せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。 作:月白猫屋(つきしろねこや)
違和感というものは心に引っ掛かった小さな棘みたいなものです。
それ自体は大した痛みも感じないのに、不思議と気になり続けて他の物事に集中が出来なくなってしまう、何だか厄介なお荷物を抱えてしまったような気分になるのですよ。
豪華な皮張りソファーに並んで身を沈めてみても、中々に会話の切っ掛けを掴む事が出来ずに焦るばかりとなっております。
それというのも顔を此方に向けながら、硝子の破片を散りばめたように輝いている金色の瞳で興味津々に見つめられてしまうと、まるで魔女に魂を抜き取られてしまったかのように魅入られてしまい緊張感が半端ないのです。
美しいとか綺麗に収まりきらない雰囲気というか、それこそ現実味の無いマネキンのような完成度に思えてしまうのですよ。
「こころちゃんの着ている服は学校の制服なの?」
「ええそうよ、おばあちゃんが見たいって言うから着てきたの。優璃が着ているのも制服かしら、とっても可愛くて素敵だわ」
深い紺色に染まったセーラータイプの制服は今風のデザインとはいえどこか古風で、重厚な質感とも相まって品を感じる仕上がりとなっています。おそらくですが由緒正しく格式高いお嬢様学校の制服だと推察が出来ますね。
まず最初に感じた違和感はここでした。
ゲームの世界で弦巻こころは花咲川女子学園に通っているのに、この世界での彼女は全く違う学校へと入学しているようです。
しかし常識的に考えてみればそれは当たり前の話で、人脈がモノを言う上流階級において出身学校というのは重要な要素であり、そもそも世界的大富豪の一人娘が普通の女子高である花女に通っている事の方が異様とも言えますしね。
でもこれは良くないですよ。彼女が花女に居てくれないと例えバンドメンバーと出会う機会は有ったとしても、学校でのメンバー同士で行われるキャッキャウフフの遣り取りが拝めないではないですか。ぐぬぬ、これは優璃さん的にはかなり許すまじな事態ではないですかね。
「今の学校はどう、楽しい?」
「うーん、楽しいわよ。優璃は学校が楽しくないのかしら?」
「最、高、に、楽しいかな」
「とっても良い笑顔ね、あたしはみんなの笑顔を見るのが大好きなの、何だかとっても嬉しくなってくるわ」
万歳のように両手を挙げながらニコリと微笑みを見せてくれる。しかしそんな笑顔を見ていながらも彼女が先程に発した何気ないひと粒の言葉が、まるで葉からこぼれ落ちる雫さながらに心の水面へ小さな波紋を打った。
楽しいと言う前に見せた一瞬の迷い、逡巡とも言える空白の間に違和感という得体の知れない怪物の正体が隠されているような気がしますね。
こういう時に便利な筈の
こうなれば自分の直感とやらを信じてみるしか無さそうです。いやわたしだっていつまでも押しに弱い流されキャラではないのですよ、やる時はやられてやりますよって肝心な部分を間違えましたわ。
「友達もいっぱい出来たし、今の学校に入って良かったなぁって思っているよ。こころちゃんくらい明るい娘なら友達も随分と増えたでしょ」
「トモダチ? 友達って特別な知り合いとは知っているけれど意味が解らないわ。だって世界中のみんなが特別だもの」
不思議そうに小首を傾げる姿を見て直感が確信へと変わりましたよ。
「あたしにはみんなの笑顔が特別なのよ。だけど今の学校の娘達は笑顔だけど笑ってはいないの、どうしてなのかしらとっても不思議だわ」
口には出しませんがせんが多分それは愛想笑いですよね。それはそうです家柄の良いお嬢様達からしてみれば、もし粗相をして弦巻家に睨まれてしまうような事でもあればお家の一大事になりかねませんからね、腫れ物に触るような扱いになるのも仕方がない事です。
弦巻こころには特別が存在しない。
世界中の全ての人が特別であるが故に全ての人は平等で対等という事ですか、それでは特別な枠で囲う友達という概念を理解する事が出来る訳が無いですよ。
とても博愛に満ちた考えだとは思うけれど、それにしては今の彼女にも輝きに満ちた笑顔を少しも垣間見る事が出来ない理由はいったい何だというのでしょうか。
どうやらですがわたしがゲーム知識で持っていた常に
さてどうしたものですか、わたしとしては彼女の世界中を笑顔にしたいという荒唐無稽にも思える思想と破天荒な行動が大好きでしたからね、この世界でも輝くような笑顔のこころちゃんが見たいものです。
ソファーから立ち上がり、座ったままの彼女と向かい合うように対峙する。
「こころ、わたしと友達になってみよう」
「トモダチってどういう事なのかしら?」
「友達っていうのはね……」
彼女に向かって右手を差し出します。
正解なんて知りません。未来はいつだって流動的に流れる河川のように移ろうものですよ、現にゲームでの知識があまり役に立たないような状況に陥っていますしね。
