月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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 時間をかけた割には、あまり動きの無い話。でもなんとなく書いていたら、こんな文章になりました。
 ウチのキャス狐は人間が大好きな一面が強調されて、はっちゃけ成分が足りないのかも・・・。

 そんな3話目。


第3話「魂の輝き」

 その夜。耀は一人、寝室のベッドに座っていた。

 開け放った窓から、ひんやりとした夜風が室内に流れる。灯りを付いておらず、窓から漏れる月と星の輝きだけが耀に優しく降り注いでいた。

 窓から身を乗り出せば、宝石箱をひっくり返した様な星空を眺められるだろう。文明の灯りが地上を照らす都会ではお目にかかれない様な幻想的な夜空。しかし、耀は浮かない顔で膝を抱えていた。

 

「三毛猫、私は収穫祭が始まってからの参加になったよ。残念だけど、前夜祭はお預けだね」

『・・・・・・そうか。残念やったな、お嬢』

「うん。でも、仕方ないよ。十六夜は本当に凄いよ。水樹も魔王のゲームの謎を解いたのも、十六夜のお陰だから」

 

 だから、仕方無いんだ。自分に言い聞かせる様に耀は呟く。

 勝敗は決した。

 “アンダーウッド”に滞在する期間を決めるゲームで、中々戦果を上げられなかった十六夜。

 だが彼は白夜叉のギフトゲームをクリアする事で、一躍トップに立ったのだ。下層の発展の為に水源を欲していた白夜叉に対し、十六夜はトリトニスの滝の主を隷属させた。そしてゲームの賞品として、“ノーネーム”に外門利権証を取り戻したのだ。

 これにより、“ノーネーム”は実質的に階級支配者(フロアマスター)である白夜叉に次ぐ地位として、2105380外門に君臨したと言ってもいい。さらに境界門(アストラルゲート)を他のコミュニティが使った時に利用料の八割が“ノーネーム”へ納められる為、金銭面での貢献も計り知れない。悔しいが、十六夜が一番の戦績であると認めざるを得なかった。

 十六夜だけではない。飛鳥は今回の戦績争いに敗れたものの、荒れ地だった“ノーネーム”の畑を農業が出来る土壌へと変えた。大地と開拓の精霊であるメルン、巨大な体躯と怪力で土木工事にうってつけなディーン。彼らの力が合わさり、農園区の25%が復興したのだ。

 そして―――

 

(白野………)

 

 声に出さず、心の中で自分と同じく異世界から来た友人の名前を呼ぶ。

 初めて会った時、耀は白野が強いとは思わなかった。

 自分と同年代の頼りなさそうな男の子。それだけの存在だった。

 だが、ゲームをこなしていく彼を見てその評価を改める事になった。

 ローマの皇帝ネロ。九尾妖狐の玉藻の前。

 歴史についてさほど詳しくない耀でも聞いたことのある英霊を引き連れ、彼はどんな困難にも立ち向かっていく。

 

「三毛猫、白野はすごいね」

『なんや、突然。ハクノって、あのシャバ僧の事やろ? そりゃ、お嬢を何度か助けてくれた奴やけど・・・・・・あんなん、引き連れてるねーちゃん達がスゴいだけやん』

「うん。でも、セイバー達が従うだけの理由が白野にはあると思う」

 

 どうしてセイバー達が白野に力を貸すのか、耀は知らない。だが、白野が無理やりセイバー達を隷属させているわけではない事くらい耀にも分かる。

 普段は人畜無害そうな顔をしているのに、戦いになれば一人前の戦士の顔になる。どんな相手でも冷静に推し量り、自分の出来る最善を尽くして勝利をもぎ取りに行く。

 圧倒的な実力と知能を持つ十六夜とは違ってスマートなゲームメイクとは言えないが、諦めずに立ち向かっていく姿は見た者の心を打った。きっとセイバー達も、そんな白野に惹かれたのだろう。

 

「本当に、スゴいよね。歴史や伝説の英雄達と友達になれて、自分がどうすれば良いのかもちゃんと考えているから」

『お嬢・・・・・・』

 

