夢を追い続ける青年が、ひょんなことより魔法少女になってしまい、自分の夢の為に悪の軍団と戦う話。
おおよそそういう感じに仕上がったと思います。

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魔法少女(大嘘)もの

 ある男は種付けおじさんになるために努力をしていた。

 詳細は省くが、それはもう、大層な努力をしていた。

 

 圧倒的な力を基礎として、妙ちくりんな力を持った女すら制圧するために、その肉体は火を擦り消し氷を溶かし毒すら効かない超人の域へと達するまでへと鍛錬を重ねた。 

 

 だが、男は満足しなかった。どんな理不尽をも超える理不尽。それが種付けおじさんであるから、妥協は許せなかったのだ。

 

 さらに肉体を磨き、自らの限界がちらと見え始めた頃、男は迷信を信じることにしたのだ。そう、30を超えて童貞でいると魔法使いになるという逸話だ。

 

 この男、この時齢28にして、本気で魔法とやらの力すら手に入れ、真の種付けおじさんへと変貌しようと画作したのだ。

 

 ところで、何故種付けおじさんを目指すこの男がこの歳にして童貞かは疑問が残るだろう。

 だが、なんてことはない、男はストイックで完璧主義者だったのだ。

 自らが理想の種付けおじさんとして完成してない状態で、種付けをする事は彼にとって、命を失うよりも恐ろしく認められない事だったのだ。

 

 しかし、そうした30才よりの新たな修練に向け、肉体錬成の集大成とも取れる2年の修行の末に。男が30になった早朝。

 

 そこにいたのは自らの鋼の肉体をなくして少女となった男と、男の修業によってもはやこの世のものではない次元へと進化した男の逸物、相棒のディックがマスコットキャラとして誕生していた。

 

 

 

 その日、男は奇妙な感覚の中に目覚めた。

 いつもの寝具、いつもの天井なのに何故か違和感を感じるのだ。

 寝起きだからだろうと思考を止め、少し呆けたまま、中のバネが壊れて変な寝心地になってしまったベットから体を起こす。

 すると、部屋の中央の机にはまるで、ちんこみたいなものが飛んでいるではないか。

 

「やっと、起きたか宿主よ。お前は魔法少女になったようだぞ」

 

 ちんこ……? ちんこ……?? 

 男の頭の中はちんこでいっぱいになっていたが、辛うじて聞き取れていた魔法少女という言葉に何とか意識を逸らした。

 

 魔法少女。

 

 光の種付けおじさん妖精により力を与えられ、正義のために闇の種付けおじさん軍団と戦う戦乙女。

 

 そう世間では信じられているが、しかし、それは正しくない。

 

 魔法少女の力とは、本来は、異次元からやってきた闇の種付けおじさん軍団に対抗するために、光の種付けおじさん妖精達から与えられた力で、闇の種おじ軍団に狙われそうな子達が自衛をするための手段であったものだ。

 決して、戦うための力ではない。

 誰かを守るためでもなく、自分を守るためののものでしかないのだ。

 だからこそ、誰かの為に使うので有れば、自分を犠牲にする必要がある。

 万能の力ではないのだ。

 

 その事実は闇の種付けおじさん総帥と始原にして最強の魔法少女キドゥーシュの最期の戦いの中で語られ、男はそれを眼前で見ていた。

 

 そこで男は種付けおじさんへの憧れを持ったが、魔法少女に希望を持っていた少女達には絶望を与えただろう。

 

 なのにもかかわらず、その事実は規制され揉み消され、不思議なことに世間では何故か曲解して伝えられることになり、戦いに赴くことを義務付けられた哀れな生贄達が魔法少女なのだ。

 

 といっても闇の種付けおじさん軍団には階級があり、雑魚おじさんは小学生に叩かれても死にかけるくらいには弱く、階級が高い方は高い方で、拘りが凄くなっていき、その統帥は絶対にメス堕ちない子じゃないとそもそも勃たないとかなので、本当にたまにしかガチで襲われて大変なことになる魔法少女はいない。

 

