月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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茨木ちゃんを殴る簡単なお仕事から解放され、ようやく執筆する気になれました。次のイベントまでマーリンと二世はゆっくりお休み。キアラさんの育成をのんびりとやっていきますか。


第7話「誓いを新たに」

「―――以上が、この地で起きた出来事の全てである」

 

 パチパチと焚き火の爆ぜる音だけが響く。この土地でかつて何があったのか。長い時間をかけてヴラドは語った。

 外界から箱庭に吸血鬼達が来た事。吸血鬼達が魔王に支配された箱庭の下層に、秩序を取り戻す為に戦った日々。“階級支配者”という制度を認めさせる為に、箱庭中を駆け回った記録。それらが実り、東西南北の階級支配者を統括する“全権階級支配者(アンダーエリアマスター)”として君臨した栄光。―――そして内乱と・・・・・・・・・ヴラドの死。

 当事者から語られた激動の記録に、人伝で大まかな情報を聞いていたガロロやフェイスレスも言葉を失っていた。

 

「・・・・・・・・・我が語れるのはここまでだ。その後、何故レティシア殿下が魔王に堕ちたかは知らぬが―――」

 

 チラッとヴラドは白野達が持っていた契約書類に目を向ける。まるで吸血鬼達を殺す為だけに作られたペナルティの数々。それに目を向けてヴラドは短く溜め息をついた。

 

「・・・・・・・・・想像するには難くないな」

「―――だとしても、それは魔王として秩序を乱す理由にはなりません」

 

 フェイスレスの凛とした声が響く。

 

「裏切り者のせいで全てを失った事には同情しますが・・・・・・・・・その因果が、今の“アンダーウッド”の危機に繋がっているのです。巻き込まれた人々の事を考えるなら、ミス・レティシアの罪は軽減されません」

 

 キッパリと断じるフェイスレス。一見すればレティシアへの不敬とも取れるが、ヴラドは硬い表情でフェイスレスの言い分を受け止めていた。レティシアの取った手段が、周りの犠牲を考えない悪手だったという事は彼とて分かってはいるのだろう。

 

「とにかく、これで吸血鬼の成り立ちや歴史は分かったな」

 

 重くなった場の雰囲気を入れ替える様に、ガロロは咳払いを一つする。

 

「さて、と。春日部の嬢ちゃん。随分と長い昔話となったが・・・・・・・・・今の話がゲーム攻略の鍵になるのか?」

 

 ヴラドに吸血鬼のコミュニティの歴史を話す様に頼んだ当の本人―――耀は強く頷いた。

 

「うん。参考になった」

「私には分かんないなー。今の話がどう謎解きに繋がるんだ? “革命主導者”の心臓を捧げろと言ってるから、話に出てきたブラムとかいう奴を殺せって意味じゃないの?」

「それは違うと思う。というより、今までの話はほとんどがゲームとは関係ない」

 

 はあ? とアーシャが首を傾げた。

 

「私が確認したかったのは、最初の部分―――このお城が異世界で作られた物である、という歴史なんだ」

「・・・・・・・・・どういうこと?」

「このゲームのタイトルだよ。“SUN SYNCRONOUS ORBIT”。直訳すると、太陽同期軌道という意味になるんだ」

 

 耀が何を言いたいのか分からず、アーシャやガロロは頭に疑問符を浮かべた。しかし白野はピンときた様だ。

 

「太陽と同期する軌道・・・・・・・・・それって、人工衛星の事か?」

「うん。でも箱庭で作られた物なら、神造衛星になるのかな? とにかくこの仮説が正しいなら、このゲーム全体が太陽や軌道に関連した話になると思う」

 

 おお、と全員から感心の声が上がる。

 

「・・・・・・・・・先代陛下はかつて、自分達の一族は故郷の環境に適応できなくなったから箱庭を新天地としたと言っていた。貴公の説を取り入れるなら、吸血鬼の一族は未来から来たという事か?」

「そうなる、かな」

 

 箱庭はあらゆる時代に繋がっていると言う。吸血鬼達は遠い未来において、環境の劇的変化によって世界(故郷)を捨てた種族なのだろう。伝承とは異なる吸血鬼の生態も説明はつく。

 

「なるほど。貴方は“獣の帯”をゾディアックとして読み解いているのですね」

「そうか・・・・・・そういう事か!」

「むぅ・・・・・・・・・お二人だけで納得しないで下さい」

 

 得心した様に頷いたフェイスレスと白野に、清姫は唇を尖らせた。まだ把握できていない皆にも分かる様に、白野達は説明する。

 

「ゾディアックというのは黄道十二宮・・・・・・・・・いわゆる十二星座の俗称だよ。十二星座は太陽の軌道を三十度ずつズラして星空の領域を分ける天球分割法なんだ。これと契約書類に書かれた内容を合わせると―――」

「第三の勝利条件、“砕かれた星空を集め獣の帯を星空に掲げよ”というのは天体分割法によって分かたれた十二の星座を集め、星空に掲げよ・・・・・・・・・と、読み取れますね」

