月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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 エイプリルフールに投稿したかったけど、大分遅れてネタSSを投稿しますよ、っと。

 時系列的には一章と二章の間くらい。

 ところで、三章に入ってから本編が進んでない気がするのは……まあ、こういう内容を書いてるからだろうなあ。




番外編『Would you like it hot?』

「く、うっ………」

 

 飛鳥の口から呻き声が漏れる。

 手から力が抜け、そのまま倒れそうになる身体を何とか腕の力だけで支えた。

 

「終わりですか?」

 

 テーブルの対面上にいる少女は温かみの無い笑みで飛鳥を見下ろした。

 きっ、と少女を睨む飛鳥。

 だが、それだけだ。

 これ以上ゲームを続行できない事は、身をもって分かっていた。

 少女から目を逸らす様に後ろを振り返る。そこには、既にリタイアした耀が仰向けに倒れていた。

 耀は床に突っ伏したまま、起き上がらない。ピクピクと痙攣するのが精一杯の様だ。

 これで終わりだ。

 もう自分は戦えない。耀も回復する気配がない。

 チェックメイト。ゲームオーバー。頭では理解しているが、身体は敗北を認める事を拒否していた。

 

「別に無理する必要は無いですよ。こんなの、ただのゲームですから」

「っ、言ってなさいこの性悪女!」

 

 くすんだ金色の瞳で見下す少女に啖呵を切ると、飛鳥は再び―――レンゲを手に取った。

 

 ※

 

 ―――十数分前。箱庭二一〇五三八〇外門、ペリベッド通り

 

 並木道の桜らしき樹が花を散らし始めて葉桜となっていく。その道を飛鳥と耀は“サウザンドアイズ”を目指して歩く。

 

「この辺で行われるギフトゲームにしては、質の良いギフトだったわね」

「うん。これでコミュニティの皆もお腹いっぱいに食べられる」

「ふふ。そうね。鑑定して貰わないと分からないけど、これで一週間は保つかしら?」

 

 先日、近場で行われたギフトゲームで勝利した二人の足取りは軽い。換金して得られる金額を考えると、本拠で待つ子供達の笑顔が浮かんだ。

 しかし耀は、飛鳥の返答に何故か顔を曇らせた。

 

「一週間か・・・・・・」

「? どうしたの、春日部さん?」

「うん。今のところは連戦連勝だけど、このままで良いのかな、と思って」

「・・・・・・・・・そうね」

 

 耀の言いたい事を察した飛鳥は、ふうと溜息をつく。

 “ノーネーム”では、子供達だけでも百二十人分の食事を用意しなくてはならない。それ程の大所帯ならば、農園で作物を自給自足をした方が安上がりだ。しかし、子供達の胃袋を満たす農園は魔王によって壊滅させられていた。

 そうなると食糧を外部から仕入れるしかないのだが、現状では黒ウサギが審判を行って得られる給料と飛鳥達がギフトゲームで得た景品の換金だけが資金源なのだ。二つの資金源はどちらも白夜叉の好意に頼っている部分が大きい。

 

「今のところ、どうにか生活は安定しているのだけどね・・・・・・」

「いつまでも日雇いみたいな真似は続かないよね。何より、詰まらないし」

 

 ハァ、と二人で仲良く溜息をつく。

 箱庭で最下層にあたる七桁外門は、ゲームの難易度は最下層の称号通り高くはない。内容によっては、何のギフトも持たない一般人でも好成績を取れる。人智を超えたギフトの持ち主である飛鳥達にとっては完全クリアなど手軽にこなせるくらいだ。

 しかし、それも何度も繰り返すわけにはいかない。〝ノーネーム”の問題児達は現在、二一〇五三八〇外門に現れた強力なプレイヤーとして名前が売れ始めている。その事自体は良いのだが、問題はゲームの主催者が彼女達の名前を見て二の足を踏み始めた事だ。露骨な所では、参加者の中に飛鳥達の名前を見た途端に景品を引っ込める真似をした者もいた。

