月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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 ・この話はエイプリルフール投稿SSです。本編との繋がりはありません。
 ・設定とかキャラが違うとか気にしたら負けです。
 ・元ネタが分からない人はキン肉マンを読みましょう。
 ・ローマ!!


番外編(?)『ローマ皇帝位争奪戦』

 ………ノ! お………ノ!

 

「ううん………」

 

 声が聞こえる………いつも隣で聞いていた、澄んだ声が………。

 

「おい、ハクノ! 目覚めぬか!」

 

 真っ暗だった視界に光が差す。寝起きのぼやけた視界が次第にはっきりと定まり、白野の目に金髪の少女が映り込んだ。

 

「ハクノ! 寝ている場合ではないぞ!」

「セイ…バー……」

 

 白野はボンヤリと、目の前の少女の名前を呼ぶ。共に月の戦場を駆け抜けた、情熱的な薔薇の様な少女の名前を―――。

 しかし、目の前の少女は怪訝そうな顔で白野を見つめ返した。

 

「せいばー? 誰だそれは?」

「え………?」

「寝ぼけている場合ではない! さっさと起きぬか!」

 

 少女に引きずり起こされる様にして、白野は立ち上がった。頭上に眩しい光を感じ、思わず目を閉じる。徐々に光に慣れ、目を開けたその先には――――――プロレスリングが見えた。

 

「………………はい?」

 

 間の抜けた声が白野の口から洩れる。目をこすって、もう一度、目の前にあるものを見る。

 真っ白なキャンバス・マット。それを四方から囲む赤と青のポール。そしてポール同士を繋ぐ三本のロープ。

 もう一回言おう。プロレスリングである。

 

「え? 何これ? ええ?」

「ハーハハハ! もう諦めたらどうですか?」

 

 白野達がいるコーナーの反対側。そちらから挑発的な少女の声が響いた。そちらへと目を向け・・・・・・・・・白野は更に目を点にさせる羽目になる。

 まず目に入ったのは、くすんだ様な色合いの金髪。腰まで伸びた豊かな金髪を頭の後ろで三つ編みに結い上げていた。その顔立ちは瞳が|髪と同様にくすんだ金色でなければ、セイバーに似ている様に見える。見える、が・・・・・・・・・。

 

「・・・・・・・・・犬耳?」

 

 白野の呟きの通り、犬の様な垂れ耳が少女の金髪からチョコンと覗いていた。そして着ている服がこれまた派手な黒のレオタード。少女の女性らしい凹凸のついた体の必要な部位だけ隠し、お腹の素肌を大胆に晒し、それもう水着だよね? お腹冷えないの? と聞きたくなる様なデザインだ。しかも太ももまで面積のある黒のニーソックス、ご丁寧にお尻から犬の尻尾まで付いてるという完璧装備だった。

 

「・・・・・・・・・誰?」

「何を言っておる! 我等の対戦相手、ジャンヌ・オルタ・マリポーサであろうが!」

 

 横から叱責され、白野はようやく自分の相棒である少女の方を振り向く。見れば、彼女もまたいつもの戦装束でなく、二の腕から太ももまでをピッチリと覆い、正面に大きく「R」と刻印された真っ赤なダイバースーツの様な物を着ていた。

 

「ジャン・・・・・・・・・はい?」

「くっ、何という事だ! リングから落ちた余を庇うあまり、ハクノが頭を打って可笑しくなったか!?」

「ハーハハハ! これは都合が良い! これで貴女の決勝進出は絶望的ですね、ネローマン!」

 

 犬耳の少女―――ジャンヌ・オルタ・マリポーサが白野達へと嘲笑を浴びせる。

 

「まあ、むしろ幸運だったでしょう。貴女を破ったスチーム大帝と戦わずに済んだのですから!」

「コーホー、コーホー」

 

 ジャンヌ・オルタの嘲笑に合わせ、隣にいる寸胴な紳士ロボ―――もとい、スチーム大帝が蒸気を吐き出す。

 

「スチーム大帝は英霊パワー5000万を誇る完璧(パーフェクト)英霊。100万パワーにも満たない貴女方が敵う相手じゃないんですよ」

「ぐぬぬぬ………。確かにスチーム大帝は強豪英霊だ。それは認めよう。だが!」

 

