せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
「という訳でおたえをドキドキさせなければならなくなりました」
「いや何でだよ、そもそもそれを自分達の総意みたいに言うのはおかしいだろ」
無事に有咲も復帰したお昼のお弁当タイムにてやたらと真剣な眼差しで語り始めた香澄に、お弁当の煮物を箸で摘みながら有咲が呆れ口調でツッコミを入れています。
「だっておたえをバンドに誘ったらバンドである必要性を教えてって言うんだもん」
「それはちょっとよくわからないね、どういう意味なの?」
沙綾の言う事も至極当然で、香澄の説明があまりにも漠然とし過ぎていて要領を得ませんね。
「ギターはひとりでも弾けるよ、何でバンドをする必要があるの?」
「でも楽しいよ、バンド」
「楽しいってまだ活動らしい活動もしてねぇし、って言うか香澄、何で花園たえが此処に居んの?」
いつもは五人で座っている輪が今日はおたえを加えた六人となっています。
本人が居た方が対策が建てやすいという香澄の強引な理由付けからだったようですが、その理屈を聞かされた有咲が口をぱくぱくとさせながら言葉を失っている様子に、香澄と有咲を除いた全員が思わず吹き出すように笑ってしまいました。
「バンドの楽しさを伝えるねぇ、やっぱりライブとか?」
「良いと思うけど場所がさぁ」
わたしの呟きに沙綾が苦笑いを浮かべながら応えます。確かに
「じゃあ有咲ちゃん家の蔵はどうかな?」
「蔵でライブ……クライブ?」
身を乗り出しながら発したりみりんの提案の後に、ポツリと呟いた沙綾のクライブという言葉が妙に心に引っ掛かります。もしかしたらゲームでもそういうイベントがあったのかも知れませんね。
「良いねそれ、やろう! おたえを満足させるクライブ開催決定!」
右手を突き上げながら宣言をする香澄をみんなで拍手をして承認します、と思いきや体を震わせながら俯いているツインテールの美少女がひとり居ました。
「お、ま、え、ら……まずは私に許可を得てから話を始めろよなぁ!」
えーだってー、有咲はどうせ最後には仕方ねぇなぁとか言ってくれるじゃん。
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どちらからという事もなく、わたし達はお互いの手を求めて繋ぎ合わせた。
バイト先へと向かう放課後の帰り道、わたしと沙綾は新緑の木々が作りだすカーテンの中を並んで歩いています。
繋いだ手にもう違和感は無くて、むしろ一緒に帰る時はこうじゃないと落ち着かない気分さえ感じてきてしまいますね。
香澄達は結局開催が決定したクライブの練習の為に蔵へと向かって行きましたが、わたしはバイトの為に、沙綾はお家が忙しいからという理由でみんなとは別行動となっております。
「沙綾のお家ってやっぱり忙しいんだね」
「まぁ今日はそんなでもないんだけど、ゆりと一緒に帰りたかったからね」
はぁ何て可愛い事を言うのですか、そんな事を言われたら思わずトキメイテしまいそうになりますよ。
「明日はどうするの? 沙綾は何か考えてる?」
「特に何も、まぁゆりと一緒なら何処でも楽しめそうだし」
「ああっ! それわたしが言おうと思っていたのに」
「ふふっ、一緒だね」
明日から始まるゴールデンウィークのお休みに遊びのお誘いを頂きました。
最初はみんなも誘おうかと思ったのですが、沙綾の今は練習をさせてあげようの言葉に納得して二人で出掛ける予定となっております。
何にしても楽しみです。そういえばいつも一緒に居るので感じませんでしたが、香澄と一緒に何処かへ出掛けたという事が今まで無かったですね。その内にでも香澄を誘って二人でデートも良いかもしれないです。
うんっ? デート? いったい何を考えているのでしょうかわたしは、女の子同士でのお出掛けは普通に遊びに行くという意味の筈なのに……。
やがてバイトに行く為に沙綾とはお別れになってしまう交差点へと差し掛かりました。
歩行者信号があお色だったので沙綾にまた明日と声を掛けてから繋いでいた手を解こうとしたら、沙綾はまるでわたしの声が届いてはいないかのように更に強く手を握りしめてきた。
「ごめんね、明日が楽しみ過ぎて手を離したくなくなっちゃった」
