月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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金時「ウチの大将が酒呑童子を召喚したなんて聞いてねえよ。しばらくどこかに姿をくらまして―――」
酒呑「金時は~ん。何処へ行かれるん~?」
金時「ゲッ!? お、お前と一緒にレイシフトする準備だぁ!」
酒呑「一人用のコフィンでか~?」

ま、ウチにゴールデンはいませんけどね。


第7話「一方その頃」

 ―――“ノーネーム”本拠地

 

 朝食を済ませた白野と十六夜は、水樹から供給される水路を辿り、農園地区に足を踏み入れた。初めて来た時、砂利と干からびた土しか無かった農園地区は、今は焦げ茶色の肥沃な大地が一帯に広がっていた。

 

「へえ・・・・・・・・・立派な農園になったじゃねえか」

 

 十六夜が足下の土を手に取ると、瑞々しい土が握られた。土は確かな弾力を富み、農業に関して素人の白野にも作物を育てるには理性的な環境になったと感じ取れた。

 

「ああ、あの農園がここまで蘇るなんてな」

「これもお嬢様達のおかげだな。そういや知ってるか? 農園が一段落したら、今度は居住区の整備を始めるそうだぜ」

「あの廃墟だらけだった場所を? そうか、ディーンがいるなら大助かりだな」

「それを聞いた皇帝様がさっそく図面を描いてるそうだぜ」

「へえ、セイバーが・・・・・・・・・はい?」

 

 何気なく聞き流していた白野だが、聞き逃せない一言でピタリと動きが止まった。セイバーの趣味は一言で表すなら派手な物が好きという事だ。そんな彼女が設計するとなると―――

 

「そう心配しなさんな。設計図を見せて貰ったが、なかなか考えられた物だったぜ」

 

 白野の心配を杞憂だ、と言わんばかりに十六夜は笑い飛ばす。

 

「皇帝様はあれでも優れた建築家だ。かのラファエロやミケランジェロもドムス・アウレアの装飾からグロテスク様式を生み出したと言われている。皇帝様がいなければ、ルネサンス期に大きな発展は無かったと言っても良い」

「そうなのか?」

「そうなのか、って・・・・・・・・・。お前、皇帝様の御主人(マスター)だろ。自分の部下の事はちゃんと知っておけよ」

 

 うっ、と白野は言葉に詰まる。考えてみれば、聖杯戦争で対戦相手のサーヴァントを調べたが、自分のサーヴァントについて書かれた文献を紐解いた事は無かった。どうしても気になる事があれば目の前にいる本人に聞けば良いし、戦闘に関する知識を優先していた為にサーヴァントの―――歴史上の偉人達が後世に与えた影響についてはあまり知らなかったのだ。

 

「まあ、ともかく。趣味はちょいと悪いが、建築家としての腕は確かだ。オマケに勉強熱心ときた。書庫にあった技術書はもちろん、俺や春日部、お嬢様にも元の世界の建築様式を詳しく聞いてくるくらい貪欲に新しい建築技術を吸収してるぜ」

「時々、寝不足気味だったのはそういう事か・・・・・・・・・」

 

 ここ1ヶ月、日々のギフトゲームに加えて白野の訓練や礼装の作成。それらの隙間を縫ってセイバーは居住区の復興計画を練っていたのだ。それこそ、寝る間を惜しんでの作業だった筈だ。短時間でありながら設計書の完成まで漕ぎ着けたセイバーの能力もさることながら、込められた情熱に白野はただ尊敬するしかない。

 

「そっか、俺の知らない所でセイバーは頑張っていたんだな」

「まあな。今のところは資金が足りないが、目処が着いたらすぐに取りかかるそうだ。まずは居住区への水道工事と道路工事」

「ふむふむ」

「チビ共の住居は既にあるが、今後コミュニティの人員が増えた時を考えて、四階立ての集合住宅(インスラ)の建設。余剰地を使って浴場の建設。ハドリアヌスの技師には負けん、と意気込んでいたぜ」

