第25話
『早く逃げろ!母さん!雄真っゴッ!!??グ、ガアァァァァァァ!?」
『あなた!い、いやあああああ!!!』
……地獄を見た。それは、幼き日に味わった忌むべき記憶。当時の俺にとっては悪夢以外の何物でも無い地獄。肌を焼く燃え盛る熱風、天を焦がさんと昇る炎と黒煙、見上げた空には赤い空と黒き太陽が写っている。
『グ、ォォォォォォォォォォ………』
『腹……腹減ったよォォォォ……お前…美味そうだなぁ…食わせろよぉぉぉぉぉぉ!!!』
街を闊歩する住人に正気は無く、動脈の様な赤い紋様を体中に奔らせて血涙を流しながら辺りを破壊し、目につく命の悉くを喰らっている。酷い時は同族同士で喰らいあっていた。
人だけではなくそれは動物にも影響を及ぼし、かつて飼っていた愛犬はライオンを遥かに越える巨体となって他の獣と殺し合い、喰らいあっている。
よく見れば人や獣だけじゃない、背中に蝙蝠の翼を生やした奴や、血でもう殆ど真っ赤だが白や黒の翼を生やしてた奴らも辺りにいる。
平穏な日常の風景は一瞬で正気じゃない混沌とした惨劇の地獄へと姿を変えた。
それが、十一年前の惨劇、俺が裏の世界を知り、身を置く切っ掛けとなった過去の闇。
突然、空が赤くなったと思えば太陽が黒く染まり、此方に向けて脈打つように波動が放たれた。その瞬間生きとし生けるものは俺達家族以外、皆狂い果てて喰らい合い、殺し合い、人や獣から異形となり巨大な怪物になった者もいた。
まず最初に、父さんが母さんと俺を護る為に死んだ。全身が燃え盛る翼を生やした悪魔の様な奴に腹を貫かれ、焼き殺されながらに食われた。
母さんも足を焼かれたから俺に逃げるように言った直後、母さんは俺の目の前で頭を引き裂かれた。
ぴしゃりと、暖かいものが……母さんだったものの血が、顔にかかった。ケチャップの様な赤い水、鉄の臭いが染み付く嫌な水だ。バラバラになった母さんはそれっきり、俺の名前を呼ばなくなった。俺が何度も泣き喚いて呼びかけても、何も返事は帰ってこない。体を揺らした己の手を見れば、真っ赤に染まる程に付着していた。
燃え盛る悪魔から放たれる熱風を受けているのに、ただただ寒く、目の前の存在に恐怖し、大切な者を喪った喪失感で、涙が止まらなかった。
その直後、悪寒が奔り思わず振り返った途端、顔を切り裂かれたと同時に蹴り飛ばされた。
傷ついた体は既に満身創痍、痛みと悲しみで血と涙を流しながら喚くよりも前に、鋭い何かが胸に突き刺さるのを感じた。
それは燃え盛る爪、間違いなく俺の生命を奪うモノだった。だが、不思議と恐怖は湧いてこなかった。
酷く熱く、寒く、悍ましい感覚に襲われて身体の力が抜けていく。
自分の血で赤く染まる視界の中、黒く塗り潰された太陽を見上げて自分の中の『何か』が音も無く崩れていくのを感じた。
炎の悪魔がまさに俺を喰おうとした次の瞬間、体の奥からドス黒い力が湧き上がって俺の体を操り、衝動―――――喪失感と悲しみ、そして果てなき怒りと憎しみのまま叫んだ。
「……うッ……あア……ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!」
その後の事は、よく覚えていない。
微かに分かるのは、その悪魔擬きは俺が骨も残らず喰らい殺したという事、俺の故郷はその事件によって滅んだという事、それが幼かった俺がゼローグと出会い、今の俺になる原点となった事件であるという事だ。
「……いつにも増して酷い目覚めだ。頭が痛い……随分久しぶりだな、この悪夢を見るのも」
『例の夢か、前回から約4年ぶりだぞ、盟友』
「そうか、最近はあんまり見なかったんだけどな………忘れるな、とでも地獄が言ってるみたいだ」
そう言いながら腕で涙を拭う。
この夢を見た時は、決まってこうなってしまう。吹っ切れたと思っているのに、情けない限りだ。
『盟友』
「何も言わないでくれ、ゼローグ。大丈夫だ。俺は必ず見つける、それまでは止まれないんだ……。あの日置き去りにしてきた者達の為にも」
頭に過ぎるのは原初の夜、運命の日の光景。
闇を照らし天を焦がさんと燃え上がる炎と、血と肉が焼ける匂い。
自分だけが生き残ってしまった事実、自分が他の命を奪った感触、今まで生き抜く為に強くなると言う俺の根底にあった呪い。
『どうして、俺だけが生き残った?こんな事になるくらいなら、俺も父さんと、母さんと一緒に……死にたかった』
