ね」

 

 ペストは傲岸に言い放つ。その姿は、追い詰められた弱者などでは無い。

 犬歯をむき出しにして笑うペストの姿は、獲物を前にした肉食獣を思わせた。

 

「私は―――私達は、黒死病で死んだ8000万の悪霊群。生前、周りの人間達は私達の生を否定したわ。私達には苦しみながら死ぬ道しか与えられなかった。だからこそ、私には死の時代を生きた全ての人の怨嗟を叶える権利がある。黒死病を蔓延させた根源………怠惰な太陽に復讐する権利が!!」

 

 憤怒、嘆き、憎悪。全ての負の感情がない交ぜになった様な表情で、ペストは激情を露わにした。

 彼女の心情に応える様に、怨嗟を含む黒い風は荒れ狂う。その姿は弱体化したという話が嘘に思える様な重圧感(プレッシャー)を放っていた。

 これこそが魔王。

 秩序を真っ向から破り、己が欲の為に他人の命も未来も食い尽くす。

 歯向かう者の剛勇も知謀も、全て嘲笑(わら)って踏み潰す天災の権化がそこにいた。

 

「どうしても、戦うのか?」

「くどい。見所があると思ったけど、所詮はただの人間。ならば、私の為に死になさい。それしか貴方達に価値は無いのだから!」

「………そうか」

 

 白野は残念そうに溜息をつく。そして―――

 

「キャスター」

「ペストを倒す。力を貸してくれ」

「う~~ん、五十点。貸してくれ、なんて他人行儀なのがマイナスです。私は既にご主人様のサーヴァント。わざわざ頼み込む必要なんて、あるわけないじゃないですか♪」

「………分かった」

 

 白野は一歩後ろへと下がり、代わりにキャスターがペスト対峙する形となった。

 

 

 その瞬間、ペストは自分の目を疑った。

 初めて見た時から、白野は圧倒的に弱いと見抜いていた。

 身体つきや身のこなし、感じ取れる魔力量………その全てが、この男は自衛も出来ぬくらいに脆弱と判断していた。

 特筆するものを挙げるならば、そのドが付く様な御人好しの精神と並大抵な事では諦めない様な根気くらいか。

 自分には何の力も無いくせに、耳障りの良い言葉をほざく偽善者。

 それが先ほど、岸波白野に下した評価だ。

 だというのに―――何故だろうか?

 

「ペストをここで倒す。いくよ、キャスター!!」

「お任せ下さい! 華麗に片付けるといたしましょう!」

 

 従者(サーヴァント)を従えているだけで、彼が大きな敵に見えるのは。

 

 *

 

「コード・gain_mgi()、実行!」

「炎天よ、奔れ!」

 

 白野が魔力の強化を行うと同時に、キャスターの呪符から爆炎が迸る。

 ペストはそれを鼻で笑いながら悠々と躱し、空へと舞い上がり―――

 

「上だ、キャスター!!」

「了解! 気密よ、唸れ!」

 

 上空から突風を叩きつけられる!

 

「ぐっ……!」

 

 巨人の手で押し潰される様に、地面へと縫い付けられるペスト。

 瞬時に黒い風を頭上に集め、即席の盾と化す。

 突風をやり過ごし、後ろへ下がろうとするペスト。

 しかし―――

 

「っ、チッ……!」

 

 今度は側面から紅蓮の火炎が迫っていた。

 ペストは再び黒い風を集め、火炎をやり過ごした。

 

「私もいますっ! 覚悟しなさいっ、魔王!」

「はっ、幼竜の分際で大きく出たわね!」

 

 サンドラがつるべ撃ちに放つ火球の弾幕を盾で受けながら、ペストは不敵に笑う。

 だが、そのお陰でペストは足を止めてしまった。

 その隙を見逃せるはずがない。

 

「bomb()!」

「ガッ!?」

 

 突然、胸元で爆発が起きたかと思うと盾が粉々に砕け散った。

 そこへ畳みかける様に、キャスターが呪符を放つ!

 

「彫像の出来上がりです♪」

 

 足元から迫った冷気にペストは対応しきれずに、まともに受けてしまう。

 あっという間に足が凍り付き、氷柱が腰にまで及んだ。

 

「ハアアアァァッ!!」

「コード・gain_mgi()、実行!」

 

 そこへ容赦なく、サンドラの火炎がペストを包み込む!