 バッとネローマンは白野を指差す。

 

「この程度で諦めては正義英霊の名折れである! 余のチームにはまだハクノがいる!」

「え? 正気ですか? 今までリングに立った事もないセコンドを試合に出すとか・・・・・・・・・頭、大丈夫ですかあ?」

「黙れい! ハクノもやる時はやる男だぞ!」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ」

 

 ヒートアップする二人を引き離し、白野はネローマンに耳打ちする様に小声で話した。

 

「あのさ・・・・・・・・・今って、どういう状況なの?」

「な!? 一体どうしたというのだ、ハクノ! 今はトーナメントの最中であろうが!」

「いや、だから何のトーナメント? 何かのギフトゲームなのか?」

「む、むぅぅぅぅ・・・・・・・・・これはマズい。ここまでハクノの頭が重症とは。こうなったら・・・・・・・・・!」

 

 スッとネローマンは白野の正面に立つ。そして、手を振り上げ―――

 

(あ、なんかデジャヴ)

 

「48の必殺技、ナンバー5! ローマ・チョップ!!」

「ローマっ!?」

 

 次の瞬間、白野の頭に衝撃がはしる。頭頂部にまっすぐと入った衝撃は白野の脳を頭蓋内に何度もぶつけ、白野の意識を一瞬でホワイトアウトさせた。そして―――

 

「お、思い出した・・・・・・・・・」

 

 頭痛に耐える様に頭を抑えながら、白野は再び立ち上がる。

 

「自分はローマ星皇女ネローマンのお目付役英霊のアレキサンドリア・ハクノ・・・・・・・・・今はローマ星皇帝位争奪戦の真っ最中・・・・・・・・・突然現れた運命の皇女の一人、ジャンヌ・オルタ・マリポーサのチームと戦っていて、皇女がスチーム大帝に火事場のローマ力を奪われて敗北した所だった! 皇女のチームに残っているのは俺しかいない! 俺が負けたら地球は悪行英霊の天下になる!」

「台詞が説明的だが、その通りだハクノ!」

 

 ようやく正気に戻ったハクノにネローマンは安堵の溜め息をつく。

 

「すまぬ、英霊墓場にいるエミヤマンの力まで借りて蘇ったというのに、スチーム大帝に敗れるとは・・・・・・・・・」

「ハーハハハ! 正義英霊の友情パワーなど、我ら完璧英霊の手にかかれば容易く粉砕できるのですよ!」

 

 悔恨の表情で歯軋りするネローマンに、ジャンヌ・オルタが嘲笑を浴びせる。

 

「さあ、スチーム大帝! さっさとその優男倒して決勝に進みますよ!」

「コーホー!」

 

 スチーム大帝が飛び上がってリングインする。それだけでリングのみならず、会場全体が揺れた。見た目通りの超ヘビー級レスラーなのは疑うまでもない。

 

「ハクノ」

 

 リングインしたスチーム大帝に固唾を飲んでいたハクノに、ネローマンが声をかける。

 

「皇女! 先程は記憶が混乱していたとはいえ、とんだ御無礼を!」

「いや、それは良い。そんな事よりも、これを見ろ」

 

 片膝を付いて謝罪しようとするハクノを制し、ネローマンは手の中に握っていた物を見せる。

 

「これは・・・・・・・・・ネジ?」

「そうだ。これはスチーム大帝の中枢のネジの一本だ。さっきの試合で隙を見て抜いてやった」

「いつの間に・・・・・・・・・なら、いまスチーム大帝に強い衝撃を与えれば―――」

「ああ。機械の体である奴はバラバラになる。よいか? 一撃だ。強い衝撃を与えれば、スチーム大帝は一撃でバラバラになる!」

 

 グッと握り拳を作り、ネローマンはハクノへと突き出す。

 

「頼んだぞ・・・・・・・・・ハクノ!」

「はい! 任せて下さい、皇女!」

 

 ハクノは握り拳を作って、ネローマンの拳とタッチし合う。そして、リングロープをくぐった。

 