ならば信じるものは己のみ、わたしの内面成分は半分がエゴで残りの半分は尊い欲求で出来ているのですよって、これって人として駄目な感じになっていませんかね。
「みんなが特別なこころにとってわたしが特別じゃ無くなってしまう事だよ。こころを笑顔にしたいしわたしも笑顔にして欲しい、それが特別じゃなくて自然に出来てしまうのが友達なんだと思う」
正真正銘のチートキャラである弦巻こころ。今の彼女に必要なのはお金でも何でも無い、ちょっとだけ心の導火線に火を点ける切っ掛けだけで充分だと思うのです。世界は知らない事ばかり、だから素敵な出来事だってまだまだ埋もれている可能性の塊と言えるのですから。
「特別じゃない特別って……とっても面白い事を考えるのね優璃は」
飛ぶような勢いで立ち上がった彼女は、輝くような笑みを浮かべながらわたしの差し出していたキッカケという名の切符を手に取った。
「あたしも優璃とトモダチという物になってみたくなったわ」
「それじゃ宜しく。こころの笑顔をいっぱい見たいな、そしてその笑顔で世界中のみんなを楽しくしちゃおう」
「世界中の人ともトモダチになれたら素敵ね。うーん、なんだかとっても楽しみになってしまいそうよ」
金色の髪と瞳に輝くような笑顔、本当に現実離れをした天使のような人だけれど、繋いだ手の感触は華奢で柔らかい普通の女の子を感じさせてくれた。
おやそういえば特殊能力というやつも発動はしませんでしたね。神様も偶には空気を読んでくれるのでしょうか、思わず見直しちゃいそうですよ。
「優璃、それじゃ行くわよ」
えっ何処に、と聞く間もない勢いで手を引かれ走り出しました。
強引で彼女らしいというか、これがわたしの知っている本来の弦巻こころの姿なのですけれどね。
風になびく黄金の長髪は何処までも飛んで行ける翼のようで、心に灯った自分のしたい事をきっと何の迷いも無く成し遂げてしまう、そう思わせてくれる程に彼女の足取りは軽くて飛び跳ねるようだったのです。
あの、ところで何処に行くのかくらいは本当に教えて欲しいのですけど。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「おばあちゃん、あたしに初めてのトモダチが出来たのよ、とっても素敵な出来事だわ」
「こころさん、今は来客中と言った筈ですよ」
こころに手を引かれて連れて行かれた先は、厳かな雰囲気が漂う美月家と弦巻家の対談場所である和室でした。
「えっ、何で此処にこころが居るの?」
「あら音羽も来ていたのね。紹介するわ、あたしのトモダチの優璃よ」
こころに両肩を掴まれて音羽さんの前へ押し出されました。何と言いますか、非常にバツの悪い空気を挟んでお互いに苦笑いをするしかありませんよね。
「いや知っているし、それよりも友達って……」
何かを言おうとした音羽さんを、お待ちなさいと言いながら花さんが左手で制した。
その表情はいたく真剣で先程までの温和な雰囲気はすっかりと影を潜めてしまい妙な迫力さえ感じてしまいそうです。
「優璃さん、弦巻こころと友達になるという覚悟はお有りかしら?」
「覚悟なんて必要ありませんよ、友達になってとお願いしたら良いよと言ってくれましたからね、もう友達です」
「ええそうよ、あたしも優璃とトモダチになりたいって思ったわ」
わたし達の返答を聞いた花さんが、真剣だった表情をふわりと緩めたかと思いきや声を押し殺すように口元に手を充てて笑い出してしまった。
「ふふっ、音羽さん若いって良いわね、とても羨ましいわ」
「何で私と一括りにするの」
「お互いに少し頭が固くなっていたのかもしれないという事よ」
ひとしきり笑った後に、深呼吸をして姿勢を正した花さんがこころの方へ向き直り優しく語り掛けた。
「こころさん、連休が明けたら学校を変わってもらっても良いかしら。次に貴女が通うのは花咲川女子学園という所よ、優璃さんと同じ学校になるわ」
「あら、とっても素敵な事だわ。あたしも優璃と同じこの可愛い制服を着るのね」
「では決まりね、息子達には私から言っておくわ。制服はそうね、明日にも用意させます」
「いやいや何を仰っているのですか、そんな簡単に転校とか」
「あら優璃さん簡単な話よ。海外の首脳に会う事を考えたらね」
花さんがお茶目にウィンクをしながら軽く言ってのけてしまいました。
度が過ぎた富豪ともなれば比喩のレベルもとんでもないですな。でもこれは渡りに船なお話ですよ、こころが花女に来てバンドを始めてくれたならメンバーとのキャッキャウフフを眺める機会も増えるというものです。
「花女は楽しい学校だよ、きっとこころにも友達が沢山できると思う」
「それはとっても楽しみだわ、トモダチをいっぱい作って世界中に笑顔の花を咲かせましょう」
瞳がなくなってしまう程に楽しそうな顔のこころと微笑み合う。
まさか神様にこんな尊い増加チャンスを頂くとは思いませんでした。これは久々に言っておきますかね、神様サイコー!
