深海のとある姫サマ   作:エンゼ

36 / 38
“終わり“の時間

 波が震えている。まるで恐れているように。

 

 重い空気が漂い始めている。これから大荒れになることを知らせるように。

 

 それらの中心に在る少女。完全にブチ切れてるわけではないものの、既に黒い炎を纏い、表情もバケモノそのものに。いつ爆発してもおかしくない。

 

 これを見る者は、一人ひとり様々な感情を抱く。

 

 初めて見る姿に恐れる者、気絶する者、あふれ出る無敵感から歓喜する者、あれが自分に向けられることを想像してゾッとする者、戦艦棲姫に同情する者、勝ちを確信してほっとする者など、本当に様々。

 

「(既ニ耐性ヲツケ始メテル……ヤッパリ規格外ネェ、コーショ)」

 

 その中で、戦艦棲姫は多くの感情を抱いていた。

 

「(アァ、久々ダワァ"ソレ"。万全ノ状態デアレバ全力ヲブツケ合イタイ。ダケド今中破シテシマッテル……。正直アンマリ戦イタクナイワネェ)」

 

 垂れてくる冷や汗。しかし──すぐさま切り替えた。

 

「(デモ……コノ状態デドコマデヤレルカノ腕試シナラ、イイワヨネェ!)」

 

 この瞬間から、戦艦棲姫は挑戦者となった。叶うことは現段階では限りなく難しい。それでも、食らいつこうと決意した。

 

「サァコーショッ!! 今度ハ小細工無シノ全力デヤリマショウッ!!」

 

「■◼◼■■◼◼■────!!!!!」

 

 呼応するように少女は叫ぶ。これが、開戦の合図になった。

 

 まず超スピードで接近し殴り掛かる少女。身構える戦艦棲姫だが、今の少女は一歩も二歩も先にいる。

 

「ガハ……ッッ!!」

 

 反応できずに食らってしまう。痛みから隙が生まれてしまい、そこを少女に突かれ再び吹っ飛ばされる。

 

「──ッ、ナラッ!」

 

 体勢を立て直し、今度は逆に攻撃を仕掛けにいく。これで戦闘の主導権を握り返せばまだ抗えるかもしれない。

 

 砲撃を駆使しつつ接近を仕掛ける。

 

 この砲撃は敢えて直撃させるようにはせず足元を狙い、爆発を起こさせるのが目的だ。そうすれば、僅かな隙を衝くことが出来るかもしれないから。

 

 もっと万全であれば、これをする必要もないだろう。しかし、ほぼ大破してしまっている戦艦棲姫にはこれしかないのだ。

 

 一方、少女は動かない。目くらましが成功しているのか、敢えてそうしているのかは不明。戦艦棲姫はそれを好機と見た。

 

「──ハァァアッ!」

 

 少女の完全な死角に到達成功。さらに今出せる全力の拳を少女に向かって放つ。

 

 これが駄目なら全て無理だと言わんばかりの力が注がれた攻撃。もはや『生け捕り』のことなど一切考慮していない。

 

 並大抵の姫級深海棲艦ならばこれでノックアウトであろう。姫級の、加えて戦艦の全力だ。戦艦棲姫はにやりと笑みを浮かべる。

 

 しかし、それはほんの一瞬に過ぎなかった。

 

ガシィ

 

 戦艦棲姫の見ずに、手だけでそれを受け止めた。それも、片手でだ。

 

ギリギリギリィ

 

 潰されてゆく。戦艦棲姫の全力の拳が。握力で。

 

 苦痛から逃れようと抜こうとするが、抜けない。一度掴まれてしまったのだ。そこから逃れることは、もう不可能。

 

グシャリ

 

 潰し切った瞬間、全力の蹴りが戦艦棲姫を襲う。手だった部位と蹴られた部分の痛みでまた吹っ飛ばされてしまった。

 

 戦闘開始時点では拮抗していた者同士とは思えないほどの、一方的すぎる戦闘。これが、少女──いや、工廠棲姫。

 

 もはや限界であり、起き上がることすら苦しいはずの戦艦棲姫。息を切らしながら、何とか立ち上がる。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 目を向ける。そこにいるのは、ある程度スッキリしたのかいつもの顔に戻った少女。相手はたった一人。全く歯が立っていなかった。

 

「──ウフフ」

 

 戦艦棲姫は全力だった。敵わないことは分かっていたものの、多少は戦えるだろうと思って戦闘をした。

 

「アハハ」

 

 しかし結果はどうだろう。轟沈に近い大破にまで追い込まれてしまった戦艦棲姫に対し、ほぼ傷を負っていない少女。誰がどう見ても、蹂躙が起こっていたのは明らか。

 

「アッハハハハハッ!!!!」

 

