せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。   作:月白猫屋(つきしろねこや)

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35.夢の蔵へようこそ

 

 

 太陽に照らされ薄緑の輝きを放つ若葉達が風に踊り戯れているような並木道の中で、指を絡ませ合いながら普段より幾分遅い足取りのわたし達の姿は、まるで天国の教会へと続くバージンロードを初々しく進む新郎新婦のように思えてしまいます。

 

 

「ゆりの初めてのお誘いがライブとはね」

 

「ライブに誘ったのは香澄達ですよ、わたしはお迎え係りです」

 

「ならゆりは私が来なくてもよかったんだ、寂しいなぁ」

 

「そんな思ってもいない事で意地悪を言うものではないですよ」

 

 

 心を重ねるように歩幅を合わせてくれながら、トレードマークであるポニーテールの髪を楽しそうに揺らしていた友達がピタリとその足を止めてしまった。

 

 

「私は嬉しかったんだけど」

 

「わたしだってこうして逢えて嬉しいに決まっていますよ、沙綾」

 

「本当かなぁ、二人だけの挨拶もまだしてくれていないし」

 

「あれが挨拶なの? 恥ずかし過ぎるのですけど」

 

 

 先日の家にお泊まりをした際に、二人で下校をする時には別れ際にハグをするという意味の解らない約束を沙綾にさせられてしまいました。最近は学校で席に座っていても驚かすように後ろから抱きしめてくる頻度が高くなってきていますし、これは香澄にも言える事なのですが女の子の友情表現ってこんなにも直情的なものなのでしょうか。何と言ってもまだまだ女子歴が浅いもので理解して慣れるまでには理性さんが色々と苦労してしまいそうですよ。

 後もうひとつ、わたしは何故にこうも推しの押しに弱いのですかね。

 

 

「ゆりからして欲しいなぁ」

 

「恥ずかしいから無理です、それに下校の時だけという話だったではないですか」

 

 

 止まっていた沙綾の足が再び動き出した。けれどもその表情はどこか不満気で、無理をしてでも笑顔を作ろうとしているのはわたしの目から見ても明らかです。

 普段みんなの前ではお姉さんキャラを崩す事が無い沙綾ですが、わたしの前では遠慮なく素の姿であろう甘えん坊を発揮してくれているのは、きっと心の距離が近付いて大切な友人と思い始めてくれたのかなと、少しだけ自惚れてみても許されますよね。

 

 

「お泊まりしてくれた時にはあんなに甘えてくれたのに」

 

「誤解を招きそうな言い方はやめてください。それにそれは沙綾の方ではありませんか、涙目でゆり、ゆり、って名前を呼びながら甘えてくる姿は堪らないものが有りましたよ」

 

「ちょっと待って、流石にそんな事はしていないから」

 

「ゆり〜、とかギュ〜、とかまさか沙綾があんなにとは」

 

「あんまり嘘を言うと本当にするからね」

 

「御免なさいです怒らないでください」

 

 

 叱られてしまいましたが普段の笑顔を取り戻してくれたようなので結果は良好です。

 言わなくても気持ちが伝わるように指に優しく力を込めたら沙綾が五センチくらい近寄ってくれた気がして、思わず少しだけ浮き足だってしまったのはきっとわたしが単純だからなのでしょうね。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

「さーやー、来てくれて嬉しい」

 

「私も香澄達を応援しているからね」

 

 

 市ヶ谷家の裏門前で顔を合わせるなり早々に、飛ぶように抱き付いていく我等が天使(香澄)は相変わらず天真爛漫なようです。

 

 

「初めまして戸山明日香です。いつも姉と姉の嫁がお世話になっております」

 

 

 沙綾の前に立ったあっちゃんが深々とお辞儀をして挨拶をしています。やはりとても真面目で礼儀正しい女の子ですね、なんちゃって姉としても鼻が高いですよ。

 

 

「香澄の妹さんだね、初めまして山吹沙綾だよ。いつもうちのゆりがお世話になっています」

 