『さあ、ネローマン・チーム! 紆余曲折ありましたが、ようやく大将ハクノがリングイン! 実況は私、黒ウサギと!』

『未だに作者がキャラを掴み切れてない俺様、逆廻十六夜でお送りします。とりあえず一言、黒ウサギはエロいな!』

『いきなり何を言いますかお馬鹿様!』

『失礼、訂正しよう。・・・・・・・・・黒ウサギはエロ可愛いな!』

『このお馬鹿様!』

『今までネローマンのお目付役として親しまれてきたハクノがどんな試合をするか、非常に楽しみですね』

『い、いきなり真面目なコメントになりましたね・・・・・・・・・コホン、ネローマン・チーム、もう後がありません! ネローマンの命運はお目付役ハクノに託されました!』

 

 実況席のコメンテーター達が盛り上げ様とするが、観客席からザワザワと不安そうな声が上がる。

 

「いくらネローマンのお目付役と言っても、格闘技はズブの素人だろ?」

「しかも体は細いし、あんな優男が超ヘビー級のスチーム大帝とどうやって戦うんだ?」

 

 ざわ・・・ざわ・・・ざわ・・・ざわ・・・。

 観客が口々に不安な声を上げる。誰もハクノがスチーム大帝に勝てるなんて思っていなかった。やがて、観客席から不満が上がる。

 

「この試合はローマ星の王位だけでなく、我々の地球が邪悪の神の支配下に置かれるかどうかもかかっているんだ!」

「そうだ! こんな優男なんかに任せておけるか! 正義英霊にはアヤトマスクやテリーヨウがいたはずだ!」

「彼女達に代わってもらえ! ハクノはひっこめ!」

 

「「「か・わ・れ! か・わ・れ! か・わ・れ!」」」

 

「ハーハハハ! 優しい観客ですね! 忠告通りにする事をお勧めしますよ!」

 

 会場内に木霊する白野へのブーイングに、ジャンヌ・オルタが高らかに笑う。

 

「「「か・わ・れ! か・わ・れ! か・わ・れ!」」」

 

「っ………!」

 

 周りから容赦なく叩きつけられる罵声。ハクノの足が無意識の内に強張った。味方が一人もいないリングから、思わず後退りしそうになる。

 

「ハクノ」

 

 コーナーポストから動けないハクノへ、リング外からネローマンが声をかける。

 

「この試合、棄権してもそなたを恨みはせぬ・・・・・・・・・」

「皇女!? しかしそれでは―――」

「よい。もともとこれは余の戦いだ。そなたを巻き込んだのは、余の不徳が為したこと。むしろ、よくぞここまで余に付き従ってくれた」

「ハーハハハ! 物分かりが良いですね、ネローマン! さあ、ハクノ! さっさとリングを降りて棄権しなさい! 今なら特別にこのジャンヌ・オルタ・マリポーサ様の召使いとして雇ってあげましょう!」

 

 ジャンヌ・オルタが何処までも人を見下した目で棄権を迫る。改めてハクノはネローマンを見た。度重なる連戦でネローマンの身体の至る所に痛々しい青痣が出来ている。この少女はどんなに傷ついても、リングから降りたいと弱音を吐く事がなかった。それなのに―――

 

(それなのに・・・・・・・・・俺が逃げてどうする!)

 

 ハクノは喝を入れる様に自分の両頬を叩き、周りのブーイングにも負けない大声を出した。

 

「俺だって正義英霊のはしくれだ! 戦わずに悪行英霊なんかに屈してたまるか!」

「このガキ・・・・・・! 良いでしょう。そこまでお望みなら、完膚なきまでに叩き潰してあげるわ。スチーム大帝!」

『合意と見てよろしいですね?』

 

 黒ウサギのレフリーアナウンスが響く。ハクノは緊張した面持ちで、ギュッと拳を握ってファイトスタイルを取る。対するスチーム大帝は余裕すら感じるゆったりとした動作で拳を構えた。

 

『それでは英霊レスリング、レディ・・・・・・ファイトッ!!』

 

 ゴングの鐘が会場に響いた。スチーム大帝が全身から蒸気を噴き上げる。暴走寸前の焼却炉の様なヘビー級レスラーを相手に、いまハクノのデビュー戦が幕を開けた。

 

