月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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 事後処理回。
 それ以外に言いようがない。
 そんな16話。


第16話「戦いが終わり・・・①」

 油絵が水洗い流される様に街の景色が変わっていく。

 召喚者であるペストが倒された為に、偽りのハーメルンの街から元の舞台区画へと白野達は帰っていた。

 気がつけば、レンガ造りの建物の屋根に白野達は立っていた。

 少し離れた場所では、ペストが―――首から上が無くなったペストが立っていた。

 グラリ、と首無しの死体が揺れる。

 胸に槍が刺さったまま、ペストは地面へと転げ落ちていった。

 

「いったい、何が起きて・・・・・・・・・?」

 

 サンドラが呆然と呟く。だが、その疑問に応えられる人間はいなかった。

 視線の先で、ペストの死体が槍と共にボロボロと崩れ落ちていく。

 ものの十秒もしない内に、一冊の本だけが残された。

 底の無い穴の様に黒い革張りの装丁がされた一冊の本。

 本の中心には刃物で穿たれた様な穴が開き、ページから血の様にインクを流す一冊の本。

 それだけが、ペスト―――黒死斑の魔王と名乗った少女の名残だった。

 

「っ! そこにいるのは誰ですか!!」

 

 突然、黒ウサギが明後日の方向―――ペストを射抜いた矢が飛んで来た方向を見て鋭い声を上げた。

 驚く面々を無視して、黒ウサギは駆け出した。向かう先は、街を一望できる高台。

 月の兎である黒ウサギの耳が、そこにいる何者かの気配を捉えていた。

 僅か数秒で駆け抜け、高台の頂上へと辿り着く。

 だが―――

 

「あ、あれ? 十六夜さん?」

 

 高台の頂上にいた人物―――逆廻十六夜は不機嫌そうな顔で黒ウサギに、ようと声をかけた。

 

「おい、黒ウサギ。ここに誰かいたんだな?」

「Y、YES! 先程、ここから放たれた矢で魔王が射抜かれましたが………もしかして、十六夜さんが撃ったのですか!?」

「なわけねーだろ。俺もさっき来たばかりだ」

 

 ふん、と十六夜は鼻を鳴らす。

 

「俺もいま来たところだよ。何か人影らしきものは見えたけどな」

「人影が! それはどんな!?」

「紅い外套の様な物は見えた。だがすぐに消えた」

「………はい?」

「だから消えた。目の前で煙の様にスゥと、な」

「そ、そうですか………」

 

 肩を落として落胆する黒ウサギ。

 何者かは分からないが、魔王のギフトゲームを終わらせたのだ。せめて一言くらい、礼を言いたかった。

 そんな殊勝な黒ウサギに対して、十六夜は終始不機嫌そうな顔のままだった。

 結局、彼が魔王と戦うことなくギフトゲームが終わってしまった。

 最初のゲームメイクで絶体絶命の危機に落ち、交渉で五分の状況まで持っていけた。

 後はゲームをどうやってクリアするか、と楽しみにしていただけに横から魔王を倒した何某が面白くない。

 例えるなら、テレビゲームを勝手にクリアされた様な不愉快さ。

 苦労してラスボス前まで進めていたのに、誰かが勝手にエンディングまでクリアしてしまった。

 子供っぽいと十六夜自身は理解しているが、未知の快楽を求めて箱庭に来た十六夜にとってはゆずれない一線だ。

 

「黒ウサギ、ここにいた奴がどこに行ったか分かるか?」

「ええと………申し訳ありません、黒ウサギの耳には引っかからないです」

 

 ウサギ耳を垂れさせてションボリとした黒ウサギに、十六夜は溜息をつく。

 

「やっぱり箱庭の貴族って使えねー」

「す、すみません」

「あれだ、箱庭の貴族(笑)に改名だな」

「なんですか、その馬鹿っぽいネーミング!? 断固抗議します!」

「じゃあ、箱庭の貴族(泣)」

「何ゆえ!?」

「名前が泣くっていう意味でどうよ?」

「上手くありませんし、ドヤ顔しないで下さいお馬鹿様!」

 

 スパーン、と盛大な音を立ててハリセンが振るわれる。

 ふと、強い風が吹いた。

 死も病も乗せていない風は、青空の下で流れていく。

 どこまでも、どこまでも。

 

