せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。   作:月白猫屋(つきしろねこや)

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22.初めてだけど初めてじゃないお泊まりの夜

 

 

 やっぱりですね、こうなる事が解っていたので今まで必死になって避けてきたのですよ。

 

 

「何かすっごく久しぶりだね、こうやって一緒に寝るの」

 

 

 鼻から下を掛け布団で隠した香澄が、テンションも高めな声を出しながらこちらに顔を向けております。

 仰る通り優璃と香澄にはよく有った出来事なのかもしれないですが、わたしにとっては美少女と一緒に就寝をするなんて初体験な訳でして、それはもう間違いなく緊張をして眠れそうもなくなるのは自明の理だったのです。

 ベッドに一緒に入り仰向けに並んで寝そべる、ただそれだけの行為で血圧の数値が何十か跳ね上がってしまったのではないかと思うくらい鼓動の強さがハッキリと感じられてしまいますよ。

 

 

「そう言われてもわたしには記憶が無いからなぁ」

 

 

 無意識に呟いた言葉にむむぅと不満気な声を漏らした香澄は、わたしの肩を掴んで身体を無理矢理に横向きにさせてしまった。

 横向き同士で向かい合う形になった目の前には上目遣いの恨めしそうな顔、あっちゃんがよく見せてくる小悪魔的な可愛いさの上目遣いとは違って香澄のはどこか甘えた、油断しきった表情で見つめてきている。

 大きな瞳から覗く長いまつ毛や拗ねたように少しだけ突き出した唇、いつもの無邪気な表情からは程遠い魅惑的な雰囲気に、わたしはまるで魂を抜かれてしまったように香澄の顔から目を逸らす事が出来なくなってしまった。

 閉め忘れていたカーテンの合間から弱々しく差し込んでくる星明かりの照明のおかげで、部屋の中は決して真っ暗な闇という訳でもないのですが、お互いの息遣いしか聞こえてこない暗がりの中でも香澄の潤んだ瞳だけが何かを主張するかのように浮かんで見えて、なんだか胸の奥底を緩く締め付けられているみたいに少し息苦しいです。

 

 

「嫌かな? わたしは凄く嬉しいけど……」

 

「嫌な訳が無いじゃん、少し緊張しているだけだよ」

 

「嬉しいって言ってくれないと嫌です」

 

「我儘過ぎない? まぁでも少し安心してる、何でかはわからないけど」

 

 

 滅茶苦茶に緊張をしているのと同時に何処か心の奥底では安らぎを感じている事もわかる、もしかしたらわたしの中に残る優璃の残魂が不思議とそう感じさせているのかもしれないね。

 

 

「それなら許します、えへへ、確かにこうしていると安心するよね」

 

 

 香澄はわたしの手を取ると、自分の身体に押し付けるようにしてしっかりと握り締めながら瞳を閉じた。

 ちょっと待って香澄さん手に胸の弾力と暖かさが直接的に伝わってきていますよ、うわっ服やブラジャー越しでもわかる張りのある柔らかさ、マシュマロかなと思ったらそれよりも滑らかなふわふわの……えっとわたしの胸にはこんな感触は無いのですが大きさですか? 大きさ故のアドバンテージですかぁ?

 

 いやいやわたしの胸だってですね……おのれ神様許すまじ!

 

 まぁそんな事よりもこんなの意識するなと言う方が無理です。実際にいま押し付けられている手に意識が全集中してしまっているというのに、この感触を味わったままだと一向に眠気が訪れてはくれないと思うのですよ。

 

 ひとりでわたわたと慌てふためいていると、香澄から小さな寝息が流れ始めたのが聞こえた。

 ゆっくりと乱れのない寝息、その優しいリズムを聴いていたら溶けるように感情の荒波が穏やかになっていくのがわかる。

 それはそうだよね、始めたばかりの楽器を使ってやった事もないギターボーカルをやり切ったのだもの、わたしなんかよりも余程に疲れているよね。

 

 