『でもこの力がある限り、自分じゃ死ねない……それでも生きなきゃならないなら……この力で、必要としてくれる人達の役に立たないと』
『もうあんな事、起こさせたりしない。俺が終わらせる。そうして死ねたなら、きっと……』
何年も見せなかった呪いが、心を蝕むように俺から仮面を奪おうとしていた。
全てを奪いし、黒き太陽を統べる怨敵。
その決戦の時は、まだ遠く。
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禍の団襲撃事件終結後、起きた時には体育祭の日の夜だったのは記憶に新しい。
起床時には寝すぎた弊害か赤龍帝という今までとは一線を画す強大な力を肉体に安定させるのにゼローグが魔力を掻き回した為に気持ち悪くなり、倦怠感で転倒し頭を打ったのも苦い記憶だ。その時、丁度残った小猫が様子を見に来ていて、凄い心配そうな表情で駆け寄ってきたのを覚えている。
何故、俺がそんな過去に思い出しているのかと言うと……
『ふはははははは! ついに貴様の最後だ! 乳龍帝よ!』
『何を! この乳龍帝が貴様等のような悪しき闇の軍団に負ける筈がない!行くぞ! 禁手化!』
赤龍帝の鎧そのまんまの姿に変身を遂げたヒーロー(?)が戦っていた。それもスクリーンの向こう側、テレビで……
現在、グレモリー眷属と転生天使のイリナ、アザゼルと俺は兵藤家の地下1階にある大広間にて冥界で新たに始まった特撮番組の鑑賞会をしていた。
見る事自体は良いのだが、問題なのはそのタイトル。
肝心の作品名が『乳龍帝おっぱいドラゴン』なのだ。何をとち狂ったのかは知らないが冥界では現在これが絶賛放送され、大人気らしい。
「始まってすぐに大人気みたいです。特撮ヒーロー、『乳龍帝おっぱいドラゴン』」
「そ、そうなのか……いや、いいのか?これ情操教育的に」
そして今、何故か俺の膝上には小猫が座り、尻尾をフリフリとさせながらに説明をしてくれる。
流石に可愛さが溢れて出ており、思わず頭を撫でると嬉しそうに顔を綻ばせるが、その後顔を真っ赤にするところ迄が一セットだ。
男に頭を撫でられたから恥ずかしいのだろうか?だったらそれ以前に不快という感情が来て殴る、というのは有り得そうだが、そんな様子は見られない。なのでもう少しこの撫で心地を堪能することにする。
あと余談だが、俺は純粋にこの作品に苦手意識がある。
ヒーロー物が嫌いだとか、演出とか気に入らないとかではなく、タイトルとあらすじで忌避感を持ってしまった。
もう一つの理由が『覇龍』の件である。
個人的に現状使えるカードの中でも最大の切り札を切り、暴走を止めようとしたが、埒外のしぶとさに加えてあれだけカッコつけておきながら俺の『覇龍』では完全に抑えきれなかった。これは発動維持時間をいつまで経っても伸ばせない自分の怠慢だ。
あまつさえあんな変な曲の方が効果があったとなったら、幾ら赤龍帝の力を奪えたとはいえ、精神的にはかなりショックを受けたものだ。
それだけじゃない。いや、今の俺達にとってはこちらが問題だ。
禍の団との光景が見られていたのか、手紙が来ていたのだ。その手紙の内容が、
【乳龍帝おっぱいドラゴンへの出演及び、黒天龍王の使用許諾願】
というものだった。アザゼルはニヤニヤしながら、俺は顔を蒼白にしてそれを読んだものだ。「黒天龍王」を「おっぱいドラゴン」に出してもいいかの許可願が来たとアザゼルから渡されたのだ。
(……冗談じゃない。こんなの承諾したら俺のこれからが終わる、それにゼローグもだ)
どんな役回りにしろ乳龍帝(アレ)と並び立つ事になるのは精神衛生上良く無い。普通の戦闘における共闘やならまだしも、あんな特撮に出た瞬間ロクな名前なんてつかない予感がある。一誠の方を、いや赤龍帝ことドライグを見てそう思う。
『もう、どうでもいいじゃないか。どうせ俺とお前は乳龍帝だ……』
全てを諦めたように溜息混じりに呟く声に計り知れない哀愁を感じる。
この件で1番の被害を被っているであろう赤龍帝ドライグ、そのプライドはこの作品が世に出た数週間で完膚なきまでに砕け散ったようだ。
赤き龍として名を馳せ、アルビオンやゼローグとも激戦を繰り広げた歴戦の龍が、今やおっぱいドラゴンの素材だぞ…?流石に哀れと言わざるを得無い……一誠、今お前の相棒は泣いてるぞ?