 

 香澄に抱きつかれながら沙綾も笑顔で挨拶を返しています。どうやら初顔合わせも無事に済んだようで一安心です、この出会いを切っ掛けにして大好きな二人の親交がもっと深まってくれたら良いのですが。

 

 

「まったくどこが良いのやら」

 

「なんですと、わたしの考えを読むとはお主は超能力者か」

 

 

 隣に居た有咲が半目でわたしを睨んでから深々と溜め息を吐いています。いったい何が不満なのか解りませんが、和気藹々としたとても尊い光景だと思うのですよ。

 

 

「優璃ちゃん!」

 

「りみりん、ゆりさんも」

 

「りみに誘われてね、みんな元気だった?」

 

 

 駆け寄って来たりみりんと胸の前で両手を繋ぎ、はしゃぐ様に飛び跳ねながら久しぶりの再開を喜び合います、とはいえいつも学校で顔を合わせているのですがね。

 

 

「りみ嬉しそう、いっつも優璃ちゃんがね、優璃ちゃんがねって話をしているものね」

 

「はわわ、お姉ちゃん」

 

 

 顔を合わせていたりみりんが急に俯いて黙り込んでしまいました。どうやら未だに人見知りが激しいようですが、そろそろわたしにも慣れてくれないと流石に悲しくなっちゃいますよ。

 

 

「あっ、おたえー!」

 

 

 香澄の元気な声に釣られて振り向くと、ギターケースを背負った笑顔のおたえも無事に到着したようです。しかし一見すればモデルのようなスタイルと美貌にワイルドなギターケースの対比が非常に美しくて格好良いです、これで性格が天然ウサギ星人で無ければ芸能界に居ても可笑しくはない逸材だと思うのですがね。

 

 

「あっ優璃、彼氏を連れて来たよ」

 

 

 満面の笑みで手を振るおたえ……えっと、なんですと?

 

 

 名残惜しいですがりみりんと手を離しておたえに歩み寄ります。多分わたしの聞き間違いですよ、おたえに彼氏など居る筈が無いのですから。

 

 

「彼氏も優璃に会いたかったって」

 

 

 聞き間違いじゃないです許すまじですこの世の終わりです。

 なりませぬ、poppin'partyの世界に野郎成分など一滴たりともお呼びでは無いのですよ。

 あぁもうこれは神様許すまじですね、とりあえず今から殴りに行きますので其処に正座をして大人しく待つが良いです、何処に居るのかは知りませんけれど。

 

 

「彼氏のオッちゃんだよ」

 

 

 しかもオジサンの彼氏かい、いったい神様はどれだけわたしに絶望を与えれば気が済むのですか。

 別にあんたの事なんか許すまじなんだからね……いや可愛く言ってみたところで無理ですわ、滅するべし神様。

 

 絶望という虚無に打ち拉がれていると、おたえは右手に持っていた手提げ鞄のような物を満面の笑顔で見せつけてきた。

 いや女神のような微笑みで美しいですが、今だけはその笑顔は要らないのですよぉ。

 

 

「はい、優璃の彼氏だよ仲良くしてね」

 

 

 おたえさんわたしのとはいったい、確かに現在進行形で恋人は居ませんが例えこの先に出来るにしても、少なくとも鞄サイズの妖精みたいなオジサンだけは有り得ませんよ?

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

「ふう、やっぱり緊張しちゃうね」

 

 

 楽器のセッティングを終えた四人は、それぞれ深呼吸をしながら集中力を高めているようです。深紅のランダムスターを携えメンバーに話しかけている香澄を見ていると、何だかわたしまで段々と緊張で鼓動が速まっていくようです。

 蔵の地下で開催される特設ライブ会場には観覧席が設けられ、ゆりさん、沙綾、わたし、あっちゃん、有咲のおばあちゃんが並んで座っています。

 地下室ゆえにそこまで広さはないので会場は既にすし詰め状態、香澄達との距離も近くて緊張による熱気が顔に直接ぶつかってくるような臨場感です。

 

