せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
言葉を失うっていうのを二度目の人生にして初めて体験をしてしまった。
ここはライブハウスの筈なのに、眼前に広がる光景はどう見ても夜の屋外。
小さな光の集まりが天空にひとつの絵画を描き、星から発せられる光の洪水に身を委ねてしまったら、そのまま見知らぬ異世界に迷いこんでしまいそうだった。
視線を戻すと少し先には、淡く浮かび上がったショートカットの髪を緩やかに揺らしながら、引き込まれているように満天の星空を見上げている小学校低学年くらいの女の子が見える。やけにその姿に不思議な違和感があると思ったら目線の高さがその子と同じくらいな事に気が付いた。
視線を下げて自分の姿を確認してみると、胸の膨らみもないツルペタのTシャツ姿にミニスカートなのだけれど服のサイズが明らかに小さい。どういう訳か自分も少女の姿になってしまっているみたいだ。
「ゆりおねぇちゃん、おててをはなしたらいやぁ」
弱々しい声のする方に顔を向けると、自分達よりひとまわり小さな女の子が泣きそうな顔でわたしのシャツを引っ張っていた。いったい自分の身に何が起こっているのか、これが現実ではないと頭では理解が出来ているけれど、目の前に映し出される光景があまりにもリアル過ぎて思考が追いついてくれない。
「あっちゃん、おねぇちゃんの手はここだよ」
自分の意思とは関係なく口が勝手に言葉を紡ぎ始めてしまう。うん、と返事をした女の子はわたしの手をしっかりと握り締めて、不安そうな表情のまま強張る身体をそっと寄せてきた。
さっきわたしはこの子を『あっちゃん』と呼んでいた、という事は少し先で星空を見上げている女の子は、まさか……香澄なの?
「ゆりちゃんスゴいよ! お星さまがいっぱいキラキラしてる、こんなの見たことないよ!」
こちらを向いて叫んだ香澄らしき女の子は、うきゃーと感情の赴くままに叫びながらくるくると舞い踊り始めた。空から降り注ぐスポットライトを浴びながら夜の色に染まった草花のステージで踊る姿は、まるで妖精が楽しそうに遊んでいるような美しさを放っていた。
「かすみちゃん、くらいからあんまりはしゃぐとあぶないよ」
幼いわたしが注意をしても聞く耳を持ってくれない香澄は、暫く踊り続けた後にパタリと草の絨毯の上に仰向けで倒れてしまう。その様子に慌ててわたしとあっちゃんが香澄の側に近づいて顔を覗き込むと、何事も無かったかのように無邪気にケラケラと笑っていた。
「もうかすみちゃん、ビックリしちゃった」
「あははっ、ごめーん。でもスゴいよ、お星さまが落ちてきそう」
「お星さま、ほんとうにキレイだよね」
「うん、キラキラとしててドキドキする。きっとこのドキドキはお星さまがくれたタカラモノなんだよ」
寝そべったまま顔をこちらに向けてくる。幼い視線は真っ直ぐで、まるで新しいおもちゃを買って貰った時のような輝きに満ち溢れていた。
「ゆりちゃんにも聞こえた? お星さまのドキドキ」
「よくわからないけど、すごくドキドキしてるよ」
わたしの返事を聞いた香澄はニコッと笑った後に勢いよく立ち上がった。Tシャツと短パンに纏わり付いていた草を払ってあげていたら、いきなり首に手をまわされて抱きしめられてしまった。
「ゆりちゃん、大きくなったらまたお星さまを見にこようよ。わたしとゆりちゃんとあっちゃんで」
「えー、やだよくらいのコワイもん」
わたしの体にくっついたままのあっちゃんが心底嫌そうな声をあげる。それにしても不思議、これは現実では無い筈なのに抱きしめられた身体には香澄の圧力と興奮している呼吸の音まで感じられてしまう。
「あっちゃん、ゆりおねぇちゃんがあっちゃんをまもるからまた三人で来よう?」
「……ゆりおねぇちゃんやくそくだよ、わたしからはなれたらイヤだよ」
「ゆりちゃん、わたしもやくそくだよ。ぜったいにまた来ようね」
「うん! やくそく、三人でまたお星さまを見ようね」
星明かりに照らされたわたし達は約束を交わした。優璃が居なくなった今の世界ではもう叶う事の無い願いを……。
そうか……。
これは優璃が幼い頃の記憶なんだ。失ってしまった筈の記憶を脳が映画のようにわたしに見せているのか。
だけど、どうして今? いったい何の為に?