「ハドリアヌス・・・・・・? それにしてもローマ式の浴場かあ、面白そうだな」

「ギフトゲームのプレイヤー達の訓練場も兼ねて、コロッセウムの建設。いずれは“ノーネーム”名義でネロ祭をやるとさ」

「アハハハ・・・・・・セイバーらしいな」

「で、隣りに劇場の建設。黄金劇場を超えた白金劇場にするとか」

「へえ、白金劇場を・・・・・・・・・はい?」

「もちろんその名に恥じぬ様に柱から壁、床に至るまで全て白金製。装飾は皇帝様直々に施し」

「ちょっと、」

「ドーム状の天井にはこれまでの“ノーネーム”の軌跡をフレスコ画で描き」

「待て、それは」

「劇場を取り囲む柱にはローマ神を模した我等“ノーネーム”のメンバー達の彫刻がズラリと―――」

「ストップ、ストップ!」

 

 時報を読み上げる様に淡々とセイバーの都市計画を話す十六夜に、白野は待ったをかけた。

 

「他にお金かける所があるよねとか、派手とかそういう次元じゃないよねとか色々言いたいけど! 本気でやる気か!?」

「真剣と書いてマジだよ、皇帝様は。安心しろ、流石に修正して貰った」

「そ、そうか。十六夜が見てくれて良かっ―――」

「彫刻モデルは全部、岸波にして貰った」

「そこは止めて欲しかったなあ!!」

 

 あんまりな事態にクレッシェンドで叫ぶ白野。

 

「嫌ならしっかりと意見しとけよ、現場監督」

 

 ケラケラと笑う十六夜に、白野はガックリと肩を落とした。復興計画は当分先の話だが、その時の仕事は現場でセイバーの暴走を抑える役職になりそうだ。さもなくば、半裸でガチムチな自分の彫像が居住区に立ち並ぶ。

 ちゃんと反論できる様に建築の勉強をすべきかと真剣に考え出した、その時。

 

「高天原に神留座す。神魯伎神魯美の詔以て皇御祖神伊邪那岐大神」

 

 どこからか、幼い少女の声が聞こえて来た。

 

「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓へ給ひし時に生座る祓戸の大神達」

 

 声は白野達がいる場所から少し離れた、水田地帯から響いていた。気になった白野達が向かうと、シャン、シャン、と鈴の音が少女の声に混じって聞こえて来た。

 水田地帯に入ると、声の主を見つける事が出来た。

 そこには紅白の巫女服に着替えたリリが、水田の前で瞑想する様に目を閉じて何かを唱えていた。

 水田の前にテーブルを置き、その上には盛られた塩や酒、魚や果物が置かれていた。何かの儀式なのだろうか? 

 

 シャン、シャン―――。

 

 リリの後ろで、キャスターが神楽鈴を鳴らす。服はいつものノースリーブの巫女服だが、真剣な表情に白野は声をかけるのを躊躇った。

 

「諸々の枉事罪穢れを拂ひ賜へ清め賜へと申す事の由を天津神国津神」

 

 いま来た白野達に気付かないのか、リリの朗々とした声が途切れることなく響く。どこかたどたどしい詠唱でありながら、静かに耳を傾けたくなるのはリリの真剣な思いが伝わってくるからなのか。

 

「八百萬の神達共に聞食せと恐み恐み申す」

 

 シャン―――。

 

 キャスターの神楽鈴が一際大きく鳴り、リリは手を合わせて頭を下げる。

 魔力の発動などは感じないが、辺りが静謐な空気で満たされていく様に感じられた。

 しばらくして、リリが大きく息を吐いた。

 

「はい、よく出来ました! ちゃんと祝詞を覚えてきたんですね。エライ、エライ♡」

「どうでした、キャスターさん?」

「もうバッチリ! どこに出しても恥ずかしくない稲荷の巫女ですとも!」

 

