せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
えぇ、明日の予定等を考えながら今夜は早寝でもしようかなと思っていたのですがね。
「それでね、おたえも結局クライブに参加する事になったんだ。ありさは凄い顔をしていたけれどね」
わたしの部屋に遠慮なく入ってきて早々に、ベッドへ向かってダイビングアタックをかましてからごろごろと体を回し始めた女の子相手に、いったいどのようなツッコミを入れれば良いのか本当に迷ってしまいますね。
本来はおたえをバンドに迎え入れる切っ掛けにする為に計画された筈のクライブなのに、香澄がギターを教えてくれる人が欲しいと言い始めておたえを呼び出し、勢いに任せてそのまま演奏メンバーに組み込んでしまったようです。
ギターの事ならグリグリのゆりさんという手もあったのですがどうやら今の時期は忙しいらしく、気軽に頼めそうなのが友達であるおたえだったという流れみたいです。
「おたえもこのままバンドを始めてくれたら良いね」
「その為にもギターと歌を頑張らなくっちゃ」
正座を崩した姿勢で座り直し小さくガッツポーズを作りながら気合を入れている姿が微笑ましいです。しかしその程度の連絡ならわざわざ夜遅くの時間帯に訪ねて来なくても別にメールとかでも良いんじゃないかなと思うのですがね。
「それで明日から連休だし、折角だからゆりにも蔵での練習を見て欲しいかなぁって」
「んー、明日は沙綾と遊びに行く予定だから、とりあえず明後日にでも様子を見に行くね」
「へぇ……さーやと遊びに行くんだぁ、わたしとは高校に入ってからまだ二人で遊びにも連れて行ってくれていないのに」
先程までの明るい雰囲気から一転して、香澄はジト目で睨んでからスマホを取り出して無言で誰かにメールを打ち始めた。
「何をしているの?」
「あっちゃんにね、ゆりが絶賛浮気中ってメールしてる」
「それはらめぇ! あっちゃんが何かを持って飛び込んで来そうだから、この部屋が鮮血で染まったら嫌だから」
「じゃあ今度はわたしと二人で遊びに行く事、良いですかな?」
「そんな真似をしなくても香澄とならいつでもウェルカムだわ」
「えへへ、ゆりは本当にわたしが大好きなんだねぇ」
「謎の上から目線は止めて頂きたいのですが?」
笑顔に戻った香澄がそろそろ帰るねと言ってベッドを降りた後に、端に座るわたしの胸に顔を埋めるようにして抱きついてきた。
「あんまり泊まると、あっちゃんに凄く怒られちゃうんだよ」
「あっちゃんは怒ると怖そうだしね、それはそうと何で顔をぐりぐりと擦り付けているの?」
「縄張り確保の為に匂い付け」
「ちょっと止めて! わたしは電柱ではないのですよ」
「あれっ? ゆりちょっと大きくなった?」
「カスミユルスマジ、グーパンチ、オシオキスル」
香澄がひゃあと叫びながらドアまで逃げ出し手を振りながらそそくさと部屋を出て行ってしまったので、見送ろうかと窓を開けてベランダに出てみると肌寒い夜の空気が体を包み込んできて思わずブルッと震えてしまった。
自分の家に戻ろうと歩いていた香澄がわたしに気付いたのか一度大きく手を振ってから急ぎ足で玄関の中へと入って行く。
その姿を見送ってから淡く光る星空を見上げて深く溜め息を吐いた。
ねぇ香澄……。
わたし、香澄をとっても大切に思っているんだよ。
大切で、大事で、ずっと一緒に居たいと願っているんだ。
でもね、時々それって本当にわたしの気持ちなのかなと思ってしまう時があるんだ。
以前の優璃が持っていた、香澄の事が大切っていう気持ちに引っ張られているだけじゃないのかなって、その思いは本物なのかって……。
ベランダの柵に手を置いてみると、冷え切った感触が体を芯から凍えさせてしまいそうになる。
言い訳だよねこんなの、只の優璃への嫉妬でしかない。
わたしじゃない私へと向けられる笑顔が、深い信頼という好意を寄せられている存在が、わたしは羨ましくて仕方がないんだ。
本物になってやると粋がっていた癖に、随分と女々しい感情に情け無さが募って落ち込みそうになる。
こんなに嫉妬深い人間じゃなかったのにな、まったく……。
思考は終わりの見えない螺旋階段をぐるぐると歩き続ける。
見上げた空に浮かぶ月に、何だか冷ややかな顔で笑われてしまっているような気がした。
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姿見を前に本日のわたしはご満悦です。
うふふふ、昨日のアルバイトで気付いてしまったのですよ、未だに苦手なスカートを穿くよりもショートパンツの方が意外と恥ずかしくないという事実にです。
太腿の中程までを隠す黒色のサイハイソックスに昨日も穿いたダークブラウン色のショートパンツ。上着はパーカーとはいえ春らしく淡いオレンジ色で可愛いらしさを演出です。
髪型は沙綾とお揃いになるポニーテールにしてみましたし、活発な女の子という装いはこれでバッチリではないでしょうかね。
ただショートパンツはお尻のラインが丸わかりなので少々恥ずかしくはあるのですが、わたしだって万年ジャージ姿ではないのですよ、たまには普通の服を着るのも良きものです。
お昼も過ぎて暖かな気温となった時間帯、意気揚々とやまぶきベーカリーまで迎えに行ったわたしを待っていたのは衝撃でした。
淡い桜色のセーターに脚が長く見えるすらりとしたロングスカート。髪型はいつものポニーテールに纏めてはいなくて、降ろした髪先には緩くウェーブがかかっていて大人のような雰囲気さえ感じられます。
普段は化粧をしていないせいか、薄化粧を施した肌に淡く反射して輝くような瑞々しい唇がですね、えっとさぁ……ちょっと美人過ぎないかな?
