月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完) 作:sahala
そんな第5話。
3/17 誤字修正
3/18 誤字修正
―――Interlude
“ノーネーム”達が帰り、静まり返った“サウザンドアイズ”二一〇五三八〇外門支店。白夜叉は私室で杯を傾けながら、先程の不可解な出来事を思い返していた。
(まさか、戯れに渡したギフトカードであの様な結果になるとはのう………)
“ノーネーム”の新たな一員として異世界から召喚された四人の少年少女。彼等のギフトは、それぞれが際立ったギフトネームだった。
久遠飛鳥・ギフトネーム“威光”
春日部耀・ギフトネーム“
逆廻十六夜・ギフトネーム“
岸波白野・ギフトネーム“
前者二人は強力なギフトだ。口にした命令を相手に強制させる久遠飛鳥の力は大したものだし、異種族と会話できる上に友となった相手のギフトを得られるという春日部耀の力も遜色ないものだ。この二人は磨けば光る原石といったところか。
だが………後者二人のギフトは常識外とでも言うべきものだ。ギフトカードは正式名称を“ラプラスの紙片”と言い、魂と繋がった
(逆廻十六夜だけならば、“ラプラスの紙片”に問題があると結論づけられるのだが)
そうなると今度はもう一人、岸波白野のギフトが問題となる。“月の支配者”。字面通りに受け取るならば、岸波白野は月の主権を握っているということだ。
数多の修羅神仏が存在する箱庭において、それぞれの星に所有権、つまり主権が存在する。もし星の主権を得ることが出来れば、絶大な力を持つ星霊・神霊を召喚し従えることが可能となる。最も多くの神仏が宿る太陽に至っては“黄道の十二宮”と“赤道の十二辰”の天体分割法を用いて二十四個に分けられる程だ。古来より太陽と同じくらい重視された月もまた例外なく、複数の主権に分けられている。
(ただの人間が月の主権を治めることが出来るものだろうか?)
月の主権を一つでも持っているというならば、岸波白野の正体は名立たる神仏の類かその眷属でなくてはならない。だが、岸波白野は人間だ。それは実際に会った白夜叉が自信を持って宣言できる。自分との格の差を初見で見極めた観察力は称賛に価するが、それ以外は特筆する所など無い。
(やはり“ラプラスの紙片”がエラーを起こしたと考える方が納得はいくが………立て続けに二回も起こるとは思えん)
同じ事が二回も起こるなら、それは偶然で済ますべきではない。あの二人には、自分の予想を遥かに超えたギフトがその身に宿っているのだろう。岸波白野の方は記憶喪失だと言っていたから、記憶を取り戻せばギフトの使い方を思い出すかもしれない。
(ただ失われた記憶を呼び起こすギフトとなると、この店の物では値が張るのよな。流石に私の権限を使って無料使用させるワケにもいかんしな)
三年前、旧“ノーネーム”が魔王に蹂躙されるのを防げなかった負い目から、黒ウサギ達には便宜をはかっているものの限度がある。一応、岸波白野にはギフトカードを無闇に見せるべきではないと忠告はしておいた。後は本人次第だろう。
(何はともあれ、これから“ノーネーム”を中心に一波乱ありそうだのう)
果たしてそれが自分にとって吉と出るか、凶と出るか。白夜叉は杯の中身を飲み干しながら、くつくつと笑っていた―――。
―――Interlude out
太陽は既に沈み、満天の星空が窓から覗く夜。自分は“ノーネーム”の屋敷にいた。与えられた私室は広さこそホテルのスイートルームくらい。だが机やクローゼットなどの必要最低限の家具しか無いこの部屋では、寒々とした雰囲気を与えていた。コミュニティが栄えていた頃は美術品や品の良い調度品が飾られていたらしいが、魔王に襲撃された際にほとんど持ち去られたらしい。残った物も、コミュニティを運営していく為に少しずつ売っていたそうだ。
「魔王、か………」
ダブルサイズのベッドに寝転がりながら、先ほどの光景を思い出す。かつて大勢の人間が住んでいただろう居住区画は完全な廃墟となっていた。それも唯の廃墟ではない。少なく見積もっても二百年の時が経過したかの様に、ボロボロに朽ち果てている。試しに地面の砂を手に取ってみたが、乾いたザラザラとした感触しか無かった。あれではまともな作物が育つことも無いだろう。