 まるで姉妹だな。キャスターに頭を撫でられて、嬉しそうに狐尾を振るリリを見て白野はそう思った。お互いに妖狐という共通点があるからか、白野の傍にいない時はキャスターはリリと一緒にいる事が多かった。

 

 パチパチ―――。

 

「いや見事な祝詞だったな。今のは身滌大祓か?」

「十六夜様!?」

「うげ、出ましたね凶暴児」

 

 拍手しながら進み出た十六夜に、リリは驚きを、キャスターは忌避感を顔に浮かべて迎えた。

 

「はいはい、粗野で凶暴、快楽主義と数え役満な十六夜様ですよ。ってか凶暴児はねえだろ」

「ふん、魂がイケてても性格がバーサーカーなので凶暴児で十分ですよーだ! 私が礼を尽くすべきは、魂、性格、容姿の全てにおいて私がイケ魂認定するお方―――そう、ご主人様に他ならないのですから!」

「だ、そうだ。愛されてるなあ、色男」

「………穴掘ってくれる? 人一人、完璧に隠れそうなやつ」

「やん♡ ご主人様、来てたのなら声をおかけ下さいまし♡」

 

 先程の真剣さは何処へやら。人目をはばからずに好き好きオーラを振り撒くピンク狐に白野は顔を赤くしながらそっぽを向く。誤魔化す様に大きく咳払いしながら、先程から気になった事を指摘する。

 

「ところでリリと一緒に何をやってるの? 見たところ、何かの儀式みたいだけど」

「はい! キャスターさんの指導で農地のお清めをしていました!」

 

 白野の疑問にリリが元気良く答えた。補足する様に、キャスターが口を開く。

 

「ほら、もうすぐ畑の苗を届くでしょう? 土壌の再生は飛鳥さん達がやってくれたので、土地のお清めも兼ねて豊作祈願をしようと思いまして」

「土地のお清め・・・・・・・・・それって、必要な事なの?」

「必要大ありです! いかに土が良くても土地そのものが不浄なら、その土地で良きものは育たないのですから!」

 

 そう言われてもピンと来ない白野。白野のいた時代―――西暦2030年には旧き魔術は失われ、電脳世界で力を振るう魔術師(ウィザード)が主流となった。その為、土地の魔力を使うという発想が白野にはよく分からない。そんな白野に十六夜が地脈について語った。

 

「風水や陰陽道では地中に気、エネルギーが宿っていると考えられている。地脈のエネルギーは万物に影響を与え、また万物から影響を受ける。陽の気に満ちた地脈を活かせば一族は栄え、逆に陰の気に満ちた地脈だと家相が悪くなると言われている」

 

 十六夜は水田の水を手で一掬いする。水樹から引かれた水は、清らかな透明度を保って水田を満たしていた。

 

「要は土地のクリーンアップ作業だ。ウィルス塗れのパソコンにセキュリティソフトで掃除して、作業効率が上がる様にしたといったところだよ」

「ああ、なるほど」

「うわ、神前儀式をパソコンに喩えるとか情緒の欠片もねー」

 

 キャスターはブーイングするが、十六夜の説明は白野には分かり易かった。一見、豪快奔放に見えて相手に合わせて話の内容を分かり易く説明できるのが、逆廻十六夜という少年なのだ。

 

「まあ、気休めぐらいの祈願ですけどねー。いっそサクッと私の領域として作り変えちゃっても良いのですけど・・・・・・・・・ここは、リリちゃんの土地ですから」

「リリの土地? それってどういうこと」

「ふふん。何を隠そう、このリリちゃんこそ稲荷神に連なる豊穣の一族! 要は私の遠い親戚というわけです、はい」

 

 バンッ、と太鼓判を押すようにリリの背中を叩くキャスター。狐耳を真っ赤にして俯くリリに、十六夜は目を瞬かせた。

 