 戦艦棲姫の笑い声がこの海域全体に響き渡る。突然のことに、それぞれがまたそれぞれの反応をする。

 

「ハハハハハハハハッ!!!!」

 

 気でも狂ったんじゃないかと思えるこの行動。しかし笑い声は、段々と落ち着いたものになっていく。

 

「──アー、笑ッタワァ。本ッ当、コーショ強過スギヨォ"ソレ"」

 

 どこか悔しさのようなものを感じつつも、笑顔で感想戦に移りだす戦艦棲姫。そこには不思議なことに、これまでのような『敵意』は一切感じられない。

 

「……」

「『ハヨ帰レ』ッテ? モウ、釣レナイワネェ。イイジャナイ、モウ任務ナンテ関係ナインダシ」

『!?』

 

 戦艦棲姫の言葉に少女以外の基地の深海棲艦らが反応する。

 

 戦艦棲姫の目的は、少女の生け捕り。そのために少女を戦闘不能にさせたり、レ級に任務の邪魔になりそうなリ級やル級たちと戦わせたのだから。

 

 しかし今出てきたこの発言は、その任務を放棄したとも取れる。少女に敗北してしまったからか? それとも何か別の理由があるのか?

 

「オイ、ソレドウイウコトダ……?」

「アラ起キテタノネェ、レ級。ドウイウコトッテ、ソノママノ意味デシカナイワァ。マ、言ッテシマエバアソコノ駆逐艦ネ」

「シ級……?」

「……エ、私?」

 

 目で指された先に居たのはいきなり強くなった島風。突然自分が話題に出たことで少し困惑している様子。全員の困惑を置いてけぼりにしつつも、戦艦棲姫は少女との会話(?)を続ける。

 

「全ク、最初カラ言ッテクレレバ戦闘ナンカシナクテモ良カッタノニ……『次世代ノ姫』ヲ育成シテルダナンテ」

「……」

 

 姫級深海棲艦とは、最初から少女や戦艦棲姫のような姫というわけではない。先に誕生した深海棲艦らにある程度育てられ、そこで艦隊指揮能力であったり実力であったりを磨いていく。

 

 姫級は所謂ボスだ。海域の主となりえる存在だ。それを育てることは、深海棲艦の未来を育てるということ。深海棲艦にとっては人間の殲滅と同じくらい大切なこととなっている。

 

 つまり、次世代の姫(島風)を育成していた少女は、明らかに深海棲艦側にいると言える。人間の殲滅をしていなかったのは、育成に力を注いでいたからと言えるのだ。

 

 たとえ少女がそのつもりではなくても。

 

「……」

「マァ、偶然デショウケド。デモコレデ戦ウ理由ガ綺麗サッパリ無クナッタワァ」

 

 少女は表情を変えない。無表情のまま。

 

「トイウワケデ……ジャアマタ来ルワ、コーショ」

「ア、アノ! 待ッテ下サイ!!」

 

 そのまま帰ろうとする戦艦棲姫。しかし、リ級はこれを止めた。

 

「マダ何カヨウ? 貴女ノ姫サマハ私ガ帰ルコトヲ望ンデルケド」

「ソノ……レ級ハ、レ級ハドウナルンデスカ?!」

「!」

 

 レ級。戦艦棲姫の部下としてこの戦闘に参加し、基地の深海棲艦らを戦闘不能に陥らせた張本人。だがしかしそれはレ級の意志ではなく、無理やり戦艦棲姫がさせたもの。

 

 つまり現在レ級の指揮権を握っているのは戦艦棲姫。戦艦棲姫の言動次第で、レ級のこの先が決まる。

 

「アァソウネェ……ウーン、レ級ハココヲ気ニ入ッタミタイダシ……」

 

 仲間のこれからがどうなるかがかかってる大事な瞬間。リ級らは緊張していたが、戦艦棲姫はそこまで深く考えずに決断を出す。

 

「アー……ナラ、トリアエズコーショニ指揮権ヲ譲渡スルワァ。煮ルナリ焼クナリ好キニシナサイ」

「ハ……?」

 

 なんか適当に放り投げられたレ級の指揮権。もともと飛行場姫のところの所属だったはずだがそんなんで大丈夫なのだろうか。

 

「ソレジャ、今度コソ行クワネェ。バイバイ、コーショ」

 

 身体を重そうに引きずりながら基地とは反対方向に航行していく。敵は、完全にいなくなった。

 

 これによって、嵐は過ぎ去ったのだ。

 

「……ハー、終ワリマシタネ」

「ソウダナ……姫ノ本気、初メテ見タナ。アレト私ガ対峙シタト思ウト……クゥ! タマラン!」

「ヲォ……(ドン引)」

 

 その瞬間、基地の深海棲艦らの空気が和やかなものになる。まるで、待ち望んでいた平和が訪れたように。

 