お父さんらしき人に呼び出されて店の奥から姿を現した沙綾の息を飲む綺麗さに、ハッキリと言ってわたしは呆然として言葉を失ってしまった。
「ゆりお待たせって、おーい」
「沙綾ズルいですよ、反則級の綺麗さではないですか」
目の前でひらひらと手を振られて漸く正気に戻れましたが、沙綾の素敵な格好と見比べてわたしの格好は少々子供っぽい気がしてきて、何だか浮かれていたのが恥ずかしい気分になってまいりましたよ。
「ゆりも可愛いよ、ギュウってしたいくらい」
「むむむ、それにしても沙綾の美人さが際立ちますね、これはナンパには要注意しなければですよ」
「ゆりの方が声を掛けられそうな気がするよ」
柔らかい微笑みに見惚れそうになってしまいます。これは危険ですね、街中に蔓延る野生のオス共を沙綾には近付かせないようにしなければですよ。
「あっそうだお父さん、今日はゆりが泊まりだから宜しくね」
「あれっ? そんな約束していたっけ?」
お父さんのわかったという返事を聞くや否や、沙綾はわたしの手を取り力強く引っ張るようにしてお店の外へ向けて歩き出した。
「確か昨日だけどね、明日はずっと一緒に居ると言ってくれた娘が居て」
「そういう事ですか」
沙綾の弾ける笑顔に何も言い返す事が出来ません。引かれっ放しの手といい、わたし達の関係性はもう既にこういう形が出来上がっているのかもしれませんね。
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連休中のショッピングモールともなれば、まぁこういう光景は当たり前ですよね。
モール行きの路線バスを降りて目に飛び込んできた光景は、家族連れやカップルに学生らしい男子や女子の群れ、人、人、人で大変に賑わっている様子が見てとれます。
「あれっ? どうしたの」
「人が多いからちょっと恥ずかしいかな」
いつもの様に沙綾が差し出してきた手に人差し指と中指の二本だけをそっと乗せた。流石に普段の繋ぎ方は恥ずかしいというか、って何だかわたしの方が女の子っぽい反応になっている気がするのですけど、これって何かが間違っている気がするのですけど。
理解してくれたのか二本の指を優しく握りしめてくれたのが嬉しくなって、思わず沙綾の方へ照れ笑いを浮かべてしまう。いつもより緩く繋がり合いながらながら普段よりも明るい色に感じてしまう外壁沿いを肩を並べて歩き、大勢の人達が行き交い賑やかさに溢れるショッピングモールのエントランスへとわたし達は同時に足を踏み入れたのでした。
雑踏の波を泳ぎながら沢山ある服屋さんを見て周る。
男の子の頃は何で女の子は買いもしないのにぐるぐると服屋を巡るのか理解が出来ないと思っていたのですが、沙綾に似合いそうな服を探してみたり、沙綾がわたしに服を勧めてきたりするのが不思議と楽しく思えてしまいます。
ヤバイですね、着々と女の子に染まっていくのを普通に受け入れ始めていませんかわたし。
「ゆりはミニは穿かないの? 絶対に似合うと思うんだけど」
「恥ずかしいのでね、沙綾はどうなの?」
「私はほら、似合わないと思うからさ」
「少なくともわたしは見たいよ、絶対に可愛いもん」
「そうかなぁ、それじゃお揃いで買っちゃおうか?」
「いや沙綾のは見るけれど、わたしは穿きません」
「ズルくないかな、それ」
鼻息も荒く勝ち誇った顔を見せます。えぇ、わたしは見る事は好きですが見られるのは大嫌いなのですよ。
「あれっ? 沙綾と優璃じゃん、香澄も何処かに居るの?」
不意に掛けられた声に驚きながら振り返ると、肩口までの明るい色の髪をサイドで纏めた髪型が特徴でクラスメイトの『みっこ』が笑顔でわたし達に歩み寄ってきた。
「みっこ、今日は沙綾と二人でお出掛けなのです」
「そうなんだ、嫁が一緒じゃないなんて珍しいね」
「誰が誰の嫁ですか、香澄は確かに
「いや言っている意味が解らないわ、それに香澄がいっつも言っているじゃん『うちの嫁がねぇ』って」
えっと、香澄はわたしの居ないところでとんでもない事を言っているようですね、今度は確実にオシオキを決行したいと思います。
「香澄と優璃の仲良し夫婦にそれを暖かく見守るお姉さん役の沙綾、我が一年A組ではもはやこの組み合わせは常識の範囲ですぞ」
「あはは、お姉さんか確かにね」
