月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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 以前、投稿した幕間と合わせた形になります。
 次々と出る両作品の設定を把握しきれず、また他人の作品に比べて自分の文章が稚拙に感じて実の所は執筆のモチベーションが下がっていました。
 でも結局は自分がやりたいと思っているから書いているんだよなあ、と思い直しています。そんなわけで初心者に戻ったつもりで、SSを書いていこうと思います・・・・・・あれ、作文?


第5話「更なる一手」

「動くな。動けば、この男の首を捻り潰す」

 

白野の首を締め上げ、突然現れた男は背後にいる耀達に振り向かずに警告した。

白野は息苦しさに苦しみながらも、男の姿を見た。血色が悪く、全体的に痩けた顔。落ち窪んだ眼窩からは紅く染まった瞳がギョロリと動き、白野を射抜いていた。着ている服はまるで中世の貴族の様な装飾のスーツだったが、長年風雨に晒された様に所々が破れていた。ボロボロとなった外套(マント)も相まって、まるでホラー映画の幽鬼の様な雰囲気の壮年の男だった。

 

「ますたぁ!」

「動くなと言った筈だ。貴様の主を死なせたくなければな」

 

 駆け寄ろうとした清姫を男は振り向かずに制した。後ろに目があるとしか思えない様な反応だ。

 

「・・・・・・・・・何の真似だ?」

「今すぐに彼から手を放しなさい。さもなくば撃ちます」

 

 男が清姫に気を取られていた隙に、フェイス・レスが黒塗りの剛弓を構えていた。矢につがえるのは、金色に輝く金属の矢。

 

「フェイス・レス! いったい何を―――」

「黙って。今は会話の主導権を握るべきです」

 

 白野の身を軽んじているのかと思い、耀が非難の声を上げるが、フェイス・レスは男から目を離さずに指に力を込める。

 

「この男よりも我の首を選ぶか? それも一つの選択であろうが、我に剣や矢は通じぬ」

「これはアポロン神の神格を宿した金の矢。かの太陽神の矢であれば、不死を謳う貴方でも死を免れません」

 

 ピクリと、男の肩が動く。

 

「この古城がかつて“箱庭の騎士”達の本拠地であった事。そして先程見せた影を操る力や蝙蝠への変身から貴方の正体は絞られます」

 

 矢を男の背中―――心臓がある位置へ標準を合わせたまま、フェイス・レスは語る。

 

「この古城に生き残りがいるとは思いませんでしたが、相手が吸血鬼の様な化生ならば太陽の恩恵は―――」

「黙れ」

 

 男は血の様な瞳を片方だけフェイス・レスへ向ける。

 

「我を化生などと呼ぶな・・・・・・・・・!」

 

 ギラギラと、怒りに目を燃やしながらフェイス・レスを睨む。怨念すら滲ませた男の姿は、幽鬼か悪鬼のそれだ。

 

「我は・・・・・・我や姫殿下は怪物などではない。断じて、ないのだ!!」

「ああ、知っている。貴方は・・・・・・・・・怪物なんかじゃ、ない」

 

 激昂して怒り狂う男に、白野は首を絞められて息絶えそうにながらも話し掛けた。

 

「何だと?」

「ヴラド三世・・・・・・ワラキア公国の君主。貴方は、怪物なんかじゃない」

「ヴラド三世ですって?」

 

 これにはフェイス・レスも驚いていた。

 ヴラド三世。

 十五世紀のワラキア公国の君主であり、強大なオスマン帝国から祖国を守る為に戦った英雄。

 白野にとっては、かつて月の聖杯で戦ったサーヴァントの一人だった。

 

「貴様・・・・・・・・・何故、我の名を知っている?」

「? 俺を覚えていないのか?」

「知らぬ。貴様とは初対面であろう」

 

 首にかかる力に息苦しさを感じながら、白野は内心で首を傾げる。彼とはセイバーとの聖杯戦争で会っているはずだ。そして―――戦いの末、彼と彼のマスターだったピエロを殺した。自分やマスターを殺した相手を簡単に忘れるものだろうか?