 *

 

 その後、魔王が不在となったゲームは滞りなくクリアされた。

 “偽りの伝承”のステンドグラスが全て砕かれ、“真実の伝承”へと掲げられる。

 白夜叉が解放され、集まった参加者達の前に姿を現す。

 

「皆、よく戦ってくれたの。東のフロアマスターとして礼と………お詫びを告げねばならんの。偉そうにふんぞり返っておきながら、私は終始封印されたままだった。いや、全くもって申し訳ない」

 

 頭を下げる白夜叉に、参加者達から批難の声は上がらなかった。

 最強のフロアマスターである彼女の信頼は、この程度で揺るぐものではない。

 白夜叉の謝礼が終わると、サンドラが前に出て宣言をした。

 

「―――――魔王のゲームは終わりました。我々の勝利です!」

 

 瞬間、爆発する様な歓声が上がる。

 魔王の脅威が去った事に安堵する者。

 互いの無事を喜ぶ者。

 死んだ同士の仇を討てた事に涙する者。

 皆一様に喜びを噛み締めながら、勝利を祝った。

 同時に、若輩ながらも魔王を退けたサンドラを讃える声が上がる。

 当初はサンドラがコミュニティのリーダーに就任する事に否定的だった者も、今はサンドラに対して惜しみない称賛を浴びせていた。

 僅か11歳で兄を抑えて“サラマンドラ”の長となったサンドラ。

 彼女は今この時をもって、その実力を皆に認められたのであった。

 

 

 そんな中、“ノーネーム”の―――白野を含めた問題児達だけが姿を見せなかった。

 

 *

 

 ―――最後の話をしよう。怪異も絶望もなく、希望に満ちた笛吹の結末(はなし)を。

 

 その頃、飛鳥は独り大空洞まで足を運んでいた。

 プレイグの傀儡として酷使された耀の安否も気になるが、先に向かわなければならない場所があった。

 大空洞の最奥、隠された広間―――ディーンを手に入れた場所まで出る。

 

「………これで、良かったの?」

「はい。これで我々も、望む形で元の時代へ帰れます」

 

 数多の声が大空洞に響く。ハーメルンで犠牲になったとされる130人の精霊群。

 彼等こそがラッテンに捕らわれた飛鳥を逃がし、神珍鉄の巨人・ディーンを飛鳥に与えた張本人だ。

 “グリモワール・ハーメルン”の消滅を見届けた彼等は、箱庭から元の世界へと帰ろうとしていた。

 だが―――

 

「そんな………元の時代へ帰ったら、死んでしまうだけでしょう?」

 

 困惑した声を上げる飛鳥。しかし、その疑問はもっともだ。

 彼等はハーメルンの悪魔達が呼び出された原因。すなわち死を約束された御霊だ。

 箱庭で精霊として暮らすならともかく、死を約束された世界に戻るというのは理解しがたい。

 飛鳥は両手を広げ、笑顔で群体精霊に提示する。

 

「そんな恐ろしい場所に戻る必要ないわ。私達のコミュニティに来ない? 丁度、貴方達みたいな仲間が欲しかったところよ」

 

 不意に、群体達の気配が変わる。

 敵意はない。嬉しさと戸惑いが混ざった様な気配だ。

 

「―――ありがとう、飛鳥。でも、私達は行かねばなりません」

 

 少し経ってから、大空洞内に群体達の声が静かに響いた。

 

「優しい貴女に聞いてほしい。天災も神隠しも無い、もう一つの“ハーメルンの笛吹”の可能性を」

 

 群体精霊は強く輝きながら、物語を紡ぐ。

 

「私達は病や天災で倒れたわけでも、人攫いにあったわけでもない。旅立ったのです。親元を離れ、ヴェーザー河を下り、笛の音と共に新天地を目指す。それが―――私達、“ハーメルンの笛吹”」

 

『一ニ八四年 ヨハネとパウロの年 六月ニ六日

 

あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三○人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した』

 

 この碑文のもう一つの解釈。

 それは、一三〇人の子供が新たな街を作るために旅立ったという話。

 ハーメルンの笛吹とは、子供達のリーダーであったという伝承。

 

「飛鳥。我々にも帰らねばならない場所があります。一ニ八四年、新たな故郷(コミュニティ)を作る為に旗揚げした日へ」

 

