『──アラ、珍シイワネェ。ソッチカラ連絡シテクルナンテ』
「……」
ある暗室。そこにて一人どこかへ通話の形で連絡を取っている者が一人。相手の余裕があるような態度と少々緊張気味な様子から、上司と部下のような関係性であることが窺える。
「……ナァ、明日ナンダロ?」
『エェ、ソウネェ。──何? マサカ怖気ヅイチャッタ?』
「……ンナ訳ナイダロ。ソレヨリ、『姫』ヲ知ラネェカ?」
『…………コーショノコト?』
相手を纏う雰囲気が変化。一段声のトーンが落ちる。それに少しだけ怯みはするものの、すぐに持ち直して続ける。
「アァ、突然行方ガ分カラナクナッタ。捜索シタガ手掛カリ無シ。コレダト明日は上手ク行カナインジャナイカト思ッテナ」
「……………」
雰囲気変わらず黙る相手。しばし無言が続く。仮に知らないのであれば即座に否定が入るであろうこの場面。黙っているということはもはや心当たりがあると言っているようなもの。そこで相手が何を言うかを待つことで聞いてやろうと考える。
『──マタ、ナノカシラネェ』
「マタ、ッテ……ドウイウコトダ?」
『ソウネ、ソレジャア話シテイキマショウカ。《深海棲艦ガ沈ンダラドウナルカ》ヲネ』
────
『ほ、本当に沈めたのか!?!?』
「えぇ、あの工廠棲姫を海に沈めてやりましたよ」
ある鎮守府の執務室。男が一人椅子に腰を掛けて笑みを浮かべながらどこかに電話をしている。この様子から非常に機嫌が良いということが窺え、受話器を持つ反対側の手で愛銃を回している。
その相手は海軍の本部。すなわち元帥である。彼はかつてラ九作戦を指揮したが沈められなかった工廠棲姫に対し、一旦触れないようにしたようではあるが、やはり諦めきれなかったところがあったのか、男のこの話にすごく関心を示していると同時にどこか悔しさのようなものが見え隠れしている。
『しょ、証拠は……?!』
「証拠ですか。あぁそれは写真に収めてお送りいたしましたよ。もうじき届くんじゃないですかねぇ?」
先日、工廠棲姫を海に沈めた男はその証拠としてその光景を写真に収め、プリントアウトしそれを海軍本部に送った。上は古臭いだろうからネットよりもこっちのほうが伝わるだろうという男の判断によるものであった。
『では、方法は!』
「そちらも証拠写真と同封して送らせていただきましたよ」
自身の銃、その設計図のコピーも一緒に送ったのだ。これにより、この武器が流行り本部から艦娘不要説の後押しをしてもらおうと考えたからである。大本営最高警戒深海棲艦であった工廠棲姫に通用したのだ。採用しないわけがないと信じながら。
『信じられない……。確かな証拠を目の当たりにしたわけではないからこのように言えるだけなのかもしれないが、あの工廠棲姫をまさか君たちの鎮守府のみで沈めることが出来たとは……』
「……そう、ですね」
『君たちの鎮守府』という点に引っかかりを覚える男。これではまるで男と艦娘の力によって撃破したと言っているようではないか、と。ふざけるな、といいたい男であったが抑える。
『──ん? 少し待っててくれ』
先方の声が離れていく。誰かが訪ねてきたきたようで、遠くで話声のようなものが聞こえる。
間が出来、意識を戻し、一回受話器から離れてため息。
「(……はぁ、《深海棲艦に通常兵器は通じない》という固定観念に振り回された老害め。……だがその時代は終わる。今日にな)」
何故電話をしているのかというと、その写真が届くのがこの時間辺りだからだ。常識が変わる瞬間に立ち会えることはできないものの、その瞬間を聞くことはできるだろうという考えの下からだった。
「(本来は立ち会いたいところではあったのだがな)」
視線を窓へ。外の様子がはっきり見える。──嵐が。
この嵐はつい先日から発生していた。この鎮守府から大本営までの距離は、手紙が緊急を要するものならばその日に届けられるほどの距離に位置している。つまりは行こうと思えばすぐに行けるような距離であるため、報告ついでに証拠写真らを渡す予定ではあった。
しかしこの嵐によって阻まれた。突発的で局所的な嵐。加えて毎年押し寄せる台風の比ではないほどの威力のため、人間が外に出ることをただいま禁じられているのだ。
「(まったく、ついてない)」
内心ため息を零す。だが時代が移るという事実は変わらない。その瞬間を聞こうじゃないかと受話器を耳に当て、改めて意識を電話の方へと移す。
『──すまない、待たせた』
「いいえ、とんでもありません」
『そして、届いたよ。君の証拠とやらがね……!』
「!」
思わず身を乗り出す。
ついに来たかと。待ちわびたその時がもう目の前にきているのだから。
「ではすぐに確認を」
『う、うむ……』
