せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
『人前で演奏なんて出来ないよ』
ぐるぐるキャンディみたいな太陽に綿飴みたいにふわふわな雲と、まるで自分が絵本の登場人物にでもなってしまった気分だ。
『失敗しちゃったらみんなに……』
踏み締める度にサクサクと音を鳴らすパン粉の砂地に足を取られそうになりながらも少しづつ彼女に近付いて行く。
歩く間も頭の中にはりみりんの声が絶え間なく響き続けるのが少し辛い、彼女の葛藤、そして自身の不甲斐なさへの怒りみたいな感情が直接的に心の中へ流れ込んできてしまう。
なんとか側まで近寄ってへたり込むお姫様に向かって手を伸ばそうとしたら、透明な壁みたいな物に阻まれて触れる事が出来なくなっている、まったくこういう罠はお約束の様に存在しているのですね。
「りみりん!」
透明な壁を叩きながら叫んでみても何の反応も返ってこない、俯いたままの姿は硝子のショーケースに入った人形の様に命の輝きをまったく感じさせてはくれなかった。
何度も、何度も壁を叩くけれどヒビひとつ入ってくれない、もし此処がりみりんの精神世界だとするならばこれは特殊能力、つまりチートスキルなんじゃないの?
神様、チートスキルをくれるならもっと万能な力にしてくださいよ、ただ観る事だけでわたしの声も気持ちも届かないのならチートとはとても言えないでしょうが!
『せっかく出来た友達に嫌われたくない』
そんな事ある訳ない! そんな事で嫌いになるなら友達なんかじゃない!
お願い届いてよ、わたしの声。
「あぁもう! マジ神様許すまじ」
渾身の力を込めて壁に体当たりをしようと足を踏み込んだ瞬間、まるで蟻地獄に嵌ったように体がパン粉の砂地に沈み込み始めてしまった。
何なのいったい、まだりみりんに届いていない、伝えたい事が、知って欲しい気持ちが沢山あるのに。
願いとは裏腹に体はどんどん砂地に嵌まり込んで行く、悔しい、こんな能力がいったい何の役に立つと言うの。
「りみ、りみぃ!」
『それでも私は……』
叫びながら伸ばした手は何も掴む事が出来ずに、そのまま無情にも体はパン粉の海に引き摺り込まれ、視界は絵本の世界から再び閃光へと包まれてしまった。
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瞳を慌てて開けてみるとそこはみんなの居る控え室、りみりんはわたしに急に手を握られた事で瞳を潤ませながらも驚いた顔でこちらを見ていた。
何か言葉を掛けたいのに、なまじりみりんの気持ちを知ってしまったせいで気の利いた台詞ひとつも口から出てきてはくれない。
ここで物語の主人公なら格好良い名言とか飛び出す筈なのに、わたしの緋色の脳細胞は全くもってモブキャラ程度の機能しか持ち合わせていないのが実に腹立たしい限りです。
「優璃ちゃん……ごめんね」
りみりんはわたしの手を振り解くと悲しみを堪えた顔のまま控え室から逃げ出す様に走り去ってしまった。
余りに突然な出来事に全員が茫然としている中で急いで香澄に近寄って両肩を掴んだ。
「香澄! りみりんを追ってあげて」
「ゆり、いったい何が?」
「わからないけれど今はりみりんをひとりにしちゃ駄目な気がするの、彼女とバンドをしたいのなら、いま寄り添うべきは香澄だよ」
香澄がわたしの瞳を真剣に見つめ返す、それ以上の言葉は要らないしそれだけで香澄には全てが伝わってくれると信じている。
「わかった、行ってくるね」
香澄は軽く頷くとりみりんの後を追う為に部屋を飛び出して行ってくれた。
唖然としたままの有咲の手を取り、今にも心配して部屋から飛び出してしまいそうに立ち上がったゆりさんの前に立ち塞がる。
「ゆっちゃん……りみはどうして?」
これから話す事は自分でも無茶苦茶で無理矢理だと思う、それでも香澄や有咲の、そして何より内気なお姫様が長い眠りから目覚める為には必要な事だと思いたい。
「有咲、そしてグリグリの皆さん、わたしの話を聞いて頂けますか?」
香澄には香澄の役割がある、ならばわたしにしか出来ない役回りもきっとある筈だ。
神様とやら見ていなさいよ、意味不明な能力を得たわたしの道化師としての役割を、きっちりと見せ付けてやりますからね!