 しかも白野によって魔力が強化され、その威力は先程の比ではない。

 

「ぐ、あああああっ!?」

 

 並みの者ならば、骨すら残さず焼き尽くす炎に燃やされながらもペストは素早く思考する。

 強い。たかが二人―――正確には前衛に一人と後衛に一人―――が加わっただけで、先程よりも強力になっている。

 つい先ほどまでは、月の兎と階級支配者(フロアマスター)を相手取って拮抗するくらいだったというのに、増援が二人来ただけでこうもパワーバランスが崩れるのか?

 

(いや、違う! あの狐の方はそこまで強いわけじゃない! 問題は………!)

 

 炎にまかれながら、ペストは白野の方を見る。

 問題は白野の指示だ。まるで自分が次にどう動くか、先読みしている様な指示が、ペストに反撃の機会を許さない。

 先程までの相手―――黒ウサギとサンドラには連携に隙があった。

 それもそのはず、二人はお互いがほぼ初対面である上に、サンドラはその幼さから実戦経験も少ない。

 そのため、いかに二人が強力な力を持っていても正しく組み合わず、そこがペストにとってつけ入る隙となっていた。

 だが、今は違う。

 岸波白野はキャスターの性能やペストの特性を瞬時に見抜き、ペストにとって不利なタイミングや体勢の時に攻撃の指示を出している。それどころか、初めて会うサンドラの攻撃も絶好のタイミングで援護するほどの的確さだ。

 例えるならば、熟練者の将棋。

 こちらの一手に対して、ほぼノータイムで打たれたくない場所に駒を進めてくる―――!

 

「なめる、なああああああぁぁぁっ!!」

 

 火事場の馬鹿力か、魔王としての意地か。

 ペストの身体から黒い風が爆発する様に吹き荒れ、炎を、氷を吹き飛ばす。

 あまりの風圧に全員がその場で耐えしのぎ、その隙にペストは白野へと距離を詰める。その手には、削岩機のごとく高速回転する黒い風。

 

「呪相―――黒点洞!」

 

 それを読んでいたキャスターは、八咫鏡を盾にして白野の前に立つ。

 ガガガッ! と金属音を響かせながら、黒い風が受け止められる。

 

「私はハーメルンの魔王にして、黒死病の体現者! 神すら見捨てた私達の怨嗟が、お前に・・・・・・・・・お前達なんかに砕かれてたまるかっ!!」

「やれやれ。あのサーヴァントにして、このマスターありですか」

 

 呆れた様に溜め息をつくキャスター。

 

「ま、一応は神様だったわけだし? 人に祟られる存在のよしみで教えてあげますけど・・・・・・・・・神様は最初から人間を見ていませんよ」

「・・・・・・・・・なんですって?」

 

 死者の怨念が具現化した風と、天照大神の御神体の鏡が鍔競り合う。

 その中で、キャスターはペストと向き合った。

 

「ですから、最初からアウトオブ眼中だと言っているのです。問題外で論外。むしろ気配遮断:EXなあっさし~ん、みたいな?」

 

 キャスターはいつもの様にふざけ―――唐突に真顔になった。

 

「人々から敬われる善神もいましょう。人々から畏れられる悪神もいましょう。ですが―――神は個人を幸せに出来ないのです」

 

 ま、それが分からなかったから痛い目を見たんですけどねー、と自嘲するキャスター。

 未だ砕けぬ八咫鏡を前に足掻くペストを―――憐れみをもって見つめた。

 

「たとえ太陽に復讐を遂げたとしても、貴方達の怨嗟は晴れないでしょう。何故なら、貴方達は最初から誰にも貶められていないし、誰にも見捨てられてもいない。最初から貴方達の怨嗟は空回っているのです。どこぞの破戒僧に言わせれば………貴方達は単に間が悪かっただけ(・・・・・・・・)

「ふざけるなあああああっ!!」

 

 憎悪の叫びと共に、ペストは渾身の力でキャスターを殴り飛ばす。

 ついに黒点洞の結界がガラスを砕く様な音と共に破れた。

 だがペストを追撃をかける前に、白野の魔術が、サンドラの炎が行く手を阻む。

 