 コミュニティにだって生活はある。連戦連勝を続ける相手に相応しい難易度のゲームを提供できない以上、大敗すると分かってゲームに参加させるわけにはいかないのだ。

 そして、二人にとってこれが一番重要なのだが………はっきり言ってつまらないゲームが多いのだ。せっかく怪しげな招待状に感化されて異世界にまで来たというのに、今まで受けてきたギフトゲームは先日の〝ペルセウス”を除けば難易度はベリーイージー。そろそろ飽きがくるというものだ。

 もっとも、ここで〝実力を高く買ってくれるコミュニティに移住する”という簡単な方法を露程にも考えないあたり、この二人の優しさが出ているのだが。

 

「まあ、先の事は後で考えましょう」

「うん。どうせならギフトを売るついでに白夜叉にゲームを紹介してもらおう」

 

 そうと決まれば善は急げ。二人は“サウザンドアイズ”の暖簾をくぐり、店内に入る。

 

「白夜叉ー、いるかしら?」

「いらっしゃいませ」

 

 透き通った声が飛鳥達を出迎える。

 聞き覚えのない声にカウンターに視線を向けると、そこにはいたのは白夜叉でも無ければ、いつも苦い顔で通す女性店員でも無かった。

 見た目の年齢は飛鳥達と同じくらいか。十字教のシスターの様なゆったりとした法衣(カソック)に身を包み、人形の様に白い肌の少女がくすんだ金色の瞳で飛鳥達を見つめていた。

 

(この子は・・・・・・・・・初めて見る子ね。新しい店員かしら?)

 

 疑問に思いながらもその事は顔に出さずに、飛鳥は毅然とした態度で少女に話し掛けた。

 

「白夜叉はいるかしら? 店長に会いたいのだけれど?」

「彼女はいません。今、北側にいます。それと、私が支店長です」

「支店長? どういう事なの? ここは白夜叉の店じゃないの?」

 

 聞き捨てならない事を言った少女に訝しげな視線を向けるが、逆に少女は飛鳥達を胡散臭そうに見返した。

 

「あなた達、報告にあった“ノーネーム”ですね?」

「うん。白夜叉から何か聞いてない?」

「本部から聞いています。最近、白夜叉は『旗印の確認が出来ないコミュニティとの売買の禁止』という規則を破っている、と」

「それは・・・・・・!」

「そのせいか、二一〇五三八〇外門支店の売上が落ちていると報告にありましたね」

 

 思い当たる事があり、耀は押し黙る。

 確かに、“サウザンドアイズ”では旗印と名前の無い“ノーネーム”の入店を禁止している。いつも女性店員が口酸っぱく言いながら追い払おうとするも、白夜叉に止められて特別に取引をしてもらっていた。

 その他にも黒ウサギにゲームの審判を斡旋したり、飛鳥達は知らぬが通常よりも安い価格で食糧を提供するなど白夜叉は“ノーネーム”を気にかけていたのだ。

 その事で、もし白夜叉へ多大な負担をかけていたとしたら?

 

「白夜叉・・・・・・っ」

 

 飛鳥も同じ考えに至り、奥歯を噛み締めた。

 目の前にいる少女の言った事からすると、白夜叉は左旋されたという事だろうか?

 何故そこまでの自分の身が危うかったに話してくれなかった白夜叉に不満を抱くが、それ以上にそこまで重石になっていた自分が腹立たしい。

 そんな飛鳥達に興味が失せたのか、少女は手元の本に視線を落とした。

 

「私は“ノーネーム”と取引をするつもりはありませんので、どうぞお帰り下さい」

「待って、それじゃ困る」

「ご足労、お疲れ様でした。お帰りはあちらから」

 