 自嘲する様に笑う耀に、三毛猫は心配そうな声を上げた。

 耀とて、“生命の目録(ゲノムツリー)”という強力な恩恵がある。そして、その力があった事で大勢の獣達と友達になれた。その絆は、耀にとって一番の宝だと断言は出来る。

 だが、そんな恩恵があっても耀は重要な局面で後れを取ってしまうのだ。事実、"The PIED PIPER of HAMELIN"では魔王の手駒になってしまうという失態を演じてしまった。

 だからこそ、今回の戦績争いは勝ちたかった。

 今の耀が“打倒魔王”を掲げる“ノーネーム”の戦力でいる事は難しい。しかし多くの幻獣の住処となっている南側に行けば、新たな出会いと共に恩恵を授かるかもしれない。そうすれば皆の足手まといにならずに済むと思い、一日でも長く滞在する為に必死になって戦績を挙げたのだ。

 しかし、駄目だった。

 自信を持って用意した戦果は、あっさりと追い抜かれてしまった。

 

「皆、凄いよね。でも私は―――」

 

 耀の口から弱気な言葉が出そうになる。

 その時だった。

 

「耀さん? いらっしゃいますかー?」 

 

 控え目なノックと共に、つい先日に新たな同士となったキャスターの声がドアの外から聞こえた。

 

「っ! キャスター!? ちょっと待って!」

 

 慌てて耀はベッドから立ち上がる。今の弱気な姿なんて、他人には見せたくなかった。部屋の灯りを付け、室内の小テーブルと椅子の位置を正した。三毛猫もベッドから跳び降りて床に座る。鏡の前で自分におかしな所は無いか、素早く確認してからようやく声をかけた。

 

「えっと・・・・・・どうぞ」

「お邪魔しま~す」

 

 待たされたにも関わらず、いつもの茶目っ気たっぷりな雰囲気でキャスターが入ってくる。その手には、急須と湯のみを載せた御盆。

 

「リリちゃんから良いゴボウを貰えたので、ゴボウ茶を淹れてみました♪ 一杯どうです?」

「えっと、その・・・・・・」

「まあまあ、すぐに用意するので。ちょっーと、お待ちくださいまし」

 

 こちらの返答聞かず、手早くお茶の用意をするキャスター。あっという間に、部屋の小テーブルに湯気を立てた湯のみが置かれていた。湯のみの中は茶色い液体で満たされている。

 

「ささ、どうぞ。熱いので火傷しない様に気をつけて下さいね」

「ああ、うん・・・・・・それじゃ頂きます」

 

 キャスターの勢いに釣られて、耀は席に着いて出されたお茶に口をつける。程よく温められたお茶は、素朴ながらも喉越しが良く飲みやすかった。

 

「おいしい・・・・・・」

「でしょう? お肌にも良いそうですから、寝る前の一杯に最適かと」

『わしには無いんか、狐の嬢ちゃん』

「あなた、猫舌でしょうに」

 

 にゃーにゃーと鳴く三毛猫にキャスターは呆れた声で返す。かつて神格を宿し、稲荷を統括していたキャスターにとって三毛猫の言葉は手に取る様に理解出来ていた。

 ちぇ、つまらん、と呟く三毛猫。

 そんな三毛猫に、耀は湯のみと一緒に渡された受け皿にゴボウ茶を少しだけ移し、三毛猫の前に置く。

 

「はい、熱いから気をつけて」

『おお、ありがとなお嬢!って、あちいいぃぃっ!?』

 

 三毛猫は喜んで舌をつけ、やはり猫舌の為に満足に飲めずに転げ回った。

 

「いやはや、本当に仲がよろしい様で。異なる種族が心を通わせるなんて普通は出来ないのですけど」

「? それは、言葉が通じないから?」

「それもあるちゃ、あるんですけど・・・・・・一番の問題は価値観が違うって事ですかね」

 

 舌を火傷した三毛猫を介抱しながら、耀は首を傾げる。

 

「見ている認識(セカイ)が異なると申しますか・・・・・・動物の感情を人間が理解できない様に、動物も人の感情を理解できないんですよ。ぶっちゃけ、人と動物とは社会性も価値観も異なりますので」

「そう・・・・・・かな? あまり悩んだ事はないけど」

「それは耀さんが特別だからです」

 

 ピンと指を立てながらキャスターは解説する。

 

「言葉が通じるスキルがあるとかそれ以前に、認識も常識も異なる相手と親しくなろうとする貴女の魂が獣達を惹きつけているのですよ。それは、並みの人間には出来ない事です」

『当然や! なんてたって、わしの自慢のお嬢やからな!』

「み、三毛猫・・・・・・褒め過ぎだよ」

 

 二人の賞賛に顔を赤くした耀だが、ふと気付く。キャスターは世間話をする為にわざわざ訪れたのだろうか?

