せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。   作:月白猫屋(つきしろねこや)

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 シリアスとコメディーのバランス感覚が難しい。


30.プリンのようにゃー

 

 

 ぼんやりとした意識の大海原を漂いながらゆっくりと瞳を開けてみれば見知らぬ部屋の天井。いったい何処に居るのだろうと考えていたら、右手に残る温もりを感じて漸く沙綾の部屋だと認識する事が出来ました。

 ふと横を向けばまだ意識が戻っていないのか、瞳を閉じたままの沙綾が安らかな呼吸音をたてています。

 上半身だけを起こして固く結ばれたままの右手を見ると恥ずかしさが込み上げてきますね。沙綾の精神世界ではかなり照れてしまう台詞を発していたような気がするのですが、雰囲気と勢いって実に怖いものですよ。

 

 折角なので意識が戻っていなさそうな沙綾を上から覗き込むように観察してみます。閉じた瞳に生え揃う長いまつ毛やそれぞれバランスよく整った顔の各部を見れば、やはり美人と言わざるを得ませんね。普段の言動からついついお姉さん扱いをされている彼女ですが、眠っている姿の可愛さはやはり年相応の美少女ですよ。

 

 

「可愛いですねぇ沙綾は」

 

「じっと見つめているから、キスでもされるのかなと思った」

 

「うっひょい!」

 

 

 眠っていると思い込んでいた沙綾が突然に瞳を開けて話し掛けてきたせいで、驚きの余り口から珍妙な言葉と共に魂やら色々な何かが飛び出しそうになりましたわ。

 

 

「どうやら二人でウトウトとしていたみたいだね、こんな所で寝ていたら風邪を引いちゃうしベッドに行こうか」

 

「あっ、それではわたしはお布団を」

 

「何を言っているの、寄り添って寝ればベッドでも大丈夫だから」

 

「何が大丈夫なのか理由が迷路で迷子ちゃんなのですが」

 

 

 寝起きで重そうな体を起こし、部屋の照明を落とそうと立ち上がろうとした沙綾が急にその動きを止めてしまった。

 

 

「何故か解らないけれど手を離したくないかも」

 

「可愛い事を仰りますな、では一緒に参るとしましょうかね」

 

 

 

 可笑しな光景ですが、決して広くはない部屋なのに照明のスイッチまで手を繋ぎながら歩き、照明を落とした後も手を繋ぎながら一緒にベッドに潜り込みました。沙綾が手を離したがらないのは、もしかしたらあの精神世界での出来事が何かしらの影響を与えているのかもしれませんね。

 まだ暗がりに眼が慣れていないせいか沙綾の姿はよく見えませんが、繋いだ手と触れ合っている腕同士の暖かさで存在を強く感じる事が出来ています。

 

 

「沙綾ってドラムをやっていたよね?」

 

「昔ね……ゴメン、今はその話をちょっとしたくないかな」

 

「そっかぁ」

 

「あっ、でもいつかはちゃんと話すよ。でもまだちょっと勇気が出ないかも」

 

「待っているよ、嫁の事は知っておきたいし」

 

「うん、私もゆりになら良いかなって思っているよ」

 

 

 最初に訊いた時の完全な拒絶の雰囲気とは随分と異なり、幾分だけ前向きな言葉が節々に見受けられるような気がします。

 これで良いのです、沙綾を本当の意味で救うのはやはり物語の主人公である香澄の役目。わたしはあくまで俯いていた顔を上げて前を向けるようになる切っ掛けに成れればそれで。

 それに何より表舞台に出過ぎてしまうと、陰から百合百合の光景を眺めてウッヒョーとし難くなりますからね、モブ感は大切にという事ですよ。

 

 

「ねぇゆり、もっと近くに寄っても良い?」

 

「今日の沙綾は甘えん坊さんですねぇ」

 

「やっぱり止めておきます」

 

 

