年の暮れ、大掃除の時期。
とある穏やかな一家が、几帳面な夫を中心として、家中を綺麗にして回っていた。
すっかり背も伸びて、大人っぽくなったつよしは、しかし、まだまだ少年らしいあどけなさの面影が残っている。
彼女の方からの告白を受けて、結婚にまで至ったつよしは、もう遠い思い出と化していた、高校生のころの思い出を、ホコリを被ったダンボール箱から掘り起こしていた。
そういうの見ているときりがない、と、妻から叱られながらも、自主制作したアルバムや、一人二役をしていたころの衣装や写真なんかを一つずつ手にとって、微笑みを浮かべながら、綺麗にホコリを落としたり、不要なものを捨てたり(ほとんどが捨てられず、箱の中にしまわれていくが。)して、懐かしくも照れくさい思い出に浸っていた。
そんな思い出の品々の中から、タイトルの書かれていない、真っ白なCDケースが出てくる。
蘇りつつある記憶から、必死になんのCDかを思い出そうとするが、どうも心得ない。
聴いてみたら分かるだろう、ということで、わざわざCDプレイヤーを引っ張り出してくると、真っ白なCDケースを開く。
すんなりと開いたケースの中には、これまたなにも書かれていない、真っ白なCDと、折り畳まれた手紙が出てくる。
高校生のころの自分の手紙を読むことなど、恥ずかしくてとてもできそうにないけれど、そのとき、つよしは、どうしても読まなければいけない予感がしていたのだ。
ゴクリ、と唾を飲み込み、恐る恐る、折り畳まれた手紙を開く。
「はいけい
前に無理を言って撮らせてもらった、うたのCDが焼けたので、一緒に聴いてみるのなんていかがでございましょーか。
年明けも一緒に居たいです。
けいぐ」
とても短い手紙だった。
余白の部分には、何度も書いては消した跡がついている。
そして、つよしがこの手紙を書いた相手も、CDケースの中に入れた理由も、このCDの中身も、この少しの文章を読んだだけで、合点がいったらしい。
つよしは、焦っているような手つきで、真っ白いCDをプレイヤーに入れると、読み込んでいる最中にも関わらず、何度も再生ボタンを押す。
つよしが思い出した少女は、高校生のころに好きで、憧れすらも抱いていた、「うた」という少女だった。
うたは、写真に映るのを、そして、声を撮られることを嫌がった。
それでも、なんとかお願いして一度だけ撮らせてもらったのが、このCDだ。
この手紙を出して、高校最後の年末を、一緒にすごそうとしていたのだ。
しかし、直前に、別の女の子から告白を受けてしまったつよしは断りきれず、この手紙と一緒に、うたのCDとともに、しまいこんで忘れていたのだ。
CDプレイヤーから流れて来る環境音とともに、その頃の罪悪感が蘇ってくる。
付き合っていたわけではない二人だったが、その友情と、つよしの抱いていた感情は、偽物ではなかったはずなのだ。
疎遠になっていったうたの、素朴で天使のような、美しい微笑みが思い出され、つよしはいても立ってもいられなくなり、掃除もほっぽかして、走った。
あの高校の在る町へのきっぷを買って、過去からやってきたかのような、あの頃とまるで変わらない音で電車がやってくる。
未練のある街へ向けて走る電車に、つよしは乗った。
電車を一つ乗り換えて、20分程度。
学生たちが、冬休みに喜んで、はしゃいで遊ぶ街道を通り抜け、うたの住んでいた、年季を感じさせるアパートへとたどり着いた。
学生のころに住んでいたからと、今も住んでいるとは限らないのに、足は自然とここに向かっていた。
学校の屋上で、心ゆくまでうたいつくしたあとは、うたをお家まで送り届けるのが毎日の習慣だったからか、頭は忘却していても、体は覚えているものようだ。
夕日に照らされた、アパートの影に勇気を振り絞り、うたが住んでいた部屋の扉をノックする。
「うたちゃん、僕だよ、つよしだよ。CDのを持ってきたんだ、一緒に聴きませんか?」
かあ、かあ、と、カラス二鳴き程すると、扉ががちゃりと開く。
つよしよりも背の高い女性が、扉の前に立っていた。
長袖のYシャツに、だぼっとした黒いズボンを履いた、ポニーテールの女性。
スレンダーで、か弱そうな雰囲気があるにも関わらず、瞳の奥に宿る、青い炎は、十数年経った今でも燃え続けている。
「謝りにもきたんだ。なんにも説明しないまま、疎遠になっちゃったことを。」
天使のような微笑みを携えた、その女性は、首を横に振ると、つよしの手を握ると、扉の中へと引き込む。
「もう一度つよしくんに会えたんだから、それでいいんだよ。」