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あれから数日、香澄と有咲には放課後にゆりさん達と行動を共にしてもらっております。
みんなにお願いしておいて何ですが、この局面に至ってはわたしの出来る事はそう多くないのです、主役はあくまで香澄達ですのでね。
という訳で今日は珍しく沙綾と下校です、よくよく考えてみると沙綾と二人っきりでの下校は初めてかもしれませんね。
「それでゆりは色々と奮闘している訳なんだね」
「わたしは何もしていないよ、頑張っているのは他のみんなだしね」
一歩づつ進む度に柔らかく跳ねる沙綾のポニーテール、心なしか普段より歩く速さが遅いのかぴょこんぴょこんと踊っている様に見えて何だかとても可愛く思えてしまいます。
沙綾にも今回の一連の流れは事細かく報告してある、りみりんの友達でもあるし何より今は直接には関係ないとはいえ将来のバンド仲間の事はしっかりと知っておいて欲しいと思ったからだ。
「でもゆりは本当に香澄が大切なんだってわかるよ」
「うーん、それはちょっとだけ違うのかな」
自分の予想していた返答とは違ったのか沙綾は足を止めて不思議そうな表情を向けてきた。
「香澄達がバンドを始める時にみんなを支えるって言ったからね、だから香澄も有咲もりみりんも、そして……」
沙綾の手を取ってしっかりと握り締める、柔らかくてしっかりと暖かみのある手をわたしは決して見失ったりはしないよ。
「もしこの先に沙綾が香澄達とバンドをしたいって思ったのなら、わたしは沙綾の事も全力で支えるよ」
「もう、私はバンドはしないよ……」
露骨に視線を外して力無く呟いた姿はある意味で予想通りの反応だった、でも今はこれで良い、少しずつでも沙綾の心に近付いて寄り添っていけるように成れれば。
「もしもの話だよ」
そうあくまで今は仮定の話、だけど沙綾はわたしから視線を外しても決して手を振り解こうとはしなかったという事に、少しだけ未来への希望を抱いてしまうんだ。
「私としてはバンドどうこう以外でもゆりに支えて欲しいかもなぁ」
「いや別に支えますけれど何か急に甘えん坊みたいになってるよ」
暗くなりそうな雰囲気を変えたかったのか何やらはにかんだ笑顔を見せてくれた。もう沙綾ったら照れてしまう程に無理矢理な話の持っていき方までして気を遣おうとしなくても良いのに、本当にこの娘は優しい人だなと思ってしまいますね。
「何か不思議とゆりには我儘が言いたくなるみたいだね」
「何それ、お手柔らかに頼みますよ」
顔を見合わせて笑い合う、自然な沙綾の笑顔は本当に可愛くて素敵だよ、だからいつも気兼ねなく笑える居場所を、笑い合える仲間達がいる世界を絶対に創ってみせるからね。
「あのさ、今日はこのまま手を繋いで帰りたい気分かな」
「はいはい、それくらいならお安い御用ですよ」
沙綾は
「さっ、帰ろうよ」
とても良い笑顔ですけれど沙綾さんや、これって漫画本とかでしかあまり見た事が無い特別な仲良しさん達がするというとっても恥ずかしい手の繋ぎ方ではないですかぁ。
あわわわ、はわわわ、汗を掻いていないよね、手汗がびっしょりとか無いよね、ひゃあぁ、もう色々と恥ずかし過ぎて死にそうになりますよぉ。
何故か一昔前のロボットみたいなカクカクとした歩き方をしてしまいますが別に緊張などしてはいない筈です、なんといっても転生して以来は女の子に触れる機会も多くなっておりますので、手を繋ぐくらいはもはや慣れっこなのですよ。
「ゆり顔が真っ赤、女の子同士なんだから緊張しなくても良いのに」
それは言わないでくださーい。そりゃ沙綾からしてみたら何とも思わないかもしれないけれどわたしはですね、あぁちょっと待ってください繋いだ手の腹を親指を使ってくすぐるのはやめてくださーい、思わず変な笑いが漏れそうになってしまうのですよ。
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結局は沙綾が手を離してくれなかったので、実家である『やまぶきベーカリー』まで一緒に帰る羽目となってしまいました。
せっかくなのでお店の中に入ってみると、パンの芳醇な香りが充満していて思わずお腹が鳴ってしまいそうです。
もう夕方という事もあってパンの種類も大分売り切れてしまっている様子で、菓子パンの類はどうやらメインの棚に集約されてしまっているみたい。
歩きながら棚を見ていくとありました、りみりんの大好物であるくるくるっとした形が可愛い『チョココロネパン』、ふむふむそれに真っ赤なソースがとっても辛そうな『レッドホットドッグ』、何故か胡麻の替わりに黒光りするチョコがトッピングしてある『メタリカあんパン』などなどネーミングセンスは置いておいてもとても美味しそうなパンが色々と並んでいます。
「はい、ゆり専用ポイントカードをあげるね」
制服姿から普段着にエプロン姿へと着替えた沙綾がお店のポイントカードを渡してくれました。しかし元々の家庭的な雰囲気のせいかエプロンを身に纏った姿がとても清楚で甘えたくなる魅力が溢れていますね。
渡してくれたポイントカードを見ると沙綾の手書きでわたしの名前がしっかりと記されていました。
〝♡ゆりちゃん♡〟
思うのですが女の子って何にでもハートとかを書くのが好きだよね、何だか沙綾の女の子らしくて可愛い一面が垣間見れてとても微笑ましい気分になってしまいましたよ。
二人で微笑み合っていたら、制服のポケットに容れていたスマホから着信を知らせる音が鳴り出したので慌ててメールを確認すると『至急蔵へ来られたし』との若干古臭い文言が有咲から送られてきていた。
何か予感めいたものを感じたので急いで向かおうとも思いましたが、とりあえずお土産用にする為にチョココロネを三個ほど買っていく事にします。
「因みに沙綾、ポイントカードが一杯になったらどうなるの?」
「そうだね、私の部屋に泊まりで遊びに来て頂きます」
えっと沙綾さん、そんな特典は産まれてこのかた二度目の人生においても聞いた事が無いのですけれど?
