名前 モルテ
イノセンス 装備型の大鎌 名前はない。
「エクソシスト辞めたい…」
黒の教団内の無駄に長い廊下を一人で歩きながらひとりごちる。
私の名前はモルテ。非常に不本意ながらエクソシストなる職業に就いている一般人だ。
エクソシスト???何言ってんのお前?????って思ったそこの君、安心して欲しいそれが普通の反応だ。
せっかくだからエクソシストの説明も兼ねて私の経歴を話していこう。
時は19世紀末。
私はイタリアの辺境の地にある孤児院で育てられた。
この時代の孤児院というのは往々にして経営が厳しく、生活は決して裕福とは言えなかったが、優しいシスター達と年下のちびっこたちに囲まれてのどかな毎日を日々過ごしていた。
しかし私が14歳の誕生日を迎えたある日、孤児院が何者かに襲われた。
孤児院の壁を粉々に粉砕する卵形の身体に筒のようなものを何本も刺した悍しい姿のナニカを見た瞬間、私の頭を激しい痛みが襲った。
しばらくして頭から痛みが引くと同時に、私の頭には 前 世 の 記 憶 が 蘇 っ て い た 。
意味が分からない。しかしこれは実際に起こってしまったことなのである。
私の前世は21世紀の日本を生きる成人女性だった。
所謂オタクに分類される生き物で、“ある漫画”を好んで読んでいた。
仮想19世紀末を舞台とし、主人公アレン・ウォーカーが仲間と共に殺人兵器AKUMAや元凶の千年伯爵に立ち向かっていくというストーリーのその漫画の名前は“D.Gray-man”
現在私の目の前にいる卵形のナニカとそのAKUMAの形状は酷似している。このことから導き出される結論は一つ。『私はD.Gray-manの世界に転生してしまった』
その思考に至った私はこう叫んだ
「Dグレの世界に転生とか!!!!死んだな!!!!!」
D.Gray-manという漫画は、敵の攻撃が当たった時点で人間は死ぬという敵の特性上登場キャラクターの死亡率が非常に高い。
それは一般人はもちろん対AKUMAのエキスパートであるエクソシストと呼ばれる職種の人たちですらポコポコ死んでいく姿が漫画で描写されていることからも明らかだ。
私のような平和ボケしたパンピが転生したところでdead or dieの選択しかないのである。つまり詰み。
転生者先生の第三の人生にご期待ください!状態だ。はは、ワロスワロス。
こんな下らないことを考えているうちにもAKUMAは着々と私との距離を詰めてきている。
銃口は確実に私に狙いを定めていて、射撃が外れることは万が一にも期待できない。
もはやここまでか、次の人生はやさいせいか…違ったやさしいせかいで過ごしたいものだ…と人生を諦めかけたその時、私の頭の真横に何かが突き刺さった。
驚いて刺さったものを見ると、それはファンタジー漫画とかで死神が持ってそうな豪華な意匠が施された大鎌だった。大鎌は光のオーラみたいなのを纏っていてどことなく神聖な感じがする。
ここで前世オタクの私はピンと来たわけだ
(これ、もしかしてイノセンスなのでは???)
