一刀と香風が今を生きることの大切さを知る話.

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束の間の休息

舞台は何時ぞや何処ぞやの外史にて.

 

世は朝廷の権力も腐敗し,黄巾党制圧を経て,列強豪傑熱り立つ乱世の真っ只中.

 

陳留にて北郷一刀は華琳の命より隣国への謁見外交の任を受け徐晃(香風)と出立することになった.

 

舞台はその帰路のこと, 春の訪れ,始まりの季節.

 

そんな一刀にも何か良いことが始まりそうな予感.

 

 

・・・・・・

・・・・

・・・

 

「今回の遠征も無事に終わってよかったな。でも俺が行く意味あったのか?」

 

一刀は自らの引く馬の鬣を撫でながらそう言う.

 

大陸に来てからもう何度も乗った馬. 最初はうまく乗れなかったのも, いまはもうその思い出すら懐かしい.

 

「お兄ちゃんがいるとシャンはいつもより頑張れるんだよ」

 

そう言って返すのは香風.

 

一刀に比べて小さな躯体も,その勇猛な乗馬と悠然とした立ち振る舞いによって幾分も大きくそして強く見える.

 

それもそのはず. 香風とは曹操が曹魏の重鎮にして乱世の世に早くも名を知らしめる徐晃その人である.

 

されど香風もまた恋姫.

 

香風も一人の少女なのだ.

 

その外見はたいへん可愛らしく, 優しき心ににしびれるような真っすぐなまなざし.

 

一刀の愛する恋姫の一人なのだ.

 

「あれ、お兄ちゃん。これ」

 

晴れやかな空と心地よい気温, 清々しい春風に心穏やかな気分で道を進んでゆくと香風が何かを掴んでこちらに見せてくる.

 

一輪の花びらだ. たまたまは風に乗って飛んできたのか周りを見渡しても他に花びらなどない.

 

花びらをよく見ると思わずはっとした. その花びらは何よりも慣れ親しんだ,どこか懐かしい気持ちにさせられる花だった.

 

 

「おお、その花びらは桜じゃないかな」

 

桜である. 花びら一枚に元居た国天の国を想起させられ思わず気分が高揚してしまう.

 

花びらが飛んでくると言うことは近くに桜の木があるはずだ.

 

確信に近い感覚を覚え, 香風に尋ねる.

 

「ちょっと行ってみるか。それくらい華琳もお咎めなしだろう」

 

香風は笑顔で答える.

 

「うん。シャン、お兄ちゃんとお花見したい」

 

そうと決まればさっそくだ.

 

「護衛の人たちに連絡してくる」

 

護衛に森の前で休憩がてら駐屯野営させると, 一刀と香風のふたりは山道を進んでゆく.

 

「風の方向的にこっちかな」

 

遠征の帰路の途中ともあって陳留とは比べ物にならない自然と田園風景.

 

一刀はいつかの少年が山に探検に行くときのような高揚感を覚える. それはまた純朴な心をもった香風も同じである.

 

幸いにもおおかた風の向きから桜のあるであろう方角は分かっていたので, さして時間もかからず桜木の近くに辿り着く.

 

「お兄ちゃん、道が開けてきたよ」

 

やがて道が開け, 果たして先人たちの立ち入ったことのあろうか. そんな山中秘境の景色が二人の眼前に広がる.

 

「おおおおおおお、すごい景観だな」

 

眼前に映るは桜並木というには到底事足りぬ, 観たままを言えば桜の海であった.

 

場所はちょうど未開に思われる山の谷線に沿うような景観. あのまま桜の花びらに気づかぬなら決して見つけることができなかったであろう桜木の海.

 

 

「シャンも都にいたころ桜を見たことあるけど、こんなにすごいのははじめて」

 

「こんな桜並木が見つかるなんて、びっくりだよ」

 

一刀はその景観に感嘆し, 香風は目を輝かせてはうんうんと頷くばかり.

 

 

「そういえばこれ、霞が出立前にくれた老酒。香風も飲むか?」

 

これまた運のいいことに一刀の手には老酒の徳利ひとつ. 見開けた山道の端にちょこんと座った香風に向けて,一刀はさも気前のいいように香風に見せてみる.