 

「その様子なら、心配は無さそうですね」

「っ! 一体、何の話かな?」

「昼の戦績争いの後、落ち込んでいた様でしたから」

 

 いきなり核心を突かれて、耀は黙り込んだ。

 自分の分の御茶を用意しながら、キャスターも席に着いた。

 

「………そんなに、元気無さそうに見えたのかな?」

「目に見えて、程では無いでしょうけど無理して明るく振舞っていたのは分かりましたよ。飛鳥さんやセイバーさん、それにご主人様も心配してましたから」

 

 あの凶暴児(十六夜)は知りませんけど、と言外に付け加える。もっとも、彼の場合は「くやしいか? いつでも再戦しに来いよ。また俺が勝つけどな♪」というスパルタ思考で耀を煽るだろうが。

 

「もしかして、白野に言われて私の所に来たの?」

「いえいえ。まったくもって私の独断ですとも。ご主人様も耀さんが元気無さそう、という程度でしか気付いていらっしゃらないんじゃないですか?」

 

 え? と耀は意外そうな声を上げる。短い付き合いだが、白野を第一として動くキャスターが自分に気に掛けるとは思わなかった。

 

「あ、その顔。なーんか、失礼な事を考えてますね」

 

 耀の考えている事を察したのか、少しジト目になるキャスター。

 

「ご主人様第一なキャスターが、ご主人様以外の人間に気をかける筈がない。ご主人様以外の人間はどうでもいいと思ってるに違いない。しかしそれでも耀さんに気遣うキャスターこそ、正ヒロインに違いない! よってご主人様はセイバールートではなくトゥルーエンドに走るべきだと!」

「うん、まったく思ってない」

「ご無体な! あなたも金髪が正義と言うんですか!?」

 

 ニッコリと否定する耀に、ヨヨヨと泣き崩れるキャスター。

 しかし、次の瞬間には真面目な顔になる。

 

「ご主人様が第一なのは間違いないですけど、私は“ノーネーム”の皆さんの事も大切に思っているのですよ。耀さんの魂はとても綺麗なのですから」

「私の……魂?」

「はい。耀さん、飛鳥さん。ついでにあの凶暴児も、等しく魂が輝きに満ちてます。もしもご主人様より先に会ったら、コロリといっちゃったかもです」

 

 魂の輝きと言われても、よく分からない耀は首を傾げる。五感で測りようが無いモノをどうやって感じろというのか。しかしキャスターからすれば、それが一番重要だった。

 健全な魂は健全な肉体と健全な精神に宿る。

 神霊として永い時を生きたキャスターにとって、外見の美醜はあまり………まあ、人並みくらいしか気にしない。

 しかし、外見はその気になればいくらでも取り繕える。極端な話、金で美貌を買うことだって可能だ。

 重要なのは、その者の魂が清いか否か。

 生きる為に、前に進む為に自らの可能性を信じられる人間こそがキャスターが愛せる存在なのだ。

 

「今の耀さんは、自信を無くして魂を曇らせている。元・神霊として、何より同士として、見ていて忍びないのです」

「それは・・・・・・」

 

 でも、そんな事を言っても仕方ないじゃないか。事実として、今の自分は並みのゲームでしか成績を残せていない。魔王打倒を掲げるには力不足なのは明白だ。

 そんな弱気な発言を耀は何とか飲み込む。それを口にしてしまったら、自他共に認める事実として定着してしまう。そうしたら、もう胸を張って“ノーネーム”の一員と言えなくなる。そんな気がした。

 

「ええ、思う通りに結果が振るわないと自分を疑い始める。それは人として当然の考え方でしょう。でも、そこで立ち上がるか、下を向いて諦めるか。それだけは誰でも選ぶことは出来ます。才能があるとか無いとか、そんな事は関係なしにね。そうして諦めない人が、タマモは大好きなのです」

 

 静かに微笑み、キャスターは耀を見つめる。それは、子を見守る母親に似ていた。

 