 耀が抗議の声を上げるも、少女は視線を上げる事なくシッシッと手を振った。

 まるで犬の様な扱いに文句を言いたいが、そんな事よりも“サウザンドアイズ”で売買出来なくなるのが問題だ。この箱庭において、“ノーネーム”は名無しと侮蔑されるくらい最下層の存在。旗印が無ければ、取引相手として信用されない。それでも“サウザンドアイズ”の敷居を跨げたのは偏に白夜叉の好意によるものだ。

 今度からそれが無くなるという事は、もう“ノーネーム”を相手にしてくれる店が無くなる。当然、資金源も激減する。急に来てしまったコミュニティの死活問題に立ち向かう為、耀は再び抗議しようと口は開くがそれを飛鳥が遮った。

 

「飛鳥・・・・・・?」

「ねえ、新店長さん。あなた、私達とギフトゲームをしないかしら?」

 

 ピクリ、と少女の眉が動いた。

 

「私は“ノーネーム”と関わらないと言った筈ですが?」

「ええ、そうね。私もゲームに勝てば売買させろ、なんて言うつもりは無いわ。むしろ貴女が勝てば、今後一切“ノーネーム”は“サウザンドアイズ”の支店を利用しない、と誓ってあげる」

「飛鳥、それは・・・・・・!」

 

 耀が抗議しようとするが、飛鳥は視線だけで制した。

 その瞳は真剣そのもの。ヤケになったわけでも、勝算も無しに言っているわけでも無いと判断した耀は、ひとまずは飛鳥に任せる事にした。

 

「それはまた、あなた達に何の得も無いでしょうに」

「そうね。だってこれは私の自己満足だもの」

 

 ふん、と優雅に髪を揺らす飛鳥。

 

「白夜叉にここまで負担をかけて、素知らぬ顔で今後の事に悩む。そんなの、私自身が許せない。だから、私なりのケジメをつけさせる」

「・・・・・・・・・それで?」

「以前の顧客として・・・・・・いいえ、二一〇五三八〇外門の住民として貴女を試させて貰うわ。貴女が、白夜叉の後釜として相応しいかどうか」

「・・・・・・・・・“ノーネーム”に試される覚えはありませんが?」

「そう。それなら良いわよ。その時は笑ってあげるわ。“サウザンドアイズ”の新店長は、名無しのゲームに尻込みした、ってね」

 

 挑発的な笑みを浮かべる飛鳥に、少女はようやく手元の本から顔を上げた。そして、飛鳥の言わんとしている事を考える。

 別に名無し程度に笑われるのは痛くも痒くも無い・・・・・・・・・無い、が。それを風潮されるのは少し面倒だ。たかが名無しに支店とはいえ箱庭屈指のコミュニティである“サウザンドアイズ”が尻込みした、などと伝われば今後の商売に差し支える。

 商売は信用が第一だ。名無しから逃げたコミュニティとして、正規の取引相手や顧客に安く見られるのは信用を損なうという事。

 無論、名無しの戯れ言と言い張るのは簡単だ。しかし、彼等は放逐したとはいえ傘下であった“ペルセウス”を打破している。リーダーに問題があるとはいえ五桁のコミュニティを完膚なきまでに敗北させた“ノーネーム”には、たかが名無しと切り捨てられない発言力があるのだ。

 その事を数秒に満たない時間で思考すると、少女は手元の本を閉じた。

 

「・・・・・・porca miseria」

「ポル、・・・・・・何?」

「面白い人ね、と言っただけよ。良いでしょう、そこまで言うなら受けて立ちましょう」

 

 溜息をつきながら、少女はカウンターから出て来た。

 そして、祈る様に両手で組み合わせて目を閉じると―――

 

『ギフトゲーム名“衝撃の麻婆”

 

・クリア条件 60秒以内に指定した料理を完食する。ただし、ギフトの使用は禁止。水の使用も禁止。

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

                          “サウザンドアイズ”印』

 

「って、只の早食い勝負?」

 

 現れた契約書類に、飛鳥は首を傾げた。

 書面を読む限り、何の変哲も無い早食い勝負だ。こんな物で本当に勝負として成立するのか?

