その日の朝早く。少女は誰よりも早く目を覚ました。一瞬自分がなぜここにいるのか考えるような動作をした後、すぐに解決したのか医務室から出て自身の部屋へと向かい始めた。まだ早く、かつ夜の遠征部隊はまだ帰ってきていないことも関係して少女とすれ違う者は誰一人としていなかった。
さて部屋につき、少女はいつものように飾ってある装備たちの点検から開始。少しでも埃などのよごれが見つかった場合はいつものフキンで念入りに拭いていく。ここにあるものは全て少女のお気に入りの装備たち。決して手を抜かずに丁寧に手入れしていく。
数時間とはいえこの部屋を離れていたということもあって、微妙に汚れが出来てしまっている。そういうのを落として輝きが見えるレベルにまで拭くのが少女だ。
その作業だけでも数時間かかる。いつの間にか部屋の外が徐々に人の気配がするようになってきた。業務が開始されたようだが、少女は気にも留めず作業を続けていく。
それから少しした後一段落がついたのか、フゥと一言息を吐き。するりといつもの椅子に座りこんだ。さらに慣れた手つきで本を取り出して読み始める。もちろん内容は装備についてのもの。一ページ一ページを吟味するように時間をかけて読んでいく。そんなときに、丁寧なノック音が部屋に響く。
『姫サマ。リ級デス。失礼シマス』
同時に扉が開けられる。中に入ってきたのは二人分の足音。入ることを宣言をしたのはリ級のみなのに二人分であることに疑問を持つ……ことはなく意識は本に向けられたままだ。
「本日ヨリ、コチラノ深海棲艦ガ着任シマス。名前ハ種トシテ新シイモノデアロウコトカラ確定ハシテイマセンガ、駆逐艦デアルコトカラ、暫定的ナ呼ビ方トシテ『シ級』トサセテイタダキマス」
これに少女は一瞬二人に目を向けて、再び本のほうに目を向ける。
対して、入ってきた二人のうちリ級ではないほう──すなわち、島風はこの様子に疑問をもった。そのため島風は隣にいるリ級に対して小さな声で話しかける。
「……あの、この人……いつもこんな感じなんですか?」
「静カニ、姫サマノ前デス。ソシテ姫サマヲ『コノ人』呼バワリシナイヨウニ」
さっきここに来るまではかなり優しかったはずのリ級の冷たい対応に不思議に思う島風。だが上司の前だとこんなものかと自分を納得させてまた少女の方を向き、口を開く。
「ほ、本日よりここでお世話になります、駆逐艦シ級です! よろしくお願いします!」
そして頭を下げる。その時にも少女は島風に何も声を掛けることはなく本に没頭していた。すでに興味を失ってしまった様子。この態度にちょっとイラッとはしたものの我慢して顔をゆっくり上げた。
「報告ハ以上デス。失礼シマシタ」
「あ、失礼しました!」
出ていくリ級を追って挨拶をして出ていく島風。完全に部屋から出て行ってしまったあとで、島風は色々と尋ねる。
「あの、さっきの姫様っていつもあんな感じなんですか?」
「エェ、イツモアノヨウナ感ジデス。朝モ言イマシタガ、決シテ姫サマヲ怒ラセナイヨウニ」
「あ、はい」
挨拶に行く時から何度も機嫌を損ねるなと言われ続けていたためか言われ慣れた島風であった。
以前新たに入ってきたレ級は戦艦であり、且つ戦闘専用要員であるため演習や実戦時ぐらいしか出番がないため基本気ままにここでのんびりしているのだが、駆逐艦である島風には演習実戦に加えて遠征の業務などを行ってもらうことになる。その遠征の指導を今日はするようだ。
「基本ワタシガ指示ヲ出シテイマスガ、異例ノ事態ガ発生シタ場合ハソノ場の判断ヲ現場ニ任セテイマス。詳シイ対応等ハ彼女ラニ聞イテクダサイネ」
「えっと……彼女ら?」
「? ハイ、彼女ラ、デスヨ」
手で示された、おそらく休憩中であろう駆逐イ級や駆逐ロ級たち。かつては敵としていたそれらがこれからは同僚……さらには先輩になるのかと考えると少し変な気持ちになるのか変な表情を浮かべる島風。