 そんなことをつらつらと考えながら、男は努めて見ようとしなかった自分の体を確認すると、やはり、そこには鍛え上げた肉体はなく、未熟で、柔らかな肌があるのみだった。

 

「すまない、宿主。私にはどうすることも出来なかった」

 

 空飛ぶ逸物は悲しげな顔をする。

 その表情は男のものに似ていた。

 そして、呆けた頭がやっと理解したのだ。もはや男は夢を追う事が出来なくなったと。

 空飛ぶ逸物はどうしようもなく己の残滓で、もはや男は少女以外の何者でもないのだ。

 

 男は泣きたくなった。

 

 鍛えた体を失うのはまだ良い、だって、鍛え直せば良いのだから。

 

 しかし、男にとってなによりも苦しく認められないのはそれが少女であることであった。

 

 女に対して圧倒的な捕食者で、男に対してすらその牙を向けることすらある、強さの象徴。

 そう、種付けおじさんとは紛れもなく男でないといけないのだ。

 

 これが、まさしく男にとっての絶望で、視界を滲ませポロポロと涙を流す姿はどこまでも種付けおじさんに相応しくない。

 

 そうして今にも命を絶たんともしそうな形相であったが、それを留めたのは勝手に決別を告げ、彼を絶望させた彼のディックであった。

 

「魔法を極めることができたなら、体を取り戻すことが出来るかもしれない」

 

 真剣な顔で告げるディックは

 

「宿主の思っている事はわかるぞ。ずっと一緒に過ごしてきたんだ」

 

 少し困ったような顔をして笑った。

 

 

 初夏であった。春の陽気がすぎ、地域によっては既にコンクリートの熱によって陽炎が揺らめく時期。

 まるで陽気に当てられたように放心しているのは先程少女となった男。

 しかし、それも仕方がないのかもしれない。

 希望に溢れていたはずの誕生日前日から、当日には夢を奪われる羽目になり、最後には己のちんこらしい化け物に励まされる始末。

 ひたすら夢を追いかけていた、決して平坦な日常ではなかったが、男であった時に味わった興奮や絶望、そんな感情と比較しても、より激しい落差の波をたった1日で味わうことになったのだから。

 

 男は、いつもなら踏まないように気をつけている、床に畳んだまま放置した服たちを踏みつけながら、己のちんこと向き合う。

 

「何故……何故……私が魔法少女に成らねばならなかった……?」

 

 やっとのことで絞り出せた言葉は、少し冷静になれた男の心を再び惑わせた。

 

「……光の種付けおじさん妖精たちは、宿主が闇の種付けおじさんになることを恐れたのだ」

 

 かくして男のちんこは語り出した。

 曰く、男はもともと妖精達に危険視されていて、闇の種付けおじさん達と接触しないように気を張られていた。

 しかし、妖精達は男の理想の高さ、ストイックな所、そうした事から、自然と種付けおじさんにはなることはやはりないだろうと高を括っていたのだ。

 仮に種おじとなるにしても、闇の種付けおじさん軍団の誘いという、オカルト的、あるいは超常的な事さえなければ危惧することは起こり得ないと考えていたのだ。

 しかし彼らにとって予想外だったのは、男の異常なまでの熱意だろう。

 男は逸脱した肉体を持ってはいたが、それは尋常ではないトレーニングによってであり、常に結果がついて回るものばかり、つまりは常道の軌跡であった。

 だからだろうか、男が魔法やら呪文やらのオカルトに頼る程の熱意を持っていることに気づけなかったのだ。

 妖精達が男の熱意に気づくことが出来たのは、もはや手遅れとなる寸前で、男を魔法少女にする以外の方法で、男を闇の種付けおじさん堕ちさせない方法を見つけることがもはや妖精達には出来なかった。

 妖精達は、光に属するもの達。もちろん苦悩はあった。夢に向かって努力する青年の夢を奪い、努力を踏みにじる、それは彼らにとってもあってはならないことだ。

 だが、もし男が闇の種付けおじさんになってしまったら。

 そうしたらきっと、男は全ての女、あるいは全ての男を蹂躙するだろう。それが男の望む、誰にも揺るがすことができない強さの象徴だから。

 それを考えた時、妖精達は男を少女にする決意をしたのだ。

 