 ハーメルンの御霊の話を聞き、飛鳥は静かに目を閉じる。

 彼等は、飛鳥の様に望んで箱庭に来たわけではない。

 無理やり呼び出された彼等は、ようやく望んだ場所へ帰れる。

 それを―――一人の少女の我儘を押し付けるのは無粋だろう。

 そっと目尻の涙を拭き、飛鳥は微笑む。

 

「そう………なら信じるわ。貴方達の街造りが上手くいくと」

「ありがとう、飛鳥」

 

 群体精霊の気配が消えていく。いよいよ箱庭から去る時が来たのだ。

 

「そんな貴女だからこそ託せます。紅い鋼の巨人ディーンと―――一三一人目の同士を!」

 

 え? と飛鳥が言うより早く、群体精霊は一際強く輝く。

 それは消えていく花火の様な輝きに見え―――同時に、新たな花を咲かせようとする蕾に見えた。

 光が収まると、飛鳥の手の平にはトンガリ帽子の精霊。

 飛鳥に懐いていた、幼い少女がそこにいた。

 

「私達が持つ開拓の恩恵(ギフト)をその子に授けました。私達が箱庭に残せる最後の証。貴方に託します―――」

 

 そして、大空洞から気配が消える。

 残されたのは、ハーメルンの御霊の霊格(こうせき)を受け継いだ、小さな精霊。

 眠たそうに眼をこすった小さな精霊はゆっくりと体を起こす。

 

「………あすかー?」

「ええ。おはよう、メルン」

「めるん?」

「そう。貴女は“ハーメルンの笛吹”の功績を受け継いだ地精。そして、今から私達の同士よ」

 

 飛鳥の言葉を噛み締める様に、めるん、めるんと口の中で繰り返すメルン。そして、

 

「―――はいっ♪」

 

 満面の笑みで元気よく返事をした。 

 

 *

 

 同時刻。マンドラは独り執務室にいた。

 側近達を下がらせ、今しがた送られてきた封書に目を通す。

 封書には“サウザンドアイズ”の旗印が刻印され、中の手紙には挨拶を省かれた簡素な内容が記されていた。

 

『万事において上手く進行し、魔王を撃退された事をお喜び申し上げます。

新生“サラマンドラ”が北のフロアマスター”としてご活躍される事を心より期待しております。

                                     “サウザンドアイズ”』

 

 手紙を読み終えたマンドラは、盛大に溜息をつく。

 

「何もかも御見通しか。やはり悪い事は出来んな」

「何が悪い事なんだ?」

 

 聞き覚えのある声をかけられ、マンドラは慌てて振り向く。

 そこには逆廻十六夜が、足を組みながら執務室のソファーに腰かけていた。

 

「貴様っ! いつからそこに!? いや待て! この部屋にはさっきまで誰もいなかったはず!?」

「俺様特権です。とくと許しやがれ」

 

 ヤハハと笑う十六夜。しかし、その笑みにはいつもの快活さは無い。

 やや侮蔑が混じった剣呑な光が瞳に宿っていた。

 

「で、何が悪い事なんだ? まさか“サラマンドラ”が魔王を招き入れた事か?」

「―――!?」

 

 いきなり核心をつかれ、マンドラの顔面が蒼白になる。

 

「おい、そんなに驚くなよ。魔王が持ち込んだステンドグラスは出展品として紛れ込んでいたんだぜ。主催者がワザと見落とさない限り、普通は不審に思うだろ」

 

 よっと立ち上がりながら、十六夜は両手を広げる。

 

「今回の襲撃は一種の通過儀礼なんだろ。ルーキー魔王VSルーキーマスター? いやいや偶然にしちゃあ出木過ぎだ! これでサンドラは名実ともに北のマスターとして認められたわけだ。いやホント、“サラマンドラ”の将来も安泰だな!」

 

 舞台役者の様な大仰な笑顔と手振りで褒める十六夜。

 対して、マンドラはギュッと口を一文字に絞めて押し黙った。

 

「………おい、何とか言えよ。俺が笑っている内に話した方が身の為だぜ?」

 

 スッと目を細めると、十六夜はマンドラへと近づく。

 そして襟元を掴み上げた。

 