それにその台詞だと特典というよりかは強制ですよね?
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秘密基地である蔵の中に駆け込んで地下への扉を開けると、丁度ギターの減衰していく残響が耳の側を駆け抜ける様に擦り抜けていった。扉を締めながら階段をゆっくりと降りていくと、ランダムスターを装備した香澄の姿にソファーに座った有咲、それにゆりさんの姿も見える。
「遅っせぇぞ」
「これでも急いだのですよ」
まるで彼氏面の様な台詞の有咲ですが、今回の事はわたしからお願いした身ゆえ何もツッコミを入れないでおきましょうかね。
「どうやら大丈夫そうですね」
やまぶきベーカリーの袋を抱えたままゆりさんに問いかけると、右手の親指を力強く立てながらウィンクをしてくれました。
「とりあえず簡単な三つのコードならもう大丈夫だと思う、それに有咲ちゃんがピアノ経験者だからしっかりと支えてくれそうだしね」
その言葉を受けて有咲を見やると、いつもの片側の口角を上げたドヤ顔を見せ付けてくれました。最近なんだかこのドヤ顔も可愛らしく思えてきたのでやっぱり慣れというものは怖いですね。
香澄がランダムスターを装備したまま近寄って来て、何やらふんふんと鼻を鳴らしながら瞳を輝かせております。
「香澄も色々とありがとうね」
頭を撫でながらお礼を言うと、えへへ、と言いながら照れ笑いを浮かべて喜んでいます。
しかし何ですかねこの可愛らしい天使は、何だかお隣の家の天使様にいつの間にか駄目人間にされてしまいそうな危ない無邪気さですよ。
ギターを降ろした香澄も加えて四人で作戦会議です。とりあえずお土産のチョココロネを三人に配って少し重くなりそうな空気を持ち直したいと思います。
ライブの後に走り去ったりみりんを追って行った香澄の話では、りみりんはやはり人前で演奏する事が怖いからバンドは出来ないと言っていたらしいです。
その場で強引にバンドに誘い続けなかった香澄の判断は素晴らしかったです、自信が無い人に無理矢理やらせようとしたところで余計に頑なになってしまうだけだと思いますからね。
「優璃、でもこれって大丈夫か? りみをもっと傷つけたりしないかな」
「こればかりはやってみないとわからないよ、でも絶対に成功させたいとは思ってる」
有咲の心配も理解が出来る、場合によっては彼女をもっと追い込んでしまう可能性も否定は出来ない。
だけどりみりんの精神世界でパン粉の海に呑み込まれる寸前に聞いた、彼女の心からの声をわたしは信じたいんだ。
「私はゆっちゃんに賭けたいと思ったよ、りみは私の背中を追って音楽を始めたけれど、やっぱりバンドをして自分だけの音を見付けていって欲しいと願っているもの」
優しいゆりさんの言葉に少し救われた気がする。もし、もし仮に今回の計画が灰燼に帰してもその責任は全てわたしにある、例えわたしは嫌われても香澄達とは友達でいて欲しい、その事だけは最後にお願いをするつもりだ。
「それにりみを託すなら香澄ちゃん達なら安心だよ、みんな良い子ばかりだからね」
「わたし、りみりんともバンドをしたいです」
「まぁ、賽は投げられたってやつだよな」
みんなの気持ちはひとつに纏まりましたので後はやるだけですね、ソファーから立ち上がって拳を握り締めながら高らかに作戦決行を宣言です。
「それでは『オペレーション・チョココロネ』、発動です」
「優璃……その名称な、凄くダサい」
ちょいとこのツンデレ金髪ツインテールは何を言っているのですかね?
ダサいとか関係ないのですよ様式美ですよお約束ですよ、今のはみんなで『えいえいおー!』の流れではないですかぁ!