沈黙。それが通話で連絡をしている彼女らを支配している。これは驚愕によるもの。『姫』について何かしらの秘密があるとはしていたが、まさかそうなっていたなど信じられなかった。
──コーショハドンナ攻撃デ沈ンデモソノ攻撃耐性ガ付クシ、記憶モ練度モ失ワナイ。ソウイウ風ニ自分ヲ改造シタカラネェ。
彼女の脳裏に、先ほどの言葉が繰り返される。仮にこれが事実ならば、『姫』次第で深海棲艦の未来は大きく変わってくる。もしその改造を他の深海棲艦すべてに施したらならば、そう考えると戦争では圧倒的有利に働くだろう。
今彼女はこの話を直接見たわけではなくこうして聞いただけだ。しかしこの場面で嘘を吐くような者ではないということを彼女は理解しているし、幾度か攻撃を無効化している『姫』を彼女は目撃している。あれがこの話によるものであったとしたら……? その耐久力にも説明が付く。
「……アンタノ口振リカラ、『姫』ハチャント帰ッテクルンダロウナッテコトハ分カッタサ」
『マァ……ソウネェ』
「──ナァ、本当ニヤレルノカ? 《『姫』ヲ生ケ捕リ》ナンテ」
彼女の語る《『姫』の生け捕り》。これが今回の《作戦》の内容である。もし仮に期日に自身が深海棲艦側であることを示さなかった場合に行われるもので、以前よりそれに関するやり取りを今回のような形で行っていた。
当初は基本的に動くのは向こうの相手であり彼女はその補佐であると聞いていたので、少し楽観気味なところはあった。それ以上の懸念点があったためにそこを考える余裕がなかったとも言えるかもしれない。しかしこうして改めて『姫』のバケモノっぷりを聞かされてしまったために、流石にそこに対しての不安も出始めてきたみたいだ。
今聞いた『姫』の特性を纏めると、【一度ある方法で沈めてしまえばその耐性を付けた状態で復活する】というもの。そういう風に改造した状態であらゆる原因で幾度も沈んできたことと推測できる。そのためにあの耐性を持ち合わせているのだろうと考えられる。
だとすると、『姫』に今持ち合わせている手段で効く攻撃はできないのではないか、という方向に考えがいってしまう。砲撃、雷撃、爆撃など……深海棲艦が持つ攻撃手段では『姫』にダメージを与えることすらできない。だというのにそんな状態で生け捕りなんて不可能ではないかと、このように彼女は考えてしまったのだ。
「……ナァ、『姫』ハアンタノ友人ミタイナモンナンダロ? ソモソモソウイウ相手ト戦イタイトカ思ワナインジャナイノカ?」
少し前のめりになり、少々早口になって続ける。
「今カラデモ遅クハネェダロ? ホラ、《触ラヌ神ニ祟リナシ》ナンテ言葉モアルジャンカ。ダカラサ、ヤッパリ『姫』ガドッチヲ選択シタトシテモ、放置デイインジャ──」
『──アラ、コーショニ情デモ湧イタノカシラァ? ソレトモ……ソノ基地ノ連中ニ対シテカシラァ』
「……!」
突かれてしまい、黙ってしまう。さっきまで早口でまくし立てていたのに急に黙ってしまったその様子が面白かったのか、くすくすと笑いながら相手は続ける。
『ソウネェ。アノ基地ハコーショニノミ忠誠ヲ誓ッテイル歪ナ深海棲艦達ノ集マリ。アル意味反乱分子ノヨウナモノダモノネェ……。《作戦》決行時ニ一緒ニ生ケ捕ケシテヤロウカシラ』
「! マ、待テッテ。重要ナノハ『姫』ノ方ダロ? ダッタラ基地ノ奴ラニ構ッテル暇ナンカナイハズダ。ソレニ、ダイタイ『姫』ヲ生ケ捕リニシテドウスルンダヨ?」
ここでも少々早口になり話題を別の方に逸らす。気付いてか気が付いてないのかまた小さく笑いながら、乗っかってきた。
『生ケ捕リニシテドウスルカ、ネェ……。マダ詳シクハ決マッテナイケド、〈殺ス〉コトハ確定シテソウネェ』
「……ハ? 『姫』ヲ? 殺ス?」