「ふざけるなふざけるなふざけるなッ!! ただ間が悪かったですって!? そんな言葉で、黒死病(私達)を片付けられてたまるかッ!!」

 

 雷球をはじき、炎を黒い風で相殺させながらペストは怒り狂う。

 その姿は、怨念と共に災いを振り撒く祟り神そのものだ。

 

「ま、今の貴方には何を言っても無駄でしょうね。てゆーか、私としては貴方の事情など関係ナッシング! 私の主人(モノ)に手を出そうとした時点で有罪判決となりました! タマモ式魔女裁判で!」

「ええと、どうあがいても有罪という意味ですよね? それ。あとルビがおかしくありませんでした?」

 

 律儀にツッコむサンドラを華麗にスルーして、キャスターは素早く印を切る。

 すると―――ドロリ、とキャスターの周りの空気が変わった。

 空気は吸い込むだけで肺が爛れる様な毒気を帯び、近寄るだけで精神が崩壊する様な邪気を帯びる。

 それらを全て手掌に集め、ペストへと向けた。

 

「オン・ダキニ・ギャチ・ギャカネイエイ・ソワカ! いざや散れ、常世咲き裂く怨天の花………常世咲き裂く大殺界(ヒガンバナセッショウセキ)!」

 

 集められた毒気邪気がペストを襲う。

 その速さに避けられぬと判断したペストは、自分を取り囲む様に黒い風を纏わせ―――

 

「コード―――vanish_add()」

 

 次の瞬間、黒い風が音を立てて霧散する。

 

「なっ―――!?」

 

 頼りにしていた守りが消えて、動揺するペスト。

 ふと上げた視線の先には、こちらに手掌を向けた岸波白野の姿。

 その顔は何の表情も浮かばない鉄面皮を思わせ―――その瞳は、雄弁に意思を語っていた。

 お前を倒す、と。

 

「キシナミ―――ハクノオオオオォォォッ!!」

 

 ペストが叫ぶのと同時に、キャスターの呪術が彼女を包み込んだ。

 目一杯、殺生石の毒気邪気を吸い込み―――途端に、ペストは吐血した。

 

「ガッ……!? ゴ、ボ………ッ!?」

 

 咳込みながら、これ以上空気を吸わない様にペストは精一杯口元を抑える。

 熱い。身体が燃える様に熱く、焼けた鉄を体内に流された様な不快感がペストを苛む。

 本来、黒死病の死神である彼女には毒や瘴気の類は効かない。

 サソリが自分の毒で中毒死する事が無い様なものだ。生半可な毒は黒死病という強い毒に打ち消される。

 なのに―――これは何だ? 

 痛みと苦しみで膝を折りながらも、ペストは思考する。

 いま自分を苦しめているこれは、毒であって毒ではない。

 自分と同質の力でありながら、格が違う。これはまるで、この世の怨念全てを押し込んだかの様な―――。

 

「今だ、黒ウサギ!」

 

 白野の声に、ハッとペストは顔を上げる。

 上空に、先程の戦闘に加わらなかった黒ウサギがいた。

 その手には、雷光を纏いながらも尚も強い黄金の輝きを持った槍。

 

「ありがとうございます、皆さん! これで終わりですっ、“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”!!」

 

 槍の威力を瞬時に悟ったペストは回避を試み様とする。だが殺生石の毒気が回った身体は、彼女の思った通りに動かない。

 長く隙を窺い続け、ついに膝を折った魔王へ黒ウサギじゃ万感の思いと共に自身の最高の恩恵(ギフト)を放つ。

 

「穿て――――――“擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)”!!」

 

 雷光が走る。雷鳴が轟く。

 黄金の槍は千の雷となって、一直線へとペストに迫る。

 

 この時、この場にいる誰もが―――ペスト自身も―――ペストの敗北を確信した。

 事実、それは正しいだろう。

 “擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)”は、穿てば必ず敵を倒す必勝の槍。

 レプリカである黒ウサギの槍は、貫いた相手を倒す為に必要なエネルギーを無限供給する程度だが、それでもペストを倒すには十分過ぎる。

 もしも、この槍から逃れるのであれば方法は三つ。

 一つは、槍に貫かれないこと。貫かれなければ、恩恵(ギフト)は発動しない。

 もう一つは、“擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)”を打ち消す様な手段を用意すること。

 そして最後は―――――――。

 