「これは彼らの罪滅ぼしのつもりなんだろう」

 

 そう言ったディックの視線の先には、トランクがあり、男が手に取ると、それは金属のような光沢で、プラスチックのように軽く、木材のような触感であった。

 そこには、「望むものをあなたに」と書かれている。

 

「超常の奇跡で、宿主が望むものは何でも手に入る訳だがね、まあ、きっと君の理想は得ることはないだろう」

 

 昨日までだったら欲しいものは沢山あったはずなのに、そう思ってしまった男は不服そうな顔を更に歪ませた。

 

「それにきっと私も彼らからすれば温情の1つなのだろう」

 

「本来、マスコットというのは、魔法少女になる娘の最も大事な物に、光の種付けおじさん妖精が宿ることで生まれる。だが宿主は妖精が近くにいたら落ち着けないだろう、だから彼らは私を生み出した。彼らの宿らぬ私を」

 

 そう言って言葉を切り、小さく息を飲み込んでから、それまでの皮肉めいた表情を真剣な顔に変え、ディックは男に語りかける。

 

「私はイレギュラーなんだよ。宿主。私の力は、彼らの与える自衛の力から少し離れたところにある。だから、だからこそ、きっと私と宿主なら、君の望む、理想の種付けおじさんの体を取り戻すことができるかもしれない」

 

 じゃなければ、余りにも救いがないと思わないか。そう呟いたディックの表情は男の憂いた表情とよく似ていた。

 

「私と共に夢を叶えないか。宿主。今、何かを考えるのが辛いのであれば、今は私の言うことを聞くだけで良い。そして、もし夢が叶わなかったなら、私を恨んでいい。だから、私の手を取ってくれ、宿主よ」

 

 きっとディックも悔しかったのだろう。憂いた言葉を吐く彼は、男に似た表情をしていた。

 彼もまた種付けおじさんに成りたくて成れなかった者だ。

 彼の夢もまた、男の夢と同じなのだ。

 もし、この手を取らないとすれば、男は自分の存在を認めることすらできなくなるだろう。男は義心的でもあるのだから。

 ここまでお膳立てされ、背を押されたのだ。

 そうだ、挫けている暇はないのだ。夢の為に。夢の為に、男は再び歩き出す。

 

 そうして、男は宙に浮くちんこの手を取ろうとして、手などないことに気づいた。

 当たり前だがちんこに手などはないのだ。

 そして、かわりに男が己のちんこを胸に抱いた途端、眩い光が、ちんこから、男から溢れ出した! 

 

 魔法少女が変身中に起きるお約束のような不思議空間で、走馬灯のように数々の思い出が蘇り、空に投影される。

 

 あれは初めて闇の種付けおじさん統帥を見たときの思い出だ。圧倒的な男と力というものに、男は夢を見たのだ。

 

 あれは鍛え始めた頃の男の記憶。それは軟弱な体で、筋トレすらまともに出来ず、悔しさに涙した日々だった。

 

 あれは鍛えるのが楽しくて仕方がなかった頃の男だ。成果が出てきて、体つきが変わり、自信を得て、何もかもが楽しかった時期であった。

 

 あれは有頂天になっていた頃の男だ。鍛えあげられた肉体はもはや集団の中では敵がいないといっても過言ではなかった。しかし、それはすぐに覆されることになった。

 

 あれは男のライバルの思い出。男が踏み越えた、ライバルだった青年は火災に巻き込まれた子供を助けるため燃える家に入り込み、子供を全て助け切り、そのあとは静かに亡くなった。

 男はひたすらに泣した。

 そして、同時に鍛え上げた肉体でも、災厄の前では無力だと悟ったのだ。

 

 様々な思い出が蘇りは、消えていく。

 まるで泡沫のように儚く、鮮烈で、やはり悲しい。

 これは夢の跡なのか。

 決して叶わぬ夢の跡なのか。

 消えていく思い出は、そんな哀愁を男に植えつけていく。

 

「望め! 宿主!」

 

 消えていく映像の中で、ディックがさけぶ。

 

「望むのだ! 宿主! 理想の種付けおじさんを! それが己の姿なのだと!」

 