 

(いや、待て。こうして見ると、俺の知っているヴラド三世とは若干違う気がする。という事は、もしかして―――)

 

 不意に男―――ヴラドの背後に炎弾が迫った。しかしヴラドは即座に自分の影から槍を取り出すと、空いている方の手首のスナップだけで炎弾を斬り落とした。

 

「ますたぁから離れなさい、ランサー!!」

 

 チロチロと口から炎を出しながら、清姫が吼える。

 

「よくもまた私達の前に姿を現しましたね・・・・・・なら、今度こそ!」

「清姫!」

 

 怒りに顔を歪めた清姫に、耀の叱責が飛ぶ。クラス名で呼ぶ事すら忘れ、清姫の手を抑えた。

 

「戦ったら駄目。まだ白野が人質に取られている」

「ですから、ますたぁをお救いする為に一刻も早く、あのサーヴァントを倒します!」

「だから駄目だって! 白野に攻撃が当たったら一緒に燃えちゃう!」

 

 人質になったのが十六夜や黒ウサギなら、そもそも人質になる事は無いし、清姫の炎に耐える事も可能だろう。飛鳥ならば、自身の恩恵を生かして清姫の炎を自分に当てないという芸当も可能だろう。

 しかし、白野は違う。彼の着ている服は恩恵が付与されていない普通の服であり、炎に耐えきる様な特別な体でもない。唯一、彼の武器となるコード・キャストもヴラドに押さえつけられている現状では発動できない。

 今の白野は、一般人と全く変わらない。下手に此方から攻撃すれば、そのまま白野ごと殺しかねない。だからこそ、フェイス・レスも耀も慎重に攻撃の機会を窺っていた。清姫の行いは、後先を考えない暴走だ。

 

「忠告はしたはずだぞ」

 

 ゾクリとする様な声音で、ヴラドは白野の首を締めている手の力を強める。

 

「ぐっ、ガッ・・・・・・・・・!」

「ますたぁ!」

「我は動けば命は無いと言った筈だ。この男が苦しむのは貴様のせいであろう」

「っ・・・・・・・・・!」

 

 突き放した様なヴラドの物言いに、清姫は唇を噛み締める。白野の為に、と動いた筈が事態を悪化させたのだ。何も言い返す事は出来ず、地面へ目を伏せる。

 

「案ずるな。貴様等もすぐにこの男の元へ送ろう。地獄にてタップリと己が愚行を詫びるが良い」

「ミスタ・キシナミを離しなさい! さもなくばミスタ・キシナミごと貴方も撃ちます!」

 

 金の矢をつがえ、フェイス・レスは再度ヴラドに警告する。もはや状況は予断を許さない。たとえ白野が犠牲になったとしても、残った避難民達やギフトゲームの事を考えるとこの危険な吸血鬼を生かしておくわけにはいかない。

 

「ならば撃つがいい! 命がある限り、たとえ首だけになっても一人でも多く地獄へ送ろう! 我が主―――レティシア・ドラクレアに仇なす輩共をな!!」

 

 万感の激情を込めてヴラドが白野の首に力を込める。白野の顔が青白く染まり、メキメキと骨が軋む様な嫌な音を響かせ―――

 

「待って! 私達はレティシアの味方だ!」

 

 耀の言葉にヴラドの手が止まる。手に込めた力をそのままに、ヴラドは振り向く事なく耀に声だけ返す。

 

「何を馬鹿な。口では何とも言えよう。同朋ではない貴様等がレティシア殿下を知る筈は、」

「金髪で縁が白い黒リボンを頭に付けた女の子で、ギフトカードの色は金と赤と黒のコントラスト」

 

 早口で伝えられた内容に、今度こそヴラドの力が緩まった。驚きの表情と共にヴラドは耀へと振り向く。

 

「レティシアは私達“ノーネーム”の同士だよ。私達はレティシアに危害を加える気なんてない。レティシア助けたい」

 

 血の様に濁ったヴラドの双眸が耀を見抜く。改めて見ると悪鬼の様なヴラドの顔に耀は後退りそうになったが、目を逸らしたら自分の言葉が嘘になる気がしてしっかりと見返した。やがて、ヴラドの手が白野から離れる。

 

「ゲホッ、ゴホッ!」

「ますたぁ!」

 

 地面に伏せて咳き込む白野や駆け寄った清姫には目をくれず、ヴラドは耀と対峙した。

 

「・・・・・・・・・詳しい話を聞きたい」

 

 ※

 

 

 コツ、コツ、コツ―――

 

 明かりの少ない通路で、足音が響く。深海の中に作られたガラス張りのトンネルの様な通路を衛士・キャスターは歩いていた。通路は途中で三叉路に別れたり、行き止まりと思った場所に先の通路が現れるなどと迷宮の形を為していたが、衛士・キャスターは慣れ親しんだ庭の様に迷い無く歩いていく。