 沙綾が繋いでいた手を解いて背中を向けて拗ねてしまったようです。仕方がないので沙綾の方へ身体を向けて頭を優しく撫でてあげると、背中を見せていた彼女が再び此方を向いてから、ごそごそと布団の中に潜り込みながら胸に顔を埋めるようにして身体を寄せて来た。

 

 

「今日の私はやっぱり変かも、こんなに甘えたりした事なんて無いのに」

 

「良いのではないですかね、どうやらわたしも沙綾に甘えられるのは好きなようですよ」

 

 

 優しく抱きしめるようにして頭を撫で続けてあげます。ふわりと鼻腔をくすぐる沙綾の体温と身体の甘い香りに心が安らいでいくようです。もしかしてこれが母性というものなのでしょうか、何か複雑な心境ですが嫌な気持ちにはなりそうもありませんね。

 

 

「ドラムの事、みんなにはまだ秘密にしておいてね。特に香澄に知られたら絶対にバンドをしようって言うでしょ」

 

「それは間違いないですな、でもきっといつかは知られてしまうんじゃない?」

 

「それまでは二人だけの秘密が良いかな、みんなとはまだ普通の友達として付き合いたいんだ」

 

「そうしたらまた二人だけの秘密が増えていっちゃうね」

 

 

 暗がりに眼が慣れてきたのかわたしの胸から顔を離してきょとんとした表情を向けてきたのがよくわかります。丁度この体勢だと沙綾が上目遣いをしているように見えてしまうのが、身長の低いわたしにとって普段は見る事が出来ない貴重で可愛いらしい瞬間のような気がして、ちょっとだけですが心が躍ってしまいそうです。

 

 

「下着も寝巻きもお揃いにして、しかもこんなに仲良く添い寝をしているなんて誰にも言えませんからね」

 

「確かに誰にも見せられないよね、こんなイチャイチャカップルみたいな恥ずかしい姿は」

 

「こんなに甘々な沙綾を見れて嬉しいですよわたしは」

 

「むう、ゆりが普段から甘やかすからでしょ」

 

「いえいえ普段から沙綾の方が余程に甘やかしていますね」

 

 ゆり、沙綾、ゆり、沙綾と交互に言い合っている内に、気が付いたら沙綾の顔が間近に迫っていた事に驚き慌てて体を離そうとしたら、逃げられないように覆い被さられる形で抱きしめられてしまった。

 顔の真横に沙綾の頭。柔らかな髪が踊るように顔に降りてくるのと同時に生暖かい吐息が首筋に甘ったるいリズムを刻んでくる。

 驚きで思考が真っ白に染められそうになりかけたのを、一回だけ大きく鳴った鼓動が引き戻してくれる。それでもわたしを覆い尽くす身体の存在感に圧倒されて、口をぱくぱくとさせながら全く言葉を紡げなくなってしまった。

 

 

「ゆり、認めないとイタズラするから」

 

「ひゃい⁉︎ 認めましゅ」

 

 

 宜しい、と言われながらも抱きしめていた腕の力が緩んでくれた事に安心したのですが、この状況って完全にイチャイチャですよね、もし男のままだったら理性が確実に爆散している事態ですよね。それでも理性が何とか保たれているのは女の子だからという側面のお陰ですよ、感謝するが良いですわたし。

 

 

「沙綾のイタズラって何をする気だったのさ?」

 

「うん? ちょっとキスでもしようかなって」

 

「まっちょい!」

 

 

 また意味不明な言葉を叫んでしまいましたよ。

 いや沙綾さん折角の可愛らしいイチャイチャが生々しいイチャコリャにクラスアップしているではないですか、いくらお揃いの下着と服を着て布団の中で抱き合っていたとしてもですね……あれっ、これ只のラブラブカップルにしか見えないですよ?

