奇跡の世代と同世代に生まれてしまったせいで、いちども日の目を見ることのなかった彼だったが、そんな彼が唯一無二の己の力を用いて、物語を大きく狂わせる。
それでも良ければどうぞ。
帝光中学校、バスケットボール部。
部員数は百を超え、全中三連覇を誇る超強豪校。
その輝かしい歴史の中でも、特に最強と呼ばれ無敗を誇った、十年に一人の天才が五人同時にいた世代は、奇跡の世代と言われている。
そして彼は、そんな奇跡の世代と同世代の人間だった。
彼ははっきり言って非常に影の薄い人間である。
影が薄いというよりは、キャラが薄いというべきか。
どういうことかと言われれば、彼はバスケ部員でありながら、公式、非公式を問わず、バスケの試合に出場した回数が極端に少ないのだ。
それは、彼がバスケが下手だからではない。むしろ彼は、とてもバスケが上手い。ただ単に、奇跡の世代には敵わなかったというだけの話である。
毎回ベンチ入りしているのに試合には出られない。
決して試合には出られないのに、毎回ベンチ入りだけは果たす。
そんな彼についたあだ名は、ベンチの番人。
とても報われない話である。
脇役であり、端役であり、影にすらなれない完全なるモブ。彼はそんな人間だった。
しかし、そんな彼は、ある意味でとてつもない人材であった。
奇跡の世代と呼ばれる天才五人が、それぞれ己と他者を隔絶させる武器を持っていたように、彼も一つの特殊な力を持っていた。
それが故に彼は、天才五人のうちの四人からは絶大な支持と尊敬を受け、そして残った一人からは殺意と苦手意識を持たれていた。
そんな彼の持つ能力。
それは、当時帝光中学校バスケットボール部において、絶対王政の恐怖政治を敷いていた主将赤司征十朗に対し、唯一、面と向かってズバズバと好き放題に物を言うことのできる能力だ。
理不尽なことを言われた場合には『ふざけんなー』と怒鳴り、殺人的すぎる練習メニューに対して『ふざけんなー』と怒鳴る。
「逆らうものは親でも殺す」を地で行く赤司勢十郎に対して、こんな無謀な発言ができたのは、後にも先にも、彼だけであっただろう。
そして、そんな彼と赤司征十郎の、とある日の会話から、物語は動き出す。
「……そういえばさぁ、赤司さん、どこの高校いくの?」
彼がそれを聞いたのは、単に好奇心からだった。
赤司がどこの高校に進学しようが、どうせ自分が日の目を見ることはないと彼は思っている。
この三年間、奇跡の世代を間近で見てきた彼は、完全にバスケに対して卑屈になっていた。
高校に行ってもバスケを続けるつもりではあるが、その場合の目標はと言えば、『楽しくバスケをすること』などという平凡すぎるものだったりする。
ここで『キセキに勝つ!』とでもいったような気概を見せられれば、彼も主要キャラになれるのだろうが、そこはそれ。彼は骨の髄までモブだった。
「ん?俺は……そうだな。洛山高校に行こうと思っている。推薦をもらったからね」
「洛山?」
赤司の答えに彼は顔を顰める。
そしてしばしの沈黙の後、彼は大きくため息をつくのだった。
「洛山……洛山ねぇ……」
「ん?どうした?」
どこか様子のおかしい彼に対して赤司は怪訝な視線を向ける。
「いや……、洛山って、あれだよね。なんか俺らの一つ上の世代のスゲェ人たち……無冠の五将っつったっけ? が、三人も入ってった所じゃなかったっけ?」
「ああ。よく知ってるな。俺も推薦をもらってから調べてみたんだが、どうもそれなりに使える奴が三人、洛山にいるらしい」
「……失望したよ、赤司さん」
「な……なに?」
いきなりの彼の発言に、赤司は若干戸惑ってしまう。
そんな強豪校から推薦を貰えたという事実はむしろすごいことであるはずなのに、彼が一体何に失望したのか、赤司には分からなかった。
「……どういうことだ」
戸惑いながらも問い詰める赤司に対し、彼はため息を一つついてから語りだした。
「いや、だってさ、赤司さん。あんたいっつも『自分が勝つことは当然のことである』みたいなこと言ってるじゃん?そんなあんたがさ、洛山みたいな勝って当然みたいな高校に行っていいのかよ?」
「……何がいいたい」
「だって考えてみろよ。無冠の五将が三人と、奇跡の世代が一人いるチームで、どうやって負けるっつーの?赤司さんが洛山に入って、そんでその年のIHで優勝したとして?はい。それでなに?って感じだよ」