「グッ………!」

「死んだのは最初の襲撃で天然痘の悪魔に襲われた十人だけだったか? 良かったなあ、死んだのが全員“サラマンドラ”の連中で。岸波が御狐サマを召喚()んでなければ、“ノーネーム”からも死人が出てたところだ」

 

 そうなっていれば、と十六夜は言葉を切る。

 眼光は刃物の様に鋭く、纏う怒気は爆発寸前の活火山を思わせた。

 

「お前ら………サンドラもろとも潰してたぞ?」

「っ、サンドラは関係ない!」

 

 バッと十六夜の手を振り払い、マンドラは絞り出すように喋る。

 

「………今回の一件を仕組んだのが“サラマンドラ”であることは、サンドラを除いた全員が知っている」

「何だと?」

「知っていたのだ。サンドラを除いた“サラマンドラ”の同士全員が。知りながらも戦い、傷つき、そして命を落としたのだ!」

 

 切迫した表情でマンドラはキッと睨む。

 

「箱庭の外から来た貴様には分かるまい。コミュニティの旗を! 名を! 名誉を守るという意味がどれほど重いか! その為に同士の命すら駒の様に扱う覚悟が、貴様に分かると言うのかっ!!」

 

 堰を切った様に吐露するマンドラを十六夜は静かに見つめる。

 それは“サラマンドラ”のナンバー2として、自分よりも圧倒的な才能を持つ妹の副官として務める事を誓ったマンドラの重責だった。

 コミュニティの為ならば修羅の道を征く。

 こればかりは箱庭に来て一ヵ月しか経たない十六夜が、おいそれと理解できるものではなかった。

 

「………とはいえ、貴様の怒りはもっともだ。そして私は妹に劣る不出来な亜龍。貴様と戦っても勝てるとは思わない」

 

 腰に帯びていた剣を床に置き、マンドラは十六夜に跪いて頭を下げる。

 それは相手への謝罪というよりも、ギロチンに首を差し出す罪人の様だった。

 

「気の済む様にしてくれていい。その代わり、この場は私の首一つで治めて貰えないだろうか?」

 

 十六夜はマンドラをたっぷり五秒くらい凝視し―――興味が失せた様に背を向けた。

 

「ま、死んだ奴が了解済みだというなら俺の関与するところじゃねえよ。それに、俺達も十分に得したわけだしな」

 

 事実、魔王を退けたサンドラの名と共に“ノーネーム”は人々の噂になっていた。

 名も無く、旗も無いコミュニティでありながら、サンドラと共に魔王と戦った戦士達。

 十六夜の目論見通り、今回の火龍誕生祭に参加した者は“ノーネーム”の存在を広く周りへと伝えていくだろう。

 さらには戦いの最中で飛鳥は神珍鉄の巨人ディーン、白野はキャスターという新たな従者を手に入れた。

 最終的な結果を見れば、“ノーネーム”は誰一人欠けず、名声を高めた上に新たな同士まで加わった。

 マンドラ達が仕組んだ事を全て水に流すわけではないが、まずまずの成果と言えるだろう。

 部屋の出口へと歩を進める十六夜。

 激しい追及が無かった事を意外に思いながらも安堵の溜息をマンドラがつこうとした時、

 

「あ、そうそう。一つ忘れていた」

 

 ビクッとマンドラの肩が跳ね上がる。十六夜はいつもの獰猛な―――そして快活な笑みを浮かべた。

 

「今回の事は一つ貸だ。お前じゃなくて、“サラマンドラ”へのな。俺達はこれからも魔王と戦っていく。その時―――万が一にも“ノーネーム”に何かあったら、お前等はいの一番に駆けつけろ」

 

 それで今回の茶番はチャラだ。そう言い残して、今度こそ十六夜は執務室を出て行った。

 独り残されたマンドラは、しばらく呆けた様に十六夜の言葉を噛み締めた。

 やがて、この場にいない少年に誓う様に呟いた。

 

「ああ、約束する。その時は、万難を排して駆けつけよう」

 

 この御旗に誓う。独り宣言するマンドラを執務室の外―――建物の屋上に掲げれた“サラマンドラ”の旗が誇らしげに翻っていた。

 

 

 

 

 




 年末までに二章が終わるかなあ? とりあえず次回は白野達のターン。

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