せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
「えっ⁉︎ まだ課題が終わってねぇの?」
「うぅ、実はそうなんだよぉ」
学校の中庭でいつもの五人組で輪になって座りお昼休みのお弁当タイムを楽しんでおりますが、香澄が家庭科の課題を終わらせていない事に有咲は少々ご不満の様子です。
うららかな春の日差しに心の中まで暖まりそうなものですが、眉間に皺を寄せてまでの解りやすい表情が少し気になります。果たして機嫌を悪くする程の話でも無いかと個人的には思うのですが。
両隣に座る沙綾とりみりんの様子を窺うと、二人共にどうしたものかといった困惑した表情をみせています。やれやれここは優璃さんの出番ですか、仕方がないですね軽く違う話題を挟んで場を和ませるとしましょうか。
「そういえば先日バイトの時にたまたま格好良いボーカルの人と知り合いになったよ、一見すると怖そうだったけど話してみたら凄く可愛らしい感じで好印象だった」
小鳥のさえずり、風に揺れる木々の葉音、お昼休みの賑やかな生徒達の声、その全てが鮮明に聴こえてくる程の静寂がわたし達の場所だけを支配した。
あれっ? 場を和ませるどころか瞳を輝かせながら此方を見たりみりん以外の全員が表情を失って黙り込んでしまいましたよ。
「優璃ちゃん凄い、その人に声を掛けられたの?」
「いや最初に声を掛けたのはわたしからなんだけどね」
「はわわ、優璃ちゃん大胆」
そりゃ接客ですから自分から声を掛けますって、しかしそれにしても五月の足音も近づいてきたというのに何だか今日はやけに風が冷たいですね。
「へぇ、それじゃゆりからナンパをしたんだ?」
ナンパって沙綾、わたしは店員だよ。とツッコミを入れようと隣に座る彼女の方へ顔を向けると、悲しいかな無表情のジト目に出迎えられてしまいました。
「そんなのわたし聞かされていないよ?」
「信じらんねぇ、意外とフットワークが軽いんだな優璃は」
瞳に輝きが見えない香澄にドン引きの冷たい視線を向けてくる有咲、おやおやまさかですが皆さん、もしかして何か重大な勘違いをしていらっしゃるのではないですかな。
「それで優璃ちゃん良い感じなの? その男の人と付き合ったりしちゃうの?」
やはりですかまったく慌てん坊な人達ですね、そもそもわたしが男に声を掛ける訳がないでしょうが。
いやよくよく考えてみたら、もしかしてわたしの方が自分達よりも先に彼氏が出来る事が許せないとかそういう意味なのかもしれない。
もしそうなら許すまじですよ、わたしに彼氏は要らないし貴女達にも高校の間は彼氏を作らせてはあげませんからね。
ただでさえノンケだらけで絶望しそうなのに、キャッキャウフフの尊い光景を壊されるのはとても許される事ではないのですよ。
「格好良いけれど男の人じゃないよ、ガールズバンドのボーカルの娘だよ。もうみんな何と勘違いしているのやら」
「何だよ男をナンパしたのかと思っただろ、びっくりさせんなよな」
「そうなんだぁ、優璃ちゃんの恋話が聞けるかと思ったのに」
有咲とりみりんが勘違いからの照れ笑いを浮かべてくれました。どうやら有咲の機嫌が良い方に向かってくれたようでこちらも一安心です。
「でもゆりから声を掛けたんだよね?」
「ふぅん、格好良いんだぁ、ふぅん」
何故か沙綾と香澄の表情に変化がありませんね、ちゃんと男子の話では無いという説明をしているのに、まったく二人共わたしの話をしっかり聞いてくれないと困っちゃいますよ。
「あっ、おたえだ。ちょっとわたし行ってくるね」
光を失っていた香澄の瞳に生き返ったような輝きが戻ったかと思ったら、慌ててお弁当箱を片付けてから勢いよく立ち上がりちょうど渡り廊下を歩いていた花園たえちゃんに向かって走り出して行った。
というかもう『おたえ』呼びなのか、相変わらず距離感を縮めるのが上手いね香澄は。
「あの人って確か花園さんだよね、いつの間に香澄と仲良くなったの?」
「あの二人は揃って課題の居残り組だし、ギター絡みで意気投合したらしいよ」
食べ終えたお弁当箱を袋に包みながら沙綾の質問に答え、その袋を膝の上に乗せてから香澄達を見やると、二人で会話を楽しんでいるのが遠目からでもよく伝わってきます。
このまま香澄に頑張ってもらって、おたえが素直にバンドを始めてくれたらわたしも楽で嬉しいんだけどな。
胸の奥に淡い期待を残したまま有咲の様子を確認すると、また眉間に皺を寄せて俯いてしまっています。
えっと何やら振り出しに戻ってしまったような状態なのは、多分わたしの気のせいですよね。
あまり深く考えないようにしていると、芝生の上に乗せていた右手の小指に沙綾の左手の小指がそっと重なった。思わずびっくりして沙綾の方へ顔を向けると、感情の見えない何だか寒気のするような笑顔がそこには待ち構えていた。
「ゆり今日はバイト無かったよね、たまには一緒に帰ろうか」
「えっ、あの沙綾……ちょっと圧力が凄くないかな?」
「私と帰るよね?」
「はぁい、了解いたしましたぁ」
何故か背中を冷たい汗が一筋流れていきます。あぁもういったい何なのですかこの混沌としたお昼休みは、わたしはもっとキャッキャウフフのふんわりとした光景がお望みなのですよ!