「…………」
「最初から勝ちに行くなんてダメだろ!勝って当然みたいなところに入って、案の定勝って、それで「勝つことは生きていくうえで当たり前の基礎代謝のようなもの」なんてドヤ顔されても、あぁ、そう。としか思えねぇよ」
「……俺がいつドヤ顔をした……」
「割といつでもしてるっつーの。まぁアホ峰程じゃないけどさ」
「…………」
そろそろ赤司にも怒りが溜まってきたようで、無言の中でもその瞳には凄まじいまでの殺意が宿っているのだが、そんなものに怯む彼ではない。
そもそもこの程度の殺意。彼は既に受けなれている。
「まぁ、とにかく。例えば赤司さんがさ、まったく無名の高校に行って、そこですらも勝ち続けてしまうってんなら、俺も赤司さんスゲェぜって思うよ?でもさ、最初から勝ちにいっといて、『勝つことは当然』なんて言われてもねぇ……。一生懸命考えた計画が上手くいってよかったでちゅねー、ってくらいな感想しか抱けねってなもんさ」
「…………」
黙り込む赤司と、言い切った感で溢れる彼。
イラついた表情の赤司と、さっぱりした様子の彼。
まったく異なる様子の二人が紡ぐ沈黙がしばし続き――
「……いいだろう」
――唐突に赤司が言葉を発した。
「ん?赤司さん?なんて?」
首を傾げる彼に、赤司は挑戦的な瞳を向ける。
「いいだろうと、と言った。お前の挑発を受けてやる。洛山の推薦は辞退して、どこか無名の高校に進学するとしよう」
「………へ?」
「とはいっても……、部員にまったくやる気のないような弱小校では話にならんからな。せめてインターハイ予選の準決勝位には出られるような学校にさせてもらうが、まぁそれくらいは良いだろう」
「あ、あの、赤司さん?」
「見ているがいい。俺が洛山でなくても勝てるということを見せてやる」
「…………」
彼は黙り込むしかなかった。
半ば冗談で言ったことだったのに、赤司が推薦を蹴るなどという事態になってしまった。
しかしこれは奇跡的な瞬間でもあった。
余りにもモブな彼が。
ここに至ってなお、名前すら出してもらえないほどのモブである彼が。
赤司征十郎という、世界の主役と言ってしまっても良いような存在の人生を動かしたのだ。
これは本当に、奇跡的な瞬間で、この奇跡がこの後、大きな波乱を呼ぶことになる。
「そうだな……黄瀬は海常、青峰は桐皇、緑間は秀徳、紫原は陽泉だったな……。それ以外で……無名で……尚且つ、それなりに部員にやる気のある学校か……。……そういえば今年のIHで、東京予選の決勝リーグまで残っておきながら、リーグ戦全てでトリプルスコアで負けた新設校があったな……。ふっ、ちょうど良いじゃないか」
そうして赤司が選んだ進学先で、赤司にとって予想外の再会が待っているのは、また別の話である。
ちょっと赤司様を馬鹿にしたかったから書いた。
……どうしよう……殺されてしまうかもしれない……ハサミで……。
ちなみに"彼"は今後二度と登場しません。それがモブがモブたる所以です。
ともあれ、楽しんでもらえたらうれしいです。
そして続きません。
もし、……もしも物好きな誰かがいらしたら(←いるわけないだろうけど)、是非続きを書いてください。お願いします。
言い出しっぺの法則とか私知らないんで。
追記。
物好きな方が現れました。
雨流さんという方なのですが、この作品の続きを是非書かせてほしいと、私のマイページにメッセージをくれました。
とてもありがたい話です。
期待して待たせていただきましょう。
さて、少し長くなるのでこれ以降はスルーしてくれても構わないのですが、ついでなので、なぜ私自身が続きを書かないのかという説明をさせていただきます。
私はぶっちゃけ赤司様についてよく知りません。
原作は持っていませんし、アニメは毎週見ているのですが、まだ赤司様が登場しません。
そのうえ、ジャンプも少し前まで読んでいなかったので、私が知っている赤司様は、最近のジャンプの赤司様と、某イラスト投稿サイトにて「安定の赤司」とか「キセキ厨」とかタグがつけられる赤司様(笑)と、ウィキにて読んだキャラ紹介の内容だけです。
だから、一発ネタとしてならともかく、赤司様を主軸とした物語を連載するのは無理かなぁと思った次第でございます。
どうかご容赦くださいませ。
それでは。