『さあ、始まりました! 英霊レスリング! ネローマン・チームの大将アレキサンドリア・ハクノ! どんな試合を見せてくれるでしょうか!?』

『ハクノは見た目からして軽量級。超ヘビー級のスチーム大帝にはスピードで攪乱するのがスタンダードな戦い方だな』

 

 実況を背に、ハクノとスチーム大帝はジリジリと対角線上に円を描きながら近寄る。と、突然スチーム大帝が動いた。

 

『スチーム大帝、仕掛けました! ハクノへトラースキック! ヘビー級とは思えない素早いキックです!』

 

 観客席から悲鳴に近い声が上がる。一秒後の悲惨な光景を予想したほとんどの観客が目をつぶり―――

 

『おおっと! ハクノ、スチーム大帝の強烈なトラースキックをかわしたーっ!!』

 

 次の瞬間、目を疑う様な光景を目の当たりにした。

 

「コーホー!」

 

 期待した一撃が入らなかった事に腹を立てたのか、スチーム大帝はさらにトラースキックを連発する。だがハクノはその全てを見切っているかの様に、最小限の動きでかわしていく。

 

「この動き・・・・・・・・・あれはアヤトマスクのディフェンス・スタイルか!?」

 

 親友のイギリス英霊の名を上げ、ネローマンが驚愕の声を上げる。

 

「何をしているのです、スチーム大帝! そんな優男に手こずるな!」

 

 ジャンヌ・オルタの叱責を受け、スチーム大帝がベアハッグでハクノを捕まえにいく。

 

「ふっ!」

「!?」

 

 スチーム大帝の視界からハクノが消える。なにが起きたか分からずに硬直したスチーム大帝が、次の瞬間、マットに転がされていた。

 

『これは上手い! ハクノ、スライディングでスチーム大帝の股を潜り、すれ違いざまに足を取ったーっ! おおっと!? ハクノ、素早くコーナーポストに登り・・・・・・ムーンサルトプレス! スチーム大帝の背中に命中しました!』

「まるでテリーヨウの様な速攻ではないか!」

 

 ネローマンが再び驚愕の声を上げる。スチーム大帝を攻めるハクノに、親友の米国英霊が重なって見えた。

 

『当初の不安を掻き消すかの様にスチーム大帝を攻める攻める! 十六夜さん、これは一体どういう事なのでしょうか?』

『おそらくセコンドとして数々の試合を見てきたハクノは、試合に出た英霊レスラーの動きを全て記憶しているんだろう。そして体が無意識の内に記憶した動きの通りに動いている。さながら見取り稽古みたいにな』

『ということは、ハクノは英霊レスラーの長所を合わせた様な攻撃や防御が行えるということでしょうか?』

『理論上はな。そして理論を実践できるだけの基礎体力があれば、ベテラン英霊レスラーの様な試合運びが出来るはずだ』

 

 実況の解説を受け、観客席が再びざわつき出した。

 

「意外とやるじゃないか!」

「あんたはナリはヒョロくても立派な正義英霊だ!」

 

「「「ハ・ク・ノ! ハ・ク・ノ! ハ・ク・ノ!」」」

 

『観客席からハクノコールが上がる! ハクノ、まさかまさかの大金星を上げてしまうのか!?』

『どうかな・・・・・・・・・そんな簡単にいかないと思うけどな』

 

 ハクノの快進撃を実況する黒ウサギに対し、十六夜は否定的な見方を示す。しかし周りの事を気にする余裕のないハクノは、スチーム大帝にさらに攻め立てていく。

 

「見つけた・・・・・・・・・ここがスチーム大帝のウィークポイント!」

 

 素早くバックを取ったハクノは、スチーム大帝の後頭部にネジが抜けている箇所を見つけた。そここそ、ネローマンがスチーム大帝からネジを抜き取った部分であった。

 

「ハアアアアアァァァァッ!!」

『ああっと! ハクノ、スチーム大帝の後頭部へストレートのラッシュ! これは効いたか!?』

 

 会場に硬い打撃音が連続する。だが、スチーム大帝はいっこうにバラバラになる様子はない。

 

「くっ、どうしてだ!? どうして衝撃を与えているのにスチーム大帝はバラバラにならない!?』

「衝撃が弱すぎるのだ! もっと強い衝撃を与えなくては駄目だ!」

「つ、強い衝撃・・・・・・?」

 

 ネローマンのアドバイスにハクノの手がいったん止まる。腕力に乏しいハクノには今以上に強い衝撃と言われても、すぐに思い付かない。

 その躊躇が、命取りとなった。

 

 ガシッ!!