「(……言ってること、わかるかなぁ)」
まだ人型だったら意思疎通が出来そうなのに、明らかにそこにいるのは異形。もはや生物って言ってしまった方がよさそうである。
だけどこれから一緒に過ごしていくことには変わりない。とりあえず挨拶をしようとイ級たちに話しかけようとしたとき────
「キュ~!!!」
遠くから、島風の連装砲の声。振り向くと物凄い勢い、且つ泣き顔で島風のほうに一直線にかけてきている。
「あ、連装砲ちゃん!」
「キュー!!!!!」
飛びついてくる連装砲を島風は綺麗にキャッチ。
「キュ、キュー、キュー!!」
「ご、ごめんってば! だって連装砲ちゃんぐっすり眠ってたし、リ級さんによれば今日はすぐ終わるみたいだったし、いいかなって思って……」
「キュ、キュー!!」
「ほんっとにごめんね! だから落ち着いて連装砲ちゃん!」
騒ぐ連装砲をなだめる島風。声を発する、さらに昨日少女と一緒にいたあの連装砲であるということで全員が二人のほうを向く。具体的には、『エ、アレ昨日姫サマトイタ連装砲?ジャン。ソレト仲良クシテルアノ深海棲艦何者???』という視線だ。
島風が注目されてしまうというちょっと想定外な事態に軽いパニックになってしまっていたリ級に、レ級とヲ級が肩を叩いて話しかける。
「オイ、面白イコトニナッテルジャネーカ。ナァヲ級?」
「ヲー……」
「ン? オー確カニ。アレハ姫喜ビソウダナ」
「ア、貴女達……」
仕方なく、事情を話していくリ級。本当ならゆっくり慣れさせていくつもりだったのだが、こんなことになってしまっては自分の計画が崩れてしまったことも述べる。妙に特別扱いをしている様子のリ級に二人は少しの疑問を持つが、そんなものなのかもしれないとも考え一旦思考を終わらせる。
「デモ……結果トシテハ大丈夫ソウジャナイカ?」
「エ、ソレハ一体……」
「マァ見テロッテ」
ずんずんとレ級はようやく落ち着いた連装砲とそれを抱える島風のほうに行く。そしていきなり島風の腕を掴んで上に上げた。
「コイツハ今日カラココデ世話ニナル駆逐艦シ級ダッテサ! ヨロシクシテヤッテクレヨ!」
レ級がそうやって声掛けをしてやると周りにいた深海棲艦たちはそれぞれの言葉で声を島風の方に出していく。なんと言ってるのかははっきりと島風はわからなかったが、よろしくと言ってくれているのはわかった。
レ級は新参ながら以前いたところでの活躍などから一目置かれている存在だ。さらにこの基地では比較的まともな部類ではあり、かつ親しみやすい性格から割と人気だ。そんな彼女からの紹介だ。反応しない者のほうが少ない。
「ホラ、コイツラガ挨拶シテクレタンダ。オ前モ返サナキャ、筋ジャナイダロ?」
ニヤッと島風にレ級は語る。島風にとってレ級はデータでしか知らなかったが、親しみやすい性格なんだと理解した。
全員のほうを向き直して、一度深呼吸をして、皆に聞こえるよう叫ぶように言った。
「今日からお世話になります、駆逐シ級です! よろしくお願いします!!」
「キュー!!!」
島風に声にも全員が反応をしてくれている。見た目は異形ではあるが、歓迎をしてくれている様子が痛いほどに伝わった。
ふと、島風は以前いた鎮守府を思い出す。──道具として扱われ、個人を排他していて、冷たかったあの場所を。
それに比べてこちらはどうだろう。姫はわからないが、ここにいる人たちはみんなあったかい。歓迎してくれている。
「……ン? ドウシタ新人。泣イテンノカ?」
「……あ、あれ? あれ? おかしいな……」
「ヲ……?」
目の前が滲んでくる。でも、悲しいわけじゃない。むしろ────
「ソノ、大丈夫デスカ……?」
唯一事情を知っているリ級が心配そうにこちらに話しかけてくる。これに島風は何と返すかは決まっていた。
「──うん、大丈夫! 本当によろしくねっ!」
もちろん、とびっきりの笑顔でだ。
主人公は現状空気。