これが、箱庭における魔王の力。気に入った人間を見付ければ戯れにゲームへ強制参加させ、負ければコミュニティの未来そのものまで奪い去る、まさに災厄とでも言うべき力だ。
現在、このコミュニティには黒ウサギとリーダーのジンくんを除けば、一二○人の子供しかいない。それもギフトゲームに参加できる人材となるとゼロだ。大人達はみな魔王に連れ去られるか、見切りをつけてコミュニティを去ったらしい。
「意外と、責任重大なんだな」
現在、黒ウサギたち女性陣は浴場で汗を流しているはずだ。十六夜が水樹を持ち帰るまでは、子供達が総出で生活に必要な水を川から運んでいて、浴場を使うことも無かったと黒ウサギは言っていた。そんな明日の生活にも困る様な状況で、黒ウサギ達は異世界からの召喚という博打に出たのだ。
なんとなしに、ギフトカードを見る。最初、ギフトネームを見せた時の周りの驚き様は今でも忘れられない。黒ウサギに至っては、土下座しかねない勢いだった。もっとも、記憶の無い自分はこのギフトが何を意味するのか、全く分からない。本当に自分が“月の支配者”なんて
(まずは明日のガルドのゲームだな。ジンくんと相談して、対策を練っておこう)
そう心に決めた時だった。突如、正面玄関から隕石が落下した様な轟音が鳴り響く。いったい、何が起きたのか? まさかガルドが開始時刻を守らずに奇襲をかけたのか? 次々と湧いてくる疑問を考えるより先に、音の発生源へと走っていた。
玄関の扉を開けて外に出ると、そこには十六夜と侵入者らしき人物が数人いた。侵入者達はみな人間の形をしていたが、犬の耳を持つ者、ハ虫類の様な鱗を生やした者など獣人とでも言うべき姿だった。
「十六夜………一体、何があったんだ? それに、この人達は?」
「こいつらは“フォレス・ガロ”の連中じゃねえか? で、さっきからコソコソと覗き見してやがったからちょっかい出したワケ」
手の中の石を弄びながら、不敵に笑う十六夜。まさか、さっきの轟音は十六夜が石を投げただけ? 異変を感じ取ったのか、ジンくんも子供達がいる別館から慌てて出て来た。
「ど、どうしたんですか!?」
「それはこいつらに聞いた方が早いだろ。ほら、さっさと話せよ」
十六夜がにこやかに―――しかし目が全く笑っていない―――話しかけると、侵入者達は意を決したかの様に、一斉に頭を下げた。
「恥を忍んで頼む! どうか我々の………いや、魔王の傘下である“フォレス・ガロ”を、完膚無きまでに叩き潰していただけないでしょうか!!」
「嫌だね」
即答だった。にべもない返事に侵入者達はおろか、ジンくんも目を見開いて十六夜を見る。
「どうせお前等もガルドって奴に人質を取られている連中だろ? 命令されてガキ達を拉致しにきたってところか?」
「は、はい。まさかそこまで御見通しだったとは………我々も人質を取られている身分、ガルドに逆らうことが出来ず」
「ああ、その人質な。ガルドが皆殺しにしたから。はいこの話題終了」
ひらひらと手を振りながら答える十六夜に、絶句する侵入者達。突然の出来事に理解が追い付かないのか、うわ言の様に嘘だと呟く者もいる始末だ。
「十六夜さん! もう少しオブラートに」
「気を使えってか? 冗談きついぞ御チビ様。殺された人質を連れて来たのもこいつらだろうが」
そう言われてジンくんは押し黙った。確かに、彼等が人質を救う為に新たな人質を攫ったなら………彼等はガルドの片棒を担いだ事になる。
「な、なあアンタ。ホントに、もう人質は殺されたのか? 俺の、俺の息子は………?」
震えながら、縋るように自分を見る犬耳の男。一瞬、本当の事を告げるべきか
「本当です。俺達の仲間のギフトで、ガルドは自分の悪事を全て白状しました」
「――――――ッ!!」
堪え切れなくなったのか、犬耳の男は地に伏して泣き出した。いつか息子が自分の元へ帰る日を信じて、彼は断腸の思いで悪事に手を染めたのだろう。それが全て水泡に帰した瞬間だった。他の侵入者達も同様の有様だ。涙を必死に堪え様とする者。茫然と膝をつく者。
絶望。そう呼ぶしかない惨状がここにあった。
そんな彼等を十六夜は詰まらなそうに見つめ―――突然、ニヤリと笑った。
(十六夜………?)