 

「!?」

 

 急にハクノの手が掴まれる。ハクノが躊躇した隙にスチーム大帝が振り返り、ダメージをまったく感じさせずに赤くモノアイを光らせる。そしてそのままハクノを紙屑の様にコーナーポストへと叩きつけた。

 

「うぐっ・・・・・・・・・」

「ハクノ!!」

『ああっと! ハクノ、流血ーー!』

 

 ハクノの額から血が流れ落ちる。流れ出た血は、ハクノの足下のキャンバスを真っ赤に染め上げた。

 

「アハハハハ! いい気味ね! スチーム大帝! その男をなぶり殺しにしなさい!」

 

 ジャンヌ・オルタの命令を受け、スチーム大帝はハクノを首下を持って片手で持ち上げる。そして、先のお返しと言わんばかりにハクノの顔へパンチを繰り返した。

 

『スチーム大帝、ハクノの顔面へ執拗なストレートのラッシュ! ハクノ、スチーム大帝のネック・ハンギング・ツリーから逃げられません!』

『軽量級の悲しさだな。確かにスピードは上だが、いったん捕まるとヘビー級相手に手も足も出なくなる』

 

 実況の二人を余所に、スチーム大帝のパンチが続く。ハクノの顔面が倍以上に腫れ上がり、鼻血や折れた歯が観客席まで降っていく。もはや私刑(リンチ)となった試合に、観客席から悲鳴が上がる。

 

「もういい! もう止めてくれ!」

 

 セコンドコーナーのネローマンが悲鳴を上げた。

 

「余はローマ星の皇帝位をあきらめる! だから・・・・・・・・・だからこれ以上、ハクノを傷付けないでくれえええええぇぇぇぇっ!」

 

 ネローマンはもはや絶叫に近い嘆願をしながら、ネローマンはリングにタオルを投げ込んだ。タオルが地面に着けば、試合放棄としてネローマン・チームの負けとなる。タオルがフワリとリングの上を舞った。そして―――

 

「・・・・・・・・・え?」

 

 呟きは誰のものだったのか。会場全体から音が止んだ。試合を優位に進めていたスチーム大帝でさえ、ハクノを片手で持ち上げたまま、攻撃を止めていた。

 

「ハク、ノ・・・・・・・・・?」

 

 ネローマンが呆然と呟く。リング上に投げ込まれたタオルは、地面に落ちる前にハクノの手で止められていた。

 

「――――――止めないで下さい、皇女」

 

 激しいラッシュで顔を醜く腫れ上がらせながら、ハクノは屹然とした声を出した。

 

「皇女・・・・・・・・・今までこんな痛い目に合いながらも、悪行英霊と戦ってきたのですね」

 

 腫れ上がった瞼で、ハクノはスチーム大帝を見据えた。

 

「皇女の今までの苦労に比べたら・・・・・・・・・この程度の痛み、問題ありません!」

「ハクノォ・・・・・・!」

 

 ネローマンが感極まって、涙声でハクノの名前を呼ぶ。その様子に、ジャンヌ・オルタはギリッと歯を噛み締めた。

 

「そう・・・・・・・・・あくまで棄権しないつもりね。それなら、遊びは終わりよ! スチーム大帝!」

「コーホー!」

 

 スチーム大帝がハクノを天高く放り上げる。

 

「ディファレンス・エンジン起動! 英霊パワー分離器、臨界出力!」

 

 スチーム大帝の頭部が開く。煙突の様な頭部から蒸気が焼却炉の様に吹き出し、凄まじい熱気が会場に広がる。

 

『この構えは! ネローマンの火事場のローマ力を分離した英霊パワー分離器だーっ!』

『7000万パワーのネローマンだったから火事場のローマ力が奪われただけで済んだが、ハクノだと跡形も残らねえぞ!』

「ハクノオオオオォォォッ!!」

 

