月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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第四章『十三番目の太陽を撃て』
序幕『護国の騎士』


「―――殿下、レティ殿下! 起きて下さいまし!」

 

 肩を揺さぶられ、私はボンヤリと目を開ける。

 そこにはメイド服姿のカーラ侍女頭が私の肩に手をかけていた。

 場所は城の尖塔の屋上。手すりに寄りかかる様にして座っていた私は、春の麗らかな陽気にあてられてうたた寝をしていた様だ。

 

「もう! 我等の姫将軍ともあろう御方が、屋上で居眠りとははしたない! 下々の者に示しがつきません!」

 

 眼鏡を押さえながら、頭を振るカーラ。

 仕方ないだろう、そもそも夜行性である吸血鬼が昼間に起きているのが可笑しな話だ。そして太陽の日差しを存分に浴びても平気なのは“箱庭の騎士”の特権。よって私達はこの恩恵を大いに甘受しなくてはならない。

 というわけで、お休み。ぐー。

 

「二度寝するのは構いませんがね」

 

 視界の隅でカーラが頭痛に耐える様にコメカミを押さえているが、気にしない気にしない。私はそのまま、心地よい午睡へと―――

 

「護国卿と鍛錬のお約束があったのではないですか?」

 

 一気に目が醒めた。しまった、カーラ! 今は何時だ!?

 

「ちょうど午後二時になります。ちなみに護国卿は一時間前から練兵場で一時も動かずに待ってましたよ」

 

 ダウト。約束の時間は午後一時。一時間の遅刻だ。完っ全に言い訳の余地がない。

 私はカーラにとってつけた様な礼を言うと、慌ててその場を後にした。

 

 ※

 

「実に、一時間と六分の遅刻である。レティシア=ドラクレア」

 

 練兵場に着いた途端、温かみの欠片も無い声が私を出迎えた。懐中時計を懐に仕舞いながら、護国卿はジロリと私を睨めつけた。

 

「何か弁明があると言うならば聞こう。そなたから鍛練の約定を交わしながら、何ゆえに時間を守らなかったのだ?」

 

 ち、違うんだ護国卿。これには深い訳があってだな・・・・・・。ホラ、この通り今日は麗らかな晴天だろう?

 

「・・・・・・ほう?」

 

 我ら吸血鬼が日光を浴びれるのは偏に“箱庭の騎士”の特権であるから、存分に享受しなくてはならないのであってだな・・・・・・。

 

「・・・・・・・・・で?」

 

 そしてこの通り、日差しも優しく気温も丁度良い。しかも昼食後の時間帯となれば、少し瞼が重くなるのは生物として当然であって、

 

「・・・・・・・・・・・・だから?」

 

 えっと、その・・・・・・・・・。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 昼寝をしたら寝坊しました。ごめんなさい。

 

「ほほう。つまり―――そなたは、我との約定を忘れ、今の今まで、惰眠を貪っていた、と。そう言いたいわけだな?」

 

 う、うむ。全くもって申し訳ない。・・・・・・・・・だから眉間の皺を解いて貰えないだろうか?

 

「いやなに、別に怒ってなどいない。我が姫殿下がじっくりと休息を取られた様で、配下として嬉しい事はないのでな」

 

 はははは、と笑いつつ全く目が笑っていない。やはり、怒っているのでは?

 

「怒ってなどいない。いない、が………これほど休息を取られたのだ。鍛錬はいつもの倍増しで行っても問題はなかろう?」

 

 ま、待て護国卿! 貴公の鍛錬は新兵からも殺す気で来ている、と言われるほど過酷だ! その倍なんて、本気で死んでしまう!

 

「はははは、安心されよ。さすがに我とて主君の娘を殺す真似はせぬ―――運が良ければな」

 

 そこは確約して貰えないだろうか!? というか私以外だと殺す気でやっているのか!?

 

「ゴチャゴチャ言うな! 構えよ、レティシア=ドラクレア!」

 

 ひいいいいぃぃぃぃぃ!?

 

 ※

 

「ふむ。日も暮れて来たか………今宵の鍛錬はここまでとする」

 

 ゼ~………ありがとう………ゼ~………ございました………。

 

「息を整えるか、喋るかのどちらかにせよ。まったく………」

 

 溜息を付きながら、護国卿は私に濡れたタオルを手渡した。ヒンヤリとした冷気が鍛錬でオーバーヒートした身体を心地よく冷やしてくれた。

 

「これに懲りたならば、次からは遅刻などするな。戦では作戦行動の遅れは死に繋がる」

 

 ………遅刻した身で言うのも難だが、護国卿。少し厳しすぎないだろうか? これから我がコミュニティは太平の時代へと入るのだ。あまり緊張感を持たせると、疲弊するのではないか?

 

「何を言う。太平の世に入るからこそ、一層の鍛錬に励まなくてはならぬのだ。軍人とは国を守る盾であり、侵略者を鏖殺する槍である。その本分を忘れては、太平の世など一時も保つまい」

 

 言わんとすることは分かるが………。

 

「むしろ、これからが気が抜けぬ時であろう。外からの敵がいなくなった事で、今まで身を潜めていた不忠者どもが動き出す。国を腐らせる者どもに裁きの鉄槌を下すのも我等が役目である」

 

 ………………そうか。もしもそんな輩がいれば、その時は頼りにしているぞ。護国卿。

 

「任されよ、姫殿下。先代は異界に漂着し、行き場のない我をこのコミュニティに迎えてくれた。そしてそなたはそんな我を変わらず重宝し、‟護国卿”の称号まで授けてくれた。その恩に報いる為に、コミュニティを堕落させる者は容赦なく串刺しにしてくれよう」

 

 ああ、頼んだぞ。護国卿。

 

「しかし―――」

 

 どうした?

 

「いや………我ながら今の状況が少し滑稽でな。かつて、その名で呼ばれる事を忌み嫌った化生達に仕えるとは………いや、人生とは書物より奇である。もっとも―――我は既に死した身だがな」

 

 

 


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