「ちょっと優璃ちゃん、そんな単純な」
「優璃さん、うちのこころを宜しくお願いしますね」
「別に面倒を見たりする訳ではないですし友達らしく見守るだけです。彼女ならきっと自分の足で友達を、世界に
「記憶を失くしたというのに前向きで本当に不思議な娘ね。瑠璃さん、私もどうやら優璃さんが気に入ってしまったようだわ」
「ちょっとお祖母様。瑠璃も何とか言いなさいよ、優璃ちゃんが大変な事に」
「そうですね、記憶を失くしてからの優璃は可愛さが十倍には跳ね上がったと思っています」
「あぁ駄目だわ、この姉妹」
音羽さんが絶望したように頭を抱え混んでしまいました。そんなに難しい事なのでしょうか、こころもわたしもハッピーになれるとても良いお話だと思うのですがね。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
夕闇に染まりつつある街中を音羽さんの運転する車で走り抜けています。
黒い影に侵食されていく建物達の中にぽつりぽつりと灯り始めた光が、まるで蛍の群れのように見えてとても綺麗に感じてしまいますね。
「ねぇ優璃ちゃん聞いてる?」
おやおや車内は相変わらずの音羽低気圧に満たされているようです。
「聞いていますよ、ところで姉さん達は花さんと何を話し合っていたの?」
「花さんがね、姉妹だけじゃ生活も大変だろうから此処に住まないかって」
「あの婆様の狙いは優璃ちゃんをダシにして瑠璃を囲おうという腹積りなのよ、瑠璃と繋がりを持てば間接的に私とも繋がれるからね」
「そんなに悪い人には見えないわよ」
「甘いね、以前に私との繋がりを切りたくないからって父さんの会社を丸ごと買収しようとしたくらいだから。道楽の為には手段を選ばない本当にタチの悪い御隠居様よ」
鼻息の荒い音羽さんですがこれに関しては姉さんに同意ですね。わたしから見ても悪人にはとても見えませんし、孫が可愛い只のおばあちゃんという感じしかしません。まぁ思考が破天荒気味なのは流石に察しましたがね。
「せっかく瑠璃が断ってくれたのに結局は優璃ちゃんと繋がりを持たれちゃったから、半分は婆様の思惑通りになってしまったというのが悔しいわね」
「まぁまぁ宜しいではないですか直接的な繋がりでは無いですし、わたしは友達が増えて素直に嬉しいですよ」
「そう、それよ!」
一段階ボリュームが上がった声に驚きましたが、赤信号でゆっくりと停車した車内に静寂が訪れた段階で、音羽さんは落ち着いた口調で諭すように話し始めた。
「弦巻家唯一の御令嬢と友達になるっていうのは、周りに居る人達もそういう目で見てくるという事よ。場合によっては悪意のある人達に利用されてしまう事もあるかもしれないの」
「わたしひとりが友達ならそうかもしれないけれど、こころが花女に来れば大丈夫だよ、きっとわたし以外にも沢山の友達が出来ると思う」
「そんな簡単な話じゃないわ、弦巻家の一人娘というだけで周りの娘達は遠巻きに眺めるだけで、今まで友達と呼べる人間は誰一人として居なかった筈だもの」
「大丈夫ですよ、花女なら」
音羽さんが言う事も理解が出来る。だけどわたしだけは知っているんだ、あの学校にはそんな壁は存在しないと教えてくれる沢山の素敵な女の子達が居る事を。
「花咲川女子学園なら、こころはきっと夢を見つけられますよ」
少しの沈黙の後、車は蒼色に変わった信号機を静かに駆け抜けて行く。それはまるでスタートラインを超えて走り始めた長距離走者のように静かに、そして力強い一歩のようにも感じた。
「ねぇ瑠璃、優璃ちゃんちょっと雰囲気が変わった?」
「そうね、以前より十倍は……」
「そのくだりはお腹いっぱいだわ。まぁ何があっても二人は私が守るからね」
「音羽さんは姉さんの事が大好きなんですね」
「大好きだよ、ずっと一緒に居たいと思ってる」
「あら、音羽も偶には素直なのね。でも残念でした、私は世界で一番優璃が大好きだから」
「あら振られちゃった、まぁ知っていますけど」
前席で笑い合う二人を見ていると本当に信頼し合っているのが伝わってきます。その姿を見ていたらわたしも無性に香澄や沙綾達の顔が見たくなってしまいましたよ。
もうすぐ連休も終わって再び女子校生活ですか、何だか先日の一件で沙綾と顔を合わせるのが恥ずかしいですが早く会いたいなという気持ちも湧いています。
とりあえず今は無性に香澄の顔が見たくなっているので帰ったら早速にでも家に行ってみようかな、せっかくだからあっちゃんにも……。
アアアァ、アッチャンユルシテクダサイ、コワイノハカンベンシテクダサイィ。