 海中に沈んだ古代遺跡、氷海の中の氷の城、色とりどりのサンゴ礁のジャングル・・・・・・。通路から見える景色はいずれも目を楽しませる見事な光景だったが、衛士・キャスターはそれらにまったく目をくれず、ただ前を歩く。やがて、重厚そうな扉の前へ辿り着いた。来る者を拒む様な巨大な鉄扉だが、衛士・キャスターが何か一言呟くと、あっさりと開く。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 衛士・キャスターは一つだけ、溜め息をつき、鉄扉を通り抜けた。

 

「ハロー♪ ご機嫌は如何ですかな?」

 

 底抜けに明るい声が部屋に響いた。灯りが一切無く、今までの華やかな景色と比べるとどこか舞台裏を思わせる空間に衛士・キャスターは足を踏み入れた。

 

「――――――最低ね。寝起きにアナタの顔を見たから尚更よ」

 

 部屋の奥。暗がりから冷め切った少女の声が響く。同時にカツ、カツと、硬質な足音が衛士・キャスターに近づいた。

 

「これはつれない。仮にも私はあなたの命の恩人だというのに」

「勘違いしないで。ただのギブアンドテイクよ。私は消えたくなかった。あなたは利用できる手駒が欲しかった。それだけの話でしょう」

「………まあ、そういう思惑は半分以上はありますが」

 

 暗がりの奥で姿を見せない相手に、衛士・キャスターは肩をすくめる。姿すらまともに見せないとは、どうやら自分は酷く嫌われた様だ。

 

「それで何の用? 無駄話をしに来たのなら、さっさと帰って二度と顔を見せないでちょうだい」

「まあまあ、そう急かさないで頂きたい。いい話を持って来たのですから」

 

 そう言って、衛士・キャスターは胡散臭い笑顔を見せた。

 

「単刀直入に言いましょう。ムーンセルを出て、ある人間と戦って頂きたい。そして殺して頂きたい」

「たかだか人間を殺すのに随分と大袈裟ね。あなたがやればいいじゃない。ムーンセルの新しい支配者さん?」

「それが出来れば既にやっています。しかし、残念ながら今は私が動く時ではない。なので、代役が必要なのです。もちろんタダとは言いませんよ。事が為せた暁には―――我等のマスターに会わせましょう」

 

 シン、と。痛い程の沈黙が降りた。

 

「貴方達はムーンセルにとって反逆者。今は私がムーンセルの中でブラックボックスとなる領域を作ったから貴女達は生きられますが、一歩でもそこを出ればムーンセルによって分解される。このままでは、貴女達は未来永劫に我等のマスターと触れ合う事は叶わないでしょう」

 

 しかし、と衛士・キャスターは言葉を切って左手を見せた。薬指に輝くのは、青い宝石の指輪。

 

「ムーンセルの王権を手に入れた私なら、そのルールすら改竄できる。私の臣下となれば、貴女は大手を振ってムーンセルに存在が許される。同時に―――我がマスターの間近で仕える事も許される。さて、ここで問題です」

 

 まるで出来の悪い生徒に優しく教える教師の様に、衛士・キャスターは語り掛ける。

 

「回答A―――信頼できない私の要望は無視する。ここで遠くからマスターを眺めるだけで満足し、囚人の様な生活を送る。回答B―――私の要望に応える。私の配下となり、指示する人間を殺し………そしてマスターと再会する」

 

 あるいは―――アダムとイブを唆す蛇の様な優しさ(狡猾さ)か。

 

「さあ―――貴女が取るべき選択は?」

 

 部屋の奥の暗がりから、押し殺した殺気が衛士・キャスターに向けられた。そして暗闇に潜む肉食獣の様な気配で暗がりの奥の声は応える。

 

「そう………わざわざ選ばせてくれると言うの。優しいわね、黒魔術師」

 

 だったら、と。暗がりの奥の声が響く。

 

「遠慮なく選ばせて貰うわ―――あなたを殺して、その指輪を奪うとね!」

 

 言い終わると同時に、突如暗がりの奥から一陣の閃光が光る。

 閃光の正体は剣の様に鋭くなった具足だった。具足を履いた人物は音すらも置き去りにして、衛士・キャスターの頭へ切っ先を叩き込み―――

 

「―――――――――」

「くっ、……このっ………!」

 

 衛士・キャスターの数センチ手前。まるで映像の一時停止の様に不自然な恰好で静止されていた。

 

「無駄だと分かっていたでしょうに………」

 

 はあ、とわざとらしく衛士・キャスターは溜息をつく。

 