「ありがとう香澄、わたしを助けてくれて」

 

 

 安らかな寝息をたてる香澄の寝顔は少し幼く見えてしまう程に安心しきった表情で……ってこれはやべぇ、呼吸が止まりそうになるくらい可愛いかもしれない。

 少しだけ開いた唇もとても柔らかそう、この顔を見合わせた距離だとちょっと動いたら触れてしまえるような、もしこのまま唇同士が触れ合ったのなら心の奥底にいったいどんな感情が湧いてきてしまうのだろうか。

 

 …………()めた。

 

 最低な思考を冷凍庫にぶち込んでキンキンに凍らせたくらいには冷めた。

 この安心しきっている幼い寝顔も、わたしに寄せる絶大な信頼も全ては以前の優璃に向けてのものだ。

 わたしは優璃の体を借りているだけの存在なのに、危うく香澄の信頼を自分に向けてのものと勘違いをしてしまうところだった。

 そんな程度の存在でしかない自分が、今まで優璃が長年に渡って築き上げてきた信頼を目先の衝動に身を任せて根底から崩してしまうなんて許されない、許される訳がない。

 もうわたしは四六時中エッチな妄想に浸る思春期の男子では無いのです、香澄の青春を陰で支える立派な親友に成らなければいけないのですよ。

 それが本来の優璃が体現する姿であり、香澄が求める幼馴染みの在り方なのですから。

 しかしそれにしても危なかったです、ノンケである香澄に迂闊な行為をして全てを台無しにしてしまうところでしたよ。

 油断して顔を覗かせた欲望という名の獣を退治して、わたしも寄り添うように体を寄せて瞳を閉じた。

 

 

 一緒に頑張ろうね、香澄……。

 

 

 それは兎も角としてですね、手には堪らない感触だし身体からは石鹸の爽やかな良い香りだしで、果たしてわたしは本当に眠る事が出来るのでしょうかね?

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 微睡(まどろ)みの沼に浸かっていた意識が、優しくて暖かい感触によって(すく)い上げられるように覚醒していく。

 重い目蓋を上げると慈愛に満ちた表情で見つめている天使の顔、あれれ、わたしはもしかして再び死んでしまったのでしょうか。

 

 

「おはよう、ゆり」

 

「んにゅ、おはよう香澄」

 

 

 未だ意識が淡い(かすみ)の中を漂っているせいで、瞳も半目しか開ける事が出来ずにかなり間抜けな面構えのままで挨拶を返します。

 早朝とも言える時間帯だというのに、わたしとは違って香澄は本当に朝が強いと思うのですよ。

 

 

「それじゃ軽く家に寄って着替えてからまた迎えに来るね、ほらほら、ゆりも早く起きて学校に行く準備をしないと」

 

「はいはいって、もう香澄は何で朝からそんなに元気なの?」

 

「えへへ、内緒だよ」

 

 

 やたらと上機嫌な姿を見ていると羨ましく思えてしまいます、朝が弱い人間からするとこの時間帯に機嫌が良いなんて事はほぼ起きない事象ですのでね。

 

 

「それじゃ行ってくるね」

 

「はいはーい……って、ぐえっ⁉︎」

 

 

 突然にお腹に向かってダイブをされました。胃の中は空っぽなので良かったですが、危うく心臓が止まるかと思った程の衝撃でしたよ。

 

 

「もう! 行ってらっしゃいだよ」

 

「わがりまじだがら、がらだをどげでぐだざい」

 

 

 体をどけながら香澄はわたしの手を握ってベッドから引き起こしてくれた。

 そのまま立ち上がったわたしに優しく抱きつくと、先程までとはまるで違う小声で行ってきますと囁いた。

 男の時なら頭を撫でながら格好をつけて行ってらっしゃいと言うところなのでしょうが、今は香澄よりも背が低いので頭に手を乗せてみてもあまり様にはならないみたいです。

 それでも頭を撫でられて嬉しそうな姿を見ると、わたしも何だか幸せな気分になりますよ。

 

 