「稲荷の神って………稲荷明神のことか?」

「え、えっと、似ているけどきっと違います。母様の伝聞では、ウカノミタマノカミより神格を戴いた白狐が祖だと伺っていますけど………」

「すると、リリのご先祖は狐神の命婦ってことか。中々凄いじゃねえか。で、その親戚ということは御狐様はダキニ天の白狐………いや、むしろダキニ天そのものか?」

「ふふん、さあ? どうでしょう?」

 

 十六夜の指摘にキャスターは肯定も否定もせずに妖しげに微笑む。しかし、実際のところはかなり的を得た指摘だった。彼女の正体は平安の大妖怪・玉藻の前であり、天照大神の分霊。その天照大神の報身としての姿がダキニ天にあたる。僅かな情報から、キャスターの正体に迫っていたのだ。

 

(十六夜が敵じゃなくて良かった………)

 

 内心で冷や汗を掻きながら、白野はそっと溜息をつく。

 神仏すら殴り飛ばせる圧倒的な身体能力、ジャンルを問わない豊富な知識量。そしてそれらを十全に使う頭の回転の早さ。

 もし彼が聖杯戦争で敵として立ちはだかった場合、白野達は苦しい戦いを強いられていただろう。もしも相手をするなら、まずは―――。

 そこまで考えて、白野は内心で苦笑した。

 

(何を馬鹿な。もう聖杯戦争は終わったんだ)

 

 聖杯戦争において、敵の情報を知るのは必須事項。その為に、いつの間にか相手の戦闘情報を考える癖がついてしまった様だ。地上にいた人間(オリジナル)のコピーとはいえ、白野は月で作られた(生まれた)NPC。白野にとって聖杯戦争は49日間(全人生)を通して行われた戦いだったのだ。その為に、無意識で戦闘を前提にした思考回路が働いていた。

 だが、そんな聖杯戦争も過去の話だ。未来を憂いた白衣の賢者を退け、白野はムーンセル(月の聖杯)を誰にも悪用されない様に封印した。もう聖杯戦争は起こらない。こうしてる間も、ムーンセルは観測装置として静かに地球を見つめているはずだ。そして、ムーンセルの中枢で分解されるはずだった自分はどんな奇跡か箱庭で第二の生を歩んでいる。セイバーとキャスターの同時使役など気になる点はいくつかあるが、いつまでも過去の事を振り返ってばかりではいけない。いまは〝ノーネーム”の一員として、未来に目を向けないと。

 

「なあ、縁の深い神様なら眷属―――リリの母親の居場所も分かったりしないのか?」

 

 気付くと、話が大分進んでいた様だ。ウカノミタマノカミと同一視されるダキニ天ならば、神格を与えた眷属の居場所が分かるのではないか? という十六夜のもっともな指摘にキャスターは首を振った。

 

「出来たらもうやってますってば。でも格落ちスペックのこの身体じゃ、そこまでの神通力は無いのですよ」

 

 はぁ、とキャスターは溜息をつく。

 

「神霊ネットワークを頼ろうにも刑部姫ちゃんは相変わらず引きこもり三昧、ケンボちゃんも最近は〝働きたくないでござる!”と自主的サボータージュ。カグヤちゃんも従者の薬師さんと竹林に籠りがちだし、ウズメちゃんは料理教室で忙しいからって最近電話に出てくれないし、清姫ちゃんにいたっては音信不通。そもそも電波が悪いからI-Phoxも箱庭じゃ役に立たねーのです。今度クレームいれるか、あの社長英霊」

「オーケー。色々ツッコミたいけど、そのスマートフォンは何?」

 

 慣れた手つきで齧られた果物のマークが刻印されたスマートフォンを操作するキャスターに、白野はコメカミを抑える。先ほど最新の電気機器に喩えるな、と言ったのはどの口か。というか箱庭に電波が通ってるのか?