 

 

「もう沙綾ったら、揶揄わないでくださいよ」

 

「別にゆりとなら平気だよ。それに同性なら回数にカウントされないらしいからファーストキスは守られるし」

 

「何ですかそのご都合主義的な理論は、女の子は最強ですか無敵なのですか」

 

「ふふっ、そんなに慌てなくても冗談だよ」

 

 

 沙綾が優しく頭をコツンと当てながら耳元で囁いた。

 いや本心で言うならめっちゃキスとかしてみたいですわぁ、美少女とキスなんて夢物語か宝くじに当たるレベルの話ですやん、めっちゃくちゃしたいですわぁ。

 でも優璃はきっとそんな事はしないよね。何せ未だにわたしは他人の体を借りていると思っていますので、優璃の人格を落とす様な真似をする訳にはいかないのですよ。

 まぁそれ以前に沙綾が冗談で言っているのは初めから解っていましたよ。何しろノンケなのをよく理解しているので騙される筈が無いのですから……神様許すまじ。

 

 

「なんてね」

 

 

 石像のように身体が固まりながらも安心しきっていたわたしの頬に、少しばかりの高音と共にプリンのような瑞々しくて柔らかな感触が走った。

 その意味を灰色の脳細胞が解析を終えたところで彼女の方へと顔を向けると、既にわたしの体からは離れて仰向けに寝転んでしまっていた。

 

 

「沙綾もう、びっくりしましたよ」

 

「おやすみのキスだよ、お返しも待っているからね」

 

 

 むう、何やら先程から沙綾に翻弄されっ放しですがあまり舐めないで頂きたいものですね。わたしだって女子の冠が付く高校生なのですよ、頬にチューくらいは朝飯前の夜中にお菓子くらいの楽勝さですよ。この程度でドキドキするなど……おやおや今夜のわたしはやけに血圧が高そうです、もしかして塩分でも摂り過ぎましたかね?

 

 今度はわたしが沙綾に覆い被さる形で身体を乗せます。先程までの緊張感満載の状況とは異なり彼女の胸部装甲の柔らかさや身体の温もりまでもがハッキリと感じられて、何だか凄く愛しい気持ちが源泉掛け流し温泉の如く湧いてきますね。

 

 

「あっ、えっ、ゆり……?」

 

 

 頬に手を添えながら顔を近付けて沙綾の瞳を真剣に見つめます。驚きで瞳を見開いているのを確認してから指を顎まで滑らせ少しだけ持ち上げると、見開いていた瞳から徐々に力が抜けていきやがて完全に目蓋を伏せてしまった。

 

 ふふふ、今です! 喰らうが良いですよ沙綾!

 

 油断しきっている頬へ唇アタックことおやすみのチューを撃ち込み、そのまま流れるような仕草でおやすみと耳元で甘く囁いてからすぐさま沙綾の身体から離れて布団の中へと潜り込みます。

 気分は宝塚歌劇団の男役でした。いやむしろ元男だけに男の色気を完璧に演じられたのではないでしょうかね。

 

 ぷぷぷ、今頃に顔を赤くしている姿が目に浮かぶようですよ。沙綾もチューをされる恥ずかしさを存分に味わうが良いのです。

 

 

「ゆりぃ……」

 

 

 暫く平穏な時間を暖かい布団の中で味わっていたのですが、急に被っていた掛け布団を捲られ目の前に現れたのは、膝立ちで腰に両手を充てたまま不敵な笑顔を向けている友達の姿でした。

 沙綾、わたしは知っているんだよ、その作り物の笑顔が危険な代物だって。

 ふにゃぁヤバいです、生命の危機を優璃ちゃんセンサーがビンビンに捉えていますよ。

 

 

「ゆりは可愛いなぁ、オシオキをしたくなるくらいに可愛いよ」

 

 

 ベッド(荷台)の上で震えるわたしは、まるでドナドナされる(市場へ売られる)仔牛のよう。

 これは可笑しいですね、真冬でもないのに歯がカチカチと鳴ってしまいますよ。もしやエアコンが効いていないのではないでしょうかね、まだ夜は寒いので風邪を引かないように部屋は暖かくして置かなければですよ、沙綾さん。

 

 

「それじゃ遊ぼうか、ゆりちゃん」

 

 

 うわーん! サアヤが怖いよぉ、助けてカスミえもーん!