何をするのかと問うより早く、十六夜は今も蹲って泣く犬耳の男に近付いた。
「お前達、“フォレス・ガロ”とガルドが憎いか? この世から消して欲しいか?」
「と、当然だ! アイツの、アイツのせいで息子が………!」
「でもお前達には力が無いと?」
「ぐっ、ガルドはあれでも魔王の配下。ギフトの格だって俺達より上だ。それに、もし奴を倒して魔王に目を付けられたら………チクショウ、魔王さえいなければ! チクショウ、チクショウ!!」
よほどハラワタが煮えくり返っているのか、犬耳の男は泣きながら地面に何度も拳を叩きつける。それだけ、魔王の配下という威光に守られたガルドに辛酸を舐めさせられたのだろう。
「その“魔王”を倒すコミュニティがあるとしたら?」
ピタリ、と犬耳の男の拳が止まった。彼だけではない。自分を含め、この場にいる人間全員が十六夜の言った事が理解できなかった。十六夜はジンくんの肩を抱き寄せると、
「このジン坊ちゃんが魔王を倒す為のコミュニティを作ると言っているんだ!」
「なっ………」
何を言い出すんだ!? そう言うより早く十六夜はジンくんの口を塞ぎ、自分にも黙っていろと目で制した。
「これまで大変だったな、お前ら! だが安心していい、このジン=ラッセルが率いるのは魔王を倒すためのコミュニティ! 魔王とその配下の脅威からお前達を守る!」
どこぞの演説家の様に、腕を大きく広げて十六夜は立ち上がる。その効果は抜群だ。さっきまで絶望に憑りつかれていた侵入者達の目に光が見えている。
「本当、なのか? 本当にアンタ達が魔王を倒してくれるのか? もう………もう魔王の脅威に怯えなくていいのか?」
「ああ、安心しろ。手始めにガルドを潰してやる。お前達はコミュニティに帰って伝えろ。ジン=ラッセルが魔王を倒してくれると!」
「わ、分かった。明日のゲーム、是非とも頑張ってくれ!」
それだけ言い残し、侵入者達はあっという間に走り去った。自分と十六夜、そして突然の出来事に茫然とするジンくんに夜風が冷たく吹いていた。
「対魔王専用コミュニティか。また大きく出たな」
侵入者達が去り、静かになった玄関前で自分は口を開いた。十六夜はケラケラと笑いながら両手を広げた。
「“魔王にお困りの方、ジン=ラッセルまでご連絡下さい”―――中々良いキャッチフレーズだろ?」
「ふざけないで下さいっ!」
ようやく意識が回復したのか、ジンくんが大声で十六夜に詰め寄る。
「あの荒れ果てた居住区画を見たでしょう!? 魔王は絶大な力を持っているんですよ! それなのに、あの言い方じゃまるで………」
「“打倒魔王”が“打倒全ての魔王”になっただけだろ。それに、あんな面白そうな力を持った奴とゲームで戦えるなんて最高じゃねえか」
「お、面白そう? では十六夜さんは自分の楽しみの為にコミュニティを破滅させるつもりですか?」
ジンくんの口調は厳しい。魔王の脅威を知る彼からすれば、十六夜は娯楽の為だけにコミュニティを壊滅させる害悪だろう。ただ、一つだけジンくんが見落としている所がある。
「いや、十六夜は自分の為だけにあんな宣言をしたわけじゃないよ」
「………え?」
信じられないと言わんばかりにジンくんは自分を見る。十六夜は手近な柱に寄りかかりながら、腕を組んでいた。
「ふうん? それじゃ俺がどんな意図で全ての魔王を相手にする、なんて言ったのか答えてもらおうか。ほれ、話してみ」
「………先に確認したいんだけど。ジンくんは俺達を呼んで、どうやって“ノーネーム”を復興させるつもりだったんだ?」
「そ、それは……ギフトゲームを堅実にクリアして、コミュニティを大きくして………」