 

「私は白夜叉と違って直接的な戦闘力はありません。それに・・・・・・」

 

 一旦、言葉を切った少女はニヤリと口角を吊り上げた。

 

「名無し相手なら、この程度がちょうど良いかと」

「っ、言ってくれるじゃない。良いわ、負けても文句言わない事ね」

 

 こちらを侮っている、と判断した飛鳥は憤然としながらも契約書類に合意した。すっと耀が前に出た。

 

「私がやる。こういう内容なら、私が得意だし」

 

 飛鳥は頷いて、後ろへ下がる。二人の準備が整った事を確認すると、少女は再び手を組み合わせた。

 光と共に、耀の前に椅子とテーブルが現れる。そして、テーブルの上には―――

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何これ?」

 

 耀は目を点にして、思わず呟いた。

 テーブルの上に置かれたのは、誰がどう見ても麻婆豆腐だ。しかし、赤い。唐辛子をふんだんに使ったとかそういう問題じゃないくらい赤い。白くあるべき豆腐まども赤い。その上マグマの様にグツグツと煮込まれ、湯気と共に強烈な刺激臭が目と鼻を襲う。

 これは麻婆豆腐か? 耀は冷や汗をかきながら思考する。こんな、ラー油と唐辛子を百年間ぐらい煮込んで合体事故のあげくオレ外道マーボー今後トモヨロシクみたいな料理を麻婆豆腐と言って良いのか?

 

「さ、どうぞ。始めて下さい」

 

 少女の声に我に返り、耀は覚悟を決めて席に着いた。近くに寄ると、更に酷い刺激臭が耀を襲った。湯気が目に入っただけで、涙が止まらなくなるのはどういうわけか?

 意を決して、レンゲで一掬いする。そして―――一気に頬張った!

 

(こ、これは・・・・・・・・・!)

 

 耀の目がクワッと見開かれる。

 頬張った瞬間、ラー油と唐辛子が奇跡的に混ざった辛さが舌全体に広がり、耀の舌に電流の様な様な痺れが駆け抜けた。一噛みするごとに豆腐に吸い込まれていた汁がジュワァと広がり、口の中を唐辛子とラー油が満たしていく。飲み込んだ瞬間、刺激は喉どころか胃へ、腸へ、それどころか気管を通して鼻にまで駆け抜けて、身体の内側から燃え上がる様に豆板醤の香りで満たされていく。

 ・・・・・・・・・色々と形容したが要するに、

 

「か、辛いいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

「春日部さん!?」

 

 普段は大声を出す事がない耀の悲鳴に、飛鳥は驚く。見た目からして尋常ではないと思っていたが、あの麻婆豆腐は健啖家の耀をもってしても辛いと言わしめる程なのか。

 

「あと50秒」

 

 手にした懐中時計で少女は無情に残り時間を告げた。

 

「リタイアしますか?」

「っ、冗談。麻婆なんかに、私は負けない!」

 

 額から流れ出る汗を拭うと、耀は再びレンゲを手に外道麻婆へと立ち向かって行った。

 そして―――!

 

「時間切れです」

「麻婆には・・・・・・勝てなかったよ・・・・・・・・・」

「春日部さあああぁぁぁんっ!?」

 

 ズルリ、と力を失った身体が椅子から滑り落ちる。飛鳥が慌てて支えると、耀は気を失っていた。

 辛さのあまりに唇がタラコの様に真っ赤に膨れ上がり、乙女として人前に出られない様な顔だ。

 

「ちょっと待ちなさい! その麻婆豆腐、変なものが入っていないでしょうね!?」

「まあ、心外ですね。ちゃんと普通の食材で作られた物なのに」

「気絶する様な辛さのどこが普通よ!?」

「この程度の辛さに耐えられないなんて。噂の名無しは甘口なんですね」

 