 

「うん。一緒に飲もうお兄ちゃん!」

 

盃を交わす.

二人は決して盃を交わすのは初めてではないが, この桜木の風景が場を盛り上げる.

 

ふたりきりとは良いことに, 二人は寄り添うようにして笑い合う.

 

嗚呼, これ以上に美味い酒があろうか.

嗚呼, これ以上に美しい桜があろうか.

嗚呼. これ以上に愛しい娘がいようか.

 

二人はしばしの幸せな時間を過ごす.

 

やがて酒も進み談笑も終わろうかとしたところ, 一刀がどこか虚ろに

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 

「こんなきれいな桜の下で昼寝でもしたら気持ちいんだろうなぁって」

 

酒も回ったのか少し眠たげに言うと

 

「なんだかシャンも眠くなっちゃった」

 

香風もどこか眠そうな表情で.

 

「お兄ちゃん、きて」

 

「香風・・・?」

 

香風はその小さな膝をちょんちょんと仕草してみせる.

 

一刀も察しがついたのか些か赤面しながらも安心しきったように香風の膝に頭をもたげる.

 

「なんだか恥ずかしいな」

 

香風は優しく微笑んで

 

「そんなことないよ。いまはお兄ちゃんとシャンのふたりだけ」

 

そう言うとどちらとも話すことなく身を寄せあうのだ.

 

「なぁ、香風」

 

「なに、お兄ちゃん?」

 

「こんな時にする話じゃないかもしれないけどさ、天の国の話をしてもいいか?」

 

「うん、シャンも天の国の話聞きたい」

 

一刀の問いかけに真摯に耳を傾ける香風.

 

「俺のいた国ではね、戦争もなくて政も安定していて生きるのことにあまり困らなかったんだ」

 

「お兄ちゃんのいた国は大陸とは全然違うんだけね」

 

「うん。けどね、この乱世の中にも今みたいに幸せな時間があるんだなって」

 

「天の国にいた頃は日々の生活が当たり前だと思ってた。なんとも思ってなかった。」

 

「けど、いまこうしていると今みたいな幸せな時間を大事にしなきゃなって。」

 

「変なこと言ってごめんね、香風」

 

どこか遠くを見るように話す一刀に対して香風は頷きながら,

 

「ううん。お兄ちゃんの言ってること、シャンもすごいわかる」

 

「シャン、お兄ちゃんと今こうしていられて幸せだよ」

 

乱世の中, つかの間の安息の時間.

 

改めて自分のいた世界とこの大陸の違いをいっそう感じ, 自分の居場所があること, 大切な仲間がいること, 心安らぐ平和な時間が当たり前ではないことに気づかされたのだ.

 

桜木の下で一刀がそう思ったのは香風も同じだった.

 

 

「香風・・・」

 

どちらともなく顔を近づける. 

 

あえて口にせずともお互い何を望むのか知っている.

 

「お兄ちゃん・・・」

 

 

唇が交わる.

 

互いを求める.

 

「お兄ちゃん・・・大好きっ」

 

「俺も愛してるよ、香風」

 

幾度かの啄みの後, 気づけばふたりは寝てしまった.

 

 

 

「すぅ・・・すぅ・・・」

 

 

「ん・・・うわっ寝すぎたか!」

 

 

「むにゃむにゃ・・・お兄ちゃん・・ってあー」

 

 

まだ微睡の中の意識を叩き起こす. 数刻ばかり寝てしまったようだ.

 

 

「後で護衛のみんなに謝らないとな」

 

 

そう言うと一刀は香風と身支度を済ませ, ふたりはバツの悪そうな顔をして来た道を戻っていく.

 

 

そんな帰り道に

 

 

「シャン、今日の想い出、大切にする。お兄ちゃんと見た景色、絶対忘れない」

 

そんな香風に一刀はこれからの決意を新たに,

 

「これからも大変だろうけど、また一緒に来ようね、香風」

 

前を向いて,

 

「それじゃあ帰るか、俺たちの居場所に」

 

大切な人と共に,

 

「うん、お兄ちゃん!」

 

 

 

 

終.


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