せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
何度か通った市ヶ谷家の裏門を跳ねるようにくぐる度に、ちょっぴり小さな胸の中で溢れんばかりの多幸感が湧き出してしまいます。
嬉しさを噛み締めるようにいっぽいっぽと風情を感じる裏庭を静かに渡っていたら、太陽に照らされた白壁の蔵を見上げてふと足が止まる。
まさかこのわたしがpoppin'partyの聖地に当たり前のように居られているなんて、何だか不思議な気分と言うかふわふわと体が浮くような夢見心地に浸ってしまいそうです。全くもってこの状況を作ってくれた神様と香澄には感謝してもしきれませんね。
ただもう少しばかりの贅沢を言わせて頂けるのならば、これでみんながノンケばかりでなければですね、もっと沢山の百合百合とした雰囲気が眺められていたかと思うと……やっぱり神様はちょっとだけ許すまじです。
固く閉じられた扉をよいしょ、よいしょと開けていく。女性用に扉は軽い物に替えてあるそうですが、それでも小柄な体には中々に強敵だと思っておりますよっと。
蔵の中に入ってから再び全身を使い扉を閉め、差し入れのパンの入ったやまぶきベーカリーの紙袋を優しく抱えながら地下室へと続く扉にそっと手を掛けます。
この扉は夢へと繋がる扉。香澄達が夢を育む未来への扉。
扉を開けば新しい物語が始まるような、まるで新しく買った小説の始まりのページを捲る時のドキドキにも似た不思議な高揚感を指先に覚えてしまいますね。
急に湧き出した感慨を振り切り勢いよく扉を開けて、夢の基地へと確かな一歩を踏み出して行きます。
さぁみんなには新しいキラキラを、そしてわたしには新鮮なユリユリの光景を、幸せな物語を共に満喫しようではありませんか。
「あれっ、来たのなら教えてくれたら迎えに行ったのに」
膝から力が抜けて危うく階段を転げ落ちそうになりましたよ。
わたしの妄想という名の予想では、キラキラとした爽やかな汗を流しながらも満面の笑顔で演奏をしている素敵な女の子達が見られる予定でしたのに、現実ではソファーに腰を降ろしてお菓子を摘みながら談笑をしている女子高生達の姿しか見えなかったのです。
いやこれはこれで尊いのですが少しだけ期待と違うというか、もっと青春の輝きが見たかったというか、何故に香澄はりみりんに膝枕をさせながらお菓子を摘んでいるのかとか、ちょっとわたしのテンションがテストで赤点を頂戴してしまった時のような駄々下がり方なのですがね。
「あっ、優璃ちゃん」
「やっと来たのかよ、待たせ過ぎじゃね?」
「おぉ新しいウサギさんだ、こっちこっち隣に座って」
香澄に膝枕をさせてあげながらも此方を向いて小さく手を振ってくれる。そんな可憐なりみりんの頭上に天使の輪が輝いて見えているのは間違いなく気のせいではないですよね、なので全開の笑顔で手を振り返しておきました。
後はいつもわたしには彼氏口調の有咲と、未だに人類とは認識してくれていない様子のウサギ星人おたえにはそっと愛想笑いだけを贈っておきます。
だらけている香澄を起こして隣に座ろうとしたら、おたえにいきなり腕を掴まれポスっという音と共に軽やかに膝の上に乗せられてしまい、それだけならまだしも何故か背中越しの首筋に顔を付けてスーハーと匂いを嗅がれてしまいました。
「あれ? 獣臭があまりしないね」
「おたえさんや、流石に獣臭はあまりどころか全くしていない筈なのですがね」
「うん、良い匂いしかしないからちょっと残念。でも好き、この匂い」
「せめて香りと言ってくださいな、何か臭そうな感じがして傷付きますよ」
おたえの膝の上からえいやと立ち上がり、小さめのテーブルの上にパンの入った袋をそっと置いてから香澄をキチンと座らせ、りみりんとの間に割り込むように腰を落ち着けて何とか居場所を確保します。
「にゃー、にゃー、ゆりにゃー」
「えっと有咲、どうしてこの娘は猫化しているのかな?」
「いや練習していたらな、急に香澄が休憩にしますってソファーにダイブしてからこの体たらくなんだよ」
香澄がソファーから体を半分以上はみ出させながら、今度は座っているわたしの太腿に頭を乗せて猫なで声を上げ始めてしまいました。仕方がないので本物の猫にするように顎の下を擽ぐってあげると、頬を太腿に擦り付けるようにして喜んでくれているようです。