 耀が残した麻婆豆腐をレンゲで一掬いし、少女はペロリと飲み込んだ。

 

「ああ、主よ。私の味覚に応える食物に出会わせてくれた事に感謝します」

「くっ・・・・・・!」

 

 恍惚して祈りを捧げる少女を飛鳥は悔しそうに見上げた。とはいえ啖呵を切った以上、ここで退くわけにはいかない。何よりどんな勝負でも尻尾を巻いて逃げるなど、飛鳥のプライドが許さない。

 

「次は私の番よ!」

「どうぞ。精々、頑張って下さいね。やれるものなら、ね」

「言ったわね! 後でタップリと吠え面を拝ませて貰うわよ!」

 

 耀を後ろの床に横たわらせ、飛鳥はグツグツと煮えたぎる麻婆へとレンゲを片手に向かっていったーーー。

 

 ※

 

 そして、場面は冒頭に戻る。

 

「も、もう駄目。辛い・・・・・・痛い・・・・・・」

「はい、時間切れです」

 

 天使の様な微笑みを浮かべながら、少女は無情にもタイムアップを告げた。カラン、と飛鳥の手からレンゲが落ちる。

 

「何で・・・・・・何でこんなに赤いのよ。可笑しいじゃない・・・・・・少しは白とか入れなさいよ・・・・・・」

「だらしないですね。この程度の辛口に耐えられないなんて」

 

 クスクス、と喉を鳴らしながら少女はテーブルに突っ伏した飛鳥を嘲笑った。

 

「オマケにガツガツと飢えた犬の様に掻き込もうとするなんて。優雅さの欠片もありませんね」

「このっ・・・・・・・・・」

「ホント愉快。やはり食は虚飾に彩れた人間を剥き出しにするわね。どんな人間も食の前ではブタの様に平らげる様を見るのは、ホント愉快」

 

 ウットリと胸の前で手を組み合わせる少女を見て、飛鳥は悟った。

 この女、とんでもなく性根が捻れてる。

 

「飛鳥・・・・・・」

 

 後ろを振り返ると、いつの間にか目が醒めていた耀が申し訳無さそうに立っていた。

 

「ごめん、こういう勝負なら任せろなんて言ったのに・・・・・・」

「いいのよ、春日部さん。元はと言えば、私が意地を張ったせいで・・・・・・」

 

 シュン、と二人は肩を落とした。

 最近のゲームで連戦連勝していたからか、知らず知らずに天狗になっていた様だ。

 そして、そのツケが現在の状況だ。これで“ノーネーム”は“サウザンドアイズ”を出禁に―――

 

「こんにちは。白夜叉、いるかい?」

 

 店の入口から、知ってる声が響いた。飛鳥達が目を向けると、そこにやはり知った人間が暖簾をくぐって入ってきた。

 

「「岸波くん(白野)!?」」

「あれ? 二人とも、奇遇だね、ってこの匂いは・・・・・・・・・!?」

 

 飛鳥達がいた事に意外そうな顔をしていた白野。

 だが店内に入った途端、彼の顔が変わった。

 

「“ノーネーム”の方ですか? 申し訳ありませんが、今後一切出禁となりましたのでお引き取り下さい」

「へ? それって、一体・・・・・・」

 

 出し抜けにとんでもない事を言われ、白野は少女を見た。そして、そのままお互いに見つめ合う。

 

「ええと・・・・・・ひょっとして、何処かで会った事あるかな? すごく見覚えがある様な無い様な・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・さあ? 貴男に覚えが無いなら、初対面という事になるのでしょう」

 

 眉根を寄せながら後ろ頭を掻く白野に、少女は興味無さそうに答えた。含みのある言い方に、ますます少女の事が気になる白野。

 

「何にせよ、今後会う事も無いでしょうね。“ノーネーム”と“サウザンドアイズ”の繋がりはもう無いのですから」

「っ、そうだ。それはどういう事なんだ?」

「・・・・・・・・・それは私が話すわ」

 

