せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
明るい店内という物がこれ程までに有り難く感じられたのは、真夏の夜に突然アイスが食べたくなって汗だくになりながらコンビニに向かった中学二年生の時以来かもしれない。
まだ夜というより夕方の時間帯だけれど、視線の先に映る『江戸川楽器店』の看板と明るい店内の照明がやたらと眩しく浮かんで見える。
まるで長い宇宙旅行の果てに母なる地球へと舞い戻ってきた旅人のような、または理不尽極まりない難易度の迷宮クエストをやっとの思いでクリアして無事に地上への帰還を果たせた冒険者のような、何やら不思議な感動さえ味わえてしまった。
だけどこれからが本当の旅の始まり、わたし達は祈るような気持ちでギターケースを抱えたままお店の自動ドアをくぐった。
「あの、すみません」
「はーい、おっと電話してくれた娘達だね、ボンジュース! ようこそいらっしゃいましたー」
えっと、わたし達と店員さんらしきお姉さんとの気持ちのギャップ差が酷すぎるのですが。
笑うとふにゃっとした顔になる垂れ下がった瞳が特徴的な店員さん。最初の一言でわかりましたよ、この人はやべぇタイプの人です。
それとボンジュースって何ですか? 新手の柑橘系な飲み物とかですかね?
「あの、ギターを落としてしまって」
「おおっと! それはギターちゃんもさぞかし痛かっただろうねぇ、それじゃその可愛いお手々であそこのカウンターに居る怖そうなお姉さんの所まで運んじゃってぇ!」
「ひな! うるさいよ」
ひなと呼ばれたやべぇ店員さんが指差したカウンターには、エプロンを見に纏って凛と佇む可愛らしい店員さんが見えた。良かった、どうやらこちらはまともそうな店員さんみたいだ。
ギターケースをカウンターの上に載せると、凛として無表情な店員さんはケースを開けて深紅の星型ギターを取り出すとじっくりと点検を始めた。
「見た感じ致命的な所は無さそうだね、店長に見てもらうから少し預からせてもらうよ。ひな! 店長に渡してきてもらえる?」
はいよっと返事をしてひなさんはギターを受け取り店の奥へと消えて行く、その姿を心配そうな表情で見送る香澄の背中に手を添えると、不安から震えていた身体の緊張が少しだけ和らいでくれた気がした。
「それじゃこの隙に受付を済ませてもらえるかな?」
落ち着いていて頼もしそうな店員さんは、カウンターの下から受付表の紙と何故かそこそこ大きなぬいぐるみを取り出してきた。
「まずはここに名前を書いてくれにゃ」
落ち着いていて頼もしそうだった店員さんは、取り出したぬいぐるみを抱きかかえたかと思えばその腕を持って器用に動かしながら受付表の書き方を説明していく。
その様子に戸惑いながらもとりあえずは香澄が代表として受付表に書き込みを始めた。
「にゃにゃ! そこじゃないにゃ! そこは住所を書くところにゃ!」
先程まで頼もしそうだった店員さんはいったい何処に行ってしまわれたのでしょう、今や喋るぬいぐるみと化してしまった女の人を前に、わたしと有咲はただただ茫然とするしかなかったのでした。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
とりあえず三人で椅子に座って修理を待つ事にした。不安そうに俯く香澄が心配だから右手を握ってあげておいて、後が怖いからと空いた手を使って
《姉さんゴメン、今日も少し遅くなりそうです》
既読。
《イモウト、ヨアソビ、アネ、フアン》
瑠璃姉さん何故にカタカナなの?