 因みに先程までわたしの膝の上に居た彼氏さんには退場して頂きました。

 えぇとても可愛いかったですよオッドアイのオッちゃんだそうです……ってウサギじゃねぇか。

 わあ凄いあんまり懐かない子なのに相性抜群だねとか笑顔で親指を立てるんじゃねぇですよ、男だったらその顔にグーパンチですよ美人な事に全力で感謝するが良いです。

 繰り返しになりますがわたしはヒト属ヒト種モトオトコの人間様なのです、そろそろいい加減に理解をして頂かないとその綺麗な頭にウサ耳カチューシャを付けて仕返しをしてやりますからね。

 

 騒めく気分を取り直してふと隣を見れば、眩しそうに香澄達を見つめている少しだけ寂しそうな沙綾の顔があります。

 よくよく考えてみればわたしも酷い人間です。精神世界の話とはいえ辛い過去を聞かされているというのに、それでもこうしてライブ会場まで知らぬ顔で連れてきてしまう、身勝手で強欲な女の子でしかありませんよ。

 

 それでも、それでもこの道が明るい未来に通じてくれると信じてる。

 例えわたしはどんなに汚れていたとしても彼女達の煌めきを穢させたりはしない、まぁそれはつまり彼氏を作るチャンスは与えないという決意なのですがね。

 

 沙綾の左手をそっと握ってあげると、一瞬だけ此方に視線を送った後に両手で包み込むように右手を重ねてくれた。これで少しでも明るい気持ちを取り戻してくれたら嬉しいのですが、反対側に座るあっちゃんが左の脇腹をしきりに抓ってくるのが少々辛いです。

 

 

「ライブハウス夢の蔵へようこそ! 今日はわたし達のクライブに来て頂いて本当にありがとうございます。それでは早速ですが聴いてください『私の心はチョココロネ』」

 

 

 香澄の挨拶が終わると打ち込みのドラム音がカウントを刻み始め、いよいよ四人での演奏が始まりを迎えた。

 

 この曲はりみりんの作詞作曲だそうで、ポップなメロディに初恋の甘さを綴った歌詞が乗ってとっても可愛らしい曲に仕上がっています。

 しかしりみりんは凄いですね、あんなに愛くるしい小動物のような見た目なのにpoppin'partyの作曲をこれから殆ど手掛けていく人になるとは、今迄の内気な姿を見ていたらとてもではないけれど信じられないですよ。

 

 Bメロを過ぎていよいよサビの盛り上がりに入ると全員で心を揃えての合唱が入りました。素人目にもバンドとしての演奏自体はお世辞にも上手とは言えません、テンポはバラバラで香澄もちょくちょく音を外しているのが気になってしまいます。

 

 それでもわたしは今、心が震えてしまう程に感動してしまっていた。

 

 有咲にりみりん、それにおたえも誰もが真剣だけどみんなが笑顔だ。

 四人で音を合わせる事が楽しくて堪らない、自分達の音楽を聴いて貰える事が嬉しくて最高、全員がそんな表情をしながら演奏している。

 

 そして……。

 わたしにとって星のような女の子は、みんなを代表するようにセンターで綺羅星の輝きを放っていた。

 

 演奏を間違っても、緊張で震えている声も、額から流れ落ちていく汗も、その全てが輝く笑顔に包まれた流星となってわたしの胸を次々に撃ち抜いていく。

 

 やっぱりこの娘は特別だ。

 物語の主人公に相応しい輝きと煌めきをその身から放ってわたしの心を掴んで離さない。香澄はキラキラドキドキしたいって自分で言っていたけれど、香澄自身がキラキラドキドキの権化じゃないですか、本当にずるいですよ。

 