おっとこれは首輪を着けてお持ち帰りしたくなる程に可愛い仕草ですよ、名前はカスミンとでも付けて部屋で飼うとしましょうかね。
「香澄ちゃん、頑張り過ぎたのかな?」
「ウサ耳を着けたらウサギになるのかな?」
「とりあえずおたえは理解が出来る事を言ってくれ。まぁどうせ香澄は優璃が来たから喜んでいるだけだろ」
「にゃー、ありさが冷たいにゃー」
「うるせえ。さっ、香澄は放って置いて差し入れのパンでもみんなで食べようか」
差し入れはりみりんの大好物でもあるやまぶきベーカリーの大人気商品、特製チョココロネパンです。早速ひとつを袋から取り出してりみりんに渡してあげると、瞳を見開くように喜びながらはむはむと可愛い仕草で食べ始めてくれました。
「りみは本当にそのパンが好きだよな」
「チョココロネおいひぃよ」
りみりんの様子を微笑ましく見ていた有咲とわたしの頭を撫でようと腕を伸ばしてくるおたえにも配ってから、最後に猫香澄の手にもパンを渡します。
「はい香澄、落とさないようにね」
「ありがと、ゆり」
「いや普通に戻るのかよ、そこは嬉しいニャアとかじゃねえのかよ」
無意識にツッコミを入れたであろう有咲を、此れまた全員がにやけ顔で見つめ返します。その意味を察したのか異様な雰囲気が蔵の中を支配する中で、有咲は次第に顔を赤く染め上げながら唇をぷるぷると震わせ始めた。
「にゃー、ありさ可愛いにゃー」
「にゃー、有咲にゃん、もう一回、もう一回、嬉しいニャアをにゃー」
「あぁぁぁぁ本気でうっざいわ、この二人」
いよいよ顔中が赤く染まった有咲が照れ隠しなのか、勢いよく立ち上がりながら右手でわたしと香澄を指差してきた。いやぁ可愛いらしいですな、実に尊い可愛いさでご馳走様でございますよ。
「有咲、ぐぅ、ぐぅ」
「おたえ、お前は何を言ってんの?」
「ウサギの鳴き真似」
「いや知らないし聴いた事もねえわ、お願いだからもっと解り易いものにしてくれ」
「有咲ちゃん、ニャン?」
「りみのそれは可愛いけれど、別に無理してやらなくても良いからな」
何とか場を取り繕ろうと頑張る有咲とは反比例していく蔵の雰囲気に酔うかのように、どうやらわたしも段々と調子に乗りたくなって参りましたよ。
にゃー! にゃー! ぐう! ニャン? にゃー! にゃー!
「お前ら全員いい加減にしろよなぁぁ!」
因みにこの後、全員纏めて有咲に正座をさせられた上に脚が痺れて立てなくなるまで長々とお説教をされましたとさ。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
拙いという言葉が、必ずしも否定を意味するばかりでは無いと知りました。
バンド練習を再開したみんなをソファーから眺めていて、ふとそんな矛盾している思いに駆られてしまった。演奏技術だけを見れば未経験者である香澄の拙さが際立っているけれど、メンバー達がそれを周りから優しく支えようとしているのが音を通してハッキリと伝わってきます。
センターポジションで四苦八苦な様子の香澄を見ていると、演奏を失敗して舌を軽く出しながら謝っている姿も、ランダムスターと向き合おうとして真剣になっている姿も、何故だかとても輝いて見えてしまいます。
これがカリスマ性という事なのでしょうか、万有引力のように強く引き寄せられてしまう魅力に見惚れてしまい、まるで評判の良い映画を観ているような気分にさせられてしまいますね。
リズム隊のりみりんが、同じリズム隊であるドラムが居ないのにも拘らず必死になって音を纏めようとしている姿が逞しいですし、普段はふわふわとしていて何を考えているのか伝わり難いおたえも、今まで見た事が無い程に楽しそうな笑顔とギターの音で香澄を引き上げるようにしている姿も頼もしいです。そして優しい音のキーボードと何だかとても生暖かい笑顔で香澄を支えようとしてくれている有咲の姿さえも微笑ましく思えてしまいますね。
わたしには音楽的な才能は全くもって無いのだけれど、それでも合わさった音符達がまるで楽しそうに踊っているかのような幻想に浸れてしまいそうになるのは、きっとこれが音楽という物の本質なのかなとちょっとした評論家気取りをしてしまいそうですよ。