「リ級、コレカラハ演習ノ頻度ヲ増ヤスベキダト思ウゾ。我々モモット強クナラナキャイケナイダロウ? ソレニ、強クナッタレ級ヤシ級ト戦イタイカラナ!」

「確カニ、私達ハモット強クナキャイケナイノハソノ通リデスガ……トリアエズハ基地ノ修復、皆サンノ入渠、ソノ資源集メヲ流石ニ優先シマスヨ。カナリノ資源ガ吹キ飛ブデショウカラ……」

 

 この空気に、レ級は困惑を隠せないでいた。

 

 まるで、自分がこれまでと同様にこの基地にいれるかのような会話内容。処罰、処刑のことなど一切語っていない。

 

「……ナア」

「レ級。大丈夫デスカ? 身体ガ痛イトカナラ、先ニ入渠シマス?」

 

 先ほどまで敵対していた者に掛ける言葉じゃない。レ級には、優しすぎるものだった。

 

「──ソウジャネェダロ?!」

 

 だから、レ級は切れた。自分は、罰せられるべき存在なのだから。

 

「私ハ"裏切リ者"ダ!! オ前ラヲ傷ツケタンダゾ?! オ前ラノ姫ヲ殺ソウトシタンダゾ?!! 何故普通ニシテイラレル?!」

 

 叫ぶ。自分がどれだけ悪なのかを主張するために。そこにリ級が待ったをかける。

 

「シカシ、アレハ戦艦棲姫サマニ操ラレテイタダケデショウ……?」

「ソモソモガ違ウ! 私ハモトモト"スパイ"ミタイナモノダ! オ前ラの"敵"ナンダヨ! ダカラ、サッサト殺セ!」

「レ級……」

 

 頑なだ。強く拒絶している。

 

 確かにレ級が基地の深海棲艦達に牙を向けたのは事実。しかし敵対中の行動から、完全にレ級を敵と見ているものは誰もいなかった。

 

「……レ級、オ前自身ハドウ感ジテイルンダ。敵ダ味方ダ云々ハ置イテオイテダ。包ミ隠サズ言ッテミロ」

「ッ……」

 

 ル級の言葉。しかしレ級は口を閉じてしまった。必死に閉じているようにも見える。

 

「楽シカッタノダロウ? 居心地ハ悪クナカッタノダロウ? ダカラ私達ヲ庇ウヨウナ、手加減スルヨウナコトヲシテイタノダロウ?」

「大丈夫デスヨレ級。貴女ヲ敵トシテイルヨウナ者ハイマセン。折角指揮権ガ姫サマニ移ッタノデスカラ、ココニイマショウ?」

「──アァソウダヨ! 悪クナカッタサ! モウ少シココニイテイタイッテクライニハナ! ダケドソレジャ駄目ナンダヨ! 何モ無シニ許サレテハイケナインダ!!」

 

 だから殺せ、と主張を続けるレ級。周りが許したところで、自分が許せないのだから意味がない──そういうことなのだろう。

 

 すなわち、レ級は罰を求めているのだ。たとえその結果、自分が死んでしまうとしても。

 

 そんなレ級の近くに、少女が現れた。

 

「! 姫サマ……」

「……」

 

 レ級を見下す少女。次の瞬間──。

 

「──グエッ!?」

 

 レ級は真上に蹴り飛ばされた。結構な高さまで飛ばされ、そのまま海面に落下する。

 

 しかし、これによって沈むことはなかった。

 

 興味を失ったのか、これ以上レ級に何かするというようなことはなく、リ級に前回とほぼ同様の基地の復興指示書を渡し、自室へと帰っていく。残ったのは、基地の深海棲艦らのみ。

 

「……アレ、ナンデ私……」

「……姫サマハ先ホド"罰"ヲ与エタミタイデスネ」

「……タッタアレッポッチガ?」

「本気デ沈メルナラ、姫サマハオソラク下ニ向カッテ殴ルト思イマスヨ」

「……」

 

 その通りである。というより沈めるつもりなら、もっと徹底的にやるはずだ。それこそ、原型が残らないくらいに殴り続ける──のように。

 

 とはいえ、これで望みの罰は与えられた。少女により審判は下されたのだ。ここにいてもよいという、唯一の判決は出た。

 

 もう、レ級を縛るものはない。

 

「ナア、私……本当ニココニイテイイノカ……?」

「エェ、勿論デス。……オカエリナサイ、レ級」

「アァ……スマナイ、アリガトウ」

 

 これで、ややこしいものはほぼすべてなくなった。これから皆、平和を謳歌するのであろう。

 

 少女がいる限り、この平和はきっと続いていくのだ。

 

 ……たまに少女がブチ切れて基地が大変なことになる、ということはあるけれど。




後半島ちゃん空気になっちゃった……

次回のちょっとした後日談で『弐』は完結です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。