 ネローマンが絶叫を上げる。しかしハクノの体は為す術なくスチーム大帝へと落ちていく。

 

「「「ッ!!」」」

 

 今度こそ駄目だと思った観客達は、ハクノが英霊パワー分離器に落ちる瞬間、目をつぶった。残酷なシーンを見たくない、と体を強ばらせ―――

 

「「「・・・・・・・・・?」」」

 

 一向に試合終了のゴングが鳴らない事に疑問を感じ、恐々と目を開けた。そこには、予想だにしない光景があった。

 

「これぞ、ハクノ式火事場のローマ力ってね」

 

『な、なんと!? ハクノ、両手両足を突っ張ります英霊パワー分離器へ落下を防ぎました!』

『いい根性してるじゃねえか!』

 

 実況に観客達が色めき立った。誰もが敗北を予想するなか、ハクノはさらに予想を覆して生きていたのだ。しかし、そのことに喜べない者もいた。

 

「ええい、何をしているのですスチーム大帝! さっさとその男を片付けなさい!」

 

 ジャンヌ・オルタの叱責に、スチーム大帝は慌てて頭上にいるハクノに手を伸ばす。しかしハクノはヒラリと逃れ、スチーム大帝の腰を肘と膝で挟み込む。

 

「閉門クラッシュ!!」

 

 金属が軋む音と共にスチーム大帝の腰がひしゃげた。

 

「コーホー、コーホー!?」

 

 腰がひしゃげた事で巨大な頭部を支えきれず、スチーム大帝の体がぐらぐらと揺れる。

 

(皇女の必殺技はローマ・バスター、ローマ・ドライバー、英霊絞殺刑と数々あるが、俺が好きなのはそのどれでもない)

 

『おおっと、ハクノ! スチーム大帝のバックを取りました!』

 

(俺が皇女の技で一番のお気に入りは、地味だが決まった瞬間に描かれる曲線が美しい―――)

 

『スチーム大帝の腰をベアハッグ! そして―――!』

 

「―――バックドロップだ!!」

 

 スチーム大帝の体が宙に浮く。ハクノを中心にスチーム大帝の体が見事な曲線を描き、頭部をキャンバスへ叩きつけた。

 

「ガ、ビイイイイイイィィィィィッ!!」

「その衝撃だあああぁぁぁっ!!」

 

 スチーム大帝の断末魔とネローマンの絶叫が重なる。次の瞬間、スチーム大帝の体が粉々に砕けた。

 

『あーーーっと! アレキサンドリア・ハクノ、ネローマンを破った大強豪スチーム大帝をバックドロップの一撃で粉砕しました!』

 

 ゴングの鐘と共に黒ウサギの実況が響く。その瞬間、観客席から嵐の様な歓声が湧いた。

 

『これでネローマン・チーム、残る相手はジャンヌ・オルタ・マリポーサだけです!』

『ヤハハハハハハ! まさか本当に勝っちまうなんてな!』

 

 実況の二人も興奮を抑えきれずに、ハクノを称える。前評判を覆し、逆転勝利をした英霊レスラーに惜しみない拍手が降り注いだ―――

 

 ※

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・たぁ、・・・・・・・・・ますたぁ!

 

「う、ううん・・・・・・・・・」

 

 背中にゴツゴツとした固さを感じながら、白野はボンヤリと目を開ける。目の前に半泣きになりながら、自分の手を握る。竜角が生えた女の子の顔が見えた。

 

「ますたぁ! ああ、良かった! 気がついたのですね!」

 

 清姫は涙声になりながら、しっかりと白野の手を握る。

 

「この清姫、またますたぁとお別れするのかと心配で心配で―――」

「まったく・・・・・・・・・大袈裟なんですよ、貴女は。頭を打って意識を失っていただけでしょう」

 

 近くで立っていたフェイス・レスが呆れた声を出す。

 そんなフェイス・レスを白野はボンヤリと見つめる。

 

「・・・・・・・・・アヤトマスク?」

「っ!?」




・・・・・・・・・俺は何を書いているんだろう?(賢者タイム)

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