「行ってらっしゃい、香澄」

 

「うん、直ぐにまた来るね」

 

 

 わたしの体から離れて手持ちの荷物を掴むと、笑顔で小さく手を振りながら部屋を出て行った。

 さてわたしも準備をしようかなと首の辺りをポリポリと掻きながら姿見を覗くと、髪は寝癖で跳ねているし部屋着のジャージは胸の辺りまでチャックが下りていたりと非常にだらしない格好になっていますよこれは、流石にこんな姿を見られていたかと思うと恥ずかしくなってしまいます。

 ありゃりゃ、それに首を掻きすぎたのか少し紅くなっていますね、まぁこの程度なら直ぐに消えてくれそうなので問題無しですが、もうちょっと女の子らしくお淑やかにならないと香澄に呆れられてしまいそうで少し不安になってきましたよ。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 窓際の席に座っていると背中に柔らかな春の日差しが降り注いできてとても暖かくて気持ちが良いです。

 しかしそんな幸せな気分とは裏腹に、まさか授業の課題にしてこれ程までに高い壁に阻まれる事があるのかとわたしは憔悴してしまっていた。

 

 物事を成すのに集中力というものは非常に重要な意味を持っている。

 視界から脳へと送られた情報は、高度に処理された信号へと変わり手足を動かす命令となる。その際に集中力というものが伝達を早める潤滑油の様な役割を果たしつつ、その度合いが深まる程に処理スピードと正確性も加速度的に増していくのだ。

 つまりこのミッションは……。

 

 

「はい、無理ゲーです」

 

 

 家庭科の実習でポーチの制作をしているのですが、裁縫をしようにも余りにも手先が不器用過ぎて作業はまるで進まず、僅かに残っていた集中力という名の根気がまるで砂漠に水を撒いたかの如く呆気なく蒸発してしまったようです。

 

 

「ゆり、早々に諦めずに頑張る」

 

「ふにゅ、沙綾は器用に何でも出来そうだなぁ、裁縫まで上手だしパンも作れるみたいだし」

 

「まだ小さな弟や妹もいるからね、家事は頑張って覚えている最中なんだ」

 

 

 向かいの席に座る沙綾はあっという間にポーチを作り終え、沙綾の横に座るりみりんも苦戦をしながらも順調にポーチが出来上がりに近づいている模様です。

 

 

「沙綾が居ればわたしが裁縫を出来なくても別に問題は無いんじゃないかな? という訳で沙綾をみんなで嫁に貰おう」

 

「優璃ちゃん、現実逃避をし過ぎて理論が滅茶苦茶だよ」

 

 

 りみりんに冷静にツッコミを入れられましたが仕方がないのです。とても時間内に課題を終わらせられる気がしないのですよ。

 

 

「それだったらゆりがお嫁に来たらいいんじゃない? 私が家事をしてゆりがお店番するとか」

 

「ふむ、それも有りか」

 

「えー駄目だよぉ、みんなで同じ学校に進学して部屋も借りてみんなで住もうよぉ」

 

「香澄ちゃん私達まだ高校一年生だよ、ちょっとだけ気が早過ぎると思うな」

 

 

 今日はりみりんのツッコミがやたらと切れ味が良いですね、いやそれよりもわたし達四人が座る作業台の大部分を占拠している物体が大問題なのですよ。

 

 

「あの香澄さんや、流石にギターケースを入れる袋って規模が大き過ぎると思うし、ケースを更に袋に入れるってそもそも意味が無いんじゃないかな?」

 

「えぇっ⁉︎ 可愛くない?」

 

「あはは、流石に無理があるんじゃないかな」

 

「さーやまで! もう絶対に作るもん、わたしのランダムスタ子ちゃんを入れる可愛い袋を」

 

「香澄ちゃん、ギターケースに名前を付けているんだね……」

 

 

 三人で苦笑いをしていると、香澄が瞳を見開きながらムキになってランダムスタ子の魅力を語り始めてしまいました。いやこれってわたしのポーチよりも余程に無理ゲーでしょ、裁縫というレベルを超えていて終わりを全く想像する事が出来ないわ。