 そうだ。男は体を失った。男という概念を失った。

 だが、心はある。熱意もまだ。そしてディックもいる。

 これは始まりなのだ。

 男が種付けおじさんになるための、新たな始まり。

 

「そうだ。私は種付けおじさん。そうなる為に生まれた!」

 

 男がそう叫んだ刹那。

 目も開けられない程の光が男を包み込む。

 優しい風のような、暖かな光のような感触がまるで衣服のように男を飾っていく。

 

 まるで数分にも感じるような一刹那。

 

 男が次に目を開けた時。

 男の意識は自室に帰ってきていた。

 

 急ぎ、洗面台に向かい、己の姿を確認したところ、しかし、そこにいたのは種付けおじさんではなく魔法少女であった。

 

 男も分かっていたのだ。

 視界に見えたひらひらした服装。華奢な輪郭。細い手足。

 鏡を見るまでもなく、己の体が変化を起こしていない事ぐらい男にはそう、分かっていた。

 しかし、一縷の望みをかけ鏡を覗きこんだのだが、現実は非常、男はやはり少女であった。

 

 俯いた頭が上げられないほどに、男の心に落胆が満ちる。

 

 男は悲観を隠し切れず、歯切れの悪い言葉を口にした。

 

「……ディック、魔法少女とやらは己が願望を自らの体に投影することで変身する。これに間違いはないな?」

 

「ああ。間違いない。……しかし、私は元々は宿主の一部だからな。もしかしたら私の理想の少女像が反映されたのかもしれない」

 

 予想外の一言。男とディックの友情にヒビを入れかねない言葉がディックより男にぶつけられる。

 

「……ディック?」

 

 どういうことだ。そう口に出そうとしたが、恐れか、男はディックの名を絞り出すしか出来なかった。

 

「うーむ、私もね、男だ。ちんこではあるがね。君が魔法少女になると思うと、どうせならとびきり可愛らしい衣装が良いなとも仄かに思ったんだよ。ちょうど今の宿主のように」

 

「……つまりは君の願いが私をこう変えたと?」

 

 嘘であってくれ。このままでは夢と相棒を失ってしまう。そんな悲哀にも似た感情が男の顔を彩る。

 

「……そう言い換えても良いかも知れないな。しかしだね、君の願いは私の願い。種付けおじさんとなることを強く望んでいたのも事実だ」

 

 混乱、動揺。精細の欠いた男が顔をやっとのことであげた時。

 そこには、男を貶める顔ではなく、どこまでも優しげで男を心配する、ディック、男の相棒が佇んでいた。

 

「つまりはね。当然の帰結だが、力がまだ足りないのだろう。少女を種付けおじさんに変えるのはまだ無理のようだね」

 

 まだ修練が必要だ。宿主。

 そう男の肩を叩きつつ呟くディックに男は再び勇気づけられた。

 曇り、霞んだ頭が冴えわたるようだった。

 

「……そうか。ならば仕方がない。しからば常と同じか。今までと同じように力をつけるだけだな」

 

 ディックを信じられなかった恥か、これから先の未来に対する武者震いか、男の言葉は少し震えていたが、しかし熱が宿っていた。

 

「まあ、加減は違うだろうがね、筋トレをするわけでもなければ皮膚に毒を塗るわけでもない。しかし超常の力に慣れる機会だ。これからも励んで行こう」

 

 そうだ。私には、相棒がいる。夢は再び掴める。握り締めた手の平が、意気を新たにした男の決意を語るようだった。

 

「ああ、ディック。……俺について来てくれるな?」

 

「勿論だとも、宿主。ともに種付けおじさんと成ろう」

 

 窓から吹く風に揺れる髪。フリフリの衣装。

 差し込む光。手の平の中のステッキ。

 そしてマスコット。

 

 今ここに間違いなく魔法少女は誕生したのだ。

 感動的で情動的な景色は1枚の絵画のようだった。

 

 2人の熱い友情を祝福しているのか、フリフリのついたステッキは優しい光で明滅していた。

 

 そう、ここから男の魔法少女としての生は始まったのだ。

 



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