びりびりと何かを破く音。中身の写真がこれから見られるだろうというのは容易に想像できる。
男は笑う。声に出さずに。
男は待つ。自身を称える声を。
男は想像する。これからの自分を。
『あ、あぁなんてことだ……』
さぁ来いと身構える。この時、この瞬間から、時代は男のものに────
『なんてことを、してくれたんだ……ッ!!!』
───なることなど、あるはずがなかった。
「──は?」
「まさか、こんなことになるとは……そうか、これも我々先人の過ちか。きちんと訂正し伝えていれば……」
「な、何をおっしゃっているのですか……?」
ぶつぶつと一人思考を開始する元帥に男は混乱。流れが完全に訳の分からない方向へと行ってしまった。
受話器の向こうから伝わってくる微かな怒り、そして多くの後悔の念。理解が追い付かずしばし動けなくなった男に元帥がゆっくりと話し始める。
「《深海棲艦に通常兵器は通じない》という話を聞いたことがあるとは思うが……あれは厳密には違う、ということだ」
──────
「……何、言ッテンダ? アノ『姫』ガ沈ムワケナイダロ?」
『イイエ、沈ムワ。──直接見タノハアンマリ無イケドネ』
その強さを身をもって知っているためか強めに反論。しかし即座に返されてしまう。ここまで強く断言されてしまうと何も言えなくなってしまい、一瞬黙る。だがすぐに次の問いを始める。
「……分カッタ。仮ニソウダトシヨウジャナイカ。ナラ今マデコウシテイルノハ可笑シインジャナイカ? シカモ『姫』ダゾ? アンタモヨォーク知ッテルハズダヨナ」
『鈍イワネェ。ダカラコソ、コノ話ナンジャナイ』
「……《深海棲艦ガ沈ンダラドウナルカ》、ダッケカ」
一瞬、想像する。沈んだらどうなるのかを。しかしはっきりとした答えは出てこない。何せ人間への質問に変えるならば、『人は死んだ後どうなるのか』となるのだから。実体験のしようがない。するとしたら、それは自分の終わりの時なのだから。
『私モ直接体験シタコトハ無イノダケレドネェ』
普通無イダロと思いつつ黙って相手の言葉を待つ。
『……深海棲艦ハ基本的ニ、再ビ同ジ深海棲艦ニナルノヨ。ソノ記憶、練度ヲリセットシテネ』
「……ヘェ」
あまり興味なさそうに答える。それはそうだ。記憶と練度を犠牲にするということは、生まれ出てくるのが同じ容姿であったとしても全く違う。自分ではないのだ。興味深くはあったがどうせ自分には関係がないことだという感覚が抜けないようだ。
『私モソレダケカッテ思ッタ時ハ、ソコマデ興味ヲ持テナカッタワァ。今ノ貴女ミタイニネ』
「ウゲッ……」
同じ感想を持ってしまったことに若干嫌だというような声を思わず出してしまう。しかしガン無視して相手は続ける。
『コレハ、コーショガ発見シタノダケレドネ────』
────
「────どういう、ことですか? 《深海棲艦に通常兵器は通じない》という通説が異なることは理解はしていましたが……」
『……そうだろうな。実践しているのだから』
「…………」
重々しい雰囲気が晴れない。どういうことなんだという混乱、まさか自分はとんでもないことをやらかしてしまったのではないかという焦り、しかし自分のやったことは間違っているわけがないという信念。ぐちゃぐちゃに混じって整理できない心のまま、若干震える手で受話器を握り続ける男。
『──少し、昔の話をしようか。艦娘という存在がまだいなかった時期、つまり深海棲艦が現れだした時期だ』
「…………」
男がまだ小さかった頃だ。
『当時、我々は持てる力で深海棲艦に攻撃を仕掛けた。それらはきちんと効き、順調に沈めることが出来た』
「!」
この話を真とするなら、男の開発したレーザー銃以外の攻撃にて沈めることができたということだ。しかし今では上の通説が浸透しきっている。これは一体どういうことなのだろうか。
『──しかし奴等は復活していったのだ。何事もなかったようにな』
「! なんと……」
これが艦娘ならば、もっと言えば妖精さんの開発した装備ならば、基本的に相手は復活することはない。なるほど、それがあるならば艦娘のほうがいいと言える理由も分かる。しかし、まだ解消されていない点もある。
「(……待てよ?)」
そう、これだけでは通説が厳密に違うどころか、普通に効いている。加えてその復活してきた深海棲艦が本当に復活したものとは限らない。別個体の可能性もあるはずである。さらに復活しても、攻撃が効くならばまた同じように沈めてしまえばいいだけのことだ。
「……お言葉ですが元帥殿。先ほどのお話との関連が見えないのですが……」
『うむ、そうだな。実は深海棲艦は──』
ドシン
場面転換が多すぎるんだよね、それ一番言われてるから。