それは、十一歳という若さでコミュニティのリーダーとなった彼なりに必死で考えた答えだろう。ただし、それははっきり言うと、
「机上の空論だな。具体性に欠けるぜ、御チビ様」
十六夜がバッサリと切り捨てた。口は悪いが………いや口が悪くてもその通りだ。
「それは先代のコミュニティもやっていた事だよ。それでも魔王には勝てなかっただろ?」
「………はい」
がっくりと項垂れるジンくんを横目に入れながら、十六夜へ向き直る。
「コミュニティを大きくしていく為には、まず人材が必要だ。ところが俺達“ノーネーム”には旗印も名も無い。呼び込む為の象徴が無いと、人は集まらない。それなら………リーダーであるジンくんの名前を売り込むしかない」
ハッとした様にジンくんは顔を上げた。十六夜は侵入者に対して、しきりにジンくんの名前と彼がリーダーである事を強調していた。つまり、
「僕を担ぎ上げて………コミュニティをアピールするということですか?」
「ああ。そして“打倒魔王”なんて目的を掲げれば、確実に目立つ。それは魔王だけじゃない。同じ目的を胸に秘めた人達にも、だ」
さっきの侵入者達の様に、魔王によって苦しめられている人達は数え切れないくらい存在するだろう。ここでノーネームが“打倒魔王”を掲げれば、魔王に苦汁を飲ませられた人々は確実に反応する。犬耳の男の様に、実力が足りないからと下を向いてる人も力になりたいと願い出るだろう。
説明を終えると、十六夜はいつもの様に不敵に笑いながら腕を組みなおした。その顔は、まるで生徒に予想以上の解答を見せられた教師の様だ。
「おまえ、ホントに面白いな。どう見ても弱っちそうなのに、着眼点はずば抜けてやがる」
弱そうって………いや否定できないけどさ。
「加えて今回の相手は魔王傘下のコミュニティで、ほぼ確実に勝てるゲームだ。ここで名前を売るにはもってこいの相手だしな」
クックックッ、と笑う十六夜にジンくんは考え込む様な顔を見せる。そしてしばらくして、こう切り出した。
「一つだけ条件があります。今度開かれる“サウザンドアイズ”のギフトゲームに、十六夜さんが参加して下さい。そのゲームには僕らの昔の仲間が出品されるんです」
「………へぇ? そいつは戦力になるのか?」
「元・魔王でした」
それを聞いた十六夜の目が輝く。軽薄な笑みが凄みを増し、危険な雰囲気すら感じれる程だ。
「元・魔王が仲間………これが意味する事は多いぜ?」
「はい。御察しの通り、先代のコミュニティは魔王と戦って勝利した事があります」
そう聞くと、先代の“ノーネーム”はとても強大だったのだろう。そして、それすらも滅ぼした魔王がいたという証明になる。もっともジンくんによると、“
「ま、とにかく俺はその元・魔王を取り戻せばいいんだな?」
「はい。十六夜さんの作戦には多くの戦力が必要です。そのゲームで力を示し、強大な仲間を取り戻せば………僕も十六夜さんを支持します」
「いいぜ、交渉成立だ。明日のゲーム、負けるなよ」
そう言って十六夜は背を向けて屋敷へ帰ろうとし………ふと思い出したかのように振り向いた。
「もし負けちまったら―――俺、コミュニティ抜けるから」
「まったく、十六夜も中々無茶を言うな」
屋敷の廊下を歩きながら、ジンくんと先程の事を話していた。
「いくら勝てる見込みが高いからって、負けたらコミュニティを抜けるだなんて………」
「ま、まあガルドに勝てない様なら十六夜さんの作戦は夢物語ですから」
明日のゲームは、実は消化試合の要素が高い。何故ならガルドは飛鳥のギフトに逆らう事が出来ず、力に関しても耀に勝てないだろう。そうフォローするジンくんだが、どこか元気が無い様だ。さっき十六夜に言われた事を気にしているのだろうか?