『ギョオオオオオオオオオオオオッ!!』

「っ! プレイグ!」

 

 突如、密度が薄くなった羽虫の群れが突風と共に現れる。

 羽虫の群れ―――プレイグは、驚く白野達には目もくれず、ペストを突き飛ばした。

 地面へと投げ出されるペスト。さっきまでペストがいた場所は―――一秒後、“擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)”が貫く場所は―――プレイグだけが残された。

 その事に気付き、ペストは思わずプレイグへと手を伸ばし―――羽虫の群れは手をはたく様に、ペストの手を振り払った。

 

「え………?」

 

 信じられない物を見る様な目で、ペストはプレイグを見た。

 次の瞬間、インドラの槍が羽虫の群れを貫いた。

 槍はその働きに従って、プレイグを焼き滅ぼす為のエネルギーを無限に供給し出した。

 これこそが、“擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)を防ぐ最後の手段。

 それは―――第三者が代わりに貫かれること。

 

『サ……イ、ゴ……マ、デ……マ、ス……ター……マ……モ……ル』

 

 耳が潰れる様な轟音と共に雷神の裁きが下される。雲を突き抜けて天にまで伸びる神雷で、プレイグを構成する羽虫が一匹残らずに焼け死んでいく。

 その中からマスターのペストですら数えるほどしか聞いた事の無い、虫の羽音を無理やり言葉にした様な声が聞こえた。

 ふと、ペストは目を細めた。

 目がくらやむ様な雷光の中、小さな子供の人影が見えた気がした。

 子供の人影は、ペストへと手を振る。

 まるで―――家へと帰る子供の様に。

 

『バ……イ……バ……イ………マ……ス……タ……………』

 

 瞬間。一際強く鳴り響く轟雷が、子供の人影も声も全て消し飛ばした。

 

 *

 

 轟雷が収まり、カランと乾いた音を立ててインドラの槍が地面に転がる。

 役目を終えた槍は、即座に光の粒子となって黒ウサギのギフトカードへ帰っていった。

 本来なら貫かれるはずだったペストは、ただ自分の手を見つめていた。

 どんな表情なのか、顔を俯かせているので白野達には分からない。

 プレイグはもういない。

 白野達を苦しめた奇形のサーヴァントは、今度こそ跡形もなく消滅した。

 しかし、その事実に歓声を上げる者などいなかった。

 

「そんな………こんな、ことで………!」

 

 ギリッと黒ウサギは痛恨の表情で奥歯を噛み締めた。

 “擬似神格(ブラフマーストラ)梵釈槍(レプリカ)”は、ギフトゲームで一回しか使えない。

 プレイグに対して発動した事で、もう“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”にインドラの槍を振るえないのだ。

 それは事実上、魔王を打倒する唯一のチャンスと手段を棒に振ったに等しい。

 

「まだです! まだ、太陽の結界があるうちは―――!?」

 

 勝機はあると続け様としたサンドラ。しかし、すぐに異変に驚いて空を見上げた。

 見れば先程まで燦々と輝いていた太陽が徐々に小さくなり、ついには消えてしまった。

 同時に、後押しを受けていた活力も感じられなくなる。

 

「キャスター! これはどういう………い、いや。まさか………?」

「えっと、そのー………」

 

 突然切れた宝具の効果に抗議しようとした白野だが、すぐに思い当たる事があってキャスターへ振り向く。

 キャスターは、あっちゃあ、と言いたげな顔で口を開いた。

 やがて観念したかの様に可愛く微笑み、舌を出してコンッと自分の頭を叩く。

 

「時間切れです♡ テヘペロ」

「キャスタアアアアアアアァァァァッ!?」

 

 あんまりな事態に、白野は絶叫する。

 黒ウサギ達も、開いた口が塞がらないと言わんばからに呆然としていた。

 

「そう………これで貴方達は打つ手が無くなったってワケね」

 

 弛緩した空気を凍り付かせる様な声が白野達に響く。

 ペストは顔を上げ、白野達を睨みつけた。

 その表情は、絶対零度まで冷め切った憤怒。

 