そう考えていると、
これはいける!と考えた私は壁からその大鎌を引き抜き、手に持って構えをとる、そして
「イノセンス!発動!」
とD.Gray-manではお決まりのセリフを大声で叫んだ。
ここまでは良かったのだ、ここまでは。
事実大鎌は私に適合したイノセンスで、発動も上手く行った。
しかし、だ。
発動直後、大鎌はAKUMAに向かってロケットの如く飛んで行った。…もちろん、鎌の柄を掴んだままの私を連れて。
私の意思とは関係なく勝手に動いてAKUMAを狩ろうとする大鎌。
大鎌の動きに合わせて左右にブンブンとシェイクされる私の体。
大鎌の攻撃を避けるAKUMA。
再度攻撃を試みる大鎌。
それに合わせて富◯急ハイランドのドド◯パのごとく急上昇と急降下、きりもみ回転を繰り返す私の体。
…エンドレスである。
AKUMAを狩り終わるころにはたあちこちぶつけて青痣が出来ていたし私の胃の内容物は全て外に出ていた。
私のイノセンスはとんだ暴れ馬だったらしい。
唯一救いなのはイノセンス自身が勝手に戦ってくれるので私のような戦闘素人でもAKUMA相手に戦えることだろうか…
この後私は騒ぎを聞きつけた黒の教団によって強制的に引き取られた。
私としては漫画の流れを知っているから負け確戦争なんて絶対行きたく無かったので、怖いから嫌だとか近づくなー!とか、(元)人を殺したくないよー人死ぬとこ見たくないよーと結構駄々をこねたのだが、人類の危機って時に敵に対抗できる人材の人権があると思って?って目線を黒の教団の偉い人から向けられて封殺されました。(権力には)勝てなかったよ………。
それから元帥と呼ばれる超強いエクソシストの一人に弟子入りさせられたり、私たちエクソシストの上司にあたるコムイさんから明らかに私の技量に合わない任務を押しつけられるなどのパワハラを経て、私は晴れてエクソシストの仲間入りを
ドド◯パイノセンスと教団への強制拉致から約二年が経過した。
相変わらず私のイノセンスは私のいうことを聞いてくれず暴走して私に胃の中身をリバースさせるし、エクソシストに命の危険はあるのに人権はない。ほんと誰得なんだこの職業。
「はぁ………もういやだこんな世界……………」
そう呟いて顔を覆って俯く。どうにかして転職できないだろうか。一般職とまでは言わない、せめて科学班。
そんなことをうだうだ考えていた時、背後から声が掛かった。
くるりと声のした方を向くと、黒の教団のアイドル、そしてD.Gray-manのヒロインであるリナリー・リーがこちらへ駆け寄ってくるところだった。
「モルテ!丁度よかった!」
「リナリー、どうしたんですか?そんなに慌てて。」
「兄さんがモルテに次の任務のことで話したいことがあるから呼んできてほしいって言ってたの。」
そう言って私に花のような笑顔で笑いかけるリナリー。非常に可愛い。流石ヒロイン。しかし今言ったことはいただけない。
任務、つまりはエクソシストとしての仕事。また命のやりとりしなきゃいけないのか…と一瞬遠い目になる。あの巻き毛室長、やけに私に危険な任務振ってくるから嫌なんだよ…。だって私と同行したエクソシストが必ず一人以上ご殉職なされるんだよ?危険度は押して知るべしだ。
そんなことを私が悶々と考えている間にリナリーは言葉を続けた
「私も兄さんに呼ばれてるから、今回はモルテと同じ任務かもしれないね!よかったら一緒に兄さんのところまで行かない?」
「そうかもしれないですね…。あ、すみません、少し忘れ物をしたので取りに行ってきます。先に行っていてください。」
ここまで一息。
こう言ってサッサと踵を返して何処へ行くでもなく足を動かす。背後からはリナリーの
「そ、そう?分かった。じゃあ後でね!」という困惑した声が聞こえた。
以前ちょっと一緒の任務行っただけのモブにまできっちり声かけてくれるなんてリナリーは本当に良い子だ。申し訳なくなる。なぜなら忘れ物なんてのは真っ赤なウソだからである。なんでそんな嘘ついたかって?
原作キャラと関わりたくないからだよ!!!!!!
考えてみてくれ、この漫画はやたら人が死ぬ。特に、主人公周辺では。つまり原作キャラと関わったが最後、私のようなモブは展開的にさっくり殺されてしまう可能性があるのだ!
私はまだ死にたくない。ということで可能な限り原作キャラとは距離をおこう、いのちだいじにをモットーに日々生きているのである。
ちなみに敬語で喋ってるのは少しでも心の距離を感じてもらおうという立派な策略だ。ショボいとか言うな!