《香澄と一緒だから心配しなくても大丈夫だよ。ご飯は後でチンでもするから先に食べててね》
既読。
《アネ、フテネスル、イモウト、ツメタイ》
だから何故にカタカナ、少し怖いんですけど。
《冷たい訳がないでしょ、姉さんの事は大好きだからね》
既読。
《待ってるから気をつけてね、私も優璃の事が大、大、大好きだよぉ》
ふむ、姉さんはわたしの事を少々可愛がり過ぎではないでしょうか、もっと瑠璃姉さん自身の時間を大切にして欲しいと妹は願っているのですよ。
やがて奥のスタッフルームから大事そうにギターを抱えて出てきたひなさんがカウンターの上にランダムスターをそっと置いた。俗に言うプチプチに包まれた姿からは、無事に修理を終える事が出来たのかその見た目から判別をする事が出来ない。
「美少女の皆さん、ひなちゃんから大切なお知らせがあります」
瞳を閉じてやや悲しそうな表情が最悪の事態を連想させる。有咲が香澄の左手を、わたしは香澄の右手をそれぞれ握り合う、わたし達は心をひとつに繋げて審判の時を待った。
「このギターは……弦が切れた程度で本体は問題無しだってぇ、にっぱー! 良かったねぇ」
ひなさんが腰を仰け反らせながら勝ち誇ったように告げてくれた瞬間、わたしと香澄は声には出さない叫びを上げながら有咲に抱きついた。嫌がるかと思ったけれど、有咲もほっとした表情でわたし達の感情を黙って受け止めてくれた。
暫く三人でしっかりと抱き合った後に、香澄がランダムスターに近寄りそっと優しく指で触れた。
「痛かったよね、ごめんね、本当に直って良かった」
後から香澄の背中を眺めても、あれだけ不安で身体を震わせていた面影はもう無い、その姿に安堵してわたしもそっと有咲の横に移動して感謝を伝える。
「ありがとうね、有咲」
「お前ら……香澄と優璃の為にやった訳じゃない、私がしたくてした事だし」
「んー、本当に?」
「優璃……うぜぇ」
前屈みになって有咲の顔を覗き込むと、頬を紅くして顔を逸らされてしまった。やっぱり有咲は優しくて素敵な女の子だよ、だからこそ香澄と一緒にバンドをしている姿が見たいと思ってしまうんだ。
「ただねぇ、リィちゃんどうぞ」
ひなさんがぬいぐるみの店員さんに声を掛ける、なるほどこのぬいぐるみの黒子さんはリィさんという方なのですね。
「うん、ギターは大丈夫だけどケースはもう駄目だね、新しく買った方が良いと思う」
覚悟はしていたけれど、ギターの修理代にギターケースを新調ともなると結構な出費になるかもしれない。わたし達の不安そうな表情を察したひなさんは、香澄に近寄って肩に手を置きもう片方の手を大きく振りかぶった。
「そんな心配そうな顔をしている可愛い女の子達に耳寄りな情報! なんと江戸川楽器店には学割制度というものがあるのだよ! はい、リイちゃんどうぞ」
「高校生は持ってけこの小娘価格で二十パーセントオフだにゃ、おすすめが知りたければわにゃしに訊くのにゃ」
いやぬいぐるみに訊けと言われても……あの、普通の店員さんは他に居られませんかね?