 

「本当にどこ行っちゃったんでしょうねえ、清姫ちゃん」

 

 *

 

「あー、もう! つまんない! つーまーんーなーいー!」

「はぁ………。何度も言わなくても聞こえてますわよ」

 

 ところ変わって、〝アンダーウッド”地下都市の中央広場。サラ達が去って、もはや広場というより焼野原になった場所でエリザベートは竹箒を乱暴に振り回しながら叫ぶ。その横で、割烹着と三角巾というお手伝いさんルックスが妙に似合うバーサーカーが同じ様に竹箒を手にして溜息をついた。

 

「そもそも! なんで私が掃除しなきゃいけないのよ! アイドルである、この・私が!」

「私達が喧嘩で散らかして、サラさんに綺麗に片付ける様に命じられたから。何回言わせる気ですの?」

「それよ! こんなに焼野原にしたのは、むしろアンタのせいじゃない! 何で私まで付き合わされないといけないわけ?」

「はいはい、私のせいにしてもいいですけどね。ちゃんと掃除しなかったら、貴女のステージを取りやめるとか言われてませんでしたっけ?」

「うっ………サラも卑怯よ。私のステージが無くなると、ブタ共が暴動を起こすじゃない」

「………大勢の人がホッとすると思いますけど」

「何か言った?」

「いえ、別に」

 

 バーサーカーにとって極めて意外な事だが、エリザベートのファンはそれなりにいる。歌が壊滅的に下手とはいえ、愛らしい小悪魔チックな顔。起伏は少ないが、その手の愛好家にはそそる人形の様に端正の取れた小柄な肢体。まさに黙っていれば皆が振り向く様な美少女なのだ。おまけに南側では有名な〝一本角”で指折りの実力者。ギフトゲームが大きな意味を持つ箱庭では、腕力や頭脳に長けた者は他のコミュニティに属していても一目置かれる。そんなエリザベートをリスペクトする者が現れるのは、ある意味当然であった。

 

「そこまで嫌なら貴女の親衛隊を自称する殿方達にやらせれば良いのではなくて? その方が近くで不満そうな顔で働かれるよりマシですわ」

「それはダメ。私がやらないと駄目って、サラは言ってたし」

 

 それに、とエリザベートはムスッとした顔のままそっぽを向く。

 

「私が任された仕事よ。やりたくないからって、ブタ共に押しつけたらアイドル失格じゃない」

 

 これにはバーサーカーが驚いた。我が儘と自分勝手が服を着て歩いている様なエリザベートから、そんな殊勝な台詞が出るとは思わなかったのだ。思わず箒をはく手を止めてエリザベートをマジマジと見る。

 

「エリザベート、貴女・・・・・・・・・」

「ああ、もう! ちゃっちゃと終わらせるわよ!」

 

 耳を真っ赤にしながら、エリザベートは乱暴に箒を動かす。バーサーカーもそれ以上は何も言わずに掃除を再開した。

 やがて、広場の半分くらいがどうにか見られるくらい片付いたその時だった。エリザベートは唐突に手を止めて、バーサーカーの方へ振り向いた。

 

「・・・・・・・・・ねえ。アンタ、やっぱりセイバーやあたしと戦うの?」

 

 ピタリとバーサーカーの手が止まる。少し間を置いて、バーサーカーが口を開いた。

 

「―――当然でしょう。元より、サーヴァントは聖杯を奪い合う為に現界するもの。貴女だって、悲願はあるでしょう」

「うーん、あたしのはもうどうでも良くなったというか・・・・・・・・・」

 

 煮え切らない態度のエリザベートに、バーサーカーは眉をひそめた。

 

「何を馬鹿な。願いが叶う聖杯が手に入るのに、何も願わないなんて」

「・・・・・・・・・そもそも本当に聖杯って、あるの?」

 

 今度はエリザベートが胡散臭そうに顔をしかめた。

 