みっこが右手の人差し指を立てながら力説している言葉に沙綾が笑顔で言葉を返す。だけどその笑顔はどこか力が抜けたような、何だかいつもの沙綾とは違うどこか寂しさを感じさせる笑顔に見えた。
「おっ、せっかく出会ったんだしカラオケとかどうかな? 私も友達と来てるしさ」
「ゴメンみっこ、この後に沙綾と行く所があるからまた今度ね」
みっこに軽く手を振ってから沙綾の手を強く引いて服屋さんから抜け出し、そのまま人波を掻き分けるように急ぎ足で歩いて吹き抜けのエントランスにあるベンチに二人で腰掛けた。
「ゆり、この後の予定とか決めていたっけ?」
「沙綾が何か元気が無いように見えてね、気が付いたら店から飛び出しちゃった」
ベンチで足をぶらぶらとさせながら応えると、沙綾は大きなため息を吐いた後に再び力の無い笑顔を向けてきた。
「やっぱり私は何処でもお姉さんなんだなぁってね。嫌じゃないけれど何か、ね……」
「みんなの印象って不思議だよね。確かに頼り甲斐はあるけれど、わたしから見たらお姉さんというより普通の可愛い女の子にしか見えないけどな」
「ゆりにとっては普通の女の子なんだね」
「いや普通ではないか、沙綾は『わたしの嫁』なのですから」
「嫁は香澄でしょ?」
握っていた沙綾の手をいつもの指を絡めた繋ぎ方に直します。これで少しは元気を取り戻してくれたらと願いながら思いを込めてしっかりと握る。
「香澄は幼馴染みなのでもちろん
「ふふっ、ゆりは一夫多妻制なんだ」
「もちろん有咲やりみりんやおたえ、わたしの周りに居る大切な人達も大好きだよ。好きは選ぶものじゃなくて増やすものだと思っているし、大切なものが多い程に幸せも増えるなんて最高じゃないですか」
「でも好きを失ったら? 私だったらきっと悲しくて堪らないと思う」
「本当の好きはきっと失くしたりしない、ただ見えなくなってしまうだけだと思うんだ。それにもし本当に壊れたと思ったのなら今度は違う角度から見てでもまた好きになるし好きになって貰う、そんな人にわたしは成りたいのですよ」
そんなに強くも優しくもない人間だけど、自分の好きは諦めたくはない。
二度目の人生は図々しく生きると決めたのですから、例えみんながノンケで絶望しようが、百合百合の尊い光景は絶対に諦めたりはしないのです。
「ゆりはそれくらい私の事が大切なのかな?」
「当たり前です、何と言っても推しですからね」
沙綾が肩を寄せて体重を掛けてきた。お姉さんっぽい彼女が時折見せてくれる甘えた仕草も可愛くて仕方がありませんね。
「決めたよ、私もゆりを嫁にする」
「おぉ良いねそれ、
「ゆりとは違ってそんなに作らないから」
二人で声を出して笑った。喧騒に掻き消されそうな笑い声は、お互いの胸の中だけに響き渡る優しくて暖かな音色のような気がした。
「ところでゆり、今日の下着は何色なの?」
「ふにゅ、今日はピンクだね」
「よし、それじゃ行こうか」
立ち上がった沙綾に釣られて立ち上がってしまいましたが、よくよく考えてみたら何故にわたしは素直に下着の色まで教えてしまったのでしょうか。
馬鹿なのですか、いや馬鹿ですね。沙綾は知らないとはいえ普段の下着は白色かベージュ色だというのに、今更ながら浮かれまくって下着まで可愛い物を選んでいた自分が恥ずかし過ぎますよ、これは脚が震えない程度の高さでバンジージャンプをして思いっきり叫んでしまいたい気分になりますね。
「沙綾、まさかですが……」
「うん、ランジェリーショップ。泊まるのに洗面用具はストックが家にあるけれどやっぱり下着は替えたいでしょ? 折角だからお揃いで買うよ」
ひゃあぁ、何ですかこの二重の恥ずかしめ、沙綾に下着の色を知られただけでも恥ずかしいのに、この上にランジェリーショップ行きは元男にとって拷問級の苦痛でしかないではありませんか。
逃げ出そうかとも考えましたが、しっかりと繋がれている手はどうやら安易な逃亡を許してはくれなさそうです。
沙綾の押しには敵いませんね、どうせおすのなら推しの方にしていただいた方がわたしは嬉しいのですが。
そのまま引き摺られるようにして連れて行かれた華やかな色合いが飛び交うランジェリーショップにて、沙綾が選んだ花柄のちょっとだけ大人っぽい下着をお揃いで購入いたす羽目となってしまいました。
友達に下着を選ばれるという行為が想像以上に恥ずかしくて、思わず向こう岸まで辿り着かない程度に三途の川を泳いで逃げ去りたい気分になってしまいましたよ。