ヤメてよ! 香澄と長い時間を掛けて絆を紡いだ優璃はもう居ないの!
例えわたしと香澄が紛い物の幼馴染みだとしても、これから時間を掛けて本物になれるかもしれないのに、今更お前は偽物だなんて思い知らせないでよ。
わたしはホンモノじゃない、そんなの言われなくてもわかってる。じゃあ本物って何なの? これから紡ごうとしている香澄との、みんなとの絆はいつまで経ってもニセモノだというの。
どうして? ねぇ教えてよ優璃さん、貴女はわたしにいったい何を見せたかったというの?
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「ゆり! 凄いよ! 音楽って凄い」
「なんだよ優璃そんなに汗をかいて、そこまでライブに興奮したのか」
香澄に肩を揺さぶられて現実世界に引き戻された。ステージの方を見やると
額からは汗が何粒も筋を描いて流れ落ちていく。酷く冷たく感じるそれは興奮して流された物では無い事はよくわかっていた。
「どうした優璃? ぼうっとして」
有咲に心配をされて我に返った。心の中はぐちゃぐちゃだけど、みんなに心配をかけちゃいけない、折角の良い流れを止めちゃダメだ。
「ついライブに夢中になっちゃった、有咲もしかして心配してくれたの?」
「はっ? そんなんじゃねぇし、ボケーっとしてた顔が何か面白かったからな」
ドヤ顔で微笑む有咲が可愛い。良かった、なんだかんだ言っても有咲も楽しんでくれたみたいだ。
和やかな雰囲気に安堵していると、急に香澄がわたしと有咲の肩を力強く掴んできた。
「わたし、バンドでキラキラドキドキしたい!」
「あっそう、まぁ頑張ればいいんじゃね」
「ねぇ二人共、バンドやろう! わたし、二人とバンドしてみたい!」
「やらねぇ」
「えぇっ? あーりーさー」
香澄が有咲の肩を揺すってお願いをしている横で、わたしは呆気に取られてしまっていた。
あれっ? 何でわたしがバンドに誘われているのかな? ゲームのシナリオと違いますよ香澄さん。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「ねぇー、バンドしようよー」
「興味が無い」
「あーりーさー」
「あぁうぜぇ、バンドをやりたかったら優璃とやれば良いだろ」
まぁそう言われるよね、だけど世の中はそう上手くはいかないものなのですよ。
「そうしたいのはやまやまだけど、わたしね、事故をしてから指とかがスムーズに動かなくなっちゃったんだ」
ハッとした顔をして二人は申し訳なさそうに目を伏せてしまった。
まぁ半分は本当で半分は嘘なんですけれどね。事故のせい以前に元々の手先が超絶不器用なんだよね、リズム感も無いし絶対に楽器とか無理だと思うんだよ。
それに香澄達のバンド
まぁ最大の理由は外からポピパの五人を眺めてウホーしたいだけなんだけどね。
それよりも早々に有咲を陥落させないといけないね、わざとらしく同情をひくように精一杯の悲しそうな顔を作って少し上目遣いで有咲を見つめる。
「だからね、この思いを有咲に託したいんだ。有咲がバンドを始めて香澄を支えて欲しいの」
完璧です、これなら優しい有咲が『仕方がねぇな』とか言ってくれるのは間違いないでしょう。
「はっ? そんなの知らねぇ」
はい、振られてしまいました、チクショウな感じでございますよ。
市ヶ谷家に着くと、有咲は香澄からランダムスターを奪い返して素気なく帰るのかと思えば、玄関先で急に足を止めてしまった。
「まぁまた片付けを手伝ったらギターを見せてやるからな、じゃあな」
それだけを言うと振り返りもせずに家の中に入ってしまった。もうそれってまた来いっていう事じゃん、どれだけツンデレなんだろうかあの子は。
「帰ろっか」
うん、と返事をした香澄と並んで歩きだす。もうすっかり闇に閉ざされた景色はあの時みたいに星の輝きに照らされてはいない。空を見上げても本当に明るい星しか見えないくらいのパラパラとした星空だ。
「ライブ、とってもキラキラドキドキしたよ、まるで……」
「一緒に星空を見た時みたいに?」
並んで歩いていた香澄の足がピタリと止まった。急な事に驚いて振り返ると持っていた鞄を地面に落とし、茫然とわたしを見つめる香澄の姿がそこにあった。しまった、迂闊な事をしてしまったのかもしれない、これではわたしが記憶を失っていないように見えてしまうじゃない。