「アンタもあたしも気付いたら召喚されただけだし、聖杯があるなんて誰にも言われてない。さっきはセイバーに襲いかかったけど、本当は聖杯戦争と無関係なんじゃないの?」

「なら私達が召喚された事にどう説明をつけますの? 私を含めて、サーヴァントが三人。これこそ聖杯があるという証明ではなくて?」

「だーかーらー、サーヴァントが召喚された=聖杯戦争という図式が納得いかないと言ってるの。そもそもあたし達にはマスターがいないじゃない。なのにどうしてか魔力が切れる様子がないし・・・・・・あ、1ヶ月前に一度だけ気分が悪くなったけど」

「貴女も・・・・・・? まあ、良いですわ。そもそも私にますたぁなんて要りませんもの」

 

 ヒュンと竹箒を突き付け、バーサーカーはエリザベートを睨む。

 

「ますたぁなんて所詮は利害関係で組む程度。自分も聖杯が欲しいから口当たりの良い文句で騙して、サーヴァントを使役する。そんなもの、最初から必要ありません」

「・・・・・・・・・ふーん。そんなに騙されるのが嫌いなわけ?」

「当然です。どんなに美辞麗句を並べても、人を欺いて傷つけているのですから。それなら、最初から言わなければ良い。私の前に現れなければ良い」

 

 端正な顔立ちを歪めながら、バーサーカーは喋り続ける。それはエリザベートに向けてというより、自分の周り全てに対して呪詛の様に呟いている様だった。

 

「だから私は聖杯に願うのです。私に対して・・・・・・・・・いえ。この世全ての人間が嘘をつけない様に。全ての人間が真実だけを口にする世界にしなさい、と!」

 

 爛々と目を輝かせるバーサーカー。幽鬼の灯火(ウィルオ・ウィスプ)の様に揺れる金の双眸を前にエリザベートは内心で溜め息をついた。

 つまるところ、バーサーカーは純粋なのだ。嘘や曖昧さを良しとせず、白黒とはっきりとさせる。そして相手と同じくらい自分に対しても正直でいる事を強要する。だからこそエリザベートにもはっきりと文句を言うし、聖杯にかける願いも偽りなく答えた。見栄や欺瞞に満ちた貴族社会を生きたエリザベートにとって、自分に対しても物怖じせずにストレートに言ってくるバーサーカーの態度は・・・・・・・・・まぁ、ムカッとする事はあるが少なからず好感を抱けるものだった。

 だが―――純粋すぎる。相手が真実を述べないのは、何か理由があるから。その事情を考慮せずに罰すると言うなら、それは自分の事しか考えていないのと変わらない。

 会話が出来る様に見えて、結局は狂戦士(バーサーカー)なのだ。会話が通じないのではなく、会話が成り立たない。話が聞けないのではなく、話を聞かない。

 

(以前のあたしもこんな風に見えてたのかしら?)

 

 かつて、美容に良いと信じて大勢の少女の血でバスタブを満たしていた。あの時の自分もバーサーカーの様に狂っている事を自覚しようとしない様に見えたのか? 目の前で狂気に囚われている少女に、エリザベートは鏡を見ている様な気分になった。

 

「だから邪魔をするなら誰であっても容赦はしませんわ。貴女とはそれなりに長く過ごしましたけど、私の為に死んで下さい」

「―――ふん、それはこちらの台詞よ。みすみす殺されるつもりなんて無いから」

 

 バーサーカーの妄執じみた狂気に怯む事なく、エリザベートはバーサーカーの目をまっすぐ見た。

 

「今はサラに迷惑がかかるから休戦するけど、収穫祭が終わったら覚悟しなさい。真っ先に殺してあげるから」

「ええ、全ては収穫祭が終わった後に」

 

 二人の少女はお互いの目の前をまっすぐと見ながら殺気を交わす。古代のグラディエーターの様に、互いに対する殺人を許可し合ったのだ。

 

