せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
「ほい、出来ましたよ」
「うーん、やっぱり新品は少し固いね」
沙綾がホック、と背中を向けながら言うので慣れない手付きで留めてあげると、新品の感想を述べながら胸ポジの調整をし始めたようです。
何だかお風呂に入ってからの沙綾は少し甘えん坊感が増しているみたい、いつものお姉さん風の沙綾も良いのですが、今のすっかり女の子然となっている姿もとても魅力的だと思いますよ。
「じゃん! どうかな?」
「素敵ですよ、しかし本当にスタイルが良いのが実に羨ましいです」
「ゆりも似合っているよ、可愛い」
沙綾がはしゃいだようにくるりと回転しながら下着姿を披露しています。
薄紫に彩られたお揃いの下着姿を見せっこしている自分達が何だか不思議に思えます。以前のような恥ずかしさも鳴りを潜め、今は沙綾に下着姿を見られていても特に嫌だとは思わなくなってしまいました。
これが壁を超えたというやつですかね、裸でスキンシップ効果の経験値足るや恐るべしですよ。
「お揃いの下着って、やっぱり恥ずかしいね」
「沙綾がそれを言うの?」
「だって見えない部分でお揃いって……何か付き合っている恋人同士みたいじゃない?」
「そう言われるとそうかもですね。でも心配しなくても大丈夫ですよ、特別な友達感が有ってわたしは平気です」
沙綾も心配性ですね流石にそんな勘違いなんてしませんよ、沙綾はノンケで女の子がそういう対象では無いという事はちゃんと知っていますからね。
「何だか今日はこのまま下着で過ごしたい気分になった」
「えぇっ⁉︎ 流石に夜は寒いよ」
「じゃあゆりにスウェットを着させて欲しいな」
急にどうした事か沙綾が甘えん坊どころか只の駄々っ子と化してしまいました。仕方がないので万歳のポーズで待っている沙綾にスウェットの上下を着させ終えたら、さも当然のように今度はわたしに穿かせようとズボンを持って待ち構えているその姿に、いったい何と言葉を掛ければ良いのか誰かに教えて頂きたいものですね。
「私達、何をしているんだろうね」
「沙綾、それはわたしの台詞です」
屈んだ姿勢でわたしにズボンを穿かせながら正気に戻った沙綾がポツリと呟いた。それでも上着までちゃんと着せてくれたのは、流石というか面倒見が良いとでも言うべきなのでしょうね。
歯磨きも終えて部屋に戻り、ベッドの端に背中を預けながら並んで座り他愛もない会話を楽しんだ。
わざわざ並んで座っているのは沙綾が手を繋ぎたがったからで、わたしとしては仕方なしです。なんてね、わたしも今は沙綾と繋がっていたい気分になっているので実は喜んでいるのですけど。
いつもの落ち着いた雰囲気ではなく、少しはしゃいだ笑顔を見ているだけで嬉しい気分が湧いてきます。でもわたしはこれからこの笑顔を消してしまうかもしれない事を訊こうとしている。敢えて触れないという事も出来るけれど、二人きりの今だからこそ沙綾の心の壁に弾丸を撃ち込むチャンスのような気がするから。
「あのね沙綾、机の上にあった」
「ゆり駄目だよ。それ以上に踏み込んじゃ駄目」
笑顔を向けられながら繋いでいる手を強く握られた。
沙綾、今日は沢山のとびきりな笑顔を見せてくれたよね、だからもう解っちゃうんだよ、その笑顔が作り物だって。
「聞かせて欲しい、沙綾ってドラム経験者だよね、なら何故」
「楽しい話じゃないよ、ゆりとはもっと楽しい話がしたいな」
言葉の端々から笑顔の裏に隠された明確な拒絶の意思を感じる。
解っていながらも傷口に塩を塗り込むわたしの行為は最低に決まっている。だけど知っているんだ、香澄やみんなと演奏している沙綾を、心の底から楽しそうにドラムを叩いている姿をね。
あの場所へと引っ張り上げるのはきっとpoppin'partyのリーダーになる香澄にしか出来ない。それでもわたしにだって風穴をあけるくらいは、背中を押す事くらいはやれる筈です。
みんなの為に、そして何より足を止めて蹲る大切な友達の為に、この場は折れてしまったら駄目なんだと信じますよ。