 飛鳥はこれまでの経緯を簡単に語った。

 白夜叉に代わり、目の前の少女が“サウザンドアイズ”の新店長となった事。

 少女にギフトゲームを挑み、二人して敗れたこと。

 全てを語った飛鳥は、体を恥辱に震わせていたが、決して視線は床に落とさなかった。

 

「・・・・・・・・・言い訳はしないわ。私の勝手な判断でコミュニティに不利益を被った。ごめんなさい」

「・・・・・・・・・ごめん、私も自分を過信し過ぎた」

 

 揃って頭を下げる飛鳥と耀。しかし白野は二人を気にかけず、手元の契約書類の文面を読んでいた。

 

「・・・・・・・・・あのさ。この文面を読む限り、“ノーネーム”がこのゲームをクリアする。それに間違いないよな?」

「? 当然でしょう。これは“ノーネーム”の出禁を賭けていたゲームなのですから」

 

 怪訝そうな顔が少女は質問に答えた。

 文面を読む以前に、当たり前の事を何故聞くのか?

 

「そして、これは“サウザンドアイズ”から“ノーネーム”に課されたゲーム。そうだよな?」

「当たり前の事を・・・・・・・・・何が言いたいのでしょう?」

「いや、只の確認。“ノーネーム”に対してのゲームなら・・・・・・・・・俺にも参戦権はある」

 

 飛鳥と耀が驚いて顔を見合わせる。これに黙っているわけにいかないのは少女の方だ。

 

「待ちなさい。ゲームのルールでは、」

ルールでは(・・・・・)〝ノーネーム”という以外、プレイヤーの指定がされてない。だから、俺にも参加する権利はある」

 

 驚いた様に少女は口元を押さえた。確かに、契約書類の文面では〝ノーネーム”が参加するという指定しかしていない。

 

「……いいでしょう。では、どうぞ席へ」

 

 テーブルの上に新たな麻婆豆腐が現れる。相変わらず、地獄の様に赤い。

 

「白野、気を付けて。あれは普通の麻婆じゃない」

「大丈夫。よく知ってるから」

 

 心配そうな耀を尻目に、白野は席に着いてレンゲを手に取る。

 

「むしろ………俺の好物だから」

 

 え? と耀が聞き返すより先に、少女が開始の合図を告げた。

 すると―――

 

「ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」

 

 レンゲを持つ右手は円を描く様に。はたまたアナログスティックを回転させる様に。

 皿の上の麻婆が次々と白野の口へ吸い込まれていく。

 

「ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」

 

 白野の顔から滝の様な汗が流れ落ちる。だが彼は、流れ落ちる汗よりも早く右手を動かし、その勢いは止まるどころか時間と共に加速していく!

 

「ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ、ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」

 

 飛鳥と耀が唖然としている内に、あれだけあった麻婆豆腐は残り少なくなっていた。

 ピタリ、と白野の手が止まる。

 横で見つめている二人を横目で見ながら、

 

「――――――食うか?」

「「食うか!!」」

「………………そうか」

 

 ガックリと肩を落としながら白野の手が再び動き出した。

 

(え……? 本当にションボリしてる? 美味しいの? 美味しいと思ってるの、あの麻婆を?)

 

 ※

 

「嘘………」

「うわあ………」

「まあ」

 

 三者三様に驚く中、白野は空になった麻婆豆腐の皿に手を合わせる。

 

「素晴らしい。ご馳走様でした」

 

「まさか本当に食べ切るなんて………」

「というか30秒もかかってないよ。白野って、辛党だったんだ」

「春日部さん、あれは辛党とかそんなレベルで片付けて良い話じゃないから」

 

 二人が呆然と呟く中、白野はハンカチで口元を拭きながら少女へと向き直った。

 

「さて、これでゲームクリアだね。俺達の勝ちだ」

「―――仕方ありませんね。負けは負け、潔く認めましょう」

 