「それにしても、あのセイバー。どっかでみたことある様な・・・・・・・・・」

「はあ? あのサーヴァント、貴女の知り合いですの?」

「う~ん、見たことある様な・・・・・・・・・無い様な?」

「どっちかはっきりなさいな」

「・・・・・・・・・あー、もう! 頭痛くなってきた!」

 

 ゴシャゴシャと髪の毛を掻いてエリザベートは顔をしかめる。

 

「大体! あのサーヴァントが赤いのがいけないのよ! お陰で嫌な奴を思い出したじゃない!」

「嫌な奴?」

 

 癇癪を起こしたエリザベートに気にする事なく、バーサーカーは聞き返す。

 

「変態よ、変態!」

 

 エリザベートは顔を赤らめ、恥辱に耐えながら『嫌な奴』を思い起こした。

 

「いたいけなアイドルに指を突きつけて、処女認定する半裸マッチョの変態よ!」

 

 ※

 

 その夜。耀は宿泊している部屋で体を休めていた。お互いのコミュニティで挨拶を交わした後、セイバーが神妙な顔で耀達に言ってきた。後で話がある、と。

 

(セイバーの話って・・・・・・・・・やっぱり昼間の事、だよね?)

 

 あの時のセイバーの剣幕を思い出す。初対面の相手に、掛け値無しの殺気を放っていた。あの時、黒ウサギが止めなければ広場で血が流れていただろう。

 

(知り合い・・・・・・・・・なのかな? かなり剣呑な雰囲気だったけど)

 

 あの時、セイバーは奏者に降りかかる火の粉は払う、と言っていた。あそこまでセイバーがムキになる事となると、十中八九で白野に関係する事だろう。もしかすると、今日の話でセイバーと白野の関係が聞けるかもしれない。しかし―――。

 

(聞いて・・・・・・・・・良いのかな? なんか興味本位で聞けそうな内容じゃないと思うけど)

 

 なんとなくだが、白野が普通ではない経歴を歩んできたのは想像できる。白野は同い年でありながら、肝が据わっているというか・・・・・・・・・どこか達観した表情を見せるのだ。耀自身も世間一般の少女像からズレているという自覚はあるが、白野の場合は何か感じが違う。人間どころか接してきた動物達にもいなかったタイプの相手に、耀は岸波白野という人間を計りかねていた。

 

(・・・・・・・・・止めよう。今からあれこれ悩んでいても仕方ないよね。気になるなら、今夜セイバーに聞けば良い)

 

 頭を振って思考を打ち切る。もうすぐセイバー達が来るはずだ。全ては、その時に明らかになるだろう。

 

(その前に着替えようかな? 少し汗をかいちゃったし)

 

 いそいそと耀は自分の鞄を開ける。さして必要最低限の私物しか鞄から―――ゴロリ、と炎のマークがついたヘッドホンが出てきた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

 瞬間、耀の思考が凍りつく。このヘッドホンは何度も見たことがあって、それは友人が肌身離さず持ち歩いていて、それが見つからないから友人は自分に順番を譲ってくれてーーー。

 

「いや、だって・・・・・・・・・私は入れた覚えなんてなくて、でも・・・・・・えぇ?」

 

 どうして十六夜のヘッドホンがあるのか、耀の混乱が最高潮に達した、その時。

 

 地響きと共に巨大な手が、耀の部屋を突き破った。

 

 




清姫が嘘を許せないのは安珍の事もあるけど、元々の性格があるのだと思う。良く言えば、根が真面目。悪く言うと融通が利かない。いくら一目惚れとはいえ、初めて会った相手に夜這いをかけて断られている上に、妖怪変化をしてまで追いかけるのは恋だけでは説明がつかないと思ったので。そんな清姫を見て、エリザベートは少しクールダウン。CCCの経験を経て、少しだけ物分かりが良くなりましたとさ。

『I-Phox』

とある英霊がグラハム・ベル達を焚き付けて共同制作した英霊用スマートフォン。
異世界に行っても通話が出来る。そう、I-Phoxならね。

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