「沙綾、それでもわたしは」
言葉を切られるように突然肩に沙綾が寄り掛かってきた。急な事に驚いて声を掛けようとしたら、沙綾はまるで気を失ったかのように瞳を閉じて体からは力が抜けきっていた。
「えっ、何これ……」
慌てて寝かせてあげようかと思ったら、繫ぎ合っていた手が淡く光っているのが目に入る。いったい何が起こっているというの、まさかこれって。
混乱した脳が対応を導き出す前に、段々と視界が眩い光で染まっていく。
「まさかこんな場面でわたしの
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
瞳を覆う眩しさを抜けて目を開けてみると、最近馴染み始めたばかりの光景が広がっていた。
沙綾のお店も有る地元の商店街。大通りの傍には露店が立ち並び、賑やかに彩られた歩道の提灯がまさにお祭りといった雰囲気を醸し出していた。
ぐるりと視界を一周させてから腰に手を充て溜め息を吐く。
此処にはお祭りにあるべき筈のものが無い。通りを行き交う影も、幸せそうな笑顔達も、露天商の元気なかけ声も何もかもが無い。
このお祭り会場には人の姿が何処にも無かった。楽しそうな景色と実際の寂れた雰囲気との乖離に、言い知れぬ不安感と焦燥感が心の中に押し寄せてくる。人が居ない、ただそれだけで心臓が錆びついたような気持ち悪さに苛まれてしまいそうだった。
人気の無いお祭り会場を沙綾を探して歩き周ってみる。此処が彼女の精神世界ならりみりんの時みたいに本人がきっと何処かに居るはず、こんな寂しい世界にひとりで置いて行くなんて出来る訳がない、絶対に沙綾をみんなの居る暖かい世界に引き戻してみせますからね。
立ち並ぶ無人の露店街を抜けてお祭りらしさも薄れてきた頃、広めの空き地らしき場所に手作りの簡素な櫓のステージが組み立てられているのが見えた。
空き地に入り黙ったまま、夕影に染まりつつあるステージにひとりで座っている女の子へと向かって歩を進めて行く。
手作りの可愛らしいステージ衣装に身を包み、手には一組のドラムスティックを固く握り締めステージ中央の前端に俯きながら座り動く気配のない体を、まるで場違いな主役を晒し出すようにスポットライトが照らしていた。
「沙綾!」
「ゆり……?」
呼び掛けると顔を上げて返事をしてくれた。声が届く事に多少の安堵感があったけれど彼女の瞳に光は無く、いつもの綺麗な笑顔の片鱗さえも無い感情の薄い表情でわたしを見ていた。
近寄って触れようとしたらまたあの透明な壁に邪魔をされる。手を伸ばせば届きそうな距離にいる彼女が、今は途方もなく遠くに感じてしまいますよ。
「沙綾、その衣装は」
「訊かないで欲しいな、きっと呆れられちゃうし」
「あのさ、わたしはもっと沙綾に寄り添いたいと思っているんだ。泣くなら一緒に泣きたいし笑う時にはみんなで笑い合いたい。だから聞かせて欲しいの、胸の奥に在るその声を」
暫く押し黙っていた沙綾が、瞳を伏せながらもポツリポツリと声を絞り出すように話をしてくれた。
「あのね、ライブをする筈だったんだ……」
沙綾は中学生時代に同級生達と
バンドメンバー達も良い娘ばかりで、沙綾もドラムを初めて良かったと心の底から充実感を味わう事が出来ていた。
ずっとずっとこのバンドで夢を追いかけて行くんだ、そう思っていた。
だけどそんな幸せだった青春に、神様というやつは意地悪な悪戯を仕掛けてしまう。
練習を積み重ね、街が開催した野外イベントで初ライブを行う筈だったまさにその日、ライブ直前の会場に居た沙綾の携帯電話に振動が走った。
電話を取ると弟からで、父親が不在の時に元々身体の弱かった母親が家で急に倒れてしまったと、後は泣きながらお姉ちゃんどうしようと繰り返すばかりとなっていた。
沙綾は電話越しに弟を宥めながらも動揺を隠しきれなくなってしまった。
(父親に連絡をするにしてもパニック状態の弟妹をそのままにはして置けない、いったいどうしたらいいの)
「何をしているの沙綾、早く行って!」
