少女捜索開始から数日。様々な場所へ捜索したものの成果が全く得られず仕舞い。敬愛する姫サマを発見することが出来ずにいた代理指揮者重巡リ級(普段から基地の運営を任されているためやっていることは何も変わらないが、少女がいない間はあくまで〈代理〉らしい)は憔悴しきっていた。彼女の行動原理は基本的に全て少女のためであり、少女のため=基地のためという法則で運営を行っていた。普段から少女の過ごしている場所の管理をすることこそ生きがいのようなものであったのだ。
しかし現在ではその少女がいない。少女のことを疑っているわけではないが、万が一少女の身に何かあったらと思うと震えが止まらなくなる様子。だがそれで基地の管理をおざなりにしてしまえば少女に顔向けできないとして無理やりに身体を動かして基地の運営をこなしてきた。
それでもそろそろ限界であったのだろう。先述したように顔色があまりよくなく、憔悴しきっている。どこか動きもぎこちなく、心身共に極限状態に近い。
今彼女を支配するのは、少女の安否の心配。これも先述したように、少女の実力を疑っているわけでない。何度も実体験しているのだから、疑いようもない。けれどもそれでも心配なものは心配のようだ。
漸く仕事に一段落ついたのか、ふうと一回息をつく。するとおもむろに立ち上がって軽く身体をほぐした後、ある場所に向かって歩き出す。その方向はおそらく、この基地から唯一海に出られる場所。
遠征や出撃(滅多にない)の際に使われる場所であり、かなり広めになっている。つまり、もし少女が帰還したときに必ず通る場所。時間が出来ればすぐにここへ来て少女の帰りを待つのだ。
普段はちらほら誰かいたりする。ヲ級だったりル級だったり他の駆逐艦巡洋艦たちだったりも待っていたときがあった。それほどまでにどういうわけか忠誠心を集めている少女であったが、今は誰もいなかった。
「……姫サマ」
運営を任されているリ級がこの基地からいなくなると基地は回りづらくなる。故に基本的にずっとこの基地に居続けるしかない。本当は捜索隊のように実際に現地に行って探索をしたかったのだが、こればかりは仕方がない。捜索や報告に漏れはないと確信しているため少女は未だ行方不明であることは明白。いつもずっと自分の部屋でコレクションに囲まれて暮らしている少女が長いことこの基地を空けるという時点で嫌な予感が働くだろう。それでもリ級には、この基地の者たちは待つしかないのだ。いつでも少女が帰ってきてもいいように。
「ドウカ……」
手を組み静かに祈りの姿勢。自身の想いの全てを込めている様子がはっきりと伝わってくる。これも少女が行方不明になってから彼女がずっと続けていることであり、リ級にとっては必要な行為であった。
そんな中、ふと祈りを捧げている方向からさぁっと波の音が聞こえた。明らかに自然にそうなったのではなく誰かがやってきたときに聞こえるもの。思わず顔を上げると──。
「! ヒ、姫サマ……!!」
「……」
大事そうに連装砲ちゃんを抱えた少女の姿がそこにあった。
いきなりの帰還。そんな気配など一切なかったのに突然現れたことへの驚き、無事に帰ってきてくれたことへの喜び。特に後者の感情が強く走り感激のあまりしばらく動けなくなってしまう。
声も出せないリ級など気にも留めず、普通に基地の中へ入り、自分の部屋の方へと向かう少女。久々の再会でも変わらない少女の行動により正気に戻ったリ級は少女を引き留めようとする。なんにせよ無事に帰ってきたのだからお祝いの宴会を開きたい。せめてそのことだけでもお伝えしようと。
「ヒ、姫サ──」
しかしその瞬間、リ級はある二か所に目を奪われる。片方の頬にある何かから抉られたような痕。首にある無理やり繋ぎ合わせたかのような痕。
これらからリ級は考える。きっと自分の想像できない何かがあったのだろう。だから帰還されるのにこんなに時間がかかったのだろう。もしそうであったのならば、少女は相当疲れているはずだ。疲れている中宴会をしたって少女は楽しめないだろう、と。
一度口を噤み、少女の行く方に向かって頭を下げる。
「(ドウカ、ユックリオ休ミニナッテ下サイ)」
少女が見えなくなるまで頭を下げ続け、そのまま放送室のほうへ急ぐ。これから行うのは少女が無事に帰還したという嬉しい報告。しかしそれと同じくらい警告の意味も込めている。
今少女は疲れていること。もし騒いでしまったら少女の機嫌を損ねてしまうこと。一応言っておかないとル級とかいう戦闘狂が少女に特攻するかもしれない。他にも少女を慕う深海棲艦がその目で帰還されたことを確認しに行くかも分からない。
そこで強く警告することで、彼女らに「疲レテイルナラ仕方ナイ」と思わせることができ少女を休ませることが出来るということだ。