 ふう、と少女は溜息をついた。

 

「それに、そろそろ帰ってくる頃合いですし」

「帰ってくる? いったい、何の―――」

 

「うん? 何じゃ? 鍵が開いとるぞ。はて、あやつに限って戸締りを怠るとは思えんが………」

 

 ガラっ、と扉を開ける音が白野達の後ろで響いた。

 振り返ると、そこには―――

 

「「「白夜叉!?」」」

「あん? なんでおんし等がここに、ってなんじゃ!? 店の中が唐辛子臭いぞ!?」

 

 店の中に充満するラー油やら唐辛子やらの臭いで、白夜叉の顔が驚愕に染まる。

 そして、カウンターにいる少女に素早く目を走らせた。

 

「どういうことじゃ、花蓮! なんで私がしばらく留守にしていた間に店が麻婆臭くなってるんんじゃ!」

「あら、私はただ噂の〝ノーネーム”を〝サウザンドアイズ”の支店長として試しただけですわ」

 

 フフフと笑いながら、少女―――花蓮は、十字を切った。

 するといかなるギフトなのか、あれだけ店の中に充満した臭いがあっという間に消えた。

 

「傘下だった〝ペルセウス”を破ったコミュニティに、ボスも気になってる様でしたから」

「だから、それで何で私の店が麻婆臭く―――」

「ちょっと待って。〝私”の………店?」

 

 尚も言い募ろうとする白夜叉に、飛鳥が待ったをかけた。

 

「白夜叉は、まだこの店のオーナーなの?」

「当たり前じゃろ。というか私以外に誰が務まるという」

「えっと………左遷されたとか、そういう話は?」

「はあ? 何で私が左遷されねばならん」

「………今はこの子が支店長じゃないの?」

「さっきから何を言っておる? こやつ―――花蓮は箱庭の南側にある支店のオーナーじゃよ。この二一〇五三八〇外門支店は間違いなく私がオーナーじゃ」

 

 すっと飛鳥は花蓮に視線を向ける。彼女は、花も恥じらう様な笑みを浮かべながら手元に口を当てた。

 

「——――――あれ? 私が〝この店”の支店長だと言った覚えはありませんが?」

「こ、この性悪シスタアアアアァァァァァッ!!」

 

 普段の淑女らしさやら優雅さやらを放り出し、飛鳥が吠えた。

 背中に虎やら獅子やらの幻影が浮かぶような大声だ。

 

「………あー、よく知らんが。こやつにいっぱい食わされたようじゃな」

「聞かないであげて………飛鳥の名誉の為にも」

「あ、あははは………」

 

 ぼやく白夜叉に、耀はガックリと項垂れながら深い溜息をついた。

 コミュニティの存亡の危機やら飛鳥のプライドやらを賭けた勝負だったというのに、最初から茶番だったわけだ。これには白野も乾いた笑いを浮かべるしかない。

 

「まあ、お遊びとはいえ中々楽しめました」

 

 花蓮は居住まいを正すと、ペコリと頭を下げた。

 

「南側に寄ることがあれば、どうぞご贔屓に。特別価格でお相手しますわ」

 

 それと、と花蓮は言葉を切った。

 

「ゲームクリアの副賞として、先ほどの麻婆豆腐一年分を―――」

「是非!!」

「「断固却下!!」」

 

 喜色を浮かべた白野に、飛鳥と耀が待ったをかける。

 

「そんな!? 箱庭でようやく食べれた味なのに!」

「あんな料理、岸波くんくらいしか食べられないでしょうが!」

「ないない、あれはない」

「おやおや。食べ物の為に仲間割れとは何とも面白―――コホン、見苦しい。ところで、」

 

 ―――温めますか?

 

 

 




 どうでもいい話ですが、作者は香辛料の強い食べ物は食べれません。辛いとかそれ以前に、お腹を壊すので。

 さて本編執筆に戻るか。

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