 

 

「はい時間です、課題が終わらなかった人は放課後に居残りで製作をしてくださいね」

 

 

 先生が手を叩きながら時間切れを告げると教室からあぁっ、という三つの断末魔の声が上がった。

 二つはわたしと香澄、最後の一つは遠くの席に座っていた腰まで届く絹糸のような美しい黒髪の女の子『花園(はなぞの) たえ』ちゃんだった。

 よくよく見れば、たえちゃんの机にもギターケースが置いてありますね、まさか香澄と同じくらいやべぇ発想をする人間が他にも居る事に普通は驚きそうなものですが、わたしは花園たえちゃんをよく知っているので然程には驚いたりはしません。

 そう、たえちゃんは香澄達が作る事になるバンド『poppin'party(ポッピン パーティー)』のリードギター担当になってくれる筈の女の子なのです。

 美しい黒髪に160cmを優に超える身長、端正な顔立ちにスレンダーな体からすらりと伸びた長い手足と、見た目はモデルと言われても納得の女の子です。

 ただその独特な感性ゆえにゲームをプレイしていたユーザー界隈では、黙っていればバンドリでも最上位クラスの美女という褒めているのか何なのかよく解らない称号が付与されていたのを覚えています。

 

 

「あらら、二人ともご愁傷様だね」

 

「二人とも大丈夫だよ、やっていればいつかは必ず終わるからね」

 

 

 すっかり油断をしていたわたしと香澄は、沙綾とりみりんの慰めの言葉に只々こうべを垂れながら力無く頷くしかなかったのでした。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 遠くから微かに届く部活動に励む生徒達の声、幻想的な茜色に色づく夕陽に染め上げられた放課後の家庭科実習室で、わたしと香澄は課題の続きをする為に向かい合って座った。

 わたしは鞄の中から裁縫キットを、香澄はギターケース(ランダムスタ子)から深紅の星型ギター(ランダムスター)をそれぞれ取り出して準備を始めます。

 

 

「ってなんでやねん、課題をやるんとちゃうん?」

 

「おぉ、何か本場っぽいよ」

 

 

 ストラップを体に通して準備を終えた香澄からは、頑張って課題を終わらせようという気概が全く感じられませんね。

 やれやれな気分に浸っていると、実習室の扉が音を立てて開きギターケースを背中に担いだ花園たえちゃんが姿を現した。

 その姿を確認した香澄がギターを抱えたまま笑顔で彼女の元へと駆け寄って行くので、慌ててわたしも裁縫キットを机に残したままその背中を追った。

 

 

「花園さんもギターを弾くの? 実はわたしもなんだよ」

 

 

 ようやく入り口に居る二人のところへ近寄ると、香澄の問い掛けに彼女は瞳を見開くようにして固まっていた。

 大きな瞳にすっと通った鼻筋、可愛いというよりかは綺麗という言葉が相応しいまさに美女だわこの娘。

 彼女は瞳を見開いたまま右手の人差し指を力無く香澄に向けた。

 

 

「変態さんだ……」

 

「えぇっ⁉︎ へ、変態じゃないよ」

 

 

 会話もまともにした事が無いクラスメイトに変態呼ばわりをされた香澄は、助けを求めるようにこちらに視線を送ってきますがわたしも何と応えたものかと首を傾げる事しか出来ません。

 

 

「ウサギだ……」

 

 

 おかしな事を言い出した彼女を見れば、香澄を指していた指が今度は此方に向けられています。

 おっとこれは見過ごせませんよ、例え百歩譲って香澄が変態なのはまぁいいとしても、わたしに至っては既に人類でもなくなっているではないですか、いったい何を言っているのですかねこの娘は?

 

 時間が止まったかのように固まってしまったわたし達を茜色の夕陽が優しく照らし続けていた、ってこの後にどう収拾をつけたらいいんですかぁ!

 

 

 

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