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 小鳥の囀りに引き寄せられるように瞳を開けると、薄紫の包装紙に包まれた柔らかなクッションに頬を乗せているようでした。

 そのまま顔を突っ込みぐりぐりと押し付けて感触を楽しんでみると、ふわふわで暖かくて何だか心が落ち着く香りがします。

 沙綾も中々に良いクッションをお持ちのようでわたしもこれが欲しくなりそうですよ、いったい何処で売っているのでしょうかねって、ふわふわの……クッション?

 

 

「おはようゆり、寝惚けているみたいだけどまだ甘え足りないのかな?」

 

「ふにゅ、おはようです沙綾」

 

 

 そうでした。昨夜はあの後に沙綾が突然に服を脱ぎ出し下着姿になったかと思ったら、笑顔のままで今度はわたしの服を無理矢理に脱がせた後に延々と下着姿の解説と感想を聞かされるという恥ずかしめを受け続けさせられました。

 余りにも聞くに耐えきれずに、最後は半泣きで沙綾に赦しを請うという元男としてのプライドも何もあった物では無い姿を晒したのでしたね。えぇ、このまま沙綾の胸で腹上死をしてしまいたい気分でございますよ。

 

 胸から顔を離して起き上がってみると、朝の新鮮で澄んだ空気に一気に体温を奪い取られ震えてしまう程に寒いので、またもぞもぞと布団の中へと帰ってしまいました。

 

 

「沙綾、そろそろ服を着ましょうか」

 

「この姿だと寒がってくっ付いてくれるから、私は別にこのままでも良いんだけどなぁ」

 

「流石に家族の人にこのお揃いな下着姿で寄り添い合っている姿を見られる訳には参りませんよ、何と言っても二人だけの秘密なのですから」

 

 

 沙綾も納得したのかスウェットをベッドの脇から取ってくれたので、急いで着てみて漸く落ち着く事が出来ました。いやぁ馴れたと思っていたのですが、やはりわたしは見られるのが大の苦手なままのようです。

 

 洗顔をする為に二人でベッドから降りてみると、お互いの髪がボサボサに乱れている事に改めて笑い合ってしまう。そのままでは家族の人にも笑われてしまいそうなのでお互いの髪をすく為に床にぺたんと座ります。

 

 

「ゆりの髪って細くて綺麗で羨ましいな」

 

「沙綾の髪はふわふわでわたしは好きですよ、ポニーテールも良く似合っていますし」

 

 

 何か他人に髪をお手入れされるのは、妙に女の子っていう感じが強くして照れてしまいます。そういえば今日の沙綾は店番の日と言っていましたね、わたしは有咲家の蔵に香澄達の陣中見舞いとなりますから、折角なので差し入れのパンを買ってから行くとしましょうかね。

 いやその前に服を標準装備のジャージに戻しておかねば何を突っ込まれるか判ったものではありませんので、一度家に帰ってから向かうとしましょう。

 

 

「まったく、こんなに癖が付くほどの甘えん坊さんにも困ったものだね」

 

「いやいや何を仰る。昨夜は沙綾の方が余程に甘えん坊さんでしたよ」

 

「えー、そうだったかな? だって……」

 

「はいすいませんでしたぁ、そこ迄にしてくださいな」

 

「あはは、二人だけの秘密だものね」

 

 

 楽しそうな沙綾の笑顔はやっぱり輝いて見えます。それはそれとしてすっかりと尻に敷かれてしまっているこの状況に、神様ひとつ元男としての威厳の取り方という物を御教え願えませんかね?

 

 

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