「私が貴女方を月の裏側から回収した時に何もしていないと思いましたか? そもそも既に力関係は、完全に逆転しています。王権を手にした私は、かつて貴方が不正を働いた時よりも強力な力を手に入れました。仮に行動規制(コマンドロック)が無くても、勝てないでしょう」

「っ、借り物の力を手に入れてお山の大将を気取っているわけ? 英霊の癖に小物なのね」

 

 振り上げたままの足を下ろし、少女は踵を地面に着ける。攻撃しようと思わない限り、身体に重圧は掛からない様だ。

 

「羽をもがれ、かつての力も見る影も無くなった哀れなプリマドンナに何を求めると言うの? はっきり言ったらどう?」

 

 あなたのマスターの為に、私の命を使い潰せ、と。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 衛士・キャスターは笑顔を消し、眼鏡を外した。

 

「―――フン。分かっているなら話は早い。ああ、その通りだ」

 

 胡散臭い雰囲気が消え、眉間に皺の寄った顔になる。

 

「もう少し・・・・・・・・・もう少しだ。逆廻十六夜。奴が持つ絶大な力の正体。それさえ特定出来れば、勝率が十割に近くなる」

 

 逆廻十六夜。山河を砕き、星霊すらも殴り飛ばす正体不明の恩恵は、あらゆる魔術に精通した衛士・キャスターから見ても奇妙な物だった。ムーンセルに解析させているが、恩恵の候補となりそうな情報は軽く千を超える。

 

「あと一手。全力を引き出し、奴の力さえ特定出来れば、相応の対策(アンチプログラム)が組める。だからこそ必要なんだよ。一端でも良い、奴にギフトを使わせられる手駒が」

「自分以外はどうでもいいと思っているあなたが随分とその人間を買っているじゃない。その言い方だと、私に勝ち目が無い様にも聞こえるけど?」

「ああ、無いだろうよ。万に一つもな」

 

 キッパリと断じる衛士・キャスター。だが、それは事実だ。現時点で判明している戦闘情報(ステータス)を見る限り、サーヴァントであっても逆廻十六夜に戦闘で勝てるとは思わない。

 それでも―――

 

「それでも奴には勝たなくちゃいけない。俺達がキシナミハクノを狙う限り、あの男は必ず立ちふさがる。だったらこっちも万全を期して迎え撃ってやるよ」

 

 いつもの胡散臭い紳士面すらかなぐり捨て、衛士・キャスターは銀のステッキを力強く握る。

 

「そのためなら良心も情けも、何もかも捨てる。ああ、そんなものは邪魔だ。だから―――俺のマスターの為に捨て石となれ、メルトリリス」

 

 ギラギラと、妄執すらも漂わせた瞳で暗がりの奥にいる声の主―――メルトリリスを睨んだ。その目をジッと見つめ、やがてメルトリリスは嗤う。

 

「ようやく本音が出たわね、黒魔術師。紳士面して優しく語り掛ける癖に、内にあるのは利己的な感情だけ。その顔の方がよっぽどお似合いよ、ジェントルマン?」

「引き受けるよな? もちろん拒否権なんて無いがな」

「―――良いわ。やってあげる」

 

 ややあって、メルトリリスは頷いた。

 

「でも勘違いしないで。あくまで私の為・・・・・・・・・私が愛した人の為よ。それに―――」

 

 風切り音と共に、メルトリリスの足の剣が再び衛士・キャスターに向けられる。決して届かぬと知りながら、メルトリリスは衛士・キャスターへ宣戦布告した。

 

「私はあなたに従うつもりなんて、全くない。その指輪は、私にこそ相応しいわ。隙さえあれば、いつでも寝首を掻くから覚悟しなさい。黒魔術師」

「・・・・・・・・・肝に命じておいてやる」

「それで? 霊基もレベルの最低限な今の私にどうしろと?」

「お前、確か騎乗スキルがあったな? ちょうどライダークラスに空きがある。手を加えれば、サーヴァント並みの霊基は保証してやるよ」

「私の体にあなたの手が触れるというの? 虫唾が走るわね」

「―――待って、メルト」

 

 部屋の奥から、メルトリリスに声が掛けられる。同時に、キィキィと、金属が軋む様な音がメルトリリスに近付いた。

 

「私も・・・・・・・・・私も連れて行って。私も、先輩に会いたい・・・・・・・・・!」

 




 一部で色々と言われていますが、このSSならではのオリジナル設定はあります。それをいつかはSS内で説明はします。

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