「みんな、お疲れサマンサ」
「あぁ疲れたっていうか優璃、変な挨拶を流行らせようとすんな」
「もうサマンサだよ、サマンサ過ぎるよ」
練習を終えて再びソファーに集まり反省会の筈だったのですが、香澄はわたしの肩に頭を預けてだらけ始め、それを見たりみりんが何故か負けじと肩を寄せて同じく休憩を始めてしまいました。
対面に座りながらそれを眺めて呆れ顔の有咲は良いとして、ずっとニコニコと微笑んでいるおたえは何だかとても満足気です。
「おたえは凄く楽しそうだね」
「とっても楽しいよ、独りでギターを弾くのも好きだけど、みんなで音を合わせるのがこんなに楽しいとは知らなかったもん」
「じゃあもうバンドを始めたらどうかな?」
「そうだよ、おたえも一緒にやろうよ。わたし達で夢を撃ち抜いちゃおうよ」
香澄が冗談めいて喋りながら右腕を上げて手の平を拳銃の形に握り、おたえの後方の壁に額縁に入れて飾られていた、誰が書いたのかも判らない『夢』という書に向かって勢いよく銃を撃つ動作を見せた。
「
香澄が言葉の弾丸を放ったその瞬間に、此処は蔵の地下室だというのに何故かわたしの背後から一陣の爽やかな風が吹き抜けたような気がした。
「なんちゃって、あれっ? おーいおたえー」
魂を抜かれたように瞳を見開きながら固まっていたおたえに向かって香澄がひらひらと手を振ると、漸く魂が体に還ったのか正気に戻った素敵な笑顔を見せてくれました。
だけど茫然としていた時におたえが無意識で呟いていたであろう言葉を、対面に座るわたしは何故か鮮明に聞き取る事が出来た。
その意味は全く解らないけれど、間違いなくおたえはこう言っていた。
どうして……その言葉を……って。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
蔵練からの帰り道、まだ昼間の暖かさが残る夕暮れの中を香澄と並んで歩いています。
それにしても蔵でのバンド練習を蔵練と呼ぶのは格好良きですよ、クラレンと片仮名にすればゲームのヒロインみたいですしって、それは全く関係がないのですがね。
「香澄も凄く頑張っているね、見ていてちょっと感動してしまいましたよ」
「えへへそうかな? 楽しいからゆりも一緒にやったら良いのに」
「わたしは見る方だからね、でも支えていきたいな香澄のこと」
「生涯養ってね、ゆり」
「ヒモじゃんそれ、支えるってそういう意味じゃないから」
二つの音に二人の笑い声が加わった四つの音がわたし達を彩る。きっとこれからも沢山の音が合わさってもっと素敵な音楽達が生まれてくれる予感がして自然と頬が緩んでしまいます。
おっとそろそろ自宅が見えて来ました、寂しい気持ちもありますが今日はもう此れにてさようならになりますね。
「お帰り二人共、さっ、優璃お姉ちゃんも上がって」
えっと、あっちゃんが香澄宅の前で待ち構えていたのはまぁ有り得る話としてもですね、何故に当然かのように招き入れようとしているのかちょっと理解が出来ないのですがね。
「あのねあっちゃん、わたしは家に帰らねばなのですが」
「私の家も優璃お姉ちゃんの家みたいな物でしょ、それよりもデートをしていたなんて聞かされていないよ、これは当然の権利として事情聴取だよね?」
「いやデートって友達と遊んでいただけって、まさか香澄さんや……」
震える体を香澄に向けると、そこには天使の笑顔でわたしを見つめる悪魔が居ました。
「裏切りよったな、お主!」
「優璃お姉ちゃん早く行こう、いっぱいお話し聞きたいし」
あっちゃんお得意の上目遣いで油断させられ左手を取られました。普段は可愛らしいその仕草も今は処刑場に連れて行く死神の姿にしか思えませんよ。
前門の死神に後門の裏切り者、まさに四面楚歌な状況にわたしの体は全く反応をする事が出来なくなってしまいました。
「それで優璃お姉ちゃん、痛いのが良い? 怖いのが良い?」
左手を引っ張られながら処刑場へと引き摺られて行きます。
あぁ、神が悪いのかわたしが悪いのか、運命という物は何と残酷な仕打ちをするのでしょう……。
お願いですからどなたか助けてくださいな、友達と二人で遊んだだけで処刑とは流石に嫌なのでございますよ。