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「ごめんね、じゃあまた明日ね」
下校を始めた生徒達の波の中、校門の前でわたしと沙綾はりみりんに手を振ってから歩き始めます。
課題の居残りで不在の香澄といつの間にか帰っていた有咲は仕方がないとしても、りみりんまで用事があるとの事で結局は二人で帰る羽目となっております。
夕方とはいえ陽が長くなってきたのか、傾いてきた太陽も顔を赤くするにはまだ至っていません。
それでも並んで歩くわたし達の影が段々とその身長を伸ばしてきているような錯覚に包まれて、何だか一日の終わりを感じて少し寂しい気分に浸ってしまいそうです。
歩く沙綾の横顔を観察しても特に機嫌が悪そうにも見えませんし、いったいお昼の恐ろしさは何だったのでしょうかね。
綺麗な首筋から続くふわりとしたポニーテールがよく似合っていて、香澄達の可愛いさともおたえの綺麗さとも違う、無理矢理に言葉にするならずっと見ていられる安心感のある美人なんだよね沙綾って。
「うんっ? どうかしたの?」
横顔に見惚れていた視線に気付いたのか沙綾がこちらを向いて優しく微笑んだ。目が合った事で湧き出した恥ずかしさに顔が赤くなりそうになるのを誤魔化す為に、慌てて正面を向いて話題を振る事にした。
「昼間の有咲って少し様子が変じゃなかった?」
「うーん確かに、怒っているというよりかは拗ねているという感じだったね」
何故そんな事になっているのか見当もつきません、これは明日にでも有咲の家に様子を伺いに行った方が良いのかもしれないね。
「でも私、有咲の気持ちもちょっと解るかもしれない」
「本当に⁉︎ 沙綾さん解説プリーズ」
「ほら、お昼休みにゆりがナンパをした時の話をしてくれた時にね、不思議と胸の奥がモヤモヤっていうか、何か嫌だな寂しいなって思ったの」
いや接客であってナンパでは無いのですがねって、まさか私も早く彼氏を作らなくちゃって焦ってきたとかではないよね、それだけは勘弁してくださいよ。
はぁ許すまじですよ、いくら誤解とはいえ男を意識させる発言をしてしまった自分に許すまじですよ。
「だからもしかして有咲も寂しいのかなってね」
ああぁやっぱりですぅ、寂しいとはつまり彼氏が欲しいって意味でしょ、これはもう最悪の流れじゃないですかぁ。
これは早急に有咲の心根を確認しておかないといけませんね、対応が遅れればその内に彼氏が出来たからバンドはやらないとか言われてしまうかもしれないですよ。
「元気がないよ、ゆり」
右側を歩く沙綾の左手の甲がわたしの右手を何回かノックしてきた。
これは多分そういう意味なのだろうなと思って、沙綾の指を包み込むようにしてお互いの手を緩く重ねた。
「沙綾は彼氏とか欲しいと思ってる?」
「うーんどうだろう、今はそんな気分では無いかな」
「そっか、わたしも彼氏とか興味ないから沙綾も一緒だね」
「でもそこそこ気になっている人は居るんだけど、その感情が何なのか自分でもよく解らないんだよね、ちょっと初めての感情っぽいからさ」
えっと何ですかその意味深なセリフは、それって少女漫画的な『もしかして私……』とかいうやつなんじゃないんでしょうか。
なる程です、それではとりあえずアサルトライフルを入手してくるので、相手の男の居場所をさっさと教えて頂けませんかね?