「もう貴方達なんていらない。白夜叉だけ手に入れて………後は皆殺しよ!」

 

 刹那、黒い風が天を衝く。

 雲海を突き抜けた奔流は瞬く間に雲を散らし、空中で霧散してハーメルンの街へと降り注ぐ。

 空気は腐敗し、鳥は地に落ち、街路のネズミ達は触れるだけで命を落としていく。

 

「先程までの余興とは違うわ。触れただけで、その命に死を運ぶ風よ………!」

「なっ、」

 

 ペストの指先が伸びる。天から襲う陣風は、如何なる力も寄せ付けない。

 各々が雷を、炎を、呪符を向けて抵抗する。だが触れた瞬間に霧散し、手も足も出ずに逃げ回った。

 

「デンジャーデンジャー! あれはバロールの魔眼の様な死の恩恵! 生きていれば神様でも殺されちゃいますって、あれ!!」

 

 いつもの軽口を叩きながら、白野を抱えて退避するキャスター。

 神霊として“与える側”になったペストの黒い風は、触れるだけで全ての者に死を与えるだろう。その一点において、ペストは神霊として高い素養を持っていたのだ。

 死の風を開放した上空からの無差別攻撃。

 上空から吹き荒れる死の風を避けながら、その力にサンドラも戦慄く。

 

「ま、まずい! このままじゃステンドグラスを探している参加者がっ!!」

 

 死の風は白野達に飽き足らず、街の全域へと広がり始めていた。

 街の至る所から、参加者たちの悲鳴が上がる。

 

「キャスター! もう一度、宝具の開放を!」

「無理です! 一度使うとアク禁くらって、次の日まで使えないんですってば!」

 

 キャスターの言葉に白野は歯噛みする。

 これでもう、ペストは止められる者はいない。

 セイバーも、十六夜も、飛鳥も、耀も、他の参加者達も。

 いま逃げ回っている白野達と同様に、死の風に為すすべなく蹂躙されるしかない。

 

「終わりよっ! ネズミみたいに無様に逃げ回りなさい! せいぜい良い声で啼くことね! 貴方達の断末魔で、散った同士達の手向けとしましょう!!」

「くっ、こうなったら………!」

 

 狂った様に哄笑をあげるペストに、黒ウサギはギフトカードへと手を伸ばす。

 もはや一刻の猶予も無い状況に、黒ウサギは残された恩恵(ギフト)を発動させようとしていた。

 すると―――黒ウサギより早く、街の彼方から閃光が瞬く。

 ほぼ同時に、辺りに肉の潰れる音が響いた。

 

「……………………え?」

 

 音の発信源―――ペストは、信じられない面持ちで自分の胸を見つめた。

 十分な発育をしていない、脂肪の薄い胸。

 その胸に―――一本の槍が突き刺さっていた。

 飾り気の無い、木の枝の様にも見える一本の槍。

 いや。柄が短く、まるでの矢の様にも見えるコレは槍というのか………?

 それを確認した途端、ペストの口から夥しい血が流れる。

 

 一体、誰が知ろう。

 形こそ変わっているが、この槍の真銘()はミストルテイン。

 北欧神話において、光の神バルドルを絶命させた神殺しの槍。

 神霊にとって、致命的な武器だ。

 

「ゴ、ブッ………!」

 

 一目で致死量と分かる程の血を口と胸から流しながらも、ペストは決して膝を折らなかった。

 それは魔王としての誇りか、それとも“グリムグリモワール・ハーメルン”のリーダーとしての意地なのか。

 神殺しの槍に貫かれ、もはや風前の灯火に等しい余命になりながらもペストは限界を超えた生命力を見せた。

 

「わた、し、は……ま、だっ………!」

 

 顔を上げて、前を見据えるペスト。

 その目前に―――捻じれた剣の切っ先が見えた。

 辺りに水風船が割れる様な音が響く。

 黒死病を司る死神にして、笛吹き伝説(ハーメルン)の魔王・“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”。

 彼女はひっくり返したジグソーパズルの様に、顎から上のパーツを撒き散らしながら仰向けに倒れた。




 一体、何茶なんだ………?
 すまん、ペスト。展開的にスプラッタな退場にしちまった。
 横やり入れた何某が何をしに来たかの説明は………次々回かな?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。