「……覚えて、いるの?」
「いや、覚えているっていっても断片的で、よくは……」
誤魔化しきれそうもないから正直に答えたけれど、わたしのバカ、中途半端な希望は後で絶望を与えてしまうだけだというのに。
香澄の足が再び動き出してわたしに段々と近寄ってくる。違うの香澄、これは記憶のカケラというか浮かんでは消える
などと慌てていたら、香澄は止まる事なくわたしにぶつかるようにして強く身体を抱きしめてきた。今まで感じた事がない程に強く、息が苦しくなってしまうくらいの力で。
「か、香澄、苦しいよ」
「あの時の星空、キラキラドキドキしたよね」
「あぁ、そうだね綺麗だった」
「やっぱり思い出していたんだ」
「全部を思い出した訳じゃないんだ、本当に断片的な映像だけ」
「それでも……」
香澄の声が震えだしてきてしまった。最悪だ、なんだか優璃と香澄の大切な思い出を土足で踏み荒らしてしまった気分だ。こんな思いをさせてまで何でわたしは此処に存在してしまっているんだろう? そのまま優璃が残ってくれてわたしが消えてなくなればみんなが幸せだった筈なのに、神様はどうしてこんな残酷な事をするんだろうか? もし暇潰しの戯れとかだったらマジで神様許すまじだからな。
「わたし達があの時に感じた『
涙声で香澄が問い掛けてくる。香澄の温もり、柔らかな身体の感触、澄んだ空のような香りが此処に居る香澄が幻想ではなく現実の存在だと教えてくれる。だから余計に偽物のわたしには香澄の問いに答える資格はきっとないのかもしれない。
だけど……だからそれがなんだっていうの!
人の心に偽物も本物も無い、そこにあるのはただ想いだけだ。
誰かを、みんなを幸せにしたい、自分だって幸せになりたい、そう願う心に優劣などあるはずもない。
わたしだって優璃だ、優璃が為し得なかった想いを引き継いだってそれは本物の価値があるはずでしょう。
わたしは以前の優璃になる事は出来ない。だけど、新しい美月優璃を創る事はきっと出来るはずだ。
だから……いつかなってみせるよ、新生美月優璃というホンモノにね。
「ライブにもキラキラドキドキした?」
「したよ、久々にあの時の気持ちを思い出したもん」
「ならバンドやりなよ。わたしには出来ないけれどずっと応援するよ、いつかまた二人で……違う、みんなで星の鼓動を聴けるその時まで」
「ずっとだよ、ずっとわたしを見ててくれる?」
「約束します」
「じゃあ頑張る」
わたしの体から離れた香澄は、涙の跡が残ったままの笑顔を見せながら右手の小指を差し出してきた。子供かよと思ったけれど、たまにはこんなのも悪くない。
お互いの指を絡ませてしっかりと繋ぎ合わせる。今度こそ約束を叶えてみせるからね、それが出来た時にきっとわたしは本物に成れる気がするから。
一度は死んで偽物からのスタート。上等ですよ、神様の試練だかなんだか知らないけれど、優璃はやってやりますからね。
二人で空を見上げた。決して綺麗な星空ではないけれど、何だかいつもより星達が綺麗に見える気がする。まるでわたし達を励ますように、そして明日への道を指し示してくれるように……。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「ただいまー」
玄関を開けて声を掛けると、瑠璃姉さんがリビングからゆっくりと姿を表してきた。エプロン姿でとっても綺麗だけれど、その足取りはゾンビのようなすり足で少し怖いですよ。
「ふふふ、おかえりなさい優璃ぃ、今は何時かなぁ? 連絡も無かったなぁ」
あっ、遅くなるってメールをするのをすっかりと忘れていました。それよりあの姉さん、笑顔が怖いです、謝りますからどうか
「お姉様ごめんなさい、ついですね」
「ふふふふ、ご飯もすっかり冷めちゃったなぁ、寂しいなぁ傷ついたなぁ、どう慰めてくれるのかなぁ」
「ふにゅ! お、お許しを」
「罰として今日は一緒にお風呂に入って頂きます」
「にゃっ、いやにゃぁぁぁぁぁぁぁ」
逃げようとしたところで首根っこを掴まれ、そのままリビングへと連行されてお説教を散々されてしまうのでした。
どうやらわたしの『尊い』への道は、まだまだ険しくて遠い道のりのようです。