そのことに対する怒りのようなもの以前に、どうやって? という疑問が彼女を包む。
さっきも出てきていたように、現在の『姫』には深海棲艦の持ちうる全ての攻撃への耐性を持っていることが考えられる。傷一つ付けることが出来ていない。そうなっていると相手が先ほどそのように断言していた。仮に沈めてもその耐性を付けて復活する。殺すなんて不可能であるように思われるだろう。
『──勘違イシテナイカシラ。〈沈マセル〉コトト〈殺ス〉コトハ完全一致デハナイノヨ』
「──ハ? エ? マスマス分カラン。沈ムコトガ死ト同義ジャナイノカ?」
『サッキ普通ノ深海棲艦モ記憶ヤ練度ヲ失イハスルケド復活デキルッテ言ッタジャナイ。マァ、記憶ヲ無クスコトヲ死トスルナラソレモソウダケレド。ココデハ「存在ソノモノノ消滅」、ツマリ肉体ノ死ヲ死トスルワネ』
前置きをし、続ける。
『深海棲艦ニハネ、〈核〉ガアルノ。コレガ破壊サレレバ問答無用デ記憶モ肉体モ失ワレ、死ヌ』
「……〈核〉」
『〈核〉ハ深海棲艦ノ命。肉体ノ奥深クニ隠サレテルッテ言ワレテルワァ。マァ私ハ実際ニ見タコトハナイシ、深海棲艦ニヨッテソノ場所ハ違ウミタイダケドネェ』
「……」
新たな〈核〉という真実。今回に関しては自分にも関わるため少し黙ってしまう。もっと深くこの〈核〉について知りたい欲求はあったが、一旦は置いておくことにした。おそらく、生け捕りにして『姫』の〈核〉を探し当てて破壊し殺そうということだろう。
考えもしなかった『姫』の死。不可能だと思っていたそれがこれまでの事実によってそれが可能であることを知ってしまった。そこまで考えてると気が付けば彼女は問いかけていた。
「……サッキモ言ッタケド、『姫』ハアンタニトッテ大キイ存在ナンダロ? 殺スッテコトハ存在ヲ消スッテコトダッテノハアンタノ方ガ知ッテルヨナ。ソレナノニ、ドウシテ──」
『ハァ……アナタ、未熟ネェ』
友人の死について動揺することなく、当然のように呆れてため息を零される。予想と違った反応に驚きを隠せない。少し動揺した様子やぽつりと本音が落とされるというような反応を期待していただけに。
『確カニ、私個人トシテハコーショノ事ヲ好マシク思ッテイルワァ。将棋仲間トシテネェ』
「ダッタラ……」
『デモソレッテ全体ト関係無イワヨネ?』
「……全、体?」
『組織主義……ト言エバイイカシラ? 私ノ意思ヨリモ組織ノ意思ノ方ガ重要ナノ。何ヨリモ、ネ。コノ《作戦》ハ組織ノ意思。ナラバ、私ハソレヲコナス義務ガアル』
「!」
今までなかった本気のトーン。これまでとは違う物言いに、何も言えなくなってしまう。固い決意を持った、信念しかない声。これが向こうの行動原理であるということを理解せざるを得なかった。説得は不可能だろう。
『アナタニモ何レ分カルワァ。組織主義ガ、深海棲艦ガ持ツベキ本当ノ意思ナノダカラ』
「ッ……」
『ソレジャア、切ルワネ。安心シナサイ。《作戦》ハ何カ事故ガ起キナイ限リハ確実ニ遂行スルカラ』
「! 待テ、待ッテクレヨ! 戦艦棲姫サマ!」
切れる通話。結局未来を変えられなかったことでしばらく立ち尽くしてしまう。
近づいてくる決行日。これから彼女はこの基地の主を捕らえるために戦うことになる。所謂、裏切り者として。
「クソッ……!」
想いを馳せる。最初は任務できただけのつもりだったが、段々普通に楽しくなってきてしまったこと。今までの基地以上に温かさがあったこと。
でもどうしようもない。上には逆らえないのだ。やるしかないのだ。
「……恨ンデクレヨ」
それなら、思いっきり敵を演じてやろう。そうすれば、自分はここに戻ることはもうできなくなる。自分の心残りもなくなるかもしれない。
そうだ、それがいい。一回頷き、深呼吸をし、戦艦レ級は決意を固めるのであった。