せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
知らない世界を探求するというのはとても刺激的であると同時に、肉体的にも精神的にも相当な労力を必要とする訳でして。
煌びやかに店内を彩る照明、そして壁に設置してある小さくて可愛らしいスピーカーからはご機嫌なロックチューンが流れています。
此処はガールズバンドの人達御用達であるライブハウスCiRCLE、今日は店員の咲紀さんがお休みなので代役としてまりなさんと一緒にカウンターに入る事となったのですが、音楽知識が皆無の為にお客さんが何を言っているのか意味がさっぱり解らず、頭の上にクエスチョンマークを何個も浮かべながらまりなさんに訊きにいくという作業を何回も繰り返しております。
そもそもがおかしいのです、元々掃除のお姉さんとしてアルバイトに入った筈なのに、何故に素人のわたしがカウンター業務をしているのですか。
しかも今日に限ってわたしの方にばかりお客さんが寄ってきていますし、まったくお客さんのお姉様方にはエプロンの胸元に付けた『見習い』という名札が見えていないのでしょうかね。
「まりなさん、流石にカウンター業務はまだ無理ですよぉ」
「優璃ちゃん順調だよ、やはり私の眼力に間違いはなかったみたいだね」
いや何を言っているのですかこのミスボーダー柄シャツは、明らかに初心者丸出しで慌てふためいてしまってお客さん達に生暖かく微笑まれているのにですよ、これは虐めですか可愛がりなのですか、もしかして適材適所という言葉をお家に忘れてきてしまったのではないですか?
「優璃ちゃんって小さくて可愛いから年上に可愛がられそうな予感がしたんだよねぇ、マスコットには最適だよ」
「ムキーです! 小さいとか言わないでくださいよ!」
両手を上げて抗議しますが頭を押さえ付けるようにして撫でられてしまいます。
はっきり言って不愉快ですね、わたしは可愛いとか言われても嬉しくも何ともないのです、やっぱり元男としては格好良いとか素敵とか言われたいのですよ。
「ほらほら優璃ちゃん、お客さんが待ってるよ」
まりなさんが指し示す方を見やると、黒髪に一筋の赤色メッシュを入れたショートボブの女の子がわたし達のやり取りを冷めた瞳で見つめていた。
花咲川女子とは違うブレザーの制服に身を包み背中にはギターケース、鋭さのある視線も相まって少し怖そうな印象を与えています。
とりあえず接客用の笑顔を見せながら彼女の前に立ち、最初の挨拶を交わすとしましょうか。
「いらっしゃい蘭ちゃん、えっと
「えっ⁉︎ あっ、はい」
「んっ? どうしたの蘭ちゃん」
アフターグロウのギターボーカルである
いったいどうしたのでしょう、もしかしてわたしの顔に柿の種でも付いているのですかね?
「ていうか多分初対面だよねあたし達、いきなり下の名前呼びとか馴れ馴れしくない?」
しまったです懲りもせずにまた軽率な言動をしてしまいました。ゲーム慣れしていた事もあってもうすっかり知り合いの気分でしたが、この世界では話もした事が無かったというのにこれでは只のチャラくて無礼な人ではないですか。
「いやあの御免なさい、ほ、ほら以前に観たライブで蘭ちゃんが凄く可愛いかったなぁって、そ、それでね、えっと……」
「ププッ、慌て過ぎでしょ、ねぇ名前は何ていうの?」
「
ゲームではクールで格好良いイメージだった蘭ちゃんが急に見せたふわっと緩んだ笑顔は驚く程に柔らかで、思わず見惚れてしまいそうになるくらいに可愛いらしく思えてしまった。
「それで優璃、今日は何番スタジオ?」
「んー、今日は二番スタジオだねって蘭ちゃん呼び捨てしてるし」
「お返しだよ、わかった二番ね」
何だかすっごく負けた気分がしますが、しかしこのままやられっ放しで終わる優璃さんではないのです。
「蘭、行ってらっしゃいですよ!」
練習スタジオに向けて歩き始めていた蘭ちゃんが足を止めて此方に振り返った。見るが良いです、わたしもお返しをしちゃいましたのドヤ顔を見せつけてあげますよ。
「……変な娘」
口元に手を充ててクスリと笑ってから再びスタジオに向かって歩き出してしまった。歩きながら片手を上げて合図を送る姿が悔しいけれど男前です、これはもう負けた気分どころではなく格好良さでは完敗してしまったようですよ。
蘭ちゃんがスタジオに入ってから暫くして、続々とアフターグロウのメンバー達も来店してきてどうやらバンド練習が始まったようです。しかし蘭ちゃん以外のメンバー達も可愛らしい娘達ばかりで、本当に俺得というか素晴らしい世界だなと痛感してしまいますね。
漸く人がまばらになった店内で少し気を緩めると、ふと昨日の出来事を思い出して溜め息が出そうになった。
夕陽に染まる家庭科実習室で、わたしは翌日のアルバイトに行く為に必死に課題をこなしていたのですが、意気投合した香澄とたえちゃんは課題そっちのけとばかりにギターを弾き始めてしまいました。
たえちゃんのギターテクニックは素人目に見てもとても上手で、右手と左手が別の生き物みたいに滑らかに動く様を、わたしと香澄は驚いて目を丸くさせながら見入ってしまった。