「……わかった」
躊躇する沙綾をバンドメンバーが一喝し、背中を押される形で家へと向かって走り出した。
走った、走った、そして走りながら瞳から涙が溢れ出した。
(家に戻っても場合によっては救急車を呼ばなければいけないかもしれない、そこまで酷くはなくともせめて父親が戻るまでは純達を放っておくなど出来やしない)
走った、走った、声をあげて、泣きながら走り続けた。
チスパの初ライブが夢と消えた。自分のせいだ。何故か沙綾はそう思った。
「メンバーはね、沙綾のせいじゃないこれからも頑張ろうって言ってくれたんだ。でもいつまたメンバーに迷惑を掛けるかもわからないし、みんなに気を遣わせてまでやりたくは無いってバンドを抜けたんだ」
「わたしから見ても沙綾は何も悪くないと思うよ」
「違うの! ただ私は自分が傷付くのが嫌だっただけなの。メンバーに気を遣わせている現実に、迷惑を掛け続ける事でバンドを楽しめなくなりそうな自分が嫌だったの、だから……」
顔を歪め吐き捨てるように語る姿が痛々しくてわたしが泣いちゃいそうだよ、沙綾。
「逃げ出したんだよ。バンドもドラムも諦めてしまえば誰も、私も傷付かないから」
透明の壁に右手を添えて顔も近づける。本当なら今にも泣き出しそうな顔で無理矢理な笑顔を作ろうとしている沙綾を優しく抱きしめてあげたいけれど、わたし達の距離はまだまだ地平線の彼方より遠い気がしてくる。
「どうして迷惑だなんて思うの?」
「迷惑だよ、私のせいで練習時間が減ったりライブに出れなかったりするでしょ」
「わたしだったら迷惑なんて思わないよ。沙綾が悲しむなら一緒に泣くし、躓いて歩けないなら手を引いてあげたい、もしもわたしの足が止まった時には背中を押して欲しいとも思う。甘えて頼って我儘を言い合って喧嘩してそれでも一緒に居たい、それが友達や仲間だしチスパの人達だってきっとそうだよ」
「でも……もう遅いよ、絆だって壊れちゃったもん」
「違うよ!」
自分でも驚く程の声量で叫んだ。辛くて逃げ出すのは悪くない、逃げ出したからって全てを失う訳じゃない、仮に全てを失ったってそれで終わりな筈が無い。
「過去を失ったって明日が消えてなくなる事は無いのですよ。ゼロになったからもうイチにはなりませんという数学をわたしは知りません。元には戻らないと言うのなら新たな居場所を作れば良いのです、絆に回数制限など無いのですからね」
沙綾がステージを降りて透明な壁越しにわたしの右手と合わせるように左手を添えてくれた。
「手を繋ぎましょう沙綾、そして半歩でも良いから並んで踏み出そう。何度も立ち止まったってわたしが何回でも手を差し出しますよ」
「駄目だよ、この手を取ったらきっとゆりが特別になっちゃう気がする」
「何を今更な事を言っているのですか、沙綾はわたしにとってはもう特別なのですよ」
「嫁だったよね、大勢の中の一人だけど」
「特別は特別です。それに沙綾にもその内に出来ますよ、沢山の嫁が」
「ゆりとは違います、私は情が深いからね」
手を合わせた部分から透明の壁に亀裂が走り始める。やがて無数の亀裂が徐々に光の粒へと変わりながら崩れ始めて、わたし達の頭上に柔らかく降り注いでいった。それは淡雪のようであり、春風に舞う小さな花びらのような美しさにも思えた。
「捕まえたよ、ゆり」
「漸く会えましたね、沙綾」
光の粒に包まれながら、遮る壁が無くなったわたし達はいつもの様に手を繋ぎ合わせた。心を重ねるように、絆を紡ぐように……。
「戻ろう沙綾、みんなが居る場所へ」
「うん、一緒に帰ろう」
ステージを照らしていたスポットライトの輝きが大きくなっていき、やがて目の前が眩しい光に染められていく。
消えゆく光景の中で視界が最後に捉えたのは、輝くでもなく弾けるでもない、沙綾がいつも見せてくれるふわりとした優しい微笑みだけだった。
「ゆり、私はやっぱりドラムが好き、それと……」
最後の言葉は聞き取れなかったけれど、繋いだ手の感触は暖かいまま残り続けて、いつまでもどこまでも消え去る事は無かった。