そして、俺の相棒のゼローグも最初は笑っていたが、ドライグの様子、俺への手紙を見て
(め、盟友よ、受けないだろうな?断固拒否するぞ!?我まであのような不名誉な渾名をつけられるのは!)
と猛抗議してきた。当然だな。
筆舌に尽くしがたい渾名を付けられる未来が見えたのか、再三俺に言ってくる。俺は溜息を着きながら当然だと思いつつ、手紙を見る。
散々ドライグの事をバカにしていた癖にと言いたいところだ。
(……でも、これが仕事で依頼なら……?拒否権あるのか?)
この考えに至った時、アザゼルを見ると『ニマァ』と笑っていた。
………この先は地獄で、俺に逃げ場はないとでも!?
(いやいやいや!?いくら協力者だとしても俺は傭兵だ!仕事を選ぶ権利はこちらにある!例え冥界やアザゼルが迫ったとしてもやらんからな!?絶対に守り切るぞ、俺達の心の安寧だけは!!)
「ユウマ先輩?」
「……ん?何だ、小猫」
「どうしたんですか?そんなに遠い目をして」
小猫が心配そうな目で俺を見てくる。
多分、これからへの決意で色んな意味で吐きそうな顔になっているのかもしれない。小猫に心配かけないように頭を撫で、俺は見たくもないテレビに視線を戻して
「いや、大丈夫……叶って欲しくない未来の片鱗が見えた気がしただけだ……」
小猫は首を傾げていた。俺は漏れそうな溜息を飲み込み肩を竦ませる。
映像の続きを見る度にゴリゴリ正気を削られる気がしたのは、恐らく気のせいではないだろう。
――――――――――――――
とある日の昼休みの駒王学園。
俺は相も変わらず屋上で一人で飯を食い、昼寝をかまそうとしていた。
(盟友よ、我がいうのも何だが友人はいないのか?これでは普段と変わらんではないか)
ゼローグの小言を他所に、俺は売店で買った大量のパンを食いながら
(そうだな……だが考えてもみろ、転入させられた時期は夏休み直前、体育祭は例の襲撃事件の後遺症で欠席、普段は屋上で飯を食うのを好む俺に友人と言える奴がいると?必然的に他者と関わる時間が無いだろう?
結論、全部無茶苦茶なスケジュールを押し付けてきたアザゼルのせい!以上!)
(まあ間違ってはいないのがまた哀しいな……)
俺はそうゼローグに反論し、コーヒー牛乳を飲む。
(第一俺の仕事はグレモリー眷属の護衛、そしてアザゼルがここに残る為の条件だろ。ボディーガードがイベントで浮かれてどうする?)
と言い、俺は食べ終わったパンの紙屑達と牛乳パックを消し飛ばし、仰向けに寝転がる。
思い返せば改めて友人と俺が言えそうなのは、良くも悪くもヴァーリ達なのかもしれない。
鳶雄さん達は頼れる、気の良い兄さん達って感じだしな……
ではグレモリー眷属達はどうなのか、考えた時に出る言葉は……まあ【護衛対象】だろうな。だが、
(最近は護衛対象だけで片付けられてない気がするな……どうも不安要素が多過ぎて気にかけてしまう)
入れ込み過ぎだ、と自分を戒める。
俺はもう一度溜息を着く。そのあとはボケっと空を見て休んでいると
「起こしに来ましたよ、ユウマ先輩」
小猫が前と同じように顔を覗き込みながら起こしに来た。
「あぁ、ありがとな。けど、今は調査とかしてないし、無理して起こしに来なくていいんだぞ?そっちにも交友関係があるだろ?」
そう言うと小猫は首を横に振ってから俺の横に座り、
「いえ、私が起こしたいから来ています。それに、この少しの時間が私は好きですから」
少しらしくないことを言う小猫。
日を背にして微笑んで言う彼女は、いつもの可愛さとはまた違う魅力があった。
「……そ、そうか。なら、好きにしな」
そう言い起き上がると同時に携帯が鳴る。
確認し「アザゼル」の文字列を見つけた瞬間、電源を切りそうになるがギリギリ堪え、内容を見て俺は改めて眉を顰める。
どうやら新たな仕事のようだ。