恥ずかしそうに俯きながら手を握りしめてくる姿に心が暖かくなっていきます。
考えてみれば普段は沙綾のお姉さん風の立ち回りで手を引かれていた事が多いような気がします。
よく女の子達がグイグイと引っ張ってくれる人が良いとか聞かされていましたが、いざ女の子になってみればその気持ちもちょっとだけ解るような、沙綾に手を引かれていると安心してしまう自分にちょっと戸惑う時もあります。
それでも目の前で恥ずかしそうに照れる沙綾がとても女の子らしくて可愛いと思えたのは、まだまだわたしの心の中にも男の子の部分が色濃く残っているのかなという不思議な安堵感さえ覚えてしまいそうです。
とても複雑です、いったい今のわたしは女の子なのでしょうか、それとも心の中は未だに男の子のままなのでしょうかね。
沙綾の頭を優しく撫でてあげます。多分今は男の子の気分、沈んだ女の子を慰めてあげるのは男の義務なのですから。
頭を撫でられた沙綾は顔を上げて、何とも言えない照れ笑いの表情を見せてくれた。
「明日はずっと一緒に居るから、いっぱい遊ぼうね」
「もう、私ってゆりには甘えちゃうね、駄目だなぁ」
「普段はわたしが甘えているのだから、たまには甘えて貰わないとバランスが取れませんよ」
「いやいや全然甘えてくれてないよ、私はもっと甘えてくれても良いんだけどなぁ」
「沙綾はわたしを駄目人間にでもしたいのかな?」
お互いに顔を見合わせて笑い合った後にそっと繋いでいた手を離す。
また明日ねと手を振りながら再びあお色に変わった横断歩道を渡り終え後ろを振り返ると、沙綾がまだ見送ってくれていたので再び大きく手を振ってからバイト先に向けてゆっくりと足を踏み出した。
歩道を渡る風が髪を舞い上げながら通り過ぎていく。
香澄や沙綾、有咲にりみりんとおたえ、みんな良い娘でそんな人達と友達に成れた事が本当に嬉しい。こんな気分の時には、たまには神様ありがとうと思ってあげるとしましょうかね。
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ほほぅなる程、これがかの有名なブラックバイトというやつなのですね。
「美月、これは可愛いね」
「優璃ちゃん、ぷぷぷ、いやぁ似合っているよ」
「この二人、宇宙人に攫われてしまえばいいのに」
昨日まりなさんから明日はショートパンツ姿で宜しくという連絡を受けた時から警戒をしておくべきでしたね。
本日のアルバイト姿はロングTシャツにお店のエプロンと薄めのストッキングにダークブラウンのショートパンツ。それと頭には猫耳カチューシャ、手には肉球グローブ、足は肉球スリッパのコーディネートです……。
月島まりな許すまじ!
いや何で猫スタイルなのですか? パワハラなのですか? 尻尾が無い分ましでしょうとか意味が解らないのですがね。
ニヤニヤと笑うまりなさんと咲紀さんを見ていると産まれてこのかた感じた事の無い感情が芽生えてしまいそうです、なる程これが殺意というものなのですね勉強になりましたよ。
「それで何故にこんな晒し者のような格好を?」
「顧客サービスです」
いやぁ手ぶらで良かったです、バラエティーの番組でよく見かける飾り用のパイを持っていたらその顔面に叩き付けていたところですよ。
「美月……にゃん!」
「にゃん?」
咲紀さんが手首を曲げて招き猫のようなポーズをするので思わず釣られて真似をすると、彼女は急に両手で顔を覆い肩を震わせ始めた。
「実に可愛い」
「うむ、妾は満足じゃ」
この二人、宇宙までホームランされたらいいのに……。
「さっ、優璃ちゃんお仕事、お仕事」
「まったく、こんな手じゃ掃除もままならないですよ!」
ふんふんと鼻を鳴らしながらモップで床を拭こうとするのですが、肉球グローブのせいで上手く握る事が出来ず、両手で挟むように使ってみても腰を入れて拭けないので本当に不便です。
やはりこれはパワハラによる虐めですよ、奉公が終わったらこんなブラックバイトなんか絶対に辞めてやるです。
「優璃……?」
聴き覚えのある声で名前を呼ばれ、錆びたブリキ人形のようなぎこちない動きで振り向いてみると、口元を手で隠しながら必死に笑いを堪えている制服姿の女の子が立っていました。
「えっ何? 滅茶苦茶に可愛いんだけど」
はい、蘭に見られてしまいました。死なない程度に切腹しても宜しいですかね?