出会い頭に香澄を変態呼ばわりしたのはどうやらランダムスターが原因のようで、たえちゃんが言うにはあのギターを好きな人には変態しか居ないとの事です。
因みにわたしをウサギ呼ばわりしたのは小さくてぴょんぴょんとしているからという事らしいのですが何なのですか、もっと格好良きものに例えて欲しいものですよ。
そんな触れ合いを続けながらもわたしは何とか課題を終わらせる事が出来たのですが、香澄達は先生が退校時間を知らせに来るまでギターを弾き続けてしまい残念ながら今日も居残りとなってしまったのです。
しかしそれよりもわたしの心を大きく曇らせているのは、知識チートといえる転生時に持っていたゲーム知識が段々と薄れていっている事に気づき始めたからだった。
現に昨日知り合ったばかりのたえちゃんや沙綾がpoppin'partyのメンバーになる事は覚えているのに、どうやってバンドに加入したのかという記憶がまるで奥深い森の中へと迷い込んでしまったかのように思い出せなくなってきている。
段々と転生前の記憶が薄れていって、いつか完全に優璃と同化してしまうかもしれないという事に、わたしは少しばかりの恐怖と後悔の念を抱いていた。
転生前のわたしには両親と出来の良い兄貴が居た。
兄貴と比べて平凡だったわたしは両親からはあまり可愛がられず、割と好き勝手に過ごした人生だった。
別にわたしが死んだって兄貴が居るなら大丈夫だろうと思い、特に今までは感慨に耽る事さえ無かった。
だけどいざ転生前の記憶が薄れてくると、たったひとつの後悔だけが心の隅で痛いと泣き叫ぶようになった。
それは最期の時まで遂ぞ家族に言う事が叶わなかった言葉……。
『ありがとう、そしてごめん』
決して好きな家族ではなかったけれど、それでも生きているうちにありがとうという言葉をどこかで伝えるべきだったかもしれないと、暗くて冷たい心残りが胸の中へと静かに降り積もっていった。
この後悔を忘れてはいけない、忘れたくはない。この後悔を糧にして新しい家族や周りの人達を大切にしていきたいと思っているんだ。
だからお願いだよ神様、この気持ちだけはわたしの中から連れ出さないでください。
「あのすみません、次の予約を」
「あっ、ごめんなさい予約ですね」
俯いていた顔を上げると、アフターグロウのキーボード担当である
「どうしたの優璃? 顔が悪いけど」
「ムキー! 蘭、それを言うなら顔色が悪いですよ!」
「その切り返し、悪くないね」
蘭ちゃんが後方から顔を出してボケを入れてくれました。もしかして気を使ってくれたのでしょうか、わたしの切り返しに軽く微笑んだ顔も可愛いですねコンチクショウですよ、まぁそれはそれとして蘭ちゃんは見た目のキツい印象とは違って実際はとても優しい女の子みたいです。
「何だ何だ、二人は知り合いなのか?」
「いや今日が初対面だよ」
興味津々といった風に笑顔で割り込んできたドラム担当の
「おおぅ、あの人見知りの蘭が初対面の人と仲良くなるとは珍しいねぇ」
「はぁ? モカ何を言ってるの」
「ねぇねぇ名前は? 年はいくつ? 学校はどこ?」
少しおっとりとした喋り方が特徴のリードギター担当
「優璃はね、あたし達のファンなんだって」
「いや、前に観たライブが初めてだったからファンとかまだ……」
「えっ何? さっき言ってたよね、ライブを観て……」
わたしと蘭ちゃんは顔を突き合わせて先程の会話を思い出す、そう確かにあの時わたしはライブでの蘭ちゃんが可愛かったって言って……。
「ちょっとちょっと、二人とも顔が赤いよ」
ひまりちゃんが顔を覗き込みながら発した言葉を合図に、わたし達は咳払いをしながらお互いに視線を外した。しかし明らかにあの時のわたしは言葉のチョイスを間違えてしまっている気がする。
「とにかく覚悟して優璃、あんたを絶対にアフターグロウのファンにしてみせるから」
頬を紅く染めながら蘭ちゃんがわたしに向かって宣言をすると、それを見ていた他のメンバー達はオモチャを見つけた時の子供のような笑顔を浮かべた。
「あららぁ、キミも大変だねぇ、これは蘭に気に入られてしまったようですなぁ」
モカちゃん、その喋り方だと全然大変そうな事態に感じないのですけど。
「まぁ余裕だろ、何と言ってもあたし達の音楽は最高だからな」
「そうそう、すーぐ夢中になっちゃうんだから」
巴ちゃんもひまりちゃんも、絶対に蘭ちゃんの話に乗っかって楽しもうとしているよね?
「大丈夫だよ怖くないよ、みんな優しい人達ばかりだからね」
ちょっと待ちなつぐみちゃん、何やら優し気に頭を撫でてくれているけれど、もしかして貴女はわたしを中学生か何かと勘違いしていないかい?
「いや元から充分に格好良いと思っているし、別にファンとか拘らなくても良くない?」
「何か気に入らない……、とにかくもう決めたから、優璃をあたしのファンにさせるから」
相変わらず顔が赤いまま勢いで言い切った蘭ちゃんは、メンバー達を引き連れて颯爽とした足取りで店を出て行った。ただモカちゃんと巴ちゃんは悪戯っ子のように笑っていたからいまいち締まりは有りませんでしたけれど。
あっ、それよりもスタジオの予約はどうするんだろう?
ふむ、中々に上手くはこなせませんね、やはり接客ってとても難しくてわたしには向いていないと思うのですよ。