****
翻される団服のコート、コツコツコツ…と徐々に遠ざかる靴音を聞いてリナリーはそっと嘆息した。
「また誘うのに失敗しちゃった…」
視線の先には先ほどまで会話していた同僚の小さくなっていく背中がある。
彼女に同行を断られるのはこれが初めてではない。それどころか、今のところ全戦全敗だ。
モルテという名前の彼女は、リナリーと同い年の女性エクソシストである。
支給された真っ黒の長い団服を着込み、フードは目元が見えないほど目深に被り、背中には彼女のイノセンスである装備型の大鎌を背負っているその姿から、彼女は“教団の死神”と呼ばれている。
彼女は14歳の時にイノセンスに目覚めて教団に連れてこられた。彼女の過去は前に兄さんにデータで見せて貰って知っている。凄まじいものだった。
産まれた直後に彼女の両親が死に、親戚に預けられる。しかしその親戚も数年後に怪死をとげ、孤児院に預けられる。そして預けられた孤児院もAKUMAに襲われて壊滅。生き残ったのはその時イノセンスに目覚めた彼女のみ。“まるで彼女が死を運んでいるような”経歴、兄さんはそう表現した。
しかし、リナリーはそうは思わなかった。
リナリーは彼女をAKUMAに襲われた孤児院から助けた際にその場にいた。
その時、我々とともに来てAKUMAと戦って欲しい、と言って手を差し出した教団の人間に、彼女はこう返した。
近づくな、と。
何故かと問うた誰かの言葉に彼女は続けてこう返した。
怖いのだ。私は人を殺したくないし、死ぬところも見たくない、と。
普通であればこれは命をかけた戦いに怯えた者の逃げのセリフだと誰もが思うだろう。しかし、彼女の過去を知っている者は皆、別の解釈をするだろう。
エクソシストはAKUMAを破壊する者だ。任務遂行上一般人を見捨てることはあれど、自らの手で殺すことはしない。その旨は彼女にも伝えられたはずだ。
普通であれば人を殺したくない、などと言う言葉は出てこないはず。
それでも尚、彼女がその発言をしたのは恐らく、彼女は自分の死に怯えているわけではなく、“自分がいることによって身近な者に死が訪れるのではないかと怯えている”のだ。
彼女の周囲では人が死に過ぎている。幼かった彼女は自分が行く先々で身近な者が死ぬ光景を見て、それは自分のせいだと考えてしまったのではないだろうか。
自分がいるから、彼らは死んでしまったのだ、とそう考えてしまったのではないだろうか。
だから、自分が共にいくことでまた人が死んでしまうかもしれないと、そう考えて頑なに教団の勧誘を拒んだのではないか?もう誰も近くに寄せなければ、大切なものを作らなければ苦しまなくて済むと考えたんじゃないか?リナリーはそう考えていた。
大切な人を奪われる辛さはよく分かる。
リナリーはもっと幼い頃からずっと教団にほぼ監禁状態で人生を過ごしてきた。
リナリーにとって世界の全ては教団であり、教団に居る人達は大切な家族で、リナリーの世界の一部だ。
任務で死傷者が出るたびに、世界が崩れて大切なものがこぼれ落ちていく感覚をリナリーは味わってきた。きっと彼女もそうなのだろう。
だからこそ、リナリーは彼女のことを放って置けないとそう思うのだ。
リナリーは知っている。任務では何かに駆り立てられるように武器を握り、傷を受けても気にする様子も見せず次々とAKUMAを破壊していき、仲間からも恐れられる程の戦いぶりを見せる彼女が、任務終わりに密かに嘔吐したりしていることを。さっきだって、「こんな世界もう嫌だ」と顔を覆っていた。きっと人間とAKUMAとで終わりの見えない戦争を繰り広げるこの世界を憂いて泣いていたのだろう。
同じ陣営の仲間として同じ時を共有していくのだから、仲良くなりたいという気持ちも勿論ある。しかし、今までに深く傷ついて、もう傷つきたくないからと光の届かない場所へ行こうとする彼女のそばにいてあげたい、手を引いて陽の当たる場所に連れ出してあげたいとそう願うのだ。
リナリーは側にいて支えてくれる仲間の大切さを知っている。だからリナリーは彼女と支えあえる仲間となりたい。
だって彼女ももうリナリーの世界の一部なのだから。
いつか彼女の心を取り囲む壁を突破して見せるんだから!と静かに意気込んだ。
彼女の背中はもう見えなくなった。言われた通り自分は兄さんの部屋で待っていようと体の向きを変えて歩き出す。