 ギターの減衰していく音で曲が終わった事に漸く気付く、たった一曲だけのライブだったのに、まるでドラマを一話まるまる見たような満足感に浸ってしまいました。

 香澄達の荒い息遣いだけが聞こえる空間にあっちゃんの労いの拍手が響き渡り始め、わたしも気持ちを込めて大きな拍手を贈ると沙綾達も続いて拍手をしてくれました。

 賞賛が鳴り響く蔵の中で緊張から解放されたメンバー達は胸を撫で下ろしたように安らかな微笑みを浮かべています。だけどひとりだけ、おたえだけは口を半開きにして呆けたような表情をわたし達に向けていました。

 

 

「おたえやったよ、おたえのお陰だよありがとう」

 

「香澄、りみ、有咲……震えた、震えちゃったよ。やろう、私もバンドやりたい」

 

「おーたーえー!」

 

 

 おたえの発言を聞いた香澄が喜びの万歳をしてから両手を取ってぶんぶんと振り回し始めました。そんな姿を見たりみりんも有咲も、満足したように何も言わずに優しく微笑んでいます。

 あっこれは駄目なやつですね、尊すぎて泣きそうですよ。

 

 わたしの様子に気付いた香澄が両手でガッツポーズをしてくれたので同じポーズを返して微笑み合います。良かったね香澄、夜も自主練を欠かさなかったのを見守っていた身としては感慨深いですよ、宿題は欠かしまくりでしたけれどね。

 

 温かい空気に満たされる蔵の中で隣に座っていた沙綾は泣き出しそうな表情を浮かべながら拍手をしていました。一瞬だけ沙綾も同じ気持ちなのかなと思ったけれどその視線はどこか虚ろで、拍手をしている手にもあまり力が入っていないように見受けられます。これはわたしのように感動して泣きそうという感じではなく、何か別な感情が彼女の中を満たしているのかもしれないですね。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

「それでは香澄、沙綾を送っていくので後は宜しく」

 

「はいはい、早く帰ってくるんだぞぉ」

 

 

 裏門前でテンション高めな香澄達と別れて沙綾と並んで歩き出します。

 クライブの成功でおたえのバンド加入が確定したので喜びもひとしおですから仕方がないですよね、本当ならわたしも飛び跳ねながらメンバー達とハイタッチをしたいくらいに嬉しいですから。

 

 並んで歩くわたし達はいつものように手を繋いではいません。それどころか相変わらず沙綾は泣き出すのを堪えた表情のまま拳を固く握り締めてしまっています。

 

 

「いいよ香澄達と帰りなよ、私はひとりでも大丈夫だから」

 

「ではそうしますかね、とはなりませんよ」

 

「こんな顔、ゆりには見られたくないよ」

 

「どんな顔だって沙綾は沙綾。わたしは沙綾の全てを大切にしたいのです」

 

「そういうの男の子に言ったら駄目だからね、勘違いをされちゃうよ」

 

 

 何故にわたしが説教をされているのですかねと思っていたら、沙綾がわたしの左手を取って指を絡めたいつもの繋ぎ方をしてくれました。

 

 

「駄目だな私、見られたくないのに側に居て欲しいって思ってしまってる」

 

「側に居るよ。だから教えてくれないかな、ドラムを辞めた理由を」

 

「楽しい話じゃないよ、でも……ゆりには話すね、私の全てを知ってそれでも好きでいて欲しいから」

 

「大丈夫だよ、だってわたしは沙綾の事が大好きだもの」

 

「そういうところだよまったくもう。私は好き……きっと好きなんだろうなゆりの事」

 

「えぇ⁉︎ きっとなの?」

 

「馬鹿……、少しだけ話は長くなるけれど聞いてね、私が中学生の頃」

 

 

 沙綾の挫折した話は精神世界では聞かされています、ですが現実で話をする事でまた新たな心境の変化が芽生えるかもしれません。

 今度はわたしの番です。香澄がクライブで繋いでくれたバトンを絶対に落としたりはしない、沙綾に背中を押すという名のバトンを渡して、再び香澄の手に希望という名のバトンをリレーしてみせますからね。

 

 

 

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