「ブラックバイトの成れの果てですよ、好きなだけ笑うが良いです」
「何で死にそうな顔してんの? 似合っているし可愛いじゃん」
えぇ男の子としては死んだも同然な恥ずかしめなのでね。それよりも他のアフターグロウのメンバーが見えませんね、この後にでも来店してくるのでしょうか。
「他のメンバーはどうしたの?」
「今日はあたしひとり、ちょっと優璃に用事があって」
ふにっと小首を傾げると、蘭がとんでもない勢いで顔を逸らせながら鞄の中からスマホを取り出してきた。
「アドレス知りたいんだけど、ほらスタジオの予約とかライブの連絡とかしやすいからさ」
「あぁはいはい、ちょっと待ってね」
肉球グローブを外してショートパンツのポケットからスマホを取り出して連絡先の交換をする。バンド活動用なのかもしれないけれど、何だか蘭と友達に成れたような気分がしてとても嬉しいです。
「何をニヤニヤしているの? 気持ち悪いんだけど」
「えへへ、蘭と友達になったみたいで嬉しいな」
「べ、別にもう友達でもいいよ、あたしメール自体あまりしないから出来るだけ優璃から送って、優璃からのはちゃんと返すから」
「蘭の身近な事も知りたいから、そっちからも送って欲しいです」
「何を書いたらいいのかわかんないの」
こういう反応を最近身近で味わっているような……あっ、有咲だ。
という事は蘭もツンデレ属性持ちなのでしょうか、はぁこれは見たいです普段のクールな蘭のデレた姿はさぞかし尊きものの予感がしまくりですよ。
ひとりでニヤけていたら急に蘭の表情が変わって、わたしの背後に睨み付けるような視線を向け始めた。
慌てて振り向くとそこには蘭と同じ学校の制服姿で、グレー色の綺麗な長い髪を揺らしながら鋭い視線を此方に向けている女の子が見えた。
あの人は
はっまさかこれは、昔の不良漫画にありがちな『テメェ! ガン飛ばしてんじゃねぇぞ!』というやつなのですか、駄目ですよ店内で喧嘩など神様が許しても優璃さんが許しはしないのです。
モップを両手の肉球グローブで挟み込み、両者の空気を変える為にごしごしと床を拭いてみます。
「優璃、何してんの?」
「心配しなくても大丈夫ですよ、蘭はわたしが守ってみせますからね」
「いやどう見てもあの人、優璃を睨んでいると思うんだけど」
慌てて顔を上げてみると、確かに友希那さんの視線がわたしに向いているような気がしてきました。おまけに先程よりも圧力を感じる視線が……。
ふえぇ、わたし何も悪い事をしていないと思うのですけど。
友希那さんは隣に居たロゼリアのベーシスト、茶髪でギャルっぽい見た目の『
友希那さんは香澄と大して違わない身長なのに目力が凄いです、怖いですこれは殺られてしまうかもしれないですよ。
「あの、店員さんだよね。ちょっとお願いしたい事があるんだけど」
「はひ⁉︎ 何でしょうか」
リサさんが申し訳なさそうに両手を合わせながらウィンクをしてきた。
「ちょっと写真を撮らせて貰っても良いかな?」
「えっ、あっ、だ、大丈夫ですよ」
「良かった、友希那! ほら写真を撮るから横に並んで」
「リサ……私は別に……」
「はいはい恥ずかしがらないの」
もじもじと恥ずかしがる友希那さんからは先程までの圧力を感じる事はありません。あらためて彼女を見ると少し幼く思える程の可愛いらしい顔立ちで、何処からあの目力が生まれていたのかまったく想像も出来ませんよ。
「ちょっと待ってください、あたしが先にこの娘と撮るんでその後にして貰えますか」
いや蘭ちゃん、別に良いんだけどそこはムキになるところではないんじゃないでしょうかね。
「あぁゴメンゴメン、じゃあ撮ってあげるから二人でそこに並んで」
蘭からスマホを受け取ったリサさんがカメラを向けてきたので二人で並んで立ちましたが、中々シャッター音がしてくれません。
「ちょっと身長を合わせてくれる? あぁ良い感じ、それじゃ撮るよ」
わたしの身長に合わせて蘭が少し屈んでくれたので、蘭に顔を寄せて頬同士を合わせてから右手を上げてポーズを取ると大きなシャッター音が鳴り響いてくれました。
リサさんから返して貰ったスマホを見ている蘭は、照れたのか少しだけ顔が赤いようです。わたしも近寄って画面を覗き込むと仲が良さそうに寄り添ったわたし達の姿が映っていました。
「蘭、凄く可愛いく撮れてるね」
「優璃の方が可愛いし……」
「あはは、そろそろこっちも撮っていいかな?」
リサさんの言葉に慌てて友希那さんの隣に行き、撮りやすいように体を寄せて右手首を曲げてにゃん、のポーズを取ると何故か友希那さんも無表情のまま左手でにゃん、のポーズを取ってくれました。
大きなシャッター音が何度も何度も聴こえてきます。あのリサさん、いくら何でも撮りすぎじゃないでしょうかね?
「ありがとう、時間をとらせたわ」
「わざわざゴメンね、それじゃあ」
写真を撮り終えた友希那さんは右手で後ろ髪をさらりと掻き上げながら颯爽とした足取りで去っていきました。とても格好良いのですが、口元が少し緩んでいたのをわたしは見逃したりしませんよ。
「あの……写真を撮ってもいいんですか?」
突然に掛けられた声に驚いて蘭と一緒に振り返ると、何人かの女の子達がスマホを片手にわたし達に詰め寄ってきた。
「じゃあ優璃、またメールでもしてね」
「らーんー! 友達を見捨てるというのですかぁ!」
片手を上げながら足速にお店を出て行く友達になったばかりの女の子。仕方がないですね、帰ったら裏切り者というメールでも送ってあげるとしましょうか。
「まりなさん、咲紀さん助けてくださーい!」
「優璃ちゃん、顧客サービスだよ」
スマホに囲まれながら助けを乞うと、まりなさんが右手の親指を立てながら最高の笑顔を見せてくれました。
ヒャッハー! 月島まりなマジで許すまじでございますよ!