「僕………見通しが甘かったのでしょうか? 十六夜さんが水樹を持って来てくれた時、これでギフトゲームに参加しなくても水を売ったりしながら着実にコミュニティを大きくしていけると思っていました」
この東側の下層コミュニティでは十分な水源も無く、多くのコミュニティは川まで水汲みに行ってるとのことだ。半永久的な水源が出来た“ノーネーム”は水を売れば、十分な収入を期待できるだろう。
「悪い考えでは無かったと思うよ? ただ復興させるのに時間がかかり過ぎる点を除けばね」
「………白野さんは良いんですか? 僕達はこれから、魔王と戦い続けなくてはならないんですよ? 白野さんや飛鳥さん達には多大な迷惑をかける事になるかもしれないんですよ?」
さっきから元気が無いのはそれか。この少年は自分の事よりも、これから最前線で魔王と戦わなくてはならない岸波白野達を心配していたのだ。自分の目的の為に仲間に苦労を強いる。それを申し訳なく思っているのだろう。
「昼間にも言ったろ、君に協力するって。それに迷惑だなんて思ってないよ。十六夜の作戦は理に適ったものだし。何より、魔王がどれほど危険な存在か分かった以上、奴等の好きにさせてはいけないからね」
侵入者の犬耳の男を思い出す。彼は十六夜の言う通り、加害者であったが同時に被害者でもあった。彼にとって、拉致された息子は希望であり未来だったのだろう。それこそどんな事をしても守りたいくらいに。だがガルドは魔王の配下という権威を笠に、それを奪い取ったのだ。もしもガルドが魔王の配下という肩書が無ければ、悲劇は起こらなかったかもしれない。そう考えると、魔王という存在を野放しには出来なくなった。
「どうして、ですか? 確かにこの箱庭で魔王の被害にあった人間は星の数ほどいます。でも―――」
魔王を好き好んで相手にする事はない。ジンくんはそう言いたいのだろう。魔王に旗も名も、更には仲間すら奪われた彼からすれば魔王と戦う気でいる自分は異常だろう。
「断っておくけど、十六夜の様に魔王との戦いを楽しみにしてるわけでは無いよ。俺はただ―――」
温かな希望を信じたい。温かな未来を守っていたい。記憶がなく、自分の事すら曖昧でも、それを大切にしていた事は覚えている。かつて、そういう未来を夢見て眠った■■を知っている。だから、この体はきっと――――――。
「………白野さん?」
「え………?」
気が付くとジンくんが心配そうに顔を覗き込んでいた。どうやらまた呆けていたみたいだ。覚えのない映像を振り払う様に頭を振る。
「なんでもないよ。とにかく、明日は頑張ろう。勝てば十六夜だって納得するだろうし」
「そうですよね! 僕も白野さん達の足手まといにならない様に頑張ります!!」
「あー………期待してくれてる所に悪いけど。俺はまだギフトの使い方すら思い出せないから、明日のメインは飛鳥達に、ってそうだ」
そこまで言って、ようやくジンくんに用事があった事を思い出した。明日、メインで戦うのが飛鳥達になるにせよ、自分の身を守れるくらいはしておきたい。なにか、護身用になる物は無いかと尋ねたら、ジンくんが納得した様に頷いた。
「それでしたら、保管庫にギフトの宿った武器があったはずです。ちょっと探してみますね」