「ゆり凄く嫌そうな顔をしてる、そんなに私に恋人が出来たら嫌なんだ」
踏み切りに差しかかる辺りで、まるで心臓の鼓動を打ち鳴らしたような甲高い音をさせながら遮断機がゆっくりとわたし達の進路を塞いだ。
「嫌とかじゃないよ、でも……」
自分の浅ましい考えを見透かされたような気恥ずかしさで沙綾の方を見れないでいると、彼女は握っていた手を解いてあらためて指を絡めた繋ぎ方で握り返してしまった。
「ゆりがこの手を離してくれなかったら、きっと私……」
やがて列車が激しい轟音と振動をたてながら目の前を通り過ぎて行く。
列車によって引き起こされた突風に煽られたのか何故かバランスを崩してしまったわたしは、沙綾の腕に身体を預けるようにもたれかかってしまった。
慌てて顔を上げると至近距離に沙綾の顔、風に踊るわたしの長い髪と沙綾のポニーテールにした髪がまるでじゃれ合うように触れ合いながら交わっていく。
そんな中でも沙綾は驚く訳でもなく、ただわたしの瞳を真っ直ぐに見つめていた。
少し色素の薄い青みがかった瞳は吸い込まれてしまいそうな程に綺麗で、わたしは時が止まったかのように沙綾の瞳から視線を逸らす事が出来なくなってしまった。
どれ程の時が過ぎたのか、鳴り響いていた轟音が過ぎ去った後に訪れた一瞬の静寂で現実世界に引き戻されたわたしは、慌てて沙綾の体から離れて照れ隠しの笑顔を作った。
熱くなっていく胸の内を悟られない為にゆっくりと上がっていく遮断機に視線を向けていたら、沙綾が此方を見ずに繋いでいた手にきゅっと力を込めてくれた事に気が付いた。
何でだろう。それがとても嬉しくてわたしも彼女の感触を確かめるようにしっかりとその手を握り返してしまった。
やっぱりずっと沙綾と仲良しな友達でいたいな、みんなとずっと一緒に居れたらいいのになと本気で思えてしまうよ。
でももし沙綾やみんなに好きな男の子が出来てしまったら、わたしは友達としてちゃんと応援してあげなくちゃいけないんだよね。
何か嫌だなぁ、女の子になってしまったから思うのだけれど、とりあえずチャラい男など漏れなく全員が無人島にでも行ってくれないものですかねぇ。
「行くよ、ゆり」
並びながら踏み切りの線路へと足を踏み出して行く。
これからもどんなに歩き辛い道だってこうやって一緒に歩いて行こうね、大切な沙綾さん。
しかしよくよく考えてみれば男の子に意識がいかないようにする為には、やはりみんなにはバンドに夢中になってもらうしかなさそうですね。
おっと更に燃えてきましたよ、これは優璃さんの尊い世界実現の為にもっともっと頑張っちゃいますからねぇ。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
時刻は夜の十時、只今わたしは香澄の部屋のベッドに腰掛けております。
右隣には香澄が座り、左隣には何故かあっちゃんが膝枕の体勢で横たわっております。
おかしいですね、先程メールで『重大な問題が起きたから部屋に来て』と呼び出された筈なのですがね。
「香澄、重大な問題が起きたんじゃなかったの?」
「大問題だよ! その名もゆりがナンパをして困る件について」
「いやそれ接客だし、そもそも男の子相手じゃないし」
「でも可愛い娘って言った」
香澄が拗ねたように唇を尖らせながら、右手を取って自分の太腿に挟み込んでしまった。ちょっとそれはやめてもらえませんかドキッと心臓が跳ね上がってしまいますのでね。
「それは由々しき事態だね、優璃お姉ちゃんには私達に対する謝罪を要求します」
「あっちゃん、何故にそうなるのか理由をお教え願えますかな」
両方の口角を釣り上げるように笑うあっちゃん、絶対にこれはわたしを困らせて楽しんでいるよね。
「だってこれからも可愛い娘や格好良い娘がいたら声を掛けるんでしょ」
「あのさ、接客だから可愛い可愛くないとかは関係ないからね。そもそもそれにね」
二人が揃ってわたしの顔を見つめる。ふぅ、まったく困った姉妹ですよ。
「目の前にとびっきりの可愛い姉妹が居るのにさ、わざわざ可愛いからって理由で他の人をナンパする訳が無いじゃん」
今度は二人が揃って顔を背けた。そのまま香澄は頭をわたしの肩に寄り掛け、あっちゃんはお腹に顔を押し付けるようにして抱きついてきた。
「ゆりはずるいと思います」
「うん、優璃お姉ちゃんはずるい」
おっと論破ですか、これはわたしの勝ちで宜しいのではないですかね。
「それより香澄、今日の有咲の様子って変じゃなかった?」
「えぇっそうなの? ごめんよくわからなかったかも」
「とりあえず明日からも注意して様子を見ていこうか」
香澄はこくこくと何度も頷きながらも太腿に挟んだ手をちっとも離す気は無さそうで、更には腕に抱きついてぐいぐいと引っ張る素振りさえ見せ始めました。
これは泊まっていきなよの合図でしょうか、しかし残念ですが今日は瑠璃姉さんに許可を得ていないので大人しく帰宅させて頂きますよ。
まぁそれ以前に香澄と一緒に寝ると胸が高鳴って正気では居られなくなるので、お泊まりは偶にしてもらわないと精神が持ちませんのでね。
おっとそれはそれとしてあっちゃん、こそっとジャージをめくって下着を確認するのは止めて頂きたいのですが?
この膝枕の体勢だとお尻ぺんぺんするのは容易いのですよ、もしかしてお仕置きをされたいのですかね?