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江戸川楽器店から出て三人で有咲の家に向かう。歩く香澄の背中には真新しいギターケース、三人でお金を出し合って買った特別な宝箱だ。
「ごめんね、有咲にも優璃にもお金を出してもらっちゃって」
「本当にね、予想外の出費だったわ」
有咲の言葉に香澄はシュンと肩を落としてしまう。そんな様子にひと息だけ溜め息をつくと、有咲は香澄の正面に移動して自らの腰に手を当てながら確かな口調で言葉を続けた。
「そのギターは私の持ち物だから私が修理代を負担するのは別に普通の事、だからあんたが気に病む必要はないから」
「でも、わたしが落としたりしなかったら……」
「ちなみにそのギターを調べてみたら売値が三十万円くらいするけど」
高校生からしたら結構な金額にわたしと香澄は黙り込むしかなかった。あの星型ギターってそんなに高かったんだ、ギターの相場なんて知らないからせいぜい四、五万程度かと思っていたよ。
「香澄、そのギター好きなの?」
「好きだよ、格好いいし可愛いもん」
「……じゃあ永遠に貸してあげる」
有咲の言っている事の意味がわからず二人で首を傾げていると、有咲は何かを決意したかのように頬を紅く染めて唇に力を込めた。
「三十万円だろうと私にとっては只のガラクタ、だから香澄が大事にするって言うのならずっと『貸して』あげる、売るんじゃなくて貸すだけだからね」
「ありさ、いいの? わたしが持ってても」
「だからあげるんじゃなくて貸すだけだから、しかも条件付き!」
「条件って?」
わたしの問いにいよいよ顔全体が真っ赤になってしまった有咲は、わたし達に向かって勢いよく指を指した。
「二人とも、と、友達になってもらうからな! それが条件だから!」
「なにそれぇ」
指先を震わせながら叫んだ有咲を見つめている香澄の頬を涙が一筋流れる、その表情は悲しみの欠片も無く柔らかに微笑んだ優しい泣き顔だった。
わたしも二人の尊い光景に貰い泣きしそうになってしまい、感情が爆発してしまう前にと勢いよく有咲に飛び付いて抱きしめた。
「有咲、その条件はもうとっくにクリアしてるよ」
「ま、まぁ知ってるけどな」
暫く有咲の色々な感触を愉しんでいたら、トントンと背中を叩かれたのでゆっくりと有咲から身体を離すと、後に控えていた香澄が入れ替わりに有咲をしっかりと抱きしめた。
「大切にするね、ありさもランダムスターも」
「契約だからな、しっかり守れよな」
「……うん」
香澄と有咲、そして真紅の星型ギターとの絆が紡がれる瞬間を無事にこの目で見る事が出来た。
しかしいくらわたしが未来を知っているといっても予言者にはなれない、それは何故かというと知っているのが
なにせわたしの知っている物語にはそもそもわたしという人間は存在していない、わたしというイレギュラーな存在がこの世界にどのような影響をもたらしているのか予測なんて出来る筈がない。
だからこの先わたしはきっと何度も選択肢を間違えてしまうだろう。挫けて膝を崩してしまう事もあるかもしれない、だけどきっと何度だって立ち上がる事が出来る筈だ。
周りにいる素敵な人達の為に……。
その先にある可憐な『尊い』の為に……。
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有咲を家まで送っていき帰ろうとした時に、ちょっと寄っていけと言われたので三人で再び蔵の中へ足を踏み入れると、有咲は床にあった隠し扉を開けてその中へと入って行ってしまった。わたし達もその後に続いておそるおそる地下へと繋がる階段を降りてみると、色々なアンプや古めかしいレコードプレイヤーなどが並ぶまさに音楽部屋と言っていい地下室の光景が広がっていた。
「ここは元々じっちゃんの秘密基地だったんだって」
有咲の言葉を他所にわたしは感動の渦に飲み込まれていた。
此処ですよ、此処がpoppin'partyの聖地なのですよ、メンバー達が練習をしたり他愛もないお喋りをしながら絆を深めていった場所、そこにわたしは足を踏み入れてしまったのです。はぁマジ神様ありがとうございますとたまには感謝しておいてあげますかね。
わたしと香澄が感心しながら辺りを見渡していると、なにやら急に有咲がもじもじと身体をくねらせ始めた。
「それでな、ここなら音も出せるからわざわざスタジオに行かなくても蔵で練習すればいいんじゃね」
「ありさ、いいの?」
「まぁ友達だしな、ただし! ひとつだけ条件がある」
ひとつだけってつい先程も条件がぁとか言っていたよね?
「お昼ご飯を一緒に食べて欲しい」
「もう、それくらいお安い御用だよ」
笑いながら香澄が有咲に抱きつくと、有咲はまた顔を紅くして身悶えを始めたので微笑ましくその光景を眺めていると、有咲がわたしをじっと見つめている事に気が付いた。
ふぅ、やれやれですよ。
「えい! 有咲、これからもよろしく」
「お前らいちいち抱きつくなよなぁ!」
あの有咲さん、心の中でひと言だけ叫んでもいいですかね……。
ツンデレどころかすっかりデレデレじゃねぇかよ!