「耀さん、貴女はどうしたいですか?」

「私は・・・・・・・・・」

 

 少しだけ躊躇う。今の実力でそんな事を口に出来るのか。

 だが、それでもちゃんと宣言したい。異世界に来て初めて出来た友達の為に、そして自分に期待してくれている目の前の狐の少女の為に。

 

「諦めたくない。皆に、私も“ノーネーム”の一員だ、って胸を張れる様になりたい。その為に、私は私の事を諦めたくない!」

 

 はっきりと自分の想いを口にする。暗く沈んでいた耀の目が、今は力強い輝きを取り戻していた。

 

「それが聞ければ十分です」

 

 どこか安堵した様に、キャスターは微笑んだ。残っていた御茶を飲み干し、席を立つ。

 

「御茶、おいしかったよ。ありがとう、キャスター」

「お礼ならリリちゃんに言ってくださいまし。あの()が丹精を込めて作った食材のお陰ですから」

「そういえば・・・・・・リリとキャスターって、仲が良いの?」

「それはもう♪ 同じ狐のよしみで色々と教えてますとも!」

 

 一尾の尻尾を振りながら、嬉しそうに話すキャスター。

 言われてみると、キャスターは白野の傍にいない時はリリと一緒にいる事が多い。そういえば、以前リリと道着を着て蹴り技の特訓をしていたみたいだが・・・・・・・・・あれは何だろうか?

 

「それじゃあ、お休みなさい。耀さん」

 

 使い終わった急須と湯のみを持ち、キャスターは部屋を後にしようとする。

 その背中に、耀は思いついた様に声をかけた。

 

「ねえ、キャスター。白野は・・・・・・貴方のご主人様は、自分を信じられる人だったの?」

 

 ピタ、と足を止める。キャスターは少しだけ考える素振りを見せた。

 

「そうですねえ・・・・・・。自信があると言うには、ちょっと違いますけど」

 

 そして、耀の方へと振り返る。

 

「でも、ご主人様ならこう言うでしょうね。“自分はただ、必死に足掻いただけだ”、って」

 

 くす、と微笑んで一礼をし、今度こそキャスターは耀の部屋を後にする。

 再び夜の静けさが部屋に戻る。耀は、テーブルに残された自分の湯のみをそっと握り締める。

 飲みかけの御茶は、まだほのかに温かかった。

 

「三毛猫」

『・・・・・・なんや?』

 

 それまで、静かに控えていた三毛猫は耀を見つめた。

 

「落ち込んでる暇なんて無いね」

 

 ぐっと、残った御茶を飲み干す。

 その顔は、晴れ晴れとした希望に満ちていた。

 

「うん、頑張ろう」

 

 新たに気合を入れる耀を三毛猫は微笑ましく見つめる。

 

(良かったな、お嬢。ワシや動物以外でもお嬢を気にかけてくれる奴がおる・・・・・・。以前じゃ考えられないことやった)

 

 かつていた世界を三毛猫を思い出す。動物と会話ができ、元の世界では想像上の産物でしかないグリフォンの背に乗りたい、と臆面無く言う耀は周囲から浮いていた。父である春日部孝明以外、耀の事を気にかける人間など皆無だった。

 

(お嬢はもう大丈夫や。これから人の社会(むれ)の中でも生きていけるやろう。・・・・・・ワシももう年や。そろそろ、お嬢と離れなあかんのかもしれん)

 

 耀が生まれた日から共に過ごして来た老猫は、そっと溜息をつく。

 もう自分の寿命は長くない。子や孫の様に慕った耀を残して逝く事が心残りだったが、今の耀には人間の友人がいる。もしも耀がくじけそうになっても、彼等が支えてくれるだろう。

 しかし―――。

 

(あのシャバ増には借りが出来たが・・・・・・やはり、金髪の小僧は許せん。お嬢を悲しませおってからに・・・・・・一度、シメたろか?)

 

 耀の事が可愛いあまり、三毛猫は逆恨みの感情を燃え上がらせる。

 

 そんな一連の出来事とは無関係に、夜は更けていった・・・・・・。




キャス狐がリリちゃんに何を教えているかは、 番外編「妖狐の嫁入り準備」をご参照下さい(ペコリ)

追記

フェイト/エクステラ……? 何なのか分からないけど、またEXTRAの世界を見れると思うと胸熱。

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