当たり前のように突然帰ってきて基地内を歩いている少女を目撃している深海棲艦も既に多少なりともいるだろう。下手に何もしないよりはこうして全体に周知させておいた方が、万が一「疲レテイテモ戦ワセロ!」とかいう戦艦のストッパーになってくれる期待もある。
「フゥ……」
放送が終了し、一息。
非常にあっさりしたものだったとはいえ、帰ってきてくれた。それだけでリ級の肩はふっと軽くなる。嬉しさによるものなのか少し目の前が滲んできていたようだが……。
「……イエ、ココデ折レテハイケマセン!」
目元を擦り改めて気合を入れる。
そう、気が緩んでしまうここが正面場。後日行う宴会の事もしっかり頭に入れた上で、リ級は次に自分がやるべきことのために動き出す────その刹那、通りかかった出撃場所にて、思いもよらない者に遭遇してしまう。
「──セ、戦艦棲姫サマ?!?」
「アラ、コーショノ所ノリ級ネ。話ガ出来ソウナ子デ助カッタワァ」
戦艦棲姫。少女と同じく姫級の深海棲艦であり、長く生きている深海棲艦の一人でもある。実力はもう語るまでもないだろう。
「コーショニ話ガアルノ。呼ンデキテクレナイカシラ?」
「ア、アノ実ハ姫サマハタダイマ休息中デアリマシテ。オ急ギデナケレバ後日ニシテ頂キタイノデスガ……」
「残念ナガラ急ギナノヨォ。コーショモ分カッテイルハズダカラ、ホラ早ク!」
「シ、シカシ……」
笑顔の圧で問いかける戦艦棲姫と、考えるリ級。一応疲れていると勝手に判断したのは自分ではあるから呼びに行くくらいなら──と思考を続けていると、ぬっと後ろに気配を感じる。
「! 姫サマ……」
「アラ、ワザワザ来テクレタノ? 嬉シイワネェ」
リ級から離れて少女の方へ向かう戦艦棲姫。
「サァ、今日ガ時間ヨ。アノ紙ヲ出シテモラオウ────」
──途端。
ト゛コ゛ォ゛ッ!!
一瞬で繰り出された殴り。リ級からすれば突然突風が吹いたかと思えば、少女が殴った後の姿勢に、そして戦艦棲姫が消えていたことしか分からなかった。
少女はそれだけで終わらず、艤装を展開し駆ける。その先は、おそらく戦艦棲姫が飛ばされた場所。
「! オ待チクダサイ、姫サマ!」
慌てて追いかけるリ級。艤装を展開することも忘れない。
先ほどの爆音によって駆け付け、少女やリ級が出ていくのを目撃した者たちは、何かあるのかもしれないとして、念のため艤装を纏い同じく基地の外へと向かうのだった。
─────────────────
「ハァ……イキナリ酷イジャナイ。コーショ?」
「……」
基地の出入り口から数十メートル地点。殴り飛ばされたはずなのに損傷はまるでない戦艦棲姫、それを分かってか直接やってきた少女。戦艦棲姫の言葉に何も反応することなく、ただ無表情のままじっと戦艦棲姫を見つめる。まるで早く帰れ、と言っているようだ。
そんな様子の少女に「変ワラナイワネェ」と一言呟き、一度ため息。気を取り直し再び少女に問いかける。
「マァ、イイワァ。ソレヨリコーショ。アノ紙ヲ出シナサイ? ソレダケデ私ハイイノヨ?」
「……」
「……ヤッパリ、ネェ」
体勢を崩さない少女に、呆れや諦めを含んだ笑みを浮かべる。再びため息を俯いて零したかと思えば──。
「ジャア、〈作戦〉決行ネ」
目付き、声質、全てが切り替わる。同時に海底から異形巨人の姿をした戦艦棲姫の艤装出現。互いに戦闘態勢が整ってしまった。今にもぶつかり合いそうな時、基地の方からリ級を始めとしたヲ級やル級、他の駆逐艦巡洋艦など多くの深海棲艦がやってくる。
「……状況ハ分カリマセンガ、姫サマト対立サレテイル以上──私達ハ、姫サマノ援護ヲサセテイタダキマス!」
「──アラアラ」
代表してリ級が言葉を発する。数としては多対一。圧倒的不利であるはずなのに余裕を崩さない戦艦棲姫。ここまでの戦力差ならば圧倒的に厳しいはず。それなのにどうして焦りすらもしないのかと少女を除く基地の深海棲艦達が内心思っているところに……突然、横から攻撃される。
「──ッ!?!」
攻撃と言ってもダメージになるものではなく怯ませるもの。上手く引っかかったリ級は一瞬思考が飛ばされてしまった。戦艦棲姫は攻撃をした様子はない。加えてこっち側にいた存在からの攻撃だ。
「……ドウイウ、事デスカ──レ級ッ!!」
自分たちから一歩前に出てきて、少女と戦艦棲姫の元へ行かせないように立つレ級。いつもの彼女のように不敵な笑みを浮かべてはおらず、無表情だ。
「レ級、《改flagship》ヲ許可スルワ。思ウ存分、暴レナサイ」
「……了解」
少女vs戦艦棲姫、基地の深海棲艦vsレ級という大きな二つの戦いが今、始まろうとしていた。