ジンくんに案内してもらった保管庫は、屋敷の地下にあった。扉を開けた途端、長年換気していない部屋の臭いがした。
「もう長いこと入らなかったから埃っぽくて申し訳ないのですが……確か、ここら辺に白野さんでも使えそうなギフトがあった様な………」
ブツブツ言いながら何かを探すジンくんを尻目に、自分は周りに置かれた物を見る。剣や槍といった分かりやすいものから、見た目では用途の分からない道具が所狭しと陳列されていた。ここにある武器は強力なギフトを有しているものの、ほとんどが使い手を選ぶ物らしい。それを証明するかの様に、武器達から息吹を感じていた。
――――――。
ふと、なにかに呼ばれた様な気がして振り向く。そこには埃避けの布がかけられた、自分の身長より少し低いくらいの高さの物があった。どうしても気になって布を取ってみると、埃に目が霞み―――それを見た途端、目を奪われた。
それは台座に置かれた一本の剣だった。まるで炎を象徴するかの様に紅く、波打った長大な両手持ちの剣。禍々しい雰囲気を漂わせながらも芸術品として完成させられた、そんな剣だった。
「ありましたよ、白野さん。これはアゾット剣といって、持ってるだけで加護のギフトが………って、どうしたんですか?」
柄頭に宝石が嵌めこまれた短剣を持って来たジンくんが、長剣の前で立ち尽くしている自分へ怪訝そうに声をかける。
「ジンくん、この剣は?」
「この剣ですか? 先代のコミュニティの時からあった物だから、自分は詳しく知らないんですが………。なんでも、“パクス・ロマーナ”というコミュニティのゲームに優勝した際に記念品として贈られたそうです。美術品としてもかなりの価値はある、と黒ウサギは言っていました」
そう言われて、改めて剣を見る。芸術の事はさっぱりだけど、この剣には何か人の目を惹きつける物があった。台座に書かれた文字を読んでいると、ジンくんが遠慮がちに声をかけてきた。
「その剣にしますか? ちょっと大きいと思いますけど………」
「いや、止めとくよ。剣の腕に覚えがあるわけでもないしね。そっちの短剣の方が俺には扱いやすいだろ」
ジンくんからアゾット剣を受け取り、自分達は保管庫を後にした。しかし私室に戻る道でも、頭の中はさっき目にした剣が印象に残っていた。なんとなしに台座に書かれた剣の名前を呟く。
「隕鉄の
ようやくここまで書けました。前回も言ってなかったか、これ? 最後に出て来た剣は皆さんご存知のあの剣です。どうして美術的価値が高いかというと、製作者の頭痛がたまたま収まった時に作った一品という事で。正直、頭痛さえ無ければ芸術家として活躍できたと思っているので。
以下に設定用語を載せます。半分ネタなので、読まなくても大丈夫です。
『アゾット剣』
魔術師の師弟の間に贈られる記念品の剣。ある神父が師を殺害して、十年後に自分の胸を貫いた因果応報の剣………ではなく、ノーネームにあった物は加護のギフトが付与されたレプリカ。持ってるだけで物理防護と霊的防護が上昇する。
『パクス・ロマーナ』
上層に本拠地を構えるローマ系コミュニティ。ローマ神話の神々や英雄の末裔がコミュニティのメンバー。最近では限定的ながら時間旅行のギフトを持つ浴場技師がコミュニティに入ったとか。