 

 その説明に周囲の輪がグッと息を呑んだ。

 

「すげえ・・・・・・・・・すげえよ、耀! 色々と契約書類に当てはまるじゃん! これ、もう正解に近い推理だろ!」

「で、でもまだ“星座を集めろ”の意味が分からないし・・・・・・・・・」

「その事だが・・・・・・・・・城下の都市区画は城を中心として十二分割されている。確か各区画には神殿があったはずだ。重要な物を隠すならば、そこではないか?」

「マジかよ!? なら、耀の推理でほぼ正解じゃん! いやあ、おっさんがいてくれて助かったわ。ありがとうな、おっさん!」

「・・・・・・・・・感謝しているならば、おっさん呼ばわりは止めぬか」

 

 興奮するアーシャに、ヴラドは口元をひくつせかる。ともあれ、ヴラドのもたらした情報は耀の推理を裏付ける証拠になった。ゲームクリアへの道筋が見え、空中都市に囚われた一同に希望が湧き出していた。

 

 ※

 

「粗方を駆除したとはいえ、まだ冬獣夏草は残っている。既に夜も更けてきた事ではあるし、本格的な探索は明日が良かろう」

 

 ヴラドの主張に異議はなく、一同は避難所に使っている廃墟で一泊する事になった。使えそうな部屋で避難民達が寝静まった事を確認すると、白野はこっそりと部屋を出た。

 ―――ヴラドの申し出は、ある意味ありがたかった。白野としては、これ以上先延ばしにするわけにいかない事があるからだ。

 月明かりのおかげで問題なく見える廊下を白野はまっすぐと進む。やがて、目的の場所に到着した。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 そこへ入る前に、少しだけ躊躇してしまう。

 今からやろうとしている事は・・・・・・・・・はっきり言って、白野の自己満足だ。そもそも、本当に今やる必要があるのだろうか? 今は魔王のギフトゲームの最中だ。それこそギフトゲームに全神経を集中させるべきだろう。掛かった命は白野の命だけではない、浮遊城にいる皆や地上に残された“ノーネーム”の同士達。さらには“アンダーウッド”にいる全ての人々の命も掛かっているのだから。

 

「・・・・・・・・・よしっ」

 

 しかし白野は一呼吸して気合いを入れ直した。いくら命が掛かっていると言っても・・・・・・・・・いや、命が掛かっているからこそ。自分の代わりに戦う彼女には、本当の事を伝えなくてはならない。白野は意を決して、目的の場所に入って行った。

 

「まあ、ますたぁ。こんな深夜にどうされました?」

 

 避難所の入り口。朽ちかけた扉を見張れる位置に清姫は立っていた。ガラスの割れた窓から差し込む月光が、翠色の髪をキラキラと彩る。

 月下美人。場違いだと思いながら、白野はそんな単語が頭に浮かんだ。

 

「うん、ちょっとね………バーサーカーこそ、見張り番お疲れ様。疲れてない?」

「何をおっしゃるのやら。もともと、サーヴァントに睡眠は不要です」

 

 それと、と清姫は少し拗ねた顔になる。

 

「二人の時は清姫と呼んで下さい。ますたぁには私の名前を呼んで欲しいのですから」

 

 扇子で口元を隠しながら頬を膨らます仕草は大変可愛らしい。上流階級の人間が出す気品と、まだあどけない少女の愛らしさが合わさって清姫に静かな魅力を与えていた。しかし白野は、そんな清姫を見ても申し訳ない気持ちで一杯になる。何故なら―――

 

「バー・・・・・・清姫。実は・・・・・・・・・君に言わなくちゃいけない事があるんだ」

「何でしょう? はっ、まさか愛の告白ですか? もう、告白せずとも私達の仲は、」

「俺は・・・・・・・・・君の事を知らない」

 

 ピシッと。何かがひび割れた音が聞こえた。

 

「・・・・・・・・・君が俺をマスターとして信頼しているのは、これまでの行動でよく分かるよ。きっとすごく慕ってくれていたのだと思う。でも・・・・・・・・・ごめん、俺は君の事を覚えていないんだ」

 

 セイバー。キャスター。

 いま白野と契約を結んでいる二人は、記憶に差異があっても間違いなく共に聖杯戦争を勝ち抜いたサーヴァントだと、白野は確信を持って言える。

 しかし、新たに白野の前に現れたバーサーカーのサーヴァント・清姫については、白野は覚えがなかった。ひょっとすると以前にキャスターが言った様に、ムーンセルが白野の勝利パターンを演算した時に出した仮定のサーヴァントかもしれない。何にせよ、白野は目の前のサーヴァントについて何も記憶を持ち合わせていなかった。

 

「正直を言うと・・・・・・・・・伝えるべきかどうか迷った。いまは“アンダーウッド”の一大事だし、レティシアの危機も掛かったゲームの最中だからそっちに集中すべきだとも思っていたよ」

 

 でも、と白野は清姫の目をまっすぐ見る。

 

「清姫、君は俺の事をマスターと呼んで従ってくれている。俺の事が大切だ、という気持ちを表してくれた。・・・・・・・・・そんな相手に、覚えてないという事実をうやむやにしたくなかった」

 

 だから、と上半身が腰と直角になるまで曲げて頭を下げる。

 

「ごめん、清姫。君の気持ちに、今の俺は答えを出せない。君が大切に思っている想いに、俺は・・・・・・・・・記憶の無い俺は、応える事が出来ない」

 

 ここで白野が狡猾な人間ならば、清姫の事を覚えているフリをして自分を好いてくれる事を利用する、なんて事もやれたかもしれない。しかし、彼女はサーヴァント。非力な白野にとっては代わりに敵前に身を晒す戦闘代行者だ。そんな相手に嘘をつく真似は、白野はやりたくなかった。何より・・・・・・・・・清姫の愛情を利用するなんて、考えられなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 場に痛い程の沈黙が下りる。ドクン、ドクンと白野の耳に自分の鼓動が煩いくらい響く。

 コツ、コツ、コツ―――

 硬い床を歩く音が白野の耳に聞こえてきた。足音は頭を下げたままの姿勢でいる白野の前に止まった。

 

「・・・・・・・・・頭を上げて下さい」

 

 白野は恐る恐ると頭を上げ―――トン、と軽い衝撃が白野の胸に走った。

 

「・・・・・・・・・え?」

「知ってますよ、そんな事。ますたぁと・・・・・・・・・白野様と再会する前から」

 

 白野の胸に顔を押し付けた状態で、清姫は言った。

 

「ますたぁが記憶障害を患っているかもしれない。私の事を覚えていないかもしれない、って・・・・・・・・・全部、耀さんから聞きましたもの」

 

 白野は箱庭に召喚された当初、何も覚えていなかった。共に戦ったサーヴァントの事も、自分が聖杯戦争の勝者である事も忘れていた。その時の事を覚えていた耀は、白野が記憶障害の可能性があると思い、清姫に伝えていたのだ。

 

「困った人。記憶が無いのに・・・・・・・・・私の事は何も覚えていないくせに、私の記憶のままに貴方は振る舞うなんて」

 

 白野に抱きついたまま、清姫は顔を上げた。

 

「清姫・・・・・・・・・」

「以前の私なら・・・・・・・・・また安珍様みたいに誤魔化そうとしている、と言っていたかもしれません。でも、いいんです。貴方は嘘なんかついてない。私の事を思いやって、真実を告げに来た事は伝わりましたから」

 

 客観的に見ると、白野の告白はかなり危険な賭けだった。かつて安珍は、追ってきた清姫にお前の事など知らない、とシラを切った。状況こそ違うが、白野が覚えていないと伝えるのは清姫にとっては愛しい人に拒絶された場面を再現する事になる。最悪、怒り狂った清姫に焼き殺される様な真似だったのだ。

 しかし―――

 

「私の事を愛していなくとも、私の事を思ってくれた気持ちに嘘はありませんから」

 

 愛していなくても、好きでなくても。他人を想う気持ちに偽りなんてない。そう教えてくれた耀を思い出しながら、清姫は少し寂しげに微笑んだ。

 

「たとえ記憶が無くても、私は貴方のサーヴァントです。貴方に全てを捧げたい、と思ったこの想いに嘘はありません。だから―――」

 

 白野の顔を見据え、清姫は宣言する。

 

「バーサーカーのサーヴァント、清姫。どうか貴方にお仕えさせて下さい。貴方の記憶が戻らなくても、私は貴方にこの身を捧げます」

 

 白野よりも頭一つ小さい身長で、上目遣いで見上げながら清姫は誓いを立てる。白野のサーヴァントとして。そして―――白野に心を捧げる少女として。

 白野は清姫を言葉もなく見つめていた。

 清姫に対する記憶が無く、かつて清姫が愛していた岸波白野として振る舞えず、自分に向けられる想いに誠実に応えられないと思ったから謝りに来た。しかし、それでも構わないと清姫は言った。自身の想いに嘘などないから、もう一度白野と共にいさせて欲しいと伝えられた。

 

「・・・・・・俺は、まだ何も思い出してないよ?」

「構いません。思い出せないなら、また思い出を築けば良いのですから」

「好きと言われても・・・・・・応えられないかもしれない。俺には、大事な人が二人いるから」

「だったら、その二人に負けないくらい貴方を愛します。貴方に好きだ、と言って貰える様に」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・駄目、ですか?」

 

 涙を溜めた瞳で清姫は白野を見上げる。

 

「・・・・・・・・・最後に一つだけ」

「何でしょう?」

「気の利いた事は言えないし、恋愛とか全然分からないけど・・・・・・・・・こんな俺で良ければ、その・・・・・・・・・よろしくお願いします」

「・・・・・・・・・はい!」

 

 清姫は再び、白野にギュッと抱きついた。もう離れない様に。もう見失わない様に。

 そんな二人を月光は優しく照らしていた